禁断の転生

作者:雷紋寺音弥

●朽ちたる金龍
 雲を突き抜けた空の上。満天の星空と、広大な雲の海が広がる世界の真ん中に佇むのは、雪の如く白い肌をした一人の少女。
「……お待ちしていました、ジエストル殿。此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか?」
 突然、雲を突き抜けて現れた巨影を前に、少女は静かに目を見開いて尋ねた。
「そうだ。この者の身体を蝕む定命化……。お主の持つ魔杖と死神の力で、それ消し去ってもらいたい」
 ジエストルと呼ばれた龍は、それだけ言って自らの連れて来た金色の龍へと目をやった。
 月明りを受けて輝く金色の鱗。だが、かつては黄金にも負けぬ輝きを持ち、あらゆる刃を跳ね退けたであろう甲殻は、既にその輝きを失い淀みつつあった。それだけでなく、翼膜には小さな穴がいくつも開き、果ては頭部の角や尾に生えた棘さえも抜け落ち始め、死期が迫っているのは明白であった。
「これより、定命化に侵されし肉体の強制的にサルベージを行います。あなたという存在は消え去り、残されるのは、ただの抜け殻にすぎません。よろしいですね?」
 魔杖を掲げた白き少女、『先見の死神』プロノエーが龍に問う。その問いに、龍は静かに息を吐くと、深々と頭を下げて懇願した。
「……構わぬ。どの道、この惑星の重力に引かれ、いずれは飛ぶことも適わなくなる命。最後に、同胞のための礎となれるのであれば、それも悪くはない……」
 覚悟はできている。一思いにやれ。その言葉を受け、プロノエーの杖先が天空に不可思議な紋様を描く。死神が死者を蘇らせ、自らの手駒とする際に用いるような。
「……ウ……ァァ……」
 苦悶と共に、魔法陣の中へと溶けて行く龍の身体。全ての儀式が終わった時、そこに残されていたのは黄金の龍ではなく、地獄の炎と混沌の水を纏った、巨大な骸骨のような龍だった。
「サルベージは成功。この獄混死龍ノゥテウームに、定命化部分は残っておりません」
「だが、まだ完成体には程遠いのだろう? ならば、この獄混死龍ノゥテウームも、すぐに戦場へ送らせてもらおう」
 その代わり、完成体の研究は急いでもらう。そう言って、忌むべき転生を受けた龍を、ジエストルは雲の下へと解き放った。

●狂える地獄と混沌
「招集に応じてくれ、感謝する。石川県白山市に、ドラゴン『獄混死龍ノゥテウーム』の襲撃が予知された」
 大至急、現場に迎撃へ向かって欲しい。そう言って説明を続けるクロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)の表情は、いつにも増して険しかった。
「敵の襲撃までは時間がないからな。当然、市民の避難は間に合わない。このまま放っておけば、多くの死傷者を出してしまうぞ」
 混死龍ノゥテウームには知性が無く、ドラゴンとしては戦闘力も低めなのが救いといえば救いである。が、それでもドラゴンであることに違いはなく、強敵であることは変わらない。
「予知から判明している敵の全長は10m弱。全てを焼き尽くす地獄の業火や、鋼鉄でさえも侵食する混沌の水を使った攻撃の他に、尾に生えた鋭い骨片を飛ばして、相手を斬り刻むという技も使って来るみたいだな」
 敵が使用する技は、どれも複数の相手を同時に攻撃できるものばかり。だが、それでも油断は禁物だ。
 攻撃に特化した間合いを好む故に、その威力は見た目以上に高くなっている。下手に固まっていると同時に削り殺され兼ねない上、少数で味方を庇おうとすれば、その者達の負担が加速度的に増してしまう。
「知性がないとはいえ、それでもドラゴンだからな。真正面から戦えば苦戦は必至だが……幸いにして、このドラゴンは戦闘開始から8分ほどで、自壊して死亡することが判明しているぞ」
 つまり、仮に倒すことができなくとも、8分間耐えきればそれで勝利となる。もっとも、制限時間を過ぎれば自壊するからといって手を抜いた戦い方をすれば、周囲に多大なる被害が出るのは否めないが。
「自壊する理由は不明だが……ドラゴン勢力の実験体である可能性が高いのかもしれない。どちらにせよ、8分もあれば、ノゥテウームが街を破壊し尽くすには十分だ」
 敵はケルベロスが攻撃を仕掛ければ、街の破壊よりも戦闘行為を優先する。倒すにしろ、耐えるにしろ、可能な限り被害を減らすよう努めて欲しい。
 最後に、そういって締めくくり、クロートは改めてケルベロス達に依頼した。


