旅する風の通う谷~バルタザールの誕生日

作者:譲葉慧

 今日は風の強い日だ。しかも、風向きが気まぐれだ。おかげでヘリポートから出発してゆくヘリオンが風にあおられている。きっと、乗っている人達は機内で揺れに見舞われているだろう。
 空がそんな状態だというのに、ヘリポートのぎりぎり端っこでは、バルタザール・パラベラム(戦備えの銃弾・en0212)が羽を拡げ、総身に風を受けていた。
 彼もケルベロスの端くれだから、風に負けて地上に落ちたとして、本人がすっごく痛いだけなので、誰も心配はしていない。
 ひとしきり風にもみくちゃにされた後、やっと安全な場所まで戻ってきたバルタザールは、どこか満ち足りない顔をしていた。
 そして、少し考え込んだ後、ちょうど近くにいたケルベロスに言ったのだ。
「なあ、世界中の風が集まるって言い伝えの谷があるんだが、行ってみたいって奴はいないか?」
 バルタザールは、手にしたスマートフォンでケルベロスに写真を見せた。本人が撮ったものらしく、低空で空撮されている。
 その谷は、不思議なことに裾野は普通の山のように樹が繁っているのだが、上へ行くにしたがって、荒野のような地面が露出してゆき、棘のように峻険な岩山が谷をなしている。まるで外国の光景に見えるが、これでも日本なのだという。
「とんがった岩山だらけの谷は、広かったり狭かったりでな、通り抜ける風は風向きも風の強さもめっちゃくちゃなのさ。ガキの時分にここで飛行練習してたんだが、死ぬかと思ったぜ」
 遠い眼をして語るバルタザール。そんな場所をいい歳して再訪するあたり、被虐の質でもあるのだろうか。いや、ケルベロスまで巻き込もうとするあたり、むしろ嗜虐の質の方か。
 誰得な誘いに困惑するケルベロス達の気配を察し、我に返ったバルタザールは音速くらいの速さでケルベロス達へと目を戻した。
「けど、良い所なんだぜ! 谷の所々にできてる吹き溜まりには、色んなものが風に乗って届くんだ。それこそ世界中からな。だから、世界中の風が集まるって言われてる」
 またバルタザールは、写真をケルベロス達に見せた。色鮮やかな鳥の羽根、何故かみずみずしいままの南国の植物の葉っぱ、などなど……風が運ぶものなので、あまり大きいものや重いものはないようだが、それでも異邦の品が旅の末ここまで辿りつくのは、不思議なものだ。
「心に念じて吹き溜まりを覗くと、念じたものが見つかることが多いんだ。見つけた品は、風の加護を受けてるそうで、お守りに持つ人もいるんだぜ」
 移動する生業を持つ人、天候に左右される生業を持つ人などが、風の贈り物を探しに訪れることが多いのだと説明し、バルタザールは笑った。
「ここはいい風が吹くんだが、やっぱり一番高い所の風は格別さ。で、こんな言い伝えがあってな……」
 この地には山の神様がいて、自由に動けない神様のために、風たちが代わる代わる立ち寄って、巡ってきた土地の話をするのだという。谷に響く風音はその話し声、吹き溜まりの品は風たちのお土産なのだそうだ。
 言い伝えをかいつまんで話してから、バルタザールはにやりと笑った。
「つまりだな、谷の高み、風の中で約束を交わした者同士は、山と風の絆に守られて、どんなに離れてもまた会えるって言われてるんだ」
 そこらへんを神頼みにしたくないって思うか? 口元に笑みの余韻を残し、バルタザールは片眉を上げてケルベロスを見た。
「神様はともかく、想いを言葉にしてみるのは良いんじゃないか? 想いは言葉に、言葉は行動に……誰かがそんなことを言ってたが、確かに、まず想いがなけりゃ、何も始まらねえもんな」
 これから風の贈り物を探しに行かないか、改めてバルタザールがケルベロス達を誘った時、ヘリポートに予期せぬ強風が吹き込んだ。
 それは、旅する風たちの誘いなのかもしれなかった。


