雲海より降り立つ凶ツ龍

作者:木乃

●超克せよ
 雲海より遙か上空に揺蕩う少女は、巨大な気配を察知すると薄く瞼を開いた。
「お待ちしていました、ジエストル殿」
 たおやかに微笑む少女は白珊瑚のように透き通った頬を僅かに緩める。
 対する蒼黒の巨龍は、肌を刺すような険しい気配を漂わせていた。
「先見の死神、プロノエーよ。このドラゴンを贄として、お主の持つ魔杖と死神の力で定命化を消し去ってもらいたい」
 ジエストルの連れてきたドラゴンは既に瀕死らしく、喉から空気の抜ける音を出すだけで精一杯のようだ。
 だが、その眼差しは既に覚悟を決めた者の光を宿している――どのような手を使ってでも、我らの本懐を果たす!
「――承知しました、定命化に侵されし肉体から強制的にサルベージを行いましょう。ただし『あなた』という存在は消え去り、残されるのはただの抜け殻……それでも構いませんね?」
 問いかける薔薇色の唇に、衰弱したドラゴンの眼光は一層の鋭さをみせた。
「……元より承知の上、さあ始めてくれ」
 ジエストルの言葉にプロノエーは微笑を消し、巨大な光の方陣を雲上に描く。
 瀕死のドラゴンは僅かに残された力で飛び込むと、その肉体は苦悶の声と共に淡雪のように溶け……爆炎と流水をまとう骨竜の化生に変じていく。
 変貌していく様子をジエストルとプロノエーは静かに見守り、
「……サルベージは成功です。この『獄混死龍ノゥテウーム』に定命化部分は残っておりません、ですが」
「解っている、すぐに戦場に送れば良いのだろう。 代わりに完成体の研究を急いでもらう、よいな?」

 オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)はケルベロスを招集すると、すぐに依頼内容について語りだした。
「長野県白馬村へ向かう『獄混死龍ノゥテウーム』の襲撃を予知しましたわ。襲撃までの時間が少なく、市民の避難は間に合わない可能性が非常に高いため、このままでは多数の死傷者が出る恐れがありましてよ」
 ここ最近、確認されるようになった新種のドラゴン。
 迅速すぎる時間間隔にはオリヴィアも焦りを隠せないようだ。
「皆様には至急、ヘリオンで迎撃地点に向かって頂き、獄混死龍ノゥテウームを撃破して頂きます。ノゥテウームは知性がなく、ドラゴンとしては戦闘力も低い部類ですが、最強の戦闘種族に連なる者には変わりません」
 知性なき暴力は天災にも等しい、全力で迎撃する構えで臨んで欲しい。
「ノゥテウームは全長およそ10メートル。攻撃身にまとう爆炎を飛ばし、流水で起こした濁流で動きを鈍らせ、腕状の骨で叩き潰すような攻撃を行いますわ」
 その攻撃はドラゴンらしく一撃が必殺となりかねない。
 驚異的な威力であることは忘れてはならないが、他のドラゴンと少し違った特徴がある。
「この獄混死龍ノゥテウームは、『戦闘開始後、8分ほどで自壊して死亡』することが判明していますわ。なぜ、自壊してしまうかは不明ですが、ドラゴン勢力が何らかの実験を行っている可能性が高いでしょうね」
 ノゥテウームが自壊するなら8分間耐えきれば良い、と油断してはいけない。
「8分で自壊する……とは申しましたが、ケルベロスが戦線を維持できなくなれば、多大な被害が出ることは必至でしてよ? 敵の侵攻を抑えることが肝要、市民を守るためにも防衛線は絶対に死守してくださいませ」
 ノゥテウームは知性がないからか、目についたものを真っ先に狙うようだ。
「ケルベロスが戦闘を仕掛ければ、ケルベロスとの戦闘を最優先するでしょう。……それにしても、骨のような姿のドラゴンですか……まるで死骸が動いているようですわね」
 不穏な敵に対して、オリヴィアも嫌な予感を隠せずにいる。


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
シルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
セレネー・ルナエクリプス(機械仕掛けのオオガラス・e41784)
アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)

