秋桜畑を穿つ死牙

作者:朱乃天

 抜けるように澄んだ青い秋空の下、地上に広がるピンクや白のカラフルな花の世界。
 淡いパステル調の彩が織り成す花の公園は、秋の風情を満喫しようと多くの家族連れやカップル達で賑わいを見せていた。
 麗らかな秋の日差しに包まれて、吹き抜ける爽やかな風に花がゆらゆら揺れて舞い踊る。
 コスモスの花の可愛らしくて優しい色合いに、人々は心和ませ憩いの時を楽しんでいた。
 ――しかし穏やかに過ごす平和な日々の営みは、突如として打ち破られてしまう。
「さぁ、竜牙流星雨を再現し、グラビティ・チェインを略奪してきなさい。私達の真の目的を果たす為に――」
 遥か上空で、一人の少女が真白き翼を羽搏かせ、空を流れる雲の真上に降り立った。
 少女が魔法の杖を翳すと魔法陣が浮かび上がり、中から五体の竜牙兵が顕れ出づる。
 その儀式は死神のサルベージにもどこか似ていて、少女の手により召喚された竜牙兵――パイシーズ・コープス達が地上目指して落下する。
 髑髏の尖兵達が下界へ降りる様子を見送りながら、少女こと――星屑集めのティフォナはこれから地上で起きる惨事を想像し、薄ら不敵に微笑んだ。

 パイシーズ・コープスと呼ばれる竜牙兵達により、観光客で賑わうコスモス畑の公園が、蹂躙される事件が予知される。
 報せを聞いた鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は、複雑そうな顔を覗かせつつも、気を取り直して心の中で決意を込める。
「……見頃の花も花見を楽しむ人々も、踏み躙らせる訳にはいかないわ」
 纏の意気込みに、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)も同調するかのように頷いて。改めて今回の事件に関する説明をする。
「今回出現したパイシーズ・コープスなんだけど、死神にサルベージされた竜牙兵と思われるような感じだね。キミ達には今から現場に急行してもらい、凶行を止めてほしいんだ」
 敵が現れるのは、公園に通じる路の入り口近辺だ。ただし竜牙兵が現れるよりも前に避難勧告を出してしまうと、敵は警戒して出現場所を変えてしまう。従って、敵が出現した直後に突入し、注意を引き付けながら戦闘に移る必要がある。
 ケルベロス達が到着すれば、一般人の避難誘導は警察などが引き受けてくれるので、後は竜牙兵を撃破することのみに専念してくれれば問題ない。
「今回戦うパイシーズ・コープスは全部で五体。α、β、γの三タイプがいて、それぞれが連携し合って攻めてくるから、くれぐれも油断だけはしないでね」
 戦闘が開始されればパイシーズ・コープス達はケルベロスとの戦いを優先し、例え不利になっても撤退する意思はなく、死をも厭わぬ覚悟で戦い続けるようである。

 まるで絵画に描かれたように色鮮やかなコスモスの花畑。風光明媚な花の楽園を、血で穢すような真似だけは阻止しなければならない。
「基本的には竜牙兵を相手にするのと変わらないから、キミ達だったらきっと大丈夫だよ。それともし無事に解決できたなら、ゆっくりお花畑で過ごしていくのもいいかもね」
 一面見渡す限りのピンクの花の絨毯に、埋もれるように心惹かれて魅せられて。そこでは秋を彩るロマンチックな花の世界を堪能できることだろう。
「ピンクの花が広がる光景なんて、考えただけでも素敵だねっ♪ その為にも、みんなで力を合わせて竜牙兵を絶対倒そうねっ!」
 シュリの提案に、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が瞳をキラキラ輝かせ、乙女心を擽るようなコスモスの花咲く園に思いを巡らせる。
 ――竜牙兵の襲撃を、模倣しているかのようなこの事件。
 今までのような方法でサルベージされた相手とは、どこか異質な雰囲気を覚えるなど、気になる点はあるのだが。今は唯、目の前の敵を倒すだけしか手段はない。
「死神の狙いが何であれ、罪無き人が虐殺されるのを、見過ごすわけにはいかないからね」
 こうした事件を解決し続けていくことが、元凶たる敵への近道なのかもしれないと。
 シュリは僅かながらに期待を抱きつつ、ケルベロス達を戦場に送り届けるのであった。


