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寒い冬も差し迫ってきた頃。
「あっ、カメムシ!」
桜の幹を這い登っていた、カメムシにしてはどこかシャープな体型の昆虫を、小学生の男子がぺちんと手で叩いた。
頭が細長く、艶のある黒い身体を持ち、白い筋の入った腹部は翅よりも太く、外側へ反り出している。
「痛ッ!」
少年はこの昆虫がヨコヅナサシガメだと知らずに触った為、口針で手のひらを刺されてしまった。
「いった〜!」
半泣きになって、地面へ落としたヨコヅナサシガメを靴でげしげして踏みつける少年。
幼い子のする事だ。再び刺されたりしないよう自衛のつもりだったのだろう。
しかし。
ガシャーン!
少年は、突然頭上から降ってきた虫かごに閉じ込められてしまった。
「…………」
「うわっ!?」
檻の隙間から彼を覗き込む巨大な昆虫もまた、ヨコヅナサシガメである。
●
「デウスエクス、ローカストが新たな動きを見せているようであります」
集まったケルベロス達へ向かって、小檻・かけら(サキュバスのヘリオライダー・en0031)が説明を始める。
「ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)殿の調査によりますと、これまでのローカストと違い知性の低いローカストが、グラビティ・チェインの奪取する為地球へ送り込まれているようであります」
知性が低い分、戦闘能力に優れた個体が多いようなので、戦う時は注意が必要だろう。
「今回、皆さんに倒して頂きたいローカストはヨコヅナサシガメを二足歩行にした風貌で、ローカストファングと破壊音波で攻撃してくるであります」
頑健さを活かしたアルミの牙で喰い破るローカストファングは、隣接する相手への単体攻撃。
敏捷な動きで翅を擦り合わせ音を鳴らす破壊音波は、複数の相手へ催眠効果を与える遠距離攻撃だ。
「ローカストは虫かごへ閉じ込めた人を攻撃しませんので、被害者の救出はローカストの討伐後にて構わないであります。グラビティを用いて攻撃すれば、簡単に壊れて消失するであります」
被害者の少年が遊んでいたのは集合住宅の駐車場であり、昼間は人の往来が皆無なので、一般人の避難誘導は必要ない。
「人々を虐殺してグラビティ・チェインを奪うなど、許す訳にはいかないであります。必ずデウスエクスを倒してきてくださいね」
かけらはそう締め括って、ケルベロス達を激励した。
参加者 | |
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相馬・泰地(マッスル拳士・e00550) |
内牧・ルチル(忍剣・e03643) |
久瀬・彰人(地球人のガンスリンガー・e04430) |
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479) |
龍神・機竜(その運命に涙する・e04677) |
妻良・賢穂(自称主婦・e04869) |
葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334) |
八神・楓(氷結にて終焉を送る者・e10139) |
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明るい陽光降り注ぐ住宅街。
――ダンッ!
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)は、ヘリオンから躊躇いなく生身で飛び降り、アスファルトの道路へと着地する。
「さてと、サシガメだかカメムシだか知らねーが、いつも通り喰うとするか!」
気合充分で宣言する泰地の格好は、上半身裸で裸足といういかにも格闘家っぽいスタイル。
幾らグラビティでしかダメージを受けないケルベロスとはいえ、躊躇いなく上空から降下する豪快さが、猪突猛進型の泰地らしい。
「ローカストとも一度戦ってみたかった。今回は良い機会になりそうだ」
龍神・機竜(その運命に涙する・e04677)も、泰地同様やる気満々で集合住宅の駐車場へ続くスロープを登っていく。
「俺の新しい武装パラディオン・アームを試すチャンスでもあるから、必ず倒すぞ!」
年下に見える面差しと清潔そうな身なりが好印象なレプリカントで、傭兵業で各地を転々としていたそうな。
「いやですね、来る前にネットでヨコヅナサシガメどんなんやらと調べてみたんですけど……想像以上に気持ち悪かったですね」
