繚乱月散歩

作者:皆川皐月

 まぁるいランプは月のよう。
 花の灯はふわふわ桃色。刺々しい星灯りはきらきらと瞬いて。
 今年開催予定の『繚乱月散歩』の準備は着々と進んでいく。
 可愛らしいカップケーキにカラフルなキャンディ。
 七色の綿菓子の隣には真っ赤な林檎飴の専門店も出店予定。
 他にも出店者こだわりのモンスターピザに、肉たっぷりのケバブは胃を擽られること間違い無し。肉以外にも、ミニアヒージョや一息つける野菜たっぷりポトフなど、様々。
 皆々この年に一度の祭りを楽しもうと、沢山の店が準備に忙しい。
 秋の夜長の繚乱月散歩、と銘打たれたこのイベントは歩行者天国を利用したお祭りだ。
 たった一日だけの魔法の夜を老若男女楽しめるよう、食にも遊びにもフォトジェニックさなど、隅々力を入れた夜長のイベントは開催間近。
 明日は頑張りましょう!とスタッフ一同が盛り上がり解散した翌日。

 スタッフを迎えたのは、何もかもが踏み荒らされた大通り。

●夜長の散歩
 いつもの部屋で待ち構えていた漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)の瞳は、やる気に満ち満ちていた。
「お祭りです」
 開口一番、いつもの五倍くらいの素早さで配られたのはクレヨン調の可愛らしいチラシ。
「今回、歩行者天国で開催予定だったイベントが、デウスエクスによりめちゃくちゃにされてしまったのです」
 既に出展者や運営は店や飾りの準備を整えていたものの、酷くめちゃくちゃにされてしまったせいでどう頑張っても開催予定日に間に合わない。このことから、ケルベロスへの救援を求めたのだと潤は言う。
 広げられた大きなマップには出店やイベントコーナーの記載がたっぷり。
 ひょこりと覗き込んだドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)がそっと問う。
「漣白さんはどこのお店狙いなんですか?」
「ここからここまで、お野菜からお魚と肉に行ってスープでリセットしてスイーツです」
 おっと思いの外本気だった。
 だって!流行りのお店が!とマップをつんつん突く潤の目は少女そのもの。
 眩さに圧倒されたドルデンザが弾け飛んだところで、潤はケルベロスへと向き直ると拳を上げる。
「ヒールを頑張って、楽しい夜長を過ごしましょう!」
 わーっと賑やいだ部屋から、楽し気な足音がヘリオンヘ向かっていく。


■リプレイ

●夜をゆく
 パーカーの耳はぴょこぴょこ、新調したサングラスはきらきら。
「やあやあ秋の夜長とやらは楽しんでいるか?!」
「アニーはサングラスがよくお似合いですねえ!では、サヤも……」
 化粧鮮やかな白狐の面を赤組紐で括れば、夜の者に怪しまれない完璧さ。と、ひらり二人へ手を振り近寄る鴉面。見慣れた背の翼で誰だか重々承知だけれど―……。
「「「花喰鳥」」」
 合言葉は店の名前。面を上げ笑ったヒコが指差したのが林檎飴の店ならば、当然三人揃って足向ける。
「やっぱ祭にコレだろ」
「ふふふ、サヤも飴がけのカリカリがすきなのですよ」
「んー……!シャリシャリりんごとカリカリの飴おいっしい!」
 真っ赤な艶々は一口齧れば瑞々しい。道行きながら、次の推しはサヤの鈴カステラか、アニーご所望のアヒージョか。
 食べ歩きなんて行儀の悪さも、今日だけは目を瞑る。
「肉が回ってる?!綿飴めっちゃカラフル!うわっあのピザ大き過ぎー!」
「……アイツ、まだはしゃぎの伸び代を残していたのか」
「ふふ。はしゃいだサイファが飛べたら、わたしたちもチャレンジしてみないとね?」
 呟く薫へシファが微笑んだ時、駆け出したサイファは思う。正直屋台全制覇したいが、玄人的には友達を置いて等言語道断。ならば。
「なあなあ、折角だし色んなの買ってシェアとか楽しいかもなー」
 ちょっとわざとらしかっただろうかと横目で二人を見れば、名案だと答えが返り。
「俺はピザ。あとたしか、林檎飴の店があったか」
