剣戟の彩

作者:崎田航輝

 杳とした夜が燈籠に照らされる。
 平素静やかな神の社は今宵、幽玄な明るさを得ていた。
 だけでなく俄な熱気が漂うのは、人の数が有る故。
 何故なら今宵は剣舞の祭り。鎮守の森を背にした平らかな一角で、祭事のたけなわとも言える奉納仕合が執り行われていた。
 向かい合うのは二人の剣道家。
 ぱり、と。
 竹刀が打ち合わされる音が響くと、一人がすり足に間合いを取る。
 一呼吸の後、相手方は姿勢を低く踏み込み突きの構え。
 だが次にはそれも乾いた音に弾かれる。目を奪われるような気迫の防御のあと、さらに剣の音が奏でられていた。
 二者の剣戟は一瞬たりとも油断が無く、手加減もない。
 元より剣舞祭の戦いは捧げものでありながら、真剣勝負をするのが習わし。人々には見ものであると同時に本人には鍛えた剣を披露する晴れ舞台。
 磨かれた腕を、揺ら揺らと揺れる灯火の中で踊らせる様は時に美しく、時に鋭く。剣戟の彩の鮮やかさに此度の祭りも更けてゆく──と。
「楽しそうな事を、遣っているではないか?」
 籠の焔が一度大きく揺らめいたのに人々は気づいたか。
 声と風が過ぎ去った感覚に視線を彷徨わせ、そして戻す。すると試合場に立つのは袴の裾を靡かせて、長業物の一振りを握る巨躯の影。
「俺も腕を振るわせて貰おう。剣戟は何よりの──好物だ」
 傍に迫られた剣道家は、直観を働かすまでもなく巨影との力量の差を悟っている。それでも大男は手を抜かず全霊を込め、そして喜々と二者を切り裂いた。
 燈籠が瞬き血潮が照らされる。ぼうと浮かぶのは紅に染まった巨躯の喜色顔であった。

 夜の帳が降りた時分、祭事の最中に凶刃が現れる。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は、予知に見られた未来について説明をしていた。
「この巨躯というのは勿論……エインヘリアルのことです」
 アスガルドで重罪を犯した罪人。コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれたその一体が人里へ送り込まれる事件なのだと言った。
「放っておけば神社にいる人々は無事では済まないでしょう。皆さんのお力が必要です」
 現場は広さを持つ神社。
 森林を背にした敷地にある場所で、当日は剣舞祭という名の祭りが行われている。
「お祭りとしては小規模のものでしょう。ただ、その中で行われる奉納仕合を見守る人々が、現場には多くいます」
 奉納仕合は剣道家が行う勝負で、敷地の中の平らな砂地で行われる。
 敵はどこかから剣戟の音や気配を感じてやってくるらしいが、出現方向が詳しくわからないために、試合場に現れる前に迎え撃つことは出来ないだろう。
 さらに、事前に観衆の避難を行うと予知が外れて敵を取り逃してしまうことになる。
「ただ、敵は出現と同時に試合中の剣道家を襲うことが分かっているので、その習性を利用すれば被害を出さずに待ち伏せできます」
 即ち、剣道家の代わりにケルベロスが試合場に立っておくことだ。
「そこで剣戟のようなことをしておけば、敵出現と同時に敵の標的となって、そのまま戦いに移れるでしょう」
 剣闘でなくても、見た目に戦っている演出をできればエインヘリアルを誘き出すことは出来る。実際に戦ってしまうとその後の戦闘に影響が出てしまうので、戦うふりだけで構わない。
 神社側には話を通してある。人々にも説明はなされるので、こちらは現場についたらすぐ試合場に向かうだけでいいだろう。
「敷地は広いので、二人だけでなく、数人で戦うふりをしておいても派手になって誘き寄せやすくなるかもしれません」
 戦闘が始まれば、敵は戦いに集中するので避難誘導は最低限度で平気だろう。
「無論弱い相手ではありませんから、油断せずに戦ってくださいね」
 無事に勝利できれば祭事も再開されるだろう。参道を歩けば屋台なども有るのでそこに寄ったりしても良いかもしれない。
「人々と祭事、その平和を守るために。皆さんの健闘をお祈りしていますね」


