紅咲く曼珠沙華

作者:犬塚ひなこ

●花の彩と血の色
 紅い鳥居の向こう、橙色の灯が燈された提灯が淡く光る。
 境内に続く路の両側には鮮やかな曼珠沙華の花が咲き乱れていた。その路は幻想的で、何処か遠い異界や冥界に続くかのような不思議な雰囲気だ。
 暫し紅い花の路を進めば境内の中心に辿り着く。其処には所狭しと祭り屋台が並んでおり、賑やかな声や明かりに満ちていた。
 狐の面屋に射的、甘い林檎飴にふわふわの綿飴。香しい匂いを漂わせる食べ物屋台。元気よく駆けていく子供たちや浴衣姿で出歩く男女。そして、祭囃子の音。
 だが、盛況な秋の祭りに昏い影が差す。
 境内の手前、曼珠沙華の花が咲く路の中央に突如として巨大な牙が突き刺さった。牙は鎧兜をまとった竜牙兵へと姿を変え、賑わう境内へと無遠慮に進む。
「――オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 そして我々に憎悪と拒絶を向けてドラゴン様の糧となれ。そう告げて高らかに笑った骨の兵達は刃を振るいあげ、驚き逃げ惑う人々に襲い掛かってゆく。
 やがて楽しいはずの秋祭りは悲鳴が響く殺戮の宴となり――曼珠沙華の花は血を浴びて更に赤く染まり、冷たい夜風に吹かれて揺れていた。

●狐花の路
 曼珠沙華、または彼岸花。
 秋を盛りに咲く花が見られる神社の境内で行われる祭りが竜牙兵に襲われる。小鞠・景(冱てる霄・e15332)は自らが予見し、ヘリオライダーが予知した事件について話した。
「秋祭りとなると人も多いですから、デウスエクスの格好の的になるのでしょうか」
 灰色の瞳を僅かに緩め、景は口許に指先を当てて考える。竜牙兵の狙いは大量のグラビティ・チェインと自分達への憎悪だ。このままにしてはいけないと語り、景は集ったケルベロス達に協力を願った。

「敵は四体で、全てが剣を装備しているようです」
 不幸中の幸いか、敵が出現するのは祭会場の境内からは少し逸れている。
 今からすぐに向かえば彼岸花が咲く路と境内入口の間に陣取り、敵を迎え撃つことが出来るだろう。ひとたび戦いを仕掛ければ竜牙兵は撤退することはなく、此方を全滅させようと狙い続けるはずだ。
「私達が敗北しなければお祭りは守られます。気を引き締めて確実に狩りましょう」
 何処か鋭く双眸を細めた景は仲間達を見遣る。
 その眼差しには負ける心算など欠片もない、と告げるような真剣さが感じられた。するとそのとき、景の話を聞いていた彩羽・アヤ(絢色・en0276)が片手をあげる。
「ねえねえ、景ちゃん。それからみんなも。ちゃんと戦いに勝てたらみんなでいっしょに秋祭りに行ってみたいな! 狐のお面とか林檎飴とか欲しいなあ」
 だめかな、と首を傾げて問うアヤに景はちいさく頷きを返した。
「大丈夫だと思います。折角のお祭りですから楽しむのも悪くはないですね」
「やったー! じゃあ浴衣で行こうよ。景ちゃんも浴衣とか持ってるよね?」
 景の答えにアヤは満面の笑みを浮かべ、さっそくお祭りに向けての準備を始める。もちろん戦いの気概も忘れていないらしくペイントブキもしっかり携えていた。
 そして、景は改めて仲間達を見渡して告げる。
「竜牙兵による虐殺も、お祭りの破壊も見過ごす訳にはいきません。一先ずは勝利を目指して、それから秋のお祭りを楽しみましょう」
 そっと微笑んだ景は曼珠沙華の路の先に続く提灯の燈や祭りの賑わいを想像する。
 其処にあるべきものは人々の笑顔や眩い明かりであるはずだ。決して灯や花を血の色に染めはしないと心に決め、景は戦いへの思いを抱いた。


参加者
リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)
藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086)
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
雪城・奏(地球人の巫術士・e08235)
輝島・華(夢見花・e11960)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)

■リプレイ

●紅い鳥居と緋色の花
 曼珠沙華が揺らぐ提燈の明かりに照らされる光景。
 それは宛ら、何処か違う世界に続く入口のようで幻想的だった。
 何かの物語のようね、と独り言ちたリシティア・ローランド(異界図書館・e00054)は緩く首を振り、私は私の課せられた仕事をするだけだと思い直す。
「さて、予知の通りなら――」
「御出座しのようじゃのぅ」
 リシティアが頭上を見上げ、ゼー・フラクトゥール(篝火・e32448)が身構えた。
 その瞬間、巨大な牙が天から降り注ぎ、見る間に竜牙兵へと姿を変える。着地したすぐ近くにケルベロス達が居ることに気付いた敵は刃を構え、空洞に昏い光が宿るだけの胡乱な眼差しを此方に向けた。
「丁度いい。オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
「竜牙兵ってどうしてこんなに不躾な輩が多いのかしら」
 問答無用の宣言に両手を軽くひらき、肩を竦めてみせた藤咲・うるる(メリーヴィヴィッド・e00086)はちいさな溜息を吐く。
 そして、先手必勝としてうるるは電光石火の蹴撃で敵を穿った。雪城・奏(地球人の巫術士・e08235)はうるるの声に真剣な表情で頷き、精神を集中させる。
「あなた達の好きにはさせません」
 爆発が巻き起こる背後、境内からは微かに祭囃子の音が聞こえる。
 小鞠・景(冱てる霄・e15332)は其処には多くの人がいるのだと改めて感じ、竜牙兵の妨げになるようしっかりと立つ。
 既に付近にはロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)と彩羽・アヤ(絢色・en0276)による殺界が形成されていた。これでケルベロスが倒れぬ限りは戦いの場に誰かが迷い込む心配はないだろう。
 祭りを楽しむ人々が何も知らぬうちに片を付けるのが自分達の役目だ。宝来・凛(鳳蝶・e23534)は刀の切先を敵に差し向ける。
「不吉な気配はここで止める。無粋は許さん、通さんよ」
 凛が真っ直ぐに告げると紅い胡蝶が火粉を散らして舞った。炎が骨兵に纏わりつく中、ロナも思いを言葉に変えて殺戮機械を召喚する。
「ここにきてるみんな、きっと……おまつり、たのしんでる。だから、だいなしになんか、させない……!」
 重い衝撃が敵を貫き、凛が与えた炎を増幅させていく。
 輝島・華(夢見花・e11960)もロナの懸命な声に頷きを返し、掌を握り締めた。
「はい、お祭りの邪魔をさせる訳にはいきません!」
 そして、華が腕に纏わせた鋼鬼の力を解き放てば、傍らに控えていたライドキャリバーのブルームが激しい駆動音を鳴らして突撃する。
 ゼーと奏、そして凛のウイングキャットの瑶に加護を巡らせた華。その前にはゼーの匣竜であるリィーンリィーンが仲間を守る盾として戦闘態勢を取る。
 リシティアが冰水の刃に呪詛を載せて敵を斬り裂き、ゼーが轟竜の砲撃を放って追撃に入る最中、うるるも次なる攻撃に備えて身構え直した。
