フューシャ

作者:藍鳶カナン

●フューシャ
 零れるように咲いて、華やかに揺れる。
 誰もの目を惹く花だった。まっさきに瞳に飛び込んでくるのは鮮やかなその色彩、次いで美しい花姿。柔らかに枝垂れる緑から華やかなイヤリングをいくつも吊り下げるように咲くその花は、フューシャ、あるいはフクシアの名で知られる花。
 色彩名、フューシャピンクの由来たる花で、『貴婦人のイヤリング』とも呼ばれる花だ。
 この国では春から初夏に、そして秋に咲くフューシャは今年二度目の花盛り。
 穏やかな秋の陽射しを受けて、ある店の軒先に幾つも飾られた吊り鉢から華やかな花々を咲き零れさせるフューシャ達が風に揺れる。この日も彼らに変わりはなかった。
 変化があったのは、店の前に広がる芝生の庭の片隅。
 零れ種が芽吹いたのか、それともちぎれ落ちた枝葉が根付いたのか、いつのまにやら庭の片隅でひっそりと自生していたフューシャの小株たちに、何かの胞子か花粉のようなものが舞い降りる。ぞわりと花や緑が溢れ、小さな株たちが巨大化する。
 彼らはひとの心を惑わす魔法を得た。
 炎を放つ花を、花弁でひとを斬り裂く花を得た。
 攻性植物と化した三体のフューシャは、大地から引き抜いた根でざわりと動き出し、最も手近にひとの気配を感じた店へ襲いかかる。寄生はしない。客を、店員を、手当たり次第に殺していく。
 惨劇を予知された、その店は――。

●貴婦人のイヤリング
「大阪にあるイヤリング専門店です」
 事件予知を語ったセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は攻性植物勢による大阪市内への侵攻はいまだに止んでいないのだと告げた。
 拠点拡大を目論んでいると思しき彼らの計画を挫くためにも、ひとびとを護るためにも。
「皆さんに、このフューシャの攻性植物三体の撃破をお願いします」
 既にイヤリング専門店とその周辺一帯には避難勧告済み。
 店にひとの気配がなければ、フューシャの攻性植物たちは獲物を探して庭を抜け、通りへ出て来る。戦場とするに十分な、広い通りだ。
「今から急行すればその通りで捕捉が可能です。そこで仕留めてください」
 催眠の範囲攻撃に、炎攻撃、追撃効果のある斬撃を高い命中精度で繰り出してくる相手が三体。互いの連携もしっかりしているはずだとセリカは続けた。
「皆さんも作戦と連携をしっかりお願いしますね」
 油断してかかればこちらが危ういというわけだ。
「合点承知! 全力全開でいきますなの~! 通りで戦うってことは、無事に事が終わればお店はすぐに営業再開できるのかしら~?」
「はい。広い通りですから、敗北するようなことがなければ、お店に被害なく終えられると思いますよ。皆さんが寄っていかれればお店の方にもきっと歓ばれるでしょうね」
 尻尾をぴこりと傾げた真白・桃花(めざめ・en0142)にセリカがそう笑み返せば、桃花の素直な尻尾がぴこぴこぴっこーん!
