クロム・レック決戦~冷たき網の

作者:ヒサ

 『クロム・レック・ファクトリア』の探索に向かっていたケルベロス達が帰還した。
 暴走者を出しての撤退となったが、彼らが持ち帰った情報は貴重なものだという。篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は眼前のケルベロス達にそれを伝えて行く。
「伊豆諸島海底部の、海底熱水鉱床、で、ダモクレス達は資源の採掘を行っていたそうなの。これをしていたのが、クロム・レック・ファクトリア。……その護衛に『ディザスター軍団』が居たのですって」
 護衛部隊は『ディザスター・キング』が直接指揮を執っていたという。であればこの地での採掘作業はダモクレス達にとって非常に重要なものと考えられる。
「それから海底にはもう一基、拠点ダモクレス『バックヤード』の存在も確認出来た、とのことよ」
 それは環状の門を思わせる形状をしているという。そのため、魔空回廊を介し採掘資源の輸送を担っているものと考えられている。これの戦力として、巨大な腕型のダモクレスが確認されており、指揮官として『五大巧』と称される強大なダモクレス達が存在している様子。
「ここで採掘された資源量はかなりもののようよ。……どうやら、これがあれば年単位で侵略活動を続ける事も余裕、だとか」
 判った以上、それを見過ごすわけには行かない。彼らの動きを阻止して貰いたいのだとヘリオライダーは言う。
「皆で協力して、クロム・レック・ファクトリアの撃破をお願い。それが出来れば、ダモクレス達に大打撃を与えられる筈」

 ケルベロス達が拠点の場所を暴いた事により、ダモクレス達はクロム・レック・ファクトリアの移動準備を開始したという。遅くとも一週間以内に彼らは撤収を終えてしまうだろう。それより早く、短期決戦での撃破を目指して貰うことになる。
 その為には、クロム・レック・ファクトリアの内部に潜入し、ディザスター軍団の防衛網を突破しファクトリア中枢に辿り着き、ディザスター・キングが警護にあたる中枢部の破壊を成して貰わねばならない。ダモクレス達も、撤収までの時間稼ぎを目指し決死の防衛を行って来る事が予測される。
「クロム・レック・ファクトリアの外周には複数の資源搬入口があるのですって。協力して分担出来れば、全部のチームが別々の入口から中へ入る事が出来そうよ。それで、調査洩れは出さずに済むみたい。……一箇所から複数チームで突入する事も出来るし、その方が安全に動けはするでしょうけれど……。
 ただ、全部の入口が中枢に続いているわけでも無いようなの。ディザスター・キングは、全部の搬入口に同程度の警備を置くことで、あなた達を分散させるつもりのようで……警備を排除して奥を探索してみないと、当たりか外れかも判らない」
 敵の戦力を減らすという意味では、選んだ道が中枢に繋がらなかったとしても決して無為ではない。が、警備を退ける為だけに全力を費やすのは危険だと、仁那の眉が寄る。
「もしも選んだ道が中枢に繋がっていた場合は、辿り着けた人達で協力して、ディザスター・キングと戦って貰うことになるわ。どの道でも敵は、罠を仕掛けたりとか、待ち伏せしての奇襲を狙って来たりとか、するでしょうから……十分に注意して、出来るだけ消耗を避けてくれたら」
 皆を案じる言葉を口にして少女は浅く息を吐き。それから、と、手元に目を落としてそこにあったメモの頁を繰った。
「どうするかの判断は、あなた達にお願いしたいのだけれど。今回、バックヤードの攻略に戦力を割くことも出来なくはないわ。クロム・レック・ファクトリアの攻略やディザスター・キングの撃破に、一層の運が必要になって来るでしょうけれど、これを成功させる事が出来れば、バックヤード内部の探索で、より多くの情報を得られる可能性もある、し──何より、探索チームを帰すために暴走した二人は今、ここに掴まっている可能性が高いと考えられている。……二人を助け出せるかもしれないの」