「わたしは唐揚げ、いえ、たこ焼き?ああでも、両方買ってもいいかしら」
「うん!へへ、折角だから両方!俺はねぇ――」
 あれもこれもと後々机を埋めきることも、こっそりサイファが二人にと花綿飴を買ったことも、まだ内緒。
「ねえねえアイ、このお店は?」
「この辺りには飴のお店が多いみたいよ」
「ねぇあとで綿菓子のお店に寄っていい?お土産にいいかなって」
 選り取り見取りだからこそ、土産にするのがベストなはずとはセレスの案。お土産!と賑わいだ時、キアラが赤ペンチェック済みのマップを指差して。
「ねえ皆、カラフルで可愛いカップケーキのお店があるから、そこに寄っていいかな?」
 彷徨い歩きかけた四人の足はぴたりと同じ方向へ。
 ショーケースの中、南瓜も栗もバタークリームも期間限定ハロウィン仕様。
「あらあら可愛い……!これ、葡萄かしら?」
「巨峰じゃない?林檎も洋梨も美味しそう。あら、これ秋薔薇ね!」
「あ、こっちは紫芋だ……きれい」
「うー、迷っちゃう」
 艶めく葡萄にキャラメリゼのリンゴに蕩ける洋梨。バタークリームの秋薔薇は綺麗で、紫芋は期間限定。どれもこれも乙女心をくすぐるには十分すぎる。
「そうだ、皆別々ので一口ずつシェアしない?」
 閃いたキアラに、またも賛成!と賑わって。季節の紅茶と珈琲にまた悩んでしまうのは致し方の無い事。

 つかさとレイヴンの屋台巡りは、野菜から。
 薄皮巻きのサラダと、マヨ選べる野菜スティック。魚貝フリッターは揚げたてで、こっくり油のスペアリブを和風スープでリセットした今、スイートポテトに画面輝かせるテレビウムのミュゲに二人は釘付け。
「そんなに急がなくでも、スイートポテトは逃げないぞ?」
「熱々だから気を付けてな?」
 ココアを冷ます様に息吹いたところ、つかさの瞳が捉えたのはレイヴンの林檎飴。
「食うか?」
「ん。……美味しい」
 歯を立てた飴の感触も甘酸っぱい林檎も甘美。次はどうする?周回か?と笑い合えば、二人の間に入った黄緑色がぴょんぴょん。
 行く!とお姫様が言うならば、どこまでも。
「なんかキラキラ度高えな」
 言葉に反し視線は右へ左へ。同じ速度で歩むキソラはシャッターを切りながら、サイガの視線が店で止まる度に説明を付け足す散歩は中々に賑やか。
「寒ぃからシチュー美味ぇ」
 パイ、パン添え、秋茸とどれも良かったと言いつつ、サイガに三杯目の自覚は薄い。
「悪ぃサイガ、これ」
 撮影の為キソラが食べ物を預ける度、全て少しずつ減っている。が、楽しいならそれでいいかと放任。
「幾らでも食えそうナンは魔法の所為ネ。なぁチリポテくれ」
「よく味わえよおめー、年に一度の――……そういやこれ年一か」
 サイガはハッとする。今回行かなかった店が来年出る保証は無い、なら。
「チーズフォンデュの店が近けぇしスペアリブとケバブの列、今少ないな」
「ンじゃ、食い損ねたの全部な!」
 笑ったキソラが、カメラの蓋をぱたりと締めた。
 もう崩壊の爪痕は微塵も無く、良かったと笑いあったところでアベルとラカの足が祭へ向く。
「モンスタービザ、中々大きいな。ケバブの大盛りも中々だ」
「大きい。あ、アヒージョ……あったかいものが美味しい季節になったなあ」
 なんて感慨深い会話だが順次食べ物が吸い込まれていく。
 小皿で爆ぜるアヒージョは茸と海老と蛸で3皿目。ポテトは全味が揃い。揚げ物も蛸唐に鳥唐、魚貝フリッターに野菜チップス、ライスコロッケに角で見つけた揚げピザ。肉は追加でスペアリブ。〆はコンソメ、クラムチャウダー、和風と制覇して一息――と止まらずラカの犬歯が林檎飴に噛り付いた時、ふとアベルが。
「……月を喰らう獣の話、探してみるかい?」
「悪くない」
 食休みは読書に限る!だって夜は長いのだ。
「兄さん!夜なのに賑やかできらきらだ!」
「すげえ。沢山あるな……ネイト」
 本で見るのとは全く違う!と初めての祭に興奮気味のネイトが振り返れば、逸れてはいけないぞ、と諭す声には頷きだけ。しかし強く握るネイトにソーシャの頬がつい緩む。