 何せちょこっとスマホで検索しただけでも、そのイヤリング専門店はときめき満載。
 貴婦人のイヤリングたるフューシャの花に彩られた店だけあって、花々をモチーフにしたイヤリングが妍を競う店なのだ。
 一番人気のデザインは耳元で華やかに揺れる紅水晶のフューシャの花、だが他にも薄紫の硝子細工がしゃらりと鳴る藤の花や、真珠色に煌くエマーユで咲かせた白薔薇に、淡い彩のピンクゴールドで咲かせた桜など、様々な花を様々な素材で咲かせたイヤリングがよりどりみどり。イヤリング専門店ではあるが、全ての品がピアスにパーツ交換可能だ。
「ああん眺めるだけでも幸せになれそうなの、皆と寄っていけたら嬉しいの~♪」
 最早もとには戻れぬ貴婦人のイヤリング達を世界に還して。
 貴婦人のイヤリングが花咲く店で心を潤して。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
八柳・蜂(械蜂・e00563)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
スプーキー・ドリズル(レインドロップ・e01608)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
ティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)

■リプレイ

●フューシャ
 花紺青の青に澄みわたる空に、秋の陽が柔らかに輝いた。
 陽射しを背に跳べば透きとおる鷹風に掬いあげられたのも一瞬のこと、星の重力に惹かれ加速するまま降下した先は、イヤリング専門店の庭を抜け通りへ出たフューシャ達のもと。柔らかに枝垂れる緑、華やかに咲き零れる花々、その彩を遮るようにスプーキー・ドリズル(レインドロップ・e01608)が銃創残る黒き竜翼を翻し、
「進路、いや、この場合は退路を塞ぐと言うべきかな。――皆、店を背に布陣を!」
「ああ、心得ている。この花々が掛け替えのないものを傷つける前に……」
「黄泉路へ送り出すとしようか。この貴婦人のイヤリング達を」
 彼と同じく店の庭を背にして純白の翼を咲かせた刹那、その翼の輝きを靴先まで纏わせたグレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)の蹴撃が白刃のごとく敵陣を薙ぎ払えば、スプーキーの双頭銃口が咆哮。着弾と同時に爆ぜた深紅が林檎飴のように枝を固めたなら、鮮やかな色彩をめがけた藍染・夜(蒼風聲・e20064)の竜槌が黄泉への路を拓いた。
 噴射と加速の唸りは凱歌の歓喜か哀歌の慟哭か。
 絶大な竜槌の一撃に花葉が散れば、胸の痛みを研ぎ澄ます狙いに変え、緑と花々のもとへティスキィ・イェル(ひとひら・e17392)が槍を手に躍り込む。
「何処へも行かせない。誰かの血に染まる前に、ここであなた達を止めてみせるから!」
「うん。ここが最初で最後の舞台だ、踊りたいならアラタ達と一緒に踊ろう!」
 嵐の槍撃がざわり蠢く彼らの根を薙いだ瞬間、アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)の手許でガトリングガンが吼えた。嵐を駆け抜けていく数多の弾丸、苛烈に爆ぜるそれらに幾重にも勢いを殺されながら、緑の先に華やかな薔薇色と紫色の花々が咲く。
 撓やかな花糸がひらり踊って見えたのは、直後に放たれた焔の熱波によるものか、或いは熱が見せた陽炎か。
 鮮烈に燃え立つ焔は紅蓮の色、三連の灼熱がグレッグへ襲いかかったが、そのうち二つを艶やかな黒と柔らかな星空が遮った。