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)

■リプレイ

●地獄と混沌の降臨
 曇天の空の下、灰色の雲海を貫いて、夜の街に降り立つ不気味な影。淀んだ水と禍々しい色に燃え盛る炎を纏い、それは死者の悲鳴のような咆哮と共に舞い降りる。
 混死龍ノゥテウーム。定命化に抗い、既に死を待つばかりとなった、哀れな龍の成れの果て。かつては強大な力を持つ龍であったのかもしれないが、しかし今となっては見る影もなく。
「あれが……愛を与えず恐怖で縛り……身勝手に命を搾取してきたなれの果てなんだね……」
 その、あまりに変わり果てた姿に、喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)は思わず顔を背けて視線を逸らした。
 定命化を受け入れるのに必要なのは、この惑星に対する愛情。抗うために必要なのは、この惑星に住まう者達に恐怖と憎悪を与えること。
 愛情からエネルギーを得ているサキュバスの彼女にとって、そうまでして愛という感情を否定し続けることは、到底理解できるものではなかった。だが、だからこそ、互いに戦わねばならないのだろう。思想や信条、否、種族としての在り方が、根本的に違うのだから。
「8分で自壊か、哀れだな……」
 己の身を犠牲にし、記憶も知性も全て捨てて、一族のための贄となる。そんな龍の生き様など、到底理解できぬと呟くピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)だったが。
「……ゴォォォアァァァァッ!!」
 既に、余命の全てを使って戦うことしか考えていないノゥテウームは、情け容赦なくケルベロス達に迫る。紅蓮の炎が唸りを上げて、広がる街と共にケルベロス達を焼き尽くさんと放たれる。
「同胞の未来のために身を捧ぐ、か。だが、この延長線上にお前らの望む栄光があるようには思えんな」
 灼熱の業火から仲間達を庇いつつ、アルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)は片手で帽子を抑えつつも空を見上げた。
「もっとも、俺達としては知性も誇りも無くした、ただのバケモノに堕ちてくれた方が狩りやすい。故に、歓迎しよう、獄混死龍ノゥテウーム」
 それだけ言って、銃を構える。今はただ、無心で弾丸を叩き込むのみ。そう考えて狙いを定めるアルトゥーロだったが、それよりも早く動いたのは水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)だった。
「こっちだ、デカブツ。どうせ死ぬなら、せめて他人に迷惑をかけないように死んでくれよな」
 空を纏った斬撃が、ノゥテウームの喉元を深々と斬り裂く……が、本来であれば、それは敵の傷口を抉り、更なる被害を齎すための技。なんら傷を負っていない相手に初撃で食らわせるのは、少しばかり尚早と言わざるを得ず。
「焦りは禁物ですぞ。こういう手合いは、先ずその動きを止めねばなりますまい」
「OK、分かったわ。そういうことなら、お任せあれ!」
 牽制の竜砲弾を放つ据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)に、波琉那が軽く微笑んで答えた。どの道、戦える時間は限られている。ならば、ここは出し惜しみなどせず、最初から全力で仕掛けるのみ。
「我が槍が汝を大地に縫い止め……破滅へ誘う……畏れと共に跪け!」
 詠唱と共に、繰り出されるは光の矢。それはノゥテウームの身体を貫き、行動の自由を奪わんとするが、しかし腐っても敵は最強の戦闘生物、ドラゴンだ。
「グ……オォォォ……」
 巨体を唸らせ、炎と水に覆われた骨ばかりの翼を羽ばたかせ、強引に抗わんと荒れ狂う。その度に、敵の巨体が触れた近くのビルが、音を立ててガラスを撒き散らしながら崩壊して行く。
「ふむ……麻酔の効きが、いささか悪いようでありんすな」
 生ける鋼で拳を固め、椏古鵺・笙月(蒼キ黄昏ノ銀晶麗龍・e00768)が真下からノゥテウームを殴り飛ばす。さすがに、これは効いたのか、混死龍も苦悶の雄叫びを上げて、そのまま地上に落下した。
「今です! 続けて動きを止めてください!」
「それなら、僕の出番だね。さあ縫い止めろ、銀の針よ」
 すかさず飛び蹴りを食らわせながら叫ぶソールロッド・エギル(々・e45970)に、ピジョンは銀色に輝く針と糸を編み出して、手早く敵の足下を縫い付ける。その一方で、相棒のテレビウムであるマギーには、先程の一撃で炎に巻かれたアルトゥーロへのフォローに向かわせ。
「助かったぜ。……さあ、今度はこちらの番だ」
 縫い付けられたノゥテウーム目掛け、2丁拳銃を構えて答えるアルトゥーロ。
 これは、先程の返礼だ。こちらが炎で焼かれ、混沌に飲み込まれるのが先か、それとも猛毒が骨の髄まで溶かすのが先か。
「《蠍》には毒がつきものさ!」
 精神を研ぎ澄ますことで放つ、必殺の一撃。そこに仕込まれた猛毒は、龍であろうと異界の神々であろうと、等しく蝕む力を持つ。
「後ろは私が護ります。だから、少しでも敵を引き付けて!」
 稲妻の障壁を張りながら、リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)がミミックを敵に向かわせつつ叫んだ。
 弱体化しているとはいえ、それでも敵は強大なドラゴン。おまけに、攻撃に特化した戦闘スタイルを取る相手ともなれば、一時たりとも気は抜けない。
 残り時間は、後7分。最後の抵抗として仮初の生を受けた龍と、それを阻止するケルベロス達。夜の帳が降りた白山市の街を舞台に、壮絶なる死闘が幕を開けた。

