最期まで、龍として

作者:坂本ピエロギ

 ドラゴンの羽ばたく音が、雲海に轟いた。
 それを聞いた少女は、音の方向を振り返り、訪れた来訪者達を微笑と共に迎え入れる。
「お待ちしていました、ジエストル殿。此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか」
「そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去ってもらいたい」
 少女は、ジエストルと呼ばれた男の肩越しにうずくまる、老いたドラゴンを見つめた。
 曲がった骨、削げ落ちた肉。両目に宿る命の炎は、風前の灯火のように頼りない。定命化によって老衰に蝕まれたその龍が、余命幾ばくも無いことは明らかだった。
「これから、あなたの肉体を強制的にサルベージします」
 死を待つだけの龍に歩み寄り、少女は静かに告げる。
「そうなれば貴方という存在は消え去り、残るは抜け殻のみ。よろしいですね?」
「……愚問なり」
 口から息を漏らすように、龍は言う。
「ドラゴンたる我は死と恐怖、そして苦痛を与える者。そう、与える者なのだ……」
 ほんの僅かな沈黙ののち、眼から一筋の涙をこぼして龍は言った。
「我は与える者……それらを老いごときに与えられるなど、こんな屈辱があろうか……」
 それきり口を閉ざした老龍にジエストルは一瞥を送ると、少女に言った。
「……構わん、やってくれ」
「承知しました」
 少女は魔方陣を展開すると、龍の体を冷たい光で包み込んだ。
 龍の体が苦悶の呻きと共に、炉に放り込まれた鉄のように溶けていく。程なくしてそれは定命化のくびきから解き放たれ、新たなデウスエクスとして鋳造された。
 地獄の炎と混沌の水を宿した醜悪な龍。
 獄混死龍ノゥテウームとして――。
「サルベージは成功、このノゥテウームは定命化から解き放たれました。ですが……」
「ああ、この同胞はすぐ戦場に送る。ただし、完成体の研究は急いでもらうぞ」
 ジエストルはそれだけ言い残すと、ノゥテウームを連れて雲の下へと降りて行った。

「招集に応じてくれて感謝する。ここ最近出現が確認されている『獄混死龍ノゥテウーム』による新たな襲撃が予知された」
 ヘリポートに集うケルベロスに、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はそう話を切り出した。
「予知があったのは神奈川県鎌倉市のとある駅前の路上。時刻は人通りの特に多い正午だ。襲撃までに残された時間は少なく、市民の避難は間に合わんだろう。このままでは確実に、多数の犠牲者を出してしまう」
 ノゥテウームに知性と呼べるものはなくドラゴンとしての能力も低いが、それはドラゴンという母集団にあっての話だ。全力で応戦しなければ、苦戦は免れ得ないと王子は言う。
 ノゥテウームの全長はおよそ10メートル。身には地獄の炎と混沌の水をまとい、それらと共に骨の腕部の薙ぎ払いを織り交ぜて攻撃してくる。加えて、戦闘開始から8分ほどで体を自壊させて死亡するようだが、その理由は分かっていない。
「『ノゥテウームを撃破する』か、または『8分間ノゥテウームの攻撃を耐え凌ぐ』。このどちらかを達成すれば、この作戦は成功だ。ただし――」
 ドラゴンとしての本能ゆえか、敵は脅威と見なす相手を積極的に襲う性質を持つようだ。逆に言えば、敵からケルベロスが脅威と見なされなければ、その牙は市民へと向くだろう。
 8分間という時間に気を抜いてはいけない。全力で叩き潰さなければ成功は覚束ない戦いだと王子は告げて、ヘリオンの発進準備に取り掛かった。
「禍々しい骨のような姿は、まるで死神を思わせるが……いずれにせよ放置はできん、確実な撃破を頼むぞ。お前達の武運を祈る!」


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
不知火・梓(酔虎・e00528)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
レヴィアタン・レクザット(守護海神龍・e20323)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)
天羽・猫助(女好きの子供の護り手・e66435)

