ただひたすらに肉を喰らえ!

作者:一条もえる

 行楽の季節である。
 とある地方都市から、車で1時間ほど走ったところにある公園も多くの人でにぎわっていた。
 大型の遊具や草花を楽しめるトレッキングのコースもあるが、もうひとつ魅力的なのが、キャンプ場である。
 本格的なキャンプも楽しめるが、気軽なデイキャンプが人気である。家族連れが休日にちょっと出かけるのに、ちょうどいい立地なのだ。
 さわやかな秋晴れの休日である。キャンプ場のあちこちで、バーベキューを楽しむ家族連れの姿が見られる。
「お肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べなさい? ほら、タマネギもピーマンも焼けたわよ」
「うん、食べるー!」
 日頃は野菜が苦手なその子も、こんな楽しいバーベキューなら野菜だってもりもり食べられる。
「ははは、いつもそうだといいのにな」
 微笑ましい光景。ところが、それを遠くからのぞき見ている一対の目があった。
「ふん、バーベキューに野菜など不要よ」
 キャンプ場の奥の奥、立ち入りが禁止された森の中で腕組みしていたのは、全身に羽毛を生やしたビルシャナ。
 そしてその周囲には、10人ほどの人間たちが車座になっている。
「バーベキューで野菜を喰らおうとする者たちの、なんと愚かなことか!
 その主役はあくまでも肉。それも、牛肉である!
 それを思うさま喰らうことこそが、バーベキューである!」
「そうだ!」
「お肉、好きー!」
 歓声を上げる信者たち。一拍おいて、満足げに信者たちを落ち着かせたビルシャナは拳を振り上げ、言葉を続ける。
「栄養のバランス? なるほど、確かに人が生きるに、栄養は重要である。
 しかし、それも問題はない! 牛は草を喰らっているではないか! 草、すなわち野菜である!
 野菜を喰らう牛を喰らう我々は、すでに野菜を喰らっているのである!」
「おおお……!」
 さぞかし野菜嫌いなのであろう信者たちが、まさに目から鱗、その言葉に救われたというような、興奮した表情を浮かべた。
「いつもいつも、肉を喰らうたびに、心の中では後ろめたく思っていました!
 これからは、その必要はないのですね?」
「ない! 断じて、ないッ!」

「……まさかお前も、同じようなことを言い出したりはしないだろうな?」
 スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)は疑うように、崎須賀・凛(ハラヘリオライダー・en0205)の方を横目で見た。
 見よ。大いに湯気を立ち上らせながら、今日はなにやら大鍋が煮えている。
「そんなことないわよぉ。焼き肉の時は、お肉が食べたかっただけ。野菜だって美味しいんだから、食べなきゃもったいないじゃない」
 そういって差し出してきたのは、温かな湯気が立ち上るお椀。
 大きく切られた里芋や人参、色鮮やかな長ネギ、薄く切られたゴボウ、そしてちぎった蒟蒻。ゆで卵。コクを増してくれる鶏肉も入ってはいるが、野菜たっぷりである。
「芋炊きよ。はぁ~、温かい♪」
 酒と醤油で味の付けられた澄んだ汁をすすり、凛が微笑む。
「とあるキャンプ場の近くに、ビルシャナが潜んでるみたいなの。どうやらそのあたりで信者を増やそうとしているみたいね」
「その教義が、『牛が草を喰っているから、肉さえ喰えば野菜は不要』だって?」
 ため息をついて頭を振るスルー。
 凛は里芋をはふはふと頬張りながら、
「もぐもぐ……。
 野菜は必要よね。美味しいから。
 放置しておくと、そのうち人を襲う事件を起こしちゃうでしょうから、今のうちに撃破してもらいたいの。
 信者がこれ以上増えても、厄介だしね」
 信者はあくまでも、一般の市民である。ビルシャナの洗脳さえ解けば元に戻る。
 しかしビルシャナの配下となったことで、ケルベロスを傷つけることさえできるようになってしまった。デウスエクスの力には遠く及ばないが、厄介な存在だ。なにしろ、迂闊に傷つけると彼らは死んでしまう。
 先に、彼らを正気に戻すことができれば、よいのだが。
「もぐもぐ……。
 方法がないわけじゃ、ないかなぁ」
 箸で割った卵の黄身に、汁をたっぷりと染み込ませたあと、満面の笑顔でかぶりつく。
「言ってることは滅茶苦茶でも、ビルシャナの言葉には力があるの。だから、理詰めで説得しようとしても、なかなか難しいかな。
 敵の主張を覆すような、とにかくインパクトのある主張じゃないと……」
 敵がたむろしているのは、キャンプ場からは少し離れた東屋である。そのため、戦いの影響がキャンプ場まで出ることはないだろう。
 もともと遊歩道があったところだが、ろくに整備もされなくなっているため道を見つけるのは難しい。腰の辺りまで雑草が生え、木の枝も大きく張り出している。東屋も、朽ちかけていて茅葺屋根は見るも無残な有様である。
 凛は蒟蒻のぷりぷりした歯応えを楽しみながら、
「もぐもぐ……。
 美味しいものは何でも、食べなくちゃね」
 と、大きなお椀にお代わりを注いだ。