参加者
藤守・つかさ(月想夜・e00546)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
レイヴン・クロークル(水月・e23527)
天原・俊輝(偽りの銀・e28879)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)

■リプレイ

●剣舞
 燈籠の火が夜に明るさを宿す。
 奉納仕合場へ歩み入った鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)は、人々の顔に灯り以上の熱気を感じ取っていた。
(「皆が楽しみにしてたってことなんだろうな」)
 情報の妖精に要約させたところ、仕合の注意点と言えば『正々堂々と戦う』ことや『勝負がつかなければ引き分け』など単純な決まりごとくらい。相応の歴史の中でやり方が一貫しているからこそ、長く人々を惹き付ける祭事になったのかもしれない。
 何より、儀礼の類は無視できない性格の道弘だ。しかと務めることはやぶさかでない。
 それは対面に入場したヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)も同じ。
 セリノリソス──清廉な白のケルベロスコートに身を包み、竹刀と言えど得意の二刀流を用意したのは手抜かりのない証だ。
「そちらも武器は……問題ないわね」
「ああ」
 道弘も竹刀は準備済み。勤め先の塾から拝借したもので、体育教師でもないのにやけに似合うと生徒達に揶揄されたことがある一品だ。
 頷き合う二人は、周囲の人々、そしてそこで見守る仲間の存在を意識しつつ向き合った。
「じゃあ──始めましょ」
 そしてヒメの声を契機に、道弘が姿勢を低くとって踏み込みを開始した。
 そのまままずは竹刀を縦に振るう。が、ヒメは一刀で受け、もう一刀で横薙ぎを返した。
 道弘は紙一重で避けると逆に突きを放ってみせる。ぱん、と、ヒメはそれを掬い上げて再び至近で鍔迫り合った。
 ここまで僅かの間。人々が息を呑む音が聞こえる。
 積極的に竹刀を合わせる二人の剣戟は、疾さがありながらも目を惹く。能力を使わぬにしろ力を込めた遣り合いだからこそ、ぴりりと痺れる程の剣気が漂っていた。

