泳ぐ紅葉華

作者:皆川皐月

 電柱伝いに吊られた提灯がふんわり、秋風に揺れている。
 りゃん、どん、と鈴や太鼓の音が時々耳を掠める今宵は“紅葉華金魚祭”。
 楽し気に道行く人々の手には、彩り様々な真ん丸金魚行灯が。
 その上空。
 真白い羽羽搏かせた星屑集めのティフォナが冷めた目で眼下の祭を見遣りながら、薄青い輝き纏うロッドの先で召喚陣を描く。
 すれば、現れたるは半ば魚の如き見目の竜牙兵 パイシーズコープス5体。
「さぁ、竜牙流星雨を再現しグラビティ・チェインを略奪してきなさい。私達の真の目的を果たす為に……」
 ティフォナが促せば竜牙兵は迷わず地上を目指し新たなる惨劇を生み出さんと、また一体また一体と落下した。

●降る海牙
「サルベージされたと思しき竜牙兵、パイシーズコープスの出現が予知されました」
 パイシーズコープスの狙いは、紅葉華金魚祭における殺戮。
 紅葉華金魚祭とは、金魚の産出地域の町興しの一環として秋になると行われる秋祭りの一つなのだという。
「狙われたのは隠さんが危惧された通り、最も人の多い夜19時」
「きぃの予想……当たってほしくなかった、かも」
 祭が潰されるのは楽しくない。
 しょんぼりと視線を落とした隠・キカ(輝る翳・e03014)が小さなロボット キキを抱きしめれば、その背を擦った漣白・潤(滄海のヘリオライダー・en0270)が資料を示す。
「急ぎ向かい凶行を阻止すれば、大丈夫ですよ」
 私も頑張ります!と潤が拳を作ればキカがこっくりと頷いた。
 一つ注意があるとすれば、事前の避難が行えないこと。パイシーズコープスの狙いは大量殺戮であるため事前避難勧告により出現場所が変わってしまい、事件が阻止出来ず被害拡大は免れなくなる。
「戦闘は皆さんが。避難は周囲の警備員や運営者に任せて頂くのが、最善だと思われます」
 資料が捲られ説明が竜牙兵のことへ移る。
 ざっと並んだ写真は三種。どれも所謂半魚人と似た風体であった。
「出現するパイシーズコープスは全五体。こちらの画像の通りα、β、γの三種類です」
「ぜんぶ、ちょっとずつちがうの、ね」
 キカの指摘に潤は頷く。
 資料の通り、αは前衛向き形態、βは中衛攻撃手形態、γもβと同じく中衛ながら付与術を得意とするタイプであるとの記載をキカの指がなぞる。
「今回、ディフェンダーのαが三体、ジャマーのβとキャスターのγが各一体です」
 潤曰く、見た目は大きく違うが現状出現する竜牙兵となんら変わらない能力であると付け加えられれば皆頷いて。
「パイシーズコープスに撤退の意思は一切ありません」
 行うべきは完全撃破。
 こうしてすべての説明が終わり、ぱたりと資料が閉じられた。
「そうだ……隠さん、皆さん、もし無事に終えられましたら――」
「お祭り、行ってもいいの……?」
 小首を傾げたキカに潤が笑顔で頷けばパッと輝く瞳。
 夜泳ぐ紅葉のような小魚の祭を守る為、軽やかな足音がヘリオンへ向かう。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)
星野・千鶴(桜星・e58496)

■リプレイ

●空舞う魚群
 敵と言えども、空から落ちるように飛来する姿は哀れなものであった。
「死神に、つかまったの?」
 変異した竜牙見上げる透き通った瞳は、隠・キカ(輝る翳・e03014)。
 電柱の間に釣られた金魚提灯の赤い輝きはキカの髪飾る硝子水滴の簪と、並び立つ神乃・息吹(虹雪・e02070)の雪髪に花のような色を落としていた。
