●忍ばない
アイドル戦国時代なんて言葉も世に出て久しい。
「みんなー! 今日も“まきまき”の応援に来てくれてありがとー!」
薄暗く小さな地下のライブハウス。そこで一人のアイドルが、底抜けに明るくてポップでキュートでキャッチーでビビットな――そしてアニソンチックなオリジナル曲を歌い終え、ファンに手を振っていた。
ファン、といっても二十人ほどであるし、件の“まきまき”は容姿・歌唱力共にそれなりな雰囲気。時がアイドル戦国時代であるならば、彼女たちは歴史の狭間に埋もれる雑兵がいいところである。
「――つまり、この“ひばり”の魅力には叶うはずもないのです……!」
「……え、ちょ、誰!?」
まだ持ち時間は尽きていないはず。
私が主役でいられる大切な時間を邪魔するのは一体どこのどいつだ! ――と、探すまでもなく犯人はステージに上がってきた。それも、やたらガタイのいいお供を二人も連れて。
「さあさ皆の衆! 『アイドル忍者・小鳥遊ひばり』のライブ忍法をとくとご覧あれ!」
叫ぶやいなや、先程までポップでキュート以下略が流れていたスピーカーから溢れ出したのは、ギターとシンセサイザーに篠笛やら三味線やら和太鼓やらを組み合わせた軽快なメロディ。
「ニニニン♪ ニニニン♪」
「……は……? に、にん……?」
「ニニニン♪ ニニニン♪」
前奏が流れている内に、小鳥遊ひばりなる乱入者は呆然とする人々を煽る。
それほど広くもないステージをいっぱいに使って、右へ左へ。その度に覗く健康的な太ももやら揺れる胸やらは大層群衆を刺激しただろうが、何よりちらりと八重歯を覗かせながらの笑顔は“まきまき”の遥か上を行く美貌と魅力を兼ね備えていた。
そしていざ歌い始めれば、歌唱力も踊りのキレも申し分ない。
「ニニニン♪ ニニニン♪」
「……な……に……ニニ、ニニニン! ニニニン! ニニニンニンッ!!」
“まきまき”の築いた小さな城が、いとも容易く崩れていく。
抗おうとした当人はいつの間にやら、ひばりのお供である『オタゲイジャー』からの当て身で気を失い、簀巻きで隅に放られていた。
「……ニニンッ♪ ではでは、次の忍法を披露する前に場所を変えましょう!」
さあさ此方へ。
誘導するひばりに従って、推しを変えたファンたちが地上に向かっていく。
その先に待つものが何であるかも知らぬまま、とても幸せそうに――。
●ヘリポートにて
「螺旋忍軍の動きを掴んだのだけれど……」
ケルベロスたちの前で語り始めたミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)の顔には、険しさと同時に若干の困惑が見て取れた。
しかし、それも仕方のないことかもしれない。
件の螺旋忍軍は『アイドル』として地球社会に潜伏していたと言うのだ。
「予知によると、彼女たちは他のアイドルのライブに乱入して、ファンを横取りした挙げ句連れ去ってしまうらしいの」
そして連れ去られた人々は、とあるシャイターンの元で“選定”を受けさせられてしまう。
「山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019)さんが危惧していたような事態が、現実に起こってしまうというわけね。……そして、選定を受けた人々に待つ未来は二つ」
すなわち、エインヘリアルとなるか――それとも、死か。
「そのどちらでもない明日へと導くためには、皆の力が必要よ。螺旋忍軍を撃退して、人々を救いましょう」
此度の戦場は、地下のライブハウスとなる。
「元々は八巻真希(やまき・まき)さん……通称“まきまき”さんというアイドルがライブを行っていたのだけれど、彼女は気を失ったままステージ端に転がされているわ」
どうやらそのまま放置されっぱなしのようなので、彼女のことは一先ず置いておく。
「ステージ上では、アイドル忍者・小鳥遊ひばりという螺旋忍軍が、まきまきさんのファンを催眠状態にするために歌って踊って、好き勝手やっているはずよ。わざわざアイドル忍者なんて名乗るだけあって、アップテンポなアイドルソングに和楽器を取り入れた『和ロック』だとか『和風ポップ』だとかのジャンルに類する曲が持ち歌みたいね」
その持ち歌はグラビティとして攻撃にも使われる。さらに露出度の高い衣装と爽やかで艷やかな肉体を活用したダンスは、見たものの正気を根こそぎ奪い取ろうとするようだ。
「一方で、螺旋忍軍らしく手裏剣や飛苦無、分身の術を駆使した奇襲攻撃も得意としているわ。笑顔に釣られてしまわないよう、此方も忍ぶ心構えでいきましょう」
