狙われた牡蠣祭り

作者:坂本ピエロギ

 炭火の爆ぜる音を追いかけるように、濃厚な磯の香りがふわりと園内を包み込んだ。
 ここは海に面したとある自然公園。園入口の正門前には『牡蠣祭り』と書かれたのぼりが大きくはためいている。その名の通り、この公園では今、旬の牡蠣料理をお腹いっぱい食べるというそれは素晴らしいイベントの真っ最中なのだ。
 会場の出店ブースに並ぶ料理は、焼き牡蠣に牡蠣ごはんに牡蠣弁当に牡蠣ラーメンと、旬の牡蠣を用いたものばかり。海のミルクの名に恥じず、どれも立派な粒揃いだ。
 漁師の拳骨のように無骨で大きい殻の中には、ぷっくりと太った牡蠣がふつふつと湯気を立て、どんな者の食欲をも呼び覚ます香りを漂わせながら、人の口に入るのを今か今かと待ちわびているかのよう。
 しかし――。
 そんな幸せに満ちた地上の光景を、はるか上空から見下ろす一人の少女がいた。
 白い翼の死神、星屑集めのティフォナである。
「あの辺りならば良いでしょう。グラビティ・チェインの略奪にはうってつけです」
 ティフォナは杖で描いた魔法陣から、半魚人のような竜牙兵達をサルベージすると、彼らに冷たい声で命令を下した。
「さぁ、グラビティ・チェインを略奪してきなさい。私達の真の目的を果たす為に……」
 竜牙兵はティフォナの言葉に頷き、竜牙流星雨を再現するように公園へ降下していった。

「やれやれ……今度のお邪魔虫どもは、ちょいと厄介な連中みてぇだな」
 行楽日和といった秋晴れのヘリポートで、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は小さく溜息をついた。
 黒瀬・ダンテに依頼していた調査が、竜牙兵の襲撃という形で的中してしまったからだ。
「それじゃ、さっそく説明を始めるっすね」
 ダンテは集まったケルベロスを見回して、ヘリオンのモニタに資料の映像を映し出した。
「『美味しい牡蠣が食べ放題!』……っつー牡蠣祭りの会場が、竜牙兵に襲撃されるっす。皆さんにはこの不届きな連中をブッ飛ばして欲しいっす」
 そう言ってダンテは、半漁人めいた竜牙兵をモニタに映し出す。
「通称『パイシーズ・コープス』。死神のサルベージによって誕生した竜牙兵で、その数は全部で5体っすね。性質は一般の竜牙兵とほぼ同じで、具体的に言うと……」
「被害の拡大を防ぐため、事前の避難誘導は不可能。ケルベロスと戦闘を始めれば一般人を狙うことはなく、全滅するまで撤退しない……ってところか?」
「フォロー感謝っす、ヴィリバルトさん。仰る通りっす」
 ダンテは照れくさそうに指先で頬を掻いて、説明を続けた。
「敵の内訳はクラッシャーのαタイプ、ジャマーのβタイプ、キャスターのγタイプと、それぞれ3種に別れてるっす。全員がゾディアックソードを装備してて、連携もそれなりに取れてる感じっすね。戦闘には、諸々きっちり準備して臨むことを勧めるっす」
 現地には既にダンテの手配した警察が向かっており、現地ではホゥ・グラップバーン(オウガのパラディオン・en0289)が避難誘導を手伝う手筈になっているので、他のケルベロスは戦闘に集中してくれて構わない――そうダンテは付け加えた。
 そして戦闘終了後は、大きな被害がなければ牡蠣祭りが再開される。
 出店ブースで食べる牡蠣を使った各種料理、牡蠣やホタテ、ウニやアワビを自分の好みで焼いて食べる焼き貝などを心ゆくまで満喫できる。お祭りで供される牡蠣は生食用なので、サッとレモン汁を振りかけて食べるのも良さそうだ。
 折角っすから、旬の牡蠣を思う存分楽しんできて下さいっすね――ダンテはそう言って、ヘリオンの操縦席へ向かった。
「どんな理由があっても、竜牙兵に好き勝手はさせられないっす。必ず奴らをブッ飛ばして下さいっすね。それじゃ、出発するっすよ!」