「でも、それは楽しいお祭の邪魔をする無粋が許されるわけじゃないわ」
 既に周囲の人々は既に避難をし、祭の喧騒は静寂へとなっている。
 本来なら祭囃子が響く賑やかな時間なのに―……角に飾った月下美人に触れ息吹が溜息をついたのは、愛しい人を待たせているから。
 同じく婚約者を待たせるゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)もわざとらしく肩をすくめつつ、脳裏で思うのは白い頬を染めた彼女が微笑んだあの瞬間。ああやはり、いつもの5倍、いや10倍は早く畳んでしまおうと思えば、つい語気を強くなるというもので。
「あー、やっぱり楽しいお祭りの邪魔するなんて絶対許せないね!」
「なおう」
「……やはり、形が変わっても人が多く集まる場所を狙うのは変わらない、無粋な連中だ」
「うぉうっ」
 主のゼロアリエに倣うように鳴いたジト目のウイングキャット リューズの隣、夜風より冷たい瞳瞬かせた御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)がぽつりと言葉を重ねればオルトロスの空木も同意するように鳴き、頬膨らませた空野・紀美(ソラノキミ・e35685)が拳を振り上げる。
「すてきなお祭り、ぜったいぜーったい守りきっちゃうんだからー!」
「金魚のお祭り、素敵だよね……うん、頑張ろ頑張ろっ」
 紀美の言葉に頷いた星野・千鶴(桜星・e58496)も拳を作る。
 この時期の、いやこの日あの人と行くからと袖通した赤い浴衣は一張羅なのだから。
 やる気十分準備は万端、とくればあとやるべきは一つだけ。
「可愛らしい金魚のお祭りに、招かれざるお魚さんはいりません」
 ねえ花嵐、と声を掛ければ透けるような鬣揺らすボクスドラゴン 花嵐が乳白色の耳を震わせて「くぅ」と鳴けば、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)が頷いた。
「賑やかなのは大いに結構」
 どすん、ずどん、と鈍い音と共に落下したパイシーズコープスが武器を構える。
 じわりと肌舐める空気が血の気配に揺れば、景臣達ケルベロスもまた得物を抜いて。
「然し、マナーは守っていただかなくては」
 優しい声にゆるい否定の色。
 柔らかに瞳伏せていた景臣が瞼を上げ、流麗に抜いた斬霊刀 此咲を返せば、玉鋼が淑やかに照り返した。
「――おいたは、いけませんね」
 幼子を叱るような言葉は空気さえ断つ一刀を以て。

●落ちる、
『オオオァアッッッ!!!』
 鱗が薄明りに散る。
 絶叫。
 断つ音。
 そうして――。
「花嵐、」
「ぎゅっ」
 百鬼・澪(癒しの御手・e03871)の指先で集束した気は光の矢と化し、断たれたαへ。
 重なる花嵐の花の息吹が猛然とパイシーズコープスαの傷を抉る。
『オアアオェァァア!!』
「おいおいそういう大声ってご近所迷惑になるんじゃない?」
「み」
 やれやれと溜息ついたゼロアリエが静かに合掌すれば背の阿頼耶識から光が零れ、自身とリューズを含む後衛陣に光翼の加護を施した。合わせてリューズは空を蹴り走るように飛ぶ。
『オオ……!』
「シッ――!」
 小さな丸い手に銀爪。
 容赦の無い猫ひっかきが、景臣と澪達の狙いと同じαを切り裂いた。と、続く影もまた相棒と共に。
 奔る。
