●ヴェルサス・スーサイド・スミス
その日は、ハロウィン。
外国から訪れた観光客や、お祭り好きの日本人たちで街々は賑わいを見せ、洋の東西が混ざり合った不可思議な景色がそこかしこに見られる日。
「……みんな浮かれてる。そうね、お祭りは愉しいわ」
賑わう街辻の屋根の上に、ぺたりぺたりとサンダルの音。煌いた蒼いネイルの足を軽やかに進めながら、病人服に手枷足かせを付けた、艶めいたサキュバス……に、似たモノが歩いている。
「ホントに素敵な夢物語。こんな賑やかなお祭りに私が参加できるなんてね。アイツにお呼ばれされた時には、ナニした罰で叱られるのかと思ったけれど」
胸元に張り付くモザイクが、名札以上に彼の所属を告げている。
うら若いドリームイーターは、腰の線をなぞるように手を這わせて、病人服の内側に手を差し込む。
「……『あんたがヴェルサスだね? あんたにハロウィンの魔力を授けよう。祭りの地へ繰り出して、あたしたちに更なるハロウィンの魔力を捧げるんだ』だって。成功したら、とんだシンデレラね……」
小首を傾げて、夢喰いは口の端を歪めた。吐息と共に彼は服の下から二丁の小銃を抜き取ると、天に向かってそれを放つ。
悲鳴と共に振り返った人々の視線を一身に浴びて、それは言った。
「皆さぁん。ごきげんよう。私は、ヴェルサス・スーサイド・スミス。ウチの偉いお方が皆さんのお祭りに参加したいってことで遣わされた、下っ端よ。よろしくね」
茫然とする人々の目の前で、麗しい青年は禍々しい魔力を解き放つ。輝きの中で、その輪郭が歪みながら膨れ上がり、話すうちにもその声音は合成されたようにぶれていく。
「……というわけで。ジグラットゼクスより、魔女【ポンペリポッサ】が飛び入りさせていただくわ。ハロウィンの魔力争奪ゲームの始まりよ。みんな、しっかり逃げ惑ってね』
現れるのは10メートルになろうかという、悍ましい魔女の姿。にんまりと裂けた口に、真っ赤な目を歪ませて、それは先ほどの青年の声で宣言する。
『泣いて、喚いて、死んでいくほど、祭りの舞台は彩られるわ。逃げ惑う哀れな犠牲者役に、死の救済がありますように……』
2018年、十月末日。
ハロウィンの魔力を求め、祭りの街に魔女の頭目ポンペリポッサが現れる。
その記録は、こう続いた。
その数……30体。と。
●
「クソッ……この忙しい時に……!」
望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は苛立たし気に舌を打つと、面々に向き直った。
「……失礼しました。ブリーフィングを開始します。と言っても、おおよその見当はついているかもしれませんが」
ハロウィンの時期だ。あの連中だろう。すでに一部の面々は、了解している。
「ご明察の通り、ドリームイーターです。作戦指揮官と目されるはジグラットゼクスの一角、魔女『ポンペリポッサ』。『ハロウィンの魔力』を狙い、祭りに賑わう街中に息の掛かった者たちを送り込んで参りました」
しかも、魔女の手勢は何らかの形でハロウィンの魔力を送り込まれている。それはただの能力強化ではなく、なんと連中は街中で10メートルほどのポンペリポッサの姿に変化し、暴れ狂うというのだ。
「当然ですが、それぞれの手下が奴の形骸と同期した仮初の姿です。しかしこの偽ポンペリポッサ、実力こそ本物には及ばぬものの、まともに闘えば相当な強敵となります」
なるほど。指揮官からの後方支援付きとは、確かに厄介だ。
「現在、敵勢力間で連携を模索しているような動きがありますが、今回の件がそれと関連するのかは不明。いずれにせよ寓話六塔戦争で受けた痛手を回復する目的と考えられます」
今回の任務は、その偽ポンペリポッサ……すなわち、その核である各ドリームイーターの迎撃だ。
●
そして番犬たちは、敵の能力を問う。
「説明の通り、敵はその身を依り代にポンペリポッサの力を発現させます。お菓子を飛ばし、腸詰を振るい……その力は街一つを滅ぼしかねません」
偽物であっても寓話六塔の実力は伊達ではなく、一班分のケルベロス全員を正面から相手取れるだけの戦闘力を持つという。
「恐らくハロウィン限定の大魔術なのでしょうが、弱点もあります。変身状態の維持にはハロウィンの魔力を消費する必要があり、燃費の関係上、魔力は戦闘開始して五分ほどで枯渇。その後は変身が解けるのです」
敵が強大なのは五分。しかし変化の解けたドリームイーターと、その後も継戦するとなれば……。
と、考え始めた面々を、小夜は遮った。
「更に今回は、この燃費問題を突く方法も発見いたしました。ハロウィンの魔力は、より『ハロウィンらしい衣装や演出』を纏うことで、敵から奪い取れるというのです」
番犬たちは、首を捻る。
「敵の魔術儀式に対して対抗儀式を打ち、その効果を弱める……ということですね。こちらは魔力を活用できませんが、枯渇を早めることが出来ます」
なるほど。概念はわかった。で、ハロウィンらしい演出とは?
