ポンペリポッサの魔女作戦~傍観者の不本意なる干渉

作者:柊透胡

 今年のハロウィンは水曜日。平日故に、商業・レジャー施設では土日に先んじたイベントも少なからずだ。それでも、兵庫県西宮市にある駅前のショッピングモールはハロウィンイベント最終日で、駅前の広場は仮装した人々で賑わっている。
 そんな訳で、『彼女』の姿に違和感を覚える者はいなかった。
「……どうして、私までこんな処に」
 不機嫌そうな面を縁取るのは、腰まで波打つ金髪。青緑のリボンを飾っている。リボンと同色系のドレスはヴィクトリア朝初期に流行ったような、古めかしいデザイン。切れ長の淡緑の眼といい、金縁のモノクルといい、神経質そうで理知的な面差しは、同時代のガヴァネス(家庭教師)を思わせる。その割に、大きく開いた胸元やパゴダ袖から覗く素肌からしてアンダードレスは着けておらず、慎ましさには程遠い装いであったりするけれど。
「……ええ、判っていましてよ。今の私達に、ハロウィンの魔力がとても大切である事は」
 だが、それとこれとは話が別だ。本来なら魔力満ちる時の推移を静観したかったのに……こんな騒々しい雑踏に『傍観者』がわざわざ出向かねばならないなんて、何たる屈辱!
「ですから、これは貸しでしてよ、ポンペリポッサ」
 レースの扇の陰で高慢に言い放つや、『彼女』は見る見る巨大化。
 ギョッと驚愕した人々が我先に逃げ出す中、『彼女』の姿は変貌していく――白皙の肌は、年経た蔓のような乾いた深緑に。緑の瞳孔も不気味な赤い眼と乱杭歯を剥き出し、長大な鼻を振り立てる。『お菓子の家』を乗せた帽子をかぶって藍のローブを引きずり、長い長いウインナーソーセージを飾りのように巻き付ける姿は、正に極悪な魔女そのもの。
 突然出現した全長10mもの怪異に、駅前の広場に悲鳴が響き渡った。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに見回す。
「10月の晦日、ハロウィンの力を求めてドリームイーターの魔女『ポンペリポッサ』が動き出すようです」
 ポンペリポッサは、ドリームイーターの指揮官『寓話六塔(ジグラットゼクス)』にして「緑の好奇心」を喚起するもの。昨年の12月に起こった寓話六塔戦争で受けた痛手を回復するべく、ハロウィンの魔力を狙ったのだろう。
「ハロウィンで賑わう街角に現れたドリームイーターは、ハロウィンの魔力を利用して『ポンペリポッサの姿に変身して巨大化』します」
 ポンペリポッサ化したドリームイーターの全長は10m。流石にその戦闘力は本物には及ばないものの、かなりの強敵となるだろう。
「皆さんに向かって戴くのは、兵庫県西宮市。こちらの駅前の広場にポンペリポッサの偽物が出現します」
 タブレット画面の地図を示しながら、創は粛々と説明を続ける。
「駅前のショッピングモールがハロウィンイベントの最終日で、駅前の広場は仮装した人々で賑わっています」
 広々とした駅前広場は、車両の乗り入れが禁止されている。出現は昼下がりの時間帯で、視界の点からも戦闘に支障はないだろう。一般の人々は、敵の巨大化の時点で広場から逃げ出そうとしている。到着したケルベロス達が戦いを挑めば、敵も邪魔者の排除を優先する筈だ。
「ポンペリポッサ化したドリームイーターは、芳しいお菓子の香りを振り撒き、体に巻き付けたウインナーソーセージを振り回します。又、『好奇心』を記録する事で、自らを強化出来るようです」
 ドリームイーターがポンペリポッサの姿に変身して戦闘をするには、ハロウィンの魔力を消費しなければならない。その為、変身していられる時間は5分程度だ。
「時間が過ぎれば、変身が解けて元のドリームイーターに戻りますので、その後なら有利に戦う事が出来るでしょう」
 又、戦闘時にハロウィンらしい演出を行えば、ドリームイーターからハロウィンの魔力を奪い取る事も出来る。そうなれば5分よりも早く、ポンペリポッサ化の解除も叶う。
「ちなみに、西宮市に出現するドリームイーターの名は『モルガン』。自らを『傍観者』と定め、様々な『記録の収集』に執心しています」
 彼女を取り巻く書物や巻物、書類自体がモザイクと化しており、『記録の保持』が欠損しているが故の執着と言えようか。
「元の姿に戻れば、書物のモザイクを飛ばして『知識を集め』、巻物のモザイクを飛ばして『欲望を集め』ます。書類のモザイクを使って、自らの傷も回復出来るようですね」
 ドリームイーターがハロウィンを狙うのも、今年で3度目。それだけ、ハロウィンの魔力は、ドリームイーターにとって重要であるのかもしれない。
「ポンペリポッサ化したドリームイーターは強敵ですが……皆さんも楽しみにしていらっしゃるハロウィンを、台無しとしない為にも。健闘を祈ります」


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
白藤・織夜(この花を君と・e04812)
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
エトヴィン・コール(澪標・e23900)
伊織・遥(自縄自縛の徒花・e29729)
イ・ド(リヴォルター・e33381)
由井・京夜(駆け出しゴッドペインター・e44362)

■リプレイ

●トリック オア トリート!!