「なんかこれ、“ねこ”みたいじゃねえ?」
「ほんとだ。ほんとにねこそっくり!」
 二人だけが知るしかめっ面なねこに笑った後は林檎飴。齧れば弾ける酸味と香りに飴の食感は綿飴と別物。
「林檎飴も中々美味しいね、兄さん」
「ん、確かに甘々だな」
 仲良くのんびり。秋の夜長は本屋へ続く。
 選び抜いた紅茶林檎飴に満足気なラウルに頷きながらシズネが首を巡らせた先で、肉が回っていた。
「すごい!でっかい肉だ!」
「アレはケバブだ、よっ!?」
 瞳輝かせていたシズネは品名を聞いた瞬間、ラウルの手を掴み走る。
「けばぶ、ふたつください!」
 オマタセネー!と持たされたピタにはたっぷりの肉と青々としたキャベツが大盛りのそれへ齧り付き至福の表情見せたシズネに、ラウルは笑って。
「シズネってお肉を食べてる時が1番幸せそうだね」
「そりゃあ肉だけじゃなくて、おめぇがいるからだろ?」
 当然のような返答に、ラウルの眦が下がる。
「フォトジェニックって中々難しいね」
「フォト?……それ、旨いのか?」
 典型的なボケを素でしたエリアスに麗威はつい笑ってしまったが、常と変わらず喋りながら歩いていた足が止まる。
「エリアス、あれ。モンスターピザ!」
「あぁ、コレは食わないと絶対帰れないな!」
 此処へ行くと決めた折、名前を上げていた店で一カットずつ。
「なぁ今度こそ映える一枚撮ろう」
「ん。おういいぞ」
 じゃあ撮るからとインカメにした麗威は見た。エリアスが大口でピザに噛り付いているのを。
「おまっ、裏切り者!」
 叫んだ瞬間ついシャッターを押し撮れたのは今日一番。
 エトヴァの提案で買ったポトフは熱々。こっくり煮込まれた野菜は歯を入れれば蕩け、ぷりぷりのソーセージは食めば弾けた。じゅんわりと旨味溢れるスープで体の芯から温まる感覚にジェミが視線を上げた時、丁度自身を見ていたらしいエトヴァの視線とぶつかった。
「美味しいね、エトヴァ」
「ええ、温まりますネ」
 外で食べる特別感も二人で分かち合えばこそ楽しい。次はどこへ?あっちの店は?と喋れば白い湯気が立ち上る。
 この一時こそ、至福。
「どうしよう、店がいっぱいだ」
「ンー、悩んだときは――ぜーんぶ行けば解決!」
 人並ぶ賑わいに倣い買った巨大なピザのチーズがよく伸びる。
「見て見て梅ちゃん、“ちーず”超伸びるー!」
「ルーヒェン、そのまま……はい、チーズ」
 カメラジョーク?と突き合い、スペアリブに驚き、ポトフで一息ついた乙女の手に林檎飴。
「真っ赤な宝石、ソレも食べられンの?」
「飴掛けの林檎だから、勿論食べられるよ」
 対価はスペアリブをもう一口。遊び尽くして見上げた空は色の洪水に息をつく。
「さすが天国だねェ、梅ちゃん」
「――ああ、天国と呼ぶに相応しい場所だよ」
 君と一緒に夢一時。
「みて、綺麗な飴を売ってるよ」
「……本当だ。ノアは、どの飴が好き?」
 どうしよう選べないと悩めるティアへノアが選んだのは七色の花。
「……ありがとう。じゃあ……私からも。ノアに……お近付きのしるし」
 お返しと選ばれたのは、淡桃色の蝶の飴。蝶々はトクベツなのと呟いたティアに、ノアの頬が熱を持ち。
「凄く綺麗だね、ありがとう」
 微笑みあった時、ひゅうっと吹いた夜風にノアがぽつり。
「ティアさん、スープも食べませんか。具沢山の、楽しみだったんです」
 ゆっくり楽しみましょうと歩幅を合わせて二人。
「うるーさんだー!えへへ、お店めぐりどーお?」
「やあ潤。一緒にスープ休憩しない?」
 紀美と熾月に呼ばれた潤は是非と、微笑んだ。目当てはブレッドボウルなの!と紀美がにっこり。熾月はビーフシチュー、紀美はクラムチャウダーと決まったものの迷う潤が唸れば、熾月と紀美の提案でシェア決定。
 ミネストローネに決めた潤も含め、頂きます!と一口掬えば旨味が染みわたり。
「熾月さん、あーん!」
「……ん、あったかいね。じゃあ紀美も」
「お肉とろとろー!えへへ、うるーさんもあーんっ!」
