四本の斧と二人の狂戦士

作者:波多野志郎

 深夜のオフィス街。そこには人通りは、一切ない。しかし、人々のざわめきはそこに届いていた。大通りを一本挟んだ向こうは、繁華街だからだ。
 たった一本、されど一本――その道が、世界を分けている。確かに人がそこにいるのだと、この静寂の世界へと伝えていた。
 その上空を、泳ぐものがいた。体長二メートルほどの浮遊する怪魚が3体、ゆらゆらと上空を泳ぐと青白い発光の軌跡が魔法陣を描いていく。そして、その巨体が現われた。
「ガ、ガガガガ、ガ……ガ……」
 それは、巌のような筋肉を持つ大男だ。その両手には人間大サイズの斧を持っている――否、人間大サイズの斧と手が純白の結晶によって同化していた。その肌も結晶のように変質しており、完全なる異形となっている。変異強化の結果だ。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
 そこに、新たな者が現れる。ガシャン! とアスファルトを砕き現われたのは、漆黒の甲冑姿の大男だ。その両手には、光を反射しない黒曜石の斧が二本握られていた。
 結晶の大男と、甲冑の大男。白と黒は睨み合い――互いの斧を振りかぶった。

「あるオフィス街で、死神の活動が確認されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう切り出すと、詳しい解説を始める。
「死神といっても、かなり下級の死神で、浮遊する怪魚のような姿をした知性をもたないタイプなのですが……」
 死神は、かつてケルベロスが撃破した罪人エインヘリアルを、変異強化した上でサルベージしてデスバレスへ持ち帰ろうといることだ。
 ここまでは、いつもの死神の行動だ。問題は、この後である。
「罪人エインヘリアルがサルベージされると同時に、新たな罪人エインヘリアルが出現します」
 これはエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が危惧していた、罪人エインヘリアルのサルベージを援護するエインヘリアルの妨害行動と思われる。サルベージされた罪人エインヘリアルは出現の七分後には、死神によって回収されるだろう。そうなる前に、撃破してほしい。
 敵は二体の罪人エインヘリアルと、三体の魚型死神となる。魚型死神は噛み付いて攻撃する程度で、強くはない。問題は、二体のエインヘリアルだ。ケルベロス達が現れれば、こちらに攻撃のターゲットを移すのである。
「みなさんが駆けつけたところで、周囲の避難は行われますが……広範囲の避難を行なってしまうと、グラビティ・チェインを獲得できなくなるため、サルベージする場所や対象が変化してしまいます。そうなると、事件を阻止できなくなって被害が増える可能性があります」
 なので、戦闘区域外の避難は行われない――新たに現われた罪人エインヘリアルは、回収されない。ケルベロスが撃破に失敗した場合は、かなりの被害が出るだろう。心して、挑んでほしい。
「罪人エインヘリアルはどちらもルーンアックスで戦うタイプです。一撃がひたすら思い敵ですので、押し負けないように気をつけてください」
 サルベージされてエインヘリアルは最悪七分で消えるが、新しく現われた罪人エインヘリアルは違う。こちらを逃がせば、戦闘区域内にいる一般人に被害が及ぶのは間違いない。
「まず、状況を把握して優先順位を決めるといいと思います。くれぐれも、無茶だけはしないように気をつけてくださいね」


参加者
クィル・リカ(星願・e00189)
ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
晦冥・弌(草枕・e45400)
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)

