チョコレート・ミレディ

作者:東間

●新生ファウンテン
 どこにでもあるプラスチック製のゴミ箱が、なぜか林の中で横倒しになっていた。
 蓋はなく、中からはコツコツコツコツ、と規則的な音。
 濃茶と黒のカラーリングが『いかにも』な家庭用チョコレートファウンテン。
 それを蜘蛛のような小型ダモクレスが突いて、突いて──止める。だが、今度は中へ潜り込み機械的なヒールを施し始めた。
 ゴミ箱から聞こえる音がやたらとうるさくなってから、数秒。ボゴォン! とゴミ箱を吹っ飛ばして直立不動をキメたのは、ドングリのような形をした細長い濃茶のボディに、黒い襟、黒い首、黒い顔を持ったダモクレス。
 ダモクレスは銀色眉毛をシャキシャキと上下に動かし、同じ色の丸い目は右に左にと忙しない。そして。
『ンンンン~~~~……ファウーーーン! テンッ!!』
 足元の枯葉を勢いよく吸い込んで、ばっさあ! と噴出した。

●チョコレート・ミレディ
 予知を伝え終えたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、視線を余所へ向けつつ指先で顎を撫でる。視たものを思い出しているらしい。
「なんて言うか、やる気に満ち溢れた個体だったんだ」
 ぱち。
 ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は薄縹色の目を瞬かせ、困ったように笑う。
「ダモクレスで『やる気に満ち溢れてる』って結構まずい、よね?」
「やる気を出されるのは困りますね……」
 壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)が頷くと、ラシードがそうなんだ、だから君達の出番なんだよと深く頷いた。
 家庭用チョコレート・ファウンテン生まれのダモクレスとの接触は、林の中。周囲に人はいないが林を抜けた先にとある施設がある。そちらへ向かわれれば間違いなく被害が出る為、ラシードは必ずそこで撃破してほしいと言った。
 ダモクレスの使用グラビティは3つ。周辺の落ち葉を吸い上げて、広範囲に噴射する。吸い上げた落ち葉を拳状に纏め、ぼすっと発射する。落ち葉をぎゅんぎゅん吸い上げて溜め込む──最後のものはヒールグラビティのようだ。
 それから──と言ってラシードは持っていたタブレットをくるり。
「これがその施設。丁度今が最盛期みたいだね」
「わ……!」
 向けられたタブレットいっぱいに広がるのは、正に絢爛豪華な花の宴。
 鮮やかな紅。淡いイエローからピンクのグラデーション。花火の如く広がるワインレッドやマゼンタ。赤と白の斑等々──天竺牡丹とも呼ばれるダリアの庭だ。
 そこは今、多彩な姿と色をふんだんに魅せる花々で満ちており、中にはチョコレートの香りを漂わす品種もあるという。
「毎年この時期になるとダリアを模ったチョコレートを配っていて、今年はそのチョコレートをモデルにした『貴婦人』って名前のビターチョコを……」
 ごほん。
 ラシードは咳払いを挟み、それでなんだけどと続けた。
 戦闘が無事終われば、開場まで少し待つだけでダリア溢れる庭を楽しむ事が出来る。庭園にはベンチやガゼボがあるので、そこでダリアとダリアなチョコレート両方を楽しんだり、庭園を隅々まで巡ってダリアに包まれるのもいいだろう、と。
 庭園の写真を眺め、静かに輝かせていたラウルは穏やかに微笑み、頷く。
「どれも女王様みたいだ。本物は、この写真以上に綺麗なんだろうね」
 だからこそ、日々を精一杯生きる人々とダリアの為──落ち葉遊びは林の中だけで。


参加者
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)
シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)
美津羽・光流(水妖・e29827)
四十川・藤尾(厭な女・e61672)

