アイドル襲撃～赤いビートの誘惑

■リプレイ

●登場！
「サマー様！　ハイ！　サマー様！」
　己の名を叫びつつ熱狂する観客の姿を、螺旋忍軍『四季衆』の一員にして『四姫』のドラムス・レッドサマーは満足げに眺める。既に彼らは自分の虜。そう確信しスティックを操る手を止めようとした、その瞬間。
「ちょーっと待ったぁ！」
　よく通る明るい声がライブハウス内に響き渡る。それに引き続き、ギュゥン、と低いベース音。
「はいはーい、ちょっとごめんね通してねー」
　観客をかき分けてステージに向かうのは大弓・言葉（花冠に棘・e00431）、彼女の歩みに合わせてウルトレス・クレイドルキーパー（虚無の慟哭・e29591）は最後方からベースで低音のリズムを刻み続ける。言葉に続いて朝比奈・昴（狂信のクワイア・e44320）が静々と歩き、マサムネ・ディケンズ（乙女座ラプソディ・e02729）もギターを弾きながら舞台へ上がっていく。
『……対バンがいたの？』
　唐突な乱入ながら、ライブの演出としては珍しくはない。今少し様子を見ようとレッドサマーは軽く眉を寄せつつ言葉たちを不敵に見据える。
　舞台の裏手からはドラムセットが押し出され、美津羽・光流（水妖・e29827）がその前に座ってシンバルの位置を直し、シャンと軽い音を鳴らす。
　隣にはキーボード担当、風陽射・錆次郎（戦うロボメディックさん・e34376）。昔取った杵柄で鍵盤に指を置く。
（「キーボード、懐かしいなぁ」）
「じゃーん！　うぃーあー『ヘリオナイツ』！」
　言葉が片手を上げて声を張るのに合わせて、マサムネがチョーキングからのスライドダウン。
「の、言葉ちゃんよー！　そしてもうひとりのボーカルぅー……」
　光流のドラムロール……からの。
「朝比奈昴、と申します。皆さんにも聖王女の恩寵がありますよう……」
「違う違う、さっき練習したでしょー？」
「す……すばるちゃん、ですー……」
　若干顔を赤らめつつ『アイドルらしさ』を演じる昴。
「ん、オッケー☆　かわいっ！」
　対照的に、ぶりっ子力を如何なく発揮し堂々たるアイドルっぷりの言葉。なかなかいい組み合わせである。
　一方その頃。
「こゆとこ俺、初めてっすねぇ」
　ライブハウス全体を見渡し、ステージの様子をチラリと横目で見遣りつつ、蔓荊・蒲（サクヤビメの選択者・e44541）が口を開いた。
「ヒノトさんもっすか？」
「俺、は前に友達のライブで来たけど……なんかやっぱ、慣れないな。この独特の熱気」
　蒲と共にハイハイガールズのメンバーの確保を担当する鉋原・ヒノト（駆炎陣・e00023）がそう答える。
「確かに独特っす。頑張らねーと、飲まれそう」
「とりあえずは皆ステージに夢中だな。今のうちにメンバーを探そう。向こうにもうひとつドアがあるからそっちに」
「うっす」
　ライブハウスは入り口から見て一番奥にステージがあり、客席後方に機材や椅子などをしまっておく倉庫がある。その扉をヒノトが開けると。
「あ！」
　大量の椅子に寄りかかるようにして床に崩れているのは、当て身で意識を奪われたハイハイガールズのメンバー三人だった。
「えーとれお奈ちゃん、みり亜ちゃん、さら沙ちゃんっすね。おーい、大丈夫？」
　蒲がしゃがんで一人の肩を軽く揺する。ヒノトも駆け寄り、柔らかくヒールの光を当てる。
「お、目が覚めたか、もう大丈夫……うわ？！」
　意識を取り戻したさら沙がいきなりヒノトの胸元に掴みかかり、泣きそうな顔で叫んだ。
「どうしよう！　私たちのステージが……！」
　そのステージ上では、レッドサマーがケルベロスたち、もとい『ヘリオライツ』のメンバーを睨みつけていた。
『それで？　私のステージに何か用？』
「早い話が、ステージジャックってやつね！」
「あなたのお客様は、私たちが頂きます」
