アイドル襲撃~白秋ちゃんとお寺ライブ!

作者:柊透胡

「皆さん、こんばんは! 今夜は私のライブに来てくれて、ありがとう!」
 幾つもの蝋燭灯る薄暮の中、明るい挨拶が響き渡る。数十人の観客の前でマイクを握る彼女は、項をすっきり見せた上げ髪を傾げて微笑む。
「そろそろ秋も本番。だから、今年の浴衣は、今夜で着納めです。ちょっと『秋』を意識してみたけど、どうかな?」
 生成りにトンボ柄の浴衣姿がクルリ。「可愛い!」という歓声に、彼女は「ありがとう!」と満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、『ミヅキとお寺ライブ!』、今夜も一緒に楽しもうね!」
 ――京都府との境に近い、奈良県北部の小さな町。その町の小さなお寺の本堂が、今夜のライブ会場だ。
 昨今、音楽で人との縁を広めようと、本堂でライブを催すお寺も増えてきている。広く天井の高い本堂だからこそ、文字通り音を楽しむのに打って付け。お寺と音楽の相性の良さに着目した『ミヅキ』は、お寺ライブを中心に音楽活動をしている。
 芸風は和装に三味線の弾き語りだが、曲目は童謡から人気のJ-POPまでアレンジは幅広い。この頃はオリジナルソングも増えて、ファンも着実に増えてきた手応えを感じている。
「最初の曲は、浴衣の柄に因んで『赤とんぼ』。聴いて下さい――」
 三味線の調べにハスキーな歌声が重なって、観客を郷愁に誘っていく――。
「あきまへんなぁ。特に滑舌、白秋はんの『五十音』でお稽古し直したらええのに」
「……っ!?」
 1番の歌詞まで歌い終わったその時。突如、本堂に乱入してきた一団に、ミヅキは思わず息を呑む。
「おしまいやす、皆はん。うちは【四姫】のホワイトオータム。よろしゅうおたのもうします」
 何処か取って付けたような京ことば。薄暮の中でほの白く、薄紫の眼を細める少女。白銀のショートボブに花簪を挿し、ひらひらの薄灰色の着物風ドレスは膝丈。蛇の目傘を差したまま、ショートブーツという土足で本堂に踏み込んできたにも拘らず、無作法を感じさせないはんなりとした風情だ。
「せわしのうて、堪忍え。けど、うちの初めてのソロ活動やさかい。こーとな不細工ほっといて、うちのお歌、聴いておくれやす」
「何を……」
 ニュアンスから悪し様にけなされたのは判る。顔色を変えたミヅキは、言い返すより早く胸に衝撃を受けて昏倒。同時に、白い少女――ホワイトオータムが歌い出す。
 ――――♪
 囁くような歌い方ながら豊かなアルトの声量、正確なリズム、乱れぬ音程。童謡をジャズ風にアレンジした歌に、忽ち少女に注目が集まる。
「タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!」
 ホワイトオータムの後ろでは、赤褌にピンクの法被、螺旋の鬼面という奇矯ないでたちの男が2人。逞しい肉体を惜しげもなく晒し、サイリウムを両手に激しく踊る。知る人ぞ知る「オタ芸」だろうが……サイリウムを太鼓のバチに見立てた和風アレンジの振りは、ホワイトオータムの歌とよくマッチして、かっこよく見えてくる不思議。
 ――そう、お寺ライブの観客数十人は、今や乱入者達の術中に嵌っている。
「皆はん、おおきに」
 歌い終わり、にっこり手を振るホワイトオータム。熱狂的な大歓声が本堂を揺るがす。アンコールの大合唱だ。
「うちも、もっともっと歌いたいけど……長居はお寺はんもやくたいやさかい。さあ、うっとこにおいでやす」
 誘うようにクルクル蛇の目傘を回し、ホワイトオータムは本堂を後にする。バッグダンサーの男2人に続き、いそいそと追い掛ける観客達は誰1人、気絶したままのミヅキを一顧だにしなかった。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに見回した。
「アイドルとして地球社会に潜伏していた螺旋忍軍が、動き出した模様です」
 その数、優に10を超える。アイドル螺旋忍軍達は、他のアイドルのライブに乱入し、罪もないファンを略奪して連れ去ってしまうのだ。