●濁流と業火
 迫る濁流と渦巻く業火。死期を悟った龍の、最後の抵抗と言ったところだろうか。
 邂逅から数分。今のところ、街に大規模な被害こそ生まれていない。だが、その代償としてケルベロス達は、早くも混死龍の猛攻に手を焼かされる状況に陥っていた。
「……ったく、とんでもないやつだな。死出の道連れになんぞされたら、堪らないぜ」
 骨のような身体に刻まれた傷口を狙って刃を振るいつつ、鬼人は額を流れる嫌な汗を片腕で拭った。
「大丈夫? 無理は禁物だよ?」
「ええ、わたしはなんとか……。ですが……」
 杖の変じた小動物を敵へと射出しながら問い掛ける波琉那に、リュセフィーが返す。見れば、後方で回復を担う彼女の身体にも、既に消えぬ傷が刻まれている。
「拙いですね……。まさか、こうまで後ろを狙ってくるとは予想外でございました」
 美しい弧を描く斬撃で斬り掛かりつつ、しかし赤煙もまた歯噛みしている。
 先程から、敵は後方ばかりに狙いを定め、執拗に攻撃を繰り返して来ていた。もっとも、よくよく考えてみれば、それも無理のない話。現状、最も人数の多い隊列は後衛であり、敵の龍が用いる技は、その全てが広範囲を纏めて殲滅するためのもの。
 知性がないとはいえ、それでも戦闘本能まで消滅したわけではない。より多くの獲物を狩るために、最良の手を取るだけの本能は持ち合わせているということか。
「麻痺は……まだ、そこまで効いてはおらぬようざんしな。さすれば、せめてその牙だけでも折らせてもらうでありんす」
 巨体を唸らせ正面から迫るノゥテウームを前に軽く跳ね、ここぞとばかりに脳天目掛け、如意棒を勢いよく叩き付ける笙月。
 戦いのための時間は、折り返し点に差し掛かったところ。より、長期戦になれば全身を痺れさせて動けなくもできたが、今はまだ、それを成すには時間が少しばかり足りていない。
「住民に被害は出ていないようですね。だったら……!」
 再び、白き魔剣を生成して斬り掛かるソールロッド。敵はこちらに釘付けとなり、一般人に被害が及んでいないことは幸いだが。
「少し、こちらへ引きつけ過ぎたかねぇ……」
「……上等だ。まずは死に損ないのあいつから、冥府に叩き落とす」
 念で敵を爆破するピジョンにアルトゥーロが答えるも、銃撃を続ける彼自身は、早くも満身創痍だった。
 テレビウムのマギーによる応援を受けてもなお、彼の負ったダメージは深い。庇うべき対象が多いにも関わらず、守り手は彼以外にリュセフィーのミミックしかいないからだ。当然、一度に纏めて後衛を狙われれば庇いきれるものでもなく、さりとて庇えば彼自身の負担も加速度的に増して行く。
(「このままじゃ、いずれ突破されてしまうわね。でも……」)
 不安は声に出さず、リュセフィーは苦渋の決断として、緊急のショック療法で自らを叱咤し立ち上がった。
 後衛の中で最も脆いのが、自分だということくらいは知っている。このまま攻撃を受け続け、回復の要が倒れてしまっては元も子もない。
 だが、それは裏を返して言えば、彼女の手が回っていないことも意味していた。本当であればアルトゥーロのフォローに向かうべきなのだが、それで他の仲間を見捨てることになっては本末転倒。加えて、能力の半分をサーヴァントの維持に取られてしまっていることで、彼女自身の回復力は、通常のケルベロスの6割程にまで落ち込んでいる。
 ピジョンのテレビウムであるマギーを加えて、メディックとしてはようやく10割と2分の力と言ったところか。実質、ほぼ一人で仲間達の命を支えているに等しく、さすがにこれでは手が回らないのも道理であり。
「……ギ……ギギィ……」
 歯軋りにも似た不快な咆哮と共に、敵は骨だけの尾を大きく振るい、その先に付いた棘上の突起を散弾の如くばら撒いて来た。
「悪いが、そうそう好きには……っ!?」
 狙われたのは、やはり後衛。2丁拳銃で飛来する骨片を打ち落としつつ、再び仲間達を庇うアルトゥーロだったが、それでも落とし切れるものでもなく。
「……くそっ……ここまで……か……」
 全身を鋭い骨片で貫かれ、そのまま大地に倒れ伏す。他の者達とは異なり、彼の装備は敵の攻撃に対し、何の耐性も持っていない。そのことも、大きく災いしたのだろう。
「アルトゥーロさん!?」
「ちょ~っとばかり、ヤバイ感じかしらね、これ? 速攻で沈めないと、全員纏めて削り殺されるわよ」
 ソールロッドの叫びに続く波琉那の言葉にも、さすがに深刻さが増していた。残り時間は、後4分。自壊へのタイムリミットが続く中、しかしケルベロス達に向けられた死の宣告のリミットも、刻一刻と迫っていた。

