クロム・レック決戦~一筋の道、行き行きて

作者:譲葉慧

 伊豆諸島海底に築かれたダモクレスの施設、クロム・レック・ファクトリアの探索任務にあたっていたケルベロスが帰還した。
 そこで彼らが得た情報により、即刻大規模作戦が展開されることとなった。
 ヘリポートには、ヘリオライダーとケルベロスが集い、作戦概要の説明が行われている。マグダレーナ・ガーデルマン(赤鱗のヘリオライダー・en0242)もその一人だ。
「クロム・レック・ファクトリアへ強襲をかける。参加できる者はいないか」
 単刀直入にそう言ってから、マグダレーナは作戦の背景について説明を始めた。
「探索報告によれば、あの地で今まで採掘されていた資源量は、これまでのダモクレスの侵略を支えていたと推測されるほど多いそうだ」
 まさに一大生産拠点、その稼働を停止させられれば、ダモクレスにとって痛手は大きい。作戦に否やと言うケルベロスは誰一人いなかった。
「クロム・レック・ファクトリアでは、ディザスター・キング麾下のダモクレス達が、守りについているそうだ。その力を身をもって知っている者もいるだろう。万全の整えでな」
 そこで、マグダレーナは手にした報告書を一枚めくった。そこで一瞬の間ができたのは、どうやら、そこに描かれた図のようなものをどうやって説明しようかと考えたかららしい。
「それと、近隣に別の拠点型ダモクレスが一基ある。名称は『バックヤード』。円形の……恐らく門だろう形状からして、資源の輸送を担うと推測される。防衛用の腕型ダモクレス2体と、『五大巧』というダモクレスが強襲を阻むだろう」
 今までの説明によると、今作戦はクロム・レック・ファクトリア、又はバックヤードへの強襲作戦ということになる。しかし、マグダレーナは最初に『クロム・レック・ファクトリアの強襲』と切り出した。それを指摘され、マグダレーナは重々しく頷いた。
「ああ。それは、クロム・レック・ファクトリアの構造とディザスター・キングの採った作戦のためだ。これを見てくれ」
 マグダレーナは、大まかにクロム・レック・ファクトリアの全体の表層を模した図を広げてケルベロスに見せた。一見して進入路は搬入口からとなるだろうことはわかるが……。
「図では分かり辛いが、搬入口は、29箇所ある上に、中枢部に通じているのはその一部なのだ」
 偵察で警備状況を調査することは、と呟いた誰かがいたが、それもままならないのだ、とマグダレーナも呟きに近い声で返した。
「ディザスター・キングは、全ての搬入口の警備を等しくすることで、表層の段階では中枢に通じるのがどこか、判別できないようにした。なかなか食えんやつよ」
 複数チームが協力し、同じ搬入口から侵入した場合は安全だが、そこが中枢に至る道でなければ、中枢を守るディザスター・キングとの交戦者が減る可能性がある。
 そのリスクは、各チームが分散して違う搬入口から侵入することで低下させられるが、中途で損耗し、中枢に至れないチームが出れば、同じこととなる。
 そして、バックヤードへ誰かが向かった時点で、搬入口に対するチーム数は不足する。全ての選択にリスクはついて回るのだ。
「どの搬入口を選んでも、ダモクレスの決死の抵抗を受けるのは同じだ。ケルベロスに場所が割れたクロム・レック・ファクトリアは、移動準備を開始している。それまでの時間を稼ぐために、奴らはケルベロスを殲滅しなければならないのだ。バックヤードに至っては、戦力は未知数だが、危険度が高いのは間違いないだろう」
 そこで、マグダレーナは持っていた資料を閉じた。具体的な戦場の情報などはないらしかった。
「搬入口での戦いだが、奴らは数多い搬入口へ戦力を分散させている以上、少ない戦力で敢えて正面から阻みはすまい。恐らく奇襲を仕掛けて来るはずだ。奇襲を察知し、素早く撃破するのだ。地の利は向うにあるからな」
 中枢へ到達した後、他の到達チームと協力し、ディザスター・キング率いる精鋭と交戦する事になるだろう。いかに消耗を抑えて最奥へ向かうかが肝となるな、マグダレーナは一旦締めくくった。
「次に、バックヤード攻略だが、護衛の腕型ダモクレス2体それぞれに抑えが必要だ。その上でなければ内部探索を行うことができん。つまり攻略に3チームは必要となるな」
 それだけの人手を割いて今探索する利点はあるのかと思案顔のケルベロスに向かって、マグダレーナは、ああ、と、同意に聞こえる台詞を言って見せたが、口調には肯定の色はなかった。