■リプレイ

●一
 駆けつけたケルベロス達の見上げる先、白雲の彼方から黒い怪物が降ってきた。
 地響きを立てて降り立った異形の出現に、いつもと変わらぬ駅前の日常が、たちまち悲鳴と恐怖で塗り潰されていく。
「……こりゃまた、気の毒な姿だね」
 歴戦の兵であるゼレフ・スティガル(雲・e00179)がそんなつぶやきを漏らすほど、そのドラゴンは奇怪で醜悪だった。
 圧倒的な質量に、小ぶりのビルを優に抜く巨躯。炎と水とを纏う体はあちこち肉が剥がれ落ち、大きな髑髏の眼窩で輝く赤い眼に、知性の光はない。
「なんてバカでかい敵ッスか。コイツ、いったいどこから……?」
 大気を振るわすドラゴンの咆哮に耳を塞ぎながら、天羽・猫助(女好きの子供の護り手・e66435)は訝しげな視線をちらりと空へ向ける。
 決まって天から降ってくる、同じ姿のドラゴン達。もしかしたら、こいつ以外にも黒幕のような敵が隠れているのでは――そう思って辺りを見回すも、怪しい姿は見つからない。
(「逃げた後……ッスかね」)
 疑問を胸にしまい込み、ガジェットを戦闘形態へと変形させてゆく猫助。その前方では、不知火・梓(酔虎・e00528)が楊枝を吐き捨て、挨拶とばかりさっそく龍に斬りかかる。
「行くぜドラゴンよぉ、ここが手前ぇの死出の旅への入り口だ」
 梓の斬霊刀を浴びて、うるさい蠅を叩き潰してやるとばかり暴れ出したドラゴンの姿に、レヴィアタン・レクザット(守護海神龍・e20323)は改めて息を呑む。
(「獄混死龍ノゥテウーム。本能のままに暴れ続ける、死と破壊の化身……」)
 歴史ある名刹を擁する鎌倉の街を地獄へと変えて暴れ狂うノゥテウームの力は、ひたすら圧倒的の一言に尽きた。
 混沌の水を浴びて、腐り崩れゆく街路樹。地獄の炎にまかれ、大破炎上する自動車。このままでは、街の人々が皆殺しにされるのに数分とかかるまい。
 レヴィアタンとゼレフは仲間達と共に、周りの市民へ避難するよう呼びかけていく。
「私達はケルベロスだ! 慌てずこの場から避難してくれ!」
「落ち着いて。もう大丈夫だから、急いで逃げてね」
 龍の骨腕が薙ぎ払われ、振動と轟音が街を襲う。逃げる女性に飛んできたコンクリート片を弾き飛ばしたのは樒・レン(夜鳴鶯・e05621)だ。
「夜鳴鶯、只今推参」
 レンは女性を逃がし、暴れ狂うノゥテウームを見上げた。無辜の人々から魂を啜らんとするこのドラゴンを打倒せんと、その眼に静かな怒りを宿して言う。
「この忍務、必ず成し遂げる」
 最低限の人払いは済んだ。後はこの場で敵を撃破し、市民の命を守らねばならない。
 レヴィアタンはすぐさま仲間と共に包囲陣系で敵を取り囲み、攻撃体勢へと移った。掌中のストップウォッチは、敵の自壊時間を計測するためのものだ。
「死なばもろとも、ってやつか。その覚悟上等」
 ノゥテウームの炎を浴びたエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)の地獄炎が一際激しく燃えさかり始めた。信じる仲間達の、そして無辜の人々の盾として、一歩も先へは通さない。そんな覚悟と信念を秘めた目で敵を真正面から睨みつける。
(「獄混死龍……『自分』を失って、それでなにを与えられるものか」)
 エリオットの隣に立つロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)は白い手袋をはめた手で静かに槍斧を構えた。相棒の箱龍プラーミァが敵に向ける視線は、槍斧の刃が宿す氷のように鋭く冷たい。
「きみはなにも与えず、なにも奪わない。僕らがそれをさせない」
「ほう、面白い。あれがノゥテウームとやらか!」
 オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)はチェーンソー剣のトルクを上げながら羅刹さながらの笑みを浮かべた。
 竜牙兵やオークとはまるで桁が違う存在感。ゆめゆめ油断など出来ぬ強敵。
 強者との戦いを求めて滾るオウガの血を、オニキスは感じずにはいられない。
「かかっ、強者を欲する血の猛りは抑えられぬな!」
 哄笑をあげて斬りかかるオニキスごと叩き潰さんと、ノゥテウームはその牙をケルベロスへと向けるのだった。