参加者
暁星・輝凛(獅子座の星剣騎士・e00443)
樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
蓮水・志苑(六出花・e14436)
ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)
エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)

■リプレイ


 青く澄み渡った空から落下してくる、不気味な異形の影が五体。
 地上に降り立つ者達の、姿はまさしく竜牙兵ではあるのだが。今までとはどこか違った、歪んだ気配を醸し出す。
 彼等は死神によって産み出された存在、『パイシーズ・コープス』だ。竜牙兵の力までもを利用する、死神達の目的は現時点では分からない。
 とは言えこの連中が、公園のコスモス畑を、憩いの時を過ごす人々を、力で踏み躙ろうとすることだけは変わりない。
 花も人の命も刈り取られ、桃色に彩られた園が血で穢されようとする――その直前、このコスモス畑を守るべく、九人のケルベロスが颯爽と駆け付ける。
「このお花畑は、まるで絵みたいなパステルの優しい色。守ってみせるよ、キミ達の色を」
 これまでとは異なる竜牙兵の集団に、エトワール・ネフリティス(翡翠の星・e62953)は得体の知れない恐怖を感じているものの。気持ちで負けてはいけないと、鼓舞するように妖の力宿りし扇を揮い、仲間に破魔の力を付与させる。
「皆も、皆の大切な秋桜も守ってみせる。この鮮やかな花々に、髑髏なんて似合わない!」
 暁星・輝凛(獅子座の星剣騎士・e00443)が声を張り上げながら竜牙兵に飛び掛かる。
 高く跳躍し、加速を増して重力載せた蹴りが炸裂すると。敵は一旦足を止め、番犬達の方へと意識を向ける。
「僕達が来たからには、もう大丈夫だ。ここから先は、僕達ケルベロスが引き受ける」
 迷彩色のコートをはためかせ、樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)が高らかに叫びながら一般人に呼び掛ける。
 助けを知らせるその声に、先程まで怯えて狼狽していた人々も、落ち着きを取り戻していって次第に現場の混乱は収まっていく。
「あなたの方のお相手は此方です。花も人も傷つけさせはしません」
 夕闇を溶かしたような濡羽地の着物を身に纏い、蓮水・志苑(六出花・e14436)が凛然と竜牙兵に立ち向かう。
 縛霊手をしゃらり、ひらりと一振りすれば六花が舞い、冷気の網で敵を捉えて捕縛する。
 相手の数は全部で五体。その内の二体、βとγが中衛で、他の三体は盾役として守りを固める布陣を敷いている。
 ケルベロス達は最初にジャマーのβ撃破を計画し、攻撃を届かせる為、前に立ちはだかる前衛三体、αの動きを封じ込もうと試みる。
「ああ、これから楽しみたいこともあるのでな。早めに終わらせるとしよう」
 ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)が蒼い瞳で竜牙兵達を冷たく一瞥し、掌の中の装置を握ると、極彩色の煙が派手に巻き上がり、仲間の闘争心を呼び起こす。
「了解よ、ここはチャチャッと片付けましょ」
 敵の防御を掻い潜り、鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)がβに接近。鋭利な鉤に呪詛を載せ、獰猛な肉食獣の如く竜牙兵の鎧を抉り裂く。
「悪いがこっから先は通さないよ。花弁一枚散らせる心算はないんでね」
 真柴・隼(アッパーチューン・e01296)も続けて追撃。鋼の鎚を振り上げて、魔力が噴射しながら威力を増した一撃を、βの頭蓋に叩き込む。
「キシャアアアァァッ!!」
 今度はβが星座の力を剣に宿して斬りかかる。名前の通り魚座の力を秘めた竜牙兵、その刃が隼に振り下ろされた時――アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)が間に割り込み、乳石と蜜琥珀で飾る豪奢な柄の鎚を手に、踊るように相手の剣を受け流す。
「奇遇ですねえ……わたくしも魚座なんです。ロマンチストが多いのですって。貴方がたは――どうかしら?」
 唇緩めて甘やかに浮かぶアイヴォリーの笑み。蕩けるショコラの瞳が見据えるものは、食をあまねく愛でるが故の贄として。
「――夜はショコラより昏く、恐怖より甘く」
 其処は鬱蒼と生い茂る、暗くて冥い森の奥。深い夜闇に取り込まれ、竜牙兵の怯え震える心臓は、グリオットチェリーのように赤く潰れていくようで。漂うキルシュの甘美な芳香は、流れ滴る血の臭い。
 旧き巫覡の裔が、唯一継いだ呪の力。少女が視せる古今の餐の幻に、闇の底へと堕ち逝くβの魂は――神へと捧げる供物となって、幽世に昇華されていく。
 先ずは計画通りに、ケルベロス達は最初の一体を幸先良く撃破する。
 相手が例え何者であれ、人々の尊い命を護るのが、地獄の番犬として果たすべき役割だ。
 その為に、彼等は万全の対策を練って謎の竜牙兵達に挑むのだった――。