■リプレイ

●甘くない泉
 秋風が吹く。大地を覆っていた枯葉が軽やかに舞う。
 そして──ぴょこんっ、とあほ毛が飛び出した。
「チョコレートのためにもここは通しませんですよ!」
『ンン!? ……ファッファッファッ。ファウンテ~ン……』
 リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)が、ふんすっ、と仁王立ちすると、振り返った機兵・ファウンテンも腕を組み、笑い声のような音声と共にバサッと枯葉を吹き出した。
「あれ? おかしいですねー?」
 枯葉だ。
 リリウムが二度見する横で、アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)は満月の瞳を細め──そのまま『詩龍の息吹』を砲撃形態に変える。
「随分とやる気に満ちておりますね。流石はチョコレートを溶かす機械、情熱もそれなりということですか」
 轟音と共に足元の枯葉が跳ね、仰け反ったファウンテンの目前に桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)が飛び込んだ。
「……なにがそんなにやる気にさせんだろ。まぁ、別になんでもいいけど」
 刹那繰り出した蹴撃はファウンテンの頭を貫く勢い。
 ファウンテンはケルベロス達を『獲物』ではなく『敵』と認識したか、眉がシャキーンと上がった。ガガガと音を立て葉を吸い始める姿は実にやる気満々。
(「なら、応えてやらないとな。ただ──」)
 笑みを浮かべたラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は、少し残念そうな顔。なぜなら。
「チョコレートファウンテンなのにチョコレート抜きです!?」
 リリウムが物凄くショックを受けていた。
 そう、そこだ。
 ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)もそこが解せない。
「ボクはちょっぴり怒っているんだ。どうしてファウンテン器なのにチョコレートを噴出しないのか。いやお洋服がチョコ塗れになるのは困るけれど」
 それはそれ。これはこれ。
「落ち葉を吸い込み撒き散らすなんてただの掃除機か扇風機。似非ファウンテンなんてさっくり黙らせて、早く庭園とチョコを愉しまなくちゃ。ね、マルコ?」
 親友であるピンクのクマぐるみに言って、くすりと笑顔。
 そう。ダモクレス化した以上、今日より先、未来での稼働は認められない。
 ならば、再び眠るまでの、この短い時間。
「落ち葉遊び、全力で付き合ってやるぜ!」
 魔力から紡いだ無数の弾丸がきらきら踊りながらファウンテンを貫き、枯葉の舞台で踊らせる。そこに翼猫ルネッタが起こした清風が流れる中、美津羽・光流(水妖・e29827)は敵の容姿を見て感心顔。
「またハイカラな機械がダモりよったな」
 吸うのが枯葉で済んでるうちに倒さねばと、手にした神造の槍に稲妻を纏わせる。瞬間に突きを見舞い、背に庇ったのは庭園がある方角。
「威勢が良いのは構へんけどちょろちょろされると困るねん、痺れとき」

●枯れないもの
 お腹はすっかりチョコの気分だったリリウムのあほ毛は、しょんぼりしていた。
「チョコじゃないなんて、あっとうてきにこまりました……!」
 だが立ち直りは早い。なぜなら本物のチョコが待っている。なので。
「てやー!」
 ちっちゃな流星だが威力も精度も鋭さ抜群。するとファウンテンが「ええい負けるものか」と言いたげな表情で地面を踏みしめ、
『ファウンテーン!!』
 噴出してきたのは暴風と枯葉のセット。嵐となったそれは中衛に向かい、あらゆる場所を切り裂いていく。だが。
「まぁ……元気の宜しいこと」
 四十川・藤尾(厭な女・e61672)は頬に走った痛みと熱に、華の笑みを浮かべるだけ。
 翼猫クロノワが前衛に癒しの羽ばたきを贈り、ルネッタを守ったニュニルの『黒』が無音で波打つ。
「最近のヒロインは護られているだけじゃ駄目だってね。今日は乙女の逞しさを見せてあげようか」
 友には笑みを。敵には牙向いた黒き残滓を。
 シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)も微笑を浮かべ、望月の双眸を敵へと向けた。
「おいたはいけないのだわ」
 箱竜ネフェライラが『力』を藤尾に贈ってすぐ、謳に乗せた戦女神の力を前衛に注ぎ込む。続いた壱条・継吾(土蔵篭り・en0279)の血桜が癒しを孕んで共に舞い、その中を過ぎるように行った藤尾の持つ刃が鋭利な山を描いて──ざくり。竜砲弾や星の如き銃弾と蹴撃、それらが与えたものを傷と共に斬り広げた。
『ファウン、テンッ……!』
 多分、今の声は痛みを現していたのだろう。だがその音はアレクセイの耳に届いても何の意味も為さない、ただの音。
「確実に一手ずつ当てましょうか」
「ああ。確実に」
 美しく微笑んだ仲間は同じスナイパー。外す所など想像出来ず、ラウルは笑って足に星の煌めきと圧を纏わせる。
 紡がれた古語によって放たれた光は、予想通りファウンテンの腕を一瞬で貫いた。ルネッタの翼が癒しのそよ風起こすのと同時、ラウルの蹴りが流星となってファウンテンを枯葉でいっぱいの地面に叩き付ける。
 ふぁさふぁさ踊る葉の音に、どこか辿々しい古語が入り込んだ。そして、ぺかー! と放たれた眩い光。
「おみまいしました!」
 リリウムの事後報告が締めとなったスナイパー三連撃に、ファウンテンが枯葉と一緒にごろんごろんと転がった。
『ファ、ファウン、テン……!』
 起きあがろうとする間もケルベロス達からすれば好機。シャーリィンは後衛へと紙兵を放ち、ネフェライラがクロノワに癒しと加護を与えていく。
「あたしもリリウムちゃんと同じの使おっと」
 石化でデコるっていうのも新しいかもね。
 萌花は笑い、ファウンテンへ人差し指を向け──。
「バンッ♪」
 撃つ仕草と共に放った魔法光線はファウンテンの肩を砕き、石の呪いを纏わせる。
 そこへ槍の穂先が突き刺さった。
「似合うとる」
 ニヤリ笑った光流がすぐさま槍を引き抜いて飛び退けば、動きに合わせて枯葉が舞う。カサカサ、はらはら。枯葉の動きに風が加わった奇妙さに気付いたラウルが、ハッと目を見開く。
「来るぞ!」
『ファ~~~~ウンテ~~~ンッ!!』
 どう、と噴き出した枯葉の嵐がどこへ向けられたか理解するより早く、シャーリィンは同じ盾役と共に地を蹴った。頬や腕、足が次々裂かれ鮮血が舞い──。
「さあみんな、笛吹き鳴らせ、手を取り踊れ」
 聞こえた声に、は、として目を向ければ、ベリーのように煌めくピンクが細められた。
「楽しいパレードの始まりだ」
 御伽噺から飛び出したようなパレードにクロノワの羽ばたきがふわりと続く。
 不思議で心躍る光景と擦れ違うように、ざあ、と吹いた血桜が前衛に寄り添った。藤尾も黄金果実の煌めきを加え、更なる加護を重ねていく。
 積み重ねられる癒しと支え。ファウンテンの眉が、苛立たしげに上下した。

