月一滴

作者:五月町

●月の畑
 夜空にぽかりと浮かんだ秋の月は、半円を過ぎたところだった。
 明るく澄んだ夜に誘われたのかもしれない。夜明け前、老人はふらりと里山の家を出た。
 朝露にしとどに足を濡らされながら、目指すのは文字通りの月の畑。真白でもない、黄色でもない、ごく淡い月色の菊花が咲き誇る山間の地。
 空の月を追いゆけば、薄闇の中、風が運ぶ香気が在り処を報せる。老人は迷うことなく辿り着き、静やかな宴のように袖を触れあう花の頂から、しっとりと柔らかに香る綿帽子を取り上げた。──そのとき。
 しゅるりと伸びた赤い花弁が、背後から老人を絡め取った。声のひとつも許さずに、花芯に抱いて離さない。
 ぽとりと落ちた真綿の香気に目もくれず、場違いな曼珠沙華は頭を振り上げ辺りを闊歩する。
 渡る風の中、眉をひそめた貴人のようにひそひそと囁き交わす菊花には、何もできない。
 攻性植物となり果てた花の歩みを、止められる存在はただひとつ──……。

●旧暦九月八日、深夜
「……悪い予感は、当たるものね」
 旧暦の重陽を前にして、ここにありと謳われる里山の名花が気にかかった。始まりはそれだけだったと、柔い吐息を溢すシュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356)に、グアン・エケベリア(霜鱗のヘリオライダー・en0181)は笑みを見せた。嘆くのはまだ早い。
 月畑と呼ばれる鄙の里、満ちる月色の花畑にふわりと舞い降りた胞子は、偶然にも片隅に一輪だけ咲いていた曼珠沙華に取りついた。
 生まれてしまった攻性植物は、夜明け前にそこを訪れた老人を取り込み、つんと頭をそびやかしている。
「大きな動きがないのは今だけだ。いずれは里に下りて人を襲うだろうし、夜が明ければ爺さんを探して畑を訪れる人も出るだろう」
「そうなる前に止めなければならないわね。……皆様の力を、お貸し頂けるかしら」
 無論と集った人々に、桜の娘は花のような微笑みを湛え感謝を告げる。返る瞳に頷いて、グアンは状況を語り始めた。
 敵は一体のみ、格別に攻撃に長ける訳でも、耐久に優れる訳でもない。しかし、生きた人を宿主としている現状が、事を厄介にさせている。
「普通に攻撃を続ければ、取り込まれた爺さんも一緒に倒れることになる。だが、敵にヒールをかけながら慎重に戦えば、攻性植物を倒した後に爺さんだけは救出できるかもしれん」
 受けたダメージの全てを治癒で拭いきれる訳ではないことは、ケルベロスたちもよく知るところ。攻撃と回復のバランスが重要となるだろう。そしてまた、その瞬間を辛抱強く待ちながら戦い抜く覚悟も。
 攻撃手段は三つ。触れたものの生気を奪う鮮紅の花弁に、地中から吸い上げた魔力で練られる鬼火。花火のように撃ち出す棘は、肌を灼く猛毒を帯びているという。
 万事油断なく──と、柔い笑みから思いもつかぬ気丈さを覗かせて、シュゼットは杖を抱いた。
「旧き暦に拠れば、明日は重陽。全てを掬うことが叶った時は……月色の菊の花の加護をいただける、筈」
 それはと問う眼差しはグアンだけに留まらない。首傾げる仲間に目を細め、娘は伝承を口にする。
 旧暦九月九日、陽の気の重なる日の旧き慣習。今を盛りと咲き匂う菊に一夜、真綿の帽子を被せ、香る夜露を含ませる。明朝にその露で身を浄めれば、気高い花の香気を受け、永く健やかに在れると信じられたのだと。
「菊の被綿、と呼ばれるそう。……ご老人も、どなたかの為に出向いたのではないかしら」
 健やかであれと願いを込めて。そうであるのなら尚のこと、
「爺さんの命も露も、枯らす訳にはいかんな」
「ええ。──何方にも、好き日の訪れるよう」
 その言葉をはじまりに、ケルベロスたちは策を交わす。胸の裡に仕舞った願いを今はただ、その身を呈して叶えるために。


