黒髪の美少女メイド、売ります

作者:一条もえる

 秋も深まる今日この頃。伝統ある某女学院では、文化祭の準備に余念がなかった。
 確かに校舎は古くて校則もちょっとだけ堅苦しいが、中身はふつうの女子高生たちである。催しは今時の文化祭と変わりなく、たとえばそのクラスの出し物は、コスプレ喫茶であった。
 衣装あわせ中、ゆる~いコスプレのナースや巫女がいる中で、
「ユリコちゃん、マジで可愛い~!」
「うわ、日頃から大和撫子だとは思ってたけど……衣装を変えると、破壊力が数倍に……」
「おのれ、美少女め……」
 級友たちにはやし立てられているのは、メイド服を着た女子生徒であった。照れくさそうに顔を赤らめて、自らを見下ろす。
「ちょ、ちょっと。なんでこの衣装だけ、こんなに本気なの……?」
「あ、それうちの兄貴の私物。大丈夫、絶対に『清潔』だって確認したから」
「なによ、それ。
 ……まぁ、いいわ。どうせなら本気でやった方がいいし」
 そう言ってユリコは咳払いし、背筋を伸ばした。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「んごぉッ!」
 天井裏で、何者かが悶絶する声がした。が、わいわいとざわめく教室では、それに気づいた者はいなかった。
「うるさいぞ、左衛」
「すまぬ、右衛。しかし、完璧ではないかあの娘は!」
「うむ。長い黒髪は鴉の濡れ羽のように艶やかで美しく……」
「白い肌はさながら、舶来の白磁のようである」
「長いスカートに控えめなフリル。飾りが過剰すぎぬのが、またよい! あれぞ、正統派メイドの姿であろうよ」
 熱く語り合う様だけならば、ただの変態である。
 しかし両名は、渦巻く螺旋の面を着けていた。
「改造するのは、あの娘で決まりだな」
「応。あれほど魅力的な娘であれば、どの勢力であろうと引っ張りだこであろうよ!」
 天井板を蹴破って、ふたりの螺旋忍軍が教室に飛び降りる。舞い落ちる埃と、異様な風体のふたり組。たちまちのうちに、教室は悲鳴に満ちる。
「貴様らに用事はない。さっさと去ねぃ!」
 右衛の螺旋手裏剣が黒板に食い込み、青ざめた女子生徒たちは慌てて逃げ散っていく。
 その隙に、左衛がユリコの腰に手を回して抱きすくめた。
「きゃああッ!」
「静かにせよ。なに、お主の魅力を引き出してやろうというだけよ」
「ユリコ!」
 何人かの女子生徒がユリコの手を掴もうとしたが、
「邪魔立てするならば、グラビティ・チェインをいただくだけのことよ!」
 左衛の刀が煌めいた。

「文化祭の準備をしている学校に、『影羽衆』って螺旋忍軍が現れるみたいなの」
 事件を告げたのは、崎須賀・凛(ハラヘリオライダー・en0205)。真剣な面もちで、厚手のミトンを両手にはめた。
 チーンという音が響き、凛はオーブンの扉を開く。とりだした鉄板の上に乗っていたのは、様々な形の小麦粉の固まり。
 すなわち、クッキーである。
 熱々のそれを3つほど手にとって口に放り込み、凛は改めて話し始めた。
「もぐもぐ……。
 どうやら敵は、コスプレとか、そういうのをしてる可愛い子を狙って行動してるみたいね。
 今回の狙いは、ユリコって子。彼女に洗脳と改造を施して、他のデウスエクス勢力に戦力として売り渡すつもりみたいなの」
 あら熱をとっている間に紅茶を入れ、凛はため息をつく。
 その口に、ハート型のクッキーが放り込まれた。
「もぐもぐ……。
 そうはさせない、ってこと。そうでしょ?」
 さほどあら熱がとれたとも思えないが、凛は星形と花型とスプーン型とフォーク型のクッキーをそれぞれ2、3枚ごと手にとって口に運びつつ、
「もぐもぐ……。
 幸い、準備する時間は十分にあるの。敵が現れる1時間前には十分、現地に到着できると思うわ。
 でも、生徒を避難させるのは禁止。事前に教室から人がいなくなってしまったら、影羽衆も現れなくなっちゃうからね。
 避難させるとしたら、敵が現れてから」
 気をつけて、と念押しした凛の背後で、再びオーブンが鳴る。
 リボンや花の形に絞り出されたクッキーを、またしても鉄板からよける前に数枚、口に運ぶ。
「もぐもぐ……。
 事件が起こるのはここ。1階の、1年生の教室ね」
 と、凛は端末に表示した地図を指さした。入手した情報から、すでに立体図を作成済みらしい。
 校舎はH型で、事件現場はその左上の端である。グラウンドが右側にあり、正門は下側である。そのため、教室の混乱さえ治めることができれば避難はさほど難しくないだろう。
 問題の教室内では、天井から飛び降りてきた螺旋忍軍が女子生徒たちを脅して蹴散らしつつ、ユリコをさらっていこうとする。
 最優先としているのはユリコの誘拐で、特に邪魔しようとしなければことさら危害を加えようとはしない。
 身柄を確保すれば、そのまま窓を飛び出し、校舎の左側から逃れようとするだろう。