「おう。……まぁ、ビルシャナはどうせ、聞く耳も持たないんだろうがな」
 スルーは膝を打って、立ち上がった。


参加者
神薙・灯(正々堂々真正面からの不意打ち・e05369)
ロザリア・レノワール(黒き稲妻・e11689)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)
細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)
巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)
スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)
パシャ・ドラゴネット(ドラゴニアンの心霊治療士・e66054)
アイセ・ラスヴェイン(落下銃士・e67309)

■リプレイ

●バーベキューの始まりだ
 空が高い。頭上には、爽やかに晴れ渡った秋の青空が広がっている。
 現れたのは10人ほどの男女。それぞれが手にしたスーパーの買い物袋やクーラーボックスを脇に下ろすと、
「このあたりでいいか?」
 眼光鋭い男が、コンロだのテーブルだのを手際よく広げていく。
 炭が真っ赤に燃え始め、金網の上に次々と具材が置かれていった。煙と、いい匂いが立ち上り始める。
 どう見てものどかなバーベキューの光景だが、異様なのは、彼らが草が某々に生い茂った中にコンロを広げていることである。賑わっているキャンプ場の端の端、もともと遊歩道があったはずだが、ろくに整備もされなくなって草ぼうぼうになったところに、彼らはいるのだ。
「……さて、連中どう出てくるか」
 林の奥に鋭い眼光を向けたのは、スルー・グスタフ(後のスルー剣帝である・e45390)であった。
 彼らケルベロスの一団は、バーベキューという餌でビルシャナどもを釣り出そうとしているのだ。
「早いうちに出てくると、いいですよね……」
 なにやら暗い声で、アイセ・ラスヴェイン(落下銃士・e67309)が呟いた。ぐぅ、と腹が鳴る。
「これ以上、お腹が空く前に……」
「いや、みんなで一緒に食べたらいいんですよ?」
 しかし神薙・灯(正々堂々真正面からの不意打ち・e05369)の声は、届かなかったようである。アイセは一心に林の奥、東屋の方を睨んでいる。
「ちょっと待っててくださいね。私、まだ荷物があるんで」
 ロザリア・レノワール(黒き稲妻・e11689)はどういうわけか、もと来た道を戻っていく。
「先に始めててください」
「はい」
 答えた巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)はコンロの前で手際よく、トングで肉を裏返していく。
「あ。あとで焼きそばも作らせてくださいね。鉄板も持って来たんで」
「やった! 楽しみです」
 メイド服の女の子……いや、パシャ・ドラゴネット(ドラゴニアンの心霊治療士・e66054)が歓声を上げた。可愛らしい服を着ていても、そういう元気なところは少年らしい。
「いやあ、おいしいねぇ」
 ミカ・ミソギ(未祓・e24420)が笑顔で、焼けた肉を次々と自分の皿に移し、口に運んでいく。流れるような動きである。
「肉だけじゃないよ。ビルシャナじゃあるまいし。ねぇ?」
 しかし、水を向けられた細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)は視線を泳がせて、
「むむむむ、そ、そうですねッ!」
 と、肉を口に入れた。実を言うと、野菜はニガテなのである。
 菫が笑って、空を見上げた。
「これは凛さんが、ご飯大盛りの丼持って降りて来たくなるやつですね」
「違いない。崎須賀がさぞかし悔しがりそうだな」
 その様まで見えるようで、スルーはクックッと笑った。
「土産のぶんも残しておこう。食べ物の恨みは恐ろしいからな。少しくらい……いや、山ほど残してないと駄目か?」
 真剣に首を傾げた、そのときである。
「愚か者どもめ! 貴様らが喰らうべきは、肉、牛肉である! 野菜撲滅!」
 茂みをかき分け、ビルシャナと信者どもが押し寄せてきた。
 しかしミカは旧知の友人の顔でも見たように、
「やぁ。ちょっと隣でやらせてもらってるよ」
 と、平然と箸を動かした。
 異様な風体のビルシャナを見ても動じない一団。敵はすぐに、こちらの正体に気づいたようであった。
 しかしミカは、席も立たない。
「牛、大いに結構。存分に食え!
 俺は……食を競わない。ただ、食べるだけだ」
「かっこいい台詞……なんですかね、これ?」
 つららが首を傾げた。
 ともあれ、パラリと塩をふった肉厚の椎茸、丸焼きにしたピーマン。大ぶりに割いたエリンギのステーキ。マッシュルームはアヒージョに……。