 但しそれらを成すためには、バックヤード内部の探索に一チーム、護衛である腕型ダモクレスを相手取る為に二チーム、を、最低でも割かねばならない。より確実にと考えるならばそれ以上。三チーム以上での合意が得られない状況となった場合は、此方を諦めクロム・レック・ファクトリアの攻略に集中して貰う事が望ましい。

「──毎度ながら、負担を、お願いしてしまうわね」
 説明を終え、仁那は目を伏せた。ややののち瞼を上げて、眼前の者達を見詰める。
「けれど、これを出来るのはあなた達だけ。ダモクレス達の勢いを抑えるためにも、力を貸して貰いたいの」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
神宮時・あお(幽き灯・e04014)
斎藤・斎(修羅・e04127)
ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)
コマキ・シュヴァルツデーン(翠嵐の旋律・e09233)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)

■リプレイ


「性懲リモナク来タカ、ネズミ共。仲間ヲ救イニデモ来タツモリカ」
 彼らが目指したのは『バックヤード』。迎撃に現れた一つは、海中にあってなお消えぬ炎纏う巨大な右手──『攻勢機巧』日輪。
「蹴散ラシテクレル」
 小さき者達を一掴みにせんとばかりに迫る掌。阻むべく速度を上げて飛び込んで行くのは、己が地獄を燃やすフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)。即座に続いたウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)が拳を握り牽制を打ち込む。
(「これはボク達が抑えるから、他をお願い」)
 手にした照明を振って別働隊達へ意を伝え、ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が彼らを追う。警戒しつつの彼女に護られる形で同チームの中衛以降もそちらへ。最後尾、大粟・還(クッキーの人・e02487)は他からの応答を確認して一つ安堵を。彼らならばきっと、為すべき事を成してくれると信じられた。
 あとはただ眼前の敵へと集中を。直に視れば確かに、この場で降せる相手では無いと判る。
(「それでもやるしか無いんだね。皆で無事に帰る為に」)
 ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)は拳を握る代わり、己が得物たる手裏剣を構えた。
 とはいえ彼らの務めは日輪を今此処で倒す事では無い。内部へ突入する者達を支え、時間を稼ぐのだ。攻めよりも護りを重視しつつ、しかし敵が此方への関心を失う事の無いように持ち堪えんと。
(「指の一、二本程度、折れたら楽しそうではございますが」)
 目には目をとばかりフラッタリーは繊手を獄炎で鎧う。瞼を上げて見上げた巨手へ立ち向かうべく額に熱を黒々と燃やし己が肉体を賦活する。ヒメとウルトレスは迫る敵の圧に耐えるべく、急ぎ幾重にも警護を散らす。
「──っ!!」
 その瞬間に出来る限りの防御態勢を取った。それでも盾役達の肉体は悲鳴をあげる。爪痕よりも何よりも、衝撃と共に最たる脅威と悟ったのは、身を砕かんとする如き瞬間的な激痛。まだこの程度、とヒメが刀を握る手に不足無く力を籠められたのは、叶う限りに彼らが備えて来たからだ。
 それらがあったからこそ、保たせられはする。それでも長くは難しい。特に、背後に護るべき仲間達へ害意が向く事があったなら。
 何としても、とウルトレスは口を引き結ぶ。何もかもが不自由なこの場所で、それでも諦められる筈が無い。
(「英雄達の無事を見届けるまでは──!」)