「もぐもぐ……。
 デウスエクスにさらわれて利用されるなんて、可哀想でしょ? 絶対に逃がさないでね!」
 きれいに格子模様のついたアイスボックスクッキーを、凛は「あーん」と飲み込んだ。


参加者
一式・要(狂咬突破・e01362)
六連星・こすも(ころす系お嬢さん・e02758)
ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)
リチャード・ツァオ(異端英国紳士・e32732)
神無月・佐祐理(機械鎧の半身・e35450)
雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)
クロエ・ルフィール(けもみみ少女・e62957)
パシャ・ドラゴネット(ドラゴニアンの心霊治療士・e66054)

■リプレイ

●襲撃
 さぁ、文化祭だ。意気揚々とやってきた一行だったが、学院の空気は普段とさほど変わらない。
 メイド服を着込んだ六連星・こすも(ころす系お嬢さん・e02758)と、それに似た洋菓子店の制服を着た神無月・佐祐理(機械鎧の半身・e35450)とが、怪訝そうに首を傾げた。
 それもそのはず、文化祭は次の日曜日だ。
「……『文化祭の準備』とか『衣装あわせ』とか言っていたものな」
 ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)が頬を掻く。よく見ると、あちこちで準備を進めているのはわかる。
「うっかりしていましたね」
 と、佐祐理が苦笑した。
「コズミック恥ずかしかったのに……!」
 顔を真っ赤にして、こすもがへたりこんだ。道理でここまで、人目を引いたはずである。
「どうやって入り込みましょうか」
 リチャード・ツァオ(異端英国紳士・e32732)が首を傾げる。こう言っちゃ何だが、年齢層も異なった男女の集団は、伝統ある女学院には、いささか不釣り合いである(地球人以外の種族はあちらこちらにいるので、さほどでもない)。
「心配には及びませんわ!」
 高笑いをあげつつ、学院の制服を着たクロエ・ルフィール(けもみみ少女・e62957)が姿を現した。
「警備員の皆様? わたくしのことはご存じですね? えぇ、この者たちは、わたくしの知人ですわ」
 と、堂々と正門を進んでいった。平然としたその態度、そして『プラチナチケット』の効果で、誰も彼女を怪しまない。
 もっとも、
「高飛車なお嬢様を演じる必要は、ないんじゃないのか……?」
 雑賀・真也(英雄を演じる無銘の偽者・e36613)が苦笑する。応対した警備員の中に、彼が潜入していたことも助けになった。
「さぁ、いきますわよ!」
「かしこまりました、お嬢様」
 薄く笑ったリチャードは慇懃に頭を垂れ、クロエの後に続く。
 授業は午前で終わり、午後からは準備が始まったようだが。
「ちゃんと説明しておいた方がよさそうだね」
 メイド服を着た三つ編みおさげの少女が……いや、パシャ・ドラゴネット(ドラゴニアンの心霊治療士・e66054)が眼鏡に手を当てて首を傾げる。
「パシャくん……今はちゃんかしら?  べつにパシャちゃんまでメイド服着ることは、なかったんじゃないの?」
 一式・要(狂咬突破・e01362)が首を傾げたが、
「メイドさんを隠すなら、メイドさんの中ですから」
「現状、あたしたちの中にしかいないけどね」
 ともあれ、ちょうど職員室から出てきた教師を捕まえて、パシャが事情を説明する。件のクラスの担任だったようだ。驚きつつ狼狽えつつも、彼はケルベロスたちを引き連れて教室の扉を開けた。
「お、おおい、みんなー! 準備はすすす、進んでいるかぁ?」
「ちょっと先生、もっと堂々としてくださいよ」
 要が教師をこづく。
「無理もあるまいよ。騒ぎ出さないだけ、がんばっている方だ」
 ガロンドが半眼のまま、周囲の様子を窺う。
 要は「それもそうだ」と肩をすくめ、窓の方に移動した。
 教師はケルベロス一行を、「文化祭のためのアドバイザー」と紹介した。
 なんだそれ。年齢も風体もバラバラな一行とコネクションのある高校教師って、なんだ。教室はざわめいたが、