参加者
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
絡・丁(天蓋花・e21729)
シデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)
ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)

■リプレイ

●一
 公園に降り注ぐ陽光に、ふと影が差した。
 駆け付けたケルベロスの見上げる先、雲の切れ間から降りてくるのは怪物達の影。竜牙兵『パイシーズ・コープス』の一団だ。
「あれが、死神にサルベージされた竜牙兵か……!」
 たちまち混乱の坩堝と化してゆく牡蠣祭りの会場。敷地に降り立つデウスエクスの元へ、鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は人混みをかき分け一直線に走る。
「竜牙兵は俺達が引き受けた。ホゥは民間人を頼む!」
「はいっ! 行くわよ、ラートナー!」
 郁の言葉に頷いて、ライドキャリバーと共に避難誘導へと向かうホゥ・グラップバーン。そんな彼女の背中に、瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)が声を飛ばす。
「待って、ホゥちゃん!」
 振り返るホゥに、千紘は悪戯っぽく笑う。
「ラーメンはお好き? 後で答えを聞かせてくださいな♪」
「……はい、必ず!」
 ホゥとサムズアップを交わし、持ち場へ駆けていく千紘。グラビティ・チェインをよこせと叫ぶ竜牙兵の声を聞く彼女の心に、ふつふつと怒りが満ちていく。
(「みんなが楽しんでるお祭りを襲うなんて……許せません!」)
 螺旋機関砲【タイラントレディ】を猟犬のコートから取り出して、後衛へと陣取る千紘。不届きなデウスエクスへのご馳走はグラビティの砲弾こそ相応しい。
「変わった体の竜牙兵だな。診察する奴は大変そうだぜ」
 戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)は唐揚げを頬張って験担ぎを済ませ、眼鏡を外して戦闘モードに入る。
「さて準備運動といきますか。おい竜牙兵、俺達ケルベロスが相手だ!」
「ケルベロス……ククク、丁度ヨイ! 貴様等ノグラビティ・チェインヲ貰オウカ!」
 竜牙兵の視線が、残らず久遠らへと注がれた。もはや逃げていく市民などには目もくれずゾディアックソードを手に陣形を組んでいく敵に、エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)は呆れ顔で肩を竦めた。
「お前ら、これだけ旨そうな食い物はどうでもいいってか? つまんねー奴らだ」
「そうよ。美味いもんは何事にも優先されるのよ。こんな最高なもんを、あんた達なんかに邪魔されてたまるかっつうの!!」
 火を吹くような目で竜牙兵を睨むのは絡・丁(天蓋花・e21729)。快楽主義者の彼女にとって、欲望の追求を邪魔する竜牙兵は欠片も容赦に値しない存在だ。
 ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)もまた、そんな彼女に頷いて、
「人の食い意地邪魔する奴は、馬に蹴られてどうぞ! ……って誰かが言ってました」
 人々も牡蠣も絶対に守る――そんな信念を燃やし、ルーンアックスを握りしめるウエン。その隣に立つシデル・ユーイング(セクハラ撲滅・e31157)は赤縁の眼鏡をツイッと上げて竜牙兵を見据えて言う。
「死してなお働き続けるとは……きっと労災も下りないのでしょうね。哀れな事です」
 後の楽しみのために、今やれる事を全力で済ましましょう、とシデルは告げ、じりじりと迫る竜牙兵に向かってパンプス型のエアシューズで応戦の構えを取った。
 猟犬と竜牙兵の距離が縮むにつれ、刃のように鋭く冷たい空気が次第に色濃くなる。
「さて。美味しくもない無粋な一団には――」
 愛銃『Strafe』を腰に、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は招かれざる客を鋭い目で見据えながら、
「早急にご退場願いますかね?」
 襲い来るパイシーズ・コープスを、仲間と共に迎え撃つのだった。