「お前達は侵略を目的として攻撃を設定した、僕達は撃退を是とした」
 普段の豚のウェアライダーとしての正彦の姿は見当たらない。代わりに立つのは、軍服を纏った一人の戦士としての青年だ。
 前で戦う者を支えることが自分の務めだと、そうすれば敵に勝てる要素はないと己の心に言い聞かせ、人の理性と獣の本能的な闘志を融合させていく。
「付き合ってもらおう、僕達の戦争へ……attack order」
 後方から号令を掛ける正彦の、誓いを込めた言葉が仲間の士気を奮わせて。勇猛且つ冷徹たる戦の熱を帯び、果敢に攻勢を掛けるケルベロス達。
「とりあえず、邪魔な壁から片付けていくよ! 焼き尽せ、灼熱の牙!」
 輝凛が獅子座を冠した剣を手に、力を込めて奥義を放つ。
 この地に満ちる氣を集め、練り上げながら手を突き出すと、吹きつける風のように竜牙兵達に氣を流し込む。そこへ続けて、全身から溢れる闘氣を発散し、剣を伝って竜牙兵の群れを斬る。
 放つ剣技は、輝凛が体得した『獅子座の牙』の一。異なる二つの氣が衝突し、金色に輝く炎の揺らめきが、瞬く間に敵前衛を呑み込んでいく。
「この手で道を切り拓きましょう。障害は纏めて排除します」
 志苑が軽やかな身のこなしで回り込み、風に舞うかのように蹴りを繰り出せば、嵐を巻き起こして周囲の竜牙兵ごと薙ぎ払う。
「キミ達を、氷の世界に閉じ込めてあげようか」
 エトワールが敵の布陣目掛けて投げつけたのは、魔導兵器の一種である手榴弾。ソレが地面に落とされ、白い冷気が噴き出して、竜牙兵達は絶対零度の氷の檻に囚われてしまう。
「行こうか地デジ。フォローはよろしくな」
 戦場を駆ける隼が、弟分のテレビウムと息を合わせて切り込んでいく。地デジが顔の画面を光らせ敵の注意を引き付ける。その隙に、隼が動力剣を手に距離を詰め、獣が猛るが如き駆動音を響かせながら、狙った獲物のαを斬りつける。
 ケルベロス達が火力を集中させて抑え込む。しかし対する竜牙兵達も、邪悪な負の力を身に宿し、力尽くで番犬達を捻じ伏せようとする。
「あたしも援護するから、みんな頑張って!」
 回復役として、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が奏でるのは勇壮なる調べ。生きとし者への活力与える魔法の歌声で、仲間の傷をすかさず癒す。
「――泥沼の安寧、融け落ちて、沈む快楽に耽るがいい」
 ルチルの蒼い瞳が魔的な光を帯びてゆき、最も消耗しているαの虚ろな眼窩を直視する。機械少女の人工的な魔眼の力は、相手の神経回路を麻痺させて、思考までもを支配する。
「オオオオォォォ……」
 瀕死の竜牙兵が最期に視た光景、ルチルの瞳の色のような水底に、αの意識が融けて沈んで、無へと帰し――死神の力によって造られた、呪われし偽りの生から解き放つのだった。
「それでは次に移りましょう。お膳立ては私がさせてもらいます」
 アイヴォリーが巫術を用いて、御業を召喚。熱く灼けつく炎の弾を撃ち放ち、纏に視線を送って彼女に後を託す。
「――吾求むるは汝へ到る花の道。一歩は千歩、一華は万華。其が踏破せし無限の大輪」
 纏が紡ぐ詠唱に、呼応するかのように色とりどりの花が咲く。千の切先その身に受けて、万の紅咲き乱れ、大地を埋める花の道。その先に、固く閉ざした孤高の蕾が其処に在る。
 全ては彼女の心を投影させた秘術の儀。花は生命を糧として、竜牙兵を足許から侵食して四肢に絡みつき、蕾は相手の脈打つ心臓そのものであり。
「裂き吹舞け――“千刺万紅”」
 花に届けと、オラトリオの乙女が手を伸ばす。その瞬間、αの胸が爆ぜ、舞い散る朱色の花を餞に、髑髏の兵が倒れ伏す。
『地へと知恵 戻らずなれば 往く先に 千重と血へとに 紅の哉』
 お粗末様と、竜牙兵の死を見届け終えた後、纏は残った敵へと視線を向けて身構える。