 ──故ニ御相手願イマセウ、我等ノ身ガ動ク限リニ何時迄モ。
 如何に敵が強大であれど、彼らが怯む事だけは決して無い。皆に目を配った還は鋼の蝶を紡ぎ治癒を成す。とはいえウイングキャットの補助があれど一度に全員をは無理と、各々での立て直しをも彼女は依頼する。
 光と手振りで疎通が図られる中、斎藤・斎(修羅・e04127)は冷静に敵を視てまずは銀流体を御した。過たず届けるには不足と安全策を採る。その援護の為にコマキ・シュヴァルツデーン(翠嵐の旋律・e09233)が操る鎖は白く、敵を捉える為の手を伸べる。落ち着いて狙う事も叶う彼女の位置からならば、決して届かぬわけでは無い。ただそれでも容易くは無い。神宮時・あお(幽き灯・e04014)が謳った呪詛はしかし頑強さに欠けるか細い体ゆえか、強固な敵を揺さぶるには未だ。
 ならば何が出来ようか。敵の姿をひたと見詰め少女は、術を刃に乗せる事ならあるいはと、金光纏う如き杖を握る。水を蹴り、皆の動きが作り出してくれた機を逃さず死角へ回り打撃を放つ。敵のその火力までは及ばずとも、鋭さだけでも減じられたらと術を籠める。
(「星よ、切り裂け!」)
 ミスティアンが撃った光刃が尾を引き敵へ。射手の一人である彼女のそれは確かに届き得る──が、生憎そこまで。例えば、手傷を与えて敵を圧しヒールを誘発する策、とて、それ自体は悪くは無い。通常時ならば。だが此度は相手が悪い。耐久こそが目的である事も踏まえればなおのこと。敵を倒す事で仲間を護るスタイルの彼女では、彼女でも、かの敵の勢いを減じるには至らず。そしてその主義あれど個々に焦点を合わせぬままの博愛では仲間と隙を補い合うには不足。敵により生じた激しい水流により彼女は立て直しを強いられ、追撃に動く事もままならない。
(「届かなくとも、届けます──」)
 斎の手が翻り、今一度銀光を散らす。敵の熱を鈍らせ和らげる呪詛を担うのは彼女。炎と金属を穿つ鋭さを己に宿す為、身に纏う力を強く速く巡らせる。
(「本気……いえ、それ以上を。足りないなんて事、あってたまりますか」)
 叶う限りに戦況の把握に努め仲間達を案じ。還は先刻攻撃を受け止めた面々の為に治癒を紡ぐ。苛烈な敵の攻撃に熱を上げる優しくない世界に在って、されど彼女は鋼蝶の羽音を響かせる。届け安らげ、この緊張下であろうとも。かの者が十全に力を振るう為の助けとならん。るーさんと力を分かち合う、からこそに、ふたりで、より高らかに鮮やかに。幾重にも幾重にも、盾役達が交わす守護や気迫の助けもある。それらが挫かれる事の無いように。
 敵の攻撃は今なお重く。その鋭さゆえもあり、打たれ弱い者では耐えきれぬ事も考えられた。であれば過度の散開は危険と各々目を配る。纏まって居ては敵にとっては良い的ではあるが、盾役達で止められればそれで十分と。彼らは想い合い意思を交わし合い、水流に逆らい駆け抜け身を捧ぐ。その背に護った仲間達が憂う事無く抗い続けられるよう、盾役は力を尽くす。ゆえに攻め手も癒し手も全力で。
 陽の届かぬ凍える海、であれば、例えば適応能力を宿す魔女服をを身に着けたコマキには何の障害にもならなかったろう。だが今此処においては敵の炎熱で以てケルベロス達の疲労は倍加する。それで挫ける彼らでは無くとも、そう在る為には多大な精神力を求められ、傷ついた身は鼓動を逸らせ苦痛を脳へ伝え来る。
(「まだ、五分も過ぎていないのね……」)
 手元にある時計の針を見、魔女はごちる。隘路を突破してくれた彼らは何処まで行けただろうか。
 次いで。彼らとは対照的に疲弊など窺えぬ様子の日輪の砲口が一斉に火を噴いた。収束する砲撃と爆ぜて乱れる水嵐。盾役達を吹き散らし、弾丸は彼らの脇をすり抜けて、後衛に位置するミスティアンの身を苛んだ。荒れて穿つ暴威は彼女の体から力を奪う。衝撃も熱も何もかも、彼女の主観では痛みでしかなくなった。
(「こんなの……他の誰かが、じゃなくて良かった」)