 兵庫県西宮市――昼下がり、駅前の広場に突如出現したのは、巨大にして醜怪な魔女。
 年経た蔓のように乾いた深緑の肌、緑の瞳孔も不気味な赤い眼と乱杭歯を剥き出し、長大な鼻を振り立てる。『お菓子の家』を乗せた帽子をかぶって藍のローブを引きずり、長い長いウインナーソーセージを飾りのように巻き付けたその姿は、ドリームイーターの指揮官『寓話六塔(ジグラットゼクス)』にして「緑の好奇心」を喚起するもの。
 ポンペリポッサと呼ばれる、その、偽者だ。今、正に暴れんと巨顔を巡らせた時。
 ――トリック オア トリート!!
 パパーンッ!! とお菓子バズーカからキャンディが噴き出し、広場に投げ込まれる色とりどりのライティングボール。同時に、広場に雪崩れ込む8体ものモンスター――仮装したケルベロス達だ。
「ハッピーハロウィン、てな……安心しろ、トリックより強い刺激をやるよ」
 仮面の下で顔を顰めたのは、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)。地獄の炎燃え立つ翼を大きく広げた死神の仮装で、仮面だけでなくマントも飾り立てている。
「巨大怪獣決戦か? ドラゴンじゃあるまいし……相変わらずイベントがすきな連中だな。元気がよくてうんざりする」
「うん、大きいよね……あれも、ある意味仮装?」
 メイクで血色も悪く、血みどろ白衣を羽織るリヒト・セレーネ(玉兎・e07921)は、ゾンビドクターの様相か。お化けとか余り好きじゃないから(怖いとは言ってない)、その内心は些か複雑。
(「まあ、自分で仮装しちゃえばマシ……かも」)
 初手で殺界を形成しようとして、リヒトは寸での所で止める。
 殺界形成は人避けに非常に有効だが、範囲の融通は利かない。半径300mは、広場どころか数ブロック収まる広範囲。人々が粛々と遠ざかろうとしても、範囲内の一般人全てが一斉に移動しようとすれば、渋滞や混雑は必至だ。
(「ハロウィンはお化けの集まるお祭りだけど、悲劇は要らないんだ。皆の楽しみ、返してもらうよ」)
 既に一般の人々は広場から逃げようとしている。ケルベロスが敗北しない限り、犠牲者が出る事はないだろう。代わりに、ライトニングウォールを巡らせんとライトニングロッドを掲げる。
「ゾンビってさ、映画によって動きの早い奴と遅い奴居るよね……あれの違いは何なんだ? 鮮度とか?」
 いっそ惚けた風を呟く由井・京夜(駆け出しゴッドペインター・e44362)も、モブ的なゾンビの仮装だ。土気色の肌にボロボロの服、抉れた皮膚とか傷とか、特殊メイクでおどろおどろしく。最近はお手軽なキットもあってやり易い。
「兎にも角にも、ポンペリポッサに折角の楽しい時間を邪魔されるのは面白くないからね」
 全力で邪魔していこう~、とユル~く笑う。割り込みヴォイスも使って、周囲に避難を促しながら。
(「お使い、頑張ります、ね?」)
 内心でやる気スイッチONの白藤・織夜(この花を君と・e04812)は、純白の魔女だ。お供はジャック・オ・ランタンの人形。蠢く攻性植物は、南瓜の蔓にも似ている。
「取り敢えず、形から入ってはみたけど」
 ハロウィンは子供のお遊び、と思う節のある花道・リリ(合成の誤謬・e00200)だが、それでも見た目は豪奢な伯爵夫人。唇から覗く犬歯からして女吸血鬼の扮装は本格的だし、よりリアルにと口が赤くなるキャンディも準備してきたけれど。
「えぇ……?」
 如何にも血みどろなエトヴィン・コール(澪標・e23900)と伊織・遥(自縄自縛の徒花・e29729)の口を見て、思わず顔を顰める。彼女の美意識にそぐわなかった模様。血糊が唇の端から滴る程度で良かったかもしれない。
(「毎年懲りませんね……まあ例年通り、こちらも返り討ちにするだけなのですが」)
 遥もリリと同じく吸血鬼。袖口から滴るブラックスライムはコウモリの如く、貼り付けたような笑顔はいっそ作り物めいて見える。
「がおー! お菓子をくれなきゃ、痛ーーい悪戯しちゃうからね」
 大きく開けた口は悪戯な飴の色で、人を食ったような真っ赤っ赤! 今日はソーセージよりもおやつの気分だと、威嚇するエトヴィンは狼男。狼の耳と尻尾は自前。武装だけでなく、裾も擦り切れわざと汚した服にもハロウィンの飾りが煌めく。
 ――――!!
