決戦ハイズラーン~幻影偶像

作者:久澄零太

 とうの昔に廃校になり、今となっては人の気配すら感じないとある高校、その体育館。暗幕が閉じられ、薄暗い館内には五百人はいようか、大勢の人が集められ、その全てが生気を抜かれたようにぼんやりと虚空を眺めている。
「やむを得ませんが、数ばかりで質は最悪ですね」
 ステージ上から見下ろす『夢幻楼』ハイズラーンは困ったようにため息をつき、彼らが見つめる空中にゆっくりと、光の線を走らせた。
「所詮は螺旋忍軍が集めた程度ですか……」
 残念そうに半眼になるハイズラーンが引いた線の上を赤、青、白の三体の死神が辿り、通った跡は複雑な紋様を描いて巨大なサルベージの魔法陣を形成する。その三体はいずれも赤子程の体躯と二本の細長い耳のような器官を持ち、海洋生物を思わせる姿をしていた。
「それでも数は数ですから、さぁ、死して私達の計画の糧になりなさい」
 突如、魔法陣は燃え盛るように煌々と輝き始め、ドス黒い影で城の幻影を描く。その城門が開かれると、人々の体から尾を引く光が浮かび出す。
 ぷつり、体に繋がっていた尾が切れると光は門の向こうに呑み込まれ、遺された肉体は崩れ落ちて永い眠りについた。
「ふふ、ふふふ……あははははは!」
 ゴロゴロと転がる抜け殻と、沈黙が支配する空間に、ハイズラーンの笑い声だけが不気味にこだまする……。

「皆大変だよ! アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)さん達が心配してた、シャイターンと死神の大量殺戮の儀式が確認されたの! アイドルとして地球社会に隠れてた螺旋忍軍のファン達を、廃校の体育館に集めて大量の選定を一気に行ったみたい」
 大神・ユキ(鉄拳制裁のヘリオライダー・en0168)は既に起こってしまった事態をも予知したのか、一瞬だけ目を伏せたが、すぐに表情を引き締めて。
「この儀式に協力した螺旋忍軍は、新しい犠牲者を求めて動き出してるみたいなんだけど……皆には、この儀式の中心になってるシャイターン、『夢幻楼』ハイズラーンの撃破をお願いしたいの」
 コロコロと地図を広げて、ユキはとある廃校を示す。
「『夢幻楼』ハイズラーンは長野県の山奥の廃校にある体育館で儀式をしてて、今は大量の死体と一緒に新しい犠牲者の到着を待ってるみたい。皆には、すぐに現場に向かって、シャイターンの撃破をお願いしたいの」
 ある者は頷き、ある者は装備に触れる。番犬達の意思確認を終えて、ユキは口を開いた。
「敵は不思議な炎を武器にしてて、影のお城を具現化するの。そこからみんなの生気を吸い取ったり、影の兵隊に突撃させたり、直接炎で焼き払ったりしてくるよ。全部広範囲を攻撃してくるけど、陽炎? 蜃気楼? とにかく幻覚に近い特性を持ってるみたいで、一度にたくさん攻撃しても威力が落ちないの。絶対に無理はしないでね!」
 炎を扱いはするが、単純に物理的な熱エネルギーとは異なるものなのだろう。油断は命取りになりそうだ。
「それと、ハイズラーンは三体の死神を連れてるんだけど、襲撃を仕掛けると逃げ出す代わりに、たくさんの死体から屍隷兵を三体生み出すの」
 ただでさえ強力な敵との戦闘だというのに、配下まで……番犬が渋い表情を浮かべると。
「この屍隷兵はたくさんの人を溶接した感じの姿をしてるんだけど、急いで作ったせいか不安定で、みているだけで元気になるようなアイドルパフォーマンスをすると動きを鈍らせる事ができるみたい」
 歌って踊って戦って……死地へ向かうとは思えない作戦になりそうな気配に、番犬達は今度は苦笑してしまう。
「多分、無事に帰還……とはいかないと思う。それでも、あえて言わせてもらうね」
 じっと、ユキは番犬達の瞳を見つめて回し。
「絶対に、無事に帰って来てね?」


参加者
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)
巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)
輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)
空野・灯(キュアリンカーネイト・e38457)
アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)