(「お二人とも、がんばって下さいませ!」)
 月霜・いづな(まっしぐら・e10015)は人垣に交じって観戦していた。
 和箪笥のミミック、つづらには道具箱を装わせつつ、自身は仕合場に控える巫女として。
 打合は厳として、凜として。張り詰めた鬼気が美しく、ともすれば見入ってしまいそう。
 ただ、それでも警戒は欠かさない。
 天原・俊輝(偽りの銀・e28879)もそれは同じ。伯仲する剣舞を見据えつつも、注意を四方に払っていた。
(「本当はじっくり拝見したいけれど……と」)
 そこで俊輝は違和感を覚える。
 空気が揺れる感覚があった。
 番犬達が気づいて視線を巡らせると、丁度その時。人垣を飛び越える巨躯の姿があった。
 仕合場へと降り立ったそれは、刃を手にしたエインヘリアルだ。
「良い剣戟だ。俺も交えさせて貰おうではないか──」
 声と威容に、人々は騒乱を起こしかける。
 が、八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)がそんな観衆の前に立っていた。立ち居は混乱の渦中にあって堂々と。衆目を集めるように呼びかけている。
「皆、急ぎ避難をお願いしたい。敵はこちらで必ず抑えておく」
「ええ。私達ケルベロスが対処しますので、心配しないで下さい!」
 ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)も淀みない声音で退避を促し、人々を移動させ始めていた。
 エインヘリアルは反射的にそちらを見やる。
 が、その背を道弘が如意棒で打ち据えると、ヒメが面前に立ちはだかっていた。
 同時、ヒメはブローチを操作してコートを解除。蒼の姫衣姿からプリンセスモードを発動する。
 瞬間、衣に光の筋がきらりと奔ると、機械の魔動鎧が顕現。勇壮ながら流麗な見た目を持った高機動戦闘用の武装となっていた。
「さあ、皆落ち着いて逃げて──後はボク達に任せて!」
 そして涼やかに響くヒメの声もまた、人々の背を押す。
 観衆が問題なく退避するのを見れば、呼びかけを手伝っていた藤守・つかさ(月想夜・e00546)も仕合場へと踏み込んでいる。
「これで舞台は整った、ってとこか」
「ああ。後は敵を倒すだけだ」
 並び立つレイヴン・クロークル(水月・e23527)も静かな声音で共に巨躯を包囲。一緒に観客に紛れていたテレビウムのミュゲも、今はやる気一杯に傘を握りしめていた。
 エインヘリアルは成程、と声を零す。
「番犬、か」
「ええ」
 俊輝はすらりと刃を抜いていた。
「剣戟がお好みなのでしょう。我々がお相手しますよ」
「……確かに、人相手より滾りそうだ」
「そういうことだ。この「玄帝」に務まるかはわからないが──」
 喜色の巨躯へ、紫々彦が構えたのは刃先が曲線を描く斧。鉈の形状で輝く銀の刃が、燈籠の橙を鮮やかに反射していた。
「──楽しんでくれ」
 瞬間、固められた砂地が尚煙を上げるほど、紫々彦は高速の踏み込みを見せた。
 大振りの斬閃は見た目に反して鈍重ではなく、甲高い音を上げて巨躯の長物を弾く。続けて懐に入った紫々彦は、体を廻して蹴撃を叩き込んだ。
 その間にヒメがドローンを展開し、レイヴンは霊力を宿した紙兵を踊らせる。いづなは銀粒子で仲間の意識を澄み渡らせると、つづらを敵にけしかけた。
「さあ、つづら、おいきなさい!」
 存外に機敏な動きで走るつづらは、形成した小刀で斬撃。
 そこへミントが振り回したのは、巨大な鎖付き棘鉄球だった。
「もるげんすてるん☆よ、私に力を!」
 ぐるんと大きく旋回した鉄球は、巻き込んだ風を冷気に変える。命中と共にそれが巨体を襲うことで、その足元を凍結させていた。
 巨躯はそれでも踏み寄ろうとする、が、その体を不意に雨粒が打つ。
 俊輝の降らせる『洪霖』。体躯を包む程の烈しい雨は、思わず立ち止まらざるを得ないものだった。
「美雨、今のうちに」
 その俊輝の声で飛来するのはビハインドの美雨。
 既に敵の横合いに迫っていたのは、娘として俊輝の意志を汲み取ったからか。瞬く内に超常の力で砂を巻き上げて巨躯の全身を穿っていく。
「ぬぅ……ッ」
「させないさ」
 呻く巨躯は刀を握り直す、が、その頃にはつかさが槍を向け、藤の花弁の如きグラビティを顕現していた。
 ──此の花、雷を纏い、咲き乱れろ。
 月色の雷となって飛ぶそれは【藤花繚乱】演雷。煌めきながら巨体を麻痺に陥らせる。
「任せろ」
 と、つかさに目を合わせたレイヴンは【地獄ノ射手】蘭──左眼から地獄の焔を零して生成した弾丸を、二丁拳銃から驟雨のように放っていた。
 連撃で体勢を崩した敵へ、ヒメが高速で迫る。
 敵は自由の利かぬ体でも刃を振るおうとした、が、ヒメは先んじて『藍薙ぎ』。片手に握る一刀、緋雨で機先を制して敵の刃を弾いていた。
「遅いわ」
 続けざまに、逆の手の緑麗で一閃。巨体の腹部を深々と裂いていく。

