アメノキオク

作者:黒塚婁

●邂逅
「あら、雨ね」
 繰空・千歳(すずあめ・e00639)は右の掌で、天から零れたひとしずくを受け止めた。
 携えていた蛇の目傘を開けば、ぽつぽつと、雨粒が頭上で小気味よい音を立てる。足下では、鈴も楽しそうに跳ねていた。
 残る片手に小花柄の風呂敷。中には飴細工と、上等な酒が収まっている。
 縁日の帰路――飴屋である彼女は、本来であれば出店することの方が多いのだが――今回は単純に、同業者の腕を確かめに赴いた。
 そこで得た知見をどう活かすか、真面目な考えを脳裡に描いて――いたのだが、既に下げた荷物に心は向かいつつあった。
 未だ日は高く――雨天で薄く灰色ではあるが――急ぐでも無い帰り道。
 ふと目に留まった紅葉に惹かれ、人通りの少ない小径に踏み入れた。
 静かな道を鈴と一緒にゆっくりと歩む。聞こえるのは、涼やかな鈴の音色と、ささやかな雨音ばかり。
 ゆえに、紅葉の向こうでくすくすと笑う声を――彼女は確りと捉えてしまった。
 忘れるはずもない声音に、千歳は表情を強ばらせ、ゆっくりと振り返る。
「残念だなあ、『あれ』は君が壊してしまったから」
「……!」
 自分が息を呑む音がやたら大きく響いた。鼓動が跳ねて、身体が熱くなる――それは制御しきれぬ、衝動。
 忘れようも無い――曇天の下でも強く輝く金の髪、明るい空色の瞳、穏やかに美しく微笑む少年。
 品の良い黒衣を纏いながら、手にするのは彼の身の丈よりも長い大鎌。その形は死を司るものに相応しい、おぞましきもの。
 瞬きの間に、その微笑みが至近に迫っていた。血塗れた大鎌が斜めに走る。刃が纏う禍々しい気配が、彼女の裡にある疵を呼び起こす。
 否、既に。それの声を聴いた時。そして、姿を視認した時より――。
 制御できぬ衝動が、渦巻いている。
 ケルベロスとしての千歳は相手の強さを肌で感じ、此処で鈴と応戦しても、勝ち目は薄いと警告を投げる。
 だが、判っていても――ただの人としての千歳は――この死神を『殺さねば』ならなかった。

●因果の行末
 繰空・千歳が、死神に襲われる予知があった――雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロス達にそう告げた。
「連絡はとれなかった……恐らく、事態は予知通りに進もうとしているだろう。至急、救援に向かってもらいたい」
 彼は目を細め、件の死神――リンキについて、語り始めた。
 姿形は天使のような、という形容詞が似合う少年である。しかしその本質は彼が持つ血塗れた大鎌の如く、陰湿で残酷だ。
 戦闘スタイルを簡単に説明するなら、小柄な体格を活かし、敵の攻撃を捌くと同時、リーチのある大鎌で仕掛けていくという表現に尽きよう。
 だが、その技は人の心を刺激し、弱みを引き出すもの。
「誰にでも少なからず、目を背けたい事柄はあろう。実体化された弱みを自らは見られなくとも――それを目の当たりに苦しむものを見るのが好きだという、そういう敵だ」
 静かに、辰砂は注意を促した。
「俺も同行させて貰いたい……繰空を無事助けられるよう――尽力しよう」
 そして、レオン・ネムフィリア(オラトリオの鹵獲術士・en0022) が帽子の鍔を摘みつつ、同行の意を告げた。


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
茶野・市松(ワズライ・e12278)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
六角・巴(盈虧・e27903)
喰代・弥鳥(千楽紡ぎ・e30103)

