拗らせ初恋は

作者:白黒ねねこ

●認められない心
 放課後の屋上に一人の男子高校生が立ち尽くしていた。
 彼の名は清原 信二、この学園の生徒である。そして、恋愛が実るジンクスのある屋上で、憧れの先輩である牧野 春香に告白した。
 が、結果は振られてしまった。
「ごめんなさい。あなたを恋愛対象としては見れないわ」
 バッサリと切り捨て、用はないと言わんばかりに、春香はさっさと屋上から去って行った。
 残された信二は始めこそ呆然としていたが、現実を否定しようとブツブツと呟き始める。
「違う、違う、俺は振られたんじゃない。先輩は言葉がきついだけで、恥ずかしがっただけなんだ」
 春香への恋は信二にとって初めての恋だった。それ故に、手放す事ができない。
 初めは綺麗なものだった恋心は、だんだんと歪み始めていた。
「あなたからは、初恋の強い思いを感じるわ」
 聞いた事の無い声に振り返ると、知らない制服を着た少女が立っていた。少女はクスクスと笑い、信二に近づいていく。
「私の力で、あなたの初恋、実らせてあげよっか」
 信二の答えを待たずに、少女……ファーストキスはその唇を奪った。信二の頬が朱に染まり、その瞳がトロンとしつつも欲を映し出す。
 ファーストキスはニヤリと笑うと、信二の胸に鍵を突き立てた。
 倒れた信二の傍には、信二と同じ顔、制服姿だが、右腕に鎖の巻き付いた少年型のドリームイーターが現れる。
「さぁ、あなたの初恋の邪魔者はだぁれ? 邪魔者は消しちゃいなさい」
 ファーストキスの言葉にドリームイーターは歪んだ笑みを浮かべると、彼にとっての邪魔者を排除すべく屋上から姿を消した。
 後に残されたのは倒れたままの信二だけだった。

●歪んでしまった恋心
 テーブルの上に置かれた紅茶を見つめていた稲川・紅葉(赤毛一尾のヘリオライダー・en0284)は大きくため息を吐いた。
「恋って、綺麗なだけじゃないんですね」
 ケルベロス達へ視線を向けた紅葉は、真剣な表情を浮かべた。
「日本各地の高校にドリームイーターが出現し始め、強力なドリームイーターを生み出そうとしています。今回、清原 信二という高校生の持つ拗らせた初恋という、強い夢が狙われ、ドリームイーターが生み出されてしまいました」
 資料を広げた紅葉は、その内容を読み上げる。
「相手は一体のみ、被害者が想いを寄せている牧野 春香さんが、友人達と帰宅しているところを狙って現れるので、春香さん達を逃がしてから撃退して下さい。場所は……普通の一本道ですね。このドリームイーターはケルベロスが現れると、ケルベロスだけを狙う性質があるので救出は難しくありませんが、強力な力を持っています。戦闘を有利に進めるには、元になった恋心を弱める説得をする事なんですが……」
 一瞬、言い淀んだ紅葉は首を横に振ると続けた。
「あまり弱めすぎると、信二さんから恋心そのものが必要なくなってしまいますから、加減が重要になります。ほどほどにお願いしますね。攻撃手段はラブレターの貼り付けによる武器封じ、鎖での捕縛、麻痺薬が仕込まれたカードの投擲の三種類です」
 以上です、と、紅葉は資料をテーブルの上へ置いた。
「このままだと、信二さんと春香さんのどちらもが傷ついてしまいます。そうならないように皆さん、上手く説得しつつ倒して下さい」
 ケルベロス達に向けて紅葉は頭を下げたのだった。


参加者
リナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)
リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)
ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)
アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)
猫夜敷・愛楽礼(白いブラックドッグ・e31454)
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)
朱牟田・惠子(墨染乃袖・e62972)
ミレイユ・リヴィエール(地球人のガジェッティア・e67319)