 一人と一匹の背を押す星のような翼はゼロアリエが送った光。とん、と地を蹴り振り上げた蓮の足には一条の流星。煌々と輝く冷たいそれを、傷付いたα目掛け躊躇い無く振り下ろす――が、割り込んだ別のαに阻まれる。
 しかし。
「空木」
「ウォゥ!」
 静かな声に一吼え。
 傷だらけのαの首に一閃。醜い椿がぼとりと落ちた。
 次はと、誰かが息を吐いた横を光が抜ける。
「いーっくよー!つぎはわたしの番っ!」
 明るい紀美の声が響くと同時、青緑の輝き零す射手座が蓮と鍔ぜり合うαの眉間を穿つ。
 ひゅう、とゼロアリエが口笛を。見事な射手にキカが瞳を瞬かせ、笑った息吹がキカの手を引いた。
「素敵な金魚のために邪魔者にはさようなら、なのよ」
「ん。みんなの金魚、絶対まもるよ」
 キカの指が後衛を後押しする花火のような爆風を炸裂させると同時、息吹の細い手がロッドを振るえば針の如き矢雨。
 まるで悪戯に放たれたようなそれらは生き物のよう。ひゅんっ、と避けて避けて避けて、狙うは獲物のその心臓。
「はやく落ちて頂戴な」
 パイシーズコープスαが悲鳴を上げる暇も無く、群体の如き矢が強かにそして幾度も弾けて鱗が散る。
 湧き立つこの場を、千鶴は先と打って変わって冷静な目で見ていた。
「まだ、大丈夫かな……ドルデンザさん、よろしくね」
「お任せください。少しは、慣れてきたつもりなので」
 ドルデンザ・ガラリエグス(拳盤・en0290)が事前にキカが教えた通り前衛へメタリックな雨を降らせれば、後衛陣の頭上に五芒星織り成した千鶴が「心強いわ」と微笑んでみせた。
 この朗らかさは今一時。此処から先こそ、千鶴達癒し手にとって本当の戦いが始まる。一時の予断も油断も許さない、精密さと気配りの求められる一時が。

『オ、ア  オオオォォオ!!』
『ばん、ケン―……死ネェェエ!!!』
 パイシーズコープスの叫びに、僅かに混じる竜牙兵の名残。
 聞き慣れた、というには嫌なことだが幾度も戦場を駆けたケルベロスにとっては嫌でも耳慣れざるを得ない竜牙兵らしい常套句。
 瞬間、一斉に全てが飛来した。
 攻撃手たる景臣と紀美目掛けた気咬弾が往なそうとする二人の腕すり抜け、したたかに打つ。
「っ、まだまだ」
「きゃっ」
 畳み掛けるように、息吹目掛け回転飛来する三又の大鎌は花嵐が身を挺し、事なきを得て。残る術者の一体が地に星剣を突き刺した、次には。
 ど、と高波の如き氷。狙いは癒し手。
「花嵐!」
「空木!」
 澪と蓮が同時に声を張る――前既に、呼ばれた二体は足並み揃えて駆け出していた。
 悍ましいほど透明な氷は千鶴とドルデンザを呑む直前、阻まれる。
 ほたりと白い毛を赤く染めながら。
「っ、ドルデンザさんは空木を。花嵐は私が」
「はい!」
 淡い癒しに包まれた浅黒の手が空木の傷を塞ぐ横で、ひゅうと喉鳴らし氷を赤く染めた花嵐を柔らかい絹に似た御業が掬う。
 丁寧にしかし手早く術式織る瞳の鋭さに反し、千鶴の御業は陽だまりのように温かく包み込めば花嵐の呼吸は安定。僅かに息詰めた澪の肩が少し下がったことを、千鶴は見逃さない。
「大丈夫、ちゃんと治すから。遠慮なくどうぞ、思いっきり!」
「きゅあ!」
 立ち上がった花嵐が一番に駆けたのは澪の横。大丈夫よ、と言うように鳴いた花嵐に微笑みかけた澪が、Thrush Nightingaleの弦を引く。今宵、また一つ困難覗いた夜なれど、花の道行き不諦の弦鳴揃えば何も。何も。
「ええ、背中は任せます」
 治してくれるものあればこそ前に立てる。