■リプレイ


「退屈ですね……」
 壇上に腰かけて、ハイズラーンはため息を溢した時、体育館の扉が開かれ侵入者あり。
 白とピンクのワンピース衣装の端々に羽を模した意匠を取り込んで、ブロンドのツインテを揺らし少女は名乗る。
「命導く篝火……キュアリンカーネイト!」
 敵襲を前に三体の死神は二階の窓を破壊し、曇天の夜空へ逃走、重力鎖の残滓は転がる遺体を寄せ集め、融解、連結させて歪な屍隷兵を生成した。
 ――月明かりのライト 浴びて……。
 カロン、カロン、高足の草履を鳴らして兎が一羽。無音の会場に歌声を響かせる。
 ――キラキラの星屑 纏い……。
 カラン、カラン、大きな鈴が耳元で踊る。若竹色の袖を振り、輝夜・形兎(月下の刑人・e37149)は歩み出る。
「さぁ……」
 月は雲を押し退けて、形兎の体が徐々に月明かりに照らされていく。光に姿を映し出されるように、彼女の姿は物語のかぐや姫に似たそれから、真鍮と歯車を基調とし、開拓者か旅人の様相へと変わっていく。
「パーティーを始めよう!」
 幕は上がった。
 形兎は左右に巨大な機械兎を召喚、その二つは大音量の音楽を響かせて、一緒に呼び出された野兎、諭吉がステップを刻む。
「音楽鑑賞も悪くはなさそうですね……」
 形兎に半眼を向けて、歌声に耳を傾けながら。
「目障りな雑音がなければ、ですが」
「はは、そいつは酷いね」
 最小限の火薬と爆風でピンポイントにハイズラーンのみを狙うスウ・ティー(爆弾魔・e01099)は、爆破を阻む炎の壁に苦笑する。
「野郎一匹、華に混じるもなし。俺は美女の御相手さね、嫌でも付き合っとくれ」
「まぁ、それは照れます。顔とあなたの周りから火が出そう」
「そいつはどうも!」
 咄嗟に飛び退くスウの立っていた跡が、業火に飲まれ焦げ跡を残す。
(こっちの『挨拶』に返事をしたって感じかね?)
「ま、少しくらい真面目にやりましょうかねぇ?」
 スラリ、内部に黒い球体状の火薬を仕込み、水晶のような外殻を持った浮遊機雷が展開されると、高さ違いに広げられた手をレール代わりに空間を滑り、ハイズラーンの足元へ駆ける。
「死神に利用された哀れな女……」
 夢幻楼が指先を滑らせれば火の粉が走り、機雷は誘爆してしまうが、爆音に紛れて四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)は床を蹴り、重力にその身が引かれるよりも速く壁を駆けると、幼い瞳が緋色に染まって。
「始末してあげよう……」
 形兎の大音声に合わせて壁を蹴り、感知を困難にして後頭部へ蹴脚。寸前に勘付いたハイズラーンが腕を振るえど炎の壁より千里の方が速い。迫る腕を蹴り飛ばし、逆脚で横っ面を蹴りながら後方宙返り。靴に仕込まれた小型車輪で床を滑って鋭角的な軌道を描き、その軌跡に銀粒子を散らして「かかって来なよ……」と道筋を示す。
「……足癖の悪い方ですね」
 ハイズラーンは眉を顰めた。


