金木犀のジャム

作者:雨音瑛

●ジャムマルシェ
 日が落ちた和風の街並みではランプの明かりが灯り、いくつもの露店が軒を連ねる。秋の祭り、というには不思議と見た目の統一が取れているのは、どの店でも瓶詰めされたジャムが売っているからだろう。
 赤い蓋はいちご、紫の蓋はブルーベリー、金色の蓋は金木犀の。他にもたくさんのジャムがところ狭しと並べられているさまは、端的に言っても圧巻だ。
 晴天の下、立ち寄った人々は興味深そうにジャムを眺め、あるいは購入してゆく。バゲットやスコーンに添えての試食も、なかなか盛況のようだ。
「わ、金木犀のジャム、不思議な味がする!」
「キウイのジャムなんてあるのか、ひとつ買っていこうかな」
 そんな光景に舌打ちひとつ、青い鎧兜を纏った男が現れた。
「おうおう、奇遇だな。俺もジャムって名前なんだわ、ひとつよろしく……な?」
 下卑た笑みを浮かべた男の手には、輝く斧ふたつ。力任せに振り回した先では瓶詰めが落ち、人々が倒れてゆく。
 それでも、男はひたすらに人々を手にかけ続ける。笑みを、浮かべたまま。

●マルシェの再開を
 未だ後を絶たない、エインヘリアルによる襲撃。
 暁・万里(迷猫・e15680)が警戒していたのもまさにそれ、エインヘリアルによる虐殺事件だった。
「ヘリオライダーに予知をしてもらったんだけれど、今回現れるエインヘリアルも過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者みたいだね」
 名前は『ジャム』といい、手当たり次第モノを壊すのが大好きだというはた迷惑なエインヘリアル。彼を放置すれば、今回のジャムのイベント『ジャムマルシェ』を訪れた人々が殺されてしまうのは間違いない。それに加え、人々に恐怖と憎悪がもたらされることで、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられる。
「そういうわけで、今回の仕事はエインヘリアルの撃破。手の空いている人がいたら、協力をお願いしたいんだ」
 出現するエインヘリアルは1体のみ。彼を撃破すれば、依頼は成功だ。
「エインヘリアルの『ジャム』と戦って、瓶詰めの『ジャム』のイベントを守る、ってことだね。エインヘリアルの『ジャム』は、両手にルーンアックスを装備しているんだって。気をつけるべきは、その攻撃力の高さだと聞いてるよ」
 このエインヘリアル『ジャム』は、使い捨ての戦力として送り込まれている。そのため、戦闘で不利な状況となっても撤退することはないようだ。
「現地に到着できるのはエインヘリアルが現れる数分前ってヘリオライダーに聞いたんだよね。ってことは、避難誘導も必要だよね」
「でしたら、避難誘導は私にお任せください。それと……瓶詰めの方のジャムは割れ物ですし、こちらにも被害を出さずに済ませたいものですね」
 柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)の言葉に万里がうなずく。
「確かに、瓶詰めの方のジャムも守りたいよね。……そうだ、無事にエインヘリアルを撃破できればジャムマルシェも再開するみたいなんだよね。興味がある人は、こっちも楽しんでいって欲しいな」
 ジャムマルシェには、苺やブルーベリーといったスタンダードなジャムから、金木犀やバラといった少し珍しいジャムが沢山。きっと、それらを見るだけでも楽しいだろう。


参加者
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
武田・克己(雷凰・e02613)
ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)
暁・万里(迷猫・e15680)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)