■リプレイ


 夜明け間近な空は、星の光が遠のきつつもまだ夜色の濃さを残していた。その背で星光を隠し、黒々と山々が天を指す。
 山裾から伸びる道は、上るにつれ峻険な谷の厳しさを突きつけて来る。登るジェミ・ニア(星喰・e23256)は、突然の追い風に押されて思わず一歩足を出し、心配で、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)を振り返った。
 気をつけてね、君も、と言い合う間に、今度は向かい風が吹き付け、飛んできた何かがジェミの顔に貼りついた。彼から離れたそれを、エトヴァが掴む。綺麗な色の羽だ。
 山道を登りきり、頂に並んで立つ二人の身体を、風達が撫でた。
「出会ってから1年かな」
 山際から陽の縁が覗くのを見ながら、ジェミは言う。確認する風だけれど、話のとっかかりの枕詞だ。
「ええ……もう一年が経ちましたネ」
 エトヴァも応じる。その中で築いた絆は時間では測れない。
「エトヴァといる所はすっかり僕の『家』になってしまった」
 二人の世界はこれからどう移ろってゆくのだろう。
「何処でどんな危険があってもきっと僕の所に戻ってきてくれる?」
 ジェミの言葉に頷いたエトヴァは、そっと目を閉じ、両手を彼に差し伸べた。重ねられた手を、しっかりと握りかえす。不確かな未来だから、自分の全てで誓いたい。
「君は俺の『家』。俺の心も、君の傍にありマス……此処ガ、俺の帰る場所、何があっても、俺は必ず君の所へ帰りマス……君は?」
 伝わるエトヴァの温もりを、心に刻みながら、ジェミも誓いを口にする。
「うん、僕もきっと、エトヴァの所に戻るから!」
 閉じたエトヴァの瞼に、光が伝わった。目を開けると朝陽が眩しい。
 光と風と大地、誓いを見届けたすべてに礼を言う二人の声が、風に乗り遠くへと運ばれていった。

 一歩、また一歩、足場を確かめ、天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)は急峻な道を行く。
 最近、どうもいけない。家にいると出口のない円環に迷い込んだ心が、延々と巡り続けるのだ。そうするうちに、いつか探しものも見失いそうだった。
 風と山の約束の地、鋭く聳える山神の御座す谷で、迷いを断ち切ることができるだろうか。登りきった頂で、水凪は空を見上げた。朝陽の満ちた空は、岩肌を赤い照り返しで染めている。
 ……振り向かず、前を向いていく。
 山々を渡る風の中、今自分を取り巻く全てにかけて、水凪は誓った。どこかへ置き去った記憶が騒ぐのを忘れ去るつもりはない。それを抱いて、共に往こう。あてどのない長い旅へ。
 帰路、水凪は瑠璃色の羽を吹き溜まりで見つけた。それは誓いを見届けるため遣わされた、山の化身なのかもしれなかった。


 飛ぶ者を翻弄する風を逆手に取るように、滑らかな軌跡をえがき、二連の翼が天辺を目指し飛んでいる。
 先に降り立った月岡・ユア(孤月抱影・e33389)は、繊細な宝物を扱うように、シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)の手を取って降りるのを手伝った。礼を言うシャーリィンの手が少し強く握り返され、ユアは唇を綻ばせた。
 ここからは、裾野の紅葉と上方の岩肌との、奇妙な対比が良く見える。
「良い眺めだね」
 歓声を上げてユアはシャーリィンに笑いかけた。風の中で約束を交わすと良いと聞いてシャーリィンと来たくなった、とのユアの言葉を肯うように、強い風が吹き、二人の翼が風を孕んで拡がる。
「翼を有するわたくし達は人よりも風を感じやすいけれど……確かにこの景色は壮大で素晴らしいのだわ」
 黒いマリアヴェールを連れてゆかれそうになり、シャーリィンは手で押さえた。そんな彼女の瞳を、ユアの瞳が真っ直ぐ見る。
「どんなに離れても、どんなコトがあっても、僕のお姫様を絶対護ってあげる……って改めて誓いを君に捧げたかった」
 折に触れて、シャーリィンには伝えてきたけれど、何度でも、時には山の神様の御前でも。少し軽い口調で言い添えたユアの声がシャーリィンの心に沁みとおる。心に闇を宿して、でも本当は寂しがりの、月の娘。
 直截な瞳と言葉――シャーリィンは、眩し気に目を細めた。幾度ものユアの言葉に、直ぐ応えられなかった自分の惑いには眩しすぎた。けれど、ユアを想う心は確かに自分に芽吹いている。
 なにがあろうと、誓いを捧げてくれたこの月の揺り篭として、護る――神様、ご覧になっていて。
 風が一段と強く吹いたのは、月と宵の誓いを聞き届けた印なのかもしれなかった。