●二
 戦闘が始まった。
 黒いフードの竜牙兵がゾディアックソードで守護星座を描き、前衛の3体を包み込んだ。続けて4本の剣が天を突き、星座のオーラが公園を群青に染める。
「死ネエエェェッ、ケルベロス!!」
「なんの! その攻撃、食い止めてやる!」
「お供、傷ついた仲間をフォローしなさい!」
 郁は押し寄せる凍結のオーラからシデルを庇うと、丁と共に祝福の矢を放ち、破剣の力を後衛のスナイパー2名に付与していく。対して集中攻撃を浴びた郁ら前衛を回復するのは、丁のテレビウム『お供』と久遠だ。
「回復は任された。撃破を頼む」
 グラビティで生み出される久遠の雷壁が、お供の応援動画が、前衛の傷を塞ぐと共に氷を溶かし、BS耐性の保護で包み込んでいく。
「早々に終わらせましょう。業務時間外の労働はしない主義ですので」
 パンプスで地面を蹴り、敵の間合いへ飛び込んでいくシデル。狙うは妨害役の竜牙兵だ。高速演算で狙い定めたシデルの蹴りがパンプスを介して繰り出される。ビジネススーツに身を包んだ外見からは想像できない程、その動きは精緻で俊敏だ。
 態勢を立て直し、シデルを睨みつける竜牙兵に、ウエンがルーンアックスを振り下ろす。二人の連撃によって硬い鱗を毟り取られた竜牙兵の頭部を、エリアスの流星蹴りが貫いた。
「ガッ……」
「今日は帰さないですよ♪」
 速度と体重を乗せたスターゲイザーが直撃し、竜牙兵の頭がおかしな方向へ捻じ曲がる。早くも致命傷を負った相手めがけてとどめを刺したのは千紘だ。
「狩られる気持ちってのを骨の髄まで刻みこんであげますわ。覚悟なさい!」
 千紘は敵に息の届く距離まで接近、指先に溜めた光を全力で叩き込んだ。竜牙兵の身体が蹴飛ばされたフットボールの如く宙を踊り、コギトエルゴスムの結晶となって破裂。花火の如く砕け散って青空を彩った。
「オノレ、ヨクモ!」
 手勢を失い、色めき立つ竜牙兵。アベルはそんな彼らの怒りに何ら動じることなく、3体の前衛めがけて『白雪』を発動する。
「綺麗な花には……ってな」
 竜牙兵を包み込むのは絶対零度よりもなお冷たい氷雪だ。攻撃を浴びる3体を癒すべく、中衛の竜牙兵は必死にゾディアックソードで紋様を描くも、音もなく降りしきり、防ぐことの敵わない氷は、敵の体力を瞬く間に奪い去っていく。
 竜牙兵は気力を奮い立たせると、冷え切った手で剣を握り斬りかかってきた。その構えは久遠の付与したBS耐性を剥ぐものだ。
「ふむ。敵も必死のようですね」
 丁のテレビウムと一緒にシデルを庇い、ダメージを肩代わりするウエン。ブレイク効果によってBS耐性を剥ぎ取られるも、彼がそれに焦る事はない。すぐに久遠と丁が、後衛から支援を送ってくれたからだ。
「心配無用だ。俺が回復に専念する以上、敗北はさせん」
「かごめ、かごめ。籠の中の鳥は」
 雷の壁と共に、丁が気脈を操って組んだ『かごめかごめ』の檻が、回復と共に盾の加護を前衛にもたらす。敵クラッシャーのダメージはなおも残るが陣形維持に影響はない。返す刃でケルベロス達は、敵の前衛めがけて集中砲火を浴びせ始めた。
「邪魔な護りは、これで吹き飛ばして差し上げますわ!」
「さて、冷凍の次は解凍といくか」
 千紘の回し蹴りが、猛旋風となって牙を剥いた。BS耐性の保護を吹き飛ばされながらも必死に堪える竜牙兵を、アベルの吐き出す炎の息がなめ尽くしていく。
 旋風と炎にまかれ、火だるまとなって転げ回る3体の竜牙兵。そんな彼らを回復すべく、なおも守護星座の紋様を描こうとする中衛の1体を、
「ちょこまか動かれちゃ気が散るんだよ!」
 エリアスが不可視の爆弾を起爆して牽制する。その前方では、支援を受け損ねた竜牙兵の1体がウエンと郁に左右から攻め込まれ、防戦に追い込まれていた。
「グラビティ・チェインが欲しいんだろ? ほら、好きなだけ持って行け!」
「ユーイングさん、とどめを!」
 郁のグラビティを乗せた妖精弓の連射と、超硬化したウエンの貫手は、回避と防御の暇を竜牙兵に与えない。そこへシデルがヌンチャクに変形した如意棒の打撃コンボで、がら空きになった竜牙兵を打ち伏せる。
「終わりです。次は労基のある社会に生まれるとよいですね」
 断末魔の悲鳴と共に粉砕される竜牙兵。
 残る敵は、3体だ。

