某電気街、地下。
そのライブハウスは地下にあった。いや、地下アイドルだからってなにも、本当に地下にライブハウスを作る事ないじゃないか、と思わなくも無いが、それは土地に限りのある首都圏であるが故だろう。決してオーナーの趣味と言う訳ではない。
「みんなー。来てくれてありがとー」
ステージで声を張り上げているのは、見た目10代後半。実年齢は20代前半から半ばと言った処だろうか。大きな胸を包んだ際どい衣装が、彼女をアイドルだと物語る様であった。
だが、それに応じる声は少ない。小さいのではなく、少ない。
ステージを食い入るように見つめる老若男女――否、年嵩の男性から中高生迄。合わせて10人程度が彼女のステージの来客だ。熱心な声はほんの数名。残りはスマホを覗き込んだり、退屈そうな欠伸をしていたりする。
(「あーあ。早く終わらないかなぁ」)
いつからこうなってしまったのだろう。最初はこうじゃなかった筈だ。みんな、やる気に満ちていて――。
彼女の回想は突如として打ち切られる。それはばーんと効果音と共に、非常口を押し割る乱入者と言う形を取っていた。
「まったく! こんなのアイドルのステージじゃないわ! と言うか誰得よ誰得?! まったく、意味判んない!」
現れたのは外見年齢10代後半の少女だった。際どい衣装はステージの彼女と変わらず。だが、堂々とした佇まい、そして全身から立ち上るオーラは、ステージの彼女と比べる迄も無かった。
「いいわ。私が本当の偶像って何か、教えてあげる!」
非常口用に設置された階段の最上段は狭く、歌や踊りに適していない。だが、そこで繰り広げられる歌も踊りも、本物だった。
人々は彼女を見詰め、そしてはらはらと涙を零す。
「いきましょう。りんご様。ハイズラーン様がお待ちです」
「判っているわ。その為の贄――ファンだものね」
配下のオタゲイジャーに促され、秋野・りんごはライブハウスを後にする。そんな彼女の背には新たなファンとなった11人の犠牲者が、付き従っていた。
「アイドルとして地球社会に潜伏していた螺旋忍軍が動き出したみたいなの」
リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の予知した未来に、ケルベロス達は一同で目を丸くする。突拍子の無い一言はしかし、確かにデウスエクスが潜んでいた事への確信に満ちていた。
「今回、私の視たデウスエクスの名前は『秋野・りんご』。彼女は他のアイドルのライブに乱入して、罪のないファンを略奪して、連れ去っちゃうの」
なお、活動を始めたのは彼女だけではなさそうだ。外にも多数、ヘリオライダー達が螺旋忍軍の動きを察知していると言う。
「連れ去られた人々は山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019)が危惧していたようにシャイターンの元に集められているようね」
そして、選定の材料とされてしまうのだろう。大半は死んでしまうだろうが、中にはエインヘリアルとして目覚める者もいるかもしれない。
「それを阻止して欲しいの」
人々の安否はケルベロス達の活躍に掛かっている、と言う訳だ。
「まず、秋野・りんご。そして、彼女を護衛する螺旋忍軍、オタゲイジャーの戦闘能力の話になるんだけど」
一旦の前置きの後に語られたリーシャの説明は、いつもと変わらない物だった。
「双方とも歌や踊り――音楽に関わるグラビティを持っているわ。仲間を鼓舞したり、防御を厚くしたり、惑わせたり……。そこは充分な対策を練って欲しい」
なお、オタゲイジャーは2体ともがディフェンダー、りんごはスナイパーとの事で、その防御をどう打ち砕くかも必要になるだろう。
「それと、厄介なのはりんごは直ぐに逃亡を選択することね」
彼女達の目的がファンの獲得と拉致であるならば、当然の選択だった。デウスエクスが本気で逃亡すれば、道を塞ごうとも防ぎきれるものでは無い。ならば、それを防ぐ方法とは。
「アイドルとして彼女に戦いを挑む事ね」
よし、何を言っているか判らない。
「……つまり、彼女が乱入と同時にみんなも乱入し、彼女が魅了しようとした地下アイドルとそのファンを奪っちゃう事が、何よりも彼女の動きを封じる手段になるの」
魅了されたファン達はそのまま、りんごに付き従って連れ去られてしまう。しかし、彼らが魅了されなければ――? 答えは自明であり、そして魅了される前に魅了してしまえばよい。それもまた、自明の理であった。
「会場の人々は幻惑されてて正常な判断力は失われているけど、代わりに『アイドルの魅力を判断する』能力は高まっているみたいね」
良く分からない能力だったが、要するに通常よりも魅了され易い状態にある、と言う事だろう。その状態でアイドル螺旋忍軍を上回るパフォーマンスを行えば、一気にファンを奪い取る事が出来そうだ。
「で、その為にりんごの特技とか知らないといけないと思うんだけど、この子、実はしんみりとしたバラード系が得意なのよね……」
安易なお色気に流されるのは以ての外。大切なのは感動し、癒せる歌と踊り! との事だ。そして会場の人々はそれに流されている。それだけは相手の土俵に乗るべきだとリーシャは助言する。