■リプレイ

●救援と、
 眼前の死神が、歪んで見える。それほどの感情など――自分の事で――覚えることなど、もう無いと思っていた。
 繰空・千歳(すずあめ・e00639)はひとたび瞑目する。
「あなたのせいであの人と対峙したことも、私がそれを終わらせたことも……死神はそういうもので、仕方なかったとさえ思っているのよ」
 瞼の裏に浮かぶものは、様々あれど。全て飲み乾し、ゆっくりと飴色の瞳を開く。
 二振りの刀を構えて不敵に笑う。
「だからこれは、ただの八つ当たりと……それから口止めよ」
 鈴、呼べば足元で、高らかな音が応える。
 ふぅん、リンキは気のない声を出し、くるりと鎌を返す。子供が戯れに棒を振り回すような気安さで、しかしその軸は全く揺るがない。
「観客も無しじゃ、少しつまら……」
 台詞も半ばに、互いに地を蹴った――然し、行く方向が異なった。千歳が踏み込もうとした距離よりも、死神は不自然に大きく後退した。
 両者の間を分かつように、大きな影が路地に落ちたかと思うと、羽ばたきの音がひとつ、頭上に響く。
「助太刀に来たぜー」
 竜の翼を大きく広げた茶野・市松(ワズライ・e12278)がにっと歯を見せ笑う。同じく翼を広げたつゆは、きりりとした表情で死神を睨んだ。
「いつもお世話になってますし、こういう時くらいはお返しさせてくださいね」
 翡翠の瞳を細め、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が穏やかに告げれば、
「君がいないと美味しい飴が食べれなくなる……それは困る」
 アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)がこくりと頷く。
 いつもの眠たげな表情が、若干厳しい色を乗せ、死神を見つめる。
「人様の過去引き摺り出す上に苦しむ顔が蜜の味とは随分とまぁ悪趣味なモンだな」
 いつの間にそんなマナーの悪い客を取ったんだ――掠れ声が冗談をひとつ。
 紫煙を薫らせ、前に出た六角・巴(盈虧・e27903)の刺すような視線は遮光硝子の向こう、隠れて見えぬ。
 彼と肩を並べるように前に出、キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)がおう、と死神を睨む。
「ナンの縁だか知らねぇケド、招かざる客ならご退場願おうか」
 目の前に集う友人達の姿に――構えは維持した儘、僅かに目を大きくした千歳が短く息を吐く。
「ああ、助けに、来てくれたのね……ありがとう」
「助けに来るに決まってるじゃない!」
 アリシスフェイルが声をあげる――彼女をはじめ、千歳にとって縁ある者達と共にレオン・ネムフィリア(オラトリオの鹵獲術士・en0022)は帽子の鍔を軽く摘んだ。
「ちーちゃんのピンチで、憂いを断つ為なら……飛んでくるに決まってるでしょ」
 喰代・弥鳥(千楽紡ぎ・e30103)が片目を瞑って見せる。
 軽い調子で声を掛けたものの――彼はその経緯も、彼女の抱える『何か』も――多少の所、知っていた。
「あの時君から聞いた死神が彼なんだろう」
 じっと瞳を見つめ、問い掛ける。暴きたくて問うたわけではない――むしろ、逆だ。
 彼女が言葉を濁し、隠したかったことなのかと。
 千歳は無言で頷く。その視線は、遠い日を見つめているようだった。
 そんな彼女をこちら側へと引き戻したのは、ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)の茶化すような一声だった。
「間に合ったか。イイ女は随分とモテるな千歳」
 鮮やかな金髪を掻き上げて、口元に不敵な笑みを浮かべると、視線だけ敵へと投げる。
「んで、その子供はナニモンだよ。お前に飴屋はまだちょいと渋いだろ。駄菓子屋がおススメだ――なぁ市松」
「いや、この客はなぁ」
 ぼりぼりと髪を掻く市松も、にやとそれを見守るハンナも常と変わらぬ自然体。
 そんな彼らの姿と言葉に、深い感謝と喜びを覚え、勇気づけられたのは確かだ。
 でも、だからこそ。千歳の唇が音の無い言葉を刻む。
 ――でも、できれば。知られたくは無かったの。
「ふふ、役者も集まったなら……そろそろ開宴しようか」
 ケルベロス達を見つめリンキが深めた微笑みは――ぞっとするほど、清廉だった。