「ほんと、綺麗なドレスを着た踊り子さんみたいね」
 ――私とも踊ってくださいな。
 なんて、と左腕に受けた焔の威力を黒纏う身の捻りで殺し、八柳・蜂(械蜂・e00563)が右腕の縛霊手で打ち込む一撃が霊力の網を咲かせたなら、
「ポラリスはグレッグさんへ祈りを!」
「先生! いづなのお手伝いをばっちり頼むぞ!!」
「まあ、ありがとうございます! つづら、おふたかたに負けてはおられませんよ!」
 時の流れを掴んだ藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)に燈るは破魔の加護、主に頷いた星空纏うシャーマンズゴーストが祈りを捧げ、月霜・いづな(まっしぐら・e10015)の傍に舞い降りたアラタのウイングキャットが羽ばたいた。前衛陣へと向かう清らな風にいづなが癒し手の浄化を乗せた紙兵を舞わせたなら、神霊や翼猫に負けじと跳ねた和箪笥ミミックがエクトプラズムの神楽鈴でフューシャを急襲する。
 次の瞬間、眩い輝きが敵陣を染めあげた。
 花々に深い麻痺を刻んだ光はグレッグの両手のバスターライフルから解き放たれた魔力の奔流、だが即座に続いたアラタの稲妻突きが柔らかな緑に絡めとられる。けれど、
「アラタちゃんそのままお願い! しっかり足止めするね!!」
「ええ! 確実に足を潰し、もとい、根を潰して御覧にいれますわ!!」
 黄金のフォークを思わす彼女の槍、三又の矛先と緑が鬩ぎ合う隙を突いて、硝子の煌きに流星の輝き重ねたティスキィが空から降り落ちれば、瑠璃色の双眸で狙い澄ました千鶴夜の銃口が同じ敵を捉えた。
 白銀が歌う銃声とともに根を砕いたのは、その進撃に掣肘を加える確かな一撃。
 派手に敵陣へ躍って幾重もの縛めを刻むジャマー達の列攻撃が牽制する中、此方が狙うは集中攻撃による各個撃破。対するフューシャ達は探るよう標的を変えるが、一度に狙うのは必ず三体同じ。薔薇と紫色の花が咲けば焔が生まれ、真紅の八重が咲けば斬撃が襲いくる。――と、なれば。
 指輪から溢るる光を夜見つ国へ導く月光の刃と成し、盛大に断ち落とした緑の奥で純白の花が咲いた瞬間、夜は咄嗟に濃紫のジャケットを翻した。
「天使の囁きってわけか。催眠! 前衛に来るよ!!」
「はい、そなえまする! まえのみなさま、おきをたしかに!!」
 彼の声が貫いた秋風を、花々の魔力がゆわんと弛ませる。前衛を呑んだのは三連の魔力の波濤、辛うじて夜が一波をいなすが、幾重もの魔法に呑まれた彼ら前衛陣へ間髪を容れずにいづなが鎖を奔らせた。描かれた魔法陣が守護と浄化の輝きを噴き上げるが、仲間の分まで魔法を引き受けた蜂の耳元で白い花がしゃらしゃらと鳴る。
 優しく心をくすぐる花の囁きに、
「はい、そうね。花と緑を、潤してあげなきゃ」
 紫の瞳を緩ませた女の手がゆうるり持ち上がる。
「蜂!」
「八柳!!」
「任せてくれ。誘惑に堕ちきらせは――しない」
 けれど癒しの雨の気配を察した夜とスプーキーの声が響いた刹那、彼らごと蜂を抱擁した輝きはグレッグが織り上げた天使の極光、圧倒的な浄化が間一髪で催眠を払拭すれば、
「助かりました、グレッグさん。だめね私、なんだか催眠に弱いみたいで」
「ああん、蜂さんを誘惑するなんて、とってもいけない子達なの~!」
「その意気だぞ桃花、ぶっ放せ! 情熱的になっ!!」
 猛然と爆ぜた銃声は真白・桃花(めざめ・en0142)の制圧射撃、破顔したアラタも勢いを重ね、鉄華を咲かすガトリングガンで弾丸の嵐を御見舞いする。
 桃花さんたら、と笑みを零した蜂が漆黒の刃を敵へ奔らす様に眦を緩めたスプーキーは、