このローカストが集団じゃなくて良かったです。
そうやたらと丁寧な口調で笑うのは、霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)。
リア充を前にすると隠しきれない怨みを募らせる事もあるようだが、基本的に物腰柔らかく依頼でも真面目なオラトリオの彼。
だが、リア充爆破系サバトと自認する通り、裁一はとんがった黒い目出し帽を頭からすっぽり被って、全身も黒ロープを纏った儀式仕様である為、まさに美形の無駄遣い。
顔も体型も髪に咲いた花も、外からはさっぱり判らないのだった。謎の多い男である。
「いや……うん、昆虫が人間大のサイズで二足歩行とか気色悪いとしか言いようが無いんだが……」
久瀬・彰人(地球人のガンスリンガー・e04430)も、裁一の報告を受けて、微妙な表情で乾いた笑いを洩らす。
善良な一般市民と自称して憚らないが、その実、ハードかつダークな過去を持つ彰人。
後ろで括った青い髪と黒く長い上着がシックな雰囲気で、年より幼い顔はイケメンと呼ぶに相応しい、穏やかそうな青年である。
「昆虫の中には益虫みたいなのも居るけど、これはなんら地球や人間の為にならない害虫だからな……」
まあ、害虫駆除と行きますか。
彰人は気負いなく呟いて、桜の木を見据えた。
「さて、今回は縁の下の力持ちってー事で、早く終わらせる為にも、俺も可能なところはサポート頑張るぜ」
こちらはこちらで適度に肩の力を抜きつつも、八神・楓(氷結にて終焉を送る者・e10139)がメディックの立ち回りへやる気を見せた。
赤い髪と精悍な顔立ち、がっしりした体躯が特徴のサキュバスで、年嵩故か大変人当たりの良い兄ちゃんである。
しかし、そんな楓も八神家へ拾われるまでは、人に言えない苦労をしたようだ。それがまた、人好きのする彼の人格形成へ少なからず影響を与えているのだろう。
「知能が低いとはいえ……本能で動くことの怖さもあると思うんです、心してかからないといけませんね」
ローカスト単体でも決して甘く見ずに意気込んでいるのは、内牧・ルチル(忍剣・e03643)だ。
「何より――虫は滅殺っ! なのです!」
それというのも、ルチルは虫が大の苦手。
昆虫人間たるローカストの見た目も嫌で、何としても退治しなければとの強迫観念に繋がる。
実際、ローカストと対峙するのも戦って退治するのも平気なのだが、苦手意識だけはどうしようもないようで、表情こそ平静なものの柴犬の黒い尻尾が緊張に強張っているのだった。
「ヨコヅナサシガメ……カメムシ目で一応カメムシの親戚みたいですわね。初耳でした」
口吻を刺して体液を吸うとのことですわ……痛かったでしょうね。
妻良・賢穂(自称主婦・e04869)は、囚われた男の子を思いやって自分も胸を痛めている。
いかにも母性溢れる主婦のようだが、実はそれっぽいのは見た目だけで、花嫁修業を極めてなお独身アラサーというのがその正体である。
――それはそれで、他人の痛みや心の機微に敏感になるのも、どことなく納得できる話だ。
「カメムシと思った上で素手で触るのか……子どもは後先考えないなぁ」
ともあれ、よく考えてみれば、子どもが虫にする様とローカストが人にする事、大差はないけど……見過ごす理由にはならないな。
と、冷静に思い巡らせるのは葛城・柊夜(天道を巡る鳶・e09334)。
普段から穏やかな微笑を崩さない物腰柔らかな青年で、入居しているアパートに併設されたレストランでバイトに励んでいるという。
また、降魔拳士の妹がいて、彼女をとても大切にしている良い兄でもある。
「行為の善悪以前に、人類とデウスエクスは生存競争相手……ならば……ローカストは狩るまでだ!」
だが、敵を前にすれば苛烈になれるらしい柊夜は、決意のこもった言い切り口調になるのだった。
●
駐車場。
「うぇぇぇん……ひっく……助けてママぁ……」
桜の木の根元では、虫かごに捕まった男の子が、子どもにしては元気のない声で泣きじゃくっていた。
彼の前では、黒くテカテカした巨大ヨコヅナサシガメが仁王立ちしている。
「すぐに助けますわ。安心してくださいな?」
賢穂が男の子を心配して声を投げるも、やはり知性なきローカストは、その言葉の意味を解さないのか、動かずに虫かごでのグラビティ・チェイン搾取を続けている。
「まずは一発お見舞いしてやる!」
勇んで新武器パラディオン・アーム改式を銃のように構えた機竜が、左手のトリガーを引いた。
ブワッ――!
