アザーズ・ドーター

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 海が見える小高い丘の上の児童公園。
 白み始めた空の下、馬の獣人型ウェアライダーであるエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)が佇んでいた。
 穏やかな表情をしているが、その胸には苦い記憶が去来している。二度と思い出したくもない、しかし、決して忘れることのできない記憶。
「この場所で感傷に浸る資格はあなたにありませんよ、エニーケ・スコルーク」
 突然、静かながらも棘のある声が背後から聞こえ、エニーケの意識は過去から現在に引き戻された。
 エニーケは振り返り、思わず息を呑んだ。
 声の主が、ウェアライダーの女を模したダモクレスだったからだ。そして、その『ウェアライダー女』が他ならぬエニーケ自身だったからだ。獣人型ではなく、人型の時の姿だが。
 しかし、表情に出そうになる驚愕の念をエニーケはプライドで抑えつけ――、
「あらあら。人の姿を猿真似するダモクレスですか」
 ――余裕のある態度を見せつけた。
「猿真似ではありませんわ」
 と、エニーケに似たダモクレスは言った。
「これが私の真の姿です」
「貴方……もしかして、あいつの後継機ですか?」
「『後継機』ではなく、『娘』と言ってくださいな。でも、私が何者なのか判るのなら――」
 ダモクレスの長い前髪が風に揺れ、一瞬だけ、その奥にある瞳が覗いた。
 憎悪に燃える瞳が。
「――目的も察しがつきますよね?」
「ええ」
 エニーケは頷いた。
 まだ余裕のある態度を繕っているつもりなのだが、彼女の瞳もまた憎悪に燃えている。
「でも、その目的は叶えられませんよ。あなたはここで死ぬのですから。あいつと同じように……」

●音々子かく語りき
「エニーケさんがダモクレスの刺客に襲われちゃうんですよー!」
 ヘリポートに召集されたケルベロスたちの前に息せき切って駆けつけたのはヘリオライダーの根占・音々子。
「エニーケさんに連絡を取ろうとしたのですが、敵方にジャミングされているらしく、なーんにも通じません。今からヘリオンで現地に向かいますので、皆さんの力を貸してください。あ! 言い忘れてましたけど、現地というのは茨城県日立市にある公園ですよ」
 かつて、同じ場所でエニーケは仲間たちとともにあるダモクレスを倒した。今回の刺客はそのダモクレスの『娘』を自称しており、人型の時のエニーケと似た姿をしているのだという。
「公園で倒されたダモクレスはエニーケさんのお母さんを殺して、その姿に擬態していたんですよ。つまり、件の刺客は偽物の母親の本物の娘というわけですね。また、エニーケさんの姿だけではなく、かつてエニーケさんが抱いていた『母の仇を討ちたい』という気持ちもコピーしているみたいです」
 それ故にその刺客はダモクレスらしからぬ激しい感情を有しているらしい。プログラムで再現された擬似的な感情に過ぎないのかもしれないが。
「ダモクレスにも母子の情があるのかどうかは判りませんが――」
 ケルベロスたちの士気を鼓舞すべく、レプリカントのヘリオライダーは声を張り上げた。
「――そんな偽りの情よりも、エニーケさんを想う皆さんの気持ちのほうが強いってことを証明しちゃってください!」


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)
藤・小梢丸(カレーの人・e02656)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)

■リプレイ

●DAUGHTERS AND OTHERS
 夜明けの公園で二人の娘が殺気を漲らせていた。
 一人は、馬の獣人型ウェアライダーのエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)。
 もう一人は、人型の時の彼女を模したダモクレス。
「あなたはここで死ぬのですから。あいつと同じように……」
 エニーケはバスタードソード『ヒルシュリングスインゼル』を抜き放ち、ダモクレスに突きつけた。