「月霜! 君の鎖を借り受けても構わないかい?」
「ええ! どうぞお好きなようになさってくださいませ!」
 守護魔法陣を描いた鎖を引き戻す手をいづなが止めた瞬間、時つ風に銃声を歌わせた。
 鎖に跳ねて躍った弾丸が花葉を散らしてフューシャを世界に還したなら、一気に自陣ヘの追い風が吹く。散った花葉が光の粒子になって消えていく。
 ――待ってて。
「あなた達も、すぐに世界へ還してあげるから!」
「一秒でも速く、な。……あんた達がひとを惑わせたりする姿を見るのは、忍びないから」
 淡い煌きの名残に淡い桃色の衣装を躍らせ、残る二体のフューシャ達のもとへ跳び込んだティスキィが槍と舞う。花々の機動力を正確に削ぐ彼女の言葉に頷いたグレッグもすぐさま攻め込んで、聖なる輝きを靴先まで帯びさせた蹴撃で敵陣を一閃、花々の術の威を幾重にも抑え込んでいく。
 次の瞬間に咲いた透明な煌きは手近な敵を捉えた蜂の縛霊手から解き放たれた霊力の網、即座に翻った双頭銃口から撃ち込まれたスプーキーの銃弾が網の花に抱かれたフューシャを深紅の石化で彩り、戦意も狙いも惑わぬ千鶴夜の撓やかな蹴撃から翔けた幸運の星が、花の枝葉をその護りごと貫いて。
 攻性植物達の劣勢は既に明らか。フューシャ達もそれを理解しているだろうに。
 彼らは華やかで可憐な花々を咲かせる。幾度も、幾度も。
 ――なんと、かわいらしい、音がきこえてきそうなお花。
 それなのに、と短い眉をきゅっと寄せ、いづなは花々から皆を護る支えとなる。幾重にも守護魔法陣を敷き、時に満月の光球で力を贈り、そして。
「つづら! よるさまを!!」
 真紅の薄刃めいて吹き荒ぶ花嵐、夜をめがけ繰り返すカーテンコールを和箪笥ミミックが防ぎきってくれたなら、眼前の標的たるもう一体が花嵐を放つより速く彼の刃が閃いた。
 情熱的に咲く貴婦人は奔放で眩しいけれど。
「望んだ散華ではあるまい。其れとも、自由に踊れるひとときは楽しめた?」
 葬送の一閃は天翔ける隼の急襲のごとく、抗いえぬ速さと威力で終焉の軌跡を描く。
 歪められた生から解放されたフューシャが消え散る刹那、浄められた花の鈴音が聴こえた気がして、僅か一瞬、双眸を閉じた。
 ――これで、最後。
 同胞達が世界に還ってもなお花を咲かせ続けるフューシャ、美しく咲く命を散らすことに胸が痛まないと言えば嘘になるけれど、せめて無辜のひとびとの返り血で花が穢されぬよう果敢に千鶴夜は攻め立てる。
 緑の奥に咲き溢れた純白、狙撃手たる相手の狙いが己を含む後衛に向くけれど、本来なら逃れえぬそれも、数多の縛めが敵の勢いを大きく削いだ今ならば。
「その天使の囁き、きっぱり遠慮させていただきますわ!」
 淑やかな漆黒の編み上げブーツの踵に蝶を煌かせ、靴先から撃ち込んだ幸運の星で純白の花の魔法を相殺する。続けざまに音無き舞いのごとく影の斬撃を揮った義姉の姿にいづなは奮起して、翼猫の羽ばたきの力も借り、水を弾く仔犬さながらにレトリバー耳を震わせて、天使の囁きを振りきった。
「わたくしも、まどわされはいたしませぬ!」
 天つ風、清ら風、吹き祓え、言祝げ、花を結べ――!
 凛と通る祝詞で導く清麗な花渡風の癒しが桃花を庇った蜂へと向かえば、吹きぬけた風の心地好さにアラタの笑みも綻んだ。真っ向から向き合うフューシャは、咲く花も美しい上に実る果実も宝石めいて、ほんのり甘くスパイシーな味と聞く。
 いつか食べてみたいけれど、
「今日はアラタから、癖になる美味しさを御馳走させてもらうな!」
 明るい声が響いた途端に彼女の頭上に顕現したのは、巨大で艶やかな板チョコレート。