グラビティの光線は太い帯のように空間を切り裂いて、ヨコヅナサシガメの腹を貫く。
突然腹に空いた風穴へ声もなく苦悶して、ローカストがケルベロス達の方を振り返った。
機竜のライドキャリバーであるバトルドラゴンもデットヒートドライブをぶちかまして、ヨコヅナサシガメの脚を炎で包んだ。
「てめーも穢れてみるか? ああ?」
泰地はローカストを軽く挑発してから、穢れに満ちたオーラを身体の中心から噴出。
そのまま自らの全身を覆い尽くして、本人曰くのジャマー能力を高めた。
「それじゃ、害虫駆除しますよ~」
次いでローカストへ肉薄するのは裁一。
「蝶のように舞い、蜂の巣にする……と見せかけて滅多斬り!」
両手に惨殺ナイフを携え、舞うように流麗な動きで斬りかかり。
ザクザクザクザクザクゥッ!
正確かつ勢いのある太刀筋で、サシガメを解体するかの如く斬り刻み、激痛を齎した。
「……間近で巨大カメムシの仲間を見るってのは……想像していた以上にキツいものだな」
やっぱり気色悪いとしか言いようが無いな、うん。
彰人は思わず遠い目をするも、すぐに気をとり直し、ローカストの胸部を指で突く。
ビスッ!
昆虫の脚の付け根が密集した部分の気脈を断って、まるで石化させたかのように動きを鈍らせ、正確な狙いによって大きなダメージも与えた。
だが、巨大ヨコヅナサシガメも反撃にと翅を擦り合わせ、耳を覆いたくなる破壊音波を辺りへ響かせる。
もっとも、バトルドラゴンの負わせた火傷が痛んで体力を削りつつ音を発する様は、あまりの痛さで身悶えているように見えた。
後衛陣が精神的にダメージを受ける中、咄嗟に楓の前へ飛び出したルチルが代わりに負傷、催眠にもかかってしまった。
「よしよし、おっちゃんがすーぐ治してやるからな!」
楓はすかさず雪だるまの使い魔をルチルに寄り添わせ、その冷たさで催眠効果を打ち消した。
「契約の下……白き雪の精霊達よ団結せよ、汝等に乞うは優しき癒しの祈り。その身で我が仲間を癒せ、清め、そして護れ、その命の限り全うせよ」
使い魔達は楓の詠唱に忠実に前衛陣を護るが、タダ働きなのは秘密である。
「助かりました楓さん! それに……補佐用とはいえ、準備していて正解でした!」
ルチルも気合を入れ直し、愛刀を主軸にした剣舞を披露する。尻尾がぶんぶん揺れて彼女のやる気を表していた。
「舞いましょう、更に戦い続ける為に!」
周囲に浮かんだ愛刀のシルエットと共に舞って、音も無く交えた刃の閃きを、癒しの力へと変えて後衛陣のダメージを治癒した。
その傍らで。
「惑わされはしない!」
運良く催眠を振り切った柊夜が、ローカスト相手へ常ならざる気迫で宣戦布告する。
「さぁ、狩りを始めようか!」
言いざま、柔術家らしい無駄のない流れるような足運びでサシガメの背後へ回り込むと、力より速度を重んじて磨き抜かれた技で緩急を自在に操り、相手の不意を突いた当て身を喰らわす。
「後の先にて機先を制し、矛を収めさせるが葛城流柔法の“武”……先ずは出足を止めさせていただきましょう」
葛城流柔法・水面波頭返しが決まって、ヨコヅナサシガメにダメージのみならず静かな威圧感をも与え、攻撃の命中率を下げた。
「理性なきローカストですか……理性的なローカストが居なくなった訳ではないなら……口減らし、でしょうか?」
まぁどんな意図があろうと、倒すだけですわ。
賢穂は主婦らしい思考でこのサシガメを送り込んだ意図を想像しつつ、縛霊手の祭壇から人形をぱぁっと撒き散らす。
霊力を帯びた紙兵達が前衛陣の頭上から降り注いで、彼らの異常耐性を上昇させた。
●
害虫特有のしぶとさ故か定かではないが、巨大ヨコヅナサシガメは簡単には倒れず、戦いが続く。
「その俊敏さ、抑えさせてもらいますね!」
ルチルは機敏に跳び上がって、重い蹴りを炸裂させる。
――バキャッ!