 二体のαも立て続けに討ち倒し、残るはαとγが一体ずつのみとなる。
 戦力的にもケルベロス達の優位は揺るぎなく、手数を重ねて更に苛烈に攻め立てる。片や竜牙兵は追い詰められた形だが、戦意は少しも衰えず、最後の一体まで戦い抜く算段だ。
「お前達が魚座なら、僕は『獅子座の騎士』として、剣に誓って打ち砕いてみせる!」
 宿星背負いし騎士の誇りを胸に抱き、輝凛が研鑽された剣技を駆使した一撃を、唯一残ったαに渾身の力で叩きつける。
「蟹の鋏で秋桜は切れないよ、チェストォォーーーーッッ!!」
 次いで正彦が無骨な鉄の塊のような牡羊座の剣を構え、重力載せて全ての力を注ぎ込み、髑髏の兵の脳天を叩き割らんと斬り下ろす。
「かなり効いてきているみたいだね。そろそろ終わりにさせようか」
 地獄を宿した自身の胸に手を添えて、炎の闘気を纏った隼が、相手の生命力を喰らう紅蓮の弾を撃ち込み、援護射撃する。
「集うは氷雪、煌くは氷結の刃――」
 志苑が清浄なる氷の霊力帯びた太刀を抜く。すると周囲の温度が一気に下がり、真雪の如く白い刃で手負いの竜牙兵を斬り裂けば。描く軌跡は竜牙兵の命の時を止め――骸と化した死体は氷の花と砕け散る。
 αを斬り伏せ刃を収め、志苑の口が微かに緩む。これで敵の前衛陣は全て排除した。後は最後の一体、γを取り囲んだケルベロス達が一気に畳み掛けていく。
「わたしの途に、あなたはいらない――」
 纏が翼を羽搏かせて高く舞い、身を翻しながら華麗な蹴りを見舞わせる。
「貫け、ルービィ」
 淡い月明かりを灯したミミックに、ルチルが指示を下すと、エクトプラズムから生成された武器で竜牙兵の身体を刺し穿つ。
「宇宙と名付く花の下で散れるのですもの、ねえ、ロマンチックでしょう」
 皓き花咲くような闘気を纏ったアイヴォリー。陽に満ちて、馨るような微笑み携え、舞うかの如く放った蹴りが、鋭い刃のように竜牙兵の胴を断つ。
 よろめきながら膝を地に突く竜牙兵。深手を負って抗うことも儘ならない、そこへ一人の少女が歩み寄る。
 エトワールが翡翠の杖をしゃらりと鳴らし、空に描くは無数の星型。宙には大小さまざまな星屑達が浮かび上がって、γの周囲をくるくる回る。
「淡い色に濃い赤は似合わないの。だから――バイバイ」
 星屑の群れは子供がじゃれ合うように回り続けて狙いを定め、エトワールが別れの言葉を発したその刹那、相手の胸の一点に、無数の星の礫が撃ちつけられる。
 加減を知らない無邪気な星の戯れに、竜牙兵は遂に力尽き、解放されると同時に光の塵となって消え散った――。