「略奪されたファン達は、黒幕であるシャイターンの許に送られてしまいます」
 そうなれば、山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019)が危惧していたように、シャイターンの選定を受けて、死ぬかエインヘリアルにされてしまうだろう。
「これを阻止する為、皆さんは標的のライブに向かい、螺旋忍軍を撃退して下さい」
 続いて、創はライブ会場のある奈良県北部の町の地図をタブレット画面に映し出す。
「標的にされたライブを開いていたのは、『ミヅキ』という名前の……和テイストアイドル、と呼べば良いでしょうか。ジャンルは和ロックとか和ポップの類で、それなりにファンもいるようです」
 お寺の本堂を借りたライブ、所謂「お寺ライブ」が主な音楽活動で、今回の会場もそうだ。
「幸い、螺旋忍軍の狙いはファンの略奪でしたので、ミヅキさん自身は気絶しているだけです。命に別状はありません」
 彼女のライブに乱入してきたアイドル螺旋忍軍の名は『ホワイトオータム』。表向きはバンド【四姫】(しき)のベース担当であり、その正体は螺旋忍軍の戦闘部隊【四季衆】の一員とか。
「見た目は、京ことばを話すおっとりした雰囲気の少女です。今回が初めてのソロ活動で、着物風ドレスに蛇の目傘という服装に違わず、音楽ジャンルはやはり和ポップのようですね」
 バンドのベースは目立たないイメージもあるが、その実、リズム、コード、メロディの繋ぎを担う「バンドの中枢」だ。ホワイトオータム自身、アイドルにしては控えめで不思議ちゃんの風情であるが、けして油断出来ない敵だろう。
「取り巻き2人の螺旋忍軍『オタゲイジャー』は、ライブ中はバッグダンサーとしてオタ芸を披露していますが、戦闘になるとホワイトオータムの護衛に回るようです」
 戦闘時、ホワイトオータムの武器は蛇の目傘と歌声で、傘から目くらましの雨礫を撒き、歌声で魅了し或いは癒す。又、オタゲイジャーの方は両手のサイリウムを、バールのように鈍器としてリズミカルに振り回してくるようだ。
「ですが……皆さんの到着時、観客は既に螺旋忍軍に幻惑されてしまっています。その状態で攻撃を仕掛けた場合、ホワイトオータムはオタゲイジャーに戦闘を任せて、ファンを連れて逃げ出そうとします」
 これを阻止する為には、戦闘前にステージに『アイドルとして乱入』、ケルベロスの方がファンを奪い取る必要がある。
「会場の一般人は正常な判断力を失っていますが、その分『アイドルの魅力を判断する能力』が高まっています。ホワイトオータムを上回るパフォーマンスを行えば、一気にファンの奪取が叶う筈です」
 ファンを奪い取れれば、アイドル螺旋忍軍はケルベロスを撃破した上で再度ファンを取り戻さなければならず、彼女の撤退は無くなるのだ。
「尤も、ファンを奪えなかった場合、アイドル螺旋忍軍が隙を見てファンを連れて逃げ出そうとするのは、最初のケースと変わりありませんので、これを阻止する作戦が必要でしょう」
 【四姫】のベースとして、これまでもアイドル活動を行ってきたホワイトオータム。その従来のファンは、既に黒幕のシャイターンに差し出されているという。
「本星を失い困窮している螺旋忍軍を利用し、選定に必要な人間を大量に用意させる……シャイターンの企みは悪辣そのものです」
 そのシャイターン自身が誰の命で動いているかも気になる所だが……黒幕の討伐は、同時進行で別動隊が動く。
「皆さんは、新たな犠牲者がこれ以上出ないよう、アイドル螺旋忍軍の撃破に専念して下さい。健闘を祈ります」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)

■リプレイ

●quatre☆etorir VS ホワイトオータム
 ――――♪
 お寺の本堂に、ほの白い少女の歌声が響く。囁くような歌い方ながら豊かなアルトの声量、正確なリズム、乱れぬ音程。
「タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!」
 くるりくるりと蛇の目傘、傘越しに奇矯ないでたちの男2人が激しく踊る。サイリウムを太鼓のバチに見立てた振りは、少女の歌とよくマッチしている。
 ――そう、お寺ライブの観客数十人は今や本来の主役など目もくれず、乱入者達の術中に嵌る。ガールズバンド【四姫】、その正体は螺旋忍軍【四季衆】のホワイトオータムに、幼げな容貌にそぐわぬ勝ち誇った笑みが浮かんだその時。
「ぴちぴち、ちゃぷちゃぷ、らんらんらん♪」
「!」
 最後のフレーズに入る横槍。眉を顰めたホワイトオータムは、ご本尊前のステージに人影を見る。
「こんばんは! 『quatre☆etorir』の神崎・ララよ! カトエトのララって呼んでね!」
 ざわめく観客に笑顔で自己紹介した神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)は、コーラス風のウィスパーボイスから一転、激しく白いアコースティック・ギターを掻き鳴らす!
「『四姫』の白秋ちゃん! あなたの歌唱力は敵ながら素晴らしいけれど、わたしも負けてはおりません!」
 一気に流れを引き込んだララに続き、紙飛行機柄の振袖風ドレスに虹色の翼を広げ、華々しく登場する遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)。
「これまでも私達をライバル視して、ファンを取った取られたなんて……そんな気持ちでオーディエンスに向き合うなんて、アイドルとして二流です!」
 いざ尋常にアイドル勝負! ビシィッと指を突きつけられ、ホワイトオータムは薄紫の眼を細める。
「そんなほたえて……好きなようにしはったらよいのと違います? けど、どちらがカトーさんで、エトーさんやろか?」
 言外に滲む余裕は、本堂の観客を手中に収めているからだろう。蛇の目傘の下から、おっとり小首を傾げて見せる。
「あれあれ、怖いお顔。堪忍え。うち、横文字が苦手なんよ」
 ホワイトオータムという名前でどの口が言うのか。憤慨したように鳴くウイングキャット達――ララの相棒クストと鞠緒に寄添うヴェクサシオンだ。
「シンガーの『Viviane』だよ! 『quatre☆etorir』も宜しくね!」
(「ステージはアイドルの聖域。踏みにじるなんて、許せないよ……!」)
 3番目で登場したヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)は、ステージ奪還の決意を固める。
 交わす視線で火花を散らすケルベロス兼アイドルの3人とホワイトオータム。その間に、フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)は機材をセッティング。大半が和楽器で電気を要しないのは助かった。やはりステージに上がった伴奏担当のケルベロス達も、粛々と演奏準備する。
(「何だか変わった作戦に打って出ましたね、螺旋忍軍……俺は、裏方としてしっかりサポートをさせて貰います」)
 余り目立つのは柄では無いし、と篠笛を握る結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)。
 和太鼓担当の空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)は、エクスカリバール製のバチを構える。着物の下はサラシをしっかり巻いており、肩捲りしても大丈夫だ。
(「音楽も、笑顔で様々な音楽を奏でるアイドルも、俺は好きだ。だからこそ悪用なんてさせないさ」)
 茶トラのデブ猫、もといウイングキャットのミコトを頭に乗せ、宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)は三味線でララが奏でる旋律を追う。
(「これが、『彼女』がいつも見ている光景」)
 居並ぶ観客を前に、眩しげにアメジストの双眸を細める季由。
