クロム・レック決戦~災厄の中枢へ

作者:のずみりん

「クロム・レック・ファクトリアを探索に向かっていた仲間たちが帰還した」
 集まったケルベロスたちに告げるリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)の顔は厳しい。
 敵の戦力は強大だ。二名のケルベロスが暴走し、追撃を食い止めての帰還。だが得られた情報は非常に価値の高いものでもある。
「伊豆諸島海底部の海底熱水鉱床で、ダモクレスは極めて多くの資源を採掘していた。資源採掘基地『クロム・レック・ファクトリア』と、それを守るディザスター・キングと奴の軍団が重要性のなによりの証左だろう」

 これまでの戦いでも幾度となく強大な力と指揮能力を見せつけてきたダモクレス、ディザスター・キング。k彼が直接防衛指揮をとっている事は『クロム・レック・ファクトリア』が、ダモクレス全軍にとって重要な役割を果たしている事に他ならない。
「更に伊豆諸島海底部には別の拠点ダモクレス『バックヤード』の存在も確認された。詳細は不明だが、名称や巨大な『環状の門』のような形状から『魔空回廊を利用して、採掘した資源の輸送を担当している』……と、推測される」
 バックヤード側の戦力は巨大な腕型のダモクレス、指揮官として『五大巧』という……名前からして恐らく五体の強大なダモクレスが存在しているらしい。
「クロム・レック・ファクトリアが採掘した資源量は膨大だ。『ここ数年のダモクレスの侵略に必要な資源』の過半が、ここで採掘されたと考えて間違いない」
 人の惑星の資源をこうも勝手に使うとは腹立たしい話だが、ここでクロム・レック・ファクトリアを破壊できれば、それだけの資源に打撃を与えられる……ということでもある。
「作戦猶予は一週間! ダモクレス勢力が『クロム・レック・ファクトリア』の移動を完了する前になんとしても撃破するんだ」
 それが探索に向かったケルベロスたちの犠牲へのたむけにもなる。
 リリエは言うと、クロム・レック・ファクトリア攻略の作戦図を大きく広げた。

「現在、ダモクレス達の資源採掘基地『クロム・レック・ファクトリア』は移動準備に入っている。巨大な施設ゆえ時間はかかるだろうが、遅くとも一週間以内には伊豆諸島海底から姿を消してしまうだろう」
 ダモクレスの側もケルベロスたちのことは承知しているはず。この機会を逃さないためには、短期決戦での撃破しかない。
「クロム・レック・ファクトリアの破壊するには中枢部を破壊するしかない。作戦は内部への潜入、ディザスター軍団の防衛網の突破、そして中枢とそれを守るディザスター・キングの撃破という段階を踏むこととなるだろう」
 クロム・レック・ファクトリアの外周部には29箇所の資源搬入口があり、そこから内部に潜入する事ができるが、全ての搬入口が中枢に続いているわけではない。
 またディザスター・キングは敢えて中枢に繋がる搬入口とそれ以外での警備を等しくし、ケルベロス戦力を分散させようという作戦をとっており、警備の様子などから正解を予測することはできない。
「複数チームが一つの搬入口から進行するのは可能だ。その場合、侵攻時の安全性は向上するが、搬入口が中枢に続いていなかった時はディザスター・キングとの戦いに参加できる戦力が大きく減る問題もある」
 一種の賭けであることは承知のうえ、作戦を決めて欲しいとリリエは補足する。

「クロム・レック・ファクトリア内部だが、既にディザスター軍団のダモクレスによる防衛部隊が展開されているだろう。敵は隠し部屋を利用した待ち伏せなど奇襲攻撃を行って少数戦力で、こちらの消耗を狙ってくるだろう。そのうえで最奥となる場所に有力な戦力を集め、撃破……一種の遅滞戦術を仕掛けてくると考えられる」
 これに対抗するためには奇襲への備えが重要だ。道中の損耗を避けつつ有力なダモクレスとの決戦に勝利すること、より多くの戦力を中枢へと到達させることが勝利の鍵となる。
 有力ダモクレスとの決戦に勝利した後は通路が中枢に繋がっていた場合は、ディザスター・キングとの決戦が続く事になる。
 ディザスター・キングとの決戦では、中枢に到達した全てのチームが協力して戦う事になるだろう。