 全てのパイシーズ・コープスを倒し終え、戦闘行為で荒れた部分をヒールで修復していくケルベロス達。
 そうした作業もひと段落し、公園が無事に復元したのを確認すると、彼等はコスモスの花が見頃のお花畑でそれぞれの時間を過ごすのだった。
 ――死神が遣わしたと思われる竜牙兵。だがあの禍々しい姿に異様な雰囲気は、やはり今までのようにサルベージされた敵とは一線を画すような印象だ。
 正彦は朧げに考えながら、ふと花畑の方に目を向ける。
 そういえば、そっちは全く考えていなかったと、皆が楽しむ様子を眺めていると。不意に言葉を掛ける少女の声が耳に届く。
「ねぇねぇ、正彦さん。あっちの方がいっぱい咲いてるから、見に行ってみようよっ」
 ルーチェがにっこり笑顔を浮かべて、お花畑の奥を指差しながら彼を誘う。
「……余り花のことは詳しくないけれど」
 偶には花を眺めてゆっくりしていくのも悪くはない。正彦はルーチェの後を追うように、花が咲き乱れる景色を暫し観賞していった。

 スマートフォンを片手に公園内を散策し、ベストショットを求めて記念写真を撮る輝凛。
「……彼女も、こういうところが好きだといいな」
 写真を撮り続けている合間、輝凛が思い浮かべるのは恋人になったばかりの少女の顔だ。
 今度デートにでも誘ってみようと想いを巡らせ心に決めて、愛しい彼女に撮ったばかりの花の写真をメールで送るのだった。

 隼が花の名を口遊んでいる傍らで、ジョゼは足取り軽やかに、お気に入りの花を探すように目を配る。
 園内を巡る二人は、淡い黄色の花が風に揺られる一画に通りかかって足を止める。
 そこに記されている花の名前は、イエローガーデン。
 クリーム色の可憐な花を食い入るように見つめる隼は、ジョゼによく似ているから一目惚れしてしまった、と。
 花の名前の下に綴られている花言葉は――幼い恋心。
「ば、ばっかじゃないの!? これっぽっちも似てないし!」
 ジョゼは彼の台詞を聞いてその字を目にした途端、頬を赧めながら目を逸らす。
 そんな仕草を見せる少女も愛しくて、空に真直ぐ伸びる姿もそっくりと、独り言ちるように微笑む隼に。自分が花なら、空は彼なんて。口に出せる程真直ぐではないと、少女の想いは心の中に秘めたまま――。

 一面に広がる色とりどりのコスモスの花。
 エトワールと御影は思わず息を呑み込んで、二人寄り添いながらパステルカラーの優しい花の世界に入り浸る。
 御影がエトワールの髪をふわりと撫でる、その掌の感触が心地好く。疲れも飛んでいきそうなほど、少女はふにゃりと頬緩ませて。
 花の優しい色合いは、彼女の笑顔によく似合う。などと感慨深げにしている御影の兎の耳に、桃色の一輪の花が少女の手から添えられる。
「えへへ、お兄さんにもよく似合うよ」
 花を飾られ面映ゆそうに思う御影だが、彼女の喜ぶ顔が見れるなら、それも悪くはないと照れ笑いして。
 そうして二人は持参してきた秋桜の練り切りを、寛ぎながら花を愛でつつ、美味しそうに頬張った。