●応酬
 誰一人、彼から目を離さなかったというのに、リンキはふっと姿を消した。
 ゆらりと靡く黒い外套の残像を追いながら、
「千歳ちゃん!」
 骨そのものの形を残したハンマーを砲撃用に変形させ、キソラが声をあげる。警告を含んだ言葉に応じ、カルナが踏み込む。
「舞え、霧氷の剣よ」
 次元圧縮で生成した八本の凍てつく刃を左手に、彼は少しだけ身体を沈み込ませた死神に迫った。
 それもまた速かったが、死の大鎌はそれよりも先に、カルナの背後の空間を裂いていた。
 ありふれた一撃ではある。だがその烈風は敵の心を乱す力を持っている――。
 戦場を揺さぶるような力強い音が、それを遮る。
「人の心はそんなに簡単には操れないよ」
 言って、弥鳥は真紅のエレキギターを爪弾いた。はっとするような強い音から始まった巧妙な旋律に乗せ、オウガ粒子が広がる――言葉通り、覚醒を促す輝きだ。
 そして、轟くはキソラの残骨。
 死神が鎌を振るい、それに応じる。斬り結んだ瞬間起こった爆風が土埃を立て、戦場を覆う。
 号砲に合わせ、地を蹴っていた市松が、その頭上をとる。流星の煌めきを尾のように靡かせ、重力を纏って、落とす。
 居場所を示すかのような煌めきを、長い三つ編みが揺れて追う――飛び込むのはアラドファル。ルーンアックスを高々掲げるような跳躍から、一息に叩きつけた。
 二人の攻撃を受け流し、滑るように死神が後ろへ逃れたところへ、鈴が詰めていた。
「鈴、思いっきり、やってちょうだい」
 千歳の声に応じるように、その腕へと食らいついていく。
 つゆの羽ばたきを背に、彼女も駆った。空の霊気纏う剣を掲げ、追い込む。
「どうせ、面白がっているんでしょう? あなたの思い通りにはいかないわ。私の大切な友人たちを傷つけさせはしないし……私も、醜態を曝すわけにはいかないのよ」
 踏み込みは深く、躊躇いのない斬撃。
 禍々しい刃が、それを正面から受け止める。ぎり、と互いの刃が噛み合う距離で、彼は口を開いた。
「醜態、ね。おかしいよね……人ってそういうものなのに?」
 だから、そうしているのだと言わんばかりに。リンキはくすくすと笑った。
「随分と余裕じゃねえか」
 アスファルトを打つ、ハンナの黒革靴――高く振り上げた黒脚の回し蹴り、星型のオーラを側面から鮮やかに叩きつける。
 死神は吹き飛ぶ。防御しても、威力は凄まじい襲撃だった。
「坊主にどんな弱味握られてるのか知らないが、大事な甘味処を畳まれちゃ困るんでね――繰空さんを壊させやしないよ」
 地獄の炎で全身を覆った巴の黒い脚が、目にも留まらぬ速さで空を斬り裂いた。
 それをくぐって、死神は前へと加速する。
「僕は別に、誰でもいいんだけど」
 黒い風がケルベロス達の間に吹く。何処に、誰に――探るような気配に笑みを深め、死神はくるりと転回した。
 それは不意を付く、背後からの一閃。
「期待には、応えないとね」
 咄嗟に振り上げた護る両の刀を摺り抜け――千歳の傷を抉った。

●傷
 それは、千歳にしか見えない影だ。分身の守りがあっても、それは消えてくれなかった。
 増悪に身を染めた『彼女自身』が目の前に立っている。
 ――美園、あの瞬間、その人は彼女を呼んだ。この像は彼女の脳裡にあるものが勝手にトレースされたもの。憎悪を顕わにした自分が、幻を刺し貫く。
 先のリンキの一撃は兎も角、千歳の肉体が受けるダメージは些細なものだ。
 だが、彼女はその場で崩れ落ちた。
 あの日あのとき、最期の一手に込めた感情は、どうしても――。
(「イイ女、なんて調子のいい事を言って」)
「……嫉妬で人を殺す、最低の女だわ」
 俯き、ぽつりと、零す。
「ちーちゃん!」
 桃色の霧と弥鳥の声が、その悪夢を引き裂く。
 しかしそのまま暫く動けずにいる彼女を、死神は声をあげて笑う。
「あはは、別に、誰にも見えないのにねえ?」
 傍から見れば、そうだ。だが、怒りを隠さずキソラがルーンアックスを叩き込む。
「……ッざけンな!」
 感情の走る儘、力任せに振るった刃は死神の外套を斬り裂き、細い腕に朱を走らせた。
 主を庇うように飴色の武器を作り、立ち向かっていく鈴を見つめつつ、カルナは淡淡とドラゴンの幻影を操る。
(「やはり、先代の飴屋の主人さんと関係しているんですかね……」)
 胸に抱くその思案が事実であるかどうか――確かに死神のいうとおり、彼らには見えぬ。
 同時に、過去の無いカルナにとって――厭う過去を見るということが、肉を断つ痛みに勝るのかも解らない。
「……見えなくても。苦しんでるのは、わかりますから」
 翡翠の瞳でひたと見据え、左手を差し向ける。
 彼の掌から放たれた炎龍が、死神へと食らいつく――そして、炎の影から、アラドファルが仕掛ける。
 大切な友人が傷付いた――ばかりか、それを嗤ったのであれば。
「容赦はしない」
 斜め下より、全力を乗せたルーンアックスを振り上げる。
 苦し紛れに振るった鎌を叩き合い、死神は体勢を崩しながら後ろへと吹き飛ばされた。
 迎えるは、スキンヘッドに刺青の男。
「一服付き合えよ。――君への餞別だ。」
 巴の咥える煙草から立ち上る煙が、ゆらり、姿を変えていく。
 ――爛々と光る金の眸、低く這う様な唸声、血塗れの牙。
 死神の全身をひとたび覆い、消え失せたかと思うと――それは全身に傷を負っていた。
 まるで狼に蹂躙されたかのように。
 くるりと手元で漆黒の三節棍を巧みに操り、ぴたりと一本の棍とする。
「悪ガキにはキツイお仕置きが必要だな」
 茶化したような言葉だが、伸びる如意棒の勢いは其れの回避を許さない。踏み込んだ一歩と共に、側面より、強かに打ち付ける。
 大振りに振り回しながら長さを元に戻したそれで、ハンナは垂直に地に叩く。
 背に、千歳を庇うように。
 清らかな風と共に、つゆが心配そうに彼女を覗き込んでくる。顔をあげれば、背を向けたまま、ハンナは手をひらりと振った。
「よう。どうせなら幸せな夢で逢いたいモンだな」
 しかし、それ以上は何も言わぬ。いっそ、先に何かを告げようとした彼女に、
「過去のお前さんがどうだろうとオレにもつゆにも関係ねぇ。今しか知らねぇからなあ」
 先んじて、市松があっけらかんと言い放つ。
「みんな、同じだろうよ」
 そう告げながら彼の放ったケルベロスチェインが、リンキの脚を搦め捕る。
「ソノ通り! で、ウチの店主に余計なコトしてくれるヤツには、きっちり報復しないとネ」
 空色の瞳を剣呑に光らせ、キソラが地を蹴ると、アラドファルは柔らかに笑って続く。
「終わったら秋におすすめの飴、頂きに行くからな」
「……繰空さん。辛いなら、少し休んでいても」
 巴の一言に――頭を振って、千歳は前に出た。
「みんなを傷つけながら、護って貰うなんて……これ以上、自分の嫌いな部分を増やすわけにはいかないわ」
 強く前を見据えるのは、いつも通りの彼女だった。