「バックヤードには、先のクロム・レック・ファクトリア探索任務で暴走し、行方が知れないケルベロス2名が囚われている可能性が高いのだ。探索次第で救出可能かもしれん。それは充分な動機になるだろう?」
 他のヘリオライダー達も、作戦説明を終えようとしているようだ。作戦開始時刻は近い。潮時と見て、マグダレーナもケルベロスに向き直った。
「クロム・レック・ファクトリアの中枢部分を破壊すれば、今後ダモクレスの侵略行為を大幅に抑止できるだろう。ディザスター・キングの脅威も排除できる機会だ。そして、仲間を救出したい者もいるだろう。全ては己の選択次第だ。運命を定めるのは己の手によってのみ、それがケルベロスの流儀だろう? では行くぞ!」


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
ミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728)
黒江・カルナ(夜想・e04859)
サイファ・クロード(零・e06460)
幸・公明(廃鐵・e20260)
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)

■リプレイ


 水底に陣取るダモクレス拠点の強襲任務についたケルベロス達が、もはや質量を持った闇と言ってよいほどに、重く冷たい海水を掻き分け、深みへと潜ってゆく。
 ケルベロスの大多数は、資源供給拠点であるクロム・レック・ファクトリアの方へ向かったが、別の方向へ向かう一団があった。
 彼らが向かう先はもう一つの拠点『バックヤード』。資源輸送目的らしい、ほぼ未知の拠点だ。しかし、ヘリオライダー達は、このバックヤード内に、先のクロム・レック・ファクトリア探索任務で仲間を逃がすため暴走し、行方不明となったケルベロス2名が存在する可能性を予知していた。
 そして、『五大巧』と称する強力なダモクレス達が居るとのことも。暴走した二人の状態も居所の見当も知れず、予知によらずとも危地であることは容易に想像がつく。それでも仲間を救出する、その為に、ケルベロス達は身命を賭してバックヤードへ向かうのだ。
 やがて、巨大な歯車めいた施設がケルベロスの視界に現れた。歯車の側には腕型の機械が二基ある。内部に侵入するには、この『腕』を避けては通れない。その動きを留めるため、二手に分かれたケルベロスが接近してゆく。
 彼らの人数は、バックヤードへ向かうケルベロス全体の半数に満たない。侵入と探索にかけられる時間は、彼らが耐えうる時間と等しかった。
 戦に向かう者達と、探索に向かう者達、それぞれが別れる前の僅かな間に、幾つもの眼差しが交わされた。そこには託す思いがあり、成し遂げる誓いがあり、そして欠けることなく皆で帰ろうという約束があった。
(「素晴らしい光景だわ」)
 その仲間達の在り様は、バックヤード内に侵入した後も、セリア・ディヴィニティ(蒼誓・e24288)の瞼に焼き付いていた。あたかも眩しい光を見た後に目を閉じても、光の余韻が残っているように。暴走した二人と、今作戦で肩を並べる仲間達が放つ魂の輝きは、それほどまでに強く清冽だった。
 今までも、これからも、戦乙女のセリアは看取りを司る者だ。かつてと違い、今は看取る者と共に戦うことができる。むざと彼らの命を失わせはしない、彼女は心ひそかに誓いを立てた。
 バックヤード入口付近には警備の者はおらず、ケルベロス達は迅速に編成を行い探索に移行した。気配を潜め先行する者と、隠密に徹しつつ後方から追従する者に分かれたのだ。これは暴走者救出の前に、先行の仲間が戦闘状態になった場合、後方追従のケルベロスは隠密状態のまま、探索を続行するための編成であった。
 光学機器ですら欺く気流をまとい、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は先行する仲間達の背を追う。その彼の後ろに7人の仲間達とサーヴァント達が続く。目くらましの効果を高めるため、後方でもロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)が気流をまとっている。
 景臣は目ではくまなく周囲の様子を探る一方、すぐ後ろに居るゼレフ・スティガル(雲・e00179)の気配を感じていた。
