再会は歌声に乗って

作者:七尾マサムネ

 とある任務を見事遂行した源・那岐(疾風の舞姫・e01215)は、1人、帰途へとついていた。
 帰りを待つ大切な人の顔を思い浮かべながら、道を急ぐ那岐は、公園を突っ切る。街路樹は色づいて久しく、樹下には紅葉のじゅうたんが広がっている。
 並ぶ木々を見ていると、源の森の事が思い出される。そこで出会い、再会を約束して別れた少女の事も。
 その時不意に、秋風に乗って、歌が聞こえた。
「奏……?」
 那岐の行く手に現れ、微笑みを向けるのは、蒼い髪の少女。今しがた思い浮かべていた少女の面影を感じ、思わず駆け寄ろうとする那岐。だが、その足が止まる。
「その姿、その力……まさか、エインヘリアルに?」
 困惑する那岐に、エインヘリアルは、見下すような笑みを返した。
「どこのどなたか存じませんが、馴れ馴れしく話しかけないでほしいですわね」
「奏、エインヘリアルになって記憶が……!?」
「私の為すべきは、この歌の力でケルベロスを抹殺する事。ただそれだけですわ」
 次の瞬間。那岐に、破壊の力持つ歌声が叩きつけられた。

 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の緊急招集に応え、ケルベロスがヘリオンの前に集合していた。
「源・那岐が、エインヘリアルから襲撃を受ける事が予知された。だが、敵の動きは迅速でな。本人にこの件を知らせる事はできなかった」
 そこで、事態解決のため、ケルベロスの力を借りたい。それが、ザイフリートの依頼だった。
 那岐が敵と遭遇するのは、とある公園の敷地内だ。中央に噴水があるが、遊具の類は少ないため、戦闘に支障はないだろう。
「敵の目的は、源・那岐ただ1人なのだろう。余計な横やりが入らぬよう、周囲の人払いを行っている事からも、うかがい知れる」
 エインヘリアル・奏は、蒼い長髪に蒼いロングスカートといった美しい外見の持ち主だ。
 神秘的な歌声と、手にした十字架を破壊の力に変えて、ケルベロスへと襲い掛かる。
 凛とした、しかし、どこか妖しい歌声は、こちらのエンチャントをブレイクする。
 また、別の歌は、不安を掻き立て、聞いたものの体内に毒素を生成する、魔性の旋律。
 そして十字架から放たれる星の輝きは、照らされた者の体を凍てつかせる。
 なお、ポジションはジャマーだ。
「1対1では、源・那岐に勝ち目はない。救援が必要だ。ケルベロスの結束の力を示してくれ」
 ザイフリートは、そうケルベロスを鼓舞し、送り出したのだった。


参加者
マクスウェル・ナカイ(ホテルガーディアン・e00444)
天導・十六夜(逆時の紅妖月・e00609)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
セフィ・フロウセル(灰染の竜翼騎士・e01220)
龍統・光明(千変万化の超越者・e44570)
桜衣・巴依(紅召鬼・e61643)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)
如月・沙耶(誓いの導き手・e67384)