「あ、あ……あーんっ」
 口に含めば優しいとろみ。どーお?と微笑む紀美と瞳緩める熾月に潤が返せたのは、はわぁ、と謎の鳴き声だけ。
「何処から見ていきましょう?・」
「先ずはカップケーキとキャンディのお店へ参りましょうか」
 レカの問いにルリの提案。夜に甘い物なんて禁断中の禁断だけれど、ガラスケースの中の精巧な花々を見ればあっさり陥落。
「わぁ……!どれも可愛らしいです!」
「ええ、ええ、とっても!」
 食べるのが勿体無いわと微笑みあい、買った箱を大事に抱えて次の店。キャンディに綿飴と欲張って、最後は期間限定マロンミルクティー。
「冷たい夜風には温かくて甘いもの、は如何でしょう」
「今日は特別ですものね……私もレカさんの同じのにします」
 かんぱい、とカップをこつん。
「カトレア、あのポトフどうだろう?」
「克己が食べるなら、私も」
 湯気立ち昇る紙カップを物珍しそうに眺めながら、克己が口を付けたのを見てカトレアも一口。染みわたるような旨味と温かさに、ふんわりと頬が色付いた。
「温かい料理は、心まで温かくなりそうな気がいたしますわね」
「俺も料理はよくやるが、こういうホッとするような味は中々出せないなぁ……」
 普通のポトフのはずがカトレアの幸せそうな顔といったら――。
「この味、目標にしてみるか」
「でしたら是非、私にも」
 お安い御用さ、と笑った克己の頬も柔らかに色付いた。
「春乃、気になるとこ……春乃?春乃っ!」
「アルさんダッシュ!」
 受験生として我慢な日々を過ごす春乃にとって、アラドファルと出掛けることは勿論、イベントを目一杯楽しみたい気持ちが走ってしまう。そうして買った綿飴は七色の星型。
「おいしい!ほら、アルさんも一緒に食べよ?」
 瞳を輝かせる春乃。綿飴に隠れる春乃。シャッターを切るアラドファルの頬は恋人の笑顔と唇の端に綿飴を付けたままの様子に緩みっぱなし。バレてしまう、その前に。
「頂くとしよう……うん、甘い」
「~~っ、もう!」
 伸びた指先は口端。瞬く間に赤くなった春乃がアラドファルをぽかぽかするも、される方にとっては痛くもなく。
 沢山歩いて沢山撮って、この一時と収めた一枚が君の元気になりますように。
 くるくると表情を変えては本に瞳輝かせる紺が可愛い。眦下げたムギが寄った時、両手一杯の紙袋がさりと騒ぎ。
「いけません、これ以上は――」
「いいのか、今が買うチャンスかもしれないぞ」
 内心迷う紺に悪魔の囁き。
「今しかないかもしれんぞ!それで本当にいいのか」
「……ムギさんっ」
 囁きの主ムギは悪戯が成功した顔。片や紺は、これが最後です!と追加で三冊お買い上げ。
 まだまだ長い夜は続く。
 夫婦二人で下駄をからころ練り歩く。視線を絡めて微笑みあって、時に同じ方向を見るヴァルカンをさくらはただ幸せ。たこ焼きやお好み焼き等屋台飯に舌鼓を打ちながら、さくらが購入したのは林檎飴。艶々の赤がヴァルカンに似ているような気がして。
「ねぇ、ヴァルカンさん」
 さくらが林檎飴へ唇寄せればヴァルカンが鱗より赤く。お返しと言わんばかりに抱き寄せ絡められた手に、今度はさくらの方が林檎色。
 愛おしさばかりが積み上がる。
 作り物の月の下で踊ろう。
「夜。いいえ、王。お忍び散歩の連れに、町娘はいかが?」
「アイヴォリー……ああ、いや。そうだね、ひとつ」
 軽い足取りに気品。慣れた歩みに秘密。物珍し気に王が屋台を見れば、娘が選んだのはケバブ。
「このケバブなら、王の舌にも合いますかと」
「うむ、苦しゅうない」
 王、ソースが付いておいでです、と口端拭って離れかけた細い指に口付け一つ。お戯れをと照れた素振りは演技か素か。天国歩ききれば魔法が溶ける時間。褒美をと告げた王に、謙遜するフリで娘は言う。
 “ねえ、貴方の――をくれますか”。
 “勿論。本当は月たる君を、繋ぎ止めておけるのならば”。
 約束が一つ、鍵の閉まる音。
 ざっと手に取った古書に視線落とすシドウの視線がブレない。
