誘いの死相

作者:零風堂

「ぐっ……、何を……?」
 人気の無い路地で、苦しみもがくひとりの女性。彼女が相対するのは、黒衣に身を包んだ死神だった。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 死神の言葉を合図にしたかのように、駆け出す女性。その腕がドリルのように回転し、胸元からミサイルポッドがばら撒かれる。
「な、なんだ?」
「デウスエクスだ、逃げろー!」
 大通りに飛び出してきた異形……、アンドロイドタイプのダモクレスを目にして、逃げ惑う通行人たち。そんな人々を追いかけるダモクレスは、理性を失った獣のように暴れまくり、とにかく片っ端から命を奪っていく。
 そのダモクレスの頭部には、死神が植え付けた球根のような物体が、怪しく佇んでいたという。

「死神によって『死神の因子』が埋め込まれたダモクレス、ですか……」
「ええ、そいつが夜の繁華街に現れて暴走。大量のグラビティ・チェインを得るために、手あたり次第に人間を虐殺しようとしているみたいっす」
 ティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)と話す黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)の言葉を聞いて、穏やかではないなと他のケルベロスたちも集まってきた。
「もし、このダモクレスが大量のグラビティ・チェインを獲得してから死ねば、死神の強力な手駒になってしまうと考えられるっす。それを防ぐためにも、こいつが人々を殺害するよりも早く、撃破しなければならないっすよ」
「予知の情報を頼りに、迅速な対応が必要ということですね」
 ティニの言葉に、ダンテも静かに頷いた。
「敵は女性型のアンドロイドタイプのダモクレスで、ドリルアームやミサイルを駆使して攻撃してくるっす。死神の因子を植え付けられた影響なのか暴走している様子で、夜の繁華街の路地からメインの通りに飛び出してきて、手当たり次第に虐殺を行うつもりみたいっすね」
 それからダンテは、死神の因子について情報を付け加える。
「このダモクレスを倒すと、死体から彼岸花に似た花が咲いて、どこかへ消えてしまうみたいっす。けれど、敵の体力に対して過剰なダメージを与えて倒した場合であれば、この現象は発生しないみたいっす。おそらくは死神が回収していると考えられるんで、余裕があれば試してみて欲しいっすよ」
 ダンテの言葉を受けて、ケルベロスたちも頷いた。
「死神の動きは不気味っすけど、まずはこの暴走するダモクレスによる被害を食い止めて欲しいっすよ!」
 ダンテはそう言ってケルベロスたちを激励し、話を終えるのだった。


参加者
シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)
千種・終(白き刃影・e34767)
香月・渚(群青聖女・e35380)

■リプレイ

 賑やかな夜の繁華街に、突如として異変が転がり出る。
「ガ……、グァァァッ!」
 それは獣の如く獰猛で、機械のように電子音めいた苦呻の雄叫びだった。女性の毛は逆立ち乱れ、所々に破れた皮膚からは機械部分が露出している。
 女性型のダモクレスは服の肩口を掴んで引き破り、胸部装甲を露出させる。弾頭は瞬時にミサイルポッドに変質し、繁華街を行く人々へと射出される。
「さぁ、行くよドラちゃん。サポートは任せたからね!」
 香月・渚(群青聖女・e35380)がオラトリオの翼を広げ、ふわりと着地する。背中に掴まっていたボクスドラゴンの『ドラちゃん』が離れると同時に特製消火器をパスし、自身は衝撃に備えて構えた。
「……思うままに事が運ぶとは、思わないで頂かないと」
 ミサイルの炸裂を身に受けながらも、シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)がダモクレスとの距離を詰める。深き夜の闇のような藍色の髪を靡かせて、雷光を纏わせた槍を突き出す。
 構えた相手の腕部の服が破れ、機械部品に覆われた装甲板が露わになった。
「皆様こちらです。わたくしたちケルベロスが参りましたので、ご安心してお逃げください」
 その間にドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)が人々に声を届け、逃げるように促していた。
「ああ、こっから先は俺たちに任しときな。きっちり片付けてやるぜ」
 グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)はアルティメットモードで精製したマントを翻し、勢いよく敵へと向かっていく。
 玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)も先ほどのミサイルをひと振りで薙ぎ払った鉄塊剣を肩に担ぐように構え、意図して堂々と、正面からダモクレスの注意を引くように踏み込んで戦い始めた。
「さぁ、皆。元気を出すんだよ!」
 渚はその間にもいきいきとした元気な歌を奏で始めて、仲間たちの戦意を鼓舞していく。
 正面、右、左……。敵と味方の配置を視野に入れ、千種・終(白き刃影・e34767)は身を低くして駆けていた。払おうとする敵の腕を掻い潜り、滑り込むようにして背後へと回る。同時にエアシューズの爪先を思い切り蹴り入れて、大地にずしんと大きく響かせた。
 ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)が白い装束に金の長布を纏った姿で、人々を守り抜くと誓いを立てている。
「何の罪もない人々の命を失わせる訳には参りません。私たちケルベロスが、死神の野望を食い止めてみせます」
 サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)は全身からみなぎるように殺気を放ちつつ、人々が戦場に入ることのないよう、戦いに巻き込まれないように目を光らせていた。

