クロム・レック決戦~大いなる破壊の軍団

作者:白石小梅

●六人の帰還者
「クロム・レック・ファクトリア探索任務の結果が出ました」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)の表情は硬い。
「基地発見後の撤退時に敵の追撃を受け……二名が身を呈して暴走し、敵を食い止めたものの消息不明。帰還者は六名という、厳しい結果となりました」
 番犬たちの表情も重い。
 だが、偵察の結果としては非常に価値ある情報を得られたという。
「まずは予測の通り、伊豆諸島海底部の海底熱水鉱床において、多大な資源がダモクレスによって奪われていた確証を掴みました」
 採掘を行っていた巨大基地『クロム・レック・ファクトリア』。そして、その防衛部隊として『ディザスター・キング』率いる『ディザスター軍団』が確認された。
「キングはダモクレス侵攻の際、実働部隊の総指揮を執っていたほどの相手。奴が直接、防衛指揮を執っている点からも、この採掘基地がダモクレス全軍にとって極めて重要である事は間違いありません」
 数え切れぬ被害を出した、因縁の王と破滅の軍団。その名に、番犬たちの目が光る。
「更に、伊豆諸島海底部にはもう一基の拠点ダモクレス『バックヤード』の姿が確認されました。詳細は不明ですが、巨大な『環状の門』のような形状をしており『魔空回廊を利用した採掘資源の輸送を担当している』と目されます」
 すなわち、採掘基地と輸送拠点が隣り合うように配置されているということだ。
「バックヤード側には、敵戦力として巨大な腕の形をしたダモクレスが確認されました。指揮官として『五大巧』という五体の指揮官個体が存在すると考えられます」
 得られた情報を総合しますと、と、小夜は言って。
「この海底基地群が採掘した資源量は膨大。概算ではダモクレス勢力が『ここ数年の侵略に要した資源の過半』を、ここが賄っていたと考えて間違いありません」
 つまり。
 この採掘基地を破壊すれば、ダモクレスの兵站に大打撃を与えることが出来るわけだ。
「そう。それが……今回の任務です」

●クロム・レック・ファクトリア破壊作戦
 だが敵も、手をこまねいているわけではないはずだ。
「ええ。拠点位置を特定されたダモクレス勢力は採掘基地の移動準備を開始。遅く見積もっても一週間以内に準備を整えクロム・レック・ファクトリアは、伊豆諸島海底から姿を消してしまうでしょう」
 そうなれば、多大な犠牲を払って入手した情報も意味を失う。
「機会は、今しかありません。採掘基地の内部に突入し、ディザスター軍団の防衛網を突破。ファクトリア中枢に侵入して、ディザスター・キングの守る中枢部を破壊するのです」
 逆を言えば敵勢は『この襲撃を撃退すれば、撤退までの時間が稼げる』。決死の防衛戦を展開するだろう。
「……すなわち、短期決戦。大作戦を展開する猶予は互いになく、現状で動かせる全戦力を以って、堂々と決着をつけるのみです」
 番犬たちの目は、すでに覚悟を決めていた。

「……具体的な突入の手順ですが。クロム・レック・ファクトリアの外周部には29箇所の資源搬入口があり、そこから突入していただくことになります」
 しかし、全ての搬入口が中枢まで続いているわけでは無い。内部構造は複雑で、入口は多くとも、中枢へ続く当たりは少ないという。
「ディザスター・キングは敢えて『中枢に繋がる搬入口』と『それ以外の搬入口』の警備を等しくしたようです。恐らくは、こちらの戦力を分散させる作戦。警備の様子などから当たりを予測するのは不可能です」
 すなわち囮の道もディザスター軍団によって防衛されており、敵を撃破して実際に探索してみるまでは、その道が中枢に続いているかどうかはわからないということだ。
 堅実な小細工は、ドレッドノート攻略戦の経験によるものか。
「逆に賭けに出て、複数チームが一つの搬入口から突入する手もあります。この場合、侵攻時の安全性が向上しますし、中枢に辿り着けた場合はキングとの決戦でも有利になるでしょう」
 反面、ハズレを引いた場合は、決戦時の戦力が低下する危険がある。というわけだ。
 次に小夜は、基地内部の具体的な敵戦力について解説する。
「基地内には、ディザスター軍団の防衛部隊が展開。隠し部屋を利用した待ち伏せなどの奇襲攻撃を行い、少戦力でこちらを消耗させる作戦を取ってきます。その上で、道の最奥に有力戦力を集め、皆さんの撃破を狙う作戦です」
 すなわち、敵の奇襲を察知して素早く撃破し、最奥の有力ダモクレスとの闘いに損耗の少ない状態で到達することが勝利への鍵となる。
「有力戦力を撃破後、通路が中枢に繋がっていた場合は、ディザスター・キングと決戦になります。この最終決戦は、中枢に到達した全班で協力して闘うことになります」
 作戦手順は以上だ。
 だがもう一つ、考えるべきことがあるという。
「『バックヤード』についてです。今回の作戦では、隣接基地であるバックヤードへの攻撃も可能です。もちろん戦力をそちらに回し過ぎれば、肝心のファクトリア破壊が難しくなってしまいますが……」
 ならば今回は。と、軽くいなす番犬たちに、小夜は困り顔で首を振って。
「実は……『バックヤードには偵察中に暴走した二名のケルベロスが捕縛されている可能性が高い』との情報を掴みました。探索すれば、彼らを救出できる可能性が……」
 途端に、番犬たちも渋面になる。ダモクレスめ、人質のつもりか。と。
「バックヤードは『二本の巨大な腕型ダモクレス』に護衛されています。内部へ突入するためには、その腕型機械との闘いに2班。内部探索に1班。最低でも3班以上の戦力がバックヤード攻撃に回らなければ、情報を得ることも不可能です」
 バックヤードに戦力を割いても、採掘基地で当たりの道を全て引き当てさえすれば、キング戦の戦力は減らない。
 減るのはあくまで『可能性』。必要なのは、運を掴むための思案というわけだ。

