松葉と稲穂

作者:工藤修理光

●境内にて
 神社の拝殿前、参道の石畳を挟んで、二つの集団がにらみ合う。
 両集団の中から一人ずつ、男が進み出た。どちらも他の男たちより、ひときわ体格が良い。
 片方の男が、上着を脱ぎ捨ててタンクトップ姿となった。ボディビルでもやっているのか、盛り上がった筋肉が獅子面のような凹凸をつくっている。
「けっ、オオタワラよぉ、やっとオレと勝負する気になったか。負けたほうが勝ったほうに従う。それでいいな?」
 そう言って、男がぐっと力をこめると、針のような松葉をたたえた枝が身体の各所から張り出してきた。
 それに続いてもう一人の男も、もろ肌脱ぎになる。先の男とは対照的に、上半身がしっとりとした肉に覆われた、ふくよかな体つきだ。
「二言は無い。貴様にこれ以上、ワシの仲間を襲われてはかなわんからな……だがイワネマツよ、誰に喧嘩を売ったか、貴様はその身体で知る事になるぞ」
 そう口にして男が大きく四股を踏むと、その身体のそこかしこに、枯れ草のようなものが生え出てきた。その枯れ草の中には、ところどころ豊かに実った稲穂が垂れ下がっている。
「なめんな! テメェこそ、俺の手に入れた『力』を思い知りやがれ!」
 そう吐き捨てて、松枝を生やした男が飛びかかる。
 かくして、攻性植物を宿した者同士の戦いが始まった。

●決闘に介入せよ
「攻性植物を生やしたお兄さんたちが、決闘するみたいです!」
 ヘリオライダーの笹島・ねむは、そう言ってケルベロス達に説明を始めた。
 近ごろ、茨城県のかすみがうら市において、若者グループ同士の抗争が多発しているらしい。それも、ただの若者グループの喧嘩ではなく、攻性植物と化した者を代表とする決闘が行われているというのだ。
 彼らは決闘を通じて『負けたグループは勝ったグループの傘下に入る』というルールで勢力争いを行っており、このままでは勝ち残ったチームによって、かすみがうら市に攻性植物の一大組織が出来てしまうだろう。
 そうなる前に、この決闘に介入して攻性植物となった若者を撃破し、彼らの戦いを止めなくてはならない。
「決闘するのは、イワネマツとオオタワラというお兄さん二人です!」
 イワネマツは松のような攻性植物を寄生させており、針のような松葉での攻撃や、燃える松脂のつぶてを飛ばして攻撃してくる。性格は暴力的で、この決闘も彼からオオタワラのチームに吹っかけたものらしい。とにかく相手をぶちのめして縄張りを手に入れることを考えているようだ。
 対するオオタワラには、稲のような攻性植物が寄生しており、稲ワラの縄で縛り上げたり、周囲を稲穂の生えた田んぼにして攻撃してくる。この攻撃を受けると、回りの者が田んぼを荒らす悪人に見えてしまうそうだ。暴力の行使には慎重な性格だが、その分腹黒い。後ろ暗い取引なども平気で行うタイプだ。
「もし二人が手を組んだ場合、戦うのはとても危険です。ですから、今回はどちらか一人だけ倒せればオッケーです!」
 そのまま決闘を見守れば、実力に勝るオオタワラがイワネマツをある程度痛めつけた上で降伏を勧告し、イワネマツがそれを呑んで屈服することになる。
 そうなると、二人が協力体制に入るので、それより前の段階で介入するのが望ましい。どちらに攻撃を仕掛けるのか、両者の性格や強さを考えて、決めておく必要があるだろう。
 決闘の場になるのは神社の拝殿前の広場で、周囲を鎮守の森に取り囲まれており、身を隠すための物陰には事欠かない。また、イワネマツとオオタワラの戦いを両チームのメンバーが観戦しているが、彼らはケルベロスたちの介入があれば、自分の身に被害が及ぶことを恐れて勝手に逃げていく。取り立てて対策をとる必要は無い。
「このまま放っておけば、かすみがうら市は、攻性植物を生やした怖いお兄さんたちの町になってしまいます。それを食い止めるために、どうか頑張ってください!」
 そう言って、ねむはケルベロスたちにぺこりと頭を下げた。


参加者
黛・繭紗(ピュラモスの絲紡ぎ・e01004)
源・那岐(疾風の舞剣士・e01215)
龍神・機竜(その運命に涙する・e04677)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
ウル・ユーダリル(狩人・e06870)
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
男女川・かえる(筑波山からやってきた・e08836)
ハンス・ドレイク(ドラゴニアンの降魔拳士・e18232)