●秋色の中へ
 地面をたっぷりと覆う秋色の枯葉が、凄まじい勢いでファウンテンの体内に吸い込まれていく。それと同時進行でファウンテンの傷が癒え、禍の一部を祓うと、歌うような「ファウンテ~ン」の声。
 眉もシャキーンと上がり、どこか得意げな姿を見せたファウンテン。だが、ケルベロス達が仕掛けていくその度に眉は上へ下へと慌しい事になっていた。
 星の圧に満ちた蹴り。元気良く宙を翔る大鎌。魔法光線や稲妻奔る突きに、絡みつく緑。傷と共に与えたものが、ファウンテンを追い込む要素となって残っていく。
 傷や禍を受けているのはケルベロス達も同じだが、ファウンテンと決定的に違うのは、癒し手が十分だった事。
「回復は任せたで、先輩達!」
「あたしも。頼りにしちゃうね」
 光流は迷う事無く『空』を帯びた槍の穂先を突き出した。捻ったそれがバキッと音を立てて亀裂広げた瞬間、ファウンテンの片足を萌花の放った光線が貫く。
「こちらこそ。攻撃は頼んだよ」
 萌花達からの信頼にニュニルは再び動物達のパレードを展開した。血桜に乗った賑やかな音色にクロノワの清風も加わった、その刹那。
「華も甘味も、詩や着飾るのと同じくらい好きですよ。楽しみですわね、どちらも……」
 そ、とファウンテンの腕に添えられた手。ふふふ、と笑う藤尾の声。
 次の瞬間、ぎいいい、い、と重低音が響いた。
『ア、アー! アー!!』
 肩を大きく裂かれたファウンテンが大声を上げる。
 だらりと垂れ下がった片腕は、かろうじて繋がっている状態だ。それを無理矢理肩に押し込んだファウンテンの目がギラリと光り、頭の天辺からはバッサバッサと枯葉が噴き出している。
 殺意の表れにも見えるそれ。そして、その姿。
「貴方は本来は、人の笑顔を導く為のモノであったのに変質してしまうとは残念です」
 溜息をついたアレクセイの瞳がファウンテンを射抜く。途端、内部を侵した黒茨が外へと現れ、罪過の黒薔薇となって咲き誇った。
『ア、アア、ア!?』
「大人しく散っていただきましょう。……私には、愛しき姫に美味しいチョコを食べさせる責務がある故」
 黒薔薇を引きちぎろうと暴れていたファウンテンの手が止まる。だがそれは力尽きた訳ではなかった。吸い込んでおいた大量の枯葉、その一部を両手包むグローブに変えて飛び出し──。
『ファーウンテンッ!!』
 力を込めた一撃。しかし果敢に身を翻したクロノワが受け止め、動きが一瞬止まったそこにリリウムが、バッ! と絵本を開いて見せた。
「葉っぱあそびもいいですけど、このえほんもおすすめです! さあどーぞ! どーぞ!!」
 ぐいぐいぐいぐい。とっておきの絵本から飛び出した登場人物が仕掛ける猛攻は、絵柄に見合わぬ烈しさ。ぱちり、と瞬きしたシャーリィンは「それでは、わたくしも」と如意棒を取り出して。
「少々手荒な真似を致しますが……ご勘弁くださいまし」
 有無を言わせぬ一撃を叩き込んだ後、林の中にきらりと落ちた煌めきは──無数。
「――存分に哭け」
 ラウルが降らせた狂弾の驟雨が、ファウンテンを何度も何度も捕らえて、穿つ。
 そして機械の体がどさりと秋色絨毯の上に落ち、完全に、動かなくなった。

