凄惨なる刃の果てに

作者:波多野志郎

 夜の駅前は、人で賑わっていた。帰る者、向かう者、それぞれだろう。行き交う人や車が奏でる音が、夜を彩っていた。
 その不規則な音に、轟音が交じる。空から舞い降りた一条の光――それが、駅前のロータリーへと落下したのだ。
 何事か、と人々が轟音の中心を見る。立ち上る噴煙、そこから姿を現したのは巨大な剣の切っ先だった。いや、正確には最初、剣とは認識されなかった。それもそうだろう――全長四メートルを超える剣の切っ先など、もはや金属の板としか認識できるはずもない。
 だからこそ、噴煙が晴れた瞬間の恐怖と驚きは大きかった。鋼色のフルプレートアーマーを着た、身長三メートルの大男だ。見上げるばかりの大男だが、剣はそれよりも長い。剣の表面には九個の星、獅子の星座が刻まれていた。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 ずん、と腹にまで響く咆哮。獅子にも似た雄叫びと共に、エインヘリアルは獅子の星座の幻影を人々へと解き放った。

「こうして、罪人エインヘリアルによって、多くの人々が殺されます」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、真剣な表情で解説を続けた。
「過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者であるエインヘリアルなのですが……」
 放置すれば多くの命が奪われ、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えれる。エインヘリアル側にとっては、一石二鳥の方法なのだろう。
「急ぎ現場に向かって、エインヘリアルの撃破をお願いします」
 エインヘリアルが出現するのは夜、人で賑わう駅前だ。
「人々の避難は、警察などが請け負ってくれます。とにかく、みなさんはエインヘリアルとの戦いに集中して下さい」
 敵は一体、全長四メートルを超えるゾディアックソードを装備している。とにかく攻撃力が高く、耐久力がある。小回りこそ利かないものの、一撃一撃は鋭い。個々の実力では、遠く及ばないだろう。
「ですので、みなさんで協力してあたってください。それでも、厳しい相手というのが正直なところです」
 相手はどんなに不利になろうと、最後まで戦いを止めない。一つのミス、一つの気の緩みが、戦況を大きく変えかねない。注意を忘れず、挑んでほしい。
「ここは流刑地ではありません。とにかく、犠牲者が出ないようよろしくお願いします」


参加者
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)
狗上・士浪(天狼・e01564)
武田・克己(雷凰・e02613)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)
根住・透子(炎熱の禍太刀の担い手・e44088)

■リプレイ


 夜の駅前は、人で賑わっていた。帰る者、向かう者、それぞれだろう。行き交う人や車が奏でる音が、夜を彩っていた。
 その不規則な音に、轟音が交じる。空から舞い降りた一条の光――それが、駅前のロータリーへと落下した。
 立ち上る噴煙、そこから姿を現したのは巨大な剣の切っ先だった。そして、その剣が振り払われると鋼色のフルプレートアーマーを着た、身長三メートルの大男が姿を現わす。
「――……デカいな、何もかもが。標的としては見つけ易いのが有り難い」
 しみじみと、疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)が言い捨てた。確かに大きい、すべてがスケールが違った。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 エインヘリアルの雄叫びに、クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)が言い捨てる。
「地球はゴミ捨て場じゃないんですがね……まぁ、ゴミというには少々厄介な相手なようです」
「無用な殺戮も破壊もエインヘリアルの思いどおりにさせる訳にはいきませんね」
 気を引き締めて行きましょう、と根住・透子(炎熱の禍太刀の担い手・e44088)は六尺もの刀身を持つ長大な刀――火焔野太刀 劫火を引き抜き、蒼炎を刀身にまとわせる。
「随分と大きな業物ですね」
 八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875)の感想も、もっともだ。四メートルを超える剣、それを軽々と構えている時点で、エインヘリアルの怪力が見て取れる。グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)は、その巨大な剣に肩をすくめた。
「攻撃食らったら痛そうだから気を付けて立ち回らないとねぇ……」
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
 エインヘリアルが、吠える。ズン、と腹の底に響く野太い咆哮に、狗上・士浪(天狼・e01564)は吐き捨てる。
「あぁ、うっせぇ。ライオンでもここまでギャンギャン吼えねぇぞ……多分」
「今回も好い一撃、期待してんぜ」
 ヒコの言葉に、士浪も短く「おう」と答える。戦うからには、手加減という選択肢はない――ただ、全力で叩き潰すのみだ。
「大振りの武器はそれだけで脅威だけど……だからと言ってただ薙ぎ倒される気はありません。小さな護身刀一振、その戦い方をお見せしましょう」
 筐・恭志郎(白鞘・e19690)が白綴の柄へと、手を伸ばした。武田・克己(雷凰・e02613)もまた、直刀・覇龍を手に言い放つ。
「随分とまぁでかい剣を使うエインヘリアルだな。そのご自慢の剣ごと斬り捨ててやるよ」
 宣言の直後、エインヘリアルが剣を横一文字に振るう。黄金の獅子のオーラが、ケルベロス達へと襲いかかった。