「先程から気になっていたのですが、お母様のことを『あいつ』呼ばわりするのはやめてくださいませんか」
 自分を指し示す切っ先に向かって、ダモクレスが拳を突き出した。
「『あいつ』以外に呼びようがありませんわ」
 と、声に嘲りを込めてエニーケは言った。
「だって、あいつの本当の名前など知りませんもの」
「本当の名前? お母様に偽りの名前などありませんよ。あなたの知る名前こそが本当の名前です。そして、私の『ニンア・スコルーク』という名前もまた――」
 ダモクレスは初めて自分の名を口にした。
「――本当の名前です」
「人の姓を気安く名乗らないでくださいな!」
 声に込めた感情を嘲りから怒りに変えて、エニーケはニンアに突進した。本物の馬さながらに盛大な土煙をあげて。
 いや、『盛大』などというレベルではない。三歩も進まぬうちに彼女の後方ばかりか両横でも土煙が巻き起こった。
 上空を行くヘリオンからケルベロスたちが降下してきたのだ。
「無事か、エニーケ?」
 着地したケルベロスの一人――戯・久遠(紫唐揚羽師団の胡散臭い白衣・e02253)がエニーケに声をかけた。普段は眼鏡をかけているのだが、今は裸眼。戦闘に備えて降下中に外したのである。
「はい」
 久遠の言葉に頷きつつ、エニーケは『ヒルシュリングスインゼル』を振り下ろし、得物砕きの一撃をニンアに食らわせた。
 続いて攻撃を仕掛けたのはサキュバスのパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)。
「さあ、暴力を始めまショウ!」
『損壊遺棄』と『傷害致死』という物騒な名前のチェーンソー剣の駆動音がパトリシアの叫びに重なり、ニンアの胸の装甲の一部がズタスタスラッシュによって砕かれた。
「不躾にも程がありますわ」
 攻撃に屈する様子も見せず、ニンアは体を少しばかり反らして胸を張った。傷ついた装甲が展開し、射出口らしきものが覗く。
「なんの権利があって、私の復讐の邪魔をするのですか?」
 射出口から小型ミサイルの群れが飛び出し、ケルベロスの前衛陣に命中した。
 その攻撃で生じた爆煙の中を電光が走る。
「四人と二匹をカバーするとなると、どうしても効果が減衰してしまうな」
 ライトニングロッドを手にして、久遠がぼやいた。電光の正体は彼が築いたライトニングウォールだ。
「復讐を邪魔する権利など、私たちにはありませんわ」
 電光の障壁に癒されると同時に異常耐性を与えられた黒ずくめの女がニンアに語りかけた。シャドウエルフのセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)。揶揄の意を込めて相手の口調を真似ている。
「しかし、危機に陥ってる友を見過ごすわけにはいきません」
 手刀でシャドウリッパーを見舞うセレスティン。
 しかし、ニンアは体を回転させて手刀を躱した。
「つまり、くだらない友情ごっこのためということですか。そのようなことは他の場所でやっていただきたいですわね」
「くだらない復讐ごっこに夢中になってる奴が偉そうなこと言ってんじゃねえぞ」
 人派ドラゴニアンの相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)がニンアの懐に飛び込み、拳を叩きつけた。『古竜の剛腕』という名のグラビティによって、その右腕はドラゴンのそれに変化している。
 拳が離れる間もなく、蹴りがニンアに命中した。サキュバスのペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)のスターゲイザー。チーム最年少である彼女の小さな体は白い外套に包まれていた。スターゲイザーの傷跡を刻みつけたエアシューズも白だ。
 そして、二人が飛び退るのと入れ替わるようにして、捕食形態の攻性植物がニンアに食らいついた。カレーの香りを漂わせながら。
「友情ごっこ、上等!」
『芳醇』という名のその攻性植物を操っているのは藤・小梢丸(カレーの人・e02656)。
「エニーケさんには親近感を抱かずにはいられないんだよね。僕も馬のウェアライダーだからさ」
「え!?」
 と、驚愕に目を見開いたのはヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)だ。