流星の煌めき宿りし一打が、ローカストの機動力を確実に奪った。
「てめえの魂を喰わせてもらうぜ、まずは下ごしらえだ!」
精神操作でケルベロスチェインを伸ばし、ヨコヅナサシガメの節張った身体を締め上げるのは泰地。
ギチギチギチギチ――!
猟犬縛鎖の手応えは充分で、決定的な一撃をローカストに与え、その黒く光る外殻を軋ませた。
「とーう! 氷殺ジェット!」
裁一は、妙にノリの良いセリフと共に、自宅警備員の根拠なき将来性に満ちた一撃を繰り出す。
ゴスッ!
見た目より遥かに痛いダメージをサシガメへ与え、凍傷も残した。
「こいつが俺のとっておきだ! インフィニティブラスター!」
体内のグラビティ・チェインを巨大な機関銃2丁へと成形するのは彰人。
ドドドドドド……ズドンッ!!
巧みな銃裁きで乱射したのち、ヨコヅナサシガメの頭を零距離射撃で吹っ飛ばしてみせた。
そのまま嫌な臭いの体液を撒き散らしながらも、巨大ヨコヅナサシガメは残った口吻をアルミの牙へと変化させ、噛みつこうとする。
ズブッ――!
「く……っ、言葉を理解されているかは判りかねますが……見境なしはご遠慮願いたいですわね」
次は、賢穂が唯一メディックである楓を護って、牙の餌食となった。
「わざわざすまんね……お返しにと言っちゃなんだが、地味でも仕事はきっちりこなしていくぜ」
身体から桃色の霧を漂わせて、賢穂の受けた傷を治癒する楓。
「わたくしに見つかったからには、既に貴方の命運は絶たれていますわ。――地獄に堕ちなさい」
すぐに勇躍し、ローカストの急所に致命打を与えて尚体液の出ない絶妙な力加減で、例の主婦の天敵へ対するように一発叩く賢穂。
スパアァァァァン!!
スリッパ代わりのエアシューズが良い音を立てて、ヨコヅナサシガメの翅をバキバキに破壊した。
「懺悔の用意等と言うつもりはない……ただ、狩られて果てろ!」
ローカストへ冷たく言い放った柊夜は、ゾディアックソードの切っ先から魂を喰らう降魔の一撃をぶっ放す。
ヨコヅナサシガメの残り少ない体力を着実に奪って、自分のものとするのだった。
「虫の気持ち悪い体液を浴びたくはないですけど、仕方無いですね。そいや!」
ブシャッ。
渾身の血襖斬りを繰り出して、ローカストの肩から胸へかけて搔っ捌くのは裁一。
「こいつで消し飛ばしてやるぜ!」
そして、最後は機竜がパラディオン・アームへ砲身に変じたバトルドラゴンを接続。
――ズオッ!!
銃口たる掌から超高出力の極太ビームを発射して、凄まじいエネルギーでヨコヅナサシガメの身体を粉砕し、トドメを刺したのだった。
「俺の新しい力はどうだ!?」
新武器を心おきなく使えた機竜が得意げに言う。
「ふう、喰った喰った。さて後はガキを助けるだけか――ちょっと待ってな」
泰地も満足そうに呟くや、旋刃脚を放って虫かごの破壊に取り掛かった。
機竜はパラディオン・アームで虫かごを殴りつけたし、賢穂や柊夜も協力して、無事に虫かごをぶっ壊し、男の子を救出できた。
「うっ、うわぁぁぁぁん、怖かった、怖かったよー!!」
「もう大丈夫だからな。今はまだローカストに目をつけられるから、むやみに虫を殺すのはやめとけ」
泰地が元気づけるように言ってやると、男の子は安心の涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、しおらしく頷く。
「ひっく……うん、わかった……」
「もう大丈夫だぜ。男ならすぐに泣くな! 俺達のように強い男になるんだぞ!」
機竜は笑顔になって、パラディオン・アームのロボットにしか見えない手の親指を立てサムズアップ。
「わかった!」
得てしてロボット大好きな少年の心を鷲掴み、その見た目でも勇気づけるのだった。
作者:質種剰 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2015年11月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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