その問いに、小夜は首を振って。
「さあ……よりダークに、ゴシックに……なんかこう……より格好いい感じで闘えば……多分。はい。そんな感じでお願い申し上げます」
しばらくの沈黙。
小夜は、さっと話題を変えて。
「敵ですが、元々はサキュバスに似た青年の姿をしたドリームイーターです。変身が解けた後は、二丁の小銃を用いて攻撃してきます。連中の姿形はあてになりませんが……偶然か必然か、夢喰いどもの姿は誰かを模したように似通ることがあります。奴らは一体何なのでしょうね」
謎は謎を呼ぶばかり。今わかることは、奴らにとって『ハロウィンの魔力』が非常に重要なものであるということ。そして、目の前の脅威を払わねばならないことだけだ。
「しかしここで奴らの作戦を阻止すれば、本拠との連携を断たれた連中にとって相当な痛撃となるはずです。出撃準備を、お願い申し上げます」
小夜はそう言って頭を下げた。
参加者 | |
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マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462) |
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173) |
二藤・樹(不動の仕事人・e03613) |
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
アトリ・セトリ(エアリーレイダー・e21602) |
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) |
ベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622) |
●
悍ましき巨体の魔女は言う。青年の声音で。
『さあ、逃げ惑う哀れな犠牲者役に、死の救済がありますように……』
牙だらけの口が耳まで裂け、真っ赤な目が歪む。
人々が息を呑んだ、その時。
「「トリック・オア・トリート!」」
高らかな叫びが、大魔女の更に上から降り注いだ。
『……?』
小さな黒猫を肩に載せ、黒衣の精霊ポラリスを従えて。魔女に扮した藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)は、杖のごとく飾り立てた槍をかざす。
「死の救済など、大仰な事を。神にでもなった御心算かしら? 阿鼻叫喚をご所望でしたら、貴方にその任をお願いすると致しましょう! 皆さま、おいでませ!」
雑居ビルの上に立つのは、八人の影。
煌びやかな黒ドレスを纏ったベルベット・ソルスタイン(身勝手な正義・e44622)は、とんがり帽子を持ち上げて大魔女をねめつける。
「祭りとは優雅に美しく楽しむもの。あなたのように無粋な輩は祭りには相応しくない。もてなしてあげるわ。私たちの刺激的な悪戯で、ね」
その隣にかつりと踏み込むのは、編み上げのロングブーツ。熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)が、漆黒のワンピースの裾を揺らして。
「そうそう! まぁ、自分たち三人魔女のおもてなしは物理的に成敗だけど! そっちの方も、物理的な巨大魔女だし、別にいいよね!」
その後ろに佇むヘッドドレスを撫でつけた侍女は、そっとロングスカートの裾を摘まむ。
「毎年毎年、ご苦労様でございます。夢喰らう魔女の皆さま。残念ながら、ご所望の魔力は、こちらの皆さまのもの。本年も差し上げるわけには参りません……!」
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)は、会釈を終えて隣を指す。合わせてシルクハットを外すのは、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。
「ご紹介に預かり、光栄。魔女遊びの坊やには、お仕置きが必要だ……ハロウィンの魔力とやらは、この黒猫の魔術師と我が高貴なる友人たちがもらい受ける」