「みんながファンを奪取しちゃえば、それを取り戻す為に、否応なしにりんごはみんなと戦わなければいけない。だから、その場合は彼女の逃走を考えなくていいわ」
つまりそれ以外の策を講じた場合は気を付けろ、と言う事か。
「本星へのゲートを失って困窮している螺旋忍軍を利用し、自分達に必要な人員を確保する……。本当、シャイターンの狙いは悪辣ね」
だから、それを許す訳にいかない。螺旋忍軍共々、撃破する必要があるのだ。
そしてリーシャはケルベロス達を送り出す。それを成せるのは、彼らだけだからだ。
「それじゃ、いってらっしゃい。頑張ってね」
参加者 | |
---|---|
天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355) |
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552) |
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185) |
槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436) |
イスズ・イルルヤンカシュ(赤龍帝・e06873) |
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447) |
ディーヴァ・ブラン(決意を抱いて歌うディーヴァ・e21800) |
アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796) |
●乱入、偶像対決!
某電気街。地下。
一曲歌い上げた秋野・りんごは満足げに周囲を見渡す。身体を包む疲労は全てを出し切った証。何とも心地良い物か。
10人程度の観客は熱に浮かされたようにりんごを見詰めている。
何より、ステージに立ち竦む女性アイドルも、
「りんご様……」
と恍惚の表情を浮かべていた。
偶像崇拝の視線が凄く気持ち良かった。もう、生きるっ素晴らしいって感じだった。実にアイドルは自分の天職だと思う。
「ちょっと待った!」
制止の声は突如、ステージ脇の舞台袖から掛けられる。
「「何奴でござるか?!」」
「誰?!」
最初の声はりんごの配下のオタゲイジャー。続く声はりんご自身である。果たして、三者の視線の先に現れたのは!
「貴様にアイドルバトルを申し込む!」
8人の女性だった。――否、一人、男、いや、男の娘が混じってる。3体のサーヴァント含めた11人の大所帯がりんごを制止したのだ。
戦闘に立つのは女性らしい膨らみの上部を露出させ、太腿も露わにしたドラゴニアンの女性だった。りんごに負けず劣らずの大きな胸――むしろ、ちょっと大きい――がふるりと揺れ、周囲に歓声を上げさせる。
アイドルドレスに身を包んだ少女の名前はイスズ・イルルヤンカシュ(赤龍帝・e06873)。頬をうっすらと染めている事から、羞恥を押し殺しているのは確実だったが、それがむしろ周囲の庇護欲を掻き立てていた。
「ケルベロス!」
地獄の番犬が何故この場所に!
りんごの戦慄はしかし、次に続く言葉に掻き消される結果となる。
「で、どうするにゃ? 受けるかにゃ? 尻尾をまいて逃げるかにゃ?」
アイクル・フォレストハリアー(ラディアントクロスオーバー・e26796)だった。
ドワーフ特有の薄い胸を張り、挑発じみた笑みを浮かべている。りんごのメリハリボディとは違い、悲しいくらいの幼じ、否、ドワーフ体型がアイドル衣装に身を包む容姿は、むしろ幾分かの哀愁が漂っている。
そんなアイドル? 的な少女に挑発され、黙る理由は無かった。
「いいわっ。アイドル勝負、受けてやろうじゃない!」
「……ええ、勝負、よ」
りんごの叫びに、ミュージックファイター専用のステージ衣装を身に着けたディーヴァ・ブラン(決意を抱いて歌うディーヴァ・e21800)がこくりと、頷く。
(「まずは挑発成功、ですね」)
女物の黒いチャイナドレスやニーソを纏った天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)がそっと嘆息する。尚、この場にいる8人のケルベロスの内、唯一の男性は彼だけだが、その外見は中性的な女性と言っても遜色なかった。彼自身、『男の娘ギタリスト』として売り込んでいる、との触れ込みを装っている。
擬態は彼だけではなかった。華やかなプリンセスクロスを纏ったジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)や東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)は元より、倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)や槙島・紫織(紫電の魔装機人・e02436)も清楚な衣装で、凄くアイドルアイドルしている。
それもこれもりんごの野望と、彼女の背後に見え隠れするシャイターンの陰謀を挫く為だ。決して趣味ではない。ノリノリだとしてもそれは気のせいなのだ。……きっと。
●歌語り、全力全霊!