 艶やかに糸引くその影が甘く苦く癖になるほど相手に絡みついたなら、その美味が数多の縛めも麻痺も更に引き立てて、フューシャをいっそう深く搦めとっていく。
 好機を掴み、軽やかにヒールの音を響かせたのは、星の名の神霊からの祈りも受けた蜂。
 ――あたたかさを、ちょうだい。
 花葉の懐へ跳び込んだなら、氷の涙と凍て風の吐息を凛冽な花嵐と成し、相手の根元から頂まで一気に撫であげて。繋がれた機のまま続いたグレッグは、白金の環が煌く指の先まで白銀の流体金属で覆った拳で、氷片を抉り込みつつ三重に敵の護りを突き破る。
 天つ風が猛る様を思わす強襲、凄まじい加速を得た夜の竜槌が打ち据えた花葉の根元へと落ちるは、夜空の月を映したかのごとき斬撃。大切羽に咲く水葵が光を透かす軍刀で月弧の軌跡を描いたスプーキーは、花と緑の魔法を織り上げた少女に機を繋いだ。
「君の一撃で終わるはずだ。頼んだよ、ティスキィ」
「はい! 待たせてごめんね、最後のあなたにも、終わりをあげる!」
 本当なら、綺麗だね、と花を愛でてあげたかったけれど。
 伸べた掌から溢れるのは、清らな祈りにも神聖な舞いにも似た緑の風。花片とシトラスの香りを孕む風が歪められたフューシャを抱いて、赦しを与えるようにその命すべてを連れ、世界へ還っていく。
 最後の光の粒子が、秋の陽射しにとけた。
 戦いの痕を潤すのは、スプーキーとグレッグの癒し。雨霧を思わす気が罅の奔った街灯に注がれ、オーロラめいた光が焔に晒されたアスファルトを撫でれば、
「これは……素敵な幻想が生まれたね」
「街のひとにも、気に入ってもらえるといいな」
 街灯から通りへ架かったのは、優しい七色に透ける虹。

●貴婦人のイヤリング
 華やかな賑わいをじきに取り戻すだろうイヤリング専門店の軒先を色鮮やかに彩るのは、幾つも飾られた吊り鉢から咲き零れるフューシャの花々。
 ――客とイヤリングの幸福な出逢いを、ここで幾つも見てきたんだな。
 揺れる花々に、愛しむよう、敬うよう、そっとアラタが触れる様にティスキィは微笑み、花々の間を通る少女の姿に瞬きをした。
「あれ? いづなちゃん、その耳……」
「ええ! だって、貴婦人のイヤリングのおみせにまいるのですもの!」
「ふふ。どちらのお耳もとても可愛らしいのですけれどもね」
 胸を張る仔犬の少女、レトリバーではなくひとの耳を髪から覗かせる義妹の姿に千鶴夜は頬を緩め、硝子の扉を開く。りんと鳴るのはフューシャの花を模すドアベル、開かれた先に花々のイヤリングが咲き溢れる様に、皆の歓声も、感嘆も咲いた。
「……いい店だね」
「俺もそう思う。品揃えも勿論だが――」
 誰もに笑顔を、咲かせるところが。
 同じ想いで夜とグレッグが笑み交わせば、花園の中でひときわ嬉しげな声が咲く。
「ちぃねえさま、これを着けてみませんか!?」
「まあ、とても綺麗……! それならいづなさんは、これを着けてみせてくださいな」
 淡く深く煌く瑠璃色硝子が咲き零れる藤の花を見つけた少女へ千鶴夜が差し出したのは、鮮麗な赤の煌きが揺れるフューシャの花。たちまち居住まいを正して貴婦人のイヤリングを耳に飾った小さなレディは何処か大人びて、ナイトよろしく手を伸べてくれる。
 ――さあ、ねえさま、お手をどうぞ!
 ――ええ、私だけの騎士様。
 一緒にすごすうち、徐々に目線が合い始めたのが擽ったくて、幸せで。
 二人を微笑ましく見遣ったティスキィが、私も見惚れるほど赤く咲く花がいいなと笑み、
「桃花さん、選んでくれませんか? あのね……」
「ああん合点承知! ティスキィちゃんの婚約者さんをどきっとさせてみせますなのー!」
 ひっそり続けた言葉に桃花の尻尾がぴこーん!