●剣戟
 風に灯りが揺らめく。
 自身の血が照らされるのを見ながら、エインヘリアルはそれでも愉悦を見せていた。
「良い剣戟だ。これでお前らを斬り伏せられれば、最上の経験となる」
「つまり、行うのは結局殺戮ということでしょう」
 ミントは静やかに返してみせる。
「奉納仕合は神聖なる儀式。そんな罰当たりな行為を許すことは出来ませんよ」
「ああ、祭事を荒らすしかない、観客でもねぇやつは──とっとと失せろってんだ!」
 道弘は真っ直ぐに疾走して距離を詰めると、遠心力をつけて如意棒で殴打。巨体を大きく地に滑らせていた。
 倒れず踏みとどまる巨躯。だが影の如く迫るレイヴンが、横合いから牽制の拳を当ててふらつかせていた。
「つかさ」
「ああ」
 頷くつかさは槍に氷気を纏って一息に接近。巨躯の刃を横へと払う。
「刀は中々の一品だけど、な。使い手が低俗だと可哀想なもんだ……」
「……侮辱を」
 歯噛むエインヘリアル。だが牽制で崩れた体勢が直る間もなくつかさが一撃。刺突で巨体の腹を貫いていった。
 ミントはそこへ手を伸ばし圧縮した水塊を発射。敵の眼前で炸裂させることで爆破の如き衝撃を与えていく。
 巨躯は思わず膝をつく。だがまだ倒れはせず、立ち上がりざまに斬打を放った。
 しかし、それは途中で阻まれる。動線を冷静に読み取っていたヒメが二刀を盾代わりにして受け止めていたのだ。
 それでも衝撃の余波で微かな傷は負った。けれど直後にはいづなが治癒の業を顕す。
「刃はなくとも──いくさばの華、ごらんにいれましょう!」
 ──天つ風、清ら風、吹き祓え、言祝げ、花を結べ。
 上げる祝詞は淀み無く。吹き抜ける『花渡風』は舞う切幣と共に命の息吹を与えてヒメを癒やしていった。
「ありがとう。これで問題なく戦えるわ」
 ヒメは斜め前方に出て敵の刃をいなし、そのまま回転して二刀で脇腹を抉っていく。
 よろける巨躯が反撃もままならないのは、俊輝のそばから飛んだ美雨が金縛りをかけていたからだ。
 俊輝はそこへライフルを向けて射撃。焼け付く光線で刃を叩き落とす。
「この隙に連撃を」
「では、やらせてもらおう」
 紫々彦は玄帝の切っ先を向け、烈しい吹雪を招来していた。『雪浪起』。降り積もる雪が巨体の体を閉ざし自由を奪っていく。
 苦しみを露わにしながら、エインヘリアルはそれでも雪中の刃を拾った。が、紫々彦は間断を作らずに肉迫している。
 巨大な刃に纏うのは吹雪を固めた冷気。それを振り抜いて巨体の胸元を裂き、その血までもを凍らせて蝕んだ。
 俊輝は混沌を纏った刃を縦横に奔らせて、巨躯の脚を切り飛ばす。
 倒れ込んだエインヘリアルを、いづなが御業で締め上げていた。
「あなた様も剣士ならば、いさぎよくお散りなさいませ」
「馬鹿な……」
 巨躯はそれでも諦めずに藻掻く。
 そこへミントは『華空』。ひとりの残霊を呼び寄せていた。
「行きましょう無月。──さあ、大空に咲く華の如き連携を、その身に受けてみなさい!」
 駆ける残霊は槍を奔らせて巨躯を串刺しにしていく。
 ミントが銃弾の雨を降らせて衝撃の嵐を加えれば、エインヘリアルは耐えきれずに千々に散っていった。

●祭
 戦闘痕を癒やした後、すぐに祭事は再開された。
 まずは中断していた仕合を納めるべきだろうと、道弘とヒメは竹刀を打ち合っている。
「ある程度で手打ちとしておくか」
「途中からグラビティを使うわけにもいかないでしょうし、それがいいでしょうね」
 道弘の袈裟斬りを逸らしつつ、ヒメは応えながら胴に打撃を放つ。刀身を垂直にして防御する道弘もそれに頷いていた。
 勝負がつかなければ引き分け。数少ない規則を利用する形で剣戟を終了させた。
 ヒメは軽く息をつく。
 後のことを考えれば、現れたエインヘリアルを倒すだけでは不十分なのだろう。
 とはいえ、ひとまずは平和になった。それを喜ぼうと心に思い、仕合場を出た。

 その後は剣道家による仕合が始まった。
 身体能力は番犬に及ばぬ男達。だが研鑽された美しい剣技に、俊輝は眼鏡の奥の瞳に感心を浮かべている。
「見事な手並みですね」
「まるで、舞を見ているよう。ふふふ、わたくしも参加したくなってしまいますの」
 いづなは素手をぶんぶんと、エア剣道。心得はないけれど憧れてしまう。
「どうです、似合うとおもいませんか、つづら!」
 ぐうたらな和箪笥は地面に鎮座するばかり。それを見ていづなは少し冷静になり、はしたないと気づいて手を引っ込めたりする。
 仕合は一進一退だった。熱気に盛り上がりつつも空気は雅やかで、紫々彦はふと懐かしさを覚える。
(「そういえば、家を出てから神事とは縁がなかったな」)
 元々、しきたりや風習にうるさい土地に住んでいた。そんな過日を少し、思い出す。
 ──たまには帰ろうかな、と。そんな事を思わせてくれる景色だった。
 いづなも未だ剣戟に見とれている。
「ほんとうに。なんと──鮮やかな」