■リプレイ

●啼きのがしゃ髑髏
 天気良好。日中は秋晴れ、肌寒さはあれど身震いするほどではない。
 小日向山から最寄りの山荘まで距離は2キロ以内、人間の足でもそう時間がかからない位置にある。
 今から協力機関に連絡しても避難誘導は間に合うはずがない。
「あのさ、到着と同時に殺界を形成したら、最低限の被害は防げると思うんやけど」
 ヘリオンで移動する最中。
 焦りの滲む月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)はミーティングする永喜多・エイジ(お気楽ガンスリンガー・en0105)と、顔から足先まで強化外装で覆うシルフィディア・サザンクロス(ピースフルキーパー・e01257)に提案する。
「い、『一般人の方が居たら』という、予防線ですが……呼びかけるより早い、でしょうか……?」
「うーん、両方やるのはどうかな」
 殺界形成したからと言って、急いで避難するとは限らない。
 不意に現れた『殺気』に驚いて、遠ざかる前に足を止める恐れもある。
 ――エイジが後退を促せば、危険性もすぐに察するだろう。
「……時間だ、方針は予定通りでいいな?」
「ええ、自壊を待たずに撃破する……私達も積極的に攻めましょう」
 シートから腰を上げたディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)と共に、レフィナード・ルナティーク(黒翼・e39365)が搭乗口に立つ。
 眼下に広がる山肌を覆う土と僅かな緑――そして、燃え立つ白い孤影。
(「なんて禍々しい姿……あのような姿になってまで生き存えたいのでしょうか」)
 銀色の髪をなびかせながら、アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)は飛び立つ。
 白いケープの広がる様相も、まさに天使が舞い降りるようだった。
「機甲翼、動作良し……降下地点はドラゴンの進路!」
 黒鉄の翼を羽ばたかせるセレネー・ルナエクリプス(機械仕掛けのオオガラス・e41784)は巨大な髑髏の直線上へ滑空し、二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)も得物を引き抜く。
 続々と地表に着陸し、樒・レン(夜鳴鶯・e05621)は音もなく降り立った。
「――――夜鳴鶯、只今推参」
 レンの名乗り口上への返答は、がしゃがしゃと揺れる骨子の騒音のみ。
 さながらその姿は業火に溺れ泣きじゃくる、ガシャドクロを彷彿とさせた。

「殺界、いくで!」
 朔耶が殺気のフィールドを広げる間に、シルフィディアと葵が前のめりに突撃する。
「来ますよ、気をつけて下さいっ!」
 グラビティを込めた葵の咆吼は衝撃波となり、ノゥテウームの勢いを押し返す。
 フルフェイスで顔を隠すシルフィディアは血走った眼で睨みつけた。
「死に損ないの生ゴミがぁ……粉微塵にしてあげますよ……!」
 宣言通り、頭蓋を粉砕する勢いで鉄槌をぶつけると赤黒い目玉がギョロリと動く。
「こんな醜悪な姿になってまで生き残りたいか、さすがに哀れだな」
 頭上から迫る陰をディークスが飛び退くと、地面を叩き割った跡が幾つも残され、山鳴りが絶え間なく響いた。
(「この地球を愛することは出来れば……しかし、矜持と傲慢さがそれを赦さぬか」)
 自我をも捨てた空蝉の異形。
 自縄自縛の末路を前にレンは目を伏せ、憐憫の情を飲み下し九字を切る。
「破ァッ!」
 分身を身につけたアメリーは陽炎を纏い、飛来する爆炎の名残を残影がかき消す。
 既に葵が備えを施したため、アメリーは攻勢に打って出ようと手に力を込める。
「一撃はとても重いですが……この地を守るため、全力で戦います!」
 焼けつく鈍痛は小さな体を蝕む。
 仲間からどれだけ危険な相手か聞いていたとしても、その痛みに微かな恐怖を覚える――それでも白い少女は、毅然と竜骨の怪物に一撃を浴びせる。
 10mもある体躯が地を蹴り、跳ね回れば、その場は地震のごとく足場を不安定にさせた。
「ああもう、こんなのが人里に降りたら災害どころじゃないわよ!?」
 醜悪な偉容はまさに生ける屍――ただの災厄でしかない。揺れる足元にセレネーは舌を巻く。
 彼女を中心にオウガメタルの粒子が秋風で舞い散り、自身も凍結弾で牽制しながら斬り込む。
「あの体躯で、これだけ動き回りますか……!」
 その背後からレフィナードが砲口で狙い定め、援護射撃で足止めにかかった。
 地を這うように、あるいは腕を脚代わりにしてノゥテウームは蛇行して肉薄する。