 誰もが知る、当たり前の様で大切なこと。
「行きましょう、花嵐」
 言葉と同時に射った追尾の一矢はニーレンベルギアの花と共に。
 青白の花散る竜の息吹が鱗零すαを呑んだ。
 皆まで言わずと息をするように足並み合わせる澪と花嵐の背を、対になるような色纏うゼロアリエは見る。
「リューズ、俺達も行っちゃおうぜ!」
「…………み」
 渋々も渋々。しかたがない。この後に楽しみがあるから仕方が無いと言わんばかりのリューズがしなやかな尾を振り歯車の輪を回す。
 ひゅうるり風切る凸凹の金刃が飛んだ。同時、ゼロアリエがまぁるく呼び出した水鏡には、リューズの金刃を撃ち落とした残るαの姿。
「もう逃がさないから、ね?」
 囁くように、歌うように。
 口角を上げたゼロアリエの指先が水鏡突いた瞬間、波紋が織りなす矢が突如αの眼前。空を切り迫るそれは、身を翻すαを決して逃さない。
「ばきゅーん、ってね」
『オアアオアオアアア!!』
 守るように突き出した拳ごと、αの右腕が弾け飛ばされた。

 重ねて幾星。
 残る唯一の盾役αが潰えれば、景臣やゼロアリエが気を配り抑え続けていたβとγが丸裸になる。
「さ、お仕置きですよ」
「じゃ、お前らもまとめてお帰り願うとしよう!」
『オアアアッッ、殺ス、コ、ロス!』
『ァ……アアア、あ、アアァ、   死ネ』
 終始余裕を崩さず挑発的な景臣の言葉と、にぃっと笑ったゼロアリエの声が重なれば、返ってきたのは二つの咆哮。
 その最前線、髪を後ろへ払った紀美の藍瞳が瞬いた。視界は良好。ちょっと疲れたけどまだ大丈夫。
 こびり付いた氷はビーズの代りと言い聞かせ、裂けた防具が星光や大きな掌で縫い合わされれば準備は万端!
「イブちゃん、キカちゃん!いっちゃうよー!」
「そうね、紀美。さぁさ、冥府の海へお帰りなさい」
「うん……きぃ達が、ちゃんと送ってあげる」
 元気のよい声を二つの鈴転がす声が追いかける。
 三人それぞれの得物には今は三重も重なる鋼の粒子。きらきら輝く指先で、紀美が弾いたのはミッドナイトブルーの小瓶。揺れる度にきらきら瞬くそれは夏のお気に入り。
「スープラーッシュ!」
『ギャッ』
 青白い身も骨も今宵相応しい夜色に染め変えた横を星色の二人が抜ける。
「夜は夢。アタナの悪夢は、どんなに甘い味かしら」
 よいゆめを。
 息吹の唇が食んだ紫苑の果実が弾けた時、βは夢を見た。酷く胸やけのするような頭を掻き毟りたくなるような、引き上げの、本来なら冥海の淵にしがみ付いてでも逃れたかったはずの一幕が蘇る。
『ドラ、ゴ ンさま』
「お星さまといっしょに、おやすみ」
 震えるような声を掬ったのは、キカが蹴り込んだ眩い星。
 後がないγの顎が微かに動く。
 残された道は。残された道は、そう。揺蕩ったγの思考を夜裂く空木の遠吠えが断った瞬間、迫る黒二つ。
 ゆらりと燃え立った景臣の焔は、華ある色味と反対にひどく冷えている。知っているのは当人と娘と友くらいの、凍える紅炎を纏わりつかせた鋼が一閃。
「―――頂きます」
「くれてやる……行け」
 蓮の開いた和綴じの古書からずるり出でた鬼はおどろおどろしく。まるで“絵に描いたような”赤き鬼。ぬめつく牙に生臭い吐息がアンバランスな現実身を以て、γの身を裂き頭蓋を砕く。
 向けた先は違えども不思議と噛み合った言の葉が、最後の命を吹き消した。

●小紅葉泳ぐ
「無事に素敵なお祭りの時間を取り戻せてよかったです」