また、ひばりには護衛役として『オタゲイジャー』二体が付いている。
熱狂的なファンのように動き回る彼らは、生命を賭してもひばりを守るという使命を帯びている。このオタゲイジャーを退けない限り、ひばりには触れることも難しいだろう。
「そしてオタゲイジャーたちに守られた小鳥遊ひばりは、戦いが始まると同時にファンを連れての脱出を図るわ。出入口は地上に通じる階段一本しかないけれど、一旦脱出を始められてしまえば、ひばりの術で催眠状態となった人々を止めることは皆でも難しいでしょう」
そこで――脱出を阻止すべく、ケルベロスたちも『戦闘を行う前にアイドルとしてステージに乱入』してみてはどうかと、ミィルは言う。
「ファンの方たちは正気を失っている代わりに、『アイドルの魅力を判断する能力』が高まっているわ。皆の中から、小鳥遊ひばりよりも魅力的なパフォーマンスの出来るアイドルが現れたのなら、全員まとめて応援する相手を乗り換える……つまり、ファンを奪い取ることも出来るはずなのよ」
小鳥遊ひばりの立場と目的からして、ファンを取られたまま一人で逃げ帰るという選択肢はあり得ない。作戦が成功すれば、小鳥遊ひばりはケルベロスを撃破して再び催眠ライブを行うまで、戦場に留まるしかなくなるだろう。
「ポイントは……やっぱり笑顔じゃないかしらね。そこを押さえておけば、様々な魅力に溢れる皆のことだもの。きっとひばりを上回ることができるはずだわ」
頑張りましょうね。
ファン一号を名乗るかのように腕を振って激励しつつ、ミィルは説明を終えた。
参加者 | |
---|---|
マイ・カスタム(一般的な形状のロボ・e00399) |
風魔・遊鬼(風鎖・e08021) |
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270) |
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930) |
姫川・みけ(にゃんにゃんファイター・e23873) |
卜部・サナ(一日アイドル・e25183) |
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659) |
大紫・アゲハ(セラータファルファッラ・e61407) |
●
「ちょーっと待ったぁ!!」
愛用のエレキギターを引っ提げて、フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)が勢いよく防音扉を開けた。
「催眠術なんてアイドル的に反則、反則でーす!」
此方もギターを抱えた卜部・サナ(一日アイドル・e25183)が、ホイッスルを鳴らしながら先陣を切る。
闖入者への刺すような視線もなんのその。むしろ姫川・みけ(にゃんにゃんファイター・e23873)と大紫・アゲハ(セラータファルファッラ・e61407)の【セクシースマイル】は早速、アニメの制服風衣装から豊満な胸や瑞々しい太腿を覗かせて健康美をアピール。
一方で、マイ・カスタム(一般的な形状のロボ・e00399)と風魔・遊鬼(風鎖・e08021)は進軍に続かず、扉を施錠して様子を伺う。
「おっす! あちきっす!」
「……え、いや、誰ですか!」
先刻とは逆転した立場で憤慨するひばりを余所に、赤黒基調の和ゴス“くノ一”ルックで颯爽とステージに上った鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)はドヤ顔+アヒル口+ダブルピースとかいう煽り行為の満漢全席を繰り出した。
その姿が熱烈なひばり信者と化している二十名にどう映ったかは言うまでもない。
「何だお前たちー!」「帰れ帰れー!」「ガキは引っ込んでろー!」「ニンニンー!」
サイリウム、ドリンクのカップ、I♡まきまき団扇――次々飛ぶ抗議(物理)を、しかし五六七は歯牙にも掛けず。
「誰よ誰よと聞かれちゃあ、答えないわけにはいかないっす! あちきはケルベロス忍ツインテのゴロシチ! そしてこのたぷたぷほっかむりは忍猫マネギ! 一人と一匹で、猫耳ユニット【ツー・ニャン・セル】只今参上っす!」
どかーん。――と、何となく爆発音の幻聴が聞こえた。
「ケ、ケルベロス……!?」
ひばりは身構え、即座に防音扉へと目を向ける。その先にある唯一の出入口を通らなければ、此処から脱することはできない。