「ボク、文化祭の取材に来ました!」
「私は、店舗の運営で皆様のお力になれればと」
 パシャが礼儀正しく頭を下げ、リチャードが微笑むと、教室はまた違ったどよめきを生んだ。
 年齢のせいもあり、メイド服のパシャは愛らしい女の子に見える。
 そしてリチャードもまた、メイド服を着ていた。190センチちかい長身に精悍な体格。異様と言えば異様だが、
「一流のメイドは、どんな自体があっても対応できるよう、高身長の者が多いのです」
 などと言い放ち、堂々と着ているところはなかなか様になっているかもしれない。
 いろいろと盛り込みすぎた2人の姿は、女子高生たちの心の奥底にあるナニカをムクムクと起きあがらせたようである。
 なんだかんだと盛り上がり、準備は加速していく。
 彼女らの勢いに圧倒されたように、佐祐理はいったん、その輪からはずれた。
「懐かしいですね~。内装を整えても、消火栓とかが目立つんですよね。安全面に配慮しつつ、どうやって誤魔化すか知恵を絞ったものです」
「佐祐理さんだって、懐かしいとかいうほど昔じゃないでしょ。女子高生に紛れたって、わからないよ」
 と、こすもが笑う。
 このまま、楽しく準備が進んでくれればいい。しかし、そうはならない。
「じゃあ、教わったとおりに……」
 基本的に真面目な性格なのだろう。お辞儀の仕方などを熱心に聞いていたユリコが咳払いして背筋を伸ばし、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 と、完璧なお辞儀をしてみせた、その瞬間。
 天井が破れ、埃とともに異様な風体のふたり組が飛び降りてきた。
「娘! 我らとともに来てもらおうか!」
 と、刀を手にした螺旋忍軍が、逆の手でユリコの手をつかんで引き寄せた。
「左衛!」
「なんだ、右衛?」
「見よ、こちらにも黒髪色白メイドがおる! こやつもさらってくれよう!」
 右衛と呼ばれた螺旋忍軍は、こすもの方に狙いを付けてきた。
 しかし、されるがままのはずがない。その手を払いのけ、
「こーゆーの、お好きなんですね?
 でも、残念! 長い黒髪に白い肌のメイド服美少女戦士! アイドルミュージックファイター。六連星こすも参上です!
 月に代わって……ラブラブ! おいしくなーれ♪」
 両手でハートを作り、笑顔を向ける。呆気にとられる女生徒たち。
「うぅ、思ったよりもテラコズミック恥ずかしい! やらなきゃよかった……!」
 へたりこみたい。しかし、それどころではない。
「なにッ!」
 思わず振り返った、螺旋忍軍・左衛。その刀をリチャードが長剣で弾き返し、ユリコを抱きすくめて取り戻す。
「こちらのお嬢さんは、返してもらいますよ」
「ユリコさんは、渡しません!」
 佐祐理が歌い上げる、絶望しない魂の歌。しかし螺旋忍軍は距離をとって跳び下がった。
「残念、次のが本命だ」
 それを追って、要が一気に間合いを詰めた。
「うぬッ!」
 目にも見えぬほどの速さで、左衛の刀が抜かれる。刃が脇腹に食い込んだが、それに怯むことなく、全身からぶつかるようにして敵の体勢を崩した。
 螺旋忍軍の前に彼らが立ちはだかっているその間に、
「さて、演技はおしまい……。みなさんのことは、わたしたちケルベロスが守ります! 慌てず、避難してください!」
「心配するな、この程度の敵……!」
 クロエが女生徒たちを促し、ガロンドは大槌を振り上げ、フェアリーブーツを履いた足を踏みならす。全身のオウガメタルは、きらきらと光り輝いた。
 力強いその姿に女生徒たちは勇気づけられ、教室を飛び出していった。
「みんな、グラウンドまで逃げて!」
 パシャの大声は、隣や上の教室まで届いた。騒ぎが大きくなるにつれ、事情を知った他の教室からも、皆が逃げ出していく。
「よし……悪いが、しばらくこの帽子を預かっててもらえるか?」
 各所に張り巡らせていたキープアウトテープや張り紙が、誘導を助けたようだ。全員が逃げ出したようである。
 真也は、そばにいた赤い縁の眼鏡をかけた女生徒に帽子を預け、
「お兄さんは、ちょっと悪い奴らを懲らしめてくる」
 と、教室に向かって駆けだした。