「またこちらは少々本筋から外れるが……もう一つの拠点ダモクレス『バックヤード』への攻撃も同時に行える。攻撃する場合、クロム・レック・ファクトリア攻略に当たる戦力が減って撃破が難しくなるのは考慮が必要だが……」
 バックヤードは『2本の巨大腕型ダモクレス』に護衛されており、バックヤード内部に取りつくには巨大腕型ダモクレスと戦う2チームと、バックヤード内部の探索を行う1チーム、最低3チームが必要だろう。
「戦力配分は考えなければいけないが……バックヤードにはクロム・レック・ファクトリア探索で、仲間を逃すために暴走したケルベロスが捕らえられている可能性も高い。探索がうまくいけばケルベロスの救出も可能かもしれない」
 クロム・レック・ファクトリア攻略に当たる戦力が減れば、それだけ運頼りの部分も増えてしまう。悩ましいところだが、リスクとリターンをよく考えて検討してほしいとリリエは念を押した。

「今回の作戦に成功すればダモクレスの侵略に大きな打撃を与える事が出来るだろう」
 それにディザスター・キングとの因縁も、ここで決着を付ける事が出来るかもしれない。
『人に厄災を止めることはできない』
 かつて嘯いた災厄の王へ、今こそ挑む時だ。


参加者
レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)
羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)
病院坂・伽藍(敗残兵・e43345)

■リプレイ

●災厄の裏庭へ
 バックヤード。
 裏庭あるいは店裏の名を関する拠点型ダモクレスに挑むは四十人、五チームのケルベロス。奇しくも守護者たる巨腕ダモクレスの指と同じ数のチームは必要最低も十分とは決して言い難い。
「状況厳しく、敵険し……けどまぁ、やるしかないんすよ、これが」
 対竜オウガメタルに自縛鎖を絡ませ、病院坂・伽藍(敗残兵・e43345)はあくまで軽く言ってのける。囚われた者もたちも、挑む仲間たちも、これ以上失うわけにはいかない。
 仲間たちがバックヤードへと泳ぎ潜り込もうとするなか、伽藍と仲間たちはその正面へと身構える。
「あれね、フローネが遭遇した『攻勢機巧』と、もう一機の巨腕……リンクレイヤー接続、状況解析」
「『エクスガンナーシステムVer.β』リクエスト許可。予定通り遅滞を仕掛ける、SYSTEM COMBAT MODE」
 リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)の『強行偵察型アームドフォート』がとらえた情報を確認し、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)が戦闘機動を開始する。
 作戦距離までは少々あるが、すでに戦いは始まっていた。
 マークらと並び立つフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が偵察作戦で挑み、仲間たちを失った巨腕のダモクレス。それが二体とはいかにも厳しい状況だ。
「腕が……動きます!」
 アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)が手持ち武器を構える前、二つの腕が大きく旋回する。探りを入れてきたのは敵も同じだろうが、迎撃担当としては望むところだ。
「『防勢機巧』月輪、指令遂行」
 炎を上げる黄金の右腕が向かって後へ、代わり向き合ってくるのは氷をまとう白金の左腕。戦訓ある『『攻勢機巧』日輪』を相手どれれば多少は有利を得れたかもしれないが、ダモクレスとしても想定してきたか。
「けど、『防勢機巧』……なんてね」
 羽丘・結衣菜(マジシャンズセレクト・e04954)が見やるのは、今しもボディヒーリングを投げかけたフローネの姿。
 その背中はいつも頼もしいが、今日の彼女に背負うものの量はいささかに重い。
「盾には盾を、か……乗ってやる義理はないが」
「受けて立ちましょう。命を救ってくれたお二人を迎えるまで、もてる全てで……!」
 案ずる椿木・旭矢(雷の手指・e22146)にフローネは声だけで返し、水中戦用に調整した『ルビー・タクト』スーツよりドローンを展開。包囲を仕掛けていく。
「わたくしたちが粘った時間だけ、探索班が有利になる。ならばできるだけ引き付ける戦い方をするまで」
「その背中は私たちが支えるわ。無理させてしますけど……まんごうちゃん!」
 ケルベロスたちの構えは多重防御。力場を伸ばし組み付きにかかる『アメジスト・シールド』に連携し、レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)と彼女のボクスドラゴン『ドラヒム』、更に結衣菜のシャーマンズゴースト『まんごうちゃん』の属性と祈りが幾重もの耐性と強化の網を引いていく。
 その時。
「敵戦力、行動ヲ確認。モード『凍結撃』試行」
 『防勢機巧』月輪の腕が握られ、叩きつけられる。属性防御がきしみ、力場であるはずアメジストシールドがひび割れる。
「全てが静止すれば攻められない、ってわけっすか。ちょい厄介すよ、この氷!」
 サークリットチェインを展開した伽藍が悲鳴を上げる。叩きつけられたフローネの傷口は凍結し、ヒールグラビティすら拒絶している。
 アンチヒールの一種なら癒せないことはないだろう。だがそれは凍結の解除、癒しの二手を喰わされることに他ならない。
「私がやるわ。まんごうちゃん、お願い!」
 迫る氷を鉤爪で切り払う『まんごうちゃん』に変わり、キュアウインドを呼ぶ結衣菜。
 癒しの風が不癒の氷を引きはがすのを確認し、レーンは爆破スイッチを叩き込んだ。
「持ちこたえてみせましょう……起爆!」
 炸裂するブレイブマイン。バックヤードを包む極彩色の爆発を狼煙に、死闘は開始された。