だが、ひばりに“一人で逃げる”という選択肢はなかった。下命を賜った忍びとして、そしてアイドルとして。邪な手段で得たファンであっても置き去りにはしていけない。
ここは護衛のオタゲイジャー壱号・弐号に身体を張らせて――と、恐らくそんな算段をしていたのだろう。逡巡するひばりを尻目に、五六七は一度ステージを下りた。
「あちきの『猫耳ニンジャ七変化』を披露する前に……まずはおねーさん方! 一発ばしーっと決めてくるっす!」
「任せて! さあ、二人とも!」
MCに紛れて準備を整えたフィオが、アンプに繋いだギターを構える。
「べべんべんとロックに決めますぞ! サナ殿!」
「うん!」
三味線(を模した弓)装備のマーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)に答えて、サナがステージの中心に立つ。
(「まきまきちゃん! 仇は私達が絶対に取るからねっ!」)
ちらりと端の簀巻きを見やった後、掴んだマイクがすぅっと息吸う音を拾った。
「――行くよ! 私達【Bee兎(ビート)】が! 皆の目を覚まさせてあげる!」
カッ、カッと頭の中に響くドラムスティックの音を四つ数えて、右手を捻り下ろす。
ぎゅんぎゅいーん! フィオの相棒は今日も好調だ。指が階段を駆け上がるような勢いでフレットを渡り、アップテンポなリフを掻き鳴らす。
そこにべべべんと三味線を加えつつ、マーシャはくるりと一回転。フリフリのアイドル衣装のプリンセスモードに変じる。……客の反応は薄い。ひばりの支配下にある限り、勇気を与える姿もただの仮装でしかないのだろう。
ならば歌と踊りと、そして笑顔で勝負。和洋二重の弦奏に乗せて、サナはライブハウスの隅々にまでにこやかな表情を振りまき、まきまきこと八巻・真希の持ち歌――底抜けに明るくてポップでキュートでキャッチーでビビットで、そしてアニソンチックなオリジナル曲を歌い出す。
此処に至るまでの僅かな時間で歌詞を叩き込んだ弊害か、元より得意と言い難い踊りは拙く危うい。
それでも一生懸命にステップを踏むメインボーカルを、フィオがサポート。背中合わせて六弦弾き、サナを引き立てる声量でコーラスまで交える。
マーシャはひたすらべんべんべべべん、と思わせてから二人の踊りに合わせた軽やかな脚さばきを見せ、三人で兎ウェアライダーユニット【Bee兎】だと元気一杯に示した。
それに対するオーディエンスの反応はまだ渋い――が、つい先程まで物理的抗議に及んでいた彼らの手が止まっていることに、ケルベロスたちは希望を抱く。
「どんどん行くよ! ぼやっとしてると置いていっちゃうからね!」
「おっすおっす! ウリャオイ! ウリャオイ!」
フィオのコールに、五六七が乗った。
アピールする仲間にはガッツリ強調。その心意気で両手を叩けば、ぱちんぱちんと鳴る音は二十人にとっての火種となる。
――苛立ちに満ちていた聴衆が、次第に肩を揺らし始めた。
「調子が出てきたでござるな!」
「まだまだ! もっともっと響かせるよ、私達の鼓動(ビート)!」
頃合いと見て、サナがフェスティバルオーラを放つ。
「それじゃーみんな一緒にー! それ、はいっ! はいっ!」
四十の足がリズムを取る。
「はいっ! はい!」
腕は応援グッズを掲げる。
「はいっ! はい!」
「……イ! ハイ!」
そしてついには声が出て、噴き上がった熱は空気を一変させる。
此処までくればマーシャのフリフリ衣装にも意味が宿った。何者をも恐れない二十人の親衛隊と化した人々は【Bee兎】のパフォーマンスに合わせ、思い思いの愛を叫ぶ。
それはとても――とても、暑苦しかった。
●
そも、ケルベロスたちの外見レベルは非常に高い。
その点から言えば【セクシースマイル】の悩殺スペシャルテクでも、はたまた【ツー・ニャン・セル】の繰り出す『猫耳ニンジャ七変化』でも、ファンを陥落させるには十分だったろう。
ならば“グラビティの領域にまで高めた音楽を用い、華麗に戦うアーティスト”であるミュージックファイター(の素養を失われた時の世界から引き出してきた)サナをメンバーに含む【Bee兎】が、二十名のアイドル審美眼にビビビッと来ないはずがない。元より好んでいた“まきまき”の歌を、ひばりが洗脳に用いた和ロックの土俵に乗せて歌っているのだから尚更である。
つまり現状は必然的帰結。ひばりは、アイドルとしての敗北を噛み締めていた。
だが、しかし。
ひばりはまだ、螺旋忍軍としては負けていない。