 多種多様な食材が、次々と胃袋に収められていく。
「よければ君たちも。遠慮はいらない、塩だれキャベツもたくさんあるぜ。牛肉と一緒に、たくさん食べよう」
 ミカは実に爽やかな表情で、信者どもに呼びかける。
「そうそう、一緒に食べようよ! 余っちゃっても、もったいないもの」
 パシャの頭には牛の耳の飾り、そして服には牛の尻尾。それを揺らしながら、笑顔で手招きする。
「残しちゃっても、ねぇ? シーフードたっぷりの焼きそば、おいしいですねぇ!」
「あぁ、美味いな。エビ、イカ、ホタテ……魚介の味わいは新鮮でいいな」
 菫とスルーが舌鼓を打ちながら、ちらちらと信者どもに視線を向ける。
 ホタテの上にバターを乗せたら、海と大草原の交響曲だ!
「目にも鮮やかで色々な味を楽しめるのが……女子にもいいんじゃないのか?」
 普通の人間なら、一も二もなく飛びつくであろう。「えぇ? 仲間に入れてもらって、いいんですか?」と。
 しかしビルシャナは、
「黙れ! 我々が欲しているのは肉! 肉の味なのだ! それ以外は、すべて雑味よ!」
 などと嘯く。信者も同調して、
「女が誰しも、有機野菜のシャキシャキサラダ~なんてものを求めてると思わないでよね! 真ッ茶色の食卓で、なにが悪い!」
「それも悪くないとは思うのですよ、つららちゃん的には。野菜なんて、ちょっとくらい食べなくても死なないし……」
「いや、確実に早死にしますよね、普通なら」
「わぁい、毎日野菜たっぷりの私は、長生きできそうですね……」
「でも、それはそれッ!」
 灯と、暗い声で呟くアイセを無視して、つららはクーラーボックスを漁る。
「しょっぱ~いタレの味のお肉ばっかりじゃ、飽きちゃうでしょ! そこで……」
 米だろうか。いや。
「甘くて美味しくて冷えッ冷え! シャーベットを食べたくなったりはしませんかッ! お口の中、サッパリしますよ!」
「いや、ならん」
「せめてデザートってなら、まぁ……でも俺、まだ肉食ってる途中だし」
 どさくさに紛れて、信者が肉を食っていた。
「えええええッ?」
「はははは、語るに落ちたな! なぁにが、シャーベットだ!」
「むきぃ! 言ってもわからない信者さんたちには、お仕置きですッ!」
 と、厚かましく肉を食っていた信者に、思いッきり前蹴りを喰らわせた。肉やいろいろを吐き出しながら、信者は転がっていく。これでも加減はしている。
「おのれ! やってしまえ!」
 ビルシャナが怒鳴って、信者どもをけしかける。
 灯は繰り出される信者どもの拳を受け止めながら、
「野菜不要というならば、ソースや香辛料も駄目ですよね? あれの材料だって、野菜ではないですか! 味付けなしで食べてください!
 その点どうです、この焼おにぎり。味噌の香りが香ばしいでしょう?」
「むむ……! そ、そうよ! 塩だ! 美味い肉なら、塩味だけで十分だ!」
 一瞬、口ごもったビルシャナだったが、そう言い返して信者どもを煽った。
 大した力がないとはいえ、こうも集団で群がられると、無傷というわけにはいかない。
 灯は顔をしかめながらも、論陣を張る。
「では、お酒も要りませんね! ビールは麦、ワイン葡萄、そしてお酒は米ですからね!」
「はははは、悪足掻きを! 我らは肉を喰らいに来ておるのだ! 酒盛りなど、せずともよい!」
「え?」
 群がっていた信者の中には、思わずビルシャナを振り返った者もいた。
「そうですよね、バーベキューといえばビール。そういう人、いますもんね」
 茂みの中から、大量のクーラーボックスを肩からさげたロザリアが現れた。
 箱の中から出てきたのは、あふれんばかりの肉、肉、肉!
「お肉はおいしい。だからたくさん食べたい気持ちは分かります。さぁ、存分に食べちゃってください! まるごと1頭でも2頭でも!」
 と、ロザリアは次々と網の上に肉をのせる。はりこんだものである。
「ははははは! やっと我が教えを理解する者が現れたか!」
 ビルシャナが笑い、信者どもが肉に群がる。
「さぁ、もっと食べてください!
 さぁさぁさぁ! 命を頂いているのですからね、食べ残しは厳禁! もっともっと食べてくださいよ!」
 ビルシャナは意にも介さないが、さすがに信者どもは後込みしてきた。味付けはかなりしょっぱく、洗い流すビールもない。
 しかしロザリアは、さらに肉を押しつける。これでもかと。
「どうです? 信者の皆さんは飽きてきたみたいですよ? すごく、お米も食べたそう」
「黙れ~ッ!」
 激高したビルシャナが氷の輪を飛ばしてきた。ロザリアは肩を裂かれ、つららを庇って立ちはだかった菫、それに灯も、あちこちを切り裂かれる。
 そして……。
 流れ弾を受けたバーベキューコンロが、倒れてしまった。焼いている途中の肉が、地面に転がる。