●応報
 戦場に広がるは、空気を一変するような旋律――。
「蜃気楼と知りながら手を伸ばす 終着はまぎれもない楽園」
 弥鳥が紡ぐは、リフレインする退廃的なメロディが特徴のロック――如何なものにさよならを告げるとて、そこに笑顔があるならば。
 想いを込めて、奏でる。
 ケルベロスの猛攻は着実にリンキを削っていく。しかし彼も、やはり個で見れば強い死神であった。逃れ逃れ、仕掛ける攻撃の陰湿さは変わらぬ。
 数多に身体を縛る呪いに冒されながらも、死神が半身を捻りながら振るった一撃は、アラドファルの腕を掠める。
「……思い出したくない。俺の心に、触れるな」
 何を見たか、彼は静かな激昂をルーンアックスに乗せる。
「君は目を瞑るだけでいい。」
 武器の軌跡を、細やかな光が繋ぎ、星が零れる。星座を刻むように。
 至近距離からの一閃は、死神の肩から腰を斜めに、深く裂いた。
「千歳にはまた美味しい飴を作ってもらいたいのだ……お前と遊んでいる暇などない」
「……くっ」
 死神は身体を折り、呻きながら、大鎌の力を解放する――道路に、血で描かれた魔法陣が刻み込まれる。
 だが、ケルベロス達は構わずに畳みかける。彼らを護るため、アリシスフェイルが朗と唱う――蒼界の玻片を、傷を負ったものたちに配し。
「私は千歳がいつものように楽しそうに笑えるようになって欲しいだけ」
 彼女の金の瞳は強い意志を湛え、大切な人を見守る。
 消耗した体力を補うべく、地獄の炎を纏うガントレットで死神を殴りつけた巴へ、更に弌が大自然の護りを重ね傷を癒やす。
 彼は、彼女達の因縁はわからない――そもそも、彼女のことを深く知らない。
「けれどぼくは確かに彼女の飴に魅せられたから……このままあの人の飴を食べられなくなるのは、嫌なんですよね」
 こくりと頷くのは、サヤ。厚い前髪の向こうに、心配そうな視線を隠し。
「サヤだって、千歳がいなくなったらさみしいのですよ。お手伝いをする理由なんて、それだけで充分」
 妖しく蠢く幻影を、カルナへと送る。
 その力を纏った彼は魔導書を紐解く。
「他人の弱みを覗くなら、当然覗かれる覚悟もありますよね? 君も楽しむといいですよ」
 涼しげに言い、混沌なる緑色の粘菌を解き放つ。
 どんな幻が死神の前に現れたか――唯一確かなのは、それがとても驚愕したということだ。
 その隙を見逃さず、彼方で銃声が響く。
「どういった因縁があるのかは存じませんが、わたし『達』にとって、大切なあなたが、その思いを、遂げられるように」
 そうだよね、ハンナ――瑛華は囁き、艶美な笑みを。
 一々振り返らなくても、正確に対象を撃ち抜く腕の持ち主を、ハンナが違うはずは無い。にやりと笑って――アトリによって重ねられた光る魔法陣の上を、駆った。
 遠距離射撃は死神の膝を砕いており、そこへ彼女の容赦の無い横蹴りが追う。星型のオーラを叩き込み、完全に崩す。
 白髪に混ざる地獄の炎の一房が、鮮やかに燃えて尾を引く。
「姐御のヒトを笑顔にする腕を、曇らせるワケにゃいかねぇからネ」
 軽口ひとつ、キソラは虚空を呼ぶ。
「まあゴユックリ、」
 無から生まれた滴は、しとしとと――傷を侵食し、禍事広げる黒雨。
 更に、市松がチェーンソー剣を手に追い込む。それが咄嗟に差し出した鎌の柄と、火花を立て鬩ぎ合う。
「最後の一撃は繰空さん、君の手で」
 巴に促され、一歩前に進んだ千歳に、弥鳥が声をかける。
「……それぐらいの情の深さも俺は嫌いじゃないけどね。嫌って仕舞いこむなら俺はそれでも良いと思う」
 それだけ、と彼は微笑む。その表情は過去に知っているものより、大人びていた。
「思い切りやっておいでよ」
 彼が刻む音と共に、広がった銀色の粒子に感覚が研ぎ澄まされていくのを感じ。
 頷き、両手に鈴代、鈴白をそれぞれ握り、千歳は地を蹴った。心得たように市松が飛び退いて、残されたのは無防備な死神のみだ。
「私以外、知る人はいらないの。」
 彼女の声音は凛と、或いは冷ややかに場を打つ。
 それでも、少年の顔は笑みを浮かべた。それは嘲るものではなく――何処か、哀れみを滲ませていた。
「本当に?」
 問いかける死神の眼は、真っ直ぐに千歳を射貫いている。
「大切な仲間にも……見せないの?」
 何となく、純粋な問いかけのように思えた。だとすれば、子供の疑問そのものではないか。思い至って、思わず千歳は笑みを浮かべた。
「ええ、だって私は――『イイ女』だもの」
 清濁を抱えて零さない――否、醜い心はそのまま、今度こそ自分だけで抱え込んで。
 ちりん、清涼なる鈴の音が響く。
 すべてを断ち切る一刀は鮮やかに、小さな死神を両断した。