■リプレイ

●介入
 茨城県かすみがうら市内のとある神社、その境内をぐるりと囲う鎮守の森は、密度の高い木々のひさしによって、昼でもなお薄暗い影に覆われていた。
 その薄闇の中を、一匹の狐に似た獣が駆け抜けていた。やがて獣は大きなくぬぎの木陰に入り込む。とその木陰から、ひそひそ声が聞こえてきた。
「どうだった? あまり近づくと気づかれちゃうかな?」
 その木の根元にかがみこんで、男女川・かえる(筑波山からやってきた・e08836)が、先ほどの動物に話しかけた。するとその動物が、幼い少女の姿へと変わる。
「ん、大丈夫そうなの。みんな、戦いのほうに気をとられてて、周囲を見ている人はいないの」
 動物から姿を変えた少女、フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)は、かえるの言葉にそう答えた。ウェアライダーである彼女は、持ち前の動物変身を使って、境内の様子を探ってきたのだ。
「なら、もう少しそばまで近づいたほうが良いですね。風が吹いたら、一気に距離をつめましょう」
 フォンの言葉を受け、源・那岐(疾風の舞剣士・e01215)が他の木陰に隠れている仲間たちへとハンドサインを送る。木枯らしが巻き起こす葉ずれの音に足音を紛れさせ、ケルベロスたちは森を駆け抜けた。
 ケルベロスたちの向かうその先、神社の拝殿前では、二十人ばかりの若者たちが熱狂の声を上げて、二体の攻性植物同士の決闘を観戦していた。
「のうイワネマツ、ここは一旦退かんか? ワシらに手を出さずに他の奴を狙ってくれるなら、ワシらも手を貸してやろうしの」
 稲穂の生えた男……オオタワラは、松枝の生えた男を、自身の腰から生え出ている稲ワラの縄で縛り上げながら、そう語りかけた。
 オオタワラのこの申し出を、縛られたイワネマツが反芻する。岩のような身体のあちこちが縄で絡めとられたように封じられている。一対一の戦いでは、オオタワラのほうが格上だ。このまま戦っても、よほどの幸運が続かない限り、イワネマツに勝ち目は無いだろう。オオタワラを睨み付けながら、イワネマツはぎりり、と歯噛みした。
「……チッ、しゃあね……!?」
 しばらくの沈黙の後、イワネマツが口を開いた、その刹那。
「オオタワラ……貴様の悪行もそれまでだ!」
 雷鳴のような大喝とともに、あたり一面が火の海となる。ハンス・ドレイク(ドラゴニアンの降魔拳士・e18232)のドラゴンブレスだ。その攻撃に続いて、他のケルベロスたちも一斉に攻撃を仕掛けていく。かえるのストラグルヴァインや、ボクスドラゴンのクルルが放つブレスが、オオタワラを狙って放たれる。
 一対一の決闘が、突然多数あい乱れる乱戦と変わる。その様子に周囲の若者たちは驚きの悲鳴を上げ、我先にと逃げ散らかした。
「もう、だいじょうぶです。あなたを、たすけに来ました」
 黛・繭紗(ピュラモスの絲紡ぎ・e01004)が、黒白モノトーンのナイフを構え、イワネマツを庇うよう彼の前に立つ。テレビウムの笹木さんも同様に、オオタワラを威嚇するように凶器を振り上げてイワネマツの前に立った。
「僕たちはオオタワラを倒すように依頼されてるんだ。目的同じだし、手を組まない?」
 突然のことに状況がつかめないイワネマツに、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が声をかける。イワネマツとオオタワラが共闘すれば厄介なことになる。そのためにケルベロスたちはオオタワラを敵としてイワネマツを抱き込み、こちらと共闘してもらおうと考えていた。
「お仕事ですから。……加勢しますよ?」
 影の弾丸を放ちながら、那岐がイワネマツに目配せをする。どうやらこいつらはオオタワラを狙っているらしい……そう把握したイワネマツは、肉食獣のようないやらしい笑みを浮かべた。
「ワシが狙いだと!? お、おい、イワネマツよ、これでは話が違ってくる。ここは一旦……」
 ケルベロスたちの攻撃をかいくぐりながら、オオタワラがイワネマツに呼びかける。無駄な争いを避けてきた自分が襲われたということが信じられないのだろう。
「違わねぇよ。『負けたほうが勝ったほうに従う』……約束はそれだけだ。戦い方まで決めた覚えはねぇな!」
 オオタワラの呼びかけに対し、イワネマツはそう答えると、前に立つ繭紗や笹木さんを押しのけ、オオタワラめがけて駆け出した。
 突進してきたイワネマツを見て、オオタワラが舌打ちしながら両手を地面に叩きつける。次の瞬間、地面が盛り上がり、あたり一面が稲穂で覆われた。
「マズい! 皆、離れて!」
 龍神・機竜(その運命に涙する・e04677)が仲間に呼びかけ、ヒールドローンを周囲に飛ばした。防御力の上昇を受けながらケルベロスたちが催眠効果のある稲田から飛びすさる。その隙を突いて、オオタワラが走り出した。この場から逃げ去るつもりのようだ。
「逃がさん」
 すかさず、ウル・ユーダリル(狩人・e06870)がけん制の矢を放ち、オオタワラの移動を阻んだ。逃亡を阻止されたオオタワラを、再びケルベロスたちが取り囲んでゆく。

