暁天の花

作者:小鳥遊彩羽

 ――誰かに、呼ばれたような気がした。
 ゆえに、エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)は、心の赴くままに、一人でその場所へとやって来ていた。
 そこは、かつて誰かが暮らしていたのだろう、痕跡の残る場所。けれど、命の息吹はどこにも感じられない、そんな場所だ。
 風は冷たく、空は暗い。ただ、ふと見上げた先――天上の空に瞬く無数の星の煌めきは、何故だか、ぞっとするほどに美しかった。
「……?」
 不意に誰かの気配を感じて、エヴァンジェリンはゆるりと振り向く。
 そうして、その先にいた人影を捉えた瞬間、花緑青の双眸を大きく見開いた。
「――、……嘘、」
 そこにいたのは、一人のデウスエクスの男。竜と人とを掛け合わせたような姿からわかるのは、おそらくドラグナーだろうということ。
 けれど、エヴァンジェリンは己を見つめるその瞳に、風貌に、覚えがあった。
 否、忘れるはずなどなかった。
 だが、記憶の中にいる『彼』と、目の前にいる『彼』は、あまりにもかけ離れていた。
「どうして、……」
 向けられる純粋な殺意を、感じないわけではなかった。男が、自分一人では到底敵わないような力を持っていることも。
 けれど、何よりも目の前に『彼』がいることそのものが信じられなくて、エヴァンジェリンは呆然とその場に立ち尽くす。
 その時、男が一歩踏み出した。
 開かれた口が覚えのある声で己の名を紡いだのを、エヴァンジェリンは確かに聞いた。
 そして、竜の鱗で覆われた手をエヴァンジェリンへと伸ばしながら、男は、確かにこう言ったのだ。
 ――お前を、助けに来たのだと。

●暁天の花
「エヴァンジェリンがデウスエクスの襲撃を受けることが予知されたんだ。それを伝えようとしたのだけれど、連絡がつかなくて」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はケルベロス達へそう告げ、急いで乗って欲しいとヘリオンへ案内する。
 予知に見えた戦場は、住む者もなくなって久しい廃墟。
 ゆえに人払いの必要はなく、戦いに集中できるはずだとトキサは言った。
 敵であるデウスエクスは、ドラグナー。その攻撃は身に纏う青い炎と竜の爪によるものが主で、特に爪による攻撃は油断出来ない力を秘めている。また、飾りのように咲いている花の香りは、嗅いだ者の心を惑わせる力があるようだとトキサは続け、少しだけ、言葉を探すような間を挟んだ。
「二人の関係はわからない。けど、エヴァンジェリンは彼を知っているようだった。……おそらく、エヴァンジェリンはひどく動揺している。だから、彼女が彼と向き合えるように、皆で支えてあげてほしいんだ。きっと、一人では容易く、折れてしまうと思うから」
 そして、必ず全員での帰還を。願うように告げ、トキサはヘリオンを発進させた。


参加者
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
クラリス・レミントン(暁待人・e35454)