●『防勢機巧』月輪
「信号解析を完了したわ。フローネをお願い」
「ROGER.RED EYE ON」
 リティからデータを受信し、調整されたマークの『RED EYE』が防勢機巧の照準を誘導する。
 敵の火力は圧倒的だ。より長く耐えるためにも、攻撃が一人に集中する事態は避けなければならない。手首を首振りのように回す防勢機巧を確認し、旭矢は燃え上がる『赤日』を砲撃モードへと変更させた。
「索敵異常、解析……解析……」
「悪いがそこまでだ、押し通させてもらう」
「ドラヒム、援護を!」
 レーンのオウガメタルが放つメタリックバーストに導かれた竜砲弾に、ボクスドラゴン『ドラヒム』のブレスが絡み、着弾。
 敷地をえぐり、燃えるような赤が凍結を貫く。さらにアーニャとリティが立て続く連射。防勢機巧は打ち込み続けてさえ僅かによろめくだけだが、一時でも粘れるなら価値はある。
「火力増大、モード『氷塊防御』試行……エラー……修正試行……!」
「その力はあなただけのものじゃないわ、ダモクレス」
 リティは言って小さく息を吐く。砲撃に紛れさせた殺神ウイルスは期待通りの働きをしてくれた。
 元より癒しを使わせれば一手を稼げるが、妨害できれば効果はさらに倍加する。敵軍に沈黙を齎すサイレンの魔女のちょっとした呪いだ。
 戸惑うように開閉を繰り返す機械の左腕。機会を逃さずレーンの右手と右目が火花を散らす。
「時間干渉開始……レーンさん、そのまま突っ込んでください!」
「承知! わたくしの生命、預けますわ」
 一歩間違えば握りつぶされかねない掌だが、アーニャの声にレーンはあえて正面から突破した。
「空間干渉を確認……目標加速……!?」
「時流限定加速! テロス・アクセル……!」
 瞬間、それを知覚可能なアーニャ以外、敵味方双方を奇妙な感覚が襲う。
 外から見ればまるで動画の早回しのようにレーンの動きが加速する一方、レーン自身にはまるで普通に動く感覚。
 その正体はアーニャの展開した空間加速システム『テロス・アクセル』。ごく狭く限定的だが、進化を続ける彼女の時間干渉機能は遂に自身より外へとその支配領域を広げたのだ。
「おぉっ、パーにグーでも割といけるんじゃないっすかね!」
 突き立つスパイラルアームの回転が、歯車仕掛けの掌を抉じ開け穿孔する。浸徹された装甲を絶空斬で抉じ開け伽藍が思わず快哉を叫ぶ、が。
「想定外の損害……危険度大……迎撃レベル、向上ヲ要請……」
「敵機エネルギー増大! 離脱を!」
 最初に気づいたのはフローネ。
 防勢機巧の警報を感知するや『ココロの指輪』がマインドシールドを展開……それだけでは足りない。即座に出力を回し『フェンス・オブ・アメジスト』に移行する。
 その時。
「要請承認。モード『激凍氷河』」
 破壊は静かで、一瞬にしてやってきた。