(「避難させたら、ライブの応援で……和風ライブは初めてだから、すごくわくわくしてるの」)
 一方、ステージ上で気絶しているミヅキは、エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)が急いで隅に退避。
「冷えるかも知れませんが、暫く辛抱して下さい」
 身長差で脚を引きずってしまい、レオナルドも運ぶのを手伝った。
(「ヴィヴィアンとのユニット『Klavier』の初お披露目が『四姫』との対バンでなんて、ちょっとわくわくしちゃう」)
「本当はケルベロスとしてじゃなくて、純粋なバンド対決にしたかったけどね……ヴィヴィアンは?」
 ララの囁きに、不敵な表情で肯くヴィヴィアン。
「じゃあ、まずはあたしから……『紅葉乱舞』!」
 赤い羽織を翻して琵琶を掻き鳴らすヴィヴィアンの旋律に、ボクスドラゴンのアネリーの翼がリズムを取るようにハタハタ動く。ララのアコギの音色、季由の掛け声も重なって。
「さぁ、本当のショータイムの始まりだ!」

●ケルベロスVS螺旋忍軍
 舞い上がれ、天の彼方まで染め上げて――♪
 篠笛と三味線、そして和太鼓。和の旋律に乗って雅やかながらも芯の強い声が歌う。
「――うたかたを 彩りし緋き幕となれ」
 時にクラシックに、時にポップに。鮮やかに変幻するヴィヴィアンの歌声は、忽ち、観衆を魅了する。
 そうして、間奏に入るや、モカは大きく息を吸い、声を張る。
「アイドルとは何者であるか! 人々の心に希望の灯を燈す者なり!」
 ――見よ、【quatre☆etorir】の3人を! 情熱に燃える太陽のような瞳! 一点の曇りもない青空のような笑顔!
 対してホワイトオータムはどうだ、と問い掛ける。表情に、瞳の奥に、悪意の濁りを感じないか?
「アイドル悪用は許さない! それは彼女達のプライドを踏み躙る行為だ」
「皆、目を覚ませ! 私達は本物のアイドルを応援しよう!」
 大きく頷いた季由の合いの手の声と共に、モカの熱意が響き渡る。
「フフフッ」
 サイリウムを持ち、応援していたフィルトリアだが……ふと耳に入った含み笑いに振り返る。
「何とまあ。無粋なお人もおったもんやねぇ」
(「それって、どういう……?」)
 ホワイトオータムの呟きの意味は、すぐ観客に紛れていたフィルトリアの知る所となる。
「……何だ、あれ」
 白けた呟き。冷めた表情は1人や2人ではない。
 例えば熱血応援歌であれば、熱意溢れる叫びも受け入れられただろう。だが、「紅葉乱舞」は雨のような幕にも似た紅葉の幻を追う和風ロック。雅やかな空気を断ち切ってしまったのだ。
 ケルベロス達が用意した曲は深まる秋を謳い、切なる恋を歌う。どの曲で叫ぼうと観客の反応は変わらなかっただろう。或いは、その思いの丈を込めた演奏であれば、感受性が高まっている観客に『熱』として十分伝わっただろうに。
「まあまあ。そしたら、うちの番やね……場所変えまひょ」
 ホワイトオータムの誘う声に、フラフラ立ち上がった観客は約半数。目減りはしたものの、大概の所で逃げを打つ気か。
「たとえ幻惑であったとしても、歌に惹かれた方々を生贄にしようだなんて……許しません!」
 いっそ入り口を破壊してでも逃亡を防ごうと動くフィルトリアの行く手を、オタゲイジャーが阻む。このままでは……。
 ――――!!
 突如、篠笛の音が高らかに。レオナルドの演奏に合わせて進み出たのは、鞠緒。
「次は、私の新曲です……『天翔る』、聴いて下さい」
 すぐさま、気を取り直した季由とモカの伴奏も重なって。そう、音が描く鮮やかな世界は観客に美しい夢を見せるのだ。
 お客様1人1人の心に、もっと感動を届けたい――歌いながら、鞠緒は紙飛行機を次々と飛ばしていく。
「綺麗! かわいい! 歌も美しい! パーフェクト!」
 紙飛行機を受け取ったエルスは、目を輝かせてサイリウムを振り振り。
「あんな無礼で不細工な子や破廉恥なダンサーより、こっちの方がずっといいよね!」
 明け透けな感想にも、今度は賛同の輪が広がっていく――。
 ――――!!