 唸りを上げるチェーンソー剣。合理的を旨とするイ・ド(リヴォルター・e33381)はハロウィンの演出も渋々だが、これも役割ならば。腰にハロウィンランプを提げ、傷跡シールでメイクも念入りに。常の機械鎧に替わり、フランケンシュタインの仮装で挑む。
「素直に菓子を寄越す、などという殊勝な輩でもあるまい」
 エトヴィンの軽口にも生真面目を返し――さあ、「トリック」の時間だ。

●魔女は蹂躙する
「まぁ酷いお顔。お化粧してさしあげるわ」
 逸早く、真っ赤なパイを魔女の顔面目掛けて投げつけるリリ。
「ほらチークよ、感謝なさい」
 高飛車な物言いは、正にお貴族様。返す腕が本命の気咬弾を放つ。弧を描いて弾けた一撃が、戦いの火蓋を切って落とす。
 続いて、イ・ドが氷の槍を作る。槍使いのドリームイーターとの戦闘を経て『学習』した技だ。その様子はカラフルなアイスキャンディに見えない事もない。
「……む」
 だが、その突撃は巨体にそぐわぬ身軽さにかわされる。イ・ドと息を合わせたノチユは、顔を顰めてサークリットチェインを描く。少しでも派手に見せるよう、大きく描く意識をして。
(「でかい図体の癖に……」)
 刹那、眼力が報せた命中率の低さ……最初は、キャスターかと思った。
「……へぇ?」
 ノチユと対照的に、緩く笑みを浮かべたエトヴィンは楽しげに地面を蹴る。狙い澄ました蹴打は流星の軌跡を描く。苛烈な一撃は、スナイパーならではの精確さを伴って。
「毒性は其処まで無いけど、足止めには丁度いいかなぁ」
 京夜の言う通り、スナイパーの足止め技は作戦としてはオーソドックスだろう。エトヴィンのスターゲイザーと同時、振り撒かれた緑の粉末で南瓜の形を描き、魔女の動きを鈍らせんと……それが、まさか振り払われようとは。
「これで、偽者なの?」
 スナイパーの実戦経験の差が明確に表れた呈ながら、リヒトは寧ろ敵の強さに慄然とする。改めて回復優先で動こうと思いながら、初手のライトニングウォールは予定通り後衛に。そうして、遥が熾炎業炎砲を編む前にポンペリポッサが動く。
「……っ!」
 立ち込める甘ったるい香り。真っ向から浴びた後衛の3人は思わず鼻と口を抑えた。
「香りだけではお菓子をもらえたとは判断しかねますね。ソーセージは論外です。ですから……こちらのトリック、受けて頂きますね?」
 敢えて不敵な表情で炎弾を放つ遥だが、元よりその命中率は芳しくない。事も無げに弾かれ、悔しげに唇を噛む。
「……まさか」
 攻撃グラビティ無くては相殺も叶わない。初撃を被った織夜は布瑠の言を紡ごうとして、ハッと紫の目を瞠る。華奢の前に、確かに聳える雷の壁。だが、甘ったるい毒気はまだ抜けきっていない。
「一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部」
 一の目が支子色に輝き、人々を害から護る声は玉の音にも似て。蜂比布の加護に包れながら――メディックのヒールあって尚、敵の厄が掃い切れぬという事は。
「ジャマーかぁ。嫌だな~」
 血糊に塗れた惨殺ナイフを弄びながら、京夜は唇を尖らせる。厄付けに特化した立ち位置にいながら、攻防の武威も苛烈。これが寓話六塔の力の片鱗!