「おまえ、ウェアライダーだったのかよ。ずっと『カレーの人』という稀少種族だと思ってたぜ……」
「まあ、僕としてはそういう認識でも構わないというか、むしろ誇らしいけどねー」
 と、『カレーの人』は言ってのけた。実際に誇らしげな顔をして。
 そんな彼の体を無数の木の葉が覆っていく。
 シャドウエルフのワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)がステルスリーフを施したのだ。
「我もまたエニーケ殿を盟友と見做す者の一人。ゆえに――」
 傍らに立つシャーマンズゴーストのタルタロン帝にワルゼロムは手を伸ばし、背中を軽く叩いた。
「――セレスティン殿が言ったように見過ごすわけにはいかん」
 タルタロン帝がニンアに飛びかかり、神霊撃で斬り裂いた。
 間髪を容れず、オルトロスのイヌマルが迫力のない咆哮とともにパイロキネシスを放つ。
「がおー!」
 そして、ヴァオの奏でる『紅瞳覚醒』が公園に響き始めた。

●DAUGHTERS, MOTHER AND MURDERER
 またもや盛大な土煙をあげて、新たに二人の助っ人が参戦した。今度は空からではなく、地上から。
 土煙が生じたのは二人が馬を駆っているからだ。
「私たちもともに戦おう!」
「稽古の成果、お見せします!」
 紫の乗馬服を着て月毛の馬を駆る遠之城・瑛玖が黄金の果実の光を照射し、紺の乗馬服を着て青毛の馬を駆る遠之城・鞠緒が『想捧』を歌い始める。
「私の教えが見事に実を結んでいますわね……」
 騎馬でやってくるという浮き世離れした行為に少しばかり面食らいながらも、エニーケは満足げに頷いた。彼女は遠之城兄妹の友であると同時に馬術の師でもあるのだ。
 もっとも、感慨に浸っていたのは一瞬。兄妹から光と音のエンチャントを受けて気持ちを切り替え、『ヒルシュリングスインゼル』で破鎧衝を放った。
 だが、高速演算によって繰り出されたその一撃をニンアは紙一重で躱し――、
「ぬるい戦い振りですこと。お母様の教えは実を結んでないようですね、エニーケ・スコルーク。ご友人に対するあなたのつまらない教えと違って!」
 ――前髪越しの視線をエニーケに向けて、右腕を真横に突き出した。
 その先にいたのは竜人(『古竜の剛腕』には怒りを付与する作用があるため、ニンアは彼を狙ったのかもしれない)。拳が届く距離ではない。にもかかわらず、空振りに終わることはなかった。ニンアの手首から先が体から分離し、煙を噴いて猛スピードで宙を飛んだのだから。
「……ぐっ!?」
 空飛ぶ鉄拳を腹に食らい、呻きを発する竜人。
「ロケットパンチとはまた古典的な……」
 妙なことに感心しながら、久遠が竜人にウォッチオペレーションを施した。
 その二人の横を白い影が駆け抜ける。
 ペルだ。
「どうした、竜人? このいたいけな九歳児である我に遅れを取るのか?」
 竜人をからかいながら、ペルは日本刀を振るい、月光斬でニンアの動きを鈍らせた。ちなみに日本刀の色も白だ。
「黙ってろ、白坊主!」
 悪態をつきつつ、竜人はドラゴニックハンマーの『竜鳴』を砲撃形態に変えた。
 同時にセレスティンもブラックスライムを捕食モードに変形させた。
 轟音とともに竜砲弾が撃ち出され、ブラックスライムがニンアを丸飲みにせんと襲いかかる。
 だが、ニンアは左の拳を飛ばして竜砲弾を相殺し、更にスライムの攻撃も回避した。
「どうやら、頑健性に基づくグラビティへの対処を得意としているようね」
 ブラックスライムを手元に引き戻しながら、セレスティンが呟いた。
「つまり、頑健性に秀でているということかなー? でも、どんなに頑健だろうと――」
 小梢丸がどこからともなくカレー皿を取り出した。もちろん、そこに盛られているのはカレーライスだ。ただし、ルーの色は青だが。
「――極寒の海氷より出でるツンロリな華麗魔神ちゃんの眼差しには耐えられないはず!」
 食欲をそそるとは言い難い色彩のカレーを小梢丸が凄まじい勢いでかき込むと、少女の姿をした『華麗魔神』なる者が出現した。