●バーベキューはまだまだ続く
「なんてことを……」
 ゆらり、とアイセがビルシャナに迫る。
「お肉、おいしいよね……。でもね、お肉は……高いんだよ……ッ!
 私に買えたのは、1袋19円の特売モヤシだけなの! これを10袋あわせたって、お肉は、それも牛肉は1パックだって買えないのッ!」
 だって残金は50円。
「なにをやってるのかと思ったら……」
 パシャが、アイセの使い古したフライパンの方を振り返った。そこにはモヤシが山と盛られているが。
 バーベキューセットを借りる金があるわけがない。そこで家にあった鏡をありったけ持ってきて、太陽光を集めて焼こうとしていたのである。
 無理だ。
「真夏ならまだしも、なぁ」
「貸しますよ? というか、みんなのバーベキューなんですから、一緒に使いましょうよ!」
 スルーと菫の声も、ビルシャナを睨みつけるアイセには届いていない。
「そんな高級品ばかり食べていろだなんて……」
 アイセが笑う。信者どもが一歩、退いた。
「ひぃ!」
「私に、これ以上貧乏になれと?」
 笑顔のまま、アイセはガトリングガンを構えた。
「うぉああああああああああッ!」
 タガが外れたように、銃を乱射する。狙いもメチャクチャなそれはビルシャナに命中することはなかったが、間近に流れ弾が飛んできた信者どもは、すでに動揺していたこともあって、逃げ散っていった。
「おのれ、信心の足りぬ奴らめ!」
 怒気を発したビルシャナは経文を唱えた。それはアイセの心を蝕んでいく。
「魚介の美味さを知らないとは、人生の半分は損をしているな!」
 しかし、スルーがその前に光の盾を作り出すと、経文の影響も消え去った。
「肉食獣は、草食動物が食べて消化されかかった植物も、内臓と一緒に食べているそうですが……。
 あなたは、そうじゃありませんよね?」
 灯の発射したドローンが、仲間たちの周囲を取り巻いた。
 それをかき分けるようにして、つららとロザリアがビルシャナに飛びかかる。
「くッ!」
 ビルシャナが放った氷の輪が、つららの肩に食い込んだ。それなのに、つららは唇の端を持ち上げて笑う。
「え、えへへ……! ステキな一撃、くださいましたね?
 ぜーッたいに、シャーベットも食べたいって言わせちゃいますからねッ!」
「牛肉だけでは飽きたでしょう? ここで鳥肉追加はどうでしょうか?」
 もっとも、ビルシャナ自身はそれを口にはできないが。
「励起。昇圧、集束……」
 周囲の大気から集められた電子が、ロザリアの掌でプラズマ化していく。
 そしてつららの手には、どこからともなく現れた1本の氷の剣が握られていた。
「少しばかり、遊んでくださいな。
 ルールは簡単、タッチされたら、動けなくなるだけッ!」
 どれだけビルシャナが跳び下がろうと、氷の剣は追ってくる。その切っ先はビルシャナの脇腹を深々と貫き、
「発雷!」
 叩きつけられたプラズマが、その全身を焼いた。
「ぐげげげげげッ!」
 口元をナプキンで拭い、ミカが席を立つ。
「その教義、牛肉を食べるためのものにあらず。ただ野菜を食わぬ言い訳に過ぎぬ」
 突進したミカの背で、翼が光を増す。
「幾度でも巡り廻る」
 それは鋭い刃となって、すれ違いざまに敵を切り裂いた。