 小夜は全てを話し終え、今後の予測を語る。
「感知されるほど稼働していたことを見ても、直近で連中が採掘した資源は相当量……ダモクレスは大規模作戦の準備をしていたのかもしれません。ならばここでの決着は、今後の情勢を大きく左右するはずです。出撃準備を、お願い申し上げます……!」


参加者
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
狗上・士浪(天狼・e01564)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
ベルベット・フロー(フローリア孤児院永世名誉院長・e29652)

■リプレイ


 運命は、微笑んだ。
 その布陣は、圧倒的だ。お前たちは負けはしない、と。
「気をつけろ。さっきの部屋と間取りが違う。左後方だ……!」
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が叫ぶと同時に、クリソベリル・パンツァーの機関銃が壁を射貫く。即応する黒髪の青年と共に、彼は蹴りかかって。
「足音が違う……この床下、空洞があるよ! 来る!」
 モルガナイト・アサルトの剣が床を裂き、ベルベット・フロー(フローリア孤児院永世名誉院長・e29652)が床板を踏み抜く。ドワーフの老女が刃を止め、ベルベットの拳が敵を穿つ。
「随分と長い廊下だね……さあ、来るよ。避けて」
 紗神・炯介(白き獣・e09948)が、制した瞬間……遥か向こうから、カーボナード・コマンダーの火砲が火を噴いた。
 だが。
「大砲で勝負か、いいだろう!」
 海賊帽の少女の合図で、炯介は腕に絡んだ蛇を弾丸のように撃ち放つ。そして各々の遠距離砲撃が、廊下を爆炎に呑み込んだ。
「制圧完了です。速度を緩めず、進みましょう……!」
 轟竜砲を担ぎ直した湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)が号令する。16人もの番犬たちは圧倒的な進軍を見せ、奥のドアをぶち破った。
「……!」
 瞬間、白い残像を引いて、鋭刃が襲い掛かる。
「ディザスター・ナイト! 近衛型だよ……!」
 咄嗟に魔弾を撃ったアンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)が警告する中、白紫の機体は腕剣と盾を合わせて前衛へ閃光を放つ。
『ケルベロス。16人とはな。侵攻が早いわけだ』
 現れた精鋭機。リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)が闘気を解放して。
「どうやらここが最奥だったみたいね! ……行くわよ!」
「敵は一体です! 後方援護は任せてください! 天に白き石枷の陣!」
 ソールロッド・エギル(々・e45970)が扇を振るい、番犬は左右へ散って敵を囲む。
「力を組み替える間もなく突っ込んじまったが……負ける気がしねえな!」
 狗上・士浪(天狼・e01564)が、ライフルを乱射しながら回り込む。敵の盾がそれを防ぐも。
「ハッ! 背中がガラ空きだぜ!」
 その背に向けて、僚班が一気に動く。
「僚班に呼応するわ! 畳み掛ける!」
「マインドシールド、高速展開……! 守ります!」
「ハッ、速攻で終わらせるぜ!」
『小癪な!』
 波のように寄せては退く連携。高速機動する白紫の騎士の実力は高い。だが。
「すまない。君に手間取っている暇はない」
「ああ。一緒に一泡吹かせてやると、約束したんでね」
「行きます……ここを抜いて、あの王の下へ」
『くっ! この勢い……!』
 炸裂する光弾も番犬たちを止めるには至らず、近衛騎士は猛攻に押されていく。
「アタシ達はもうお前たちに負ける軟な存在じゃない! 過去の挫折も全部燃料に変えて、心を燃やして前へ進む! 散れ!」
 ベルベットが、黒髪の青年と共に全力を解き放った。漆黒の竜と焔のミミズクが騎士の躯体を両断し、敵は悲鳴と共に爆散する。
 その力は部屋全体を鳴動させ、壁さえも崩れ落ちる。
 そして……暗い通路が、そこにぽっかりと口を開いた。
「……!」
 そう。
 運命は微笑んだ。
 ここが、中枢へと続く道だ……と。