 つかさとレイヴンも仕合場に視線を注いでいた。
 ミュゲはつかさに抱っこされている。腕の中でおとなしくしているのに目を遣りつつ、レイヴンは剣闘に感心を見せていた。
「本当の戦いさながらの迫力だな」
「あぁ、そうだな──」
 頷くつかさもじっと見つめる。
 つかさは元々道場の跡取り。故郷の神社で春先に行われる、真剣での奉納剣舞の舞手でもあった。
 だからこそ奉納仕合の剣道家を見る目は真っ直ぐであり、何処か愛おしさも含んでいる。
「──綺麗な動きだ」
 そんなつかさの言葉に、レイヴンは少し視線を向ける。
 お前の舞の方が綺麗だ、なんて無粋な言葉は今は止めておこう──そう思いながら。今は剣戟の音に反応してどこかそわそわしているミュゲを撫でてあげていた。
 その内に奉納仕合は決着する。最後には先輩格の剣士が勝利を得たという結果だった。
 人波が移動を始めると、レイヴンも歩み出した。
「俺たちも屋台に向かうか」
「ああ……ミュゲも行きたいらしいしな」
 屋台、と聞いてぴこっと頭を動かすミュゲは、既に視線を参道の方に向けている。
 二人は微笑みつつそちらへ。たい焼きにチョコバナナと、種々の屋台を見回した。
「さて、何食べような?」
「皆で違う物を買って、わけっこするか?」
 レイヴンは目移りしているミュゲに笑みを零しつつ提案する。
 つかさも頷いて、イチゴ飴にオムそば、フライドポテトにあんず飴と、目についたものを調達した。
 石段に座って、甘いものはまったりと、温かいものははふはふと味わう。ミュゲは特に飴を両手に携えて甘味を楽しんだのだった。
 秋の夜の祭事は少し静かで、厳かな空気もある。
 つかさはそんな景色を眺めた。
「こんな祭りが残っていけばいいな」
「ああ。そうなればいい」
 レイヴンも頷く。この時間に温かい気持ちを感じるから、季節が巡ったらまた来るのも悪くない。そんな風に思った。

 俊輝も参道沿いに立ち寄っている。
 屋台のある一帯は、仕合とは違った熱気があって賑やかだ。
 そしていい匂いが漂っている。傍らの美雨の顔が少し明るいのを見て、俊輝も表情を柔らかくしていた。
「美雨は林檎飴でも食べるか?」
 こくりと頷く美雨は、買ってもらった綺麗な飴に淑やかに微笑む。それから宙を揺蕩いつつ味わって、楽しげにしていた。
 そこへミントも歩んでくる。
「この辺りは色々な食べ物があって楽しそうですね」
「こういった雰囲気も、祭りの楽しみの一つだよな」
 と、声を継ぐのは行き会っていた紫々彦。ぐるりと見回すように人々の笑みを眺めていた。
 俊輝は美雨を連れて歩み寄る。
「お二人は何か買われましたか?」
「私は今から選ぼうかと」
「同じく。思いの外、多様なものがあるようだな」
 二人は応えつつ、ならばと俊輝も共に暫し散策。
 結果、ミントはわたあめなど甘味を中心にいくつか買い、紫々彦も二、三、食べ物を調達して祭りの空気を味わったのだった。
 奉納仕合が終わったことで、祭りは終わりに近づいている。けれどまだまだ人は行き交い、楽しい空気を作っていた。
「守ることが出来てよかったですね」
「そうだな」
 ミントの声に紫々彦は頷く。
 歴史が作る祭事。長らく離れていたけれどやはり親しみがあった。
 これからも続けばいい。紫々彦は心に呟いて、帰路へと歩んでいった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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