参加者
露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)
卯京・若雪(花雪・e01967)
泉宮・千里(孤月・e12987)
楪・熾月(想柩・e17223)
ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)
クラリス・レミントン(暁待人・e35454)

■リプレイ


 月が煌々と照らす夜空より、地上の赤を目指す。夜影の中に照り映える赤、蠢く攻性植物のもとへ、ケルベロスたちは迷わず降下の軌道を修正した。
 ──すべて終わるまで、誰も来ないで。クラリス・レミントン(暁待人・e35454)の放つ気が一帯を包み込む。
「素敵な夜の美しい月の雫の中に、血色が一滴……それもまた美しくはありますが」
 宵穹のかけらが人のかたちに切り取られたようだった。戦意で身を縁取ったアレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)はくすり、微笑む。
 襲撃を察知した曼珠沙華へ、
「その人に何かあれば、我が姫は哀しみます故」
 紡ぐ石化の呪法は取り込まれた命の為に、そして恋人の心を曇らせぬ為に。
 強度持つ束縛に軋んだ花を、卯京・若雪(花雪・e01967)が真正面から斬り裂いてゆく。菊の香りに僅か、揺れる白藤のそれが混じった。
「重陽の願い、月の加護が翳らぬように……悪夢は晴らしましょう」
 ふわりと湧いたさやかな命、小花や蔓たちが、群生する菊花の上へ倒れ込もうとする曼珠沙華を引き留める。その隙に、
「囲みます」
「ああ。菊に代わって、厄除けといこうか」
 薄い唇に上る囁きは、敵のすぐ傍らに。群生を背にした泉宮・千里(孤月・e12987)の螺旋の刃が強靭な表皮を破り、守りを削げば、クラリスも煌らかな戦斧を振り下ろす。老人を救う為、敵の回復を担う彼女には、恐らくは数少ない攻撃の機。
「月だけじゃない。星も私達に味方してる。……だから、大丈夫だよ」
 ふわり揺れる赤い袖に可憐なフリル。猫のように軽く夜空に躍る娘は、裏腹の鋭さで敵を切り裂いた。
「お願いね、熾月」
「任せて。行くよ、ロティ」
 友の一言に意図を汲み、楪・熾月(想柩・e17223)は木の杖を掲げる。曼珠沙華が人を取り込むなんて、まるで黄泉への手招きだ。
「安心して。君たちの憂いは俺が取り除いてあげる。──だから」
 今は君たちの力を、俺に。杖に込めた祈りに同和した花々の瑞々しい命が、熾月に馴染んでいく。それは杖さす先、敵意も露わな曼珠沙華へ。
 成り行きに息を潜める菊花たちは、ケルベロスたちの邪魔をすまいというように身を反らしていた。
 花畑を避けての降下が叶ったものの、香る花々は傍らにある。『隠された森の小道』によって花々が難を免れることは難しい。それでも、術にかけた思いを共有する全員が包囲を敷き、積極的に害意を遠ざけようとしたことで、花は傷つくことなくそこに在る。
 熾月を真似て花々を庇い立ったロティが、鋭く敵の魂を切り裂いた。
「どうか、翁殿を見守っていて」
 綿を被った花々には柔い一瞥を、けれど翻したシュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356)の眼差しは凛と澄む。煌めく杖で一線引けば、忽ち後衛を守る光の壁が立ち上がった。
「それならこっちはお任せあれ、ってね!」
 ナクラ・ベリスペレンニス(オラトリオのミュージックファイター・e21714)の白銀の鎖が、競うように前へ駆けていく。直後、堂々と広がる花弁から熱が放たれた。それは盾たる二人を灼き、すり抜けた一つも後衛へ至ったけれど、千里もナクラも傷は浅く、シュゼットも魔炎を跳ねのける。瞳だけで笑み交わせば、ニーカも愛らしいバリアで回復に続く。
 気がつけば、里村からここへ至る道が封じられていた。殺界に重ねる露切・沙羅(赤錆の従者・e00921)の守りは、傷つく者を増やさぬため。星屑を纏う蹴りに、強靭な茎が撓う。
「ちゃんと助けるから、待っててね!」
 花々の眠りは覚まさぬよう、けれど花の内の人へ届くように呼び掛ける。菊花の加護はきっとある、そう信じて。