■リプレイ

●ジャム
 涼しいよりは寒い、というくらいに冷え込む秋の夜。吐く息こそ白くはならないが、いずれ訪れる冬の気配をわずかに感じる。
 もっとも、灯るランプと瓶詰めのジャムたちを見れば、寒さを気にする暇もないくらい気持ちが高揚するのだが。
 色とりどりのジャムを見てはしゃぐ――到底そんなことが出来るようには思えない男がふらり、訪れた。青い鎧兜の巨躯は、予知どおりのエインヘリアルであった。
「おうおう、奇遇だな。俺もジャムって名前なんだわ、ひとつよろしく……な?」
 斧を振りかぶろうとするエインヘリアル、ジャムをケルベロスたちが素早く取り囲む。その間、ケルベロスコートを着用したレーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)と柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)は人々の方へと動いた。
「桟月さん、皆がジャムを囲んでくれる間に避難誘導を!」
「はい、人々を安全なところまでご案内するとしましょう」
 手分けし、二人は人々に声をかける。
「みんな! 落ち着いてこっちに逃げてね! みんなも、美味しいジャムもちゃぁんと守るから!」
「大丈夫ですよ。私たちが対処します故、ジャムマルシェを中止にはさせません」
 ランプを振り、割り込みヴォイスで遠くまで声を届けるレーニ。隣人力を発揮し、安心させる桟月。人々は二人の指示に従い、速やかに現場から離れてゆく。
 一方、ケルベロスに取り囲まれたジャムは下卑た笑みを浮かべていた。
 臆することなく進み出た光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)は、びしりとジャムの鼻先に指を突きつける。
「あのねえ、ジャムマルシェなんて楽しそうなイベント、めちゃくちゃにしたら許さないんだからね!」
「なんだテメーらは? このジャム様に何か用か?」
「ジャムくん、ねえ。厳つい面の割に可愛い名前してんね」
「ほんと、見かけに似合わぬ可愛い名前だねえ、それとも弾詰まりの方?」
 無邪気な笑みを浮かべて挑発するのは、真柴・隼(アッパーチューン・e01296)と、逃げ遅れた者やはぐれた者がいないか、逃げる人々を気に掛けつつ冷たく言い放つ暁・万里(迷猫・e15680)だ。
「冗談でもこんな奴にジャム何て名前つけないでほしいぜ」
 肩をすくめ、武田・克己(雷凰・e02613)もジャムをちらりと見る。
「ほお、俺の名前をバカにするたァ、いい度胸だな?」
「てめぇの何処にジャム何て要素がある。テレビの世界の空飛ぶパンのヒーローのお爺さんとは似ても似つかねぇわ。てめぇがそんなな名前であること自体がもう冒涜だわ」
 ジャムの笑みが完全に消えるが、ケルベロスの挑発は続く。
 柔和な表情を崩さないアレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)は、ゆるりと瞬きをして小さくため息をついた。
「同じジャムでも、貴方は随分と不味そうですね」
「美味しいジャムは好きだけど、アンタみたいな野蛮な輩は大嫌い。皆の楽しみもアタシの楽しみも、台無しになんかさせないから」
 ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)が睨み付けると、ジャムはいっそう表情を険しくする。
「この俺の邪魔をするってことか。いいぜ――お前らを壊す方が面白そうだしな」
 舌なめずりをして、ジャムはケルベロスたちを見渡した。
 間もなく、戦闘が始まる。それを感じ取ったザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)は、肩に乗った青目の鴉を杖の形へと戻した。杖もまた、鴉を模した形状をしている。
「行くっすよ、ドットーレ。ケルベロスとして許せるのは、マルシェの一時中断までっす。これ以上の被害は、絶対に出させないっす!」