■リプレイ


 人通りの一切ないオフィス街、その表現に嘘はない。
「やれやれ死んでも扱き使われるとは、安らかな眠りにつけねえってのは不憫なモンだぜ」
 しみじみと、嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)がその光景に呟いた。そこにいたのは一体の異形と一体のエインヘリアル、そして三体の魚型死神だ。アレは人とカウントできない、理性なき災害そのものだ。
「ガ、アアアアアアアアッ!!」
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「どうやらお喋りは出来なさそうだ、そっちの方が好都合ですけど。殺すなら、意思疎通は出来ないほうが気楽でしょう?」
 ニコリと、曇りなき笑みで言ったのは晦冥・弌(草枕・e45400)だ。吠えるエインヘリアル達に、コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)が言い捨てる。
「如何に強敵であろうと矜持無き者が相手では此度の戦いは名誉という彩に欠ける。ならばこれは決闘ではなく狂える罪人への処刑執行と言ったところか」
「人々の営みに汝らは不要だ。吾が許す、静寂の中で潰えるが良い。あの輝きの中へ行かせるわけにはゆかぬ」
 繁華街の明かりを、振り返らずにオニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)が告げた。
 エインヘリアル達が、死神達が、ケルベロス達の方を向く。クィル・リカ(星願・e00189)は、彼等から向けられる殺気に身構えた。
「……どうやら、利害関係は合致したようですね」
 それぞれの順番がある、のだろう。その優先順位が、誰もがケルベロスが優先されているというだけだ。
「この回収もどんだけやンのかねェ、ご苦労なこった。まァ、ソレがてめェらの仕事なら、こっちもぶっ潰すのが仕事でな」
「複数の強敵相手の集団戦闘、厳しい戦いが予想される、な。だが……それが、心踊るというもの。“状況がタフになった時こそ、タフな奴の出番である”我等は地獄の番犬ケルベロス、何者も怖れず。さぁ……暴れまわってやろう!」
 伏見・万(万獣の檻・e02075)が吐き捨て、ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)が言い放つ。
「ドラゴン、ダモクレス、エンヘリアル――死神は随分手広くやっているようで。我が刃の糧が増えたと思うべきか。さて、あなた方は良き糧となるでしょうか」
 西院・織櫻(櫻鬼・e18663)が、刀の柄に手を伸ばした瞬間だ。異形のエインヘリアルが、地面を蹴る。純白の結晶によって腕と同化した、二本の斧を振り上げた。


 三メートル強の、全体重を乗せた異形のエインヘリアルのダブルディバイドをコロッサスは終焉砕きで受け止めた――そのはずだった。
「――な、に!?」
 受け止め切れない、肩に食い込む刃の感覚にコロッサスは息を飲む。腕力だけ、そこに技などない――必要がないのだ。ミシミシ、と肉に食い込む斧を、強引にコロッサスは後方へ跳んで逃れた。
 だが、そこへ黒い斧が待っていた。罪人エインヘリアルの、スカルブレイカーだ。その間に割り込んだのは、陽治だ。
「はは……きついな!」
 笑い飛ばすが、陽治の体中が軋む。受け止めた白鋼の篭手ごと、陽治が吹き飛ばされた。
「うーん、先輩達を殺すには、ちょっと数が足りないんじゃないかな。だって、ぼくがついてるんだから」
 弌が、手を伸ばす。手が指差せばどんな場所でも輝く陽光、弌の影餞(カゲオクリ)がコロッサスと陽治を、前衛を回復させた。
「随分と鋭い、いや、豪快な斧だ」
 織櫻が異形のエインヘリアルの懐へ、一気に潜り込む。螺旋を籠めた掌打、織櫻の螺旋掌が純白の水晶越しに衝撃を伝えた。ドォ! と腹部から走った螺旋の力は、背中へと――直後、バスターライフルを二丁構えた万が歯を剥いて笑った。
「ダダダダダダダダダダってなァ!!」
 万のダブルバスタービームが、戦場を薙ぎ払う! 罪人エインヘリアルは二本の斧でそれを受け止め、前に出ようとする。しかし、それを阻んだのはオニキスだ。
「ほう、どこに行くつもりだ?」
 オニキスの周囲に、霧が立ち込める。混沌の水を瞬時に霧状に変え、まさに竜の息吹のように噴出させた。オニキスの龍霧四塞(ミスティック・ブレス)だ。
「水気即ち千変万化!  そら、このようにな!」
 オニキスに迫った罪人エインヘリアルが、ミスティック・ブレスに押し流された。壁にぶつかり、亀裂を走らせる。だが、罪人エインヘリアルはすぐに立ち上がった。足をもつれさせた程度のものだ、そう言いたげに。
「胸に燃ゆる不滅の焔は天下御免のフラムドール、人呼んで黄金炎の天使ラハティエル! マッケンゼン流撃剣術、一指し舞うて仕る!」
 異形のエインヘリアルへ、ラハティエルは二刀を引き抜いて駆ける。地獄の炎に包まれた刃が、夜に十字の軌跡を描いた。ギィン!! とラハティエルのブレイズクラッシュが、異形の斧と激突し、火花を舞わせる。
 そこへ、ドン! と異形のエインヘリアルの顔面へ榴弾が着弾――クィルの轟竜砲だ。
「お願いします」
「凍えちまいな……!」
 クィルの声に、陽治は過剰増幅した特殊な冷却成分を含む濃霧を発生、疑似的氷霧(フローズンフォッグ)で戦場を包む。
「これほどか……!」
 コロッサスが全身の防御を固め、守りを強化した。このまま攻撃を受け続ければ、ディフェンダーとはいえただではすまない、そう判断したからだ。
 そして、このコロッサスの判断は間違っていない。ただ、単体攻撃を重ねてくるエインヘリアル達、ここに魚型死神が加わるのだ。一撃一撃は、死神達の攻撃は脅威ではない。問題は、それが積み重なって回復前にエインヘリアルのどちらか、あるいは両方の攻撃を受けてしまえば当たりどころによっては倒れかねない。
(「もちろん、ぼくがいる限り誰も倒れさせませんが――」)
 弌は、その事に関しては迷わず請け負う。回復役を任されたなら、誰も欠けさせない――だが、もう一つの懸念は拭えなかった。