 救けたい人がいる。ゼレフが語ったのはそれだけだった。だが、景臣は知っている。流れる雲のように掴みどころのないゼレフの眼差しが、今は不動の意思を映していることを。救出のため、仲間の命のためならば、進んで己をなげうつだろうことも、わかっていた。
 守りたい人がいる。だから景臣は先頭に立ち、戦場では守り手として在る事を決めたのだ。皆で帰ることができて、はじめて救出が為ったといえるのだから。しかし、彼もまた、その時が来たならば力を解き放つつもりでいた。我ながら矛盾していると思いながらも、その実どこかで『その時』は来ないだろうと感じていた。
 志を同じくする仲間達が、共に居る。彼らとならば遂げられる、そう心から信じられたからだ。
 今も仲間達は何か手掛かりを得んと、先を急ぎながらも周囲を探っているところだ。サイファ・クロード(零・e06460)はネットワークへのアクセスを試そうとしていたが、ネットワーク機器どころか、他の機材すら見当たらない。
(「いくらなんでも、何にもなさすぎるだろ……」)
 周りに目を走らせたサイファと、黒江・カルナ(夜想・e04859)の目が合う。そこには、同じ懸念があった。ケルベロスが侵入するのを見越して、深部へと誘い込もうとしている……?
 探索時間は限られている。20分を一応の目安としていたが、それとて確保が保障されている時間ではなかった。
 二人の様子を見てとった、幸・公明(廃鐵・e20260)は、身振りで先を急ぐしかない、と促した。もうすぐ突入後3分経とうとしている。微かに頷き、引き続き監視カメラやセンサーに警戒するため目を上げたカルナは絶句した。
 中空に三枚の映像が投影されている。それらが映しているのは、先行する仲間も含めた、ケルベロス達全員の姿だ。身を潜め警戒する姿をあざ笑うように、光学機器を騙す気流まで、画像処理により嫌味な程精細に補正されている。
 ケルベロスの姿は完全に捕捉され、もはや隠密も先行追従の編成も意味をなさない。
「私達全員、監視されています! 警戒してください!」
 カルナの警告が、悪意ある作り物の静寂を破り、響き渡った。


 こうなっては、独立行動は危険だ。急ぎ先行の仲間達と合流した、その直後だった。奥から、強大な存在感を放つ何かがゆっくりと近づいてくる。そして現れたのは、人型のダモクレスだった。背後には二つの人影が付き従い、殺意を全身から立ち上らせている。
「ようこそ、私たちの裏庭へ。招いた覚えは無いのだけれど、挨拶はさせてもらおう。私は、この裏庭の事実上の支配者の五大巧が一体、『終末機巧』エスカトロジー」
 殺意の主たる二つの人影に対するケルベロス達の反応を、新しい遊びに興じるように、エスカトロジーは愉し気に見ている。そして、駄目押しとばかりに言い添えた。
「そして、この2匹は、私のちょっとした実験体になってもらっているものだよ」
「レスター君」
「レクシアさん、ですよね……?」
 その名を呼ばれても気にも留めず、レスターとレクシアは爛々と憎しみが燃える眼で、迎えに来た仲間達を睨めつけたままだ。その膨れ上がった殺意は、撓められた枝のごとく、ぎりぎりの所で留められている。
「実験体って、あなた、二人に何をしたの!?」
 ミステリス・クロッサリア(文明開華のサッキュバス・e02728)が、語気強く問うた。しかし応えはなく、破壊衝動そのものと化したレスターの爪撃が襲い来る。同時にレクシアも、別班のケルベロス達へと襲い掛かった。
「なんて重さなの……」
 レスターの爪撃を受けたミステリスは、小さく呟いた。守りに徹した体勢が身体の正中から攻撃を逸らし、着こんだ隠密服「空白」が切り裂く爪の衝撃を和らげた上でなお、身体の芯まで響くほど重い攻撃だ。自分と景臣ならともかく、他の仲間がこんな攻撃を幾度も受けたとすれば……ミステリスの背筋に冷たいものが走る。
「大丈夫、傷は浅いですから……」
 感情の波立ちを排した公明の声が、ミステリスの耳に心地よく響いた。傷が浅いわけはないが、じくじくとした痛みが、ふわりと溶ける様に消えてゆく。
 初撃の手応えが足りなかったのかレスターは猛り、目前のケルベロスとの間合いを計っている。
(「やはり、何かがおかしいです」)
 ヒーリングパルスの照射を終えた公明は、視線はレスターに向けたまま、大きく間合いを離した。暴走したケルベロスの殺意は、本能的にデウスエクスに向くはずのものだ。何か細工をされているとして、レスターとレクシアを今まで暴走したケルベロス達と同じく、戦って正気に戻すことができるのだろうか?