「これ以上の犠牲は出させない」
 空野・灯(キュアリンカーネイト・e38457)にとって、学校は古傷だ。友人ができそうになる度に転校した孤独を思い出すから。
「小さい頃からアイドルアニメを見てダンスも練習し続けたの……」
 灯にとって、無数に転がる死体は恐怖の象徴だ。目の前で級友が殺される様をただ見つめていたから。
「女の子の憧れを利用したあなたに……」
 灯にとって、この現場は……引き金だ。
「アイドルの力を見せてあげる!」
「よーし、バトンタッチ!」
 形兎からマイクを投げ渡され、キュアリンカーネイト【灯】は笑う。
「助けられなかった観客の為に、私達にできる最高のステージを作る!」
(そうだよね……『私』)
 キュアリンカーネイトは灯に問いかける。自分であって、自分でない、弱虫な女の子。灯が映画の中のヒロインに憧れて、悪すら受け入れる強さを求めて、彼女は生まれた。
「リンカーネイト!」
 ピッと、体育館の隅を示す。
「ステラアイドルフォーム!」
 ズァッ……!指を滑らせれば、空間を書き換えるように星々の煌めく夜空の舞台が広がり。
「イッツショータイム!」
 星々が集まり、輝きを纏いながら羽を模した装飾が光の尾を引いて、流れ星のような姿に変わる。歌い出したキュアリンカーネイトに引き寄せられるように、屍隷兵の一体が彼女の下へズルリ……。
「やっぱりプロじゃないと……」
「そんなわけないでしょ」
 歯噛みする形兎にユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)がため息。その姿は締めるとこは締め、緩めるとこは緩めて肢体を見せつける事に特化した、いわゆるアイドル衣装。
「えっ」
 ユーシスの歳を想い、形兎はつい二度見した。そんな彼女はどこか遠くを見て。
「今更覚えてる人も居ないでしょうし……別に本人だとバレなきゃいいかしら」
 何かを吹っ切って、ギターを少しだけ鳴らして体が覚えている事を確かめると、ギロリ。
「ステップが甘い!跳んだら重心を半分だけ逆にして!一つ一つの動作に慣性を感じさせたらダメ!きちんと止めないと動きにハリがないわよ!!」
「「プロがいる!?」」
 ギター的な意味と指導的な意味で、キュアリンカーネイトと形兎がビクッ!しかし、ダンスの質が向上したことでもう一体の屍隷兵が引き寄せられた。
「全ての屍隷兵を誘引する事はできませんでしたわね……」
「でも、残りの一体に集中攻撃すればいいだけの事です」
 霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)の落胆に、アクア・スフィア(ヴァルキュリアのブラックウィザード・e49743)は前向きに捉えて動き出す。
「それにしたってこの布陣は酷いですけどね!」
 ミニスカに開いた胸元、エプロンを添えてなんちゃってエプロンドレスな巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873)は頭を抱える。
「屍隷兵三体とも癒の型ってどうなんですか!?」
 敵に呪詛を払う力がないことを見抜いただけに、配下がその欠点を補うまで思考が届かなかった事が惜しい。更にパフォーマンスがぬるく、残った屍隷兵がスウや千里の刻んだ呪詛を払っていた。