 冷ややかな青い双眸をニンアに向けて、ダメージを与えると同時に体の一部を氷結させる華麗魔神(ニンアだけでなく、召喚者たる小梢丸にも冷たい一瞥をくれたように見えたのは気のせいか?)。
 その間にワルゼロムが再びステルスリーフを発動させた。今度の対象はパトリシアだ。
「もっかい、切り裂きマース!」
 幾十もの木の葉を纏った両腕の先で『損壊遺棄』と『傷害致死』が唸り、ジグザグ効果を有するチェーンソー斬りが放たれた。
 しかし、ニンアはまたもや回避。
「エニーケ・スコルークだけでなく、他の方々の戦い振りもぬるいですわね。その程度の攻撃では消せませんよ。私の中に燃える復讐の炎はGAGAGAGAGA!」
 挑発の言葉の後半が銃撃の音に変わった。大きく開かれた口から無数の銃弾が連射されたのだ。
 弾雨を浴びたのは前衛陣だが、全員に命中したわけではなかった。先程の空飛ぶ鉄拳(いつの間にか本体に戻っていた)と同様に頑健性に基づくグラビティであるため、見切りが生じたから……だけではない。盾となって、仲間を庇った者もいたからだ。
「復讐の炎と来たか」
 と、『仲間を庇った者』であるワルゼロムが嘲るような調子で呟いた。
 彼女に庇われたエニーケがニンアに突き進む。得物はゲシュタルトグレイブの『グローセタイルング』。
「経験者として言わせてもらうなら、復讐を果たした後には虚無しか乗りませんよ。でも、あなたはそんな忠告を聞き入れたりしないでしょうね。となれば、私にできるのは――」
 稲妻突きがニンアの装甲を貫き、神経回路にダメージを与えた。
「――あなたを母親の元に送って差し上げることだけですわ」
「それにしても、母に相当する存在を殺されたから復讐するなんて、ダモクレスにしては非合理な選択デスネ」
 パトリシアがズタズタラッシュを見舞った。彼女と小梢丸はジャマーのポジション効果を得ているので、敵に与える状態異常は通常の三倍。しかも、ステルスリーフによって両者ともにジャマー能力が上昇している。
「ダモクレスにも母娘の情があるとは……実に興味深い」
 ワルゼロムがパトリシアにステルスリーフを重ねがけした。
「そうか? 我は興味など持てぬな」
 と、ペルが言った。
「とはいえ、こういう敵は大歓迎だ。無感情な機械なんぞよりも、感情のある相手のほうが戦っていて楽しいからな。くくく……」
 九歳の少女らしからぬ凶悪な笑みを口元に浮かべて、二度目のスターゲイザーを打ち込む。
 すかさず、竜人もスターゲイザーを命中させた。
「ホント、楽しいわ。敵討ちだなんて時代錯誤なことにすべてを賭けてる奴の邪魔をすんのはよぉ! おい、死ぬ時は――」
 蹴りの反動を利用して宙でとんぼを切り、ニンアの正面に着地して、ペルのそれに勝るとも劣らぬほどの凶悪な笑みを見せる。
「――俺らを指さして、悔し泣きしながら死んでいけよ。『あーん。こいつらのせいで自分はなにもできずに死んじゃうんだー』ってな!」
「……なんか、俺らのほうが悪者っぽくない?」
 と、ヴァオが誰にともなく問いかけた。

●DAUGHTER AND HER SISTER
 数分後、タルタロン帝がニンアの猛攻の前に力尽き、消え去った。竜人と同様に怒りを付与した上で盾役を務めたため、彼(彼女?)は攻撃を受けることが多かったのだ。
 だが、ニンアの限界も近付いていた。右の拳は失われ、体のそこかしこから煙が吹き上がり、装甲の大半は原型を留めていない。
 それでも『復讐の炎』なるものは消えていないようだ。
「ここで倒れるわけにはいきませんわ。私はお母様の無念を……」
「鹿アタック! 動物飛び出し注意でーす!」
 ニンアの述懐にキルティア・リーシュトが割り込み、獣撃拳を叩きつけた。
「このっ! ミンチにしてさしあげますわGAGAGAGAGA!」
 怒りに顔を紅潮(そんな機能がダモクレスに必要とは思えないが)させて、ニンアは口中のマシンガンを連射した。標的はエニーケを含む前衛陣。攻撃力を低下させる異常耐性をいくつか付与されているにもかかわらず、ダメージは少しばかり上昇している。タルタロン帝の脱落によって前衛が四人と一体になり、減衰が生じなくなったのだ。
 しかし――、
「ミンチになんかさせないよ!」
 ――ホリィ・カトレーがブレイブマインを爆発させて、前衛陣の傷を癒した。