 薄水の縞に花咲いた白纏う澪の手に、真っ赤な尾長が泳ぐ。
 金魚焼きの大袋手に頷く戒李は、萩咲く袖と澪の尾長と同じ赤を纏うも金魚は青。二人の前を行くカイリが纏う黒地を翻し、紅葉と散る金揺らして振り返った手には黒い金魚。
「綺麗な光景に、楽しそうなお祭りなんて楽しいこと尽くしだね」
「澪ちゃん達が護ってくれた楽しさだものね」
 夜空泳ぐ金魚提灯に戒李が頷けばカイリはにっこり。お疲れ様と労わりながら屋台を巡り、気付けば皆両手一杯。
 やっと見つけた席を確保したところで袋入りの銀の酒缶が目に入れば、つい笑いだしていた。
「今日はお疲れ様。あとはたっぷり楽しもうね」
「澪ちゃん、今日はお疲れ様!ささ、皆で……」
「ありがとうございます……! 目一杯楽しみましょう」
 “乾杯!”の声高らか。
 頑張ってきたよ!と笑顔の紀美を熾月達が労わったのも束の間、すぐ人波に呑まれた。
「ロティ、ありがとー!」
 手を引き逸れないよう手を引くロティへ礼を述べた所で紀美は気付く。
「ひゃああ!かわいい!熾月さん、ほら!ほら!」
 頬染める紀美に熾月とロティが見合い、熾月のファミリア ぴよが首を傾げれば、矢継ぎ早に。
「ロティはブレッスレット!ぴよちゃんはネックレスが似合うかなぁ」
「へえ、金魚が泳いでいるんだね。すっごく綺麗で可愛い」
 でしょー!と喜ぶ紀美に、ふと。
「ロティとぴよがそうなら俺と紀美はストラップとか、どう?」
 わあ!と紀美が喜べば、連なる硝子玉選びは皆で。
 下駄鳴らす。
 菖蒲色に白と緑の縞走る袖揺れる度、金魚のようだと蓮は思う。
 水槽や鉢泳ぐ金魚を見ては名を言い当てる志苑に頷きながら首を巡らせ、同じ金魚がこうも違うのかと首を傾げた所で。
「蓮さんは金魚を飼った事はありますか?」
「いや、飼ったことは無い。見るだけだな」
 頷いた志苑の視線の先に金魚掬い。見たのは一瞬でも首を振る姿に、ふと空見上げた蓮が口を開きかければ仄甘い感触に塞がれた。出そうになった文句は、お疲れ様でした、に沈む。
 下駄鳴らした先で、温かい甘味の礼は冷たい丸硝子。
 瞬いた志苑の紫は寡黙に頷いた黒の意を汲んで。永久の世界泳ぐ金魚は、志苑の熱をゆるりと吸う。
 温かい紙袋を景臣の指が探り、摘んだのは小鈴に似た金魚焼き。
「食べられる金魚はこれでご容赦を」
「ふふ、はい共犯」
 金魚を食むなんて、ああ悪いこと―と視線合わせた景臣とゼレフが噴き出したのは同時。視界の端で揺れた金魚提灯の尾に釣られ、視線を上げたのも。
「おや。あれ、まるでゼレフさんみたいです。真っ白で、温かそうで」
「僕に?んー、なんだか満月……または大福似かな」
 お腹減ってるんです? まさかぁ、と冗談も知った仲ゆえ。気に入ったからと景臣が白金魚提灯を買うのもゼレフの予想通り。
「一匹じゃちょっと……あっほら、それが僕みたいならほら」
 銀瞳が見出したのは優雅な紫紺の尾長。
「こいつはたぶん、食い意地が張ってるぞ」
「……でしたら、この子はとても寂しがり屋でしょうね」
 互いの指が突く金魚は双方に似て。
 ふっと笑い出してしまう掛け合いも、らしい祭の楽しみ方。
 赤い浴衣の隣に紺の甚平。
 人混み縫う最中、千鶴の足が金魚飾りの屋台に止まる。
「わ、見て帷さんっ!……きれい」
「千鶴、突然止まると危ないだろう」
 帷の言葉に頷く小さな頭に豊かな宵髪。ふと横を見れば髪飾りの屋台で、視線泳がせた帷の目が一点に惹きつけられた。一方、千鶴は悩んでいた。年に一度、いや一期一会の可能性も思い一品厳選しようとつい唸り。――不意に髪を引かれた。