 皆の手で重ね行く補助はそれでも未だ不足。その身で知って、彼女の意識は落ち行く。
(「ごめん、あとはお願い……皆、無事で居て」)


 威容は此方の勢いを減じ、放たれる熱はヒトの身を弱らせ来る。攻撃を担う者達が満足に動けなくては立ち行かぬと、盾役達は必死に皆を護る。治癒に手一杯である癒し手の為、自力で刃を届けるに至った斎の得物が日輪の装甲に傷を走らせる。その巨体にとっては僅かな痕だが、それでも削った箇所から送り込む衝撃は、ケルベロス達が戦い易くする為の力となる。あおが操る白緑桜の色した刃が続き、射手の術が織り上げた白華が爆ぜてより一層。
 そう、少しずつ、動き易くはなって来ている。だが既に彼らの疲労も相当なもの。負った装備で酸素を供給していたとて、縋る地すら無い中を過度の暴力が吹き荒れる戦場において、息吐く間など。
(「……みんなで、帰るんです……このお手々を足止めして……しきって」)
 中へ向かった皆を信じる。その身で自分達を護ってくれる前衛達を信じる。目の前で傷ついていく彼らの背を見れば幼い少女の胸は軋むけれど、何をも取り零さぬ為に叶う最善がこれならばと。
 ただ、それでも。敵の攻撃の鋭さを減じて、皆が与えた傷をより深く酷くと金属の膚に刃を立てて。尽くせど、足りると安堵するには加速は遅過ぎた。あおが気付いた時には、目の前に爆ぜる炎の色が。警告を発したドローン達と、着込んだ白月衣は衝撃を和らげてくれたけれど、それでもそれは草臥れた身に重く。くるくると視界が、否、彼女の体が望まず水に踊る中、最早その身に感覚が通らない事を少女は知った。
(「……ごめんなさ、い……」)
 頬が水に触れたのが判った。体内に招き得たのは海水。唇が紡いだ囁きはけれど、空気の泡に溶けて行った。
 既に綻びは繕いきれない。戦線維持を担う者達が歯噛みする。けれど折れるには早過ぎる。
(「まだ、戦える」)
 身を差し出し耐え抜く覚悟など、初めから。疲労と負傷に霞む目を瞬きヒメは、傷の残る仲間の為に翠風を紡ぐ。
 されど。ケルベロス達がその目的の為に各人の、中でも特に癒し手達の状況に気を配っている事を、日輪とて看破している。圧する掌が後衛へ。させてはならぬと、盾役達が即座に動く。比べればより脆い彼女達を庇わせる事自体、敵は織り込んだ上だろう。しかし仕向けられたと判っても、乗らないわけにはいかない。
 高度な機構を備えた武装の推進をも利用して、ウルトレスとヒメは癒し手である一人と一体の元へ駆けつけ彼女達を逃がす。敵が動いた事による水圧を間近で受けた為に出遅れたフラッタリーは、敵の勢いを減ずべく獄炎を注がれ揺らめく腕で以て食らいつく。
 ──矛を鎧を護り通せ。その為に必要ならば、無理に堪えかねて爆ぜる皮膚も血管も零れる血液もくれてやる。
 鈍い音が水にひずむ。骨格が、金属が、軋り砕ける悲鳴。ボンベが爆ぜ、煙めいて立ち上る白。そのもとで、敵の拘束により力尽きんとするウルトレスが、大切な人を案じて手を伸べた。彼の身は度重なる負傷により最早限界。満足に動かぬ腕では、彼女の手を取るには不足だけれど。
 だが、彼女は苦痛に強張る表情でそれでも、彼へと微笑んだ。叶う限りに皆で手を尽くした甲斐あっての事、重ね刻んだ傷により敵の狙いは甘く、盾役達が巡らせ続けた警護は手厚く、今なお皆が懸命に動いたゆえに、彼女自身も備えて構える余裕を得られた為に、此度の負傷はされど彼女には致命とはならず。
(「あなた達が護ってくれたおかげだわ」)
 彼が、皆が。そして今も。彼女から伸べた指が、届いた。
(「彼らを放しなさい」)
 だがそれだけでは足りない。敵の身、特に仲間を捕らえる指を見据え迫る斎が凶器を振りかぶる。敵がそれに応じる事で三名は解放され、コマキはウルトレスの手を引き退がる。意志に反し動かぬ体に眉をひそめる彼だが、これ以上戦い続ける事は難しい。彼女へ鋼蝶を遣った還達も同様に、彼が極力巻き込まれず済むよう敵との間合いを詰め気味に。