■リプレイ

●思いがけない対面
(「奏は、森の外から来た初めての友達だった。舞う者と歌う者、技を研鑽しあうのは楽しかった。次に会う時は一人前になっていよう、とそう約束した」)
 けれど、このような形での再会など、源・那岐(疾風の舞姫・e01215)も想像だにしなかった。
「奏、貴女が禁断の力を手にしたなら、友として、止めなければならない。私が大好きだったその声が、命を奪うのは私には耐えられないから」
 しかし、目の前のエインヘリアルに、那岐の言葉は響かない。今の彼女はもはや奏であって、奏ではない。
「お話はその辺でよろしいかしら。そろそろ終曲の時間ですの」
 奏が、那岐への葬送曲を奏でようとした、その時。
 2人の間に、飛び込んできた影があった。
「那岐、無事か?」
 奏を後退させ、着地した天導・十六夜(逆時の紅妖月・e00609)を見て、那岐の顔に安堵が広がった。
「私の歌を遮るなんて、無粋な方」
「ふざけるな……この俺が那岐を殺らせる訳無いだろうが!」
 どこか余裕をのぞかせる奏に、十六夜が怒気を叩きつけた。
 そして、足早に駆け付けたのは、セフィ・フロウセル(灰染の竜翼騎士・e01220)たち。
「『抹殺』するならば、それを止める事が私達の使命だ。……やれるか?」
 背中にかばった那岐に、気遣いの言葉とまなざしを向けるセフィ。
 その横に並ぶのは、桜衣・巴依(紅召鬼・e61643)。少々縁のある那岐が襲撃されていると聞いた巴依は、別の旅団で世話になっているセフィに声を掛け、共に援軍に駆け付けたのだ。
 加勢は続く。落ち葉を踏み越え参上した龍統・光明(千変万化の超越者・e44570)が、二振りの愛刀を抜き、油断なく構えを取った。
「那岐に聞きました。5年前に別れて、再会の約束をした友人がいると。奏さん、その友人が貴女なのですね」
 奏へと語り掛ける如月・沙耶(誓いの導き手・e67384)。
「私は那岐と会って一カ月しか経っていませんが、もう大事な盟友です。私も那岐の友として、奏さん、貴女が友人を手に掛ける前に止めさせて頂きます」
 だが、沙耶に返ってきたのは、奏の嘲笑だった。
 そんな奏と対峙する那岐と十六夜を見ながら、ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)は思う。
(「お二人は最近、近しい人の身体を利用されたデウスエクスに立て続けに襲撃されている……他人の私には分からない心痛だろう」)
 自分に出来るのは、奏を無駄に苦しませず速やかに見送ることだけだと、ジュスティシアは決意を固める。
「ふふ、愚かな人たち……まあ、私の歌を聴いてくれる人が増えてくれたと思えば嬉しいですわ」
「ひとつ訊く。那岐さんを狙ったのは何故だ、誰に命令された?」
 奏に問い掛けるマクスウェル・ナカイ(ホテルガーディアン・e00444)。
 那岐たちにまつわるいくつもの宿縁……それに、もしもつながりがあるのならば。
「ケルベロスとデウスエクスは不協和音。相容れないのが、この世界の決まり事ですわ」
 それ以上でも以下でもありません、とマクスウェルに微笑みかけると、奏はその口を開いた。
 歌が来る。

●分かたれた道
「見て、奏。これが私の神楽舞だよ」
 那岐が、技を披露した。無数の朱の刃が散る。
 奏と離れている間、研鑽によって会得した舞だ。しかし、奏が表情1つ変えないのが、那岐には悔しい。
「友の言葉も通じないか、ならば……。蹴り落とす、総餓流・龍星蹴」
 光明が、奏を蹴り上げる。宙に浮いた相手を追って、自らも跳躍。そのまま本命の飛び足刀蹴りを食らわせた。
 見た目のきゃしゃさとは裏腹に、奏の肉体は強靭だ。ケルベロスの蹴り技を受けても、ドレスの汚れを気にする余裕さえのぞかせる。
「これならどうだ! 天導を染め上げろ! 総餓流・曼珠沙華」
 光明が道を譲るのに合わせ、その身を竜の氣で満たした十六夜が、刀を閃かせる。軌跡は、優美な円を描き、奏を斬り上げる。歌が来る前に、少しでも相手を追いつめる。
 そう、奏の歌に秘められた力は、厄介だ。
 セフィの体を覆うオウガメタルから、銀の輝きがあふれ出す。ボクスドラゴンのシルトの力と共に、仲間たちを包み、感覚を鋭敏化させていく。
 巴依もまた、オウガメタルの力を解放する。相手の歌はこちらにとって『よくない』。
 そうして巴依が防御を重点に動く一方、ライドキャリバーの緋椿はその機動力を生かし、敵への攻撃を担った。その駆動音で、奏のリズムをかき乱すように。
 サーヴァントを連れた者たちの戦いぶりは、いわばデュエット。そして、力を合わせるケルベロスたちの姿は協奏曲。対する奏は、狂想曲、といったところか。
 奏が、握りしめた十字架を振るった。それに刻まれた星の力が、冷気となって発現。後方のケルベロスたちに手を伸ばし、氷で包みこむ。ひとたびそれに囚われれば、体に大きな氷の華が咲く。
 奏の妨害能力に対抗するため、ジュスティシアもまた、守護の陣を描いた。出来上がるのは、乙女座の陣。星の煌めきが、皆を彩る。
 沙耶は、雷杖『Selene』に蓄えた雷の力を呼んだ。それを浴びた仲間の体が賦活し、雷の加護により攻撃力までも増大していく。
「モカ、アールグレイ!」
 呼びかけに応え、マクスウェルの投じた2本のファミリアロッドが、それぞれハムスターと灰色兎に変わった。
「行け!」
 命を受けた2匹は、二条の光となって、奏を取り囲むように駆け抜ける。光の軌跡は、縛鎖のように、奏を束縛。自由を奪ったところに、相次いで突撃した。
「あらあら怖い動物さんたち。次は、私の歌を聴いてくださるかしら」
 離れていくファミリアたちを見送って、奏が、次の歌の披露にかかった。