●再開のために
 ジャムの手に握られているのは、二本の斧。一本を使用した攻撃ならば、まあまあ痛みは予想できる。だが両の手に力が込められ、同時に振り下ろされたとしたならば。
 克己が最大限に警戒するのは、その一撃だ。
「料理人としてどんなジャムがあるのかも気になるしな。サクッと終わらせたいところだ」
 店舗を見遣る克己の視線からは、普段ののんびりした様子が垣間見える。
「どこを見ている?」
「てめぇじゃない方のジャムだよ。木は火を産み火は土を産み土は金を産み金は水を産む!護行活殺術!森羅万象神威!!」
 大地の気を集約して踏み込み、いくつもの斬撃を喰らわせた。最後に刻むのは十字の傷。克己が一呼吸おくと、爆発がジャムを包み込み、白い霧があたりに散った。
「ふざけやがって……」
 ジャムが二本の斧を掲げる。克己が警戒していた攻撃だ。そこからの動きは存外速く、克己が身構えるのすら待ってくれない。だが克己は、獰猛に笑っている。
「来いよ、受け止めてやる。……風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」
「……ッ、」
 克己に気圧されたか、ジャムの動く速度が一瞬だけ緩んだ。しかしすぐに元の速度へと戻る。身構えた克己に傷みはなく、代わりにピンポンマムの香りがした。
「ま、間に合ってよかったよ!」
 克己よりもだいぶ小柄な、レーニであった。
「レーニちゃんが来たってことは、避難完了かな? あ、店と商品への被害はゼロだよ。取り囲みつつ、お店から離すように動いてたからね」
「うん! あとは桟月さんに任せても大丈夫そうだったから……被害なしなのね、良かった!」
 万里の問いに、レーニは笑顔でうなずく。ならば、と万里はライトニングロッド「華逢」で前衛を示した。金色の稲妻が、状態異常を防ぐ壁となる。
「お疲れさま、レーニさん! これで遠慮無く立ち向かっていけるねー!」
「お疲れさまっす! レーニさん、さっきのダメージ、大丈夫っすか?」
 レーニに飛ぶ、二つのヒール。睦の飛ばした光の盾が輝き、ザンニの放った桃色の霧が傷跡を塞いでゆく。
「みんな、ありがと」
 とうさまの水彩画箱から絵筆を取り出し、ラクガキの怪獣を描いた。音の無い咆吼をした後、怪獣はジャムへと炎の球を吐き出した。
「隼さんと地デジさんも攻撃の引きつけありがとう、レーニも攻撃の分散に動くよ!」
「お気遣いなく! ってことで次はジョゼちゃんよろしく」
 返答を待たず、隼はチェーンソー剣を駆動させる。そのモーター音たるや、ジャムの声はもちろん仲間の声すら聞こえないほど。それでもジョゼは、小さく返す。
「言われなくても。アンタの動きなら、よく解ってるわ」
 ジャムを囲う一端から飛び出した隼を視線で追い、ふわりと白金色の細い髪を払った。
「おいで、孤高の怪物。骨まで砕いて、呑み込んで」
 現れた白鯨の東部には、角ひとつ。ジョゼの身長をゆうに超える胸鰭が海嘯を起こし、ジャムを巻き込んだ。水の牢獄は、螺旋の渦でジャムを囲ってようやく収束する。
 奔流の後に襲いかかるのは、2体のサーヴァント。ウイングキャット「レーヴ」とテレビウム「地デジ」だ。リングがジャムの腹部を弾き、俯いたジャムの顔面に地デジの光る液晶が瞬く。
「レーニさんの合流で、全員が揃いましたね。これで、我が姫の元へと行ける時間が早まりそうです」
 魔性宿す満月色の瞳を細め、アレクセイは日本刀「星辰」をすらりと抜いた。
 しなやかな斬撃は、ジャムに視認すら許さなかった。

●連携
 戦闘も後半、ケルベロスが明らかに有利だ。
「それじゃ、自分も攻撃に移るっすよ」
 ヒールは充分とみたザンニが、ジャムへと蹴りを喰らわせる。
「えっと……睦さん、続いて頼むっす!」
「おっけおっけ、まっかせといて☆」
 後方支援時とは変わって自信なさげなザンニ。サムズアップする睦の返答が、心強い。
「あはは! 正義の鉄槌、食らわせてやるっ!」
 楽しそうな輝きを瞳に宿し、睦は手にオーラを宿した。やるか、やられるか。ならば。
「やられる前にやってやるっ!」
 ジャムの懐まで距離を詰め、腕を掴んだ。恐れなど一切無い。手首をひねり、無理矢理に武器を落とす。
「な!?」
 取り落とした武器を拾おうとするジャムの頭上を、睦の声が飛んでゆく。
「レーニさん、今だよ!」
「うん、続けるね! 迷子の迷子の、」
 小さな翼をぴこんと動かし、レーニは水彩絵筆を取り出した。宙をひと撫でして塗りつぶす色は白。ジャムの周囲が、白く染められてゆく。
「ジョゼさん、今だよ!」
「ええ、任せて」
 魔法のブーツで地面を蹴って、ジョゼはジャムの頭上を位置取った。蹴り込み、星型のオーラを与えた後は空中から声をかける。
「隼、頼んだわよ」
「了解! それにしても睦ちゃんレーニちゃんジョゼちゃん、すっごいコンビネーション。地デジ、俺たちもコンビネーション見せてやろうぜ!」
 こつんと足と足をぶつけ、隼が飛び出した。
 チェーンソーの刃が呻り、青い鎧が割れる。むき出しになった肉体に、地デジがスパナで殴りつける。二人同時にジャムの背中が側へと抜ければ、得意気な笑みをランプの明かりが照らしていた。
 レーヴがふわりと翼を羽ばたかせ、ジャムの胸元を引っ掻く。ただそれだけの攻撃に、ジャムは思い切り傾いだ。自身でもそれがあまりに以外だったのか、ジャムは地面を殴りつける。
「ッ、ざけんな……!」
「そうしててくれると狙いやすくていいんだがな」
 軽く言い放ち、克己を抜いた。言われ、はっとしたように回避行動を取ろうとするジャム。気付いた時には、切っ先は既に胸元の傷をなぞり、斬り広げていた。
「俺が、負ける……? 馬鹿な、そんなはずが!」
 ジャムは地面を、壁面を蹴り、隼の頭上へと躍り出た。振り下ろされる斧は、右手のものか。月光を背負うジャムの動きを、隼は完全に読んでいた。
「残念、それは当たらないんだよね〜」
 ジャムの斧が突き刺さった先は地面。その隙に万里が華逢から飛ばす雷光は、攻撃力を高めるものだ。手慣れた援護である。
「それじゃアレクセイ、任せたよ」
「ありがとうございます、万里さん。ジャムはジャムでも、無骨で野蛮な貴方は……退場して頂きましょう。我が姫が待っているのです……フィナーレを」
 艶めく唇が、ほころんだ。
「甘く苦く麗しい罪の記憶。貴方の罪はどんな華を咲かせるのでしょう?」
 何か、音がした。その源がジャムの内側からだと気付いたのは、アレクセイただひとり。笑みを崩さないアレクセイの眼前で、黒い茨がジャムの体を突き破る。
 ジャムの血と悲鳴が、響き渡る。やがて咲いた大輪の黒薔薇は、ジャムが罪人である証左か。
「俺が、何一つ、壊せなかった、だ、と……」
 金属質の斧が落ち、ジャムがくずおれる。そのふたつはきらきらと輝いて、夜の空に消えていった。
 戦闘が終わったとみるや、ザンニは急ぎ露店の間を往復した。
「みなさーん! 店と商品に被害は出てないっすよー! ほら、金木犀のジャムも無事……うわわっ!?」
 掲げた瓶を取り落としそうになり、ザンニは慌ててキャッチした。