 公明の心の奥で、ちろりと兆した疑念を、戦場に奔ったオウガメタルの銀閃と朗々とした声が遠くへと散らす。
「二人が見つかって良かったです。あとは皆で帰るだけ、頑張りましょう」
 喪った身体を、多くの地獄の炎と混沌の水で替えた竜の男、ロスティの声だ。終始控えめな彼は、仲間を鼓舞するために言ったつもりは多分ない。純粋に本心からの言葉なのだ。
「そうだよな! これって二人一緒に助けるチャンスじゃん。ロスティ、良い事言うなー」
 うんうん、と納得顔のサイファは、ライトニングロッドを意気揚々といつもよりも高く掲げ、ミステリスへ向けて、賦活電流をちょっぴり派手に飛ばす。
 ロスティとサイファのやり取りを見、カルナは仄かに笑った。ヴェルナッザ様、希望の煌めきをご覧になったでしょう?
 少しだけ痛いかもしれませんけれど……心の中でレスターに詫びつつ、カルナは影に遊ぶ小さな黒猫を喚んだ。戦場に揺らめく戦士達の影を伝い、遊び相手の足元に辿り着いた黒猫は、レスターに飛びついてじゃれつき、その足運びを不確かにさせる。
「喩え己を忘れて、見失っていたとしても、皆の声が、僅かにでも届くなら聞き入れて」
 セリアはドラゴニックハンマーを変形させ、砲弾を撃ち込んだ。轟音を伴う弾を、レスターは紙一重で躱し、セリアに肉薄する。岩をも砕けよと叩きつけられる、荒波の一撃は、間に割り込んだ景臣の身体で受け止められた。彼の着る聖職服、琅藍がその勢いを殺したが、あまりの衝撃に一瞬、景臣の息が止まる。
 弾かれたように景臣とレスターは間合いを離した。戦意は潰えず、なおも仕掛けようとするレスターに向けて、セリアは続く言葉を投げかける。
「貴方達の勇気と、献身は仲間を救い皆に多くの希望を齎した。二人が仲間に生きる道筋を示してくれたように、今度は、私達が貴方達の道を指し示す番。もし、行く道が分からなくなってしまったとしても、貴方の道を照らしてくれる仲間達がここにいるわ」
 セリアの声に応えるように、ミステリスは咆哮を上げた。高く高く天の涯まで届けよと発した声は戦場を圧する。そして、喚ばれた面影が、ミステリスの側に降り立った。紫水晶の盾を掲げる人影の上で、レスターの視線が一瞬止まったような気がした。
 紫水晶の盾の乙女、フローネから預かった言葉を、ミステリスはレスターに届ける。
『迎えに来ましたよ、一緒に帰りましょう』
 未来への願いを込めて編まれた、ミステリス達の声は、近接戦闘中の仲間達を激励し、その後喚ばれた面影もふわりと宙に消えた。
 呼びかけを聞いても、レスターは攻勢を緩める気配はなく動きにも迷いがない。ただ、時折苦し気な表情を見せるのは、負傷のためだけだろうか。
(「ヴェルナッザ様は、本当のご自分との間で葛藤しておられるのでしょうか」)
 カルナは、その本意を慮りながら、ケルベロスチェインを繰る。地を這う鎖がレスターを足元から上半身まで絡めとり、動きを留める。見たところ、彼はヒールグラビティは使わないようだった。仕掛けてくるのも搦め手無しの近接戦闘のみだ。
 また、レスターは苦し気に喘いだ。ゼレフは一足でその懐に踏み込み、正面から剣を斬り下ろした。青く尾を引く炎が、真っ直ぐな軌跡を描く。その体制のまま、ゼレフはレスターの眼を見つめた。
「追ってる奴がいるんだろう。何にかえても獲りたい首が」
 未だ殺気の消えぬレスターの眼差しを受け止め、ゼレフは静かに叱咤する。
「容易く見失う程度のものだったのか」
 レスターの爪が振り上げられ、ゼレフの両肩へ深々と食い込む。傍らで息を飲む景臣にゼレフは心の中ですまないな、と詫び、爪が肉を抉るのにも構わず、レスターの両手首を掴んだ。君が目覚めるまで、絶対に離すまい。