「小癪ナ……お前達から血祭りにシテヤル!」
 対する竜牙兵達は其々に刃を掲げたが、景も攻勢に移る。
「この景色を血の色で染めないためにも。楽しい秋の記憶とするためにも――」
 負けません、と宣言した景のガトリングガンの銃口が提燈の灯を反射した。その瞬間、嵐の如き銃弾の雨が骨兵達を貫き、戦いは深く巡ってゆく。

●屠り、護る
 骨兵が剣を振るい、星の斬撃を見舞う。
 二体が同時にリシティアに一閃を向けたことを逸早く察知し、凛は敵との間に割り込む形で駆けた。更にブルームがもう一体の敵の攻撃を受け止め、仲間を守る。
 すかさず奏が痛みを受けた凛達へと歌の癒しを施した。
 視線で礼を告げたリシティアは身を翻し、虚無魔法を紡いでいく。
「祭りに出向くなら、身支度ぐらいはしてから来なさい」
 折角の死装束なのだから、と竜牙兵を見遣ったリシティアはひといきに魔力の塊を解き放った。彼女は祭りそのものには興味はなく、最小限の被害で無粋な輩を片付けることのみに念頭を置いている。だが、だからこそ一撃ずつが正確無比で強力なものとなる。
 華が更なる鋼の力を拡げて仲間に加護を与えてゆく。ゼーもリィーンリィーンに仲間の援護を願い、自らも翼を広げた。
「祭りを狙うとは随分と変わった敵じゃが、このような者もおるのじゃな」
 竜牙兵を見据えたゼーの薄墨色の鱗が周囲の提燈の明かりを反射して鈍く光る。瞬刻、炎を纏った一閃が骨を穿った。
 うるるも其処に続き、己が喰らった病魔の力を拳に集わせる。
「せっかくのお祭りを台無しにされたら困っちゃうわ!」
 苛烈な降魔の一撃は目映い光を纏い、骨兵の髄まで喰らい尽くすが如く迸った。
 すごい、ロナとうるるの一閃に目を瞬かせる。そしてロナは自分も皆みたいに力を揮いたいと願い、地面を強く蹴りあげた。
「こわすの、ゆるさないから……!」
 跳躍からの急降下。流れる黒髪を靡かせてロナが放つのは流星を思わせる蹴撃。しかし、竜牙兵も次々と攻撃を繰り出してくる。
 アヤは景と視線を交わし、絵筆を大きく振り上げた。
「あたしだってやっちゃうよ。行くよ、景ちゃん!」
「斃してみせましょう。炎熱さえも冷ます程に」
 空中に浮かぶ道を描いたアヤがえいっと一撃を放った機に続き、景は凍土の力を解放した。酷寒の冷気が一気に前衛の竜牙兵を包み込み、急速に凍り付かせる。
 瑶がその隙を狙って尻尾の環を飛ばし、凛も刃に力を込めた。
「神前には、活気と笑顔溢れるままに――」
 背後の境内を思い、時空すら凍結させる弾丸を創りあげた凛は魔力を解放する。その瞬間、竜牙兵の躰が砕け散った。
 一体目の敵が倒れたと察し、リシティアと華は次の標的に視線を映す。
 華はブルームが纏う花をひらめかせて突撃していく様を見守りながら次は雷壁の守りを施していった。奏も敵の攻撃を受けている仲間にしっかりと装殻術をかけ、共に並び立つ華に声を掛ける。
「輝島さん、そちらはお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。私も景姉様達の力になりたいですから」
 少女達は微かな笑みを交わし、癒しと加護の援護に回っていった。
 そして、戦いは更に巡る。
 一体目を崩してしまえば後はもう此方のペースだ。ゼーがリィーンリィーンを伴って二体目の敵を攻撃し、景が紅蓮の炎で敵を焼き払い、更に凛と瑶の連撃が重なる。
 リシティアは相手が揺らいだ隙を見逃さず、陣を地面に描いた。煉獄に住まう黒鳳蝶が召喚され、使役主であるリシティアの周囲を舞う。
「この蝶は少し凶暴でね。花を愛でるほど可愛らしいものではないわ」
 ――骨の髄まで喰らい尽くしなさい。