●瓶の中の幸せ
 仕事を終えたレーニを待っていたのは、色違いのお揃いの服を着た双子の姉妹、リーネだ。
「おしごとお疲れさま。ケガはない……? 痛いところあったら、お歌、歌うよ?」
「うん、怪我はないよ! レーニ頑張ったんだよ」
「そっか、良かった……」
 リーネはレーニの体を軽く叩き、身なりを整える。髪と羽も整えたなら、二人手を繋いでジャム探しに出発だ。
「スコーン焼いてもらったの、持ってきたの。なにか素敵なジャム見つけたらどっか座って味見しよ?」
「わーい、かあさまのスコーンだ! 一番合うジャム探そうね」
 気になるのは果物ごろごろの苺やオレンジのジャム。けれどせっかくのマルシェ、ここはやはりお花のジャム、と二人は顔を見合わせ金木犀のジャムを手に取った。
「きらきらしててお星様みたい」
「……本当、お星様が散らばってるみたい。素敵、だね」
「リーネちゃん、これにしよ! とうさまとかあさま喜んでくれるかな?」
 そう言って、レーニは瓶をランプの光に翳した。

「凄いっすよねぇ、花のジャムなんて」
「俺も土産に買うかな」
 金木犀ジャムのコーナーは大盛況。もちろん、それ以外のジャムも見るザンニと克己である。
「中止にならなくて良かったっす……あ、このレーズンジャム意外といけるっすよ!」
「じゃあ俺も……お、甘さが丁度いいな」
 試食する二人の後ろから聞こえてきたのは、睦の嬉しそうな声。
「あった、キウイのジャム! はい購入確定!」
 キウイが大好きな睦だ、それだけで絶対美味しいとすぐにカゴに放り込む。
「あとお花のとー、青トマトとー、あれと、これと」
 そんなふうに色々買ってゆく睦であったが、重さに気付いて籠を見れば大量の瓶たち。
「買い過ぎちゃったかな……うん、あとで旅団のみんなに差し入れしよー! ついでにお土産予告もしよーっと」
 そう言って、睦はカゴの中のジャムをスマホで撮影した。