●共闘
 イワネマツがオオタワラに向けて松脂を投げつける。だが、身体に巻きついたワラ縄に阻害され、その攻撃はオオタワラに届かない。今までの戦闘で受けた束縛が蓄積しているのだ。
 一方、オオタワラのほうには、バッドステータスがあまり残っていない。先だっての戦いの中で、状態変化への耐性を重ねていたようだ。
「まずは、あの耐性を破らないと……瑠璃、援護するから攻撃しなさい」
 那岐がそう義弟に呼びかけると、阿吽の呼吸で瑠璃がオオタワラに向かって駆けだした。瑠璃を狙ってうごめくワラ縄を、那岐のガトリングが撃ちとどめ、敵への血路を開く。
「うん、ちょっと重いけど、行くよ!!」
 瑠璃の手に現れた大剣のようなグラビティが、オオタワラめがけて振り下ろされる。しかし、オオタワラはそれをワラ縄の巻きついた腕で打ち返し、相殺した。
 途切れず、オオタワラの急所を狙って次々と矢が放たれる。ウルの点穴撃ちだ。破剣の魔力を重ねて放たれたそれが、オオタワラの耐性を削ってゆく。
「くそっ!」
 オオタワラがたまらず吐き捨てる。状態変化への耐性は、長期戦型の彼にとって生命線だ。身体から生え出た稲穂を成長させ、回復の構えに入る。
「ん……クルル、蒼いのいくよ!」
 その隙を逃さず、蒼い炎を両手に宿したフォンが、拳を叩き込んだ。戦闘前とは違い、成長した大人の姿だ。フリルスカートをひるがえしながら、蒼い軌跡を伴った長い手足が旋転し、オオタワラを薙いだ。
 ワラ縄で防御しながら、オオタワラがじりじりと後じさる。そこに待ち構えていたのがビハインドのクマンサだ。がら空きのオオタワラの背後に、クマンサの攻撃が命中した。
「オオタワラさん」
 続けて繭紗の赫絲戀絲が放たれ、オオタワラの首に巻きつく。ワイヤーのような赤い糸に首を締め上げられるオオタワラを前に、繭紗はわずかに目を伏せた。
「つけあがるなッ!」
 防戦一方と見えたオオタワラが怒りの形相で吼える。次の瞬間、オオタワラの足元から大量の稲穂が生え、穂波が繭紗を押し流した。すかさず笹木さんが割って入り、繭紗を体当たりで弾き飛ばして身代わりとなる。
 狙われたのは繭紗だけではない。石畳を掘り起こしながら広がる稲穂の波は、前列の者たち全てに襲い掛かる。一人ひとりを取り囲むように稲田が周囲を侵食していった。
 仲間の危機にかえるが鳥獣戯画を放った。小動物の形をした光弾によって稲穂がなぎ倒される。それを踏み越えて、機竜のサーヴァントであるバトルドラゴンがフォンを掬い上げてシートの上に乗せ、稲田から脱出した。
「機竜くん、なーいす!」
 かえるがバトルドラゴンの動きを称え、機竜へ笑顔を向ける。だが、対する機竜の表情は渋い。
(「……イワネマツまで倒せるかどうかは、運次第、か」)
 数の上ではケルベロス側がはるかに多いにもかかわらず、オオタワラは互角に近い戦いを繰り広げている。戦いの先行きを推し量りながら、機竜は再び敵に目を向けた。
「喰らえっ!」
 ハンスがオオタワラに向けて降竜連撃爪を放とうとする。と、その脇から松葉の生い茂った太い腕が振り下ろされた。
 稲田攻撃によって、催眠状態に陥っていたイワネマツの攻撃だ。オオタワラに注意を向けていたため、ハンスの反応が一瞬遅れた。かわし切れぬと見て、ハンスは身を固くする。
 だが、予想に反して、ハンスの身に衝撃は来なかった。笹木さんが身を挺してハンスを庇ったのだ。小柄な笹木さんの身体に、イワネマツの拳が叩き込まれる。笹木さんのディスプレイにノイズが走り、その姿が消えた。
「ええい、馬鹿者がっ! 力を持つ者が、こうもたやすく正気を失いおって!」
 笹木さんが倒された様子を目の前にして、ハンスがおもわずイワネマツを怒鳴りつける。しかし、一時の催眠状態から脱したイワネマツが怒鳴り返す。
「弱ぇ奴がオレに指図すんじゃねぇ! 手前ぇらは、黙ってオレの踏み台になってりゃ良いんだよ」
 共闘している者に対してこの物言い。イワネマツという男は、よほどに凶悪な心根の持ち主らしい。
 と、その時、人型を模した小さな紙片が、ひらひらと辺りに舞い散った。
「……わたしは、信じています。だからどうか、縋るべき『力』を、見誤らないで」
 繭紗が縛霊手から無数の紙兵を放ち、イワネマツも含めた前列の者たちに張りつかせてゆく。身代わりの紙兵が、イワネマツから催眠効果を吸い取り始めた。
「……チッ」
 繭差からの回復に、イワネマツが舌打ちしてオオタワラに向き直った。どうやら、オオタワラを倒すことだけには同意してくれているようだ。
「そうそう、今はいがみ合ってる場合じゃないよ!」
 かえるが声を上げてオオタワラのほうを指差す。その先では再びオオタワラが周囲を稲田に変えていた。稲田攻撃で同士討ちを頻発させ、数の不利を挽回する魂胆のようだ。
「ここが踏ん張りどころだよ! みんな頑張って!」
 瑠璃がオラトリオヴェールで回復しながら、味方を鼓舞した。長期戦はオオタワラに有利だ。戦いが長引けばそれだけ相手の手の内にはまってゆく。
「……いいだろう。ここで一気に決めるぞ!」
 瑠璃の言葉を受けて、ウルが武神の矢を放つ。勢いよく放たれたそれは、狙いたがわずオオタワラの身体に突き刺さり、その動きを止めた。同時に、イワネマツが全身に松葉の針を生やし、オオタワラに組み付く。
「俺の最後の武器……それは勇気だぁぁぁぁぁ!」
 続いて機竜がバトルドラゴンとともに突撃をかけた。イワネマツと挟撃する形だ。炎をまとったバトルドラゴンがオオタワラにぶち当たり、ホイールをバーンナウトさせながら敵を押さえ込む。そしてすかさず、オオタワラの横っ面に機竜が拳を叩き込んだ。
「いざ、戦の舞をご覧に入れましょう。……風よ、我と共に舞え!!」
 朱雀の名を持つその護衣をなびかせ、那岐が華麗に舞い踊る。その舞にあわせて、強烈な冷気を帯びた風がオオタワラの周囲で巻き起こった。オオタワラの身体ごと、稲穂に霜が降り、凍り付いてゆく……やがて、那岐の舞が止まると同時に、それらは透き通った音を立てて砕け散った。