■リプレイ

 全てが失われたあの日。『彼』の存在もまた、エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)の手の届かぬ処で失われた。
 守ってくれたひと。守れなかったひと。
 失われた、筈だった。
 なのに『彼』は今、『彼』ではない存在としてエヴァンジェリンの目の前に居る。
「お父さん、……シリル、お父さん。――その姿、は」
 願うように響いた名に、問いかけにも似た言葉に、ドラグナーの男は応えることなく、
「……我が名はコシュマール。――お前を、助けに来た」
 まるで死こそが救いであるかのように、エヴァンジェリンへと硬い竜の鱗で覆われた手を伸ばした。
 巡る記憶と絶望、そして罪悪感に、エヴァンジェリンは心が凍ってゆくのを感じる。
(「それが……、貴方の、願いなら」)
 このまま此処で終わってしまっても構わないと、過ったのは一瞬。
 ほんの僅かな心の綻びから、全てが音を立てて崩れてゆくような気さえ、して。
 けれど――。
「――エヴァ!!」
 背を押すように耳を打つ声。次の瞬間には、エヴァンジェリンを守らんと立ちはだかった大きな背が花緑青の瞳に映っていた。
 繰り出された竜爪の一撃を受け止めたルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)の姿に、エヴァンジェリンは目を瞠る。
「……パパ、っ」
 ひどく動揺した様子のエヴァンジェリンを見れば、目の前に居るデウスエクスとの間に在る繋がりを察するのはそう難しいことではなく。
 ゆえに、ルビークはすぐに攻撃の構えを取ることが出来なかった。
 生じた迷いは、彼女が傷つくことを何よりも恐れたがゆえ。
 けれどそれも一瞬、風に乗せた祈りに託したのは、退く気は無いという意思と覚悟。
「――もう独りで戦わせないよ、エヴァ」
 儘ならない大勢の為ではなく、守りたいのは唯一人。
「……邪魔をするな、番犬共よ」
 駆けつけたケルベロス達を氷のような瞳で睥睨し、吐き捨てるコシュマール。
 その姿を小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)は緋色の瞳で確りと捉えてから、肺を満たす空気を全て声に変えた。
「今のアンタに、エヴァを渡すワケにはいかない!」
 冷えた夜風を斬り裂くように響いた声。同時に解き放たれた里桜の心が刃となってコシュマールの元で爆ぜ、更にもう一撃、空駆ける煌めきと重力を乗せた蹴りが叩き込まれる。
「エヴァさん……」
 ジェミ・ニア(星喰・e23256)は、エヴァンジェリンの瞳に影を落とす絶望の色に言葉を失くすけれど、今はこの先に待つただ一つの終焉のために力を尽くすだけと、すぐにコシュマールへと向き直る。
「助けに来た」
 幾度も共に戦場を翔けた友へ、リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)は告げる。
 かつてリューデ自身が宿敵と出遭った時も傍に居て、守ってくれた。
 そして、失われた心臓にあたたかな勇気の光を灯してくれた。
 だから今度は自分の番と、リューデは自らの翼に紛れる鈍色の羽に手を伸ばす。
(「その心が凍えそうだと言うのであれば、今度は俺が灯火を返そう」)
 皆と共に彼女を守り、その居場所が此処にあるのだと『彼』に示す為に。
「エヴァも、シリルさんも、この悪夢から絶対に助けてみせるから」
 暗闇に散りばめられてゆく粒子の煌めきに照らし出されたコシュマールへ狙いを定め、クラリス・レミントン(暁待人・e35454)は銃の形に組んだ指先からエクトプラズムの霊弾を放つ。
(「あなたのせいじゃないって言っても……やっぱりエヴァは、自分を責めるかな」)
 撫子の眼差しが追うのは、親しき友の姿。
 自分達が迷えば、彼女の心もきっと揺らいでしまうだろう。
 ゆえに、クラリスは迷いなく真っ直ぐに、研ぎ澄まされた刃と爪先を『敵』へと向けた。
「私、エヴァちゃんを支えたい!」
 想いを祈りに変えて翡翠色の鳥に託しながら、アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)は懸命に、エヴァンジェリンへ呼び掛ける。
「エヴァちゃんも、エヴァちゃんの大事な人を守ることも、私、支えるから。だから、自分の思いを、大事な思いを、伝えてきて……!」
 命を賭し我が子を守った親、という存在には覚えがある。だからこそ、
(「……愛と覚悟の凄絶な深さを軽率に穢したくは、ないねぇ」)
 胸中で独りごちながら、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)は地を蹴り、鮮やかな炎をコシュマールへ灯す。
「――Tu n'es pas seul.Eva」
 ルーチェが紡いだ馴染みのある響きに、エヴァンジェリンは何かを堪えるように噛み締めていた唇をそっと開いた。
 大切な人を守りなさいと、言われた気がしたから。
 己を奪われデウスエクスと成り果てても尚『助けに来た』と言った彼の心が、叫んだ気がしたから。
 そして何よりも、皆の声が、想いが、届いたから。
 だから、エヴァンジェリンは胸に灯った確かな想いを言葉に変えて、紡ぐ。
「……皆、アタシに力を貸して」
 悪夢の終わりを導く為の、力を。