 次の瞬間、サイリウム2本が弧を描き鞠緒を強襲する!
「これ以上、つきおうてられんわ」
 フィルトリアとミコトが、射線を遮れた重畳。忌々しそうに吐き捨て、ホワイトオータムは歌う。
「……っ」
 唐突に戦いの火蓋が切って落とされ、物悲しい雨の歌が前衛の戦意を削ぐ。生贄を傷めたくないのか、ホワイトオータムは本堂の外にバックステップ。その前にオタゲイジャーが肩を並べる。
 試しにエルスが氷河期の精霊を召喚すれば、吹き荒れる吹雪はオタゲイジャーを揃って氷に閉ざす。
「やっぱり、前衛か中衛だね!」
 ヴィヴィアンのスターゲイザーを一方が庇い立てたので、すぐディフェンダーと知れた。同時に動いたモカは、標的同じく螺旋氷縛波を放つ。
「巫山戯たなりですが、強い!」
 そして、レオナルドの気咬弾はもう一方が。共にディフェンダーと見定めながら、白獅子の青年はサイリウムのフルスイングを飛びのいてかわす。
「宵の風鳴り、猫の声。狙った獲物は逃がさない……!」
 季由の歌声に合わせ、宵色の猫の幻影が踊る。澄んだ鈴の音と柔らかな風が意識を研ぎ澄ませば、フィルトリアが掲げた黄金の果実も居並ぶ前衛を癒していく。続いて、ララが歌う「紅瞳覚醒」が仲間を奮起させんと。
「あんじょう、おきばりやす」
 一方、軽やかなあめふりの歌が、オタゲイジャーらの傷を癒す。歌が連中の筋肉をより漲らせ、のみならず、厄を掃ったとなれば。
「ホワイトオータムはメディックです」
 エルスがポジションを断言しても、ケルベロス達の動きは変わらない。まずは、盾の一方を集中攻撃。今回はサーヴァントも多く手数が強みならば、ホワイトオータムへの牽制も忘れない。レゾナンスグリード、は残念ながら届かず、鞠緒はマジックミサイルで弾幕を張る。
「減衰、か……」
 ケルベロスの編成は前衛4、中衛2、後衛6。大半が使役修正を被る為、実は列強化の率は5人も6人もさして変わらない。回復量についてはララが気力溜めを用意していたから、ヒールに専念する事で乗り切れそうなのが幸いだった。
「さあ、みんなも踊って! いえーい!」
 程なく――オタゲイジャー1体目はエルスのクリスタルファイアが、2体目はレオナルドの如意直突きが引導を渡す。
「く……」
 盾が脆くも潰え、ホワイトオータムは悔しげに唇を噛んだ。

●白秋の終
「あんたら、ええ加減にしよし!」
 険しい声音で言い放つホワイトオータムは表情こそ平静で、却って鬼気迫る。だが、ここまで来て怯むケルベロスはいない。
「皆の心に、希望の笑を。幸福招来、おいでませ!」
 【quatre☆etorir】のデビュー曲「華と笑と☆歌と恵と」。ララは「笑」のパートを歌いながら、華やかに笑顔を振りまく。
「……っ!?」
 キュートなメロディが幸運を呼んだか、或いは紅葉の幻影に惑ったか。物悲しい雨の歌が唐突に途切れた好機を逃さず、ホワイトオータムへ攻撃が殺到する。
「この物語は、緩慢な死へのカウントダウン……」
 逸早く伸ばされた鞠緒の手に、灰白の和綴じの書物。開くと同時に零れた歌は、失望と諦念。ホワイトオータムの癒しの歌を、無力にまで削ぎ落とさんと。
「改めて見よ! 『quatre☆etorir』こそ、人々の心に希望の灯を燈す者なり!」
 鞠緒と息を合わせたモカは、螺旋込めた掌を振り被る。ジャマーの一撃は幾度も小柄を揺らし、仲間の連撃に先鞭を付ける。
「いくぞ、アンコールは無しだ!」
 焦熱・獣王無刃――レオナルドの地獄化した心臓より溢れ出た畏怖の白炎が、如意棒を包む。と思うや、居合いの要領で鋭く振り抜かれ、高速の斬撃が白き軌跡を描く。
