死龍の牙は、誰がために

作者:波多野志郎

 それは、どことも知れぬ雲の上。目を閉じていた『先見の死神』プロノエーは、近づいてきた気配に目を開けた。
「……お待ちしておりました」
「ああ」
 それに答えたのは、ジエストルは厳しい表情をしている。その背後には、力なくうなだれるドラゴンの姿があった。
「今回の贄は、そちらのドラゴンですね?」
「ああ。この者の了承は既に得ている。お主の持つ魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去ってくれ」
 プロノエーは、うなだれるドラゴンの瞳を見る。残り僅かな命を自覚して、ここに訪れたのだろう。うなだれこそすれ、その黄金の瞳には強い意志が残っていた。
 プロノエーは、一つうなずき、足元に魔法陣を展開していく。
「これより、定命化に侵されし肉体の強制的にサルベージを行います」
 定形の言葉に、ドラゴンは強い輝きを宿す黄金の瞳でうなずいた。その瞬間、ドラゴンの体が溶けていく――上がるのは悲鳴、ドラゴンでさえ苦痛に悶える痛みなのだ。
 肉は溶け、そこには獄混死龍ノゥテウームだけが残された。
「……くれぐれも完成体の研究を――」
「わかっています」
 ジエストルの言葉を先取りするように、プロノエーはこくりとうなずいた。

「深夜の住宅地に、ドラゴン『獄混死龍ノゥテウーム』が出現します」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、そう真剣な表情で語り始める。
 襲撃までの時間が少なく、市民の避難は間に合わない。このままでは、多くの死傷者を出す事になるだろう。
「みなさんには、急いでヘリオンで迎撃地点に向かってもらいます」
 獄混死龍ノゥテウームは知性が無く、ドラゴンとしては戦闘力も低めだ。しかし、あくまでドラゴンとして、だ。ドラゴンである事は、間違いない。恐るべき強敵である事を、忘れないでほしい。
「獄混死龍ノゥテウームは、まず住宅地の外れ。高台の公園に出現します。そこから真っ直ぐに、住宅地へと向かいます」
 戦うのに適しているのは、この公園だろう。ここから出してしまえば、どれだけの命が失われるか――それは、楽しい想像ではない。
「ノゥテウームは、骨の腕による攻撃と広範囲の水のブレスで攻撃してきます。骨の腕は単体攻撃ですが威力が高く、水のブレスには毒があるので気をつけてください」
 多くの獄混死龍ノゥテウームと同じく、この個体も戦闘開始後八分ほどで自壊して死亡する。自壊する理由は不明だが、ドラゴン勢力の実験体である可能性が高いという。
「ただ、八分待っていては意味がありません。向こうは、こちらに交戦の意志がないと判断すれば迷わず住宅地に向かいます――それに、敗北してしまえば大きな被害が出るでしょう」
 それこそ、一分あればどれだけの犠牲者が出るか。これは、そういう敵との戦いなのだ。
「ただ、八分間守るだけでなく、積極的に戦う必要があります。どうか、被害が出ないよう、お願いします」


参加者
ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)
狗上・士浪(天狼・e01564)
クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)
武田・克己(雷凰・e02613)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)
天喰・雨生(雨渡り・e36450)
ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)