 コシュマールが繰り出す、破壊力のある攻撃。
 それらを受けながらも、ケルベロス達は迅速に守りを重ね、耐性を積み上げていった。
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)もまた懸命に、この戦いの結末が悲しみに満ちたものばかりではないことを願いながら、守りと癒しの力を揮い続ける。
 他にも、エヴァンジェリンの為に駆けつけた多くの友が、戦線を支えてくれていた。
 守り手として戦いの場に立ち、コシュマールの一撃を真正面から受け止めるエヴァンジェリンへ、尾方・広喜は掌部のパーツに収束させた青い回路状の光を放ち、傷の度合いを解析してその修復を行う。
 壊すしか出来ないと思っていたこの手を、優しいと言ってくれた。
 互いに守り合うと、約束した。
(「だから、守るぜ」)
 エヴァンジェリンを、そして彼女が帰る場所をも守る。
 それが己に出来ることと、広喜は力強く笑う。
「Das Zauberwort heisst――」
 エトヴァ・ヒンメルブラウエの声が導くのは、これから訪れる朝のその先にある、一面の青空。
 そうして、一度は絶望に覆われた心を奮い立たせながら戦っているであろうエヴァンジェリンの背を見つめながら、悪夢の終わりをただ願う。
(「エヴァ。皆、あなたが幸せである事を願いマス。……今モ、これからも、ずっと」)
 いつも助けて、守ってくれる優しい彼女を今度は自分が守る番と、九重・しづかはエヴァンジェリンへ、そして彼女の大切な皆へと託す。
(「貴女の心がひび割れそうなら、その心にも、癒しが届きます様に」)
 エヴァンジェリンと、彼女が戦っている相手を思えば、それはとても切なくて苦しいことだけれど。
(「でも……皆が、いる。ワタシも、力に、なりたい」)
 本当の姉のような、大切な人だから。
 絶対に助けるという確かな想いを胸に、君影・流華は優しい歌声を響かせる。
 竜の水晶針を振るいながら、『彼』と直に向き合うことが叶ったならば伝えたかった想いをヨハン・バルトルトは巡らせる。
 己自身と、仲間と、そして今『彼』と向き合う彼女は誠実で、とても強い戦士なのだと。
「貴女がどんなに辛くて、もしかしたら過去を後悔していても。わたしは貴女が今ここに、生きていてくれることを嬉しく思いますよ」
 だから支えさせてと微笑んで、シィラ・シェルヴィーは紳士たるテディベアの手を取りくるりと舞って。
「立ち止まるなら手を引こう。一人では立てないのなら支えよう。寒いのならば、温もりを分け合おう」
 戦士としての強さと繊細な心、そして優しさを併せ持つ大切な友人の為に、癒月・和も力を尽くす。
 彼女が悔いのない邂逅を遂げられるように、想いを、伝えられるように。
「――デフェ!」
 恋人の名を呼ぶと同時に、里桜が渾身の力を籠めて投げた真紅のバール。
 その軌跡を追うように、デフェール・グラッジは引き金を引く。
 目にも止まらぬ速さで放たれた弾丸が鋭い竜爪を砕く様を見やりながら、デフェールはそのまま視線をコシュマールへ向け――その先に見出すことの出来ない『彼』へと告げた。
「まだ心があるなら聞こえてっか? お前の娘は、しっかりと地に足つけて生きてる。……だから、親離れの時間だ」

 白花が見せる幻影が、エヴァンジェリンの心に揺さぶりを掛ける。
 故郷の街を呑み込んだ炎、その中に独り消えていった『彼』へ伸ばそうとした手は届かずに、全てが崩れ落ちてゆく。
 独りきりになった世界に満ちる絶望。
 けれど、閉ざしてしまいそうになった視界にあたたかな月の煌めきの雫が落ちて、淡い光が闇を祓った。
「エヴァ、」
 花がそよぐような柔らかな声で、アウレリア・ドレヴァンツは彼女の名を呼んだ。
「……アリア、」
「エヴァ。――ここに、いるよ」
 掛ける言葉は上手く紡げない。だからエヴァンジェリンが望んだように、彼女の心が折れてしまわぬように――アウレリアは夜明けを灯す瞳で白き花天使の姿を見つめながら、彼女の名を呼び続ける。何度でも。