●凌駕
 視界が乱れる。
 氷の粒の向こうから、ガントレットめいた巨大な掌が迫ってくる。
「目標ノ生存を確認。迎撃、続行」
「ま、まんごうちゃん……!」
 片膝をついた結衣菜の前、祈りを捧げる姿のまま、身を挺したシャーマンズゴースト『まんごうちゃん』があっけなく指先に弾き飛ばされる。
 いったい何が起きたのか? 何をされたのか。
「この恵みを以て……癒しを……」
 託された時間に『翠緑の恵み』を祈る。流れていく前衛の仲間たちの倒れた姿が、何とか引き起こされる。
「見えたか……?」
「えぇ」
 無数にヒビ入ったマークからの声は流暢で、戦闘システムのダウンを知らせている。
 呼びかけられたリティの傍らでは彼女を守り抜いた『対艦戦用城塞防盾』が氷細工のように砕け散った。
「グラビティチェインを媒介とした……運動エネルギーを伴う、ミリ秒単位の異常冷却……原理までは、わからないけれど……」
 冷気の爆風、とでもいうべきだろうか。
 ひび割れた『電子戦・連携支援ユニット』のバイザーに示されたデータは、絶対零度から数十K。防勢機巧の放った力は紙一重で耐えてきたケルベロスたちを無慈悲に蹂躙した。
「ヒールドローン・キュア射出……あまり長くは持ちませんわ、旭矢さま」
「すまん、あと少しだけ……っ!」
 レーンの体内から射出された小型治療無人機が仲間たちを解凍し、前に出る旭矢を庇う。
 攻撃の誘引を行っていなかった彼女とのダメージは前衛では軽い方だが、それとて戦闘不能域に達していないという程度の差だ。
 身を挺したフローネの守りがなければ相棒のドラヒムともども、彼女の美しい蒼は氷に囚われ砕け散っていただろう。
「……ーネさん! 離脱してください、フローネさん!」
 庇い立ってなお、フローネは立っていた。
 氷漬けにされた半身を引きずり、張り付いた『紫心棍』を支えに、すべての盾を失ってなお防勢機巧へ食い下がる彼女へ、アーニャのフォートレスキャノンの着弾が悲鳴と共に響く。
 ものともせず、宙に浮く拳が冷気を帯びて殴り飛ばす。棍が半ば折れ、『菫色のココロ』が散っていくなか、それでもその魂は肉体を凌駕し続ける。
「レクシアさん……レスターさんたちが戻るまでは、何度砕かれようと……!」
「すぐ行く。メディカルドローン、彼女を……!」
 朦朧と首を振るフローネに、それでもとリティはありったけをメディカルドローンに込め、『対要塞戦用追加増漕』を切り離す。
「ダメージ破壊域突破ヲ確認……異常個体、状況生存……原理不明……解析不能……」
「そりゃあ判らんでしょうよ……自分らも判らないっすからね……!」
 解れたサークリットチェインを幾度目か敷きなおし、伽藍は身も蓋もなく言ってのけた。原理理屈ではない、ただ起きてしまうのだ。魂による肉体限界の凌駕は。

「R/D-1……戦闘システムを再起動する……」
『警告、ダメージレベル致命域。制御システム全壊、火器管制不能……撤退を推奨、強く……』
「やるんだ……いい加減に、慣れろ……!」
 マークが『R/D-1』戦術AIに問いかけ、必死に身を起こそうとする。かのAIが主張するよう、凌駕したところで長くは持つ状況ではない。
 だが時間は六分、まだ仲間たちは戻らず、攻勢機巧と戦う同志たちも追い詰められつつある。死傷の危険を冒しても引けないケルベロスたちの心が、防勢機巧の判断を狂わせる。
「モード……『冷扼殺』試行」
 旭矢が駆け付ける前に先刻の冷気放射を前衛に再度、更に後衛にと打ち込めば、九割近い確率でケルベロスたちは全滅していただろう。
 そうしなかったのは、防勢機巧が目前のレプリカントを最大脅威と認識したため。与えられた怒りに従い、凍結の掌はフローネを地面へと叩きつけた。
「っあ、ぐぁ……っ」
「フローネさん! だめぇぇぇーっ!?」
 押しつぶしながら放たれる冷気に美しいアメジストが凍り付き、ひび割れていく。必死に投げかけた結衣菜の気力溜めのオーラも一歩遅く。
 押しつぶす手と地面が接し、爆発。
 紫水晶の閃光が跳ねて、小さく音を立てた。

