紅葉と緑鱗

作者:天枷由良

●潜
 すっきりとした秋晴れの日。
 高原地帯に整備された遊歩道は、見頃となった紅葉を楽しむべく訪れた多くの人々で賑わっていた。
 色鮮やかに染まった葉と、心地よい日差しに時折そよぐ風。人々が浮かべる表情は笑顔以外になく、まさに平和と呼ぶべき素晴らしい光景である――が。
「これほど群れてくれれば十分であるか」
 平穏を乱す輩とは、何処にでも現れるもの。
 広がる赤の一角が緑色に変わっていく。じっと襲撃の機会を窺っていたカメレオンのようなドラグナー『堕落の蛇』が三体、どたりと音を立てて樹上から遊歩道に下りる。
「ニンゲンどもよ、グラビティ・チェインを我が主に捧げるのだ!」
 異形の襲撃に悲鳴が沸き起こった。
 それを心地よさそうに聞きながら、堕落の蛇たちは虐殺に及ぶ。
「ヒヒヒ、若い女は少しくらい残しておくか!」
「ああ。女であれば、生きたまま献上しても大いに喜ばれるであろうな、我が主は!」
 楽しげなドラグナーたちの緑鱗は、次第に人々の血で真っ赤に染まっていくのだった。

●ヘリポートにて
「紅葉狩りに訪れる人々を襲う『堕落の蛇』と呼ばれるドラグナーが、新潟県妙高市の高原地帯に現れることが分かったわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は語り、手帳を捲る。
「出現する堕落の蛇は三体。彼らは紅葉の中に潜みつつ、襲撃の機会を窺っているの」
 どうやら隠密偽装に特化したドラグナーであるらしく、その能力を一般人の目で見破ることは不可能だ。
「でも、ケルベロスの皆なら見つけられる可能性があるわ。注意深く索敵をして、堕落の蛇たちが人々を襲撃する前に発見できれば、先制攻撃を仕掛けて有利に戦えるでしょう」
 そもそも、堕落の蛇の戦闘能力はそれほど高くないらしい。
「もちろん油断は出来ないけれどね。長い舌で足止めされたところに、死角からざくっと一撃……なんてものを喰らわないように注意しましょう」

 現場は整備された遊歩道で、道の両端に木々がずらーっと並んでいる。
「紅葉狩りに訪れた人々を事前に避難させることはできないけれど、皆が戦闘を始めたら、騒ぎを聞きつけた現地係員が何人か駆けつけてくれるはずよ。人々の誘導は彼らに任せて、皆は戦いに集中したほうがいいわ」
「……そうは言っても、心配になっちゃのがケルベロスの性だよねぇ」
 フィオナ・シェリオール(はんせいのともがら・en0203)が大仰に頷き、言葉を継ぐ。
「そんな心配を解決すべく、ボクが避難の補助に回るよ。だから皆は堕落の蛇を見つけ出すことと、ぼっこぼこのずったずたのぎったんぎたんにしてやる部分に全力を注いでもらって構わないからね」


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
清水・湖満(氷雨・e25983)
マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)
天高・紅葉(鬼橙の眼・e50422)
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)

■リプレイ


「ここに居る全員が私を狩りに来たんだね」
「……ああ、いや、“紅葉狩り”ってそういうことじゃないよ」
 奇しくも広がる鮮赤と同じ名を持つオウガの天高・紅葉(鬼橙の眼・e50422)に、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)が苦笑交じりで言った。
 冗談だよ、と紅葉も返す。その眼は葉の色よりも明るく、そして狩る側の鋭い光を湛えている。
 一方、銀と紅が混じり合うゼレフの瞳は微かに澱んでいたが――幸か不幸か、仲間たちの視線は彼に注がれていない。
「オウガの連中にゃ、狩りって言ったらとっ捕まえてぶん殴る方が馴染み深いよなぁ」
 大きな鞄を担いだ柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)が彼方を見たままで言う。
 紅葉が頷けば、ゼレフはさらに苦笑を深めるしかなかった。
「さすがオウガね」
 古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)も相槌を打つ。
 やや投げやりに聞こえるのは、ただでさえ表情豊かでない彼女が別の方向に意識を傾けているから。
 紅葉狩りのため、ではない。彼女たちは、その紅葉に潜むものを狩りに来たのだ。
 季節の移ろいを味わっているようなゼレフも、そよぐ葉にカメラを向け始めたオウガの二人も、少し離れて進む四人の仲間たちも、遊歩道の両端のずらりと並んだ木々にそれを探している。
 隠密偽装能力に長けるドラグナー、堕落の蛇。
 見つけにくいものだが、しかし見つけられないものではない。
 予知によって、その存在を把握しているケルベロスであれば、必ず――。
「……!」
 枝のしなり具合にまで注意を向けていたるりの手元で、スマートフォンが震えた。
 敵を見つけたらSNSを利用して連絡を取る約束だ。
 るりは画面に目を落とし――。