「浄焔……闇を祓え、清め弔え!」
 不条理を嘆き、痛ましき現実を哀しむ涙が生み出す焔の花弁が、里桜の舞によってコシュマールの元へと収束する。
 掛け替えのない大切な友を守る為に、里桜が出来ること。
 それは、己の焔で『彼』を燃やすこと。
 ゆえに、闇を焼き祓い、その身を灰へと帰す為の力に里桜は祈りを託し、想いを声に変えて叩きつけた。
「エヴァを助けに来たって言うなら、シリルさんとして、ちゃんとエヴァと話してあげてよ!」
 届かぬとわかっていても、叶わぬとわかっていても。
 ただ別れるだけなんて、寂しすぎるから。
 リューデが咲かせた小さな白い花が、悪夢の力を鈍らせながら儚く散ってゆく。
 ちらりと目配せをすれば、頷いたクラリスが影の如き斬撃を繰り出し、密やかに急所を掻き斬って、これまでに刻んだ呪縛を一気に増幅させる。
「シリル、どうか、彼女の姿をよく見て欲しい」
 自身は親に捨てられ、絆を失った身。
 ゆえに、リューデが抱くのは、娘を護り抜いた彼に対する敬意だった。
 コシュマールを真っ直ぐに見つめ、リューデは願いを口にする。
「エヴァンジェリンは、こんなにも立派に生きている。だから、どうか。貴方の守った者を誇ってくれ」
「エヴァはいつも、どんなに過酷な戦いの中でも勇敢で、凛と頼もしくて……何より、優しくて、とっても強いよ」
 だから彼女の為に出来ることを精一杯やりたい。
 その一心で、クラリスは此処に居る。
「穿て!」
 ジェミが放った一条の光が白鷺のビジョンを纏ってコシュマールを穿ち、羽を散らすように弾ける。
「エヴァさんが細い背中に誰かを庇うのは、きっと貴方に似たのでしょう。そんな彼女と、僕ら、これからも一緒に生きて歩いて行きます。……だから、」
 どうか安らかにと、ジェミが胸に灯すのは確かな祈り。
(「エヴァちゃん、」)
 アトリにとって、ケルベロスとして覚醒してからの初めての友であるエヴァンジェリン。
 その彼女が今、再び大切な存在を失おうとしている。それも、自らの手によって。
 アトリはかつて大事なものを失った己に彼女を重ね、その痛みに悲しげに目を伏せる。
 それはきっと、彼女にとっても身を割く程に辛い痛みだろう。
 だからこそ、身勝手だと分かっていても彼女の傍に居たいという想いを祈りに変えて、アトリは翡翠の鳥に乗せる。
 シリルさん、と、ルーチェはコシュマールではなく『彼』の名を呼んだ。
「どれ程傷ついても残った心の欠片を捨てず前を向き歩くエヴァを、僕らは見守ってきました。これが、貴方が命をかけて守った小さな種の今の姿、福音の花樹です」
 シリルへの想いを紡ぎながらも、敵であるコシュマールを撃つのに躊躇いはなく。銃口から放たれた獄炎の紅を纏う蛇が、死の毒を孕んで竜の力を埋め込まれた悪夢を蝕んでゆく。
「貴方の愛と覚悟がこの子に継がれ、結果多くの人を救っている。……エヴァを彼らに引き合わせてくれて、ありがとう。心を育て守った貴方を、僕は心から尊敬します」
 ルーチェは静かにエヴァンジェリンへ、そしてルビークへと瞳を移した。
「お前達は、先程から一体何を言っている……!」
 コシュマールは声に苛立ちを滲ませながら折れた竜爪をエヴァンジェリンへ向けた。
 繰り出されたそれをルビークが受け止め、鋼の拳を叩き込む。
「……貴方を守れなくて、本当にごめんなさい」
 彼女の生まれた日を祝う時、ルビークは父になった。
 なれる筈などないと、わかっていた。
 けれど、そんな自分を彼女は本当の父のように慕ってくれた。
「シリルさん、俺は貴方にはなれないけれど、貴方の様に大切な人を、彼女を守りたい」
 沢山のことを、話したかった。
『彼』のことも、彼女の母のことも、そして彼女自身のことも、数え切れない程。
 けれど、それは決して叶わないと知っているから。
 だから、ルビークは願う代わりに誓いを口にする。
「……父親になれなくても、俺にとっては彼女は、――家族の様な、大切な存在だから」
「――、……パパ、」
 ルビークの言葉に、エヴァンジェリンは今にも泣き出しそうな程に瞳を揺らす。
 そんな彼女へ、ルビークは優しく語り掛けた。
「エヴァ、もういつもみたいに逃げても良いんだって言わない。でも、この先も決して、君を独りで戦わせないから」