肩に載せた猫と共に、燕尾服で大仰に礼をしながら……陣内はちらりと隣に目配せした。それを受けて、アトリ・セトリ(エアリーレイダー・e21602)と千鶴夜が頷く。
アトリはマントを大きく開き、蝙蝠翼のキヌサヤを飛ばして宣言する。
「さあ今、この場より逃げぬというならば、魔力の源泉たるその血を我々が頂くことになるぞ! 大切な者をかき抱き、疾く、逃げ惑うがよい! ……こんな感じ、かな」
そして吸血鬼は、己の殺界を解き放つ。ぽかんと口を開けていた人々は、急な殺気に心を打たれて我に返る。
マントの下からごそごそと拡声器を取り出したのは、胸元をトマトジュースで汚した吸血鬼。二藤・樹(不動の仕事人・e03613)だ。
「そうだぞー! 現代じゃそうそう血なんか呑めないから! この貧血吸血鬼の病人食になりたくないなら、逃げ惑えー! ジュースで我慢するのは今日までだー!」
病院から抜け出してきた貧血患者が無理矢理オールバックにした感じの面白仮装となっているが、拡声器の効果は抜群だった。何となく事態を察して、人々は声援と悲鳴を上げながら逃げだし始める。
大魔女がそれを睨みつける中、八人はその眼前に飛び降りて。
「……人々を追わないのか、夢喰い。こちらは好都合だが」
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) が肩のマントを払い、血のりの付いた襟を正す。
『番犬を先に叩き殺しとこうって思ってね。羊の群れは、後でどうにでもなるからさ。……それに』
魔女の周囲に風が渦を巻いた。その中をタルトやキャンディー、チョコレートがゆらゆらと舞い始める。
『折角だから、くれてやろうと思ったの。お菓子を、たんまりとね……!』
「なるほど。が、菓子はいらん。本当に欲しいのは……お前の命だ!」
和希の一声を合図に、番犬たちはそれぞれの武装を解き放った。
そして、闘いが始まった。
●
お菓子を躍らせる大魔女の前に、ベルベットが立つ。
「……なんて醜い姿なのかしら。さあ、美しさの前にひれ伏しなさい!」
口づけを投げるように放たれた呪いが、伸びる影の如く魔女の身を縛る。だが大魔女は、あざ笑うように手を掲げて。
『あなたも私も内側はみぃんな同じ、汚らしい肉塊じゃない。綺麗なお姉さま? ただ、この体は流石だわ。ハロウィンの魔力さえあれば、この力を恣に出来る……!』
攻撃を察してベルベットが跳んだ瞬間、お菓子は竜巻の如く乱舞した。爆風に乗って家々を貫通し、むせ返るほどに甘い匂いでこちらの心を惑わせる。
その中を、ヴィクトリアンメイドが駆け抜けて。
「わたくしの見ている前で狼藉などさせ……ません! 市民の皆さん! 落ち着いて避難してくださいませ……!」
マルティナは無理矢理に演出しつつ、甘い散弾を断ち割った。
「けるべろす、がんばれー!」
飛び交うお菓子を払いつつ、切っ先より稲妻を振るう侍女。その一見、前衛的な光景に、逃げて行く子供たちが声援を送る。避難していく人々も、背中越しに歓声をあげて。
「……ちょっと調子が狂うな。まあ、いいが」
一方、燕尾衣装で癒しの風を振りまく猫に気を取られていた少女を、陣内は優しく小突いて。
「こらこら。気になるだろうが、足を止めずに逃げたまえよ! 良い子にはあとでお菓子をあげよう!」
少女が慌てて逃げるのを確認し、陣内は向き直る。攻撃に巻き込まれそうな人はもうおらず、大量のお菓子を巻き上げる暴風の壁があるのみ。
「さて。そこだ……! 行け……!」
その隙間を、黒豹の視線が射貫く。狙いすました跳躍を可能とする活力が迸り、まりるがくりっとメイクした瞳を見開いて、そこへ跳び込んだ。
「まっかせてー! 地球のイベントに馴染もうと努力するのはいいけど、ルールを守れないような奴は許さないよー! 最低限、他の人に迷惑かけるなー!」
その袖口から伸びた南瓜の蔓が大魔女の首元に絡みついた。それを足場に走り抜けるのは、千鶴夜。
「こんなお菓子を喰らわせたとて、あなたへの悪戯を止めると思いまして? 甘いお菓子で人を垂らし込む悪い魔女は、成敗されるものですわ……!」
その突きは、閃光の如く。稲妻を宿して、突き出された手を貫通する。
だが。
『ちょーっとだけ、痛いわね……!』
せせら笑った魔女は、剣を抜くように腸詰を放った。その一撃は絡みついた蔓を一瞬で弾けさせ、通りの建物を硝子細工のように砕き抜く。