●二
「オオオオオオオオオオオオオオ!!」
 ノゥテウームは鯨波をあげ、鉄砲水のごとき混沌の水を前衛に吐き出した。
 巻き添えを食って吹き飛ぶ車を足場に、梓を庇ったレヴィアタンがノゥテウームへ迫る。
 エアシューズで加速し、跳躍。青い尻尾で捉えた顎を全力で振り抜いた。鉄の錘のように硬く重い手応えにレヴィアタンは舌打ちしながら、紙兵を送ってくれたレンを振り返る。
「樒! 私の回復は後回しでいい!」
 印を切りながらレンが頷くのを視界に収め、レヴィアタンはノゥテウームに向き直った。
 敵の火力は笑えるほどに高い。盾役以外のメンバーが直撃を浴びれば、レン一人の回復では追いつかないだろう。やられる前にやる、それ以外にないと悟る。
 ゼレフを庇ったロストークもまた、自壊を待たずノゥテウームを倒さんと、プラーミァと共に初手から攻撃に出た。オニキスの散布するオウガ粒子を纏い、エアシューズで一直線に敵へと突っ込んでいく。
「プラーミァ、ボクスブレスだ!」
 先んじて放たれる主人の流星蹴りを追うように、ビルの上から属性ブレスを浴びせて敵の身躱しの動きを封じるプラーミァ。軽蔑の色を浮かべて見下ろす雌の火龍をノゥテウームは憎しみの目で睨み返し、ビルごと叩き潰さんと骨の腕を振り上げる。
「おっと、相手は此方。余所見してる暇はあげないよ」
「さあて、おっさんも楽しませてもらおうかね……っと!」
 すかさず龍の後頭部へ、地獄炎を帯びた蹴りを叩き込むゼレフ。衝撃で開いた髑髏の口中をサイコフォースで爆破する梓。前後から挟むように放たれるクラッシャー2人の攻撃に、ノゥテウームはけたたましい咆哮で応じる。
「白銅炎の地獄鳥よ、我が敵を射抜け」
「いくッスよ! くらえ、スターゲイザー!」
 龍のこめかみに突き刺さる、エリオットの生み出す白銅と黒の炎を帯びた怪鳥の嘴。骨の腕を強かに打ち据える、猫助の流星蹴り。
 並の眷属ならば蒸発してもおかしくない集中砲火が、かすり傷程度しか負わせられない。その現実に、オニキスは体の武者震いを必死に抑え込む。
(「なるほど、なるほど……流石は最強種族を謳うだけのことは――」)
「攻撃が来るぞ!!」
 レヴィアタンの声が、オニキスの思考をかき消した。
 前衛を薙ぎ払う骨の腕。4人の体がただの一振りで、子供に遊ばれる玩具のように軽々と吹っ飛び、アスファルトに、ビルに叩きつけられる。
「大丈夫か、シャルトリュー!?」
「何とかな……っと、危ねえ!」
 九字を切るレンが施す摩利支天の加護に感謝を送ると、エリオットは崩れ落ちてくるビルの破片を避けながら、エアシューズで駆けだした。
 高速演算で弾き出した敵の弱点は顎だ。悲鳴を上げる身体を叱咤してアスファルトを踏み込み、勢いを加えて跳躍。渾身のサマーサルトがドラゴンの下顎を蹴り上げる。
「オオオオオオオオオオオオ!!」
 怒り狂い、牙を打ち鳴らしてエリオットに迫るノゥテウーム。道路を叩き割りながら前進する腕を縫い止めたのは、梓の振り下ろした斬霊刀だ。
「いいね。もっと死合おうぜ、ドラゴンよお!?」
 血まみれの手で刀の柄を握りしめ、突き刺した刀をさながら鉄杭のようにこじり回す梓。ノゥテウームは氷に包まれた腕を無造作に一降りして梓を吹き飛ばすと、なおも雄叫びをあげながらエリオットに狙いを定め、激しく燃え盛る地獄炎を見境なく撒き散らしていく。
「ようやく目を向けてくれたかな? 嬉しいね」
 荒れ狂う火炎と破壊の嵐。立ち上る黒煙をゼレフが突き破って飛びかかり、惨殺ナイフをノゥテウームの額に突き刺す。
「いやはや……流石ドラゴン、バカげた体力と言うべきかな」
 龍の分厚い骨をナイフで叩き割りながら、苦笑を浮かべるゼレフ。ロストークが飛ばしたヒールドローンの防御と、ドレインによる生命吸収をもってしても尚、受けたダメージとはまるで釣り合わない。あまりに理不尽な力の差だった。
 ゼレフの視界の先、ノゥテウームの後方の黒煙がレヴィアタンの羽ばたきで振り払われたのは、その時だ。
「行くぞ、ヴェルミリオン!!」
「うむ! ここからだ!」
 ルーンアックスを構えるレヴィアタンが、チェーンソー剣を振りかぶるオニキスが、同時にアスファルトを蹴って突撃。狙うは猫助の破鎧衝で生じた後頭部の亀裂だ。
 地を揺るがすスカルブレイカーの一撃。亀裂の入った後頭部をチェーンソーが突き破る。
 頭蓋の中をジグザグに切り刻まれたノゥテウームは、魂消える絶叫を戦場に響かせた。