「……実は、恋人ができました」
 真剣な表情で、重い口を開いて報告するルチル。
 自身にとって妹分のような少女の告白に、ダイナは彼女と初めて出会った日のことを思い出していた。
「……そうか、おまえにもそういう相手ができたか」
 当時と比べても、レプリカントの少女は人間らしくなったとさえ思え。
 報告が遅れてしまってごめんなさい、兄と慕う青年に、俯くように謝るルチルを見つめるダイナのその目は優しくて。
 微笑ましさと羨ましさが綯交ぜになった瞳を細め、彼女の髪を梳くかのように撫で回す。それは二人の明るい未来を祝福するように。
 ひとまず大事な話はここまでとして、後は花を見ながら一緒に楽しみたいからと。ルチルの手には、この日の為に作ったお弁当を包んだ袋が握られていた。

 青く広がる空には、コスモスの明るい色がよく映える。
 文字では秋の桜と記すコスモスに、志苑は素敵な名前ですねと蓮に訊ねれば。話を振られた少年は、如何にも志苑らしいと頷き返す。
 吹き抜ける秋の微風に、花が揺られる優美な景色を眺める二人。
「この風景を、貴方と見れて本当に良かったです」
 そう言って微笑みかける志苑に、蓮は振り向きながら彼女の顔を見て。
「……ああ、俺も、あんたと見れて良かった」
 また来年も……と言いかけたところで口篭り、言葉を濁す蓮。
 同級生の二人は来年の春卒業し、今まで通りに接することができるか分からない。だから今だけは――。
 蓮はそっと彼女の手を取って、静かにこの景色を目に焼き付ける。
 触れ合う温もりに、見据える先は遠い未来。志苑は想いを重ねるように、繋いだその手を握り締めていた。

 一年前はまだ恋も知らぬまま、手を繋いだのも良き思い出だと懐かしそうに振り返り。
 アイヴォリーは綺麗な花畑の景色を背負った隣の彼につい見惚れ、今もあの日のことを夢見ているような気持ちになって。
 当時と同じく夜と繋いだその手を確かめ合うように、熱が灯って火照った指を絡ませる。
 今こうして目の前にいる彼は、幻ではないのだろうか。もし本物の、恋人の夜なら――。
「……証拠にキスして貰っていいですか」
 夢見る瞳で願う少女が告げる言の葉に、夜は目を瞬かせ、望まれるままに小さく屈んで、花が薫るような程甘い口付けを――。
 アイヴォリーの頬が次第に色付き染まり、秋桜が花を咲かせたような彼女の頬に、夜は手を添えながら、間近で覗くショコラの瞳に映る自分の姿に、軽く笑む。
 宵には二人で同じ夢を見ようよ、と――。

 お気に入りの靴と鞄、それと薄氷色のダイアモンドで装飾された指輪を携えて。
 行楽日和の秋の空、纏は穏やかな陽気に誘われるように心弾ませながら、愛しい彼の許へと駆け寄っていく。
「ねぇ、ダレンちゃん。コレ覚えてる?」
 胸に抱いた手帳から取り出したのは、茎の部分が丸められた秋桜の押花の栞であった。
 その押花は2年前、ダレンの手から纏の薬指へと嵌められた、プロポーズの証と言うべき記念の指輪。
 当時を想い返せば、こそばゆく。蕩けるような彼女の笑顔に、懐かしさと気恥ずかしさが入り混じる。
 昔は青臭かった真似をしたものだ、などとダレンが顔を赤らめる。その様子を面白がるように、見つめる瞳はとろりと酔わせる色を纏う。
 乙女は男の腕に抱かれて、この先も、綺麗に可憐に、強く咲き誇っていくだろう――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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