●三
 ジャマーとクラッシャーを立て続けに失った竜牙兵は後がない事を悟ったか、死に物狂いでゾディアックソードのオーラを前衛へ飛ばてきた。
 しかし、BS耐性を剥がれ、シデルと郁によって武器封じまでも付与された彼らの攻撃は傷こそ負わせど、もはや脅威とはなり得ない。
「もう一息だ。攻撃を集中させろ」
「全員そろって、極上のご馳走を味わい尽くしましょうですの!」
 追い打ちをかけるように、竜牙兵の付与した氷を残らず雷の壁で解かしていく久遠。堅牢な加護で護りを固める丁。さらに千紘が満月型の光弾を発射し、前衛の力を高めていく。
「よおおしっ! これでどうだ!」
「終業時刻になりました。速やかに地球からご退出願います」
 郁のバスターライフルを突撃の号砲に、シデルの高速演算が導くパンプスの蹴りが迫る。標的となった竜牙兵は必死にこれを捌こうと藻掻くが、アベルが浴びせ続た氷と火炎の波状攻撃によるダメージは、竜牙兵からボディブローのごとく体力を奪い去っている。
「グッ……グググ……!」
 攻撃のラッシュを浴び、みるみる動きに精彩を欠いていく竜牙兵。そこへ中押しの一撃を加えたのはエリアスだ。
「おい竜牙兵ども。お前らが見てんのは本当に現実か?」
 エリアスの角が放つ不可視の光と音波、『幻月隠鬼』をもろに浴びる竜牙兵達。その効果たるや抜群で、見えない幻影に怯えるように恐慌状態へと陥った前衛の敵1体を、アベルのブラックスライムが頭から呑み込み、バキバキと音を立てて木端微塵に粉砕した。
「さて。これで残るは2体か」
「行きましょう皆さん! 牡蠣が僕らを待っています!」
 高速演算の斬撃で竜牙兵の鱗を剥ぎ取りながら、子供のように目を輝かせるウエン。反撃で飛んでくる保護破壊の一撃を受けるに任せ、飛んでくる氷のオーラからアベルを庇うと、彼は仲間と共に一斉に攻めに出た。
「おい竜牙兵、その手は悪手だな。隙を突かせて貰う」
「お祭りを台無しにした代償、受けなさい!」
 グラビティ・チェインを込めた郁の射撃に吹き飛んだ前衛の竜牙兵が、攻撃に転じた丁のプラズムキャノンと久遠の旋刃脚を同時に叩き込まれて絶命した。いよいよ残るは1体だ。
「さあ、幕引きと行きますわよ!」
 竜牙兵は迫りくるケルベロスの猛攻を必死に躱そうと試みたが、千紘の縛霊撃とエリアスのエスケープマインとによって回避をあっさりと封じられた。
 すぐさまその身をウエンの竜爪が抉り、アベルの白雪が氷で覆い固め――。
「これで、終わりです」
 シデルのヌンチャク乱舞に体中を打ち砕かれ、コギトエルゴスムとなって砕け散った。