●終息
「……お、おい。オオタワラは……」
 目の前で砕け散ったオオタワラを見て、イワネマツが狼狽する。ケルベロスのグラビティはデウスエクスに死をもたらす。攻性植物と一体化したオオタワラも、例外ではなかった。
「ん、デウスエクスを倒すのがわたし達の仕事なの……ごめんなの」
 イワネマツにそう言いながら、フォンが元の幼い姿に戻った。戦いで蓄積した疲れが一気に襲ってくる。傍にいた仲間に、フォンはその身を預けた。
「くそ、手前ぇらケルベロスかよ……ざっけんな、殺されてたまるか!」
 オオタワラの死を前にして、身の危険を感じたのであろう。イワネマツはケルベロス達に背を向けて、脱兎のごとく駆け出してゆく。
「待たんか! 貴様にはまだ言っておかねばならんことが……」
 逃げるイワネマツの背に、ハンスの怒声が飛ぶ。追いかけて説教しようとするハンスを、機竜が止めた。
「ここまでだ。言葉でわかる相手じゃない。これ以上やれば、死ななくても大打撃は避けられないだろう」
 兎にも角にも、オオタワラを倒すことには成功した。作戦通り、笹木さんが倒された以上、ここで撤退するのが賢明だろう。
「ごめんなさい……できるなら『禍根』から救ってあげたかった……」
 散らばるオオタワラの凍片を見ながら、繭紗が呟いた。凍片は、ドライアイスが崩れるようにさらさらと分解し、消えていった。

作者:工藤修理光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年12月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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