■リプレイ


 ズン……! とその夜、住宅街に振動が鳴り響いた。その『発生源』を見上げ、ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)が眉根を寄せる。
「……こんな風に、死んだ者を無理矢理使うのは……許せないですよ」
 屍が、そこにいた。あった、ではない。全長十メートル、骨と皮に成り果てたドラゴン――獄混死龍ノゥテウームだ。
「……迷いだの、葛藤だの、連中からはそういうモンが感じられねぇ。誰もがポンポンと命を投げ出しやがる。……消耗品でも扱うみてぇにな」
 忌々しげに、狗上・士浪(天狼・e01564)が吐き捨てる。それは覚悟か、あるいは狂気か。力と自我を失おうと種族のために身を捧げる、狂信とも言うべき結果がまさにノゥテウームだ。
「ドラゴンまで見境なくなっちまったか。そこに誇りがあるだけ尚更性質が悪いったらねえよな」
 自滅するにせよ俺等で引導渡してやるのが手向けだろうよ、と嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)がガキン! と白鋼の篭手に包まれた手で拳を作る。
「あくまでも定命化を拒むのか……それが矜持であるなら、俺達も意思を貫こう。なんとしても護り抜く」
 ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)は、ズン……と進み始めたノゥテウームを見据えながら言い放った。そのくぼんだ屍竜のくぼんだ眼窩がどこを見ているのか、それを知る者はいない――ただ、先に行かせてしまえば起きる惨劇を知るのみである。
「一歩たりとも行かせはしない。そのためにも、今一度死んでもらうよ。お前の墓場は此処だ」
「ここを通せば、多くの犠牲が出てしまう……そんなことをさせるわけにはいきません。ドラゴンであろうが何であろうが、絶対にここで止めます!」
 フードの下から天喰・雨生(雨渡り・e36450)が凛と告げ、東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)が決意を込めて言う。ただ、命を奪うそのために――向かってくるノゥテウームに、武田・克己(雷凰・e02613)が笑った。
「次の世代の為に礎となる。武術もそうやって継承されてきた。なんとなく、親近感わいちまうな。が、どんな相手なのか、ゾクゾクするし、ワクワクしてくるのは、俺が常人じゃねぇって証だろうな」
 繋ぐ者と戦う者は、イコールではないのだろうか? その答えは、YESでありNOなのだろう。表裏一体であり、不可分であり、決して同じにしてはいけないものだ。
「それでもいいさ。俺の武の礎になって負けた奴の為にも、俺は死ねねぇし、負けられねぇんだ」
 ノゥテウームが、その口を開く。圧力が、増大した。殺意をその身に受け止めながら、クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)は言った。
「俺は、死んでもなお脅威なドラゴンをただ葬るだけです」
 応も否もなく――知性なきノゥテウームは、毒水のブレスで返答した。


 ゴォ!! とドス黒い水流が、ケルベロス達を襲う。津波にも似たノゥテウームのブレスに、跳躍した克己が直刀・覇龍を逆手に構え振り上げた。
「さぁ、楽しい8分間にしようぜ。お前には言葉は通じないんだろうがな!!」
 ダン! と雷を宿した直刀・覇龍を、克己は突き立てる。しかし、ノゥテウームの骨は硬い。全体重を乗せてなお、切っ先が突き刺さるのがやっとだ。
「ドラゴン……! 朽ち果てる前に俺の刀で、倒してみせます!」
 クラトもまた、二本の斬霊刀に雷をまとませ疾走。水毒のブレスを切り裂きながら、ノゥテウームを捉えた。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 ハエでも払うかのように、ノゥテウームが骨の腕を振るう。それを克己とクラトが、横へ跳んでかわした。
「――分身の術」
 印を組んだ凛の分身の術を受けて、幻影をまとった雨生が前に出る。ノゥテウームが地面に叩きつけた腕によって舞い散る破片を最小の動きでかいくぐる、雨生は無数の霊体を憑依させた葬送華紋を薙ぎ払った。ズザン! とノゥテウームの骨に、横一文字の傷が刻まれる――が、やはりそこまでだ。
「腐ってもドラゴンか」
 カカン! と一本足の高下駄を鳴らして雨生が駆け抜ける。ノゥテウームの視線は、その動きを追う――その間隙を、ウリルの飛び蹴りがノゥテウームを捉えた。
「行かせない」
「ガ、ア!?」
 ズン! とウリルのスターゲイザーによって、ノゥテウームの巨体が地面に叩きつけられる。ミシミシミシ、と地面が悲鳴を上げる中、ノゥテウームは這うように前へ進んだ。
「だから――行かせねぇって言ってるだろうが!」
 ノゥテウームの頭部へ、士浪が踵が落ちる! ドォ! とノゥテウームの体が、二撃のスターゲイザーの重圧に地面にめり込んだ。
「毒か……ったく、厄介な」
「インドラのご加護を」
 陽治が軽い口調でメディカルレインで薬品の雨を降らせ、ダミアはライトニングロッドを振るって雷の壁を構築する。
「ミラ、兎に角! 皆さんを癒すのですよー」
 ダミアの指示を受けて、ボクスドラゴンのミラが属性インストールで回復を飛ばした。その目の前では、バキバキ……! と地面を砕きながら、ノゥテウームが立ち上がる。
「ガ、ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 そこに込められたのは怒りか、嘆きか、あるいは双方か。吼えるノゥテウームに、陽治は吐き捨てた。
「頑丈な死体だな、おい」
 度重なる攻撃は、確かにダメージを与えているだろう。しかし、外見からはそれを見通す事は難しい。苦痛なく動く、屍の竜――そこにおぞましさと同時に、虚しさが見えるのは気の所為だろうか?
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!」
 時間がない、たった八分だけ戦える存在。しかし、この戦場に立って、ただ見送ろうと思う者は一人としていなかった。