●四
 公園に、再び牡蠣祭りの賑わいが戻ってきた。
 あちこちのブースで出来上がっていく牡蠣料理が、訪れた人々の胃袋を優しく刺激する。子供達は食事よりも、幻想の混じった公園で遊ぶのに忙しいようだ。
 ケルベロスは腹の虫の抗議を宥めつつ、宴の支度へと取りかかった。
「さてと。とりあえず、貝はこんなもんでいいか?」
 そう言ってエリアスが両肩に担ぐのは、網焼き用の貝類。祭りを守ってくれた御礼にと、会場の人が特別に選んでくれた物で、牡蠣はもちろんホタテやウニも立派なものばかりだ。磯の香りを放つ殻の中、ぷっくり太った牡蠣を想像し、エリアスの頬が緩む。
「美味そうだよなあ……」
「こりゃいい牡蠣だな。無駄にしたら罰が当たっちまう」
 感動した様子で食材を眺めるアベルの隣で、仲間と合流したラカ・ファルハートはごくりと生唾を飲み込んだ。彼の頭には次から次へと料理の献立が湧いてくるようで、
「牡蠣のワイン蒸し、フリット、クリームパスタ……どんな料理にも合いそうじゃのう」
「生牡蠣も良いし、ご飯ものも外せないよな。さて、何から行くか」
 郁はテーブルを埋め尽くす牡蠣料理に先程から目が泳ぎっぱなしだ。仲間の用意した品、ブースから持って来た品、どれも甲乙つけ難く美味しそうだと悩んでいると、シデルと丁の会話が耳に流れてきた。
「絡さん。とても素敵なものをお持ちですね」
 事務的な口調に感動と称賛を滲ませるシデルに、丁はふふふと微笑んで、
「純米大吟醸『銀の雨』と、辛口吟醸酒『仮面殺し』。魚介料理との相性は抜群よ。それとアリル印の自家用ワイン、10年に1度の当たり年のやつ……ていうか、シデルもいい物持ってるじゃないの」
「有難う御座います。私は日本酒『第七天』と辛口銘酒『銘酒漢山』、それから――まあ、時間もある事です。宜しければ後ほど料理と一緒に談義など」
「いいわね。楽しみだわ」
「おいおい、お前らどんだけ持ってきたんだ?」
 酒の話題に花を咲かせる二人に苦笑しつつ、久遠は自前の日本酒を取り出した。彼の師匠から譲り受けた福岡の逸品だ。
「よし。それじゃ、ぼちぼち始めるか」
「そうしましょう。では、炭火の着火は私が」
 アベルの言葉に、眼鏡をツイッと上げて頷くシデル。
 焼き網の上に牡蠣を乗せるウエンと郁の横で、食器を配る久遠と丁。
 千紘は先程、ホゥと一緒に牡蠣ラーメンを食べに席を外していた。あまりに人気のため、急がないと品切れになりそうだったのだ。
 エリアスは、焼き網の牡蠣やウニからいい匂いが立ち上ってきたのを確かめて、
「ま、何にせよ先ずは乾杯からだよな?」
「凍頂烏龍茶もあるから、欲しい人は言ってね?」
「それじゃ、依頼の成功と秋の味覚に――」
『乾杯!』

 一方その頃、牡蠣ラーメンのブースでは。
「危なかったですね。ギリギリ間に合いました」
「幸運でしたわね。それでは、いただきます」
 行列待ちの後に運ばれてきた牡蠣ラーメンを前に手を合わせ、箸を取る千紘とホゥ。一口すすったスープの味は、二人にしばし言葉を忘れさせた。
 火の通り過ぎない牡蠣を麺と一緒に噛みしめると、濃厚な風味が磯の香りを追いかけて、そっと風のように頭から爪先を吹き抜けていく。
「美味しいですわね……」
「はい。美味しいです……」
 氷水を呷り、恍惚の余韻に浸るように呟く千紘。言葉少なにポツリと呟くホゥ。気づけば丼はあっという間に空になっていた。
「牡蠣には無限の可能性がありますわね……ホゥちゃんはこの後、どこに?」
「ええと……」
 ホゥは祭り用のパンフレットをそっと広げた。
「お好み焼きに行こうと思います。あと、柳川鍋、みそ田楽……」
「素敵ですわね……私はもう一杯お替わりをいただこうかしら」
 千紘はうっとりと呟いた。
 きっと今頃、仲間達も同じ牡蠣に舌鼓を打っているに違いない、そんな事を思いながら。