●金龍は二度死ぬ
 アルトゥーロが倒れ、守りの要がいなくなったことで、戦いは更に苛烈さを増していた。
 リュセフィーのミミックも、既に消滅して姿を消している。壁となる者がいなくなった今、敵の攻撃を阻むものは何もない。
「仕方ありませんなぁ。手遅れになる前に、少しでも何とかしなければ」
 これ以上は限界だと察し、赤煙が生ける鋼から、銀色の粒子を散布して仲間達の傷を回復させて行く。が、それでも敵は攻撃に特化した凶悪な龍。彼一人だけで、全てをフォローできるはずもなく。
「これ以上、回復ばかりに手を割かれるわけにはいきませんね」
「そうは言っても、このままじゃ僕達も、全員纏めて火達磨だよ?」
 白剣を振るうソールロッドに、ピジョンが敵を念で牽制しつつも、少しばかり皮肉を込めた口調で言った。
 格上の相手に、遠距離からの狙撃を中心にして動きを止める。確かに、強敵相手への初動としては間違いではない。だが、問題なのは、その後だ。ただでさえ、制限時間のある戦い。命中させることはできても、その後の火力まで考えていなければ、当然のことながら決め手に欠けてしまう。
「まだよ……。こんなところで、倒れるわけには……」
 稲妻の障壁を重ねて張り、敵の攻撃に備えるリュセフィー。果たして、そんな彼女の読みは正しく、ノゥテウームは再び後衛を狙ってきたのだが。
「……っ! こ、これは……」
「おいおい……さすがに勘弁……」
「……そ、そん……な……」
 放たれたのは、よりにもよって地獄の業火。守り手を失い、耐性も持たない状態ではひとたまりもなく、後方に立っていた者達は次々と炎に飲まれ沈んで行く。
「この野郎……。これ以上、好き勝手にされて堪るかよ!」
 パーティを半壊状態にさせられたことで、ついに鬼人が覚悟を決めた。
 今、この瞬間、自分の恋人もどこかでデウスエクスと戦っているかもしれない。だからこそ、彼女に恥じぬよう戦わねばならぬと心に決めて。
「我流剣術『鬼砕き』、食らいやがれ!」
 斬り上げ、薙ぎ払い、そして袈裟斬り。敵の急所に狙いを絞り、最後は徹底的に切り刻まれて脆くなった個所を、情け容赦なく突き貫く。
「グァ……ア……ァァ……」
 さすがの混死龍も、これはかなり効いたようだ。こちらも苦しいが、敵も苦しいのは同じはず。鬼人の一撃に光明を見出し、残る者達も一斉に駆けた。
「せめて、中途半端な実験体の状態から救ってあげないとね」
「妖刀『滅』よ、全てを滅する汝が破壊の波動よ……解き放て!!」
 波琉那が無数の針の如き魔法弾を発射して牽制する中、笙月は一気に距離を詰め、神格化した妖刀を引き抜き、嵐を呼ぶ。
 瞬間、巻き起こるは全ての負を滅する風の刃。諸行無常、万物流転。その理に抗う者は、破壊の波動に飲まれて消えよと。
「……ゴァァァァッ!!」
 地獄の業火が、混沌の濁流が、笙月の一撃によって全て吹き飛んでゆく。後に残ったのは、巨大な髑髏を中心とした龍の骨格。かつては美しい金龍であった存在の、最後の残滓と呼べるものだけだった。