 ドォ!! とエインヘリアルのゾディアックミラージュが炸裂した。巻き起こる爆風、その中を迷わず疾走しながらクロハがvictoriaを振りかぶる。
「まったく、恐ろしい破壊力だ――長く放置しておけば被害が広がるばかりです、出来る限り素早く撃破しましょう」
 ヒュガ! と地獄の炎を背に鋸刃を持つ黒色のグルカナイフにまとわせ、薙ぎ払った。クロハのブレイズクラッシュを、エインヘリルはダン! と地面に突き立てた剣を盾に受け止め――。
「ガァアッ!!」
 エインヘリアルが、そのまま地面を切り裂き剣を切り上げる! 紙片のように舞うアスファルトの欠片、克己は紙一重で刀で受け止め息を飲んだ。
「つ!? なんつぅ、力だ。刀がきしんでやがる」
 間合いが広く、威力も強い。おそらくは牽制の一撃であろうと、この始末だ。それでも、克己に浮かぶ表情に焦燥はなくより濃い笑みだけだ。迷わず踏み込み、克己は直刀・覇龍に雷を宿して刺突した。脇腹を、火花を散らして切り裂いていく。
「そこです」
「ッ!?」
 直後、エインヘリアルの顔面近くで爆発が起こる――恭志郎のサイコフォースだ。のけぞったエインヘリアルが、強引に体勢を立て直す。エインヘリアルが慌てる、それほどの脅威を本能で、肌で、感じ取ったからだ。
「どの程度の技を以って、其の一刀を扱うかは、此方もまた技を以って、聴き出せば良いだけ。さあ、精々踊り狂いましょう」
 鎮紅が、頭上にいた。Advanced Code : Euphoria、二本の紅いダガーナイフに魔力を流し、深紅の刃を形成――ヒュオン! と鋭く刃を振るった。
「其の歪み、断ち切ります」
 ギギギギギギン! と盾にしたエインヘリアルの剣が、火花を散らした。まさに盾、まさに壁。剣と呼ぶよりも、壁を剣にしたと言う方が正しい武器だからこその防御だ。だが、鎮紅の斬華・千紫万紅(ザンカ・センシバンコウ)の魔力が剣から鋭さを奪っていく。
 その直後、蒼の軌跡を描いて透子の呪怨斬月が放たれた。間合いは遠い、そのはずだ。しかし、六尺にも及ぶ切っ先は、エインヘリアルの太ももをしっかりと切り裂く!
「今です」
「おう」
 透子の声に答え、士浪が駆けた。一歩、それで地面を掴む。二歩、それで地面を置き去りにする。三歩、そこでエインヘリアルの眼前へと間合いを詰めた。顔面へと放つ飛び膝蹴り――士浪は、スターゲイザーの一撃を叩き込む。
「ヒコ」
「任せろ!」
 ヒコが、すかさず時空凍結弾を撃ち放った。ダン! と右肩を撃ち抜かれ、エインヘリアルが横回転――だが、エインヘリアルはそのまま、剣を振り回して間合いを確保する!
「オレも自分より大きい武器って結構好きなんだけどねぇ……ま、でも……敵同士だからね、倒させて貰うよぉ」
 共感はできる、とゾディアックソードを振るい、グレイシアがスターサンクチュアリの魔法陣を展開する。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
 エインヘリアルが、肩に担ぐように剣を構え身を低く沈める。それはまさに、獅子の構え――肉食獣が、襲いかかる前の体勢だ。
 怯まず、迷わず、エインヘリアルはケルベロス達へと襲いかかった。