 攻めては癒す繰り返しが三度に渡る頃には、敵の特性にも察しがついた。
 シュゼットの光の壁をもってしても、容易には阻めない毒と炎。妨害者の立ち位置に強化されたものだ。
「──負けない。菊の花に宿る朝露が、涙の代わりなんて嫌だもの」
 この癒しは敵に利するものではなく、老人を繋ぎ止めるもの。信念を胸に、ひとつ、ふたつと唱う歌は、敵の傷口にかそけき星の煌めきを置き、ひとつながりの星座に繋ぎ合わせる。
「それに……君にも。再会を喜ぶ花で在ってほしいんだ」
 此岸から渡る日、彼岸で待つ人達との。──込み上げる憂いは瞳の奥に沈め、大自然と繋げた自身の気を敵へと流し、癒す。そんな熾月の前に立ち、ロティも祈りで思いに添った。
「……足りないのなら、幾度でも」
 仲間を苛み続ける炎も毒も、許してはおかない。シュゼットの祈りが再び光の防壁を築く。ああ、と頷いたナクラの傍ら、青白く冴えた雷霆が槍の穂先に宿った。
「爺さんの願い、無碍にはできないよな。なあ、友達? 家族?」
 可愛い孫かも、老いた妻かもしれない。誰にせよ、と旋回する一閃に思いを込める。
「ずっと一緒に居たい、大切な人の為に綿を被せに来たんだろう。なら、俺達でその人の処へ戻してやらないとな。なぁ、ニーカ?」
 厳しい戦いにも朗らかさを失わないナクラに同じく、ナノ! と元気な返事で治癒に向かう愛らしい子。
 仲間へ伸びる朱の花弁を、千里が防ぎ止める。生気を奪いゆくひと触れを横目に、
「欲張りが過ぎるよ!」
 感情が繋がっていない為に、仲間の連携に一歩遅れがちになりながらも、沙羅は懸命に挑みかかる。速撃ちの弾丸に敵が揺らげば、
「ふふ、貴方も歌い続けますか? 涙が凍り、石となるまで」
 金の瞳から頬へと辿る指に、応えるは星のくじら。溢れ弾けた星の滴は、泪の波紋で曼珠沙華を癒す。かと思えば、
「ああ、精々奪うがいいさ……爺さんから啜られるより余程いい。こっちの花も喰らってみるかい」
 受けた傷などものともせず、千里の放つ暗器は溶け、昏き赤に燃え上がる。そのさまはまさに眼前の──そして纏いにも宿る狐花。
 不敵な笑みに貴方らしいと微笑んで、
「では、花には月を添えましょう」
 舞うように並べる若雪の斬撃は、白々と輝く月の軌跡を描く。無事の夜明けへ──重陽の慶祝、菊花の加護を届けたい人の元へ、必ずや道を繋ぐと誓いながら。