 移ろう風を感じながら、アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)は興味深げに吹き溜まりを覗き込んだ。熱帯に咲く赤い花を、彼は心の中に描く。情熱を秘めた赤は、傍のブラッドリー・クロス(鏡花水月・e02855)に良く映えるだろう。
 果たして、吹き溜まりには、一輪のブーゲンビリアが流れ着いていた。この辺りに咲く花ではないから、想いが引き寄せたのか。
 一緒に探していたブラッドリーも、赤色と黒色の鳥の羽を見つけた。これも遠い異国からの旅を経たとは思えぬほど艶やかだ。
 あのね、とブラッドリーは羽に似た相思華へ寄り添い、羽を差し出した。優しい手が羽を受け取る。
「アークにとっての居場所になりたいんだ。疲れた時や、哀しい時や、辛い時は僕の所にきて、この両手は小さいけれど、貴方に寄り添って傍にいるぐらいならできるから。逆にね、楽しい時や嬉しい時も、きてくれたら、とっても嬉しいな」
 ブラッドリーの言葉が、アクレッサスの心を温かく満たしてゆく。温かすぎて熱くなってきたのを持て余した彼は、赤面し口元を押さえた。
「ありがとう……これ、大切にするな」
 そのまま、アクレッサスは片膝をつく。ブラッドリーの瞳を見上げ、そして照れて目を逸らしたくなるのを堪え、情熱の花を差し出す。
「愛してる。俺も、ブラッドリーの居場所でありたいし……いつか、お前さんさえよければ、一緒に暮らしたいな」
 直球の告白に、目をぱちくりさせたブラッドリーも真っ赤になって、おずおずと花を受け取って胸に抱いた。
「そんな素敵な未来なら、喜んで。一緒に、叶えて行こうね」
 二人を応援するように、風の音がひゅうと鳴った。

 翼で昇る人達の姿が、山道をぐんぐん行くサイファ・クロード(零・e06460)の視界を掠めていった。
「やっぱ自力で飛べたら楽しいんだろうなー」
 どう思う? と訊かれ、左潟・十郎(落果・e25634)は、さっき下を見てヒュンとしたのを思い出した。
「まぁな、自分で飛べたら高い所も怖くない……かも?」
 やっぱり怖い……かも、しれない。
 やっと辿りついた高みには、吹き溜まりが幾つかあった。サイファはそれらを見て回っている。
「何だかんだで長い付き合いだよな」
 しみじみと老けた事を言うサイファ23歳に、長い付き合い? と、つい十郎は訊き返した。
「何言ってるんだ、人生まだまだ先があるじゃないか」
 突っ込まれてサイファは振り返り、笑った。
「色々話したり、色んなところ行ったり、こんなところまで付いてきてくれるなんて、ほんっと面倒見良すぎじゃね?」
「面倒見の良いのは、そりゃ……」
 十郎はくすりと笑う。サイファときたら、喜んだり落ち込んだり、忙しないったらない。
「サイファが危なっかしいからだろ」
「……えー、オレのせいかよ」
 ふくれっ面になったサイファが、また笑う。何か見つけたらしい。十郎も樫の団栗を見つけた。生命を表す品は医者を目指すサイファには良いお守りになるだろう。それを知ってか知らずでか、ぽとりと掌に落とされた団栗を見て、サイファは言い募る。
「オレ、頑張って医者になるからさ、一緒に仕事出来たら嬉しいな、なんて……つまり、これからもよろしくってコト!」
 照れっ照れのサイファはお返しに十郎に栗の毬を渡した。
「立派な病院作って雇ってくれるんだろ? ボーナス弾んでくれよ、大先生」
 これからも、ずっと。二人が見上げる空は、どこまでも続いていた。

 紅葉の裾野を抜け、荒山に分け入ると、優しかった山と風は一変した。その険しさに、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は咳き込んだ。ゼレフ・スティガル(雲・e00179)には、苦戦の気振りはないが、額を拭って苦笑いしている。
 風が二人の髪や服を悪戯に煽り、風音を届け通り過ぎてゆく。その土産が点在する吹き溜まりに届いており、国の境を越え、様々な品が集っていた。
「風たちのバザールってとこ?」
 ゼレフの言葉に、景臣は微笑んだ。バザールとは言い得て妙だ。この品揃えなら山神も退屈しないだろう。
 その先にはアーチ状の岩があった。風と山と時とが作り上げた造形の下でゼレフは年古りた小枝を拾いあげる。小枝を見た景臣は、目を瞬かせた。
「ほら、こうしてさ」
 旅の行き先を聞くのだと、ゼレフはアーチの前で枝を地面に立てた。旅を重ねた宝物は数多の道を知っている。だが、指を離すと、攫うように突風が枝を吹き飛ばし、小枝はアーチの向こうにふわりと落ちた。
 二人は顔を見合わせ、つい笑ってしまう。
「追い風上々、思い切り扉を越えてゆけ、そんな感じ?」
 思わぬ神託を受けたゼレフは面白そうに笑っている。
「っふふ、風の導きならば間違いなさそうです」
 景臣はふと見た岩陰に、つるりと丸く光る団栗を見つけた。良ければ一緒にいきません? 誘う景臣の掌に団栗はころりと納まった。
 小さな団栗の大冒険は、きっと長い話になるだろう。その話は、共に往く道でおいおいと。
「さあ、行きましょう?」
 まるい宝石と、傍らの君と。景臣が微笑みかけた時、追い風が二人の背を押した。いっていらっしゃいというように。
 いってきます。風たちに応え、二人はアーチの向こう、往くべき道へと足を踏み出した。