「もう一度考えろ、お前が何者なのか」
 かつて拉がれた魂を救った、君自身の言葉だ。聴こえるか、戦友よ。

 ずっと海鳴りが聴こえていた。ただの波風の音のはずなのに、何故か戦いに染め上げられた心がかき乱される。わずらわしいと思った。振り払おうと暴れても暴れても、消え去るどころか近づいてくるのだ。
 耳元で一際大きく響いた海鳴りは、俄かに人の声へと変わり、レスターの耳朶を打った。
「もう一度考えろ、お前が何者なのか」
 はっと目覚めたレスターの側から、海鳴りの音が消えた。代わりに聴こえるのは仲間達の声だ。
「先を見届けてくれるんだろう、帰ってこい」
「無事に帰らなければ待ち人は辛いばかり。さあ、帰りましょう?」
「こんなところでダモクレス如きと仲良くしてる場合じゃないだろ、大勢の人たちが無事を祈ってる。帰ろ?」
「皆さんが待ってるから帰りましょう、ハイ」
 寄せて返す波のように重なる幾多の呼び声は、あたたかい大潮となり、昏い水底に囚われた魂を、光射す海へと引き上げた。


「全く、皆無茶するよ」
 怪我人を癒し、サイファは息を吐いた。レスターを救出できたとはいえ、もしもに備え、サイファと公明、癒し手が二人いたから良かったものの……そういえば、皆覚悟は同じ、似た者同士だったなと思い直し、くすりとサイファは笑った。
「さて、帰り方はどうしましょうか」
 ロスティが事もなげな様子でそんなことを言った。気弱そうにも見える彼だが、実は、なかなかどうして肝の太い男なのかもしれない。レクシアも救出できたが、目の前のエスカトロジーは健在だし、他の五大巧や増援まで現れたとしたら……。
「その2匹の実験は失敗だね。まぁ、最初の実験で成功してもつまらない。その失敗作は持ち帰ってくれて構わないよ」
 ケルベロス達の思惑に反し、悠然とエスカトロジーはそう言ってみせ、2枚の映像を空中に投影した。海中の様子が鮮明に映っている。
「……!」
 ケルベロス達に衝撃が走った。映っているのはバックヤード外の腕型機械と戦っている仲間達だ。どちらの戦場も、戦況は大体同じ……半ば近くの仲間が戦闘不能ないし大怪我をしている。
「君達全員を新しい実験動物にするというのも、魅力的ではあるのだけれど、私も少し忙しい。ここは、穏便に還っていただけないかな」
 公明はタイマーを見た。経過時間は約10分、元々計画していた探索時間の半分程度だ。皆で総攻撃すれば、エスカトロジーを倒すこともできるかもしれないが……。
「お二人を救出できましたし、お言葉に甘えていいんじゃないですか? 五大巧のおかわりとか、僕は勘弁です、ええ」
 ここが退き際だ、ロスティはそう言っているのだ。
「そちらも無事にレスターさんを救出できたようですね。目的は果たせました。すぐに脱出しましょう」
 折しも、レクシアを救出したケルベロスが、そう提案してきた。今すべきは、救けた命と共に皆で帰ることだ。ケルベロス達は、エスカトロジーの提案を容れることとした。
 脱出行の殿で、一度だけ公明はバックヤードを振り返った。
(「あなたは人間の心をご存じない。いつか、その計算違いを自身で体験することになるでしょう。その日まで、ごきげんよう」)
 今は、皆揃って共に帰ろう。冷たい水底から、陽のさす世界、同朋が待つ世界へと――。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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