ケイのギターによる旋律を背景に、しんみりとした歌を柚子が歌い上げる。口ずさむ歌詞は、貴方と共に居たい。だけど、まだ告げられない。そんな切ない距離感の恋心を唄った懐かしいメロディだ。柑橘類を思わせる甘酸っぱい戦慄に、会場がほろ苦い初恋の味に染まっていく。
(「ラブフェロモンも上手く作用しているようですね」)
サキュバスの魅了の力は柚子への恋心へ。会場にいる40代のおじさま達は彼女へ恋い焦がれる懐かしの感情を覚えている頃合いだろうか。
「辛いなら、泣いたっていい、挫けたっていい、私が抱きしめてあげる」
激励の歌をは紫織から奏でられる。彼女の歌が向けられた先は、日々の激務で疲れているサラリーマン達、そして、地下アイドルと言う境遇に疲れた彼女だ。
そう。判っている。誰も彼も疲れてしまっている。それでも、最初の志は未だ、その胸の内に燻っている筈だ。
だから、顔を上げよう。青空を見上げよう。いつだって私は貴方を待っている。
「だから、私はいつだって、きみの味方」
シンプルな白のワンピース姿の彼女は、むしろ、偶像ではない。何処にでもいる少女だ。だからこそ意味がある。だからこそ彼女の歌は力強い。何処にでもいる私が貴方を支えてあげる。だから……。
はらはらと涙を流す地下アイドルは豊満な胸の前で手を合わせ、祈るように目を伏せる。零れる雫がライトの下、きらきらと輝き、消えていった。
「何時しか私と貴方はすれ違い始めた」
グンマーのご当地正統派アイドル(自称)のアイクルが唄うのは、恋人との別れ、そして消えぬ愛と感謝の歌だった。
気持ちはすれ違い、そして消え、後には思い出だけが残った。この心の痛みと想い出、それが全て悲しくて嬉しくて……。
「ふざけんなーっ!!」
絶叫が、悲哀が、怒号が、観客を貫く。
アイクルが紡ぐ言葉は未練と恨み。ああ、そう。私は貴方の事が好きだった。貴方と一緒に居たかった。貴方に費やした時間を返せ!!
「……判る」
観客の一人が呟く。
恋をした。愛を感じた。そして破局した。思い出は今も尚、胸の内を焦がしている。代償行為とアイドルを愛した。ファンとしての日々を過ごした。こうして応援に来て、そして……。
「どうして、俺はあの時、手を伸ばせなかったのだろう」
この少女の様に未練がましく愛を叫べば彼女は戻って来たのだろうか?