 全身を真っ赤に染めたビルシャナは、それでも立ち上がった。浄罪の鐘が響きわたる。
「本当に美味しいんですから、味見くらいしてくださいよ!」
 しかし、菫は槍を繰り出して、その響きを防いだ。さらにもう一突き。
 稲妻を帯びた突きは真っ直ぐに、そしてパシャの刀は弧を描いて、ビルシャナに襲いかかった。
「鉄板に残った肉汁と脂とを、焼きそばがからめ取ってくれるんだからね!」
 動きを封じられたビルシャナの頭部に、リボルバー銃に持ち替えたアイセの銃弾が命中した。
「あ、当たった」
「うぉぉ……」
 それは致命傷とはいかなかったが、ビルシャナはうめき声を上げながら転がる。
 敵は後退りしながらも、しぶとさを見せた。氷の輪が、茂みの向こうから襲い来る。
 その狙いは正確無比。ケルベロスたちの全身を容赦なく凍てつかせるが、
「させるか。皆、俺を信じてくれる友だ」
 スルーの装甲からオウガ粒子が溢れ出て、傷など瞬く間にふさいでいく。
「ちぃッ!」
 舌打ちして逃げるビルシャナめがけて、またもアイセが銃弾を乱射した。敵は慌てて進路を変える。屋根の傾いた東屋が、無惨に崩れ落ちた。
「あーあ。お菓子もくれないみたいだし、いたずらしちゃうぞ♪」
 パシャの攻性植物が猛然と伸び、敵をからめ取って締め上げる。ブラックスライムも、大きく口を開いている。
「この子たちも、お腹すいちゃったみたいです」
 と、パシャは物騒なことを言う。
「あとは、つらら様にお任せくださいッ!」
「後ろめたさを誤魔化すばかりの、肉にも野菜にも不誠実が過ぎる甘言、この俺は絶対に許さない」
 光の粒子となって突進するつらら。そして、呪詛の込められたミカの刃。
 それはそれで美しかったビルシャナの羽毛も、今や血と泥にまみれている。
「さぁ、バーベキューの時間もそろそろおしまい。お掃除の時間です!」
 どこからともなく濡れ雑巾を取り出した菫が、敵めがけて投げつける。
「拭きたて足元注意ですよ!」
 螺旋の力が込められた雑巾が、ビルシャナの足元を払った。敵は背を向けたまま、無様に倒れて顎を地面に打ち付けた。
「美味しいものは、素直に美味しいと言えるようになりたいものです。
 美味しい者の敵、ビルシャナは……成敗です」
 振り下ろされたロザリアの大鎌が、ビルシャナの首を彼方へと飛ばした。

 被害と呼べるのは、もともと崩れかけた東屋がとどめを刺されただけだ。生い茂った草がいくらか刈り取られたところで、何の問題もない。
「さて、どうする? 片付けて撤収するかい?」
 ミカが辺りを見渡した。
「まぁ、用事が終わったといえば、終わりましたけれども」
「もう少し続けたいな。ほら、さっきまでのはお芝居でしょ、一応」
 灯が首をかしげる横で、パシャが「いいでしょ?」と訴える。
 スルーが頷いて、空を見上げた。
「それも悪くないかもな。だが続けるなら……もうひとり呼ばないと、涙目で睨まれる」
 ローターの風が、茂った草を激しく揺らした。

作者:一条もえる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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