 水を切る。晒された傷が沁みる。己が血が周囲を汚す様が、照明に、炎に浮かび赤黒く揺らめく。されど痛みは猛る戦意に焼べるに足る。フラッタリーのぎらつく金瞳が不屈を笑う。幾度も肩を並べた戦友を、いつかの灰夜にまみえた恩人を、待つ為ならば幾らでもと地獄は燃え盛る。
(「何一つとして無駄にはしたく無いわ」)
 こんな形で手が空くなど、とは思えど。三人目が倒れた事で己がヒールは不要になって、ヒメは構えた二刀で以て切り込んだ。纏う真空ゆえに描く渦を伴う刃が敵の傷を更に広げる。表層を抉り歯車の幾つかを削る。今なお揺らぐ様一つ見せぬ敵だが、彼女達であれば、既に刃は、賭けなどでは無く、届け得る。
 ここまで至った。だから終わるには未だ早い。
 攻め手達が視線を交わす。数分前、一身に浴びた炎弾による傷が癒えきらぬ斎よりはとコマキが盾役達の援護にと前方へ目を。だが、荒れ狂う水の向こう、彼女達を牽制するよう散らされる弾雨の中、無理に進んだとて。彼女は小さく首を振り、今は未だ射手としての務めを果たし続ける事を選んだ。
 囚われた二人を助けたい。だがその為に失うものがあってはならない。だから退き際は予め定めてある。撤退を図れなくなる寸前までは力を尽くすと宣べた。そう追い込まれるまではもう幾らも無いのは判りきっていたけれど、闇の向こうのもう一隊も未だ耐えている。報せの光が未だ来ない事に安堵する。であれば此方も。水に乗り、嵐をいなし、撃たれれどその身が痛めど、損なわれ砕かれ零れるもの達の尾を引いて、翔ぶ如く追い縋る。
 だが暫しして。
 不意に、日輪が鎮まった。駆動する歯車が、盛る火が、勢いを減ず。訝るケルベロス達が動くより先に、水を震わせる声。
「彼奴ハ相変ワラズカ、マア良イ」
 初めは、独白のように。次いでは彼らへ届ける為に。
「貴様ラトノ遊ビハ終ワリダ。アレノ気紛レニ感謝スルガ良イ」
 まみえた時に示された戦意を思えば、その声は淡々と彼女達の耳に届いた。
「ダガ、取リ留メタ命ヲ粗末ニシタイト言ウナラバ──ソノ時ハセイゼイ覚悟ヲシテオクコトダ」
 言い捨てて日輪が退く。しかしケルベロス達が素直に頷くのは難しい。
(「ここで行かせたら、中へ行った皆が危ないんじゃ」)
 自分達とて、もう幾らも保たずに崩れてしまうであろうけれど──それでもまだ、体は動く。退くには早過ぎると巨手を追う。
 と、後衛達は直後、眩い白光が過ぎる様を目にした。暗中を駆け抜け届くそれは、対の手を阻みに向かった別働隊からの報せ。
(「まさか……いえ、彼らに限ってそんな筈」)
 これが来たという事は、あちらは撤退を決めたという事。還は咄嗟に案じて、希望交じりに否定して。それから、別の可能性に気付く。あちらでも同様の動きがあったと考えるのが自然だろう。ひとまず、確認したとの意を伝える為、コマキ共々返答の合図を撃ち返す。
 日輪を越えて爆ぜる光。敵の巨体に視界を遮られがちであった前衛達はそれによって、日輪が突如態度を変えた理由を知るに至る。
 光散らした水の向こうに見えたのは、護りたかった、待ち侘びた、仲間達の姿。二人を加えての生還を、遠くとも彼らはその目でしかと確かめた。報せの光の意味が、追い込まれ諦めての敗走などでは無い事も。
 成し遂げてくれたのだと知る。誰をも失わずに済んだのだと安堵する。ならば帰れる、共に帰ろうと、応える為に追って光を返した。それは、時計の針が十分を数えようとする頃の事。
 仲間達へ訊きたい事は山とあったが、今は、敵がこれ以上を仕掛けてくるより先に離脱を。倒れた仲間を連れて、傷負った体を叱咤して、彼らは海がざわめく前にと地上を目指した。

作者:ヒサ 重傷:ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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