 六分経過、弌の懸念は現実のものになろうとしていた。
「手が足りません、か……」
 織櫻はこれまでの手応えで、その事実に思い至る。七分後の回収、それまでに蘇生したエインヘリアルを倒しきれないだろう、という事実だ。
「おのれ……!」
 忌々しげに、オニキスはバレットストームで弾丸の暴風雨を降らせる。死神達が、耐えきれずに砕け散る――それでも、罪人エインヘリアルがギギギギギギギギギギン、と装甲で銃弾を受け止めながら前へ出た。
「まだ、終わっていない!!」
 コロッサスは、異形のエインヘリアルに迫る。闇を纏う雷の神剣を手に、異形のエインヘリアルへとその切っ先を向けた。
「我、神魂気魄の斬撃を以て獣心を断つ――!」
 ドォ! と一条の電光が、異形のエインヘリアルの装甲を撃つ。コロッサスの黄昏の剣(タソガレノツルギ)を受けて、異形のエインヘリアルは胸の前で二本の斧を交差させた。
「ああ、そう来るかよなァ!」
 万が、忌々しげに吐き捨てる。ブレイクルーン、己に破壊のルーンを刻み、傷を癒やすと同時に破壊の力を宿した。
「逆か……!」
 ラハティエルは、自身の一つの勘違いに気づく。バランスを重んじた布陣、皮肉な事にこの布陣が異形のエインヘリアルへと届かない理由となってしまった。
 ――もしも、列攻撃を選択しなければ。
 ――罪人エインヘリアルに対して、足止めなど考えなければ。
 ――回復を考慮しなければ、あるいは最低限の回復さえしなければ。
 届いていただろう、異形のエインヘリアルには。しかし、そこで終わりだ。すべてを投げ打ち、最善を尽くして先――運を味方にして初めて届くのが、死神を含めた双方撃破という偉業だ。
 だが、この仮定自体が、無意味だ。数々のバランスが取れた布陣がなければ、この後の罪人エインヘリアルと戦う余裕など、決して残せていない。列攻撃が減衰しない、5体という敵の数。全体的な目的を考えれば、その選択はベストではなくともベターなのだから。
「ガ、ギ、ガガガガガガガガガガガガガ!!」
「……次はない、覚えてろよ」
 異形のエインヘリアルが、消えていく。その姿を見送るしか無い、陽治は静かに異形のエインヘリアルにのみ届く声で告げた。
「まぁ、切り替えるか」
「そうですね」
 陽治の言葉に、クィルがそう肯定する。状況を把握し、合理的な判断を下すのであればもっとも倒すべきは罪人エインヘリアルだ。
「あなたは、決して逃しません」
 櫻鬼と瑠璃丸を構え、織櫻が言い放つ。ここから先へ行かせれば、罪人エインヘリアルが人々を殺すだろう――それを許す訳にはいかない。
 ここまでの戦いで披露した体に活を入れ、ケルベロス達は最後に残った罪人エインヘリアルと相対した。