●転生の歌姫
 奏の歌声は、脅威だった。その声にこめられた魔力が、氷を、毒を呼ぶ。
 歌の呪縛に苦しむ皆を見て、セフィは己のサキュバスのエネルギーを、薄灰のオーラに変換して治癒を行った。
 敵の狙いは那岐。セフィは、いつでもかばえるよう、準備を怠らずにいた。
「蹴り貫く、天導流……竜穿蹴」
 十六夜が、まとっていた竜氣を、足へと集中。後ろ足刀蹴りの動作に乗せて、相手目がけ、氣弾を撃ち放つ。
 その衝撃に相手がひるんだ隙に、那岐が霊刀『菖蒲』にて、神速の突きを繰り出した。
 ジュスティシアが、2人の連携を目の当たりにしながら、星の守護の力を更に重ねた。自らも傷ついているが、前衛……特に那岐を守るのが優先だ。
 奏の歌声が、今度は、那岐ただ1人に向けられる。しかし、セフィが両腕を交差させて、その音の全てを受け止めた。
「く……」
 闇の波動がセフィの体を襲い、仲間から受けた加護が、はがされていくのを感じる。
「奏さん。あんたが覚えてなくても、那岐さんが覚えてる。絆ってのは白羊宮ステュクスですら消し去れねぇそうだぜ」
 相手にそう告げながら、マクスウェルは2匹のファミリアを融合させた。
「だから、あんたの手は絶対に汚させねぇよ」
 幻獣と呼ぶべき姿となった融合獣は、その力で、奏を催眠へと誘う。
「少し歯車が違えば、貴女とも友人になれたでしょうか。でも貴女は闇に染まってしまった」
 頭を振る奏へ、沙耶が、時間さえも凍結させる弾丸を放った。
 もしも、時間を戻すことができたなら、運命も変えられただろうか? しかし、それが叶わぬ奇跡である事もまた、沙耶はわかっていた。
 敵の攻撃のリズムを注視しながら、光明は思う。肉体こそ強靭なようだが、それを駆使した技が得意というわけではない。元となった奏の素養が影響しているのだろうか。
 純粋な力ではかなわずとも、技でならば。
「天道を紅く染め上げろ! 総餓流・曼珠沙華」
 光明の気合を受け、刀身が龍氣を帯びる。軌跡が円を描く様に、奏を斬り裂く。
「痛っ……この歌ならどうかしら」
 奏の歌が響くと、周りにいたケルベロスたちを悪寒が襲った。蛇のごとく這い寄る気配が、体を蝕む。歌声によって、体内に毒素が生成されたのだ。
 だが、巴依の対応は早かった。
「その身に蝕むあらゆる毒を祓いたまへ……」
 慣れた所作で地面に陣を描き出すと、白光をまとう狛犬が姿を現わした。
 皆の周りを駆けるその身から、霊光が零れ落ちる。その力は、皆の内から毒を祓っていく。
 巴依のフォローに、仲間たちから感謝の視線が送られる。
 今度は、ケルベロスの反撃だ。