 飛び込み台のような岩場は、勇気を試すように風が荒れ狂う。今はバルタザール・パラベラム(戦備えの銃弾・en0212)が立っている。
「誕生日おめでとう、バルタザール」
 望月・巌(昼之月・e00281)と生明・穣(月草之青・e00256)が、言葉をかけると、バルタザールはありがとよ、と笑った。
「去年の谷は生まれてから飛べるようになるまで育った場所つってたよな? 今年は飛行練習した場所、お前さんの軌跡が伺えて嬉しいよ」
 巌の言葉に、バルタザールの目元が少し緩む。
「飛べるようになったら、お袋にここに連れられてな」
 その後津軽海峡を飛ぶ羽目になったのだと、バルタザールは笑った。
「俺には翼はねえけど、代わりに初めて刀を叩いた日を思い出したよ。最初は四苦八苦したもんだ。そういう経験って変わらねえよな」
 やり取りを交わす間も、容赦ない風は、嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)を襲い、その足元から崩しにかかってくる。山は慣れているつもりだったが、これは初めてだ。陽治は岩を背にして安定を図った。
「こんなトコで飛行訓練してたってバルタザールは相当だねえ」
 むしろお袋がだな、とバルタザールが応える間も、風が陽治を岩壁から引き剥がそうと吹く。一方で、翼一杯に強風を受けて、バルタザールが心地よさげにしているのを見て、穣は自分の翼を顧みた。此処ならば翼で風をつかむ感覚が如何様なものか、分かるかもしれない。
「はは、これだけ風にまかれるといっそ清々しいねえ!」
 陽治は笑い、穣は一番風の当たりが強いから……と言いかけ、身体が浮き、谷へと放り投げられそうな穣の手を慌てて掴んで足場に連れ戻した。
 危険すぎる岩場から離れた彼らを、奇岩と吹き溜まりが出迎えた。陽治はその中から一つを拾い上げ、巌は今まさに吹き抜ける風から旅する品を掴んだ。この巡りはきっと縁あってのことだろう。
「みな子供の自分を連れたまま大きくなるんですよね」
 穣は、バルタザールを振り返り、悪戯っぽく笑った。その応えは、大人になっても結局大きな子供なんだよな、という言葉と、ほろ苦さを含んだ笑いだった。

「パラベラム、誕生日おめでとう!」
 螺旋状の山道を登るバルタザールに、アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が追いついてきた。去年の谷以来だな、どんな場所か楽しみだ、など言いあって、二人は天辺を目指す。
 連れが出来て軽くなった足取りで、先へ後へと入れ替わりながら登った先は、岩肌の色一色だ。岩と土と風、そして彼ら二人だけの、本当に単純な世界。
「異国だ」
 ぽつりとアラタが言うと、渦を巻く風が彼女を包む。強風が無遠慮に巻き上げるが、それも旅する風の流儀と思えば、不思議と心地よい。ふと、昔この風の中で飛んだ子供はどんなだっただろうと気になり問うと、当の子供だった男はこう答えた。
「とにかく頑丈だったなあ。堕ちて岩で頭打っても割と平気だったぜ」
 微かにアラタは笑う。山の神様も、風や動物や……この男が再訪するのは嬉しいだろう。時と場所を越えた繋がり……その只中で、彼女は暫し、風に身を任せた。