「――いつまでも気ままにやれると思うな! ケルベロス!」
怒りに打ち震える声。それとは裏腹に笑顔で構えた苦無が、サナの喉笛を狙う。
しかも一つではない。前から、右から、左から、上から。幾つにも増えたひばりのどれが本物であるのか、一瞬では見抜けない。
「っ、危ないでござる!」
マーシャがいち早く反応して叫ぶも、盾役を務めようとした身体に後衛で臨もうとする心が噛み合わず、踏み出しが一歩遅れた。
「にゃんとー! っす!」
辛うじてステージに飛び乗った五六七が、サナを背に庇う。
だがアイドルらしい溌剌とした笑みでなく、殺意を孕んだ不敵な笑いを湛えるひばりの姿は、眼前で全て煙のように消えてしまった。
そしてその向こうから、赤白青の煌めきが襲い来る。
オタゲイジャー壱号の投じたサイリウムだ。法被+赤褌+足袋+螺旋面とかいう破廉恥極まりない姿の何処に隠していたのかは定かでないが、ともかく小刀ほどもある応援道具兼殺傷兵器は雨あられと降り注ぎ、五六七の献身虚しくサナにも、そしてフィオやマーシャ、さらにはまだ防音扉に近くに居たマイの動きまでを僅かに封じる。
「ヒバリチャンノホウガカワエエンッジャァー!」
面越しのくぐもった絶叫が響く。
「――ッッッアィッ! アィッ!」
片割れの興奮に引っ張られて、オタゲ弐号も両手を打ち鳴らす。
瞬間。
「殺(と)った!」
ひばりの冷ややかな確信は、サナの真後ろから。
斬撃に耐性を持たない身体が瞬く間に斬り刻まれていく。がくりと膝が折れ、肩がけのギターが床を叩けば、落ちたマイクもゴンと鳴る。
「サナ殿!」
「……だい、じょうぶ……」
笑顔を保ってマーシャに答えるも、傷は深い。
「ちょっと! ひどいですよ!」
「歌の途中で邪魔するなんてアイドルらしくないんじゃないかしら?」
次は自分たちの番だと息巻いていたみけとアゲハが口々に言うも、オタゲイジャーの後ろに隠れたひばりはふんと鼻を鳴らす。
「貴女たちの下らない出し物を延々見守っていろと?」
ケルベロスとは随分悠長なのですね!
そう語るひばりに返す言葉はなかった。ファンを奪われた時点でひばりには戦う以外の選択肢などなく、その時を黙って待ち続ける理由もない。
「しかしアイドルとして敗れたのは事実であり、痛恨の極み。……故に、このアイドル忍者・小鳥遊ひばり! 貴女たちに天誅を加え、己にもう一度アイドルの何たるかを叩き込み! アイドル忍者を超えた――真・アイドル忍者となってみせます! お覚悟!」
忍装束から外された手裏剣が、きらりと照明を弾いた。
狙いはサナに違いない。すかさずマーシャが囲い作りの一手目として前に立つと、五六七が横に並んで闘気をサナに注ぎ、挟み込むようにしてみけも気を重ねる。
合間を縫ってアゲハはふわりと舞い踊り、紙吹雪のように癒やしの花弁を振り撒いた。
そのおかげか、幾分軽くなった身体でファンを飛び越えながら、マイが怒りを源とする激しい雷をオタゲ壱号に撃つ。
続けて遊鬼の投じた槍が幾つにも分かれて降った。無言の殺意は浅黒い筋肉質の肌へと容赦なく突き刺さり、浮足立つ壱号を狙って五六七の“マネギ”が爪を伸ばせば、マーシャの“ナノテル様”は室町の将軍じみた渋い外見からまさかのハート光線を撃ち放つ。
そしてフィオと、幾らか傷を癒やしたサナが同時に抜刀。
「一太刀で斬り倒すよ!」
「奔れ、雷光!」
無数の霊体が憑依した仄かな紅の刃を追って、雷纏う鋭い刃が壱号を裂く。
鍛え上げられた逞しい肉体が揺れ、苦悶の声が漏れた。
……だが、そこまでだ。壱号はひばりを守る盾に相応しい体力で猛攻を凌ぎ、その闘志を表現力へと転化する。
「オォォォ! ッアイ! オォォォ! ッアイ!」
「Fooooo! ヒッバリチャァァァン!!」
弐号も叫び、サイリウムを投げる。今度は盾役が務めを果たしたが、マイと五六七、マーシャの動きは乱れた。
「壱号、弐号……! お前たちの期待に答えてみせます!」
ひばりが大きく息を吸う。
「――さあさ、ケルベロスよ! 刮目せよ! これがライブ忍法の真髄なり!」
手裏剣に替えて握りしめたマイクからアイドルヴォイスが響き渡る。それは確かに愛らしく、しかし艷やかで。街中でふと耳にしたなら、足を止めたくなる魅力に溢れていた。
「アイドルは伊達でないということか……!」
音に立ちはだかる壁となりつつ、マイが歯噛みする。見聞きするものに有無を言わせぬほどの影響力は、なるほど確かにアイドルと言って差し支えないのだろう――が!