「……ッガァァァ!」
 ユウマがサイコフォースを炸裂させるも、敵は爆炎を突っ切って間合いを詰めてくる。高速回転する腕がドリルのように鋭く迫り、ユウマはそれを鉄塊剣で受け止めた。
 耳障りな高音と、眩い火花が飛び散っていく。
「ダモクレスか、死神に操られて、まさに傀儡になっちゃったみたいだね」
 その鍔迫り合いに渚が割り込み、敵の首筋目がけて延髄蹴り気味に蹴りを浴びせかける。一撃を受けた相手は前のめりに揺らぎ、ユウマも反応して跳び退る。
「グォォッ!」
「っ!?」
 しかし倒れざまにドリルアームが振り上げられ、渚の武術着が腹部から肉と共に抉り破られた。鮮血が散り、口元にも血が溢れ出す。
 ばぢっ!
 すぐさま雷光が傷口を灼いて出血を止め、血液の代わりに活力を帯びた電流が渚の体内に流れ始めていた。ドラちゃんが属性の力を託してくれたらしい。
「……」
 四方を囲み、敵の注意はケルベロスに向いた。次に攻めるなら――。
 終が自販機を蹴って壁を駆け、建物から飛び出した居酒屋の看板に手を掛ける。そこでくるりと反転し、勢いをつけて急降下する。
 敵の頭上。流星の如き軌跡を描いて終が蹴りを叩き込み、ダモクレスの身体を大きく揺さぶる。すぐさま終は間合いを取り直し、シャーリィンはその間にフローレスフラワーズを発動させる。
「死に花は芽吹かないと知りなさいな」
 幾千の茨の上で踊るように、どこか儚げでありながら、ぞっとするほど美しく、シャーリィンは舞い踊り、花弁のオーラを舞い降らせていく。
 彼女の元まで下がった終は、一瞬、手を差し出そうとしたように見えたが、その手を握り締める。
 シャーリィンは薄く微笑んで応え、終も微かな笑みを向ける。それだけで、今のふたりには十分……、いや、間断なく続く戦いの中であれば、それが精一杯とも言えただろう。
「自分の意思と関係なく暴走してるってんなら、尚更勝手は許さねえぜ」
 グレインがよろめくダモクレスの体勢が整わぬうちにと踏み込んで、鋭い蹴りを繰り出そうとする。相手は辛うじて手刀を突き出し、グレインを牽制するが……。グレインはそれを見切って紙一重で躱し、膝蹴りで応戦する。よろめいた所に旋刃脚を突き入れて、両手で掌底を押し込んで間合いを取り直す。押し飛ばされた相手は電話ボックスに、ガシャンと盛大に突っ込んだ。