「そろそろ仮初めの死から覚める頃合いだ。辛いかもしれないけど頑張ってくれ、爺さん」
 エクラの晴れやかで力強い歌声は、迎える朝に相応しく、敵には眩い。──怒りを生じる程に。
 菊花に触れそうに近く、空をなぞった熾月の杖が香気を拾う。伝い来る清らかな生気を自身を介し敵へ注ぐも、傾いだ茎は完全に空を仰ぐまでには戻らない。終わりが近いのだ。
 毒ある棘が頭上に爆ぜる。術に縛られ、幾つかが甲斐なく落ちる中、行き先を見失わなさったその一部が熾月を貫く。けれど、
「もう少しだ、慎重に!」
「うん! 花たちの眠り、これ以上は邪魔させないよ。『“赤錆”に命令させるな。召喚に応じろ』……!」
 夜明けの空にはまだ僅か、時があるのだから。流れる沙羅の髪にも似た赤錆色の刀たちが、音もなく空に招かれ、大地に敵を縫い付ける。
「命に満ちた黎明はすぐそこに。囚われの命を手折ることなく──また私達も折れることなく」
 星の海から潮騒が響く。アレクセイの傍らをすり抜けた空のくじらは、その泪を再び曼珠沙華に溶かした。その煌めきに目を細め、シュゼットは秋なお春の気配を纏う花の杖を掌に抱いた。
 かの癒しに連なる仲間たちの連携が、終わらせてくれる筈だから。どうか過不足なく、
「それに足る力を、皆々へ──」
 桜色仄かな白銀の鎖が、しゃらしゃらと歌い落ちる。地に流れた光は、その温かな力で仲間を蝕む炎を鎮めていく。
 掌中に爆ぜる雷撃を槍に伝えながら、ナクラは萎れかかる花の懐に飛び込んだ。愛する家族に愛されて頼もしく在れるこの身のように、かの老人の愛情もまた、命とともに正しく届けられるべきものだから──譲らない。
 表皮を貫く眩い一突きに、敵にも負けぬ鮮紅の髪が踊る。その傍らを駆け抜ける影は、底光りするような密度ある黒。
「さぁて、頼むぜ若雪──見知った技に、万に一つも綻びはねえだろうな?」
「ふふ、そう在るように努めましょう」
 影を連れて駆けた千里の得物が、目印のように妖しくゆらめく炎を咲かせた。にやり笑う金色の眼に、穏やかに凪ぐ若草のそれで若雪は応える。
「貴方には安らかな眠りを。──そしてご老人には、穏やかな目覚めを」
 空を廻る刃は、花の芯に囚われた命から悪意を削ぎ落としていく。
 枯れ花の風情を見せながら、曼珠沙華の抵抗は止まない。ず……、と足裏に伝う地響き、地の魔力を吸い上げながら顔を上げる花。回復の要請に油断なく備えながら、シュゼットは眩しくそれを見る。──なんと際立つひと色、と。
 ひとり咲き誇った気高さに罪はない。稀なる夜、胞子によって変質してしまった命の鮮やかさをせめて、
「ずっと覚えているわ」
「うん。……それでも、譲れない」
 意志は最後まで凛と鋭く在りながら、流れ出す歌は優しい。小さな鳥の翼のように揺れるレースの両腕を広げ、朱をさした唇にクラリスが乗せる声は、『あとわずか』を奪い切るに十分だった。
 鮮烈な魔力の光が歌に宥められていく。
「錨はもう下りたの。彼岸への船出は叶わない。──絶対にさせない」
 耳を澄ます菊花の群れの中、くらりと赤い花がほどける。まろび出る痩せた人影を、
「! おっと、危ねえ──」
 千里の和花彩る腕が素早く伸びて抱き止める。
 夜に融けるように曼珠沙華の気配が消えると、菊の香をすう、と吸い込む静かな呼吸の音が聞こえた。
「……ご無事でよかった」
 上着で包み、手を取って脈を看れば、確かな温もりと生の律動。シュゼットは花綻ぶようにほっと息をほどく。
 笑みの気配と癒しの術が重なる中、
「おはよう爺さん、俺はナクラ。──あんたの名前は?」
 呼び掛ける声に、老人はゆっくりと目を開いたのだった。


 老人を被綿とともに妻のもとへ送り届けた頃には、空は薄らと白みはじめていた。
 ──あんた方も被綿を? ああ、勿論好きになさるといい。
 若き恩人たちが慣習を知ることに少し驚いて、気力を取り戻した老人はそう言った。里にも知るものはそうないのだと。
 ──そんなもんじゃ、恩返しにもならんだろうが。
 優しげな老女と共に頭を下げる人へ、充分だと笑って、彼らは菊畑へと引き返す。清らかな露の恩恵に与るために。

「……改めても、清々しい香気ね」
 戦の気配が遠退いた花畑に、早朝の風が吹き渡る。身を撫でる冷たさに、シュゼットは心地よさそうに目を細めた。
 冴えゆく空に照らされた月色の花をよくよく見れば、愛らしく綿被るそれは其処此処に。
「本当に帽子みたい。このままでも可愛いけど……月の雫の効果、試してみたいよね?」
「ええ、折角だから。翁殿もそう仰っていたわ」
 シュゼットの微笑みににっこり笑うクラリスに、一緒にどう? の誘いは熾月から。
 暗い緑にひっそり守られた、宝物のような月の畑。その傍らへ、彼らは緩やかに歩を進めた。