●終止符
「無駄な時間を悔いるが良い、繋ぐぞ」
 シルトと共に、セフィが仕掛けた。吹き付けるブレスと、ドラゴニックハンマーの砲撃が重なり、奏に相次いで着弾した。それが、連携の起点となる。
 その時には、ジュスティシアのバスターライフルが、奏をロックオンしていた。
 顔には当たらぬよう狙いを調整し、氷結のグラビティを、撃つ。見事命中した冷気が奏をドレスごと凍らせ、その身を凍えさせる。
 冷気で白く染まった地面を踏み越え、緋椿が、奏の周囲を駆け巡る。相手を一か所に釘づけにする中、巴依は、攻性植物を活性化させた。
 またたく間に黄金の果実が実り、その内に蓄えた加護の光が、皆を照らし出した。もう、歌の力には容易に囚われない。
 とどめの瞬間を那岐に渡すために。回復を受け、コンディションを整えたマクスウェルが、片方の杖を再びモカに戻すと、相手のリズムを崩すように射ち出す。
「この程度で、私の歌を止められると……っ!?」
 不意に、奏の動きが止まる。沙耶の占術の力により招来された『皇帝』、その権限が行使されたためだ。
「那岐、貴女の手で終わらせて上げて!!」
 沙耶の声を遮るように、奏が歌を紡ごうとする。だが、
「喰らえ、九頭龍……龍餓翔」
 光明が、高めた龍氣を、双の龍に変換した。蹴りに乗せ、放つ。意志を持つようにうねる氣弾。奏にはかわしきれぬ。
「お膳立ては調えた。遺恨はきっちり消しておけ」
「わかった、光明さん。さあ那岐、止めを刺すぞ。楔の一端、此処で斬り裂く!」
 十六夜が、刀を納め、奏を目指し駆け出した。
 応じた那岐が、速力を合わせる。
(「こんな形でお別れになるなんて考えてなかった。せめてその手が血で穢れる前に」)
 十字架を突きつけ、受けて立つ奏。
「貴様の業貰い受ける。那岐、合わせろ! 天導流神殺し・双神蓮華」
「これで終わらせる!! 天導流秘術、総刃蓮華!!」
 十六夜と那岐、2人による居合が連続する。奏の身に、華が次々と咲いていく。
 ひときわ大きな一輪が花開き、散るのと同時……倒れ、消えゆく奏。
 最期の時、その顔に浮かんでいたのは、無念。かすかな安堵が混じっていたようにも見えたのは、錯覚だったろうか。
 皆にお疲れ様と声を掛け、那岐の頭を優しく撫でる十六夜。
 奏へと、黙祷を捧げるジュスティシア。自分も近しい人をデウスエクスに利用される可能性はあるので、他人事には思えなかった。
 奏が消えた場所に、那岐は、矢車菊を捧げる。優美で、繊細だった友を偲びながら。
 涙をこぼす那岐に、そっと寄り添う沙耶。
 ここからは『家族』の時間……セフィと巴依は、互いに頷き合うと、その場から静かに去ることにする。公園はヒールで修復できたが、心はその限りではない、と巴依は思う。
「お疲れ様。また別の戦場で会う事があれば、よろしく頼む」
 光明が皆に声を掛けつつ、公園を後にする。自分の因縁を思い浮かべながら。
「……俺も殺意なんかに染まる前の奏さんの本当の歌声、聴いてみたかったぜ」
 しばしの黙祷を捧げた後、マクスウェルも踵を返した。
 公園に、秋風が吹く。
 どこか寂し気に舞う落葉。それに混じるようにして、少女の歌が聞こえた……そんな気がした。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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