「音楽家の矜恃にかけてこの勝負、負けられないんだ！」
　言葉、昴、マサムネの煽り文句に合わせて光流がドドン、とバスドラを踏み、いつの間にかステージに上がっていたウルトレスも低音を合わせる。
『どこのバンドか知らないが、この観客の諸君は既に……』
「ほな聞いてってや！」
　レッドサマーの言葉の終わらないうちに、光流が１、２、１、２、３、４！　とカウントしリムをたたき出すと、ウルトレスがピックを使わずあえてのフィンガー奏法で流れるような、それでいて重低音の効いたハードなメロディが響きだす。
「……ん？」
　これまで死んだ魚の目をしていた観客たちの視線が、言葉に、昴に、ステージに集まり始める。
「よーしみんな起きろー！　いっくよー」
　言葉が重低音に負けない声で主旋律を明るく歌い始めると、反応する観客の数は一気に増えていく。予め打ち合わせておいた曲ではあるが、ぶっつけ本番に近い。だがウルトレスの演奏技術は鉄板、そのハードさに合わせてメインビートを刻む光流もきっちり合わせていく。始めてみると予想外の楽しさが込み上げてきて、光流が薄く笑った。
（「……役に立つもんやな」）
　演奏は骨太に、だが歌いあげる言葉の声はあくまでアイドルのそれ。かぶせて歌う昴の清らかな高音が、曲全体におごそかな昂揚感を与える。歌詞が一転可愛らしくなる部分は、錆次郎のキーボードが滑らかに伴奏を。極力ふたりが可愛らしく見えるようにと気を配り、細かいアレンジを交えて弾けば、ステージはますます華やいでいく。
（「しかと聴け、レッドサマー。メタル魂とアイドルソングの融合だ」）
　ステージ奥では眼光鋭くウルトレスがレッドサマーを牽制しつつ、間奏部分はまたハードに激しくメリハリを利かせる。ケルベロス達の演奏に、レッドサマーの顔色が変わる。
（「このライブには、小細工はいらない……全力で弾くだけ！」）
　マサムネが透明感のある声をふたりのボーカルに重ねつつ、流れるような指の動きでギターソロを披露すると、観客たちが目を瞠る。
「お、おぉ……なんか、すごくね？」
　ハイハイガールズのそれを思わせるスピード感とポップさの融合、そこにメタルの力強さが加わった『ヘリオライツ』のステージがレッドサマーの催眠を解いていく。
「始まったっす、俺らも行きましょ」
　ガールズの無事を確かめた蒲がヒノトを振り返って告げる。必死に涙を堪えるさら沙の肩を力強く叩いて、ヒノトが笑顔を見せた。
「心配すんな、あんたらのステージは俺たちの仲間が絶対に取り戻すから！」
「今のうちに外に避難するっす。ファンは俺たちに任せろっす」
　言って蒲は観客の中へと紛れ込んでいき、まずは合いの手の一番手に、と腹を括って声をあげる。
「えっと。へ、へりーおらいっ……これじゃ遅いか。もうこれでいっすね、ハイ！　ハイ！」
「おー、いいねそこ！　みんなもっと声出していこう！　ハイ！　ハイ！」
　蒲の声に合わせて言葉がステージ上で両手のひらを上に向け、客席を煽る。
「ハイ！　ハイ！」
「ハイ！　ハイ！」
　戸惑い気味だった客席も、徐々に本来のノリを取り戻していく。
「よし、盛り上がってきたな。俺達もやるか、アカ！」
　客席最後方からヒノトがファミリアのネズミ、アカにそう声掛けしロッドへと変身させライトっぽく振りながら、攻撃グラビティではなくヒールの光を発してステージを照らした。
「なんか、それっぽく出来るもんだな」
　演出効果に気を良くし、慣れないながらもアカを振りつつ体でリズムを取るヒノト。
　曲はいよいよ最高潮、未来を照らす希望を歌ったサビの歌詞に合わせて観客は声を振り絞り、言葉と昴の声はいよいよ伸びやかに。ギター、ベース、キーボードとドラムスが汗を飛ばして魂の演奏を繰り広げ、その姿を光が照らし出す。
「～～！！」