 無慈悲な声が落とされた瞬間、黒鳳蝶は竜牙兵を跡形もなく喰らい尽くした。
 それによって前衛骨兵が倒れ、残るは後衛の二体のみとなる。うるるは好機を察し、ロナを手招きした後に再び拳を握り締めた。
「良い調子ね。私たちが力を合わせれば秋祭りが壊される未来なんて――」
「もう、ぜったいにこないから。だいじょぶ」
 うるるの言葉をロナが継ぎ、二人は骨兵に其々の力を向ける。軽やかなステップを踏んで敵との距離を一気に詰めたうるるの背を見つめ、ロナは記憶の奇譚を紡いだ。
 拳で敵を殴り抜くうるるの一撃が敵を揺らがせれば、ロナが放った燃え盛る炎の糸が焔を起こして纏わりつく。
「グウウ……」
「オノレ、此処までの力があるトハ……!」
 されど抵抗する竜牙兵も同時に刃を振るってきた。すかさず凛が狙われた景を庇い、ブルームとリィーンリィーンも仲間の前に立ち塞がる。
 奏は凛達の傷が深くなる前に、と幻夢と幻影の癒しを放っていった。
「お祭りとそれを楽しまれてる人の為に頑張ります」
 それから、と周囲を見渡した奏の瞳は仲間の姿が映っている。いま、この場の誰よりも皆の負傷具合を把握しているのは奏だ。
 誰も倒させないことが自分の矜持だと語るが如く、奏の力は戦線を支え続けた。
 そして、ロナが放った蹴撃によって敵が大きく傾ぐ。華は敵を倒すチャンスが巡って来たのだと感じて、掌を頭上に掲げた。
「ブルーム、いきましょう。逃がしませんの!」
 魔力によって作り出された花弁が華とブルームの周囲に舞う。標的に向かっていくライドキャリバーは風を纏い、ちいさくとも鋭利な刃となった花と共に突撃した。
 三体目の竜牙兵が切り刻まれ、衝撃によって地に伏す。
 リシティアは最後に残された一体を見遣り、陣を描いた指先に黒鳳蝶を招聘した。
「そろそろ終わりね」
「余計な水差す連中は祓ってまおか」
 凛は瑶からの翼の癒しを受け、リシティアに合わせて地獄の遣いを喚ぶ。
 鳥居に提灯、それに花。その彩が穢れてしまうなど赦せない。此処に集った心や笑顔が翳らぬよう――目映い光景、心踊る時間を、取り戻してみせる。
 決意の思いが巡った刹那、黒鳳蝶と紅い胡蝶が翅を広げて舞い踊った。魔性の蝶達は燃え盛る業火の如く、緋色の花を咲かせる。
 うるるは呼吸を整え、骨兵との距離を測った。そしてゼーとアヤと目配せをしあった彼女は素早く敵の背後に回り込んだ。
 続いたアヤが右側に向かい、それに合わせてゼーが匣竜に左側に回るよう告げ、自らは正面に陣取る。
「仕上げじゃ。老骨に鞭打ち、ちと頑張るかのぅ」
「力いっぱい、いっくよー!」
「逃げ場を無くすのが決め手って、ママが言っていたわ!」
 ゼーによる超重の一撃、リィーンリィーンの全力の体当たり、アヤの塗料攻撃。更にはアヤのうるるが放った気咬の弾。それらが同時に弾けた瞬間、竜牙兵が膝を付いた。
 奏とロナは次が最後になると感じ、景を見つめる。
 景自身も着実に近付く終わりに気付いて意識を集中させた。彼女が敵の最期に送るのは凍土の里諺。
 身動きすら許さぬ程の冷気は厳しい風雪となり、四肢の自由を奪う。そして――。
「平穏な時間をかえしてもらいますね」
 景が口にした言葉が紡がれたときにはもう、全てが終わっていた。

●緋の花と灯
 起こるはずだった死の未来は番犬達の手によって潰えた。
 取り戻された平穏は静けさとなり、秋の夜風が鳥居から続く路に吹き抜ける。
「これで一件落着ですね」
「何事もなく終わって僥倖じゃ」
 奏がほっとした様子で辺りを見渡し、ゼーも被害がないことを喜んだ。
 そして戦いの健闘を労いあった仲間達は微笑みを交わし、其々に思う場所へと向かってゆく。祭りに行く者、彼岸花を眺める為に歩き出す者。