●三
 龍の口から、地獄の炎がケルベロスの前衛へ吹きかけられた。梓はドラゴニックハンマーの風圧で熱気と煙を振り払うと、ハンマーの加速を加えた一撃をノゥテウームに見舞った。
「ははっ、凄ぇな! アレで死なねえのか!」
 縦揺れの振動がビルを揺らし、龍の骨に亀裂が走る。だが、重なる負傷とは反比例するように龍の攻撃はますます激しさを増してゆく。
「皆……6分だ……!」
 口元の血を拭い、声を振り絞って告げるレヴィアタンの心に、次第に焦りが沸いてきた。
 敗北など、端から脳裏から叩き出している。胸に抱く闘志も未だ衰えない。
 なのに。
 なのに――。
 身体が言うことを聞いてくれない。握りしめたルーンアックスが鉛のように重い。
 レンから分身の術によるフォローを受け、ようやく彼女は状況を把握する。
 自分の身体が、既に満身創痍なのだと。
「だからといって……負けるわけには!」
 レヴィアタンは無理やりに気力を絞り出し、駆けだした。オニキスの星形オーラが砕いたノゥテウームの腕に振り下ろす斧が、鈍い音を立てて骨を叩き割る。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 絶叫をあげてもがくノゥテウーム。力任せに薙ぎ払う龍の腕がレヴィアタンを捉えた。
 直撃コースだ。避けられない。
「シャルトリューさん!」
「させるか、ノゥテウーム!」
 猫助と、エリオットが動いた。
 サイコフォースの爆発で直撃の軌道を逸らし、骨腕の一撃を身代わりとなって庇う。
 ロストークは紙一重で窮地を切り抜けたレヴィアタンをプラーミァの属性インストールで回復させ、友人のエリオットを振り返った。
「リョーシャ。もう無理、なんて言わないだろうね」
「当然だろローシャ。――仕掛けるぞ」
 道路に叩きつけられたエリオットは一息で飛び起きて、ロストークと一緒にドラゴンへと突撃をかけた。二人のルーンアックスが狙うは龍の額。ゼレフが与えた亀裂だ。
「これで――」
「どうだ!!」
 ロストークの、エリオットの、全力で振り下ろす一撃がノゥテウームの額を叩き割った。
「ギエエエエエェェェェェェ!!」
 悲鳴に似た絶叫を迸らせ、滅茶苦茶に腕を振り回すノゥテウーム。ゼレフは地に突き立てた鉄塊剣で薙ぎ払いの風圧に耐えながら、傷だらけの顔で苦笑を浮かべる。その目は眼前の敵ではない、別の何者かを見ていた。
(「こいつは違う。解ってるさ、だが」)
 猛攻の間隙をかい潜り、跳躍。
 持ち替えた惨殺ナイフを突き刺した龍の右眼を、ゼレフは地獄の炎で焼いていく。
「ただの八つ当たりさ。受け取ってくれよ」
 レヴィアタンが最後の1分を告げた直後、混沌水の噴射がゼレフと仲間を襲った。
 ノゥテウーム。ケルベロス。そして鎌倉の街。荒れ狂う暴虐が敵味方の区別なくあらゆる全てを傷つけ、破壊していく。
 決着の刻が迫っていた。猫助は己のガジェットを疑似太陽型へと展開すると、ありったけのグラビティを乗せて、皆の背中を照らす。
「ディアッ! 最大解放! 太陽は此処に、みんなに力を!」
 猫助の支援を受けたゼレフが、突き立てたナイフに力を込めた。
 残された体力は僅かしかない。今ここで、全てを込めた一撃を叩き込む。