 暗闇を抜け、番犬たちは緑光漏れる出口を潜る。
 低い駆動音の響くそこは、五つの出口に囲まれた300m四方の大広間。
「ここ、が……クロム・レックの中枢。広間中心のアレは……木じゃないよね。薄緑に光ってて、なんか綺麗……」
 ベルベットの視線の先には、明滅する中枢神経の束が枝状に絡み合って伸びている。
 神々しくさえある光景の中心で、黄金の王は待ち構えていた。
『ようこそ、ケルベロス』
 そして、全員が息を呑む。その歓待の言葉に、ではない。
「久しぶりだね……キング。君に届くことのなかったあの強襲の日から……僕は絶えず牙を研いできた。だから敢えて、そう言わせてもらう」
 炯介は視線で王を射抜きながら、その眉を歪めた。
『あの戦場にいた者か。その牙と是非、比べ合いたいものだ。だがそれが叶うことはない』
 そして王は、周囲に展開する不動の軍団を指す。
「前面に並ぶ8体のポーン。その背後に、キングを挟み込む2体のルーク、ビショップ、そしてナイト……これ、チェスの布陣だわ……!」
「ポーンはまだしも、さっきのナイトクラスの護衛が7体だと……! キング含めて16体。ハッ……同数ってか……!」
 リリーは戦慄を込め、士浪は口の端を引きつらせる。
 運命は微笑んでいた。皮肉を込めて。
 その布陣は、圧倒的だ。お前たちは勝てはしない、と。
「予想を遥かに超えた防備の厚さです……! 個の力ではポーンですら、私たちに引けを取らないのに……!」
 ソールロッドの視線に、陣内は首を振る。出入り口に、仲間の気配はまだない、と。
「合同で進んだなら、ほぼ同速で辿り着くはず。力の組み換えに時間を取ったのに、ここにいるのが俺たちだけということは……」
「2班合同で中枢に辿り着いたのは、私たちだけ。1班であの道を抜けて来る仲間が、どれだけいるのか……」
 美緒がピックを握りしめて、そう結ぶ。
『無駄だ。この布陣ならば、例え貴様らがその倍の人数で来ようとも、私が動く必要もない』
 だが完璧な布陣に、不備が一つ。アンノが、そこを指して。
「キング……ボクはキミの軍団と長く闘ってきた。だからルークもビショップも、前と違う替え玉だってわかる。でも……彼女だけは、用意しなかったんだね」
 女王が座すべき所には最強の精鋭、ディザスター・ナイト・FA。白銀の騎士。
 王は、僅かな瞑目でそれに応え、沈黙を払う。
『遠き日と、同じ運命を辿るがいい。牙を研ぎ抜いた地獄の猟犬たちよ……!』
 FAが布陣より跳び出した。2体のビショップと4体のポーンが、それに続く。
「……来るぞ!」
 そして、決戦の火蓋が落とされる……。