『スタミナが全回復しました』
『無料ガチャが引けるよ!』
『期限間近のミッションがあります』

「……」
 邪魔だ。スワイプスワイプ。あ、間違ってタップした。終了!
 全く。ソシャゲの通知って、どうしてこうタイミング悪く来るんでしょうね?


 そんなことはさておき。
「真理、写真撮るよ。ここに立って!」
 マルレーネ・ユングフラオ(純真無表情・e26685)は恋仲の機理原・真理(フォートレスガール・e08508)を呼び、デジカメのシャッターボタンをぽちりと押した。
 揃って表情の乏しい彼女たちでも、二人で居るときばかりはどことなく楽しげな様子。
「紅葉、綺麗ですね。……ふふ、マリーには赤も似合うのです」
 腕組みながらの自撮りを挟んで、攻守交代。今度は真理がマルレーネをカメラに収める。
 まるっきり普通に紅葉狩りを楽しむ少女たちにしか見えない――が、本来の目的は忘れていない。割と互いにばかり目が行っているけれど大丈夫。
 その証拠に、マルレーネは撮影に熱心なふりをしてカメラ越しの紅葉を見やる。肉眼と、機械を通しての景色の違いから堕落の蛇を捉えられないかと考えてのことだ。
 慎重に右手側を見る。そして真理を見て、左を見て、真理を見て。
「はい、チーズ、ですよ」
 かしゃり。
「よく撮れてる――じゃなくて」
 索敵しなければ。手綱を締めつつ、マルレーネはもう一度カメラを使って伏兵を探す。
 その一方で。
(「何処だ……?」)
 佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)も観光客を装いつつ、鋭い眼差しで木々を見上げていた。
 浜辺の竜牙兵、町を襲う不気味な髑髏の竜と来て、今度は潜伏奇襲による虐殺を狙うドラグナー。潰しても潰しても湧くドラゴン勢の蛮行は、勇華の心から安らぎを奪っていく。
「……そないにきばらんほうがええよ?」
「っ!」
 声かけられて振り向けば、そこに居たのは清水・湖満(氷雨・e25983)。
「不意打ちなんてすこい真似しか出来へんような臆病者相手なら、もうちょおっと隙のある女やって思わせんとなぁ?」
「そう、ですね……」
 はんなりと敵をこき下ろす辺りに少々戸惑いつつ、勇華も少し顔のこわばりを解す。
 それを見て微笑み、湖満は「それにしても綺麗やねぇ」なんて言いながら、またしずしずと歩き出した。
 しかも摺り足で。
 さすが京女はたおやかであり、そこはかとなく恐ろしい。


 そうして各々警戒を続けるケルベロスたちに、堕落の蛇は恐らく気がついているはずだ。
 しかし、彼らは決して姿を現そうとはしない。自ら優位性を手放したりはしない。特化と評されるほどの能力でケルベロスが根負けするまで待てば、秀でた戦闘力を持たない自分たちでも現状を乗り切れる。
 ……と、きっとそんな風に思いながら、彼らは耐え忍んでいるのだろう。
(「とんだ間抜けね」)
 マルレーネはカメラを除け、己が目で“それ”を確かめる。
 機械自体は大して役に立たなかったが、もう一つの武器は一定の価値があるものだったようだ。
 特に変わったところのない、一本の樹。その下に薄っすらと……本当に微かな程度だが、聞いていた通り“樹とは違う影”がある。
 それも僅かな距離を置いて三つ。
 ふと見上げれば、頂には世界を遍く照らす太陽。木々と紅葉の色に化け、文字通り景色に溶け込んでいるドラグナーたちも、天まで欺くことは出来ないらしい。
 これでは、もしマルレーネの歩く側と逆に潜んでいたとしても、遅かれ早かれ見つかっていたに違いない。
(「敵発見……と」)
 スマートフォンを操作して連絡。
 短い返答の後、あくまでも観光中を装いながら少しずつ仲間たちが集まってくる。
(「なるほど、確かに」)
 ゼレフが自身の目であり得ない影を確かめて頷き、
(「……まだ隠れているつもりなのかしら」)
 だとしたら滑稽なものだと、るりは心中で嘲る。
 堕落の蛇とやらは能力を過信しているのか頭が足りないのか、それとも両方か。
 叩き落として一言くらい喋らせれば分かるかもしれない。