●記憶に残る一日
 左衛の刀が弧を描いて襲いかかる。
 しかし全方位からの攻撃に備えたリチャードには、浅い傷を負わせただけに終わった。
「メイドたるもの……不意のご来客があっても、慌てず騒がずおもてなしするものです」
「ユリコさんに手出しはさせませんよ!」
 たじろいだところに、こすもの長剣が襲いかかる。胸板を十字に切り裂かれ、左衛はよろめいた。
「おのれ!」
 右衛の放った螺旋手裏剣が、空中で無数に分裂した。
「本物を、簡単に掴めると思うなよ……!」
 ガロンドの舞は力強くも美しい。舞い散る花びらのオーラが、傷ついた仲間たちを癒していく。
「暴れさせてもらうわ」
 要の鋭い蹴りが左衛の腹に食い込み、敵は吹き飛ばされて机をなぎ倒していく。
「もし本番中だったら、大変でしたね!」
 天井高くまで飛び上がった佐祐理は、踊るようにスカートの裾を翻したかと思うや、急降下して左衛のこめかみに蹴りを命中させた。
「おのれ~ッ!」
 怒りに全身を震わせ、敵は斬りかかってこようとする。
 凄まじい殺気ではあるが、あまりに直線的なそれに、リチャードは苦笑して、エプロンの中から手裏剣を取り出す。
「誰も殺させません。文化祭を楽しい思い出にするために!」
 パシャが声を張り上げる。圧縮したエクトプラズムが霊弾となって、敵に襲いかかった。
「闇を友とし光で貫く。我が前に立つなら、覚悟するがいい」
 霊弾は胸元に命中し、敵は思わずたたらを踏んだ。そこに、蝙蝠を象った手裏剣が襲いかかる。それは空気との摩擦で激しく燃え上がり、敵を炎に包んでいく。
「ぐ……!」
「まだ終わりじゃないぞ、影羽衆! 覚悟はいいな!」
 クロエが振り上げた大斧のルーンが発動し、光の軌跡を描きながら振り下ろされた。
「破壊のルーンに込められし魔術の加護よ、私に力を!」
 しかし、
「なにをしておる、左衛!」
 大斧が敵の肩を切り裂こうとしたとき、右衛の叫びとともに、左衛の姿が二重写しとなった。
「すまぬ……!」
 我に返った左衛は、辛くも刀身で刃を受け止めた。受け流されながらも、火花が激しく飛び散る。
「人をさらうような手癖の悪い奴らは、お仕置きが必要だな」
 教室に飛び込んできた真也は、異空間から召喚した弓を、そして剣とを左右の手に構えた。
「血に飢える電光石火の猟剣よ。その力をもって、敵を亡き者にせよ」
 弓弦を引き絞ると、剣は矢のように細く鋭く変化していき、
「喰らいつけ、血に飢える電光石火の猟剣!」
 放たれたと思った矢は、その瞬間には右衛の胸元に深々と食い込んでいた。
「ぐ、おおお……!」
 戦いの音は校庭にも轟いていた。
 ユリコが心配そうに背伸びするが、もちろんここからは見えない。さらなる安全のため、列を成して校外へと避難していく女生徒たち。その背後で爆発音が轟いた。リチャードと真也が放った『サイコフォース』によるものである。
 要の突進、そして彼のテレビウム『赤提灯』が振り下ろしたバールのようなモノを浴びて、左衛がよろめいた。追い打ちをかけるように、クロエの蹴り込んだオーラが襲いかかる。
 オーラを叩きつけられた左衛は吹き飛ばされ、窓ガラスを割って校舎の裏手に倒れた。パシャの刃が襲いかかると、すでにさんざんに引き裂かれていた忍び装束は完全に千切れ飛び、あちこちから血を流し、打ち身で鬱血もした上半身が露わになる。
 右衛の肩には、佐祐理の放った矢が深々と食い込んでいた。
 しかし敵は、これだけの手傷を負いながらも、怯むことなく襲いかかってくるではないか!
 右衛の放った手裏剣がケルベロスたちに襲いかかり、左衛の刀は弧を描く。
 目的を達せずに逃げ去ることはできないのか、それとも。
「勝てると、思ってるの?」