 住宅地からでも、その戦闘音は聞こえた。時に地響きを伴うそれは、止んでいない。それどころか、激しさを増すのみだ。
「オオオオオオオオオオオオオッ!!」
 ノゥテウームが、骨の腕を薙ぎ払った。ただの動作だが、サイズが十メートルを超えればそれだけで破壊を撒き散らす驚異となる。アスファルトはめくれ、ブロック壁は焼き菓子のように砕け散る――その中を、ウリルが駆けていく。
「邪魔だ」
 ゴッ! とウリルの生み出した不可視の「虚無球体」が、宙を舞う瓦礫ごとノゥテウームの骨の一部を穿った。本来なら、貫通するはずだ。しかし、虚無球体でさえ骨の表面を穿つのがやっとだった。
「絶対に……通しません!」
 凛の横薙ぎの龍牙刀による、三日月がごとき緩やかな弧を描く一閃がノゥテウームを捉える。それに合わせ、クラトが駆けた。
「この喰霊刀は、ドラゴンの魂を貪るための……モノです」
 二本の斬霊刀を十字に振るい、クラトの斬撃がノゥテウームの骨の先を切り落とす! ノゥテウームはすかさず、クラトに拳を落とそうとした。
「おっと」
 その間に割り込んだのは、陽治だ。ノゥテウームの殴打を、簒奪者の鎌で受け止める。ギュガ、と靴底でアスファルトに擦り跡を残しながら、陽治は笑って見せた。
「おいちゃん長物も結構得意なんだよな」
 殴打を流す動きで横回転、陽治は冷気まとうほど鋭く斬りつける。浅くはないが、深いとも言えない――腕に、痺れが残ったからだと陽治は判断した。
「ははは! 強いな!!」
 笑い、克己が前に出る。直刀・覇龍の斬撃は、ノゥテウームの腕に受け止められた。それに構わず骨の表面に刃を滑らせ、二撃目を。二つ、三つ、四つ、と攻撃を重ねると克己の笑みがどんどんと濃いものになっていった。
 受け止めれば覇龍が火花を散らす、かいくぐれば紙一重で巨大な骨がすぐそばを通過する。もしも、その対処を間違えばどうだ? まともに頭部に食らえば、それこそ首から上が失われるだろう。生と死の境界線、それがここだと本能が警鐘を鳴らしていた。
「光よ、蒼海よ、全ての生命に等しき水の癒しと安息を与えたまえ……」
 克己が足止めしている間に、ダミアが術者の意思に従い輝く雫で光の軌跡を描く。ダミアの月光【蒼海の雫】(ゲッコウソウカイノシズク)とミラが属性インストールが、陽治を回復させた。
 そして、雨生と士浪が駆ける。
「先に行く」
「おう」
 タタン! とフードを風になびかせ、雨生が先行した。水面の如く揺蕩う透かし刃の大鎌に呪詛を載せ、雨生はノゥテウームの背中を切り裂く!
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「……んな体になってまで尽くすたぁな。くたばんのが早まるだけにも拘らずによ。それがテメェらの、種族としての意地やら……或いは誇りってワケか」
 雨生に続き、吐き捨てるように士浪がドラゴニックハンマーを振りかぶった。渾身のアイスエイジインパクトを士浪は打ち込む。
「……いいぜ。テメェの使命も誇りも、覚悟も全部で受けてやる。その上で、テメェをブチ殺す。それが俺の、ケルベロスとしての覚悟だ」
 暗い眼窩を真っ直ぐに睨み、士浪はそう宣言した。その言葉は、知性なきノゥテウームには届かない――だが、構わない。その骸の先にいただろう、竜にさえ届けば。
 あまりにも短く、そして濃厚な時間だった。ただ身を揺するだけで破壊を振りまくノゥテウームに対して、ケルベロス達は怯まずに挑み続ける。振るう一撃一撃が、命のやり取りに直結した。だからこそ、振るう全力に偽りはない。
 時間は無情に過ぎ、約束された終わりの時間が迫っていた。
「ガアアアアアアアアア!!」
 ノゥテウームが、骨の拳を振るう。拳の大きさだけで、人よりも大きいそれを――士浪は、真っ向から受けて立った。