 長い付き合いから、これは掛かると察した蔵人は屋台へ。そう離れない位置と思いつつ、目についたのはホットワインの店。
「おっ良いな」
 体を温めるのにいいだろうと買った二杯を手に戻れば、当のシドウは丁度本屋前。
「ようやく動く気になったか?ったく、さっさと行くぞ」
「ホットワインか、悪くはないな」
 奢ってくれんだろ?と口角上げた蔵人にシドウは笑う。まずは酒の肴かと、ゆったりした歩みに楽しさが入り混じる。
「……わぁ、ここにある本ぜんぶ売り物ですか!」
「しずくちゃんしずくちゃん、宝物がいっぱいなんだよー……!」
 わあっと揃って微笑みあうしずくとエトワール。
 児童書からSF、純文学等様々。あれこれ目移りしては、読書の先輩しずくと弟子のエトワールの瞳は輝くばかり。
「では先輩よりエトにオススメなのは、お星様の旅のお話です」
「どのぐらい旅をするの?」
 夜の向こうまででしょうか、と開かれた本が旅へと誘いゆく。

 良質な古書特有の香りを胸いっぱいに吸い込んだクララが深呼吸。
 口角が上がっていることに本人すら気付かないまま、選んだのは花のようなランタンが下がる机。そうっとハードカバーの表紙を捲り、ゆっくりと本に溶けていく。
 現実の喧騒は遠く、本の音が聞こえる。騒めく春風。木々の声。人の話し声。
 クララの世界が塗り替わって暫し細い肩を叩いたのはドルデンザ。
「お寒くは無いですか?良ければ、どうぞ」
「……あ、あの……あのっ」
 緊張した面持ちで受け取ったひざ掛けは、やわりと温かい。
 ぐるり屋台を巡り、悩んだ末に買ったスープが体に沁みる。
「はぁ……温まる」
 はぁっと息吐けば温まった口元から白い息吹。
「……わぁ、すごい」
「え?」
 ふうっと息を伸ばしたところで隣から聞き慣れた声に振り向けば、口を押えた目の泳ぐ潤と共に手を振る天音の姿。先の言葉は潤の方だろう察した遊行が手招き、相席決定。
「ありがとう遊行ちゃん、席が無くて困ってたのよ」
「ありがとうございます、烏麦さん。天音さん、ご馳走になります……!」
「俺の方こそ、ご馳走になります彩瑠さん」
 二人が抱えていたのは、主に天音が買った屋台ご飯。天音曰く、楽しくなったら買いすぎちゃってね?とのこと。
 机上にはカラフルなカップケーキに小粒の苺飴。チーズフォンデュと香ばしいスペアリブ。魚貝フリッターと唐揚げからも湯気が立つ。
 いただきます!と三人、手を合わせて。
「やっぱり、皆でシェアするって楽しさ倍増よね♪」
 微笑む天音の眦が緩む。
 頭上で揺れる花燈も月燈も綺麗に撮れたと蜂はほくほく。
 買った七色綿飴を口に含めば溶け消える甘さが癖になりかけたところで蜂は思う。制覇宣言をした潤は今、と首巡らせれば白い角が林檎飴と格闘していた。
「潤さん、がおー」
「……!」
 綿飴片手に蜂が狼ポーズ。お返しは真似っこ狼ポーズ。
 悪い子にはアヒージョ?と蜂が悪戯に問えば、こっくりと頷く潤。次はどこへ行くか決めました?と尋ねれば、指差したのは蜂蜜飴のお店。
 一緒に行きましょうと足並み揃えてお散歩開始。
 真っ赤な林檎飴の魅力に一職人として抗えなかったのだと言い聞かせながら通りかかった喫茶スペースに見慣れた姿。
「やぁ、君も楽しんでるかい?」
「こんばんは、スプーキーさん」
 先日は―……と大人の挨拶を他愛ない話を交わしたドルデンザが、ふと目で林檎飴を追う様子に気付いたスプーキーが手を打って。
「佳かったらその、一緒に買ってみないか?」
「良いんですか……!」
 一人で並ぶのは少し緊張してねとスプーキーが指差した先に少女の列。なるほどと頷いたドルデンザは少し察しが良くなった。
 艶やかな海色の姫林檎宝石の入手まで、もう少し。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月1日
難度:易しい
参加:51人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。