「まあ、やるしかないのよね」
 肩を竦めたリリはクラッシャー。敵の弱体化は他に任せ、単純に攻撃を当てる事に集中する。弱点まで見切れれば重畳だが……比較考察は多彩な攻撃を命中出来てこそ。現状では厳しいだろう。
「ハッピーハロウィーン!」
「悪戯し過ぎちゃった子にはお菓子も悪戯もプレゼントだぁ」
 なれば、全力で挑むのみ。エトヴィンが豪快に轟竜砲クラッカーを撃ち、京夜が『トリート&トリート精神』で飛び蹴りを敢行すれば、パンプキンチャームを揺らしてデスサイズシュートを放つイ・ド。喧噪の中、精神を極限まで集中させた遥は薄笑み浮かべて遠隔爆破で武威を封じんと。
 ――――!!
 ブンッと唸りを上げて、振り回されるウインナーソーセージが強かに前衛を打ち据える。
「……っ」
 咄嗟にリリを庇ったノチユは、バトルオーラを高めて気力を溜める。リヒトも大事を取ってライトニングウォールを眼前に巡らせた。
「やっぱり悪戯よりお菓子が好きだなぁ」
「じゃあ、おかしをどうぞ」
 おっとり微笑む織夜が再び蜂比礼を振れば、蠢く南瓜――攻性植物の蔓が前衛目掛けて菓子を投げた。
 ちなみに、汎用グラビティの見た目の大幅な変異は、オリジナルグラビティの範疇となってくる。見た目の派手さを求めるならば、仮装や演技が手っ取り早い。
(「後で、詫びの菓子でも買うべきか……」)
 整備担当に無断でハロウィン風にペイントした武装を見やり、内心で悩む者もいたりしたけれど。

●不本意なる干渉の果て
 ポンペリポッサの変身は最大で5分。長くて後2分程だが……更にジャマーのプレッシャーが圧し掛かり、範囲攻撃と思えぬ大ダメージが爆ぜれば、果たして全員が耐えきれるか。
 戦力の半ばを回復に回しながらも、ケルベロス達は果敢に攻める。
 だが、魔女の巨体は揺るがない。ニタリ、と巨顔の唇が歪み、余裕綽々に老婆の指が宙に何かを書き付けるや、幾許かともケルベロスが穿った傷が癒えていく。
「……っ!?」
 だが、更に驚愕の表情を浮かべたのは――ケルベロスではなく、ポンペリポッサ。その巨体が見る見る縮んでいく。
「時間切れ、ね」
 さしものリリも、思わず安堵の息を吐く。正直、余り乗り気でなかったハロウィンの演出だったが……ケルベロス全員で趣向を凝らし、全力でコスプレした甲斐があったというもの。
「……何が力を貸してやる、ですの」
 ハロウィンの魔力を奪われ、3分で変身が解かれたドリームイーターはギリッと歯噛みする。
「こんな半端な力で……この私を、捨て駒にするなんて!」
「へぇ、さっきより随分小綺麗になったな」
 ポンペリポッサへ恨み言を叫ぶ彼女――『傍観者』モルガンを、けだるげな口調で皮肉るノチユ。
「ほら、僕らから奪ってみろよ。満足できるだけの知識をさ」
「……言われなくとも!」
 傲然と顔を上げ、モルガンは眼鏡越しにノチユを睨み返す。
「――ここからは、もはや互いに『悪戯』では済むまい」
 もう演出は不要とばかりに、淡々と白銀の刃を投擲するイ・ド。だが、その斬撃をモルガンは紙一重でかわす。どうやら、変身時に重ねた厄は解除と同時に掃われたようだ。
 面倒そうに顔を顰めるリリだが、偽ポンペリポッサと対峙した時程の危機感はない。変身時と今の敵の強さの差は、眼力が端的に示している。
「アンタよく、あんなブッサイクな魔女への変身を許したわね」
 高笑いを浴びせ掛け、リリは禁縄禁縛呪を編む。半透明の御業が、モルガンを鷲掴みせんと襲い掛かる。
 幸いにして、ケルベロスの強化は失せていない。モルガンの攻撃を警戒し、ライトニングウォールを巡らせるリヒト。織夜は早急に全員攻撃の態勢を整えるべく、白魔女の装束から光り輝くオウガ粒子を放出する。