●黄泉路の力
 戦いの終わった街の中。簡単なヒールを終えたケルベロス達だったが、彼らの消耗は思った以上に大きかった。
 重傷を負った者こそいなかったが、それでも無事な状態の者の方が少ない状況。正確無比な狙いも重要ではあるが、速攻で敵を叩く際には、火力こそが最大の防御でもあるということを思い知らされた。
「敵ながら、仲間のために身を捧ぐ覚悟は立派でしたね。ですが……」
「命を捨てる覚悟を決めても、この竜は一人でしか戦えませんでした。それは彼の強さであり、弱さだったのでしょう」
 龍の気持ちに多少の理解を示しつつ呟くソールロッドの言葉に、赤煙が続けた。
「しかし……それにしても彼奴ら、そんなにまでして定命化を避けたい物なんだろうか? 地獄の炎と混沌の水を纏うって事は、此奴らと俺らの炎と出所は……」
 敵の意図を考え、思わず鬼人が腕を組んだ。
 死神の故郷とされるデスバレス。そして、地球に住まう者が抱く、一般的な地獄のイメージ。そのどちらも、死後の世界という点に相違はない。だが、それにどんな繋がりがあるのかまでは、今、この場では断定できず。
「死神の実験とやらに、敢えてドラゴンが手を貸しなんしたか。一体、死神はなんの実験をしておるのやら……」
 笙月もまた、今回の一件に関しては、不安を隠し切れない様子だった。この先も戦い続けて行けば、いずれ真実に到達できるだろうか。
(「罪深いあなたが転生できる時がいつになるのか分からないけど……今度生まれ変わったら、うっかりと仲良しの友達にでもなろうね……」)
 最後に、骨だけとなった敵の亡骸に手を添えて、波琉那は静かに天を仰ぐ。空はいつしか雲が晴れ、星が彼女達を見下ろしていた。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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