 リシティアは仲間達の背を見送った後、何気はなしに足元の花を見下ろした。
 そんな中で奏はひとり静かな夜道を歩き、曼珠沙華が燈に照らされる様を写真に切り取る。夜のひとり歩きに少し緊張もしたが、不思議と今夜の空気はあたたかい。
 風に揺れる花は鮮やかな緋色。しかし、血の色とは違う。それが自分達が未来を守った証のように思えた。
「淡い光の中の曼珠沙華、綺麗ですね」
 葉は花を思い、花は葉を思う。
 この花に宿る様々な言の葉を思い返した奏は双眸をそっと細めた。
 灰色の浴衣姿のゼノアの手を握り、ロナは花を見つめる。
「すごい、すごい……あかいはな、たくさん。でも……なんだか、さみしいね」
 戦いの中ではゆっくり見られなかった景色に眸を瞬かせた後、ロナはぽつりと呟いた。
 こんなにきれいなのに、と悲しい花言葉を多く持つ彼岸花を見つめたロナの横顔を見遣り、ゼノアは首を振る。
「……花に纏わる、良い言葉も良くない言葉もあるだろう。愛でる時は、良い言葉を取り上げてやるとよい」
 花に罪はない。それを綺麗だ、見事だと思ったなら、そのまま評してやればよい。そう話すゼノアにロナはそっか、と頷きを返した。
 そのとき、ロナのお腹がぐううと鳴る。
「おなか、すいちゃった」
「……一仕事終えた後だしな。今日は奢ってやろう」
「やたいでおいしいもの、たべにいこ……!」
 彼の言葉に表情を輝かせたロナは繋いだ手を引き、眩い燈の方へ駆けてゆく。
 大丈夫、二人一緒なら寂しいことなんてない。賑わうお祭りが終わってしまったとしても、楽しい思い出は残り続けるはずだから。
「この景色をあなたが描いたら、どんな風になるのかしらね」
 夜に咲く彼岸花の路を、うるるは鳥居に向かって歩いていく。振り返ったすぐ後ろには花鳥の姿があり、うるるの緑の眸が彼と花を交互に映した。
 花鳥にとってはこの景色はまだ知らない夜。
 燈と緋と宵の色が織り成す景色を眺める花鳥より少し先を行きながら、うるるは感じていた思いを零す。
「夜の彼岸花ってちょっと怖いかも、って思ってたけどこうやって見れば綺麗なものね」
 吸い込まれそうな不思議な気配もあると話す彼女に花鳥は頷いてみせた。
「……明かりを灯せば、また違う側面も見えてくる」
 そして、花鳥はうるるを呼ぶ。
「あぁ、あまり端に寄り過ぎないほうが良い。もう少し此方においで」
「ちょっと。そんなに心配しなくても、転んだりしないわ!」
 思わず頬を膨らませるうるるだったが、自ら歩み寄ったことで二人の距離は縮まった。そうして、花鳥は改めて緋色の花を見下ろす。
「この景色を描くのも悪くない」
 その時は君もまた見に来るといい、と告げた彼は先程のうるるの言葉に答えた。そうすれば、自分の見る世界と君の見る世界が其処でまた見えてくるはずだ、と。

●秋の夜の華
「では景姉様、アヤ姉様、お祭りに行きましょう」
 花咲く柄に矢絣帯の浴衣を翻し、華は二人を誘う。祭屋台が並ぶ境内に足を踏み入れれば改めて此処を守れて良かったと感じた。
「ふふー、ふたりともその浴衣すっごく似合ってるよ」
「アヤさんも素敵ですね」
 良い感じ、と二人の艶姿を見つめるアヤが着るのは金魚柄の浴衣。穏やかに双眸を緩める景は天の川を思わせる夜紫色の浴衣だ。
 三人は林檎飴を片手に仲良く歩き、狐面を売る屋台に向かった。
 何気なく手に取った面を付けて鏡で自分を見た景は首を傾げ、思わず呟く。
「あまり似合いませんね」
「そうですか? 景姉様だってとても可愛らしいですよ」
「景ちゃん、お面は似合う似合わないじゃなくてどれだけ堂々と付けられるかだよ!」