「もっとグズグズになってみるかい……喰い千切れ……!」
 士浪が貫手に固めた拳に瘴気を収束、その貫手でノゥテウームの拳を迎撃する。士浪の烈咬衝(レッコウショウ)が拳に突き刺さった瞬間――内側から、破裂するようにノゥテウームの拳が砕け散った。
「ガ、ア!?」
「今ですよ」
 ダミアの腕から伸びたブラックスライムの槍と、ミラのタックルがのけぞったノゥテウームを捉える。腕を失ったノゥテウームが尾を振るおうとするのを、凛が真上へ跳んで――!
「この一撃で……沈め!!」
 螺旋手裏剣・改六式に螺旋の力をこめて、凛はノゥテウームへ叩きつける! 凛の剛悍螺旋斬(ゴウカンラセンザン)に上から押さえつけられたノゥテウームの全身に、ビキビキビキ! と亀裂が走っていった。
「もう一つだ」
 地面に沈むノゥテウームを、ウリルがスターゲイザーを放つ。バキリ! と体のあちこちで骨が折れる音を聞きながら、ウリルは悟った。
(「ダメージが、積み重なったからか」)
 例え痛みを感じない体だろうと、ダメージは蓄積される。コップに水を注げば、入りきれなければ水は溢れ、コップ自身を破壊する――それが、ようやくノゥテウームに訪れたのだ。
 なおも抗うノゥテウームへ、陽治は美しい虹をまとう急降下蹴りで踏み潰した。ノゥテウームの頭の上で、陽治はクイクイッと指招きする。
「ほら、立てよ」
「ガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!」
 それは挑発だ、それ以外のなにものでもない。怒りに震えながら、ノゥテウームは立ち上がろうとした。
「力の差はありすぎるけど、いつか越える為に無茶かもしるないけど……今はこの牙を振るう!」
 クラトが角、翼、刀に蒼い炎をまとう。そして、ニ刀を振りかぶった。
「熱き炎よ、この身に顕現し。我が刃となり焼き尽くせよ。蒼炎、風波爪咒」
 初ノ式・風波爪咒(ウノシキ・フウハソウジュ)――ニ刀を振るったと同時に放たれた蒼い衝撃波がノゥテウームを打つ!
「木は火を産み火は土を産み土は金を産み金は水を産む! 護行活殺術! 森羅万象神威!!」
 カトレアの残霊と共に克己が大地の気を集約し連続で斬りかかり、雨生が増幅させた水を指先で線を描くように高速で射出した。
「どれ程大きくても、狩ればそれまで」
 ノゥテウームの巨体が克己の森羅万象・神威(シンラバンショウ・カムイ)に十字に断たれ、雨生の第壱帖漆之節・流斬(ダントウダイ)が屍竜の首を落とす。そして、巻き起こった爆発によって、ノゥテウームはついに四散した……。


 ついに、ノゥテウームとの戦いが終わった。しかし、ウリルの表情は晴れない。
「身が滅ぶなら守りたい者の為に命を代償に……というのも判らなくはないけどね。脳裏に過ぎるのは家で待つ大切な人。だから否定する気はないよ」
 被害を出さずに済んだなら嬉しいが、すっきりしないのは、その所為だろうか? 哀しさが伴う気がして、ウリルは守り抜いた住宅地の方を見やった。
「何か……ないでしょうか……」
 凛は周囲を見回すが、そこに残された物はない。それこそが、ドラゴンの覚悟の現われだったのかもしれない。
「デウスエクスで、ドラゴンですが……やはり、死んだ者を勝手に使うのは気が引けますよ。だから……」
 ダミアは胸中でそっと鎮魂の言葉を呟きながら、ミラを抱きしめた。そして、ヒールで修復した少し前の戦場に、手作りお菓子を供えた。
 夜は、もうすぐ明ける。そうすれば、またいつもの日常が訪れるだろう。では、その先は? それを知る者は、きっとどこにもないだろう……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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