●帰路
 暫し、千歳は死神を見つめていた。最後の一刀、自分は一体どんな表情をしていたのだろうか――ふと不安になった。
 そんな彼女の頭をぽんぽんと――優しく弥鳥が撫でた。
 足元で、鈴が跳ねている。彼女を案じて、その顔を覗き込もうとしているようだった。肩に乗ったつゆが、その頬に身を寄せる。
 顔をあげれば、からりと笑う市松がいる。
「それでも千歳は千歳だよなあ」
「そうですね、千歳さんは千歳さんです」
 カルナが深く頷く。
 断言する言葉に、思わず皆をゆっくりと一瞥する。
「お疲れ様。君の心、少しは晴れただろうか」
 アラドファルが柔らかな声音で、問うてくれば、
「オレも、千歳ちゃんの後悔が無ければイイからさ」
 キソラが片目を瞑り、言う。リンキとの戦いで、彼らも少なからず、嫌なものを見たかもしれないのに――。
 皆の眼差しは、とても優しい。ぽんと目の前に何かが過ぎる。驚いて手を出せば、いつも好んで吸っている煙草の箱だった。
「ほらよ。今必要だろソレ」
 自身もひとつ煙草を咥え、ハンナは――余計な言葉を放たず、ただ不敵な笑みを見せる。
「…………本当、ハンナってイイ女よね」
「惚れ直したか?」
 ええ、素直に彼女が頷くので、二人で声を出さずに笑い合う。
 それを見つめていたアラドファルが、不意にいつもの眠気に襲われたように目を細める。
「疲れるとやはり、甘い物が食べたくなるな……」
 ぼんやりと零したのを耳に、ふっと巴が笑って踵を返す。
「店主の帰りを待っているよ」
 一服したら、戻っておいで、と――。

 ふと見上げれば、雨は上がり。全てを洗い流したように、光っていた。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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