「理無き神の時よ、その動きを停めよ!」
 ロウガの発動させた石化の魔力が、ダモクレスへと迫る。人々を避難させていたケルベロスたちも合流し、戦闘は順調に進んでいるかに見えた。
 サラもオウガメタルを身に纏いながら、拳を握って相手を――、その頭部を再度、確認する。
 死神の因子。
 球根のような、キノコのような、あるいは蕾のような、何とも言い難い形状の物体。
 これを死神に回収されぬよう、多大なダメージを与えられるかどうかだ。
 サラはそれを確かめるように、鋼の拳を敵へと叩き付けていく。硬い手応えを感じながら、まだその時ではないと気合いを入れ直す。
「死神の勢力を強化させないためにも、確実に破壊しましょう……!」
 ユウマが鉄塊剣を地面に刺し、両手を広げてケルベロスチェインを伸ばしていく。猟犬の如き鋭さでダモクレスの四肢に喰らい付き、その動きを阻んだ。
 生じた隙を逃さずにティニ・ローゼジィ(旋鋼の忍者・en0028)が銃を抜き、素早く一撃する。
「その生命力、奪ってあげるよ!」
 渚が背から回り込み、ナイフを思い切り振り下ろす。奪ったエネルギーを噛み締めるように微かに口端を上げて、大きくジャンプした。
「一般人を蹂躙など、許せるはずもございません。必ずここで倒して参りましょう」
 そこにドゥーグンの轟竜砲が突き刺さる! 直撃したか、ダモクレスの衣服はボロボロに焼け焦げ、機械人形のような様相になっていた。
「ググ、ガガガ……!」
 だがそこにある意志は変わらず、獣のような獰猛さのみだ。
 唸りと共に胸部からミサイルをばら撒き、ケルベロスたちへと次々に撃ち出してくる。
「…………」
 シャーリィンは目と口だけを手で覆い、閃光による視界遮断と、呼吸困難による行動不能だけを防いでいた。それは痛みと引き換えに戦闘続行のみを選択する、苦肉の策。
「美しい夜が穢れぬよう、戦うだけです」
 そのままシャーリィンは素手で、機械の身体を引き裂きにかかる。ばきばきと鉄板やコード、溶接部分が悲鳴を上げて歪んでいく。
 苦しみながらもダモクレスは鋭いドリルアームをシャーリィンに向け、引き剥がそうとする。
 ばごん。
 その足元が、急に陥没した。
 終の地裂撃が、敵の足の甲ごと地面を打ち据えていたのだ。奇しくもそれは、終が初撃を打ち込んだのと全く同じ場所であった。
 へこんだのは靴ひとつ分ほどの小さな窪みだったが、敵がバランスを崩すのには十分すぎるものだった。
 その隙に終もシャーリィンも敵との距離を取り、ボクスドラゴンの『ネフェライラ』が、属性の力を降ろしてミサイルのダメージを癒してくれている。
 入れ替わりにグレインが踏み込んで、殴打の応酬を開始した。
「デウスエクスに渡してやる物なんてねえからな」
 牽制、フェイント、打撃、回避、防御、相殺。格闘戦の中でグレインは決め手を見極め、螺旋の力を掌に込めて打ち込む。腹部に痛打を受けたか、ダモクレスは大きく歪んで後退った。
「壊しの剱、逃れ得ぬ過去を抉り裂く!」
 ロウガが素早くナイフを振り、斬撃を刻み付けていくが、相手も同時にロウガの肩に刃を突き入れていた。それはドリルアームとは逆の腕。爪から手首までが鋭いナイフのように煌めていた。
 ずばん!
 派手に散らされた血が生命エネルギーとなって、敵の活力となる。しかしここで、止まっている場合ではない!
 ユウマとティニがダッシュで踏み込み、まずはユウマが跳び蹴りを仕掛ける。相手は僅かに動いて躱すが……。
「まだです!」
 先ほど地面に突き立てた鉄塊剣を支点にして、ぐるんと回ったユウマが戻ってくる。背から降魔真拳、正面からティニの螺旋掌に挟まれて、がくんと敵の身体が揺れた。
「その動きを封じてあげるよ!」
 続けざまに渚が踏み込んで、断罪の戦鎌を振り上げる。両腕を交差させてこれを受け止めるダモクレスだが、こちらはフェイント。渚は素早く飛び出して、スライディングのような形でスターゲイザーを叩き込む。
 足元を刈られ、ふらつくダモクレスの頭部にドゥーグンが、思い切り一撃を叩き付ける。ぐらりぐらりとよろめいて、全身から電流と火花が漏れ始めた。
「あと一押し……。決めに行くか」
 終がシャーリィンに視線を送り、駆け出した。
「槍で穿ち、剣で屠れ……。大いなる女王の名を以て、戦いの誓を示して。――さあ、夜をはじめましょう」
 シャーリィンは自身に戦女神の力を降ろし、仲間たちの力を高め始める。その間の時間を稼ぐように、終は走る。――黒の戦靴で。
「さあ、これでおしまいにしようぜ!」
 グレインが正面から旋刃脚を叩き込み、相手の気を引いている。終は背後に回り込み、ユウマを見た。
「――!」
 意を汲んだユウマが、地面に刺した鉄塊剣を握りしめて支える。終はその刀身を蹴って反動にし、鋭い一撃を突き入れた。
「……いざ」
 サラが愛刀を鞘に納め、自身の間合いに敵を入れる。
「我が閃光、その身に刻め! 我が剣閃、汝の全てを斬り伏せる!」
 すべての力を、この一瞬に。抜き放たれた一刀はまさに閃光の如く、敵を両断して打ち砕く。同時に頭部に在ったはずの因子は砕け散り、音も無く消滅していった。
「…………」
 サラは刃を納めると、静かに一礼だけを送る。こうして夜の街には再び平穏と安らぎが、取り戻されたのであった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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