●絢爛の華庭
 戦場となった林の中を整えてから向かった先、そこで待っていた愛しい姿にアレクセイの頬が薔薇色に染まる。
「お待たせ、ロゼ!」
「おかえりなさい、アレクセイ!」
 駆け寄ったロゼがぎゅっと抱きつき、安堵を浮かべる様に、彼女のファンである萌花もラブラブだねと笑顔を浮かべていた。
「……あ、そーだ。ロゼおねえさま、アレクセイさん。それにみんなも。今回のご縁の記念に、せっかくだから写真撮らない?」
 ロゼが目を輝かせればアレクセイは優しく頷き、ニュニルを待っていたゼノアも折角だと同意する。シャッターを切る役は、『記念写真』の単語を拾った施設スタッフが買って出て──パシャリ。

 ニュニルとゼノアへ「楽しんできて下さいませ」と挨拶した後、シャーリィンはユアの手を引き、ダリアの庭を歩いていた。いつもは、彼女が自分の手を引いて温かな場所へと連れて行ってくれる。
(「だから今日は、わたくしが」)
 自分の手を引くシャーリィン。ダリア。美しく咲くふたつはユアの視界一杯に。綺麗な世界、と自然笑みが零れた時、祝福するように咲くダリアで彩られた、祭壇のようなガゼボに辿り着く。
「此方へ、もっと傍へ」
「じゃあ、くっついてしまおう♪」
 悪戯っぽく笑い、懐く白猫のようにぴたっとくっつくユアは、シャーリィンにとって自分を護ってくれるお月様。甘いダリア、大切な一粒をその口元に贈れば、美味しいと喜ぶ声。
「──どうか、これからも……わたくしの傍で唄って」
 願う声に、大丈夫とユアは笑む。
「心配しなくたって、僕はいつだって君の傍で音を紡ぎ続けるから。ふふっ、とっても幸せな気持ちだ」
 連れてきてくれてありがとう。
 そう言って頭を撫でるユアは優しく微笑んでいて。想い叶った宵姫も、そっと微笑んだ。

 のんびりとダリアを見て回っていた萌花は、花の向こうにひょっこり覗いた三角耳にくすりと笑う。それを目印に向かえば、ダリアをじ、と見ていた継吾がいた。
「継吾くん、チョコレートの匂いする品種あった?」
「はい、本当にありました」
 声は静かだが驚きを含んでいた。あそこに、と言うので一緒に行って嗅いでみれば。
「……たしかに言われてみればそんな感じ、かも」
「不思議ですね。驚きました」
「継吾くんは、どれかお気に入りのダリア見つけた?」
「そうですね……まだ全てを見た訳ではないんですが、」
 スマホで撮ったというダリアは純白と紅を交互に宿した華麗な品種。細くたおやかな花弁と、鮮やかな色彩に惹かれたらしい。

「見事な景観だね。ダリアの花言葉は優雅、感謝……それから、移り気。今はボク以外の子を見ては駄目だよ?」
 最近、仲が良いらしい宵姫とか。
 ニュニルは振り返り、共に眺め歩いていたゼノアへからかうように笑いかけた。
「……今此処には俺達しかおらんだろう。無用な心配だ」
「ふぅん。……チョコ、どうしようか。あそこのガゼボでお茶もいいし、帰ってからでも……」
 どこで食べようか悩む目の前で、ゼノアがボルドー色の華がひょいっと口に放り込む。
「あっ」
「ん……? こういうのはさっさと味わうもんだろう。程よい甘さで美味いぞ」
「もう、風情がないんだから……ふふ」
 悪びれもせず口をモゴモゴさせ味わう様に、ニュニルは仕方ない人、と微笑んだ。
 倣ってチョコを口に入れれば、上品な甘さ広がっていった。