 飛来する砲弾を流し落とすように落涙は濁流へと姿を変え、レン達を飲み込もうと津波を生み出す。
「こっちにも攻撃してくるのぉ!?」
 オルトロスのリキが波間を裂いて、エイジの直撃を防ぐがレフィナード達は濡れた衣服に身動きを鈍らされていた。
 季節外れの向日葵を降りまいて再起を図るところに、朔耶も黄金の果実で前衛に予防線を張る。
「気ぃつけや! 前とか後ろとか、こいつ関係ないみたいだから!」
「それなら攻めきれないくらい、攻めてみせます……!!」
 支援する朔耶に葵も獲物を構え直し、眼前に飛び出す。
 頭蓋だけでも自身の身丈を越すノゥテウームの龍角に刃を振り下ろした直後、吐き出された炎弾を葵が刀身で受けとめる。
 不規則に奮われる暴力にディークスが薙ぎ払われ、その腕部を狙ってシルフィディアが破砕しようと墜龍槌を何度も叩きつけた。
「潰えろ、潰れろ、潰れてしまえ……!!」
「シルフィディアさん、避けてくださいっ」
 迫る奔流にアメリーと葵が自らを盾にしようと突っ込む。
「っ、大丈夫でしたか!」
 津波の流れを強引に代えるために、葵達は二人分のダメージを受けることになるが、
「エイジ殿、花吹雪をひとつ頼む」
 印を切るレンが起こす竜巻、続く花吹雪が身を切るような寒さを取り払う。
 懐に潜りこんだセレネーだが、揺れ続ける足場の影響が大きいのか、攻撃が空振る場面が目立っていた。
 足踏みするように叩きつける腕は想定よりも素早く、直撃を避けるだけで精一杯だ。
「ぐ、ぅ、ちょっと突っ込みすぎたかしら……!」
 気功の障壁でアメリーが追撃の直前、辛うじて間に割り込む。
 生じた気の流れをそのまま攻撃に変換しようと、アメリーの周囲を円状に回っていく。
「双魚宮の証聖者よ、彼の者を侵す魔を灌ぐです――」
 巡る気脈は双魚へと変じ、長大な胴体を円環で包むと、
「……les Poissons」
 急速に巡り巡って、清らかな冷気が締め上げるように広がりをみせる。
「ディークス殿、まだ動けますね?」
「ああ、なんとか……押し上げて行くぞ」
 レフィナードの呼びかけを受け、重力弾を放つ合間をすり抜けるように、肩で息をするディークスの虚無魔法が球状に骨片を消滅させていく。
 シルフィディアから執拗に攻撃された腕が一本崩れ、ノゥテウームの勢いが乱れた隙を、セレネーは見逃さなかった。
「さあ、レッツ・ダンスマカブル!」
 鋼鉄で覆われた翼が黒炎を吹き出し噴射し、慣性の法則を無視した、急角度の旋回を繰り返す。
 翻弄するセレネーが上空からのミサイルキックで、巨木じみた背骨を捉えた。
「――カラスの芸は、闇に舞うだけじゃないっ!」
 黒く燃えさかる二振りの大剣が豪快に、粉砕しようと滅多打つ。
 そこへファミリアで脆くなった骨を突き砕かせた朔耶が、もう一撃仕掛けようと呼び戻す。
「解放……ポテさん、お願いします!」
 梟の姿に自らの魔力を込め、一直線に飛び出す魔弾が片目に傷を残し、痛烈な雄叫びが山間にこだました。
 片目を抑えるようにノゥテウームが身動きを止める――――すると、どこからか電子音が微かに聞こえてくる。
「だ、誰かいるの!?」
「違うです、5分経過したアラームです……このまま一気に行きましょう」
 見回すエイジにアメリーが冷静に刻限を伝え、レン達は暴れる竜骨の化生へ一斉に飛びかかった。