「千鶴。……ん、やはりよく似合う」
「いつの間に……えへへ、ありがとう」
 慣れた手つきで帷が千鶴の髪に結んだ土佐金柄のリボン。熱気か照れか、頬染めた千鶴が振り返れば金魚は宵を泳ぐ。
「あのね、これリボンの……ううん、思い出」
 千鶴から帷の手へ花の様な金魚の耳飾り。片耳の一点物は、今宵思い出す鮮明な赤。
 ゼロアリエは、リューズ抱えた愛しいティスキィの手を引く。
「ステキ、ね」
 手を引かれ歩く道をティスキィは思う。空にも水槽にも金魚が泳ぐ今宵は現実なのに幻想的と。
「金魚提灯、キレイだねぇ。あ。キィ、あれ食べてみない?」
「ふふ、ええ。ゼロ、ずーっと視線が釘付けだった、よ?」
 えー!と驚くゼロアリエに笑えば、彼に取ってもらったティスキィの赤金魚提灯が揺れた。
 金魚焼きの紙袋を手にゼロアリエが戻った時、金魚提灯に手を伸ばしてはティスキィへ甘えたように鳴くリューズと撫でては微笑むティスキィは、なんだか親子のよう。
「キィ、ほら温かいうちにどーぞ」
「ありがとう、ゼロ」
「みゃっ」
 香る蜂蜜にリューズが強請れば、二人はとうとう笑いだす。
 この穏やかな一時こそ、さいわい。
 息吹の瞳が、柔らかい灯りに照らされる。
「イブさん、お仕事お疲れ様でした」
「わ!金魚提灯、くれるの?可愛い……有難う!」
 足元が暗いですから、と眦緩ませたベルノルトから白に赤差した金魚提灯が息吹の手へ。
 並んで歩く息吹に添うベルノルトは問う。
「イブさんは何か気になるお店はありますか?」
「そうね、ベルさんが提灯をくれたし……あ、じゃあ金魚焼きを、」
 と息吹が提案した瞬間、ベルノルトの眉間に皺。彼の思考に気付いた息吹が、ぷっと噴き出して。
「ベルさん、金魚焼きは金魚の丸焼きじゃないのよ?」
「ああ、なるほど……金魚の丸焼きではありませんでしたか」
 よく見れば鯛焼きに似たものと鈴カステラに似たものがあるらしく、半分こにしましょう、と微笑む息吹の提案で二人が選んだのは鯛金魚。
 賑わう屋台の前、どれがいいかしらと相談する肩がぴたりと添った。
 大きな体を縮こませ水槽を覗く男に、キカは微笑む。
 解散の折目が合って、予定がないと分かった二人で道行けば物珍しさに溢れていた。
「みんな、かわいいね。……硝子越しなら、金魚はこわれないからだいじょうぶ」
「不思議です。全て、金魚なのですね……ありがとうございます、隠さん」
 奥が深いと唸るドルデンザを左手に。右手に玩具のキキを抱えたキカの足取りは軽い。
 上に飾られた真っ赤な金魚提灯は先程ドルデンザ手でキカの下へ。揺れた赤は彼女の浴衣に良く似合っていた。
「あ……金魚すくい、やる?」
「金魚すくい、ですか?なるほど、あれは生体の金魚」
 ね、やろやろ!と引く手にドルデンザは抗わない。
 キカと揃って興味津々。四角い大盥泳ぐ赤黒はまるで訓練されたかのように素早く、格闘すること三度―……キカの成果は黒出目金一匹に赤の琉金が二匹。ドルデンザの成果は、お約束の様に店主が情けで救った赤一匹。
 育てたら大きくなるかと、帰り道問答にキカのアイズフォンが輝いた。

 ゆらゆる赤に月わらう。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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