「終焉の幻、永劫の闇、かの罪深き魂を貪り尽くせ!」
 エルスが召喚したのは、時に夢にも浮かぶ、かつて滅亡した世界を覆う「闇」。虚界闇喰衝の名の通り、虚無と現実の狭間から召喚された闇は、敵を呑み込んで尚、その魂を絶え間なく侵食していく。
「ミヅキちゃんの聖域、絶対取り戻すんだから!」
 一気に肉薄するや、日本刀の斬撃が緩やかな弧を描く。ヴィヴィアンの月光斬は、急所を的確に狙い澄ます。サーヴァント達も、次々と白い小柄へ飛び掛かった。
「人の気持ちを踏み付けにする貴方の罪、私が断罪します!」
 フィルトリアの拳が燃え上がる。それはホワイトオータムが抱いた怒り、或いは憎しみか。因果応報、敵の負の感情を吸収した漆黒の炎を以て、全てを焼き尽くさんと。
「こんな……寄ってたかって。ほんまに、イケズな人らやわぁ」
 ズタズタに裂かれた着物ドレスの襟元を握り、青息吐息で睨め付けるホワイトオータム。
「けど、このまま引き下がっては……クロチはんにどやされるわ!」
 蛇の目傘の一閃。毒の雨雫はララに掛かろうとして、その射線を季由が遮る。
「白の秋は終いだな! 皆は返してもらう」
 カラフルな爆炎の後押しに、ララのバトルオーラがゆらりと燃える。
 ――歌で紡ごう、私の想い。
 囁くようなワンフレーズと共に、放たれた気咬弾がホワイトオータムの胸を貫いた。

「……あれ? 俺は……」
「何だか……夢を見てたみたい」
 目が醒めたように戸惑いの声を上げる観客達。螺旋忍軍を撃破した事で、幻惑も解かれたようだ。
「……あの?」
 ミヅキも程なく意識を取り戻す。やはり戸惑う表情に事情を説明すれば、感謝と共に丁寧に頭を下げられた。
 本堂にも幾許かの戦の跡は残ったが、倒れた螺旋忍軍の骸はホワイトオータムも含めて消え失せている。一般人が残虐を目の当たりにせず済んで、ケルベロス達もホッと一安心。
「ライブのやり直し、手伝うよ。このステージの主役はミヅキちゃんだもんね」
 本堂のヒールを済ませたヴィヴィアンの言葉に否やはない。
「あ、さっき歌い損ねたユニット曲、歌いたいなぁ」
「私もリリース仕立てのソロ、もう1曲残ってるんですよね」
 身を乗り出すララと鞠緒の様子が微笑ましそうに、太鼓のバチを握るモカ。
「仕切り直しライブか! いいね、俺ももうちょっとプレイしたいとおもってた」
 季由は嬉々として三味線を抱え、レオナルドも篠笛を取り出している。
「私も一緒に歌ってみたいです」
「お仕事抜きで楽しみたいよね」
 フィルトリアが温和に表情を綻ばせれば、エルスはサイリウムを振り振りニコニコと。
「皆さんこんばんは! 『quatre☆etorir』です! 今夜はミヅキさんのお寺ライブの応援に来ちゃいました!」
 そうして、ライブも改めて仕切り直し。まずは『スペシャルゲスト』の登場だ。和太鼓や三味線、篠笛に合わせて、鞠緒がほろ苦い恋の歌「ごらん、あれは夜の窓」を歌えば、ヴィヴィアンとララのユニット【Klavier】が新曲「autumn voice」で静かな秋の訪れをしっとり歌い上げる。
「ではでは! 本日のメインアーティストの登場です!」
 豪華な前座に、ライブも忽ち盛り上がる。はにかんだ笑顔でミヅキが登場すれば、本堂を揺るがさんばかりの歓声が沸いた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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