 閃きを得たらしい娘が選んだのは、深く鮮やかに透きとおる赤が金の台座の煌きも透かす七宝細工の撫子の花。いつも愛して。そんな花言葉に頬も花色の熱に染め、大切にするねと両の掌で宝物を受け取った。
「いいなそれ、ティスキィの瞳の色にも合ってる!」
 我がことのように笑みを咲かせたのはアラタ、プリズムみたいな友へのお土産探しはひとやすみして、白か青の花を選んでくれないか、と己のための花を桃花に望む。
 合点承知、と意気込んだ娘がアラタの耳に咲かせたのは純白のノースポール。
 優しく艶めく雪色シルクリボンが花咲く芯にふわり収まるまぁるい黄色が、
「ふふふ~、霧ひよこさんみたいだと思ったの~♪」
「ひよこ! うん、霧ひよこさんは素敵だったな!」
 二人の間に更なる笑みを咲かせた。
 お返しだ! と張りきったアラタが桃花の耳へと咲かせたのは、ピンクパールの五片花。金の房飾りがふわり揺れれば、宛ら春陽が扁桃の花を透かしたよう。ときめき満開なの~と尻尾ぴこぴこな彼女に、暖かな春みたいねと蜂も微笑んだ。
 夏麻の白桔梗のお返しに、と選んだのは、軽やかで柔らかな花。
「ね、桃花さん。こっちの扁桃の花もどう?」
「あっあっ、レースのも可愛い! 蜂さんの手で着けて着けて~!」
「ふふ、合点承知、です。これだとね、長く着けてても痛くないと思うの」
 甘やかす気満々の蜂は眦も頬も緩め、淡やかに光を透かして咲くレースの花を手に取り、きゃっきゃと鏡を覗く桃花の耳元の髪を掬ってやりながら、そうっとほっぺちゅーすれば、
「ああん、蜂さんのほっぺが薔薇色なのー!」
 鏡に映る光景は確かにそのとおり。冷えた身に照れの熱が燈れば、お返しほっぺちゅーが胸の裡にもあたたかな光を燈す。
 心からの感謝と笑顔で皆を迎えてくれた店主は、
 ――うちの花で咲かせられない笑顔はありませんとも!
 と、茶目っ気も商売っ気もたっぷりな言葉でスプーキーの頬も心も緩めてくれた。
「桃花、これもどうかな? 君の未来が前途洋々であるように、なんてね」
「ああん幸せ満開の花言葉なの、青のアクセって初めてかも~!」
 尻尾ぴこぴこな娘を連れた先に咲くのは、涼やかな色合いの水葵。託した古歌を知ってか知らずか彼女の耳に青が咲けば、胸に燈る独占欲も認めて受けとめて。水葵に誘われるよう伸ばした指先で、白い頬に優しく触れた。
 いつもの御返しだよ、と笑ってみせれば。
 倍返しなの~! と、両手で頬を包まれる。
 甘いシナモンクリームを摘まみ食いするよう、悪戯に掬った柔らかな髪の中に覗く耳朶を指先でなぞれば、天使の耳から頬にまでフューシャピンクの彩が咲いた。
「君は耳飾りをしないの?」
「夜……! だって、わたくしの耳、髪に隠れてしまうから……」
 高鳴る鼓動まで伝わりそうなアイヴォリーの姿に綻ぶ夜の唇は睦言を重ねようとするも、優しく緩む瞳が春の花に留まれば、顔を見合わす恋人達の胸に甘やかな幸福と切ないほどの眩さが燈る。かくしてぞ、と刹那の永遠に溺れた春。
 薄桃色を燈し、煌く光とともに咲き零れる紅藤の花。
 美しい紅水晶の花々をしゃらりと鳴らし、彼女の耳に紅藤のイヤリングを咲かせたなら、貴方の紅藤はピアスにしてもらいますね、と返る笑み。揃いで咲く恋の花は、互いが互いのものであるしるし。
 愛しいひとに楔を穿たれる至福に艶やかな笑みを燈し、夜が返す囁きは。
 ――君は俺だけの、俺は君だけの、もの。
 睦まじい恋人達の様子に自然とグレッグの笑みも綻んだ。
 けれど、あてられた、なんて心地にならないのはきっと、己も大切なひとへ贈る花を掌に咲かせているから。胸に幸せを満たす、夏空のいろと、いろ。
「迷ってしまうな……なんて悩むのも、贅沢なひとときだな」
「贅沢も楽しんでくといいと思うの~♪」
 勿忘草? と訊ねる桃花に頷いて、グレッグは贅沢なひとときに思うさま浸る。
 抜けるような夏空の青を映すラリマー、夏の朝に大切なひとと見霽かした薄群青を映したブルーレースアゲート、青い小粒の宝石達が咲かせる勿忘草はどちらでもきっと、己の瞳に幸福を映してくれるはずだから。
 ――愛しいひとに咲く、飛びきりの笑みを。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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