 秋の日は釣瓶落としだ。すっかり暗くなり灯火のない谷を、月と星の光だけが照らしている。
 甲斐・ツカサ(魂に翼持つ者・e23289)は、高みに立って、黒々と広がる谷を見渡す。高度良し、風向き良し。そしてリーズレット・ヴィッセンシャフト(迷いの森・e02234)を背負う。
「しっかり掴まっててね!」
 駆けだし、夜の谷へ飛び出す。追い風がリーズレットの翼の下から吹き上げ、二人の身体をふわと上昇させた。夜間飛行の幸先は良い。
 谷中の風が二人に会いに来ているようだ。ツカサは風に乗った様々な土地の香を感じ、暫し愉しんだ。それは再会であり、出会いでもあった。
「色々な国を旅してきたけれど、ここの風に比べれば俺はまだまだ経験不足、もっといろんな場所に行きたいね!」
 伸び伸びと話すツカサが、リーズレットには少し眩しかった。
「ツカサさん、私達はどんなお宝を見つけられるだろうな?」
 夜の中通り過ぎる風が、時折何かを運んでいる気配はしていた。縁ある品に遭えるだろうか、そんな話をしていた時、ツカサの目前で飛んできた何かがふわりと一瞬止まった。手に取ってみると……。
「蒼い羽根……」
 感嘆するリーズレット。暗中でも鮮やかな蒼が映える。彼女には幸運の鳥の羽のような気がした。
「綺麗な蒼い羽根だし、この風の贈り物は今日の記念にしようね」
「うん、これを宝物にするのは良いと思う!」
 夜間飛行もそろそろ終わりの時だ。着地に備え、ツカサはリーズレットを抱きかかえ、軽やかに降り立った。その体勢に照れるリーズレットの頬は夜影と冷たい風が、こっそり隠してくれた。

 空には溢れるばかりの星、山には轟く音を奏でる風。藍染・夜(蒼風聲・e20064)とアイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)が辿りついた処は、一番この谷らしい場所だった。谷底で光るのは風の土産物だろう。天の星と地の星とが、暗夜の中で光を放っている。
 止まずの風は、不動の山も移ろう人間も、誰であれ等しく包み込む。夜にとっては身体を心地よく冷やす風、アイヴォリーにとっては……風に遊ぶアイヴォリーの危うさに、夜は彼女の腕を掴んだ。
 羽ばたいた翼が風を孕み、アイヴォリーの身体が少し浮く。風に乗りこのまま行けるかもしれない、彼方の世界へ――けれど掴む腕の力が、彼女を地上へと引き戻す。
「もしもこのまま舞い上がって星に紛れても、貴方は、見つけてくれる?」
 あぁ、と夜は息を吐いた。彼女には翼がある。
「何処へでも飛んでいける自由の証、でも今は俺の傍らに」
 夜はアイヴォリーを抱き寄せた。己が身を地深く穿つ楔のように。千夜を越えても共に、二人交わした約束を繋ぎとめる楔として。
 時は流れゆく。何もかもを過去に置いて。想いも、約束も、何もかもを。
 それを知って交わした約束だった。でも永遠を願わずにはいられない。移ろう時の果てで、愛しい人と自分とは――。
「貴方にもう一度、逢いたい――」
 アイヴォリーの叫びは、轟と響く風に紛れ空へ運ばれた。
「……約束が欲しい?」
 夜はアイヴォリーに囁く。苦痛と葛藤に塗れた生の、痛みを抱えた道行を、それでも共に歩みたい。
「叶う筈もない永遠より輝くものを、生きて、一緒に探してくれますか」
 時を越える輝きを探し、二人往く。変わらずの風巻きが、幾多もの風となり、世界へ誓いを運んで行った。

 朝陽がまた昇る。風が吹き乱れる中、山の頂でオルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)は、天と地とを望んでいた。
「お前さん、ずっとここに居たのか?」
 気流に乗り、バルタザールが降り立った。オルテンシアは彼の顔を見る。艶のない髪と肌のくすみは齢相応だ。だが違い多けれど、お互い行く先の定まらない、ただ通り過ぎるだけの風であった。
 帰るべき場所も持たない、遺すものもない者同士、谷の風達と同様、偶々一時だけ同じ方向へと流れゆく。
 オルテンシアの瞳に滲む喜色を解し、バルタザールは同じ眼差しで見返した。
「見届けていたんだろう? 旅する風の一流として」
「そして誓い願うものたちのために、祈るのよ」
 そうか、と答え、バルタザールはにやりと笑った。
「その証に、何か探していくといい。風の土産を風が持っていくんだ、問題ないさ、じゃあな!」
 言うなり彼は飛び立ち、そそけた灰色の翼は、あっという間に谷間に消えていった。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月17日
難度:易しい
参加:20人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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