「カッコつけて『復讐の炎』とかなんとか言ってるけど、それってエニーケさんの昔の気持ちをコピーしただけでしょ」
 ニンアを睨みつけるホリィ。エニーケのことを慮り、後に続く言葉は声に出さなかった。
(「お母さんだけじゃなく、お母さんの仇を討ちたいという気持ちまで、こんな形で利用されているなんて……やりきれないよ」)
「私への同情は無用ですわ」
 エニーケがホリィの肩を叩いた。双眸が前髪(鬣?)に隠されていても、優しげな表情をしていることは一目で判る。
 しかし、ニンアに向き直ると、その表情は悪鬼じみたものに変わった。
「あなたへの同情も無用ですよね、ニンア某さん。頼まれたって同情する気はありませんけど」
 ニンアがそれに答えるよりも早く――、
「ぼこぼこになるがいい!」
 ――『カレーの人』こと小梢丸がエクスカリバールをスイングした。
 釘の生えたそれがニンアの左脇腹に打ち込まれると同時にブラックスライムが右脇腹に食らいついた。セレスティンの幾度目かのレゾナンスグリード。回避力が低下する状態異常がニンアに蓄積していたこともあり、今度は命中した(実はセレスティンはシャドウリッパーやレゾナンスグリードよりも命中率の高いグラビティを一つだけ用意してきたのだが、『通常より大きなダメージを被った用いる』という条件を己に課していたため、一度も使う機会が訪れなかった)。
(「私も同情などしない。しかし、復讐を望む気持ちは理解できる」)
 セレスティンの中でもまた『復讐の炎』が燃えていた。そもそも、彼女がケルベロスになったのは仇敵を倒すためなのだ。
(「復讐を果たした後には虚無しか残らない。エニーケさんはそう言っていたけれど……」)
「粉々の一歩手前まで、だ。食らえ!」
 黒衣のシャドウエルフの心中の独白を、白一色の少女――ペルの咆哮が断ち切った。
 それに応じて発動したグラビティは『白く眩い雷光の災拳(ホワイトショック)』。外套から覗く拳が白い電光を発し、ニンアの鳩尾に叩きつけられる。
「さすがに『粉々の一歩手前』とまではいきませんデシタネ」
「だが、あと数歩といったところか」
 パトリシアがニンアをズタズタラッシュで斬り裂き、更に久遠が『万象流転(バンショウルテン)』を発動させて『陽の気』なるものを撃ち込んだ。
「ここで倒れるわけには……いきませんわ」
 先程と同じ言葉を吐き出し、反撃の素振りを見せるニンア。
 だが、それより早く竜人が動いた。
「いいから、さっさと死んどけや! だけど、俺たちを指さして悔し泣きするのは忘れんなよ!」
『古竜の剛腕』で竜化した拳がニンアの顔を張り飛ばす。首がもげそうなほどの衝撃。それが消え去る前に新たな衝撃が炎とともにニンアを襲った。ワルゼロムの熾炎業炎砲である。
「とどめはエニーケ殿にお任せしよう」
 と、ワルゼロムが言ってる間にエニーケはニンアに迫っていた。
 口を大きく歪めながら。
 笑っているのだ。
「この程度の戦闘力しかないのに復讐だのなんだのとほざいていたんですか? 滑稽ですわぁ。調子づいた雑魚というのは!」
 エニーケはニンアの髪を乱暴に掴み――、
「大切な『お母様』とやらの復讐を遂げられなくて残念でしたわね! あはははは!」
 ――傷だらけの顔を自分の顔の前まで持ってきて、狂ったように哄笑した。
 すると、ニンアが口を大きく歪めた。
 笑っているのだ。
「ああ! その憎悪、その殺意、その狂気……素晴らしいですわ、エニーケ・スコルーク! 私は『お母様の教えは実を結ばなかった』と言いましたが、それは間違いでした」
 エニーケに右手を差し出すニンア。握手を求めているのかもしれないが、拳がなくなったことは失念しているらしい。
「そう、あなたこそがお母様の真の後継者。『お姉様』と呼んでもいいですか?」
「お断りします。あはははははは!」
 エニーケは髪から手を離すと、愛剣で『妹』の右腕を切り落とし、刃を素早く翻して首を刎ねた。
「あはははははははは!」
 笑いながら。
「あはははははははははは!」
 笑い続けながら。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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