懸命に祈りを捧げていたポラリスごと、前衛は一瞬で吹き飛ばされ、瓦礫の中へとめり込んだ。
「くっ……」
咽こんだ和希は、血のりではない紅が散ったのを睨みつつ、上体を起こして。
「ようやく吸血鬼らしい演出になったな……で、どうした夢喰い? それだけか? かかってこい! さあ、夜はこれからだ。お楽しみはこれからだ……!」
即座に身を転がして、漆黒の銃を抜き撃つ。降り注ぐ瓦礫の隙間から幾筋もの光弾を放ち、その上を入院中の吸血鬼が跳び抜ける。
「その台詞、有名な吸血鬼の旦那のやつー。老化してパワーアップとか斬新ですねとか思ってたけど、そう言えばあの作品もそんな描写あったような……」
そう言って、樹は目に見えぬ爆弾列をしならせた。巻き付いた発破は、炸裂音と共に魔女を薙ぎ斬る。
だが大魔女は全霊の攻撃を物ともせずに、腸詰を振り回す。
「威嚇にもならないか……楽しませてくれる」
「いやこりゃ……大阪駆けずり回る方が、楽だったかな」
和希と樹が距離を取り、間合いを詰めるアトリと交差して。
「正面から闘うと考えたら、ぞっとする強さだけど……ね。さあ、我が眷属よ! 闇の活力を皆に与えよ!」
蝙蝠翼のキヌサヤが前衛に癒しを送り、アトリは赤く血走ったカラーコンタクトの目を見開いて、鋭い影爪を展開する。
「古き魔女の血よ! 私の力となるがいい!」
大仰な演出をしつつ、影爪は大魔女の手を切り裂いた。だが大魔女はその手を見て、げらげらと嘲笑って。
『こんな傷……! 好奇心よ、この身を癒せ……!』
ベルベットが杖に見立てたライフルを放つ中で、魔女が腕を掲げる。傷も呪いも、一瞬で打ち祓われんとした、まさにその時。
『な……?』
ハッと全員が顔を上げた。魔女は突如として呻き声を上げ、肉塊のような身がぼこぼこと膨れ上がり始める。
『こ……れ、は……馬鹿な』
事態に気付いたベルベットがちらりと時計を見て、吐き捨てるように笑う。
「二分ちょっと……早かったわね。まあ、私たち、美しかったものね……」
その言葉が終わらぬうちに、魔女の姿は風船のように膨らんで、砕け散った。
病人服の麗しい青年を残して……。
●
変身が解け、ため息を落としたのは樹。
「はぁ……早めに引っ張り出せてよかった。ねぇねぇ、せっかくのネイルも台無しになって、今どんな気持ち?」
傷も反映されたらしく、青年は血みどろの指先を茫然と見つめている。
「あれ……? もしかして制限時間があるってこと自体……知らなかった?」
まりるの言葉で全て悟った青年は、乾いた笑いを漏らした。
「騙したのね、ポンペリポッサ……! 私は……捨て駒だったのね……」
僅かな沈黙。
重い空気の中、マルティナが進み出て。
「念のためだが……もしもそちらに投降の意志があれ、ば……ッ!」
その瞬間、青年の手に握られた小銃が、火を噴いた。彼は憎悪に歪んだ目で立ち上がり、二丁の小銃を持ち上げる。
「煩い……! あいつも、あんたたちも……! みんな、殺してやる!」
「やはりこうなるか。是非もなし。演出はここまでだ……!」
舌打ちし、マルティナは銃弾を弾いて前進する。その隣で、アトリがマントを脱ぎ捨てて。
「やれやれ。ちょっと可哀想だけど。でも中二臭い台詞を連呼せずに済むようになったのはよかったな。……さっきのは演出の為だから。ほら忘れてもらうよ」
マントが穴だらけになった時、二人の影はすでに敵の頭上を取っていた。刺突と斬撃が、雷の如く敵を裂く。
「……っ! あんたたちに……死を!」
それでも、夢喰いは辛うじて跳躍し、直撃を避ける。蠍の尾のように、上から撃ち下ろす銃弾が、千鶴夜の三角帽子が撃ち抜いて。
「……魔力をかき集めても、結局あなたは見捨てられていましたのよ。魔女の悪戯にはまったのは、あなたの方でしたわね……ポラリス! 回復なさい!」
だが千鶴夜は、すでに転がって直撃を避けていた。瓦礫の下からポラリスが跳び出し、煌いた魔弾が弾雨を抜けて青年の肩口を射抜く。
「……変身の魔法はここぞという時に解ける、か。ならば夜の眷属たちよ。我が前に集え。このまま終わりまで、誰一人膝を付かせぬように」
落ち着いて闘いを分析しつつ、陣内は指を鳴らして使い魔たちを集めた。自撮り棒を素振りしていたまりるが、ふと振り返る。