●五
 宴は盛況を迎えていた。
 アベルの差し出す牡蠣のフリッターとオイル漬けに、舌鼓をうつエリアス。焼いた牡蠣に出汁酢醤油をたらした一粒を口に、頬をふっくらさせるウエン。
 フィーラ・ヘドルンドはそんな彼らを眺めつつ、ラカと一緒に焼き牡蠣を転がしている。
「ラカもみんなも、いっぱい食べるねえ」
「何を言う。わしは良い子に焼いてるのでな」
 言う傍からラカは焼き網の牡蠣を息で冷まし、ツルリと口へと放り込むと、
「ほら、食べたいの持っておいき。大食い連中の胃袋に消える前にな」
「フィーラは少しずつ食べるといい、これなら色々楽しめるだろ」
 そう言って料理を勧めてくれるアベルから、フィーラは一皿受け取ると、
「ねえアベル、これ何て言う料理なの?」
「こいつか? こいつはアヒージョって言うスペインの料理でな……」
 フィーラはアベルの説明にうんうんと耳を傾けながら、勧められた牡蠣料理を摘まんで、
「とても、おいしい。みんな、おいしい」
「そうか。そりゃ良かった」
 ニッコリと浮かぶ笑顔に、アベルも笑う。食の細いフィーラにそう言ってもらえたのは、何より嬉しい。
 そんな彼らを挟むように座るウエンと郁は、焼き網とテーブルの間で大忙しだった。料理を食べ、牡蠣を転がし、ドリンクで喉を潤してはまた焼いて――。
「焼くのは得意です! ひっくり返すのも任せて下さい、お手伝い致します!」
「牡蠣、デカいの焼けたぞ! 丁さん、どうです?」
「いいわね」
 丁は郁の焼いた牡蠣を受け取り、代わりに彼の盃に酒を注いでいく。
「郁が焼いてくれる牡蠣を頬張って極楽気分、最高だわ」
 快楽主義者で刹那主義者の彼女は、酒と美味い飯が大好きだ。まして気心の知れた仲間達と囲む席ともなれば。
「さあ、酌み交わしましょう」
(「……何だか、心も体も温かいな」)
 郁は丁に酒を注ぎながら、皆の幸せな姿を見てそう思う。
「ん~、このポン酢が牡蠣の風味とベストマッチだぜ。やっぱ海鮮物には日本酒だよなあ」
 久遠は先程から、ポン酢を垂らした焼き牡蠣と、持参の日本酒をお供に上機嫌だ。
 いっぽうシデルは、カキフライと帆立のバターソテーを口へと運びながら、
「やはり、魚介との相性は抜群ですね。ウニもありますし、やはり〆はいちご煮で……」
 料理と酒の相性をひとつひとつ、楽しみながら味わっている。それなりに呑んでいるはずにもかかわらず、シデルに酔った様子はまるでない。どうやら相当な酒豪のようだ。
「食欲の秋だったか? 全く、良い言葉だぜ……」
 オイル漬けを摘まみ、熱々のフリットをつつき、焼けたばかりの牡蠣の殻を剥がしながらしみじみ呟くエリアス。そっと満足の息を吐く彼の目には、戦いを終えてくつろぐ仲間と、会場のあちこちで祭りを楽しむ人々の姿がある。
(「幸せって、こういう事を言うのかもな」)
 空いてきた焼き網に牡蠣を足しながら、エリアスは仲間達と一緒に牡蠣の宴を心行くまで楽しむのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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