だが、問いに答えは無い。答えなど無い筈なのに。
盛り上がりは今や最高潮に。ボルテージと共にテンションが上がったアイクルはシャウトの如く愛を叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
「いや、こんなの、アイドルのステージじゃない!!」
「そうだそうだ!」
りんごの叫びとオタゲイジャーの同意はしかし。
「否です!」
菜々乃の声とプリンの鳴き声が切り捨てる。
ステージで歌うケルベロス達を背に、菜々乃はピシリとりんごを指差す。泰然自若した様は、熟練のアイドルの追っかけを思わせた。
「感情を音楽で表す事をバラードと言うのであれば、アイクルの歌もまたバラードなのです!」
「な、なんだってっ!」
バラードの定義として正確には『比較的静かで』と但し書きが付くが、そこは敢えて無視する。まぁ、実は解釈は様々。バラードそのものに明確な定義はないらしいし。
「故に、私の如何なる場所でも踊れる身軽さと表現力もまた、バラードなのです!」
バク転でステージに着地した菜々乃はバックダンサー宜しく、華麗な舞を披露する。身軽に宙を舞う彼女に、零れるのは感嘆の声だった。
「そして、想いを込めれば、これもバラード……」
静かに呟いた後、ディーヴァは己の想いを口にする。それは自身の遥か先を行く友人へ向けた讃歌。誇示と焦燥と悲哀入り混じるそれは、友人からどう思われているかを悩む彼女の心境を歌い上げていた。
歌の名は『羨望』。嫉妬と不安で潰れそうになる自身を拙い声で表す歌はやがて、嗚咽混じりの感嘆を引き寄せていく。
「――」
続いて響く歌声は、奇妙な音であった。
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン。彼女の謡うシャドウエルフの里の民謡は、地球人の耳には耳慣れない旋律として響く。物悲しく響くのは、それが今は何処にも存在しない村の歌だからだろうか。デウスエクスに滅ぼされた郷里への郷愁。そして戻らない悲哀。だから唄う。今を大切にして欲しい、と。
表情が上気しているのは、10人程度とは言え、観客の前で歌を披露するが故の気恥ずかしさ故か。それでも彼女は歌う。それが、大切な地球の民――彼らを守る手段だと判っているから。
「これがアイドルと言うものだ!」
吹っ切れたイスズが、びしりとりんごに指を突き付ける。
そう。これがアイドルの力。これがケルベロスの力。地獄の番犬の底力だった。
目にハートマークを浮かべて熱い視線を送る観客を前に、イスズのマイクパフォーマンスは終わらない。否、終われない。何故ならば――。
「秋野・りんご! 此度のアイドル勝負、私達の勝利のようだな!」
勝利宣言こそが、アイドル勝負終局の証だった。
●決戦、獅子奮迅!
「ぐぬぬ!」
何処かで聞き慣れた声がりんごが口から迸った。
(「アイドルが『ぐぬぬ』ってどうなのかしら?」)
少女らしからぬ唸り声に、柚子が疑問符を浮かべるが、それ以上の追及は止めることにした。何せ、今しがた、彼女はアイドル勝負に敗北したばかり。泣きっ面に蜂と言うべきか、死体蹴りと言うべきか、ともかく、追撃が出来ない何かがそこにあった。――まぁ、同情なのだが。
「こんな乳や尻を強調した連中がアイドルだなんて、認め――!」
視線は柚子とイスズとへ。
自身の際どい衣装を棚に上げ、りんごが絶叫する。負け犬の遠吠え斯くやのそれはしかし。
「……」
ジークリンデと菜々乃、ディーヴァとアイクルに注がれ、そして。
「……えーっと、なんか、その、ごめんね」
りんごが紡いだ言葉は謝罪だった。
「――?!」
「?」
対してディーヴァは疑問符を、ジークリンデら3人は憤怒を表情に浮かべる。この女――っ!
「どこ見て言った?!」
「そう言うのはいけないと思いますよ!」
思わず胸元を抑えるジークリンデに、目を丸くする菜々乃は抗議をりんごに向かって発し。
「――っ!!!」
ふぁっくだとかぶっころだとか、アイドルらしからぬ声がアイクルから聞こえた気がしたが、多分気のせいだ。グンマーのご当地正統派アイドルがそんなスキャンダラスな罵倒を口にする筈が無いのだから。
「と、ともかく、貴方達を皆殺しにしてファンを奪い返す! 奪われたら奪い返す! それが螺旋忍軍の宿命!」
「……いや、初耳ですけど」
幾多の螺旋忍軍と戦いを繰り広げたケイからの小さな突っ込みであった。
なお、彼と紫織がりんごの見定めの範疇に入らなかったのは、男の娘である事と、清楚な服装である事が理由だった。でなければ性別違いのケイはともかく、凹凸のあるメリハリボディの紫織はりんごによる口撃の標的だっただろう。