■リプレイ

●暴走する感情
 それはいつもの帰り道のはずだった。
 春香はいつも共に帰る友人達と、通学路を歩いていた。春香も含めて女二人の男一人、三人で歩いていた事がもしかしたら、きっかけだったのかもしれない。
 三人の前に、同じ学校の生徒が現れたのは。
 思わず足を止めてしまったのは、彼の纏う雰囲気が異様な物だったせいだ。顔を俯けた男子高校生はゆっくりと三人に近づいてくる。
 その右腕には鎖が巻き付いていた。
「ナンデ、ナンデ……」
「え?」
 顔を上げた男子高校生の表情は逆光になって全く見えない。
「ナンデ、ソイツトイルンデスカ? 先、輩」
 男友達へと視線を向けた彼は、恨みのこもった声で語りだす。
「オレハダメデ、ナンデソイツハイインデスカ? オレダッテ、イッショニイタイノニ」
「な、何を言ってるの?」
「モシカシテ、コイツノセイデスカ? オレノコトヲフッタノハ……コイツノセイデ、オレハ先輩のイチバンニナレナイ?」
 春香に語り掛けている様で、何も聞いていない彼の肩が怒りに震え始めた。
「オマエノ……オマエノセイカ!」
 男子高校生が男友達に向かって腕を振り上げたその時。その間に割って入る者達が居た。ケルベロス達とそのサーヴァント達である。
 陣形を組み、春香達を庇う様に男子高校生へと向かい合った。
「間に合ってよかったです、牧野 春香さんとご友人の方々」
「あ、貴方達は?」
「私達はケルベロス。春香さん、今、あなたはドリームイーターに狙われています。ここは私達が引き受けますので、このまま逃げて下さい!」
 猫夜敷・愛楽礼(白いブラックドッグ・e31454)の言葉に春香やその友人達は困惑の表情を浮かべた。
「に、逃げろって言われても、どこへ……?」
「こっちからなら安全に逃げられます! さぁ、早く!」
「そっちには行かせねぇからな、落ち着いて逃げろよ」
「わたくしどもケルベロスにお任せくださいませ。どうぞこちらへ、少しばかり遠方へお下がりください」
 柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)とドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)の落ち着いた声に春香達は幾分か落ち着いた様だった。指さされた方向を見た春香達は頷き合うと、振り返る事無く逃げていく。
「ジャマヲスルナ! ケルベロス!」
 男子高校生……清原 信二の姿をしたドリームイーターは、殺意のこもった目でケルベロス達を睨みつけた。

●揺れる心
 睨みつけるドリームイーターが口を開いた。
「ナゼ、ジャマヲスル? アトモウスコシデ先輩がテニハイッタノニ」
「では、手に入ったとしても本当にそれで良いのですか?」
 ミレイユ・リヴィエール(地球人のガジェッティア・e67319)がドリームイーターを見据えながら言った。だが、剣呑さは無く、何処か好感を持てる様な雰囲気を纏っている。
「振られてしまったのは残念です。が、力づくで春香さんを手に入れたところで、両想いになることはないでしょう。春香さんに固執するよりも次の恋を探した方が建設的です」
「そうです。恋というのは、お互いに知り合ってこそ進むものです。貴方が内に溜め込んだだけの、独りよがりの想いでは、知らない人には届かないんです。今の貴方では、人と恋をする事はできません」
 引き継いだ愛楽礼の言葉にドリームイーターが、怒りに目を吊り上げた。
「シッタフウニイウナ! オマエタチニナニガワカル! オレノウンメイノヒトハ、先輩ダケナノニ!」
「わからないな。それはもはや執着と欲である、と考える。恋など知らないが、その執着は余りに醜い」
 キッパリとリノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)は言い切り、うんうんと頷きながらリナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)が続いた。
「最近ね、初恋拗らせちゃったストーキング系女子を説得してきたんだけど、キミにも同じようなことを伝えるね」
 メガネを着け、すうっと息を吸い込む。
「あのさ、キミは告白する前に、キミがどういう人間なのか彼女に伝えたのかな? 彼女がキミに惚れる要素は何かって伝えたのかな?」
「ソ、ソレハ……」
 ドリームイーターが口ごもり、視線をさまよわせ始めた。しかし、大きく頭を振った。
「デ、デモ……オレハ、コノキモチシカシラナイ。先輩がスキナンダヨ!」
「ふふ、初めての恋は大切にしたいわよね。でも、本当に彼女が運命の人だと思う?」
「エ……」
 アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)の言葉にドリームイーターが固まった。
「このまま無理矢理付き合っても、春香ちゃんがあなたを理解してくれるか、わからないわよね? 互いの好みや趣味を受け入れられなかったら、傷つけあうことになってしまうわ」
「その通りだ。相手を自分に合わせて変えるのなら恋の相手は牧野殿じゃなくても良いよな? 今の清原殿は一目惚れってことで、相手の気持ちを考えずに考えを押し付けているだけだ。だから、一旦落ち着いて立ち止まりなよ」
 諭す様なアミルと鬼太郎にドリームイーターは、それでも首を横に振った。
「では、もしも今、わたくしが貴方をお慕い申し上げているとお話ししたらどうお思いでしょう?」
 ドゥーグンの言葉にドリームイーターの肩がピクリと震えた。続く言葉に気が付いたのか、怯えた様な表情で彼女を見つめた。
「恐らく、わたくしの事を存じ上げないとお断りするのではないでしょうか? きっと同じことを貴方もしておいでです」
「ソンナコト、ナイ! オレナラ……!」
 認められないとドリームイーターが睨みつけた。認めてしまったら彼の根本が揺らいでしまう。
「はーウザっ! 現実逃避とか弱すぎでしょ、目ぇ覚まして。恋愛対象として見れない人間を好きなやつがどこにいんの」
 イライラとしながら朱牟田・惠子(墨染乃袖・e62972)はため息を吐いた。
「アンタは今、振られたの、わかる?」
「ア、アァァァッ!?」
 両耳を押さえたドリームイーターは数歩後退り、頭を振り乱した。