「あれ? 演出の時間は終わりじゃないの?」
「……二分じゃちょっと不完全燃焼だったから」
「あー……」
沈黙の後、まりるは向き直って。
「うん! 自分も頑張る! さー! 夢喰いはハロウィンの邪魔なので、霧散してくださいー!」
そう叫んで、まりるは突撃する。撃ち落とされた夢喰いが、自撮り棒とスマホで叩かれるのを不憫に思いつつ、陣内が癒しの炎を噴き上げる。
使い魔たちがそれを支えれば、前線は盤石だ。
数分の後、夢喰いの青年は息切れしながら片膝を付いていた。
「さっきの強さと比べたら月とすっぽん……なるほど。捨て駒、ね。せっかくヒールドローンに演出したのに、使う間もなく終わりそうなんですけど」
そう呟く樹を、青年は睨んだ。だが小銃が持ち上がるより先に、樹の体当たりが彼を吹き飛ばす。転がる細い肢体を、ベルベットが踏みつけて。
「みんな……殺して……」
「麗しい姿をしていながら、絶望に歪み切った姿は、醜いわね。そうね、謝るわ。さっきの方が、あなたはまだ美しかったのかも知れないわね……」
鮮血の色をした冷風がその胸倉を撃ち抜いた。血塗れの青年は、虚ろな瞳で転がった小銃に手を伸ばした。
「ころ、して、や……っ」
その言葉が、詰まる。刺々しい銀の剣が、夢喰いを大地ごと貫いていた。
「夜はこれからだと言ったろう……もう眠れ。死の救済が必要なのは、お前の方だ……」
ため息と共に、和希は剣に変化したオウガメタルを引き戻した。
取り囲む番犬たち。
その目の前で、夢喰いの体は光と散っていった……。
●
闘いは終わった。
「作戦の内容も知らされていなかったとは。元より、仲間から大事にされていないようでしたし……敵ながら、哀れなものでしたね」
和希は銀光を放ちながら、崩れた家々を修復していく。
「光の巨人より変身解けるの早いとか。戦闘始まって、俺つよ! って思ったら終わるのは、まあ酷いよな。……魔力って、結局どうなったんだろ」
折角なのでと、樹は蝙蝠の羽飾りをくっつけたドローンを、街のヒールに飛ばしている。千鶴夜が、それを眺めながら。
「ハロウィンの魔力……詳細は不明ですが、大成功したのだからほとんど守りきれたのは確かでしょう。……あ、こら、ポラリス。あなたたちも。さぼらないの」
サーヴァントたちは、通りに戻ってきた子供たちと愉しく遊んでいる。その子供たちに、陣内が優しく声を掛けて。
「ちゃんと避難して偉かったな。約束通り……ほら、お菓子をあげよう。建物もすぐに直すから、待っていなさい。吸血鬼の友よ、そちらをお願いできるかな」
遊園地のキャラクターのように振舞う彼に振られて、アトリは少し恥ずかしそうに頬をかく。
「あの……吸血鬼とか演出だから。いやまあ……子供たちも一杯いるから、仕方ないけどさ。さあ、キヌサヤ。いつまで遊んでんの。ヒールするよ」
一方、マルティナは治った自動販売機などを元の位置に戻しつつ、周囲を見回す。
「この分なら、今年も恙なくハロウィンを迎えられるな……街も迅速に直るだろう。ヒールでは治らない汚れの修繕などがあれば、これを使ってくれ」
市民たちにケルベロスカードを配りつつ一息ついた時、まりるがその脇を小突いた。
「……?」
「マルティナさん、結構、その恰好、似合ってるじゃん。ねえ、一緒に自撮りしようよ。私も、気合入れてメイクしてきたし。このまま帰るんじゃ、もったいないもん」
途端に自分の格好を思い出し、僅かに頬を赤らめたマルティナに、ベルベットもくすりと肩をすくめて。
「仮装とは言え、みんな美しかったわ。ええ。この後はみんなで少し街を歩きましょう? 折角のハロウィン。街にも私たちにも、美しい思い出を残さなくてはね」
祭りを台無しにされたくない街の人々は、英傑たちの飛び入り参加に目を輝かせて「ぜひ!」と、番犬たちを取り囲む。
ある者は苦笑し、ある者は喜んで、またある者は微笑んで。
番犬たちはその言葉を受け取った。
2018年のハロウィンは、今、改めて始まったのだった……。
作者:白石小梅 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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