 1人1個までのチョコだから、リリウムは少しずつ味わって。味わって。
 むしゃあ。
「なくなりました……!」
 『貴婦人』が儚くとけた後、光流とウォーレンの視界からもリリウムが消えていた。
 つまり、はぐれていた。
 おろおろするウォーレンを光流はなだめ、恭しく手を取る。
「一緒に探そう、俺のミレディ」
 手分けして探せば自分達も迷子になりかねないし、庭園の中にいるならそのうち出てくる筈。捕まえたら──あほ毛に灯りをつけて目立つようにしよう。
「ふふ、提灯アンコウみたいになっちゃうよ。でも、ダリアの間を灯りがゆらゆら動く様子は素敵かも……って、いた! 良かった、心配したよ」
「??? どーしたんですか? チョコならちゃあんと食べて……食べて……」
 なくなりました。しょぼんとする少女の前に、甘く薫る『ダリア』が1つ。
「しゃーない。俺の分を譲ったる」
「わーい! チョコレートですー!!」
「優しいね。でも食べれなくて良いの?」
「ん? 代わりに、」
 咳払いして、耳打ち。その内容はチョコを頬張るリリウムには聞こえず、わからず。知るのは、赤くなったウォーレンだけ。

(「ふぁうんてん……泉という意味でしたかしら」)
 あのダモクレスが何故、此処を目指したか不思議だったが。
 藤尾はゆるりと周りを見て、目を細める。惹かれたのやも、しれない。
 此処に咲くダリアの色は日々増していく冬の色を吹き飛ばす程に鮮烈だ。居並ぶ女王はどれも、色を満たす威厳と優雅に相応しい咲きぶり。一重咲きに顔を寄せれば甘く苦く香り、その色彩も合わさって、成る程チョコレートのようだと思う。
 ふと目に入った白灰と黒は、共に戦っていた少年の色。
「継吾さん、継吾さん。ラシードさんはチョコレイトがお好きなのですか?」
「チョコレート『も』、でしょうか。甘い物は大体好きだと伺っています」
「ならばわたくしのを差し上げてくださいまし。今日はもう……満足してしまいましたの」
 唇に弧を描き、傍らを見る。黒く深き赤が、風に揺れていた。

「どの花も一生懸命咲いていて本当に綺麗ですね、アレクセイ!」
「ええ。花言葉に相応しく、華麗で。けれど1番は、私の美しい薔薇……貴女です」
「も、もう」
 満開のダリアに囲まれて、2人手を取り合ってゆったり散策のひととき。綻ばせていた頬を赤らめるロゼへ甘く精巧な『ダリア』を贈れば、愛らしい笑顔が咲いたから。
(「薔薇のものを作れたら……」)
「ねえ、アレクセイ。半分こしよ?」
「え?」
 笑顔が嬉しいなら、半分この方が自分はもーっと笑顔になれる。
「貴方と思い出を共有したいの」
 そう言ったロゼの笑顔こそが、アレクセイにとって何よりも甘くて、美味しい。

 花に囲まれた東屋に座れば、視界には宝石のように深く豊かな彩りが満ち、チョコレートの香りも鼻をくすぐる。眦を緩めたラウルは、シズネと一緒に居るとあの花々のように、心が色とりどりな幸せで満たされると呟いた。
「なら、もっと幸せでいっぱいにしてやりたいなあ」
 贈られた特別な一口はいつ食べよう。シズネがそっと伺えば、それはまだ手の中。
 でもねとラウルが笑う。
「秋の彩を纏う艶やかな貴婦人の馨しい甘さを一緒に楽しめたら、もっと幸せになれると思うんだ」
(「……そうか。きっとオレは、ラウルと一緒に食べたくて」)
 この声が。そしてそれが、堪え性の無い自分がすぐチョコに齧り付けなかった理由。
 燈色にキラッと光が泳いで、薄縹色が柔く笑む。
「「せーの」」
 同時に含んだ甘い花は舌の上で溶けていった。
 それはほろ苦くて、特別優しくて、特別な美味しさを残して消えていく。
 それでも、一緒に感じた花香や甘さ、今過ごしているこの瞬間。
 全ては、絢爛に咲くあの花々のように鮮やかに──褪せる事無く、いついつまでも。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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