●戦闘開始
 振り乱すのをやめたドリームイーターから、殺気が溢れ出しケルベロス達は身構える。
「うるさい、うるさいっ! ゴチャゴチャト!」
 怒りに燃えた目で、ドリームイーターは惠子にカードを投げつけた。
 しかし、そのカードは放たれた炎によって、焼き付くされてしまった。
「はっ、誰からかわかんないラブレターなんて読む気しねーよ」
 悔し気な視線を向け、唇を噛み締めるドリームイーター。しかし、初めの頃よりも力の圧が弱くなっていた。
「はぁー、あの子も拗らせ系女子だったから、この手の扱いには慣れてるけど、自分を伝えるのが苦手な子が多すぎない?」
 ため息を吐いたリナリアは、自分の管理するアパートに住んでいた、とある人物の事を思い出した。
「あー、聞こえてるかな? ちょっと前まで家で預かってた、家出娘の言葉なんだけどね。恋は一方通行ではいけないんだって、さ」
 今では幸せな日々を送っている彼女も、初めは酷かった。もしかしたら、信二よりも酷かったかもしれない。でも、幸せになれた。
 間違ってしまっても、心の在り方で案外、人生何とかなるものだ。悪い方向に捕らわれなければ。
 件の彼女から借りた大鎌を構え、大きく息を吸い込んだ。ミミックの椅子がどっこいせと、立ち上がる。
「相手がキミを愛しいと思うように自分を伝えて、それでもダメなら己を磨きなおしてきなさい。このすっとこどっこい!!」
「すっと……!?」
 リナリアが駆け出すのと同時に椅子がドリームイーターに襲いかかる。
 偽物の黄金がばらまかれ、足を止めた所を大鎌で切りかかった。大きく切り裂かれ、ドリームイーターはよろめく。
「変わりましょう、清原さん。独りよがりの自分を捨てて、想いは互いに分かち合い、交わる事で恋になります」
 愛楽礼は腕に液体金属を纏い、ドリームイーターに殴りかかった。吹き飛ばされたドリームイーターに火球が、炎を纏って体当たりする。が、身をよじったドリームイーターはその攻撃をかわした。
「認めたくないのはわかる。だが、認めなければ変われないんだぜ」
 鬼太郎の言葉に賛成なのか、羽猫の虎が頷き戦闘態勢に入った。
 液体金属を纏った拳とリングがドリームイーターを襲う。拳は避けられたが、リングを避ける事ができず、忍ばせたラブレターやカードに裂け目ができた。
「わからないな」
 ドリームイーターを見つめ、リノンは肩を竦めた。
「恋愛対象でないのなら、友達から縁を深めていけばいいのではないだろうか?」
「ソレガできれば、俺は……!」
 ドリームイーターは泣きそうな顔で睨む。
「何にせよ、その状態では無理だがな」
 言い終わるな否や、リノンは全身を光の粒子に変え、ドリームイーターに突撃する。
 命中したドリームイーターは大きく後退するが、倒れる事は無く踏みとどまった。
「人の恋心を弄ぶなんて、夢食いは相変わらずいいご趣味ね。このお話に悪い人間は誰一人登場しないの、あなたにはさっさとご退場願うわ!」
 アミルはドリームイーターが、負った傷をなぞる様に切りつける。羽猫のチャロが時間差で爪を立てるが避けられた。
 間髪入れずにドゥーグンが砲撃を放ち、その足を止める。
『あんたちょっと止まってて』
 直後、掌に小さな雷の玉を生み出した惠子が、ドリームイーターに肉薄する。バチリと大きな音を立てて、ドリームイーターの脇腹に命中した。
 焦げ跡の残る制服を押さえ立っているが、多少なりと体が痺れている様だ。
「皆さんに星の守りを」
 ミレイユが唱えると前衛組の足元に守護星座の陣が浮かび、その身を守る光が前衛組を包んだ。