「んならぁー! 此方だってバリバリ亜威怒流ぶちかましてやるっすよ、マネギ!」
命令拒否する両足を叩いて気合一発。邪気祓う羽ばたきを送っていた愛猫に呼びかけ、五六七は何処からともなくまきまきファン好みのメロディを鳴らす。
なにせ、せっかく用意した――いや、してもらった? ともかく自前の曲だ。戦いながら披露してもよかろう。
「♪猫耳ニンジャ 七変化 あなたのハート 手裏剣――シュートォォ!」
歌いつつ投擲。手裏剣と火薬玉と、だるだるワガママボディのマネギそのものが炸裂すれば、今度はオタゲ壱号の足が止まった。
「っ、今だ!」
マイも軛から逃れ、筋骨隆々とした敵の胸元にナイフを叩き込む。
「ガッ……ヒ、ヒバリチャン、サイコー!!」
片腕を突き上げて吼えた後、壱号はとうとう力尽きて倒れた。
それを見て弐号が号泣した。
「くっ……壱号よ! お前の屍を越えて、ひばりはアイドル忍道を行くぞ!」
僅かに目を伏せた後、ひばりは歌を止めて踊り出す。
それは前衛陣の目を否が応でも引き付け、僅かな時間で思考を侵した。アイドル対決への熱意ゆえか、状況に応じたグラビティの使い分けを始めとして戦いに関する姿勢がやや薄弱である者もいたケルベロスたちは、にわかに正気を失い、互いに牙を剥く。
しかし、それも一時のこと。
「惑わされないでください♪」
またアニソン調の響きに乗って、ひらり。みけがミニスカートから白い脚を覗かせ、豊かな胸の存在をも強調して舞えば。
「あら、セクシーさならアゲハも負けないわよ?」
そう言ったサキュバスは同じ部位で対抗しつつ、ちろっと覗かせた舌の妖しげな蝶紋様でも色香を漂わせる。
ユニット名通りのセクシーとスマイル。それと一緒に振りまかれる花弁はケルベロスたちを正気に戻すだけでなく、固唾を呑んで見守っている二十名にも新たな熱を与えた。
「頑張れー!」「負けるなケルベロスー!」「セクシーはジャスティース!」
人々から幾つかの歓声が飛ぶ。
それにアゲハがウインクと投げキッスで答えれば、みけは猫耳と尻尾を揺らしつつ。
「あなたが大好き♪ 抱きしめて欲しいの♪」
なんてねだるような台詞で、Bee兎親衛隊に収まっていた彼らの心を浮つかせる。
「ヒバリチャンガイチバンジャー! ――グガッ!」
空気を読めずに喚いた弐号は、そっと遊鬼の絶空斬によって葬られた。
「弐号まで……! いいや、しかし!」
一人ぼっちでも心折れず、ひばりはオタゲたちに託された力で攻めかかってくる。
だが悲しいかな。勢いを維持できたのは、アゲハの稲妻突きで想いを砕かれるまでの一曲分にも満たない時間。それからは防御厚めのケルベロスを打ち砕くチャンスもなく。
「霹靂の太刀っ! とりゃーっ!」
大上段から振り下ろされたサナの刃が、ひばりの美しい肉体を裂く。
「……今日がラストライブになるとは……む、無念……」
がくりと崩れ落ちるひばり。催眠などなくとも、たとえデウスエクスでもそれなりに魅力的だった彼女の死に、ライブハウスは静まり返った。
●
かくして、ケルベロスたちはひばり一党に勝利した。
めでたしめでたし――と、まさか終わるはずはない。
「さあ、ここからが本当のライブですよ♪」
みけが呼びかけ、マイクを解放された本来の主役に手渡す。
やはり彼女が舞台に戻ってこそ、大団円。
「改めて! ケルベロスの皆さんとスペシャルステージだー!」
「オォォォオオオ!!」
二十名とは思えないほどの歓声が上がる。
まきまきfeat.ケルベロスの歌と踊りが、魅力を存分に振り撒く。
「……アイドル、か」
眩いステージを見守りながら、マイは少しだけ羨むように呟いた。
作者:天枷由良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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