 ということで、準備万端。
 バッグにカメラを収めた紅葉が、すっと手をかざす。
 それを真似るように湖満も腕を上げ、にこりと――いや、にやりと微笑んで。
「さ、大人しく出ておいで」
 至極穏やかな声を発しながら、どす黒い塊を宙に生み出した。
 ライジングダーク――オウガメタルによって具現化される、かつて惑星レギオンレイドを照らしていた『黒太陽』の悍ましい輝きは鮮赤の一角を蝕んでいく。
 まるで毒のように、ゆっくりと、ゆっくりと――。
「……クアアアアアアアアッ!?」
 えらく寝過ごした鶏のような奇声が響き、緑の塊が一つ、ぼたりと落ちた。
 さらに続けて、二つ、三つ。落ちた順番で一号、二号、三号とでも名付けておこう。
「はい、みぃつけた」
 児戯の如く手を叩いて湖満はまた笑う。
 しかし目が笑っていない。その眼差しを浴びせられる堕落の蛇に思わず「ご愁傷様」と呟いて、フィオナ・シェリオールが観光客の避難誘導へと向かっていく。
 それを一瞥してから、鬼太郎は大鞄を開き、
「待たせて悪かったな虎。俺ら戦人(いくさにん)の出番だぜ」
 相棒のウイングキャット“虎”を解き放つと、前衛のケルベロスたちにオウガ粒子を撒く。
 さらにマルレーネが攻性植物に宿した黄金の果実からの光で、後衛の仲間に異常への耐性を。
 前衛にはゼレフが縛霊手から紙兵をばら撒きつつ、
「隠れんぼ、あまり上手くないみたいだね」
 大地と辛酸を舐めさせられた堕落の蛇たちを揶揄う。
「くそ! 何故バレたのだ!」
「知るか!」
「こうなっては仕方ない! ケルベロス共を八つ裂きに――アハンッ!?」
 狼狽えるばかりの敵から、今度はちょっと女々しい悲鳴が漏れた。
 オラついた服装のカメレオンもどき三匹が纏めて宙を舞う。そのままろくな受け身も取れず、首辺りから落ちてバキッと嫌な音を響かせた群れを、暴走車のように撥ね飛ばした元凶たる勇華は振り返って見下ろし、拳を握りしめる。
「何一つ奪わせるものか! お前たちの主に、何一つ与えさせるものか!」
 怒りを漲らせて立つ勇華は、もはや勇者でなく修羅だ。
 対して、るりは冷ややかな目を向け続けて一言。
「……これ、本当にドラグナーなの?」
「ぐぐ、貴様……我らを愚弄するか」
「愚弄も何も堕落の蛇って……蛇でもないじゃない。どう見てもカメレオンよね?」
 どう見てもカメレオンです。
「カメレオンは蛇じゃなくて蜥蜴の仲間……あ」
 一人考察を続けて、るりはふと答えに至った。
「蜥蜴と竜は似たようなものね。やっぱりこれ、ドラグナーだったわ」
「何をぶつくさ――うひょぉっ!」
 また毛色の違う悲鳴が上がる。
 疑問を解決してすっかり敵への興味も失せたるりが、舌を噛みそうな名前の魔導書を通じて喚んだ『混沌なる緑色の粘菌』。それが堕落の蛇二号を侵していた。
 払っても払えるものでなく、のたうち回る内に堕落の蛇は両目をぐるんと真上に回す。あらぬ方向に伸びた舌の横からは泡まで吹いていた。よほど恐ろしい幻覚か何かでも見せられているのだろう。
「チャンスですね。――プライド・ワン!」
 真理が“神州技研製アームドフォート”で狙いを定めつつ呼ぶと、木陰に待機していた黒いライドキャリバーが唸りを上げて突撃。炎を纏いながら二号を二度目の交通事故に巻き込んだ。
「ギャンッ!」
 燃える緑鱗が錐揉みして舞ったところで、真理の主砲も火を噴く。
「……景色と同じくらい真っ赤になって、まあまあ良い感じじゃない」
 緑色の時より素敵ね。そう呟く紅葉の前で爆散――とまでは行かなかったが、集中攻撃を受けた二号は大地に墜ちると、ひどい痙攣を起こした。
 それにしても悲鳴のバリエーションが豊かな敵だ。
 隠密偽装よりリアクション芸の方が得意な個体なのかもしれない。
 まあ、ものすごくどうでもいいことなのだけれど。
 どうせもうすぐ死ぬ奴らなのだし。