「それじゃ、お掃除始めますか!」
 菫がモップを棒代わりに高跳び、夢幻楼の頭上から光の尾を引きながら降下するも、ハイズラーンはその気配に勘付き直撃は防ぐ。
「……目障りですね」
 脚を振り払われた菫がバク宙、着地と同時に無数の騎士に囲まれる。前衛を務める番犬達を取り囲んだのは統率の取れた騎士団の影。一斉に繰り出される槍にその身を貫かれていく番犬達の中、ちさを庇い、エクレアの肉体が霧散していく。
「エクレアっ!」
 SPのような姿をした翼猫に手を伸ばすちさだが、エクレアはこっちはいい!と最期にソッポを向いた。範囲攻撃を前に従属を盾にするなど、捨て駒ですらない。役目を果たした猫は消え、ちさはすぐさま菫に向け手を添えて、フッと息を吹きかける。吐息は霧に、霧は癒しの息吹に姿を変えて、菫の腹に開いた風穴を塞ぐ。
「もう少し布面積広い服にするべきでしたね……」
 冗談めかして傷跡を笑う菫だが、盾の型でも自分を巻き込む攻撃から誰かを庇えば、実質受ける傷は他と変わらず、それどころか呪詛が二倍に膨れ上がり、傷跡が勝手に広がるような激痛に襲われ、逃げ出す意識を捕らえるのに必死だった。
「竜砲弾よ、敵を撃墜させよ」
 アクアの指揮に、竜鎚は意思を持つかのように竜の頭蓋を再現すると、歪な人塊目がけてその咆哮を叩き付ける。肉玉は一瞬アクアを見たが、ハイズラーンの傷を確認するとその身を千切り、重力鎖に変えて治療。
「あなたの相手は私がしますよ?」
「余所見しないで欲しいですね……」
「私達の後ろに攻撃は通しませんの!」
 アクアを狙った業火を防ぐように菫とちさが立ちはだかるが、燃え盛る炎の全てを防げるわけではない。明確に形兎を庇う菫と、一瞬迷って、狙われたアクアを庇うちさ。
「おいおい大丈夫かい?」
「次食らったら後がないくらいには大丈夫よ……」
 直撃を食らったユーシスが肺を焼かれて咳込むも、彼女に休む暇などない。加護のばら撒きはスウと分担しているとはいえ、彼は前衛に対して加護重視、前衛にヒールを飛ばさなければ前線が瓦解する。
 そして後衛は盾の型のカバーに漏れた番犬が既に満身創痍。油に火の粉を散らしたように呪詛と傷に蝕まれる現状に、形兎が歯噛みする。
「使い分けのつもりだったんだけどな……!」
 形兎が歌に乗せて飛ばす癒しには、呪詛を払う力がある。遅効性の加護と異なり、即効性のそれは着実に呪詛を払う反面、彼女の歌が届くまでに番犬の命を確実に削っていく。そしてそれが顕著なのが加護不足の後衛。盾二人に対して狙と癒が合わせて四人。半分は直撃を貰わざるを得ない上に、盾の型とて自身を含めた前衛を薙ぎ払われる場合と後衛を狙われた場合。他の番犬の実質三倍の攻撃を受ける彼女たちは瞬く間にその命をすり減らす。
「深海の宝珠よ、私の魔力に応えて下さい……!」
 アクアの手の上で浮遊するのは怨霊を封じた宝珠。深い藍を湛えるそれは、深海を球状にくりぬいたような色彩を放つ。その表面が揺らいだかと思えば、海流を引き絞った矢が放たれ屍隷兵を穿つ。骨格の接続部位を貫通したらしいその一矢に、異形は体を軋ませ番犬達に無数の目を向けた。
「せめて、壊の型がもう一人いれば……」
 アクアが悔やむも時既に遅し。ハイズラーンの足止めと屍隷兵の撃破。それを同時に行おうなどと戦力を分散しておきながら、高火力を誇る壊の型はハイズラーンが治療を受ける度にそちらを狙う千里一人。更に治療が足りず狙の型の二人はもはや風前の灯火であり、パフォーマンスのクオリティ不足で止められなかった屍隷兵はハイズラーンを癒し続ける始末。
「覚悟、決めた方が良さそうね……」
 ゾワリ、ユーシスの毛並が少しずつ薄れて人の柔肌を露わにしていく……。