 終焉は、すぐそこまで来ていた。
 最後は、彼女の手で。それは、今宵この場に集った誰もが望んでいたことだった。
 独りでは、決して超えることが出来なかった。
 だが、今はもう独りではない。
 ケルベロスとして覚醒したエヴァンジェリンは、父が守ったものを守りたかったがゆえに、自ずと守り手としての道を選んでいた。
 全てを失い、独り不器用に歩んだその道の先で、皆と出逢った。
 そして今、悪夢の終わりを自らの手で導こうとしている。
 悲しくて苦しくて、独りだったならきっと目を背けていただろう。
 けれど、目を逸らすことはなかった。
 今にも泣き出してしまいそうなのを堪えて、揺らぐ視界に『彼』の姿を捉え、戦乙女の銀の鉾を強く握り締めて。
「お父さん……アタシ、ずっと、謝りたかったの。――助けてあげられなくて、守れなくて、……ゴメンね」
 支えてくれた最愛の人、大切な兄、友達、仲間達。
 彼らの熱を胸に、そして、父の全てを心に刻み付けながら、エヴァンジェリンは最後の矛先を『彼』へと向ける。
 祈りを籠めて、想いを信じて。
 愛する人の為、守るべきものの為、悪夢を穿った銀色の光が、星となって空に昇る。
「たくさん愛してくれて、ありがとう……、――Je t'aime pour toujours」

 全ての力を失い、その場に崩れ落ちた『彼』の身体を、エヴァンジェリンは抱き留める。
「エヴァ、……」
 その時、己の名を紡いだ声に、エヴァンジェリンは瞠目した。
 その声の響きは、確かに知っているものだったから。
 続く言葉は、音にならなかった。
 けれど微かな唇の動きを辿れば、そこに在った確かな想いに大粒の涙が頬を伝う。
「お父さん、――お父さん、っ、……!」
 やがて、『彼』の身体は光の粒子となって、緩やかに空に溶けてゆく。
 エヴァンジェリンは消えゆく光に追い縋るように手を伸ばし、そして、遺された想いごと抱き締めた。

 空へと消えていった『彼』の姿を目に焼き付けて、里桜はエヴァンジェリンの傍らに膝をつく。
「――、エヴァ……」
 ほんの少しの躊躇いの後、そっと手を触れさせれば、エヴァンジェリンの大きく肩が震え、堰を切ったように涙と声が溢れ出した。
「定命である限り、別れは来るものだ。けれど……良く頑張ったね」
「エヴァちゃん、……もう、我慢しないで良いからね」
 ジェミがそっと声を掛ける傍らで、声を上げて泣くエヴァンジェリンの背を優しく擦ってやりながら、アトリは『彼』への想いを胸中で綴る。
(「シリルさん、エヴァちゃんを守ってくださって、ありがとうございます。大切な人や、仲間に囲まれて、もう……彼女は一人でも、ちゃんと飛べるんですよ」)
 そうしてアトリが顔を上げれば、エヴァンジェリンを案じる皆の姿が確かにそこにあった。
(「……有難う」)
 エヴァンジェリンを囲む皆の輪から一歩離れた場所で見守りながら、命を賭して彼女を守ってくれたことに、リューデは改めて空へ、『彼』へと感謝の眼差しを向け。
「……シリルさん、おやすみなさい」
 クラリスは祈るように一瞬目を伏せ、そして空に瞬く無数の星を瞳に映した。
 自分が泣く訳にはいかないと、つられて泣き出してしまいそうなのをぐっと堪えながら、心配しないでと空へ向けて語り掛ける。
(「今すぐじゃなくても、また前を向ける日は、来る筈だから。……それまでも、それからも、皆と私が傍にいるよ」)
 ルーチェはそっとルビークの背を押し、エヴァンジェリンの元へ送り出す。
 彼女を囲む愛情に満ちたあたたかな輪は、自分が居るべき場所ではないから。だから穏やかな笑みで見送ってから静かに空を見上げ、敬礼で以て『彼』への想いを示す。
(「――どうか、貴方も見守っていて下さい」)
 例え、今は先の見えない闇に閉ざされていても。
 深く傷ついた心が、立ち上がることを拒んだとしても。
 夜明けは、いつか必ず訪れるから。だから、どうか――その時まで。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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