 織夜と息を合わせ、再びドラゴニックハンマーを担ぐエトヴィン。
「ハッピーハロウィーン!」
 2度目もやはり笑い声を上げ、轟音響かせて竜砲弾をぶっ放す。
 一方、遥のグラビティブレイクは元に戻ったモルガン相手でもまだ命中が厳しいが、改めて狙い澄ました京夜のスターゲイザーは首尾よくドレスに隠れた足を刈った。
「言ったろ、トリックよりもキツい奴だって」
 足止めの攻撃が当たるようになればしめたもの。すかさずノチユの音速超える拳撃の余波が、モルガンの『記録』を吹き飛ばす。
「く……」
 だが、敵も只やられる訳もない。素早く書物のモザイクを飛ばすや、遥の『知識』を奪い取る。ケルベロスの猛攻も構わず、続く巻物のモザイクも標的は遥だ。
「私の出来る事……貴方を癒す事、ね」
 ポンペリポッサの攻撃を重視した遥の防具耐性は、モルガンの攻撃にそぐわない。確かに威力は落ちようが、それでも単体の攻撃に油断は禁物。織夜は丁寧にウィッチオペレーションを施していく。
 手数は圧倒的にケルベロスの優位。モルガンが一角を落とすべくモザイクを操り、時にリヒトやノチユが庇う間も、ケルベロス達の攻撃は途切れない。
「合理的判断に基づき、キサマを排除する」
 イ・ドのチェーンソー剣が唸りを上げて、モルガンのドレスを切り裂く。
「収集、蒐集、拾集……足りない、まだ足りない!」
 堪え切れず、モルガンが書類のモザイクで自らの修復を試みた好機を、逃すケルベロスではない。
「あぁ、もうハロウィンなんてこりごりだわ……機嫌を損ねたアンタが悪いのよ」
 本当にご機嫌斜めの表情で言い放ち、リリの癇癪玉のカムクァットが爆ぜる――小さな穿孔、唆る夕凪、夜嵐来ぬ間に蓋棺を。
「凍り穿てッ!」
 リリと対照的に冷ややかに言い放ち、イ・ドは今度はオーソドックスに氷槍を生成する。貫いた空気すら凍てつかせ、凛冽たる刺突が細身を穿つ。
「傍観者を気取るのも疲れたか? ならそのまま墜ちろ、冥府の底まで……一層暗い、闇まで」
 地獄が待ってると言い放つ、狙い研ぎ澄まされたノチユの一撃は、正に冥府への標。
「動いたら駄目ですよ……治療が出来ないでしょう?」
 お祭に傍観者じゃ勿体ないと、リヒトは昏い笑みを浮かべる。求めた知識もお菓子もあげられないけれど。せめて最高のトリックを――神をも殺す規格外のウイルスを、力一杯投擲する。
「では、私も別世界へ誘って差し上げましょう。熱く、痛く、苦しく、何も見えなくなる世界へ」
 幻惑の霊炎で敵を囲む遥。炎の揺らめきが敵の視覚を埋めれば、幻覚と錯覚がデウスエクスをも苛み、その回復すら阻む。
「そんじゃ、仕上げちゃおうか」
 京夜のグラインドファイアが炎の軌跡を描く。激しい蹴打を受け流そうとして、モルガンのレースの扇子が砕け散った。
「さ、記録集めはここでお終い」
 大きく息を吸う音、そして、響き渡るのは軋り猛るエトヴィンの咆哮。
「君の事、君の最期は、忘れず記録……いや」
 覚えて、いるから――雪深くに潜む狼は、その魂へ牙を立てる。
「……」
 ぐらりと傾ぎ倒れた彼女の許に、織夜は静かに歩み寄る。
「モルガンさんに、言伝です」
 顔を覗き込めば、ひび割れた眼鏡越しに刺すような視線。構わず、真白のレプリカントは託された役を全うする。
「『貴女には世話になりました。ありがとう』と」
「……」
 金の巻毛を振り乱し、仰向けに倒れたモルガンの唇が震える。傍観者を名乗る癖に、口煩がりの知りたがり。だが、最期の声は誰にも聞こえなかった。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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