 ナイトFAは一気に上へと跳躍し、ソールロッドの扇が靡く。
「敵1機、上空へ跳躍! 合計7機が接近! 再び左右へ展開し、挟撃です……!」
 加護の中、両翼を広げる番犬たち。ビショップとポーンは即座に方陣でそれに応じて。
「キングは本隊を温存する気です……! 私たちが陽動だと思っているんですね」
「不動の王の前、展開するその軍勢。あはっ……本当に、あの時を思い出すね!」
 美緒とアンノが展開した御業が、呪縛と護盾に形を変える。その時、上空からFAの火砲が流星雨の如く降り注いだ。
「……此処まで来たら引けないのよ! あたしたちも!」
 僚友の叫びが響く中、番犬たちの技は業火と化して敵陣を呑み込む。同時に、その爆炎を無尽のミサイルが喰い破った。
 毒蛇の如き熱弾を身を挺して遮った前衛に、煙を裂いて歩兵たちが襲い来る。
「舐めンじゃねぇ……! こいつらを部品まで戻して、そのまま押し込んでやる!」
 士浪は重力波を放ちながら身を押し出す。だが着地したFAが踊るように身を回転させると、全周に銀光が迸った。
「……!」
 流体水銀の体を散弾として、FAはこちらの布陣を一瞬で切り裂いたのだ。
「コイツ、精鋭の中でも特に強い! コイツを崩さないと、こっちが押し負け……!」
 ベルベットの言葉が詰まる。二分ほどの戦闘で、すでに大半の面々が血と泥に塗れて、息を切らしていた。
「ッ……!」
 振り返れば土煙の向こうには、一気に押し返されていく僚班の姿。
 攻囲を切り裂く白銀の騎士。雨あられと降り注ぐ熱弾。堅実に押し返す、歩兵の進撃。戦場はもはや、誰の者とも知れぬ火砲や癒しが乱舞する乱戦へと突入した。
 その中で、炯介の瞳は飛翔する砲撃支援機体を捉える。
「ビショップ……王を前にして、再びあいつに屈しろと……運命はそう言うのか」
「違う! あのワンオフ機体じゃないわ! 精鋭とはいえ、所詮は量産機よ!」
 混沌の戦場でがむしゃらに矢を放つリリーに、炯介は何も言わない。自分は落ち着いているとも、落ち着くのは君だ、とも。ただ共に、引き金を引く。
 無数の射線が交差して、戦場を裂く……その時。
 彼方から、歓声が響いた。二つの穴から味方が突入し、待機していた敵本隊に突貫していく。
「2班来たか……! しかし……」
 陣内の眉が、歪む。キングは待ち構えていたかのように、更に兵力を分割して迎撃に当たらせる。
「倍の人数でも動く必要はない、か……不動の王を脅かすには、この数では……」
 その時、空を裂いたミサイルが彼に迫る。猫がそれに飛び付き、彼の心の写し鏡は火焔に呑まれて消えた。
(「頼む……来てくれ……!」)
 祈りを込めて、陣内は鉛の矢を放つ。
 増援の到着で戦場は3つに分かれたものの、もはやこの場の劣勢は決定的。
 荒れ狂う攻勢の前に、ただ敗北までの時間を伸ばす以外にない。
 そんな時だった。
「みんな! 味方はきっと来るよ!」
 ベルベットが、圧し掛かる絶望に抗ったのは。
 焼け焦げと血に塗れて、彼女は残り2つの出入口を指す。
「何してる! 下がれッ!」
 ようやく一体のポーンの首を撃ち飛ばしたことにも構わず、士浪が叫んだ。
(「駄目だよ。希望が潰えそうな時こそ、踏み止まらせる奴が必要なんだ……!」)
 だから彼女は、首を振る。
「諦めないで! 災厄なんて、アタシが払う! みんなで、運を掴むんだよ!」
 最後の癒しを振り絞り、彼女は銀の散弾の前に身を躍らせる。
 鉈の如き鋭さに裂かれながら舞う中で、彼女は見た。
 残りの出入口から更に2班が飛び出し、鎮座する王へと踊りかかっていくのを……。


「味方です……! これで合計6班! キングに、届きました!」
 癒しの鳥を放っていたソールロッドが、戦場に灯った希望を叫ぶ。
『……チッ』
 僚班に斬り込んでいたFAは、跳躍してキャノンを構えた。王への援軍の為、殲滅を急ぐ構えだ。
「あの時、私たちの進む道は後ろにしかなかった。でも、今は……前がある」
 それを追い、身を舞わせていたのは美緒。絨毯爆撃の如き火線から、その身を仲間の傘として。
『雑魚め、無駄な足掻きを』
「いいえ。例え私が届かなくても……今度こそ、みんなを届かせるためなら……! あの闘いも、私の足掻きも、無駄じゃないんです……!」
 放ったピックが白銀の機体の頬を散らす。僚友たちの火砲と、FAの爆撃の閃光の中、血飛沫と共に彼女は滑落する。
 灯った希望を、先に繋いで……。

 揺らぐ、戦の天秤。番犬たちは士気を振り絞り、各戦場で反抗へと打って出る。
『私は王の下へ向かう』
『はっ』
 白銀の騎士は焦りを見せ、腹心に事後を託して地を走る。そして衝撃に身を転がした。
「どこへ行くんだ? お前の相手は、まだここにいる」
 その肩に喰らい付いたのは黒い影。
「この戦場に集った、仲間たちの執念。俺はそれを結ぶために来た……お前に、邪魔はさせない」
『……邪魔なのは貴様だ、雑魚が!』
 陣内の刃と銀の刃が、交差する。流体金属は斬撃を受け流し、陣内の身は切り裂かれる。それでも彼はしがみ付き、刃を振り上げ続けた。
 やがて大地に叩きのめされ、裂かれた毛皮のようになって転がるまで……。