 華は斜めに狐面を被る景にそんなことはないと微笑み、アヤは確りと真正面から面を被って胸を張った。
 くすくすと笑いあう華達は祭りを大いに楽しんでいる様子。
 そうして、景は少女達に問いかける。
「ほしいものはありませんか」
 景は年上としての気配りとして何か好きなものを贈りたいと申し出た。すると華は少し戸惑いがちにアヤと相談を始める。
「どうしましょうか、アヤ姉様。お言葉に甘えさせて頂きましょうか」
「そだね、甘えちゃおう。でも後で景ちゃんに何かお礼しよーね」
 景の好意に何を返すかを考えつつ、少女達は揃いの狐面が欲しいと願った。
 そうして暫しお面屋の前で話をしていると、不意にアヤが顔をあげる。
「ゼーおじいちゃんだ!」
 紺の落ち着いた雪花絞りの浴衣を纏うゼーを見つけ、アヤは駆けて行く。その傍には狐面を付け、てこてこと歩く匣竜の姿もあった。
「リィーンちゃん、お面かわいいね。ねえねえ、おじいちゃんも一緒に回ろ!」
「綿菓子はもう買ったのかのぅ。もしまだなら奢ってやろう」
「ほんと? ありがとう、ゼーおじいちゃん大好き!」
 じゃれつくように傍に来たアヤにゼーは優しい眼差しを向ける。彼からの申し出に遠慮なく礼を告げたアヤはすっかりはしゃいでいる。
 賑やかな声を聞きつけ、通りかかったのはリシティアだ。
 本当ならば仕事を終えてすぐに帰る心算だったのだが、たまにはこういった催しを見て回るのも悪くないと思い、仲間達の輪に加わった。
「あっちにベビーカステラがあったのだけど、どうかしら」
「やった、リシティアちゃんからも甘いもの貰っちゃった。華ちゃん、景ちゃんもはやくはやく、こっちだよ!」
 彼女が皆を思って買ってきたのはちいさなカステラ菓子。アヤは、皆で一緒に食べよう、と仲間に向けて手を振った。
 景は先程に見ていた狐面を買ってから、行きましょうか、と華を呼ぶ。しかし屋台通りにも人が多くなってきた。花は腕を伸ばして景の浴衣の裾に触れる。
「景姉様、はぐれないように手を……よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
 そっと繋がれた手と手。優しく握った掌の感触はとてもやさしいものだった。
 そして、賑わいながらも穏やかな時間が流れてゆく。
 ご苦労さん、と千里から軽く告げられた言葉に笑みを返した凛は、さあ行こか、と香しい香りを漂わせる夜店を指差した。
「花の見事な社があると聞いて来た――筈だったんだが」
「花も勿論ええけども、それは後のお楽しみってヤツ」
 問答無用で境内に連れて来られた千里は肩を竦める。しかし、先ずは団子もとい屋台の雰囲気も楽しまなければ損だと凛は悪びれず笑った。
 ほくほく顔の主の傍ら、瑶もご褒美が欲しいとばかりに目を輝かせている。
 揃いも揃って色気より食気だと一人と一匹を見遣った千里はどれでも好きなものを奢ってやると告げた。
「まぁ頑張ったのに違いはねぇ、今回は特別に……」
「ほんまに? ふふふ、目移り止まらんなぁ」
「いや、手柔らかにしろよ」
 放っておくと手加減無しに奢らされる気がして千里は思わず釘を刺す。
 何だかんだで優しい兄貴分と共に巡る祭りは楽しくて仕方がない。凛は口許を綻ばせ、護ったものとこれからの刻を思って願う。
 社と花の傍に、笑顔と平和があり続けますように、と――。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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