 暴風、このエインヘリアルを表現するのならばそれが正しい。振るわれる剣は、触れただけで骨身を砕き切り刻む。その暴威へと、ケルベロス達は恐れずに立ち向かっていった。
「風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」
 直刀・覇龍を下段に構え、克己が踏み込む。暴風となった剣を見切り、左右のステップで翻弄しながら前へ――そして、切り上げの斬撃を放った。
「でかい分懐に入られると厳しいよな。それにそれだけでかいと振り下ろすか薙ぎ払うのが精いっぱいだろ? 攻撃は至極読みやすいぜ」
 その克己の頭へ、エインヘリアルが肘を落とす。それを克己はバックステップで回避、それと同時にクロハが跳ぶ。
「――ッ!!」
 裂帛の気合と共に、クロハの右回し蹴りがエインヘリアルの側頭部を捉える。ミシミシ……! とエインヘリアルの太い首が、軋みを上げた。
「隙有り、です」
 そこへ、鎮紅が滑り込む。逆手に構えた変形したAdvanced Code : Euphoriaを突き立て――紫閃を刻む深紅の刃を振り抜いた。
「ガ、ア!?」
 エインヘリアルが、苦痛で動きを止める。静止するのは一瞬だけ、しかし、それで十分だった。火焔野太刀 劫火と鬼刃 叢雨、二本の刀を暴走させ透子が十字の斬撃を放つ。
 だが、透子は驚きで目を見張った。
「自分から、倒れ――!?」
 致命傷を避けるためにエインヘリアルが選んだ方法、それは自分から倒れる事だった。斬撃は浅く切り裂くのみ、エインヘリアルの巨体は柔道で言うところの後ろ受け身でアスファルトを砕き、即座に立ち上がる。
 剣は、手から離れた。だが、誰も隙をつけない。起き上がる動きを利用して、エインヘリアルが宙へ剣を蹴り上げたからだ。クルクルと回転する軌道を見切って、エインヘリアルは手を伸ばす――ジャキ! と柄を見事に掴み、そのまま大上段に振り下ろした。
「くっ!」
 直撃を避けられたのは、恭志郎の咄嗟の判断があったからだ。白綴の柄頭で剣の腹を横から殴打、軌道を逸したからこそ浅い傷ですんだのだ。
「――フッ!」
 鋭い呼気と共に、恭志郎が踏み込む。引き戻した動きから流れるように、恭志郎が白綴で切り上げたのだ。その達人の一撃に、エインヘリアルはたまらず後退した。
「ク、カカッ」
「何を笑ってやがる!」
 ヒコの銀縷が銀の花を開かせるように展開、戦術超鋼拳を繰り出す! ゴォ! と金属が激突する轟音を立てながら、そのままエインヘリアルは地面を蹴った。
「カカカカカカカカカカカカカカカカカッ!!」
「使い潰されてもお構いなし、暴れられりゃ十分ってか。随分と分かりやすい脳筋具合だ」
 ドラゴニックハンマーを構え、士浪が追う。ガガガッ! とアスファルトを削り、エインヘリアルは急停止。剣の斬撃で、迎え撃った。
「まぁ、余計な事考えずに済む分、やり易いがな。遠慮なくブチのめせる!」
 ガ、ガガガン! と士浪とエインヘリアルが打ち合う。それを確認しながら、グレイシアは傷口から溢れる血液を操り、恭志郎を回復させた。
「まぁ、楽しくて仕方がないんだろうねぇ」
 グレイシアは、何故エインヘリアルが笑うのか正確に理解している。そして、共感していたのは克己だ。
「ああ、だろうな」
 全力を振るえるのが楽しいのだ、それに値する強敵が眼の前にいるのが、嬉しくて嬉しくてたまらないのだろう――戦闘狂、ようはただ、それだけの事だ。
 一進一退、鎬を削り合う戦いは、互いの肉体と精神を削り合う事を意味する。だからこそ、ただの一手のミスが勝敗を分ける――ただ、相手のミスを待つ理由は、ケルベロス側には無かった、それだけだ。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 エインヘリアルが、大上段に剣を振り下ろす。渾身の斬撃、それを前に恭志郎が前へ。真正面から、その斬撃を白綴で迎撃した。