 ケルベロス達と罪人エインヘリアルの戦いは、一進一退のまま続いた。
(「死神が残っていたら、また違ったでしょうね」)
 弌は、皮肉な話ですねとこぼす。異形のエインヘリアルに届かなかった理由こそが、今の状況を生んでいる。
 だからこそ、決して罪人エインヘリアルだけは逃さない――弌は、微笑した。
「黒いお兄さんは無口だね。それとも口が利けないのか……なんにしろ、先輩達は殺せませんよ」
 アニミズムアンクを手に、弌は自分とコロッサスを霊的に大自然と繋ぎ回復させる。弌の大自然の護りに、罪人エインヘリアルが吠えた。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 ガシャン! と鎧を鳴らして、空を跳ぶ。大上段からの二本の斧、その全力の振り下ろし――それを陽治が割り込んだ。
「見せ過ぎだよ」
 陽治が無造作に突き出した右手、その袖口からブラックスライムが飛び出す! ゴォ!! とエインヘリアルが振り下ろそうとしていた黒曜石の斧の一本が、陽治のケイオスランサーに弾き飛ばされた。
「ガ!?」
 空中で、エインヘリアルが体勢を崩す。その頭上をすかさず取っていたのは、オニキスだ。
「隙有りだ!」
 零距離、オニキスが巨大なガトルングガンから放った、頭上からのブレイジングバーストがエインヘリアルをアスファルトへと叩きつけた。うつ伏せに落下したエインヘリアルは立ち上がろうとして、背中に重圧を受ける――弌のスターゲイザーの垂直落下の蹴りだ。
 そして、クィルのブラックスライムが捕食モードに変形、エインヘリアルの巨体を飲み込んでいく。
「どうぞ――」
「ああ」
 そこに続いたのは、コロッサスだ。豪快に振り下ろした終焉砕きによるチェーンソー斬りが、エインヘリアルの自由をより奪っていく。
「処刑の時間だ」
「グ、オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 エインヘリアルが、鎧を軋ませて力づくで立ち上がった。重圧を、スライムを、無理矢理振り払って――織櫻が音もなく、踏み込んだ。
「我が斬撃、遍く全てを断ち斬る閃刃なり」
「オオオオオオオオゥ!!」
 降り頻る雨すらも悉く断つ織櫻の太刀筋を、エインヘリアルは斧で迎え撃つ。ギギギギギギギギギギギギギギギギギギッ! と火花が、互いの間で散った。その音は、落ちる雨粒の音にも似ている。ただ違うのは、織櫻の雨音断ち(アマネダチ)は敵を斬るまで止まないという事だ。
 音が途切れ、火花が減る。織櫻は二刀、エインヘリアルはさきほど片方を失って斧一本――明暗を分けたのは、文字通り手数の差だ。雨音は途切れ、無音でエインヘリアルの四肢を織櫻は切り裂いて行った。
「世界に仇なす邪悪な者よ、我が黄金の炎を見よ! そして……絶望せよ」
 ラハティエルは、大きく広げた二枚の翼に目が眩まんばかりの鮮朱の炎に輝かせる。それは、まさに破滅を意味する地獄の焔だ。
「我が鮮朱の炎こそ、殲滅の焔! 揺らぐとも消えないその劫火は……地獄の中でも、燃え続ける!」
 Flamme de Cinabre(フラム・ド・シナブル)――羽ばたく翼が生んだ灼熱劫火の超高熱エネルギーがエインヘリアルを吹き飛ばした。度重なる攻撃に、エインヘリアルに踏ん張る余力はない。
 だからこそ、万は吠えた。
「引き裂け、喰らえ、攻め立てろ!」
 己を構成する獣を幻影、万の百の獣牙(ヒャクノジュウガ)がエインヘリアルに牙を突き立てていく。飢えた獣の牙に、容赦はなかった。エインヘリアルは空中から落下するよりも早く、獣の牙と黄金の焔に食い散らかされ燃え尽きていった……。


 戦いは、終わりを告げた。完勝とは言えない、しかし、確かに目的は果たした戦いだった。
「一般人を守ることができた。それをまずは良しとすべきか」
「ああ、そうだな」
 コロッサスの重い呟きに、陽治はうなずく。最悪は防いだ、まずはそれを受け入れるべきだろう。
「まァ、そうだねェ――ッと」
 万はスキットルの酒が切れた事に気付き、陽治へ行った。
「反省会は飲みながらしようぜ……ラハティエルも行くか?」
 酒飲みにとって、酒がないのは良くない。本当に、よくない。ヒールで周囲の破壊跡を治癒すると、一部は酒場で反省会へと向かった。
 それでも、ケルベロス達の活躍で守られた者達がいた。それは、まごうことなく真実である……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月15日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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