 そう、堕落の蛇はもうすぐ死ぬのだ。
 彼らに残された未来も生命も、あと僅かでしかない。
 戦で先手を取られるとは、それほど手痛いこと。ケルベロスたちは自らの行いを教訓にしつつ、さらに攻勢の度合いを強めていく。
 そこで見事な仕事ぶりを見せるのが、多くの者が用意していた広範囲への攻撃。
 ゼレフの縛霊手からは巨大な光の弾。勇華が振るう神剣のレプリカからは山羊座のオーラ。
 二つの輝きに飲み込まれ、もんどり打った敵の群れをプライド・ワンが激しいスピンで轢く、これでもかと轢く。
 そうして潰れた緑の塊を紅葉がさらに叩き潰す。
 ひでぇな鬼か。
 ああいや、鬼だ。紅葉はオウガだ。
「――はあッ!!」
 二本のドラゴニックハンマーを変形合体させて振り下ろせば、大地が砕けて大爆発を起こした。
 このド派手な技の名はワールドエンドディバイダー!
 なんと心揺さぶるカッコいい響きだろう。しかしこれでも汎用グラビティであるし、大地を砕いているけど効果は破壊でなく斬撃。ケルベロスの技とはかくも奥深いものである。
「チッ……おいお前ら! へばってんじゃねぇ! 立て!」
 あちこちに切り傷を作った堕落の蛇一号が飛び起き、仲間を叱咤する。
 しかし三号はともかく、二号はもうダメだ。ぷるぷる震え続けるばかりで起きる気配もない。多分打ちどころが悪かったのだろう。
 仕方がないので、マルレーネのメタリックバーストで命中率を上げた真理が攻性植物で縛り上げて――。
「んふふー。ほな、いきますえ?」
 ひたひたと怪談じみた脚さばきで迫った湖満が、えいっと思いっきり上から踏んづけた。
「グエッ」
 吐くような声がして、舌が吹き戻しの如くぴろろろーっと伸びる。
 そしてそのまま、二号はご臨終された。南無。
「あらまぁ」
「あらまぁじゃねーよ!」
「……ん? 今何か言わはった?」
 威勢よく吼える三号を眼光で封じ、湖満はカメレオンもどきの遺骸から「よいしょっ」と下りる。
 その一瞬。
「バカめ! 後ろがガラ空きじゃあ!」
 いつの間にやら得意の隠密偽装能力で気配を消していた一号が、短剣片手に迫るも。
「させるかよォ!」
 鬼太郎が此処ぞとばかりに頑強な身体で盾になると、そのまま敵を放り投げた。
「ちっくしょおおお!」
 続けて三号が刃を腰辺りに構えて突進してくる。
 まるでヤの付く職業の鉄砲玉みたいだ。おまけに狙われているのが湖満で、それを鬼太郎が守っているというのがまた“お嬢と若頭”っぽい。
「正面突破は俺も好きだがよォ――おらぁぁッ!」
 バカ正直に来た敵を刃ごと受け止めた後に投げ飛ばして、鬼太郎もついに赤漆の鞘から太刀を抜いた。
「オウガが一人、柴田鬼太郎! 人類の敵と合戦つかまつ……オイ! 立てよオラ!」
 折角の名乗りも聞き手がいなければ映えない。
 自分が投げ飛ばしたばっかりにふらついている堕落の蛇を怒鳴りつけて叩き起こすと、鬼太郎は刀を構え直して再度名乗った。
「……さすがオウガね」
 一応は刃で傷つけられたというのに。
 るりが呟き、桃色の霧を浴びせて鬼太郎の傷を癒やす。
「……スタミナが全回復しました」
「なんか言ったか?」
「なんでもないわ」
「そうか」
 それならいいと、鬼太郎は一号に詰め寄って刀の峰を叩きつける。豪快に攻めているようでいて、心は守りに傾けているからダメージは然程なのだが――視覚的には酷く痛々しい。
 だが、これまでも痛々しかったし、これからもっと痛々しくなるのだ。