　観客の興奮は今や最高潮、声にならない声を上げて惜しみない拍手を送った。
「せんきゅー！　せんきゅー皆！」
「ありがとうございます、皆さんありがとう！」
　作戦とは言え熱の籠もったステージに、メインボーカルのふたりは勿論、奏者全員が汗まみれになっていた。のみならず、観客席、ステージライト担当のヒノトに至るまで。
「よっし、大成功だ！」
　演奏に圧倒された様子でステージの端にいたレッドサマーが、はっと客席を振り返る。
「アンコール！　アンコール！」
「ヘリオライツ！　ヘリオライツ！」
　すっかりファンがこちらに夢中だと確認してから、言葉がステージを駆け回って全員に、錆次郎やウルトレスにも強引にハイタッチをかましていく。皆、奏者としての満足感があるのか、どこか表情が晴れやかだ。
「やっぱり、音楽は人を幸せにするものじゃなきゃ駄目だよ……ねえ？」
　髪まで汗に濡れたマサムネが満足そうに客席に投げキッスを放ると、野太い歓声が返された。
「えーと、ちょっと皆に聞いてもらいたいことがありまーす」
　言葉がそう客席に声を投げる後ろで、ドラムセットの前に座ったままの光流がレッドサマーに視線を投げ、聞こえよがしに言った。
「アンタが前座やってんてな？　あっためといてくれて、おおきに」
『……』
　一瞬空気が緊張する。言葉は客席に向かって声を投げ続ける。
「ハイハイガールズのこと、なんだけどね……」
　客席がどよめき始める。そう、彼らはそもそもハイハイガールズのライブに来ていたはずなのだ。疑問の声が上がるより先に。
「無事っす、避難完了っす！」
　客席から声を上げたのは、蒲。ヒノトが素早く入り口の扉を開け、事態を察した錆次郎は舞台の袖口からレッドサマーの前へと素早く移動した。
「おっけーありがとう！」
「それでは皆さん、誘導に従って素早く避難して下さい」
　昴の言葉に客席がざわつく。
　マサムネが笑顔を見せつつ一歩前に出て観客たちを落ち着かせる。
「うん、実はね。ウィーアーヘリオライツ、なんだけど、プラス、ウィーアー……」
『……ケルベロス！』
　レッドサマーの表情がミュージシャンから螺旋忍軍『四季衆』のそれへ変わった。
　同時に、隠れていたボクスドラゴンのぶーちゃんと、ウイングキャットのネコキャットが飛び出した。

●激突！
「やっと同じステージに上がれたな、行くぞ！」
　レッドサマーに駆け寄りながら、ヒノトがドラゴンを象った焔を手のひらから迸らせ、レッドサマーの盾となるオタゲイジャーを包んだ。
　続いて言葉が弓を番え、レッドサマーに狙いを定める。
「さっきまでは大人気だったけど、今度は私の人気に嫉妬しちゃうかなー？」
　まったく、と何か言いたげにぶーちゃんが言葉の横をスイとすり抜けて飛ぶ。
『ケルベロスが音楽をやるなんてね。意外だったわ』
「ハートに響いたんじゃない？　螺旋忍軍がアイドルやるくらいなんだから、ケルベロスだってやるさ」
　目下自分もアイドル活動中のマサムネがレッドサマーを見据え、歌いだす。
「神よ、汝の子を哀れみ給え……」
　その声に合わせてダークなメロディをベースで奏でるウルトレス。今日は徹底してバックバンドを務めるつもりらしい。かつ、彼はミュージシャンとしてのレッドサマーに一目置くところがなくもない。
「……演奏ひとつで人々を虜にするとは大したもんだ」
　ビン、と弦を弾けばそれがトリガーとなり、レッドサマーを追い立てる砲撃が始まる。
『ッせっかく作ったファンだったのに、番犬どもに掻っ攫われてしまったけれどね』
「どの口が言うねん。先に人のモンを横からかっ攫うような真似したんはそっちやろ」
　対して光流は螺旋忍軍の現状にも同情する気もさらさらない。
「西の果て、サイハテの海に逆巻く波よ。訪れて打て。此は現世と常世を分かつ汀なり……」