 ギィン! と火花が散って、エインヘリアルの剣の軌道が逸れる。紙一重、読み切っての恭志郎の一撃に、空を切った。
「そこです!」
 恭志郎が、音速を超える速度で拳を放つ。狙うのはエインヘリルの剣を持つ手だ、ガキン! と剣が支えきれずに宙を舞った。
「ただ、其処に立つのなら、私は、其の悪夢を断つ迄」
 宙を舞う剣に伸ばしたエインヘリアルの腕を、鎮紅の斬華・千紫万紅(ザンカ・センシバンコウ)が切り裂いていく! 血と紫の炎が散る中を、クロハが踏み込んだ。
「どうぞ、一曲お相手を」
 クロハの地獄化した両足が、鮮やかに踊る。回し蹴り、前蹴り、後ろ回し蹴りに踵落とし――エインヘリアルの防御をかいくぐり、クロハの炎舞(エンブ)がエインヘリアルの巨体を蹴り飛ばした。
 エインヘリアルの足が、地面から引き剥がされる。短い浮遊感が終わるより早く、グレイシアが右手をかざした。
「人々に恐怖を覚えさせた報いは受けて貰わないとねぇ――大気に満ちる空気よ、凍れ、氷の刃となりて、切り刻め……」
 大気が凍て付き、鋭い氷の針を無数に放たれた。グレイシアの氷裂風塵(リュシレーン)が、次々にエインヘリアルへと突き刺さっていく。エインヘリアルはそれでもなお、手を伸ばしギリギリで己の剣を空中で掴んだ。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 そこに、克己が走り込む。全力を込めた直刀・覇龍の斬撃が、エインヘリアルの剣で受け止められ、ビキリ! と亀裂を走らせた。ヒビは剣の半ばまで届き、エインヘリアルは力づくで振り払おうと――。
「私がやらないと……。お願い劫火、力を貸して……! 灰燼焔薙!」
 続けて放った透子の滅殺剣 灰燼焔薙(メッサツケンカイジンホムラナギ)が、ついにエインヘリアルの剣を真っ二つに断ち切った。直刀・覇龍と火焔野太刀 劫火が振り切った体勢で交差し、克己と透子は同時に左右に跳ぶ。
「行くぞ」
「ああ、行こうぜ」
 そして、士浪とヒコが同時に迫った。
「体ん中からグズグズにしてやんぜ―――喰い千切れ!」
「世の中は 恋繁しゑや かくしあらば――……其の望み、抱いたまま零れろ」
 瘴気に変換した氣を貫手に込めて士浪は放ち、涅槃西風をまとった蹴りをヒコが繰り出す。ヒコは、小さく笑って言った。
「さぁて、加減はどうだい、デカブツ。そろそろ夢に幻に痺れてくる頃合いじゃねえか?」
「ぐ、が……」
 答えは、呻きにしかならない。烈咬衝(レッコウショウ)と幾夜寝覚(イクヨネザメ)、渾身の力を込めて二撃が、ついにエインヘリアルを地面へと倒れ伏させた……。


「お疲れ様でした、全員怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
 クロハの問いかけに、透子が代表して答える。無傷な者はいないが、倒れた者もいない。完勝、そう言ってもいいだろう。
 ただ、周囲を見回して確認すればまだ勝ったとは思えなかった。
「随分暴れてくれましたねぇ……ヒールに聊か時間がかかりそうです。ですがまぁ、命があるだけ良しとしましょう」
「出来るだけ敵の爪痕を残さないよう、綺麗にしたいですね」
 クロハの言葉に、恭志郎もそうこぼす。この破壊跡を修復して、初めてエインヘリアルに対して勝ったと言えるのだ。日常を取り戻す、そのためにケルベロスは周囲の修復に励んだ……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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