「吼えろ!ギガンティックブレイカー!」
 突然のシャウトにハイズラーンはおろか、番犬ですら耳を塞ぐ。それを皮切りに人が変わったようにユーシスの指が弦の上で暴れ回り、荒々しいビートを刻む。
「何これ!?」
「あんた達が生まれる前の曲よ!」
「え……古っ!?」
 検索して、兎砲台にデータを送った形兎が驚きながらもギターの弦に指を添えた。
「「泣いてもいい 震えてもいい 涙は君の力になる」」
 二人は背中合わせに歌いだす。その歌声の向かう先は前衛。追い詰められる前に見切りをつけたのだろう。アクアとキュアリンカーネイトも覚悟を決めたのか、ある種の諦観に至ったのか、淡い微笑みを浮かべて重力鎖を解き放つ。
「この篝火は恐怖を照らす希望の灯火……私は絶対に、諦めない!」
「この戦場に立つと決めた時から、覚悟はできています。深海の宝珠よ、今こそその真価をお見せする時です!」
 キュアリンカーネイトはその身を影の兵隊に貫かれようと微笑んで、むしろ誘うように手を伸ばす。キュアリンカーネイトが彼らに寄り添うのなら、アクアはその命果てる覚悟で宝珠に持てる力を注ぎ込む。獣のような唸りを上げて、激流の魔物が宝珠から這いずり出ると、屍隷兵を叩き潰した。
「「涙は君の力になる 倒れても 挫けても 何度でも立ち上がれ」」
 ユーシスと形兎の声を背に受けて、既に視界もおぼつかないキュアリンカーネイトは屍隷兵へ歩み寄る。
「「仲間のため 自由のため 魂を揺り起こせ!」」
「ごめんなさい……」
 無力な少年が、誰かの為に拳を握り成長していく物語を描く二人を背に、キュアリンカーネイトは……灯は倒れこむようにして屍の塊を抱きしめた。
「間に合わなくて……ごめんなさい……!」
 ユーシスがギターを振り回し、槍でも扱うように体の上を駆け巡らせながら旋律を奏でる横で、形兎は休止符のない楽譜の上を、繊細な指先で駆け抜けていく。二人の激励のような曲を聞きながらも、灯の瞳から雫が落ちた。
「どうして……アニメみたいに……皆で笑顔になれないのかなぁ……」
 震える彼女に屍隷兵の腕が振り上がる。彼女の頭を砕かんとするその一撃を、同じ個体の別の腕が掴んだ。
「……ァ……リガ……トォ……」
「え……?」
 灯が顔を上げた瞬間、骸の寄せ集めでしかないはずの顔が……炎に飲まれた。
「離れてください!」
「ごめんなさいね、付き合わせちゃって……」
「ううん、ウチも楽しかったよ」
 呆然とする灯も、彼女を救おうとしたアクアも、虚空を見上げるユーシスも、諭吉を抱きしめて目蓋を降ろした形兎も、燃え盛る業火に飲まれて崩れ落ちた。
「お遊戯は終わりましたか?」
 使えなくなった配下ごと番犬を焼き払うハイズラーンに、スウが帽子を押さえ乍ら。
「火遊びは程々にしないと火傷するよ?」
「あなたには言われたくありませんね?」
 軽口を叩き、視線を誘導して夢幻楼の背後に火薬を飛ばす。ばら撒かれた浮遊機雷を足場にして、軌跡が幾何学模様を描く千里が背後、と見せかけてカウンターに裏拳を振るうハイズラーンを躱し、振り切った腕の下から雷を纏う脚を振り上げ脇腹に抉り込む。
「逃げたのはアメフラシだね……『黒雨』と組むとは……一体何を企んでいる……?」
 ハイズラーンは言葉の代わりに騎士団の具現で応えた。
「せめてこの一撃は……!」
「絶対に通しませんわ!!」
 菫とちさが立ちはだかり、あるいは無数の剣に引き裂かれて、あるいは無数の槍に貫かれて、無残な肉塊と化して赤い海に沈んでいく。
 二人の亡骸を乗り越えて、千里は再び体育館の壁を駆ける。高速で館内を駆け巡る彼女の姿を追えないハイズラーンではあるが。
「無駄な事を……この空間ごと焼き払えば……」
「言ったでしょうに」
 メラリ、夢幻楼が炎を産めば、スウはやれやれと帽子を押さえる。
「火遊びは程々にしないと火傷するってな」
 周囲に散在した機雷が手繰り寄せられるようにハイズラーンに集中し、夢幻楼の熱に当てられ誘爆。配置により爆風に指向性を持たせ、千里を焼き払うはずの炎が巻き込まれ、押し戻されて火力が弱化する。
「舞台の……幕引きだよ……」
 命を吹き消すはずだった業火に肌を焼かれ、轟炎のような瞳の千里が迫る。頭蓋目がけて踵を落とし、床に着く前に靴が機構を展開。炸薬をばら撒き点火して反動で吹っ飛ぶように脚を押し返し、夢幻楼の顔面に膝を叩きこむ。跳ね起こしたハイズラーンの胴体目がけ、靴は銀の輝きを纏い。
「舞えよ踊れよ……指揮者の輪舞曲……」
 無防備な腹へ、打ちこむのは千里のカウントアップ。その数が千を刻むまで、彼女は止まらない。
「幕を引くのは……奏でたあなた……」
 壁をぶち破り、地面で跳ねて夜空の下に夢幻楼は転がり天を見る。月明かりの夢の中、ハイズラーンは幻と消えた。
「……」
 夜を照らす灯火が消えるように、千里の瞳はどこか幼い茶色に染まる。
「……お前さんにとっては、これも一区切りかな?」
 少女の隣でスウは問う。その表情に、色彩はない……。

作者:久澄零太 重傷:霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388) 巻島・菫(サキュバスの螺旋忍者・e35873) 空野・灯(キュアリンカーネイト・e38457) アクア・スフィア(ヴァルキュリアのガジェッティア・e49743) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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