 マルシェを一巡したアレクセイ、万里、ロゼ、一華は、男女で別れてジャムを探すこととなった。
「ロゼちゃん、一華をよろしくね」
「ロゼ、くれぐれもー華さんから離れないように」
「万里さん、アレクセイをお願いしますっ。アレくん……くれぐれも万里さんに迷惑をかけないように」
 ばっちり釘を刺したなら、二人ずつ、連れ立って。
 それでもロゼを目で追うアレクセイであったが、一華が一緒ならばきっと大丈夫だろうとジャムへと視線を移す。
「しかしロゼは無事でしょうか、愛しい人と離れるとそれだけで心臓が痛くなります……」
 そう呟くアレクセイに、万里はどことなく親近感を覚える。ちゃんと話すのは初めてだが、今の言葉で気が合いそうだと何となしに思う。
「わかるわかる、常に目の届くところにいないと心配よね――さて、ジャムはどうしよ。やはり好物の苺かなあ……あ、苺ミルクなんてのもある」
「我が君も愛する苺……一華さんは甘くて包み込むような優しさを持った方なのですか?」
「むしろ……びっくり箱? 味わうと変わってて、中毒性のある感じ」
 万里の答えに、アレクセイは柔らかに笑った。良い例えです、と。
「さて、私はロゼの味……薔薇のジャムにすると決めております」
「じゃあ、あの辺は? いろんな色の薔薇のジャムだって、何色がいいかなあ。アレクセイの色?」
「ふむ、それも良いですね。しかし今回は、甘くて心の満たされる絢爛の歌声の様な薄紅のジャムを。朱に染まった彼女の頬の様でしょう?」
 ジャムの先に愛しの姫の姿を見て、アレクセイはしばし目を閉じた。

 一方の一華は、うろうろきょろきょろ、足元に店舗にロゼに視線を移し、挙動不審であった。ロゼのような素敵な人と散歩するなんて、と戸惑っている様子。
 そんな一華とは対照的に、ロゼは鼻歌交じりにジャムを見ている。
「なんと申しますか、気の利いた事の一つ二つ言いたいところですが出てこな……あっ! 見てくださいませ、ロゼさん!」
 一華がびしりと指差したのはお花の瓶に入った林檎ジャム。
「これは……薔薇かしら? ブルーベリーと二層で、なんだかこの色味はお二人に似ていまする」
「可愛い……多分彼は薔薇を選びそうだから、一緒に塗ったら薔薇と果実両方楽しめそうです! ね、一華さんはどんなのにしますか?」
「実は万里くんにぴったりなのも丁度見つけて……葡萄のジャム。金木犀が金箔みたいに入っているそうで。塗って初めて分かる、魔法の隠れたジャムなのです!」
「まあ、秋の恵みをぎゅっとつめこんだみたいで素敵ですね! それに、一華さんの愛を感じます!」
 手にした小さな瓶の小さな重さと輝き。選んだものを交換するのが今から楽しみで、二人は笑みを交わした。

 気付けば、ジョゼの手提げ籠にはたくさんのジャム。木苺に沼酸塊、薔薇に西洋花梨――ハーブティーに合うものを探していたら、あっという間に山盛りだ。
「手荷物お持ちしますよ、お嬢さん。でも、こんなに沢山ひとりで食べられる?」
「何で? アンタもいるじゃない……ちょっと、何にやにやしてるのよ」
 からからと笑い、籠を引き受ける隼に、ジョゼは首を傾げる。当然のように勘定に入っていることに、隼は頬を緩ませた。
「――いいや、別に? ただキミと過ごす時間はジャムよりよっぽど甘酸っぱいなって。それじゃお茶のお礼にマフィンを焼こうか。それともパウンドケーキ?」
「どっちも! ところで、隼は気になる物はないの?」
 答えは、隼が指差した先の野菜ジャムを集めた露店だ。
「檸檬とセロリのジャムはアロエみたいな食感が楽しいし、茄子と大蒜のジャムは惣菜っぽいね。肉料理の付け合わせに良さそう」
「……相変わらず女子力の塊ね」
 興味津々に覗き込んだジョゼの顔が、渋くなる。
 そうしてあちこち訪ねては試食を繰り返す。
 胡桃と干葡萄入りのミルクジャムを口にしたジョゼは不意に胸が切なくなった。
「おばあちゃんの、手料理の味だ……」
 子供のころ大好きだった味。大切な人にも食べてほしくてそっと瓶を手に取ると、頭に乗る優しい手を感じる。
「ん、それも買って帰ろ。キミの大好きな味を俺にも教えて」
 籠に入ったジャムに視線を固定したまま、ジョゼがぽつりと話し始めた。
「ねぇ、隼。好きに彩られた毎日って幸せね。アンタと過ごす『これから』がもっと楽しみになるんだもの」
 そうねえ、と隼の顔が緩む。
「キミと過ごすこれからも勿論楽しみだけど。互いの好きを分かち合える今が何より幸せかな」
 その言葉にジョゼは顔を上げ、微笑んだ。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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