「自壊など許さない。勝手に死んでくれるなよ」
 螺旋に変じた『白化』の炎を浴び、地獄の底から轟くような叫びをあげるノゥテウーム。
 振り落とされるように飛び降りたゼレフは、己が地獄の炎に苦悶する龍を見上げて呟く。
「獄炎は地獄に。竜のまま往くがいいさ」
 エリオットの破鎧衝が力を増して、ノゥテウームの顎を渾身の一撃で叩き割った。骨片を撒き散らす死龍に、ルーンアックスを振りかぶるロストーク。血に濡れた青年の体を、槍斧のルーン文字が放つ清冽な輝きが照らす。
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 槍斧の力で凍りつく空気の音は無邪気な子供が奏でる鉄琴の旋律にも似て、ロストークの手を離れてノゥテウームの額を貫いた。死龍は断末魔の絶叫をあげ、焦点の合わない眼で腕をがむしゃらに振り回す。迫りくる『死』すら叩き潰してやると言わんかのように。
「行くぞ。燃えてしまえ」
「木遁……森螺呼吸法!」
 ノゥテウームの体をすっぽりと包み込む、レヴィアタンの熾炎業炎砲の真っ赤な炎。肉と骨を焦がす黒い煙に混じり、虚空から生まれた木の葉が次々と龍の体を覆っていく。
 グラビティによって生じた木の葉の幻影は、術主であるレンの命に従うように、敵の生命力を削り取る。そこへオニキスが黒煙を突き破り、『龍王沙羯羅大海嘯』で召喚した龍王と共にドラゴンへと突っ込んでゆく。
「では参ろうか! 刻限は近い、故に加減無しで往くぞ!」
 横薙ぎの一撃が二本の角を捉え、まとめて叩き折った。ノゥテウームは大きく開けた口に地獄の炎を燃え盛らせ、なおも反撃を試みるが、
「ここが手前ぇの死出の旅への入り口だ」
 緩急をつけた梓の歩法は敵の意識の空白を突いて、『天羽』の一閃となってノゥテウームの口へと突き込まれる。
 それが、とどめだった。
「黄泉比良坂を転げてけ。冥途の土産は、俺の剣閃だってなぁ」
 梓が刀を鞘に収めると同時、ノゥテウームの身体が音もなく崩れ落ちていく。時間切れと紙一重で撃破したドラゴンにロストークは歩み寄って、
「……無為の死ほど、つらいものはないだろうね」
 そう言ったきり、その骸をプラーミァと一緒に見下ろしていた。

●四
 戦いの終わった街に、再び平穏が戻ってきた。
 重傷者がいないことを確認し、ケルベロスは損壊した建造物をヒールで修復していく。
 刻まれた爪痕は深いが、犠牲者は一人も出さずに済んだ。街には直に、人々の活気が戻って来ることだろう。
「企ては闇の中、あとにはなにも残らない――か」
 策謀の影を感じ取るように、ゼレフはぽつりと呟いた。
 あの歪な龍が如何にして生まれたのか、それを知る術を彼らケルベロスは持たない。
 だが、その黒幕とはいずれ刃を交えるであろうことを、彼らの多くが予感していた。
「その魂の救いと重力の祝福を願う。安らかにな」
 戦いで散ったドラゴンに黙祷を捧げ、レンが青空を見上げる。
 そこには獄混死龍の落ちてきた大きな白雲が、今なお悠々と漂っていた。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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