●認めた心
 それからはゆっくりとだが、ケルベロス達が押していく。もちろん、ドリームイーターもケルベロス達にダメージを与えていった。
 アミルや鬼太郎、チャロと火球が仲間を庇ったり、ミレイユを始めする回復がしっかりとしていたおかげか、最終的に巻き返した。
 そして、ドリームイーターは地面に膝をついた。
「先輩が好きだって気が付いた時、世界に色が付いて、毎日が楽しかったんだ」
 ポツリポツリとドリームイーターは、想いをこぼしていく。
「ただ、そんな日々を先輩と過ごしたかった。だから……」
「……告白したんですね」
 愛楽礼の言葉にドリームイーターは力なく笑い、俯いた。
「振られる事だって、本当はわかってた、俺と先輩は友達にすらなれていなかったから。それでもこの想いを捨てられなかった。何処に捨てていいのか、わからなかったんだ」
 顔を上げたドリームイーターは、涙を流しながらケルベロス達に問いかける。
「なぁ、俺はどうすればよかったんだ? 直接もらったわけでは無いけど、先輩からもらった恋を、渡したかった恋を……どうしたら良かったんだ?」
 ケルベロス達の答えを聞く前に、ドリームイーターのその体は光となって消えた。

●もう一度、初めから始まる
 信二が目を覚ますと、黄昏色の空では無く夜空が広がっていた。ぼぅっとした頭で空を見つめていると、涙と一緒に自分から生まれたものの記憶が溢れてくる。
 流れるままに空を見つめていると、ドアの開く音がした。
「あ、居ました」
 聞き覚えのある声が聞こえた。その後に続く足音、そして覗き込んできたのは四人のケルベロスだった。
 彼女達に促され、起き上がる。ただ、彼女達を見ていられなくて俯いた。
「ねぇ、信二くん」
 チャロを抱いたアミルは、元気づけるように笑みを浮かべた。
「まだまだこれから素敵な出会いがあるわ、あせらなくていいの。ふふっ、他の人との恋も楽しんでみない? あなたの魅力に夢中になっちゃう人が居るかもしれないわよ」
 例えばとこの場に居る女性陣を示す。目を丸くした信二はブンブンと首を横に振った。
「お、俺には皆さんはレベルが高すぎです。それにやっぱり……俺……」
 信二は口を閉ざした。あんな事になってもなお、春香への想いを信二は捨てる事ができなかった。
「はー、だからさぁ」
 惠子の声にビクリと信二の肩が震える。
「それでも好きならやることあんじゃね? なんで自分アピったりしないで玉砕してんの」
「……え?」
「先輩にアピールしてけー」
 それだけ言うとクルリと背を向け、それきり沈黙してしまう。言葉の意味が沁み込んでくるにつれて、信二の表情が明るくなっていった。
 信二を見つめる目は優しく、誰も彼を非難したりしない。
「恋は美しいものと聞きます。どうぞそれをねじ曲げる事なく、素晴らしいものを育てられますように」
「その通りです。急ぎすぎずに、今度は友達になる事を目標にしていけば良いんですよ」
 ドゥーグンとミレイユの言葉に、別の意味での涙が信二の瞳から流れ出す。
 そのまま暫く泣き続けた信二は涙を拭うと、綺麗な笑顔を浮かべた。
「皆さん、俺を止めてくれて……答えをくれて、ありがとう」
 彼の答えに四人と一匹は笑顔で頷いたのだった。

作者:白黒ねねこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。