 こすもは仲間たちの前に立ちはだかって盾となる。長剣を十字に構えて刀を受け止めることはできたが、脇腹に手裏剣を浴びて顔をしかめた。
「前門にメイド、後門にもやっぱりメイド。逃がしません!」
 達人の一撃。お返しとばかりに、鋭い切っ先が左衛の脇腹を割く。
「行けッ!」
 ガロンドが叫ぶと、ミミック『アドウィクス』は主の声に従って武器を生み出し、左衛の腕を斬る。
 その間にガロンドは、
「実に無粋だが……仕方あるまい」
 大きな息を吐く。すると、こすもの眼前に特撮ヒーローが現れた。マスクを取って現れ微笑んだのは、好みにドストライクなイケメン!
 これで奮い立たなければ嘘である。
 まぁ、その『財宝』の幻影はすぐに消えてしまったのだが。奮い立った気持ちは消えない。
 ケルベロスとて苦しいが、敵の方が苦しい。特に左衛は満身創痍である。
 右衛が手裏剣を振り上げた。しかしその伸ばした手に、コンクリートの礫が命中した。放たれた手裏剣が目測を誤る。
「敵を倒すには石ころだけでも十分すぎると、昔の上官が言っていたな……!」
 真也が礫を弄びながら、呟いた。
 援護を失った左衛に、ガロンドが力の限り振った大槌を叩きつける。吹き飛ばされた敵は黒板に全身を食い込ませた。
「咲き誇れ、コズミックフラワーッ!」
 光の粒子が、こすもの周りを花のように囲む。そしてそれは、磔になった左衛にことごとく降り注いだ。美しく恐ろしい処刑である。
「あとは君ひとりになりましたよ」
「そろそろ、おねんねしたらどう?」
 要とリチャードとが、右衛に殺到した。
「く……」
 敵は拳を、刃をかろうじて避けながら教室内を転がる。
「それならば……Das Adlerauge!」
 佐祐理の右目に搭載されたレーザーが放たれた。しかし敵は、恥も外聞もなく床を転がって逃げる。
 ところが。
 その動きを、パシャとクロエとは追っていたのである。目の前に立ちはだかられ、さしもの螺旋忍軍も身を強張らせた。
「好みじゃない相手に倒されるのは屈辱かもしれないけど。我慢してね?
 我が元に集い、響かせたまえ!」
 青く煌めく魔法陣から、青い炎の髪と羽毛とで形作られた半人半鳥の妖精が現れる。それらは敵の周囲を飛び回って、騒々しく囀った。
「うおお……!」
 狂気をはらんだ声に言いしれぬ恐怖を覚え、身がすくむ。それ目掛けて、
「ブリッツベイルッ!」
 クロエは雷の呪文を付与した戦斧を振り上げながら、教室の壁を蹴って飛び上がった。叩きつけられた刃は、渦巻く仮面ごと敵を真っ二つに切り裂いた。

「散らかったお部屋を掃除するのも、メイドの務め。綺麗にお掃除をして帰りましょう」
 リチャードの言葉に異論はなく、ケルベロスたちは無惨な状態の教室を修復していった。
 ユリコたちも戻ってきて片づけを手伝い、なし崩しに準備も始められる。
「みんな、怖がらせてごめんね!」
 クロエもそれを手伝った。
 先ほどの凛々しい姿が印象的だったのか、ガロンドのもとにも女生徒が集まる。
「なかなか溶け込んでるじゃないの、黄金竜」
 要が、その肩を叩く。
「笑うなよ」
「あの……」
 背後からの声に真也が振り返ってみると、おずおずと帽子を差し出してくる眼鏡の女生徒がいた。
「ただのケルベロスさ。名乗るほどでもない」
 立ち去ろうとした真也だったが、なおも向けられた視線に肩をすくめて、
「……真也。雑賀真也だ。文化祭、うまくいくといいな」
 なおも向けられる視線。
「……必ず、来るよ」
 この文化祭、きっと忘れられない思い出になる。

作者:一条もえる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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