 ぐっと腰を落とした勇華が、桜色の篭手に包まれた右手を突き出す。
「喰らえ!」
 裂帛の気合が重力震動波に変わって堕落の蛇たちを震わす。
 これぞグラビティシェイキング。受けた相手は文字通り、五臓六腑を纏めてシェイクされてとんでもない感じになる――かどうかはさておき、無事で済まないのは確か。
 立ち上がったばかりの一号と三号がまた膝を折る。もうずっと挫けてばっかりだが、これも仕方ない。彼らの運命だ。
「とかなんとかって諦められるかよー!!」
 往生際の悪い一号が舌を伸ばした。
 まるで鞭のようにしなり、空を裂き、赤紫の見るからに毒々しい舌が勇華に向かう――が、これもまた鬼太郎がカバー。
 そしてすかさず、ゼレフが薄青の炎を差し向ける。
「ぐわばばばばば」
「行儀が悪いじゃないか」
 舌を伸ばしたままで悶える敵に、そうあっさりと語るゼレフもまた恐ろしい。
 しかし穏やかな恐怖という点では、やはり湖満が一歩先んじているだろうか。
「ねえねえカメレオンさん、その長ぁい舌、なんや焼き肉の材料にでもなりそうやねぇ。ほら、タンって人気食材やし」
 そう囁いて暴れる舌を掴み取る。すると一号の舌はみるみる凍りついて――。
「どらぁッ!」
 鬼太郎の拳を受けると、ガラスのように粉々になってしまった。
 哀れ、武器にもなる特徴的な部分を砕かれた一号はそのまま異郷の地に没す。
「ちくしょう……ちくしょう……」
 ぼっちになった三号はもう怯えていた。

 そして大概、最後に取り残されたものはやけっぱちになるのだ。
「うわああああああ!」
 遮二無二の突撃。その矛先は恐ろしげな人々を避けてマルレーネに向かった……が。
「マリーには指一本触れさせないのです」
 真理が立ち塞がり、刃を持つ腕を抱え込んで締め落とす。
 そこまでならまだよかったが、何せ刃を向けた先が悪かった。
 武器を取り落としたくらいで恋仲の娘を狙った相手を許すはずもなし。瞬くほどの間で見抜いた最も脆い懐に、真理はアームドフォートの主砲を叩き込む。
 緑の塊は天高く飛んで――そのまま、この場で最も近寄ってはならないケルベロスの一人の元へと落ちていく。
 湖満? 鬼太郎? ゼレフ?
 いやいや、近頃は竜とその関係者抹殺するウーマンと貸してしまった勇華のところだ。
「塵一つ残すものか! ――ここで、散れっ!」
 力強く握りしめていた拳を開いて手刀に変え、闘気を纏って振るう一撃、気刀・八文字長義。
 騎馬武者をも一刀のもとに斬り捨てた名刀になぞらえ、名付けられた奥義がオラオラ系カメレオンもどきを腹から真っ二つに分けた。


 こうして隠れんぼ大会はケルベロス完勝に終わった。
 遊歩道には再び観光客が戻り、何事もなかったかのように紅葉狩りを楽しんでいる。
「ではマリー、改めて観光といきましょう」
 真理もマルレーネを引き連れ、紅葉狩りテイク2。
 ――を始める前に、不意を突いて頬に唇など寄せてみる。
「っ、真理!」
 今日イチの心の揺らぎが見て取れた。
 作戦成功。そうしてはしゃぐ二人を、黒いライドキャリバーがきゅらきゅらと追っていく。

 一息ついたゼレフは、足元にひらりと落ちた葉を拾い上げた。
 目が眩むほどに紅い。それを懐に収めて木々を見やり、一言。
「貰っていくよ」
 すると返事をするように、風にそよいだ木々が音を立てた。
 ――落ちた葉くらいで、人々を守った礼になるのなら幾らでも。
 そんな風に言っているのかもしれない。

 そして穏やかな――ともすれば少し肌寒いくらいの風は、勇華の心にもまた暫しの安寧を授けていた。
「綺麗だなぁ」
 敵の姿だけを愚直に探し求めていたあまり、まるで目に入っていなかった紅葉本来の魅力を噛み締めて歩く。
 こうした景色も、人々も守るのがケルベロスの務め。
(「……自分にしか成せない事を勇気をもってやり遂げる、それが勇者……か」)
 ふと、かつて紅葉の下で誓った己の言葉が蘇る。
 勇者たらんとし、勇者足り得ぬと知った今では胸が痛む言葉だ。
(「頑張らなくっちゃ」)
 見上げた木々に、勇華は一人誓った。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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