　胸前で空を切る所作と同時にグラビティが波となって流れ出し、レッドサマーに襲い掛かる。
『クッ、これしき……音の力を思い知れ！』
『サマー様！　ハイ！』
『サマー様！』
　耳を切り裂くようなレッドサマーのドラム演奏の振動がネコキャットに直撃したのと同時、オタゲイジャーたちが前に飛び出して日本刀を振り回し始めた。
「危ない！」
　錆次郎が思わず声をあげるが、光流とヒノトは双方敵の刀の威力を殺す。それでも傷は見過ごせない、と、錆次郎はパンドラゴラ弐号機を携えて駆け寄った。
「大人しくするっす。神話検索、展開……再構築」
　全体的にあまりやる気を見せない蒲だが、戦闘は別だ。
「冠するは『天叢雲』、汝総てを切り拓く者なり」
　流れるようにガジェット『サクヤビメ』を変形させ敵を切り裂くその横で、先のステージの昂揚感を思い出しつつ昴が先のステージで歌っていた曲を高らかに歌い上げる。
「お客さんがあなた方だけでは……張り合いがありませんね」
『どこまでも音楽で殴り合おうというのなら！』
　その後もレッドサマーはドラムとシンバルによる音波、衝撃波攻撃を繰り返したが、都度錆次郎が回復に当たりマサムネがそれをサポートして乗り切りつつ、壁役のオタゲイジャーから剥いでいく。
「……聴かせてやる」
　まずは一体目がウルトレスのベースによる音の凶器を叩き込まれ、耳から血を流して息絶えた。次いで二体目は光流の螺旋手裏剣をもろに食らい、日本刀を折りながら絶命。
『当てにならない連中めッ！』
　思わず声を荒げ、遂にドラムスティックをケルベロスに対して投げつけるという荒業に打って出るレッドサマー。
「あーあ。なんか、がっかりしちゃうよ」
「本性出たって感じっすかねえ」
　言葉と蒲が言い合うが、レッドサマーは髪を振り乱して叫ぶだけだった。
『死ね！　ケルベロス！』
「……穢身斬り裂くは双の閃雷！」
　彼女の額に十字の致命傷を与えたのはヒノトのエテルナライザー。
『……ッグは……！』
　散りゆくレッドサマーを見据えウルトレスは呟く。あの世で会ったら、一緒にセッションしようじゃないか、と。

●セッション！
　戦闘を終え、なんとかステージが整うと、待ちかねたとばかりにハイハイガールズの三人が、そしてその後を追いかけるようにファンたちが詰め掛けた。
「ケルベロスの皆さん、本当にありがとう！」
「あ、皆さんお怪我はないですか？」
　と錆次郎が心配そうに訊ねるが、彼女達は既にエネルギーが全身に満ちているらしく、力強く頷くとファンの方へ振り返った。
「みんなお待たせっ！　私たちはもう大丈夫！　心配かけた分、今日はスペシャルユニット、ハイハイ・ヘリオライツで楽しんで貰おうと思うけど、どうかな？！」
　上がる歓声に応えないケルベロスではない。
「ギター、マサムネ！　ベース、U.C！　キーボード、錆次郎！　ドラムス光流！」
　みり亜のメンバー紹介に合わせてバンドは音を合わせ、その間にれお奈とさら沙が言葉と昴にダンスステップを教える。
　先は演奏に不参加だった蒲はカスタネットを、ヒノトはタンバリンの上にアカを乗せてのオンステージ。
「これはこれで楽しいもんっすね」
「まあ、そうかも……アカ、頑張れ！」
　かくしてレッドサマーの誘拐作戦は失敗に終わり、ライブハウスはケルベロスたちの演奏で更に熱を帯びたのだった。

作者：林雪	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年10月24日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 7／キャラが大事にされていた 3
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