 血の涙を流す獄混死龍は、真っ赤な濁流でディークスらを山肌から転落させようとするが、強引に葵が流れから突き飛ばす。
「ッ、ハァ……絶対に、ここで止めてみせますから、ねっ……!」
「回復いくよ!」
 援護に回ろうと奔走する為に、負傷がもっとも目立っていた。
 エイジが濃縮した気弾で応急手当を施し、反撃も恐れず突貫するセレネーと、確実性を高めようと妨害に走る朔耶が天と地から間合いを詰める。
「リキ、援護よろしく!」
 踏み込む反動で勢いをつけた朔耶の回し蹴りから、リキの神器による一撃が新たに骨を打ち砕く。
(「あなたたちが何を考えていようと、その企みは全て潰す」)
「せめて安らかに眠りなさい」
 バチバチと弾けるセレネーの掌に雷が収束していく。
 荒魂のごとき雷撃はセレネーの手を離れ、潰れかけた片目玉を焼き潰し、グロテスクな肉塊へと変貌させる。
 もがき苦しむノゥテウームはなりふり構わず、爆炎をまき散らし始めた。
「く、見境なしか……!」
 飛来する炎から飛び退いたレンの足下に、焼け跡が煙をあげる。
 僅かに生える野草や細い木は焼け落ち、焦げた臭いが充満する中で、至近距離にいたセレネーが直撃を受けた。
「ッ!! もう少し、なのに……!!」
 ノゥテウームの動きが鈍るより先に被弾し続け、クラッシャー相手に近接戦闘しようとこだわったことが仇になった。
 膝を突きそうになる彼女の救援にレンが素早く向かう。
「すまない……だが、いずれ真打ちが現れる。今は後退のとき」
 摩利支天で爆炎を防ぎながら素早く距離をとると同時に、レフィナードの支援を受けるアメリーが潰れた片目に集中攻撃を仕掛けていく。

 まとう流水は赤黒い血肉が混じり、燃えさかる炎が小さくなってきたのは誰の目にも明らかだった。
「よっしゃ! ヘンテコドラゴンも虫の息やね」
 朔耶が撃破を確信したように声をあげる。
 エイジの治療を受け、荒々しく息を吐くシルフィディアは骨装具足に手を伸ばした。「虫のくせに無駄にしぶとい……害虫風情が、さっさとぶっ潰してあげますよ……!!」
「ノイアルベール殿、残り時間は解りますか」
 レフィナードの確認と同時に、二度目のアラームがアメリーの耳に届く。
「……あと1分です!」
 最後の追い込みをかけようと、レンも撃破を優先する方針に則って加勢に向かう。
「大地が震え、花が歌う」
 印を結べば芽吹く石蕗。旋風を纏いて螺旋渦巻く残り香。
「――――忍法・木の葉螺旋!」
 咲き乱れ、舞い散る木の葉と花びらが獄混死龍の残された片目を覆い、視界を遮っていく。
 花嵐を潰そうと眼前で空を切るように腕を振り回す姿に、猛烈な殺気を放つ小さな影が死角から迫る――!
 露出させた片腕で側頭部に爪を突き立て、熱気をあげる怪腕を固定したシルフィディアが必殺の構えをみせた。
「その腐りきった脳味噌ごと……風通し良くしてやりますよ……!」
 ゼロ距離から射出された鉄血の杭がこめかみに当たる部位を突き穿ち、切っ先が反対側まで到達する。
 ……引き抜くと同時に、頭蓋に詰まっていたらしい肉体の残り物が噴出し、辺りに焦げた肉片と血飛沫を飛び散らせた。
 自らが死する事も理解出来ていない様子のノゥテウームは、残った片目をぐるぐると回し、巨体を横たえて砂塵と化していった。

●馳せる想い
(「これでようやく魂が地球と一つになれたか。その魂に救いと、重力の祝福を」)
 ――せめて安らかに眠れ。
 瞑目して片合掌のみ送ったレンは、延焼を防ぐためアメリー達と共に残り火の消火に向かう。
「セ、セレネーさん、ご無事ですか……?」
「ありがとう、少し張り切り過ぎてしまったようね」
 骨装具足を装着し直したシルフィディアに、『問題ない』とセレネーは笑みを返す。
(「……私がもっと引きつけられていれば……」)
「勝ったのに浮かない顔だね?」
 思い詰めた表情の葵にエイジが顔を覗きこむ。
 慌てて「なななな、なんでもないですっ!!?」と取り繕う葵だが、なにか出来ることがあったのではないか……何度も思考の海に浸ってしまうのだった。
「……一体、何をたくらんでいるのでしょうね」
 山火事を鎮火させながらレフィナードは空を仰ぐ。
 秋空は澄み渡り、吹きつける風は冬の足音を感じさせる。
 ――――特攻とも思えるドラゴン達の作戦は、一体いつまで続くのか。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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