『離脱する! ビショップ! この連中を始末しろ!』
 FAは置き土産のようにキャノンを放ちながら、戦場を脱する。
 止める戦力は、もはや残っていない。だが敵もまた、それに応える余裕はなかった。僚班は敵の支柱が抜けた好機を逃さず、総力で反撃を試みていた。
『歩兵、支援を行……』
 ビショップが振り返った、一瞬の隙。それを見逃さず、全身で組み付いたのは、血塗れで片脚を引きずる、幽鬼の如き男だった。
『……っ! この、死にぞこないが!』
「無駄だよ。今度は……放さない」
 ビショップのキャノンが輝き、その胸を貫いた。だが、血を吐きながらも、彼は馬乗りになってゆっくりと拳を持ち上げる。
『やめろ! 放せ! 歩兵、コイツを……!』
「運命は、変わる……今回、道を繋ぐのは……僕だ」
 その拳が、落ちる。ギロチンのように。
「……っ」
 ビショップの顔面が潰れたその時、駆けつけたポーンが、彼の背を貫いた。
 血反吐の中に倒れ込む炯介。その前に、今度は首の飛んだポーンの体が、倒れ込む。
「あの日から続いた道は……随分……長かった、ね。さあ……」
 行くんだ。
 頷くリリーとアンノの顔を見届けて、彼の意識は闇に閉じる。


 僚班も敵を打ち倒し、遂に番犬たちはこの戦場を制する。
「士浪だ! 敵は……味方は……! どんだけ残ってる!」
 混沌の戦場の中、仲間たちは次々に崩れ落ち、敵は火花を散らして爆発する。
 だが。
「味方は大体、半分! でも……全体の戦況は、こっちが優勢よ!」
 リリーが叫び、ソールロッドの視線が戦場に走る。
「健在な敵は……キング! あと、FAがあそこで足止めされています……!」
 この戦場の核である、最強の敵たち。
 二転三転する運命。
 あるのは、選択だけ。
 正解など存在しない。
 ならば。
「行こう……キングへ」
 アンノは、そう言った。

 その座を揺るがされ、黄金の王は遂に剣を取った。最初の班はすでに殲滅され、残っているのはほんの数人。
 絶望的な、その戦場に……。
「自慢の布陣も剥げたな、裸の王様よ……! 凍てつく寒さを、プレゼントだ!」
『貴様ら……!』
 士浪が、気弾と共に突貫する。
 もはや、守りも癒しも必要ない。誰も彼もが、一撃当たればそれで終わりだ。
 駆け抜けるソールロッドが、この戦でただ一度きりの影刃を走らせる。
「……これが、最後の機会です! 一撃でも、一発でも多く……攻撃あるのみです!」
 王は剣を振るう度にそして相手をなぎ倒し、そして死に体の猟犬たちはそれを凌ぐ勢いで殺到していく。
「その災厄……ここで終わらせる! 歌い紡ぐわ……みんなの闘いを!」
 飛び込むリリーの背後に、美緒と、炯介と、そしてもう一人……仲間の姿が、浮かび上がる。彼女の渾身の一撃が、その装甲を穿った、その時。
 ……それを追うように、無尽の砲撃が王の姿を呑み込んだ。
『お、ぉおおお!』
 それは、後方の戦場を制した全ての番犬たちによる一斉砲撃。業炎の中、それでも王は立ち上がる。
『マザー! レジーナ……! クビアラ! 私は……まだ!』
 その懐に、白い影が滑り込んで。
(「冷徹に、合理的に……数多の人を傷つけた災厄の王。でもその仮面の裏で、キミはもしかしたら……」)
 アンノはその手に、陰と陽の魔術空間を濃縮し、思案を振り払った。
「さよなら、キング。今度は……ボクたちの、勝ちだ」
 王の胸元で陰と陽が激突し、暴発する魔力の轟音が部屋を揺らした。

 ……王は、膝をつく。
 その胸に、ぽっかりと虚空を開いて。
『みん、な……』
 手を伸ばし、命の抜ける電子のため息を落としながら、災厄の王は崩御した。

 そして中枢へ向けて、最後の一斉射撃が吸い込まれていった……。

作者:白石小梅 重傷:玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) 紗神・炯介(白き獣・e09948) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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