突っ込みを無視して、りんごはマイクを構える。
斯くして、アイドル螺旋忍軍とアイドルケルベロス軍団との、最後の死闘が幕を開けようとしていた。
「これでも受けなさい!」
柚子の掌底がオタゲイジャーを強襲する。全身全霊の一撃は彼の纏う数少ない衣装――法被と褌だ――を切り裂き、霧散させて行った。
「いやん」
野太い悲鳴はしかし、ケルベロス達の猛攻を止める事は出来ない。むしろ、更なる猛攻を誘発していく。
カイロの斬撃は主人である柚子に倣い、オタゲイジャーの肌を切り裂き、爪痕を残して行く。
「アイドルとしては相当の物。しかし、それだけに目的が残念なのですよ」
ぽつりと零れる菜々乃の呟きは流星纏う蹴撃と共に。そして従者であるプリンは清浄な風を仲間達へ付与していく。
「こちらのバトルでも負けるわけにはいきませんね」
続くケイが放つ巨大光弾はオタゲイジャーを吹き飛ばし、その剥き出しの肌に火傷の痕を刻んでいた。
「な、な、なっ」
「何故自分達の方が押されているのか? って辺りかにゃ?」
泡吹きそうな勢いで呻くりんごへ向けたのは無慈悲な一言。
発言の主であるアイクルの槍捌きは、マイクパフォーマンス斯くやの勢いだった。殴打の一撃はオタゲイジャーに打撲痕を与え、インプレッサターボの車輪は容赦なく彼らの脚を薙いでいく。
「そんな物決まってるにゃ! アイクル達が正統派アイドルだからにゃ!!」
ばーんと胸を張って断言する。そこには既に勝者としての風格があった。
「いや、それはどうでしょう?」
紫織は冷凍光線を放ちながら、小首を傾げる。少なくとも自分はアイドルと言う訳ではない。むしろ、目の前の群馬少女だって――。
「それ以上はいけないわ」
影刃でオタゲイジャーを切り裂きながら、ジークリンデが静かに言い放つ。それ以上の突っ込みは、彼女の独特な言葉遣いを自分達へ誘発させそうで宜しく無かった。
「ふん。私達の勝利は決まっている。何故ならば――」
大振りなイスズの爪撃はしかし、オタゲイジャーの身体を捉え、血肉をしぶかせる。
「ファンを大事にしないのは、アイドルの、風上にも、おけない」
イスズの言葉を引き継いだディーヴァが放つ歌は、氷の槌としてオタゲイジャーの身体を吹き飛ばした。
そう。如何にりんごが完成されたアイドルだったとしても、彼女を肯定する事は出来ない。如何な事情があったとしても、自身のファンをシャイターン如きに捧げるアイドルの存在など、許せる筈も無い。
「りんごさまー。がくっ」
屈強なディフェンダーと言え、ケルベロスの猛攻を耐え切る道理は無い。まして、一撃一撃が怒りを宿した重い攻撃なのだ。一人、そして一人とオタゲイジャー達が倒れていく。
「って、二人しかいないし!」
「ええ。つまり、勝負は決したのです」
ファンを供物と捉えた時点で、アイドルは只の侵略者に堕ちた。だから、彼女の敗北は必至だった。
微笑と共にケイは終わりを紡ぐ。
「紅はお好きですか?」
薔薇の香気はりんごの身体を侵し、自由を奪って行く。
「この手で……私の未来を切り開くのです!」
菜々乃から放たれたエネルギー弾は、猫の足跡を思わせる形状をしていた。光弾を弾くべく、螺旋の歌声で対抗するりんごはしかし。
「――っ!!」
もの凄い罵詈雑言が可憐な歌声を打ち消して行く。暴言とも取れる言葉に、誰かの野次かと目を向ければ、アイクルが素知らぬ顔であらぬ方向をガン見。口笛すら吹いていた。
「って、これがアイドルとでも?!」
「言うわ」
侵略者への愛憎を歌うジークリンデは短い言葉で仲間を、そして自身を肯定する。
「私は私の言葉で語る。嬉しいの。殺意は憎悪。その命の終焉こそがわが狂喜。獣は吠え姫が嗤うわ。その命の全てを喰らう」
詠唱と共に、浮かぶそれはぞっとした笑みだった。それは聖母の微笑にも、獰猛な獣の笑みの様にも見えて。
無数のグラビティに貫かれたりんごは膝を折り、その場に崩れていく。
その姿はまるで礼拝する信徒そのものだった。
そして、それが彼女の最期であった。
地獄の番犬に牙を突き立てられたデウスエクスは消える運命にある。それは彼女も例外ではなかった。
「貴方にとって、アイドルとは何だったのでしょうね?」
消え行く侵略者に向けた菜々乃の問い掛けに、答えがある筈も無く。
斯くしてアイドル螺旋忍軍、秋野・りんごは地獄の番犬達に見守られる中、光の粒と、己が身を消失させていく。それが、彼女の迎えた終焉だった。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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