「菊の被綿、とは素晴らしい」
 その一輪、その一滴は、叶うことなら我が身ではなく、愛する人のもとへ届けたい。満月の瞳に映る月の花は、アレクセイの胸の内でその人の姿へと変化する。
 この雫を受けて、彼女が健やかであれるのなら、幸せであれるのなら。ああ、けれど、
「……私が彼女にとっての……この雫であれたら」
 その幸いに笑みを深めて、綿を手にした。すべては彼女ただひとりの為に。
「菊の加護か……」
 作法なら、楽しむ仲間に倣うこともできたけれど。花を覗き込むように鼻先を近づけて、沙羅は囁く。
「僕にはあのヒトの加護があるから、大丈夫。キミ達はキミ達を大切してくれるヒトに護りを分けてあげておくれ」
 触れかけた指先を止めて、思うのは大切な幼馴染みのこと。──叶うなら、この月色の加護が届けばいいのに。

 影の夜の裾には曼珠沙華、袂には菊の花。
 纏う着物と先刻までの光景とを、千里の瞳は幾度も往来する。
 影さす眼差しを飄々たる常の振る舞いに隠してしまわないのは、傍らに在るのが心許した友であったからかもしれない。無意識ではあるけれど。
 手向けた思いを察してこそ、若雪は触れる無粋を自身に許さなかった。
「夢のような、心洗われるような──見事な佳景ですね」
 その声に千里が口の端を上げる頃には、二花の着物が似合った女の面影は遠退いて、目の前の風景だけが千里を愉しませていた。
「これぞ役得、ってもんだな」
「ええ、自然と心身が清められるような心地になります」
 それは、月の畑と朝陽の饗宴。露の気配を抱く爽風に、祓えの香り。風情だけでも充分、ここに花酒を望むなど──と笑う人へ、帰ったらご用意しましょうと若雪も笑う。
 咲き誇る月の花に、二人はそっと祈りを託す。
 誰にとっても良き節句となるように──花々に寄す願いや祈りが、穏やかに叶い行く日々が続くように、と。

 すう、と胸を花の香で満たせば、見上げる空には白い月。今にも眠りに就きそうなその風情、そして目覚める陽光は、微睡む花々にはどう見えるのだろう。
「なあ、ニーカはどう思う?」
「ナノ?」
 興味を惹かれるまま、ナクラは膝をつき、花々視線を合わせてみる。朝露に濡れることなど厭わない。その感覚すら、このひと時を語るものだから。
 ふたつの時が溶ける一刻の、美しい空の色。どんな歌に紡げるだろうと思うだけで、心に音が満ちる。
「ほら、おいで! ぴよ、ロティ」
 行っておいでと微笑む熾月に、彼の家族たちは楽しげにクラリスのもとへ。
「どう、気持ちいい?」
 ふわふわした花の加護に、うっとりと身を委ねるふたり。可愛いねと微笑むクラリスの頬を、不意に爽やかな綿がふわり、撫でた。
「二人のお礼だよ。お疲れさまの癒し、なんてね」
「ありがとうね。……っふふ、ちょっとくすぐったい」
 大切な仲間の健やかな日々を願って──仲良く、楽しく在れるようにと。
 そんな仲間の姿を巡り見て、シュゼットは蒼い瞳を和らげた。揺れる光が、そこに棲まう春と冬とを柔く溶かす。
「千年より昔から、だれかの為に願う心が連綿と続いているのね」
 その心は咲く花の月色にも似て──あるいはもっと眩いもの。シュゼットの胸に灯るそれにも覚えはあって。
 彼方の昔からこの命に至るまで、連なり編まれ続けてきた人の心。その営みが、菊の被綿として継がれているのだ。
 露に染む綿帽子をそっと手に取った。揺らがぬ信頼をくれる竜の人へ、ひとかけの加護を贈るために。
 いとおしい営みの一端を、続く明日へ繋げるために。

作者:五月町 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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