●心の灯は消えない
 ゆっくりと身を持ち上げた防勢機巧が安堵して見えたのは、人間の感傷だろうか。
 まぁどうでもいい話だ。託されたこと、為すべきことに変わりはない――旭矢は自らに言い聞かせ、防勢機巧へと拳を構える。
「怖いのか? ……なら、こちらへ来い。まだ終わっちゃいないぞ、優しく、殺してやる」
「EX-GUNNER SYSTEM……COMBINE……COMBAT MODE REBOOT」
 力強く、甘く優しい『明け透けな偽善者』の言葉。それに引き付けられた掌をマークのライフルが横合いから撃ち抜く。
 上半身から頭部まで半面を吹き飛ばされ、むき出しのセンサーに赤光を輝かせ続ける姿は幽鬼そのものだ。
「無茶をしますわね……ドローン管制用CPUで、制御系を代替とは……」
 そう呟く呟くレーンもすでに満身創痍。
 本来なら艶めかしい彼女の『強化執事服』姿も今は痛々しく傷つき、電子部品もろとも凍傷に引き裂かれている。凍結されかけた顔は、地獄と化した左目なくしては戦場をとらえることすらできなかった。
「モード『激凍氷河』」
「くるぞ、備えろ!」
 再びの兆候。旭矢は『逆沢潟威筒籠手』で覆われた両腕で身を庇う。
「これ以上は絶対に崩させない……支えて見せる……!」
 紫水晶のペンダントを強く握り、結衣菜はかすれる声で仲間たちへ『キュアウインド』を投げかけ続ける。
 爆発する冷気に、ケルベロスたちは耐えきった。
 防勢機巧の怒りが外れた結果、攻撃が比較的に余力ある後衛へと向いたこと。それを旭矢たちディフェンダーが命を賭して庇い切ったこと。
 ケルベロスたちの死力と少しの偶然は壊走までの時間を一分引き伸ばしたが、その代償は大きかった。
「あとは引き受ける……不甲斐ない、殿ですまんな」
「お互い様ですわ……っ」
 凌駕する魂を燃やし尽くし、レーンの体がボクスドラゴン『ドラヒム』と共に凍土に倒れる。霜で震える旭矢の声も、そう長くはもたないと告げている。
 次の一撃に耐えるには肉体の凌駕か、暴走しかないだろう。
「COMMAND MODE 026……!」
 九分経過。防勢機巧の掌が砲撃を食らいつかせるマークを薙ぎ払い、打ち倒す。凌駕し続けたレプリカントの戦士のアイセンサーから遂に光が消えた。

 極限状況での十分目。待ち望んだ変化を気づいたのは伽藍、次いでアーニャの二人だった。
「ここいらっすかね、俺の覚悟の決め時は……!?」
「あの明かり……!」
 バックヤードから飛び出したのは遠目でもわかる、仲間たちと囚われたケルベロスの姿。
「テロス・アクセル……!」
 二人の判断は素早かった。残された力を振り絞り、加速。力尽きた仲間たちを拾い上げるや、一気に身を引かせる。
「命令受信……了解」
 それとほぼ同時、防勢機巧の声と撤退を告げる『携行型閃光照明弾』が戦場の端より放たれた。
「リティさん!」
「まだ生きてるわ……けど急がないとまずい」
 振り向いた結衣菜の声がうわずる。そこにはリティ、そして彼女に守られたフローネの姿。
 武具はおろか四肢までもズタズタに裂けた無残な姿だが、かすかに息はある。
「捨てた増槽が目くらましになってくれたわ。さぁ」
「えぇ。少々シャクですが、去る者追わずなら甘えさせてもらうっすよ」
 伽藍の言う通り、ダモクレスたちに深追いする気はないらしい。ほどなくして攻勢機巧と戦う仲間たちからも了解の照明弾が上がるのが見えた。
「……作戦は成りました。なんであれ、今は退き時です」
 交代しながら、自分に言い聞かせるようにアーニャは言う。助け起こされたレーンは、軽いガッツポーズでそれに応えた。
 バックヤードと『五大巧』、いつか再び挑むことになるだろう。生きていれば、まだ戦えるのだ。

作者:のずみりん 重傷:フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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