秋鮭狂騒曲

作者:坂本ピエロギ

 祭り会場の野外公園は、湯気と熱気で満たされていた。
 広大な園内のあちこちに設けられた大鍋や鉄板の上で、グツグツジュウジュウと音を立てるのは、眩しいピンク色の魚肉。北日本が誇る、秋の味覚の代表選手の一角。
 秋鮭である。
 この日は、地元で毎年行われる鮭祭りの開催日。地元の有志や料理人が腕を振るって作る鮭料理は、どれも見ただけで食欲をそそられる一品ばかり。
 焼鮭、鮭のバター焼き、石狩鍋、いくら丼……。旬の野菜と新米も、この日ばかりは主役の座を譲るしかない。旬の秋鮭に舌鼓を打つ客で賑わう祭りの熱気は、今まさに最高潮を迎えようとしていた。
 だが、そこへ。
 まるで湯気の孕んだ香りに誘われるように、3本の牙が天から降り注いだ。
 牙はあっという間に竜牙兵へと姿を変え、乱入者に怯える人々をジロリと睨みつける。
「ホウ人間メ、食事中ダッタトハ。貴様ラノグラビティ・チェインハ、ドンナ味カナ?」
「地球デハ食物ノ遺恨ハ何ヨリ深イト聞ク。ソノ憎悪ト拒絶、全テドラゴン様ニ捧ゲヨ!」
「塩焼キカ? ムニエルカ? ソレトモあら汁ガイイカ? ハーッハッハ!」
 こうして竜牙兵達は巨大な鎌を振り回して、逃げ惑う人々を追い回し始めた。

「サンマが終わったら次は鮭か……ったく、次から次へとキリがねぇな?」
 ヘリポートに佇むアベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は肩を竦めて苦笑した。彼が黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)に依頼した調査結果の報告が、今しがた返ってきたからだ。
 竜牙兵の襲撃事件という、最悪の形となって。
「つーわけで、説明に入らせてもらうっすね」
 アベルの話を継いで、ダンテが依頼の概要を話し始めた。
「襲撃が予知されたのは鮭祭りの会場っす。襲撃に加わる竜牙兵は全部で3体で、ちょうど皆さんが現地に到着した頃が襲撃のタイミングっすね。奴らが狙う場所を変えないように、避難誘導は襲撃後に行わせてもらうっす」
 現地にはダンテの手配した警察が待機していて避難誘導は彼らが行う手筈になっている。竜牙兵はケルベロスを最優先で排除するため、襲撃直後に戦闘を開始すれば市民が狙われることはないだろう。
「次に敵の情報っすね。竜牙兵は3体とも簒奪者の鎌を装備してて、ヒットアンドアウェイを主体とした戦闘スタイルで攻撃してくるみたいっす」
 簒奪者の鎌は攻撃力に優れ、標的の生命力を吸収したり、防御力を下げる状態異常を付与してくる。敵の回避能力を封じなければ、思わぬ苦戦を強いられるかもとダンテは言った。
「戦いが無事に終われば鮭祭りが再開されるっす。事件が起こるのは昼過ぎっすから、帰る前に是非、旬の秋鮭を思う存分堪能してきて下さいっす!」
 ビシッとサムズアップを決めたダンテは、早速ヘリオンの発進準備にとりかかった。


参加者
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
ラカ・ファルハート(有閑・e28641)
ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)
クラリス・レミントン(暁待人・e35454)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)

■リプレイ

●一
 雲一つない晴天。
 乾いた風に揺れる野外公園の芝生を踏みしめながら、クラリス・レミントン(暁待人・e35454)は鮭の香りを含んだ秋の空気をそっと吸い込んだ。
「もういい匂いがしてる。俄然やる気が出てきちゃうね」
 鮭祭りの会場内に視線を向ければ、警察の誘導によって避難していく人々の姿が見えた。場内に並ぶ屋台や調理スペース、火の落ちた鍋や鉄板のすぐ傍に、料理されるはずであったろう秋鮭があちこち寂しそうに放置されている。
「邪魔な骨には、さっさと帰ってもらわないと。今回もよろしくね、郁」
「こっちこそ。竜牙兵からきっちり祭りを守らないとな!」
 クラリスの言葉に、鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)が頷いた。郁はクラリスにとって、幾度も依頼を共にしてきた頼もしい仲間だ。
 ――人々を守り、会場を守り、1秒でも早く戦いを終わらせる。
 戦いに向かうべく、鮭料理を一旦心の奥へと封印する二人の傍で、ウエン・ローレンス(日向に咲く・e32716)が空を指さして注意を促した。
「どうやら来たようですね。あれを……」
「時間通りのお出ましだな。さっさと片付けてしまうか」
 ウエンの指さす先を凝視する日月・降夜(アキレス俊足・e18747)の視界にも、降り注ぐ3本の竜牙がはっきり確認できた。グラウンドのようにだだっ広い広場に突き刺さった牙は瞬く間に竜牙兵へと姿を変え、耳障りな声を会場に響かせる。
「オ前達ノグラビティ・チェインヲヨコセ!」
「憎悪ヲ! 拒絶ヲ! 食物ノ恨ミヲドラゴン様ニ捧ゲヨ!」
「塩焼キカ? ムニエルカ? ソレトモあら汁ガイイカ? ハーッハッハ!」
 ケタケタと笑う竜牙兵達に向かって、ラカ・ファルハート(有閑・e28641)はうんざり顔で嘆息すると、挑発するように手招きを送った。
「秋晴れの心地よい日に水を差すとはなあ……おいで、存分に相手をしてやろう」
「ムムッ!? 貴様ラ、ケルベロスカ!」
「当然! 美味しいものとデウスエクスの在る所、ケルベロスは必ず現れるんだよ!」
 簒奪者の鎌を手に陣形を組んだ竜牙兵達に、クラリスは高らかに告げる。彼女の展開した殺界形成によって、会場内にケルベロス以外の人影はない。
「ここは大切な祭りの場です。お引き取りを……と言っても通じませんか」
「ククク……笑ワセル! マズハ貴様ラヲ料理シテクレヨウ!」
 アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)がエアシューズで加速を開始するのと、竜牙兵が鎌を振り被るのは、ほぼ同時。
 秋鮭祭りの会場は、瞬く間に戦場へと変わるのだった。

●二
 開始と同時、回転する大鎌がケルベロスの後衛に次々と飛んできた。
 降夜めがけて襲い掛かる鎌の三連撃を、クラリスと郁、そしてラカのボクスドラゴンが盾となって庇う。
「見事じゃどらさん、よくやった」
「回復は私が引き受けた。破れた服も繕ってあげよう」
 アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)は大人びた態度で胸を張ると、ケルベロスチェインを繰り前衛の仲間達を重力鎖の盾で包み込んだ。
「さあ皆、思う存分暴れるといい」
「食に通じて居ても分かり合えねぇなら潰す迄。容赦はナシだ」
 初撃を凌いだケルベロスが、次々に攻撃へと転じた。アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)の散布するオウガ粒子を浴び、後衛のアレクセイと降夜の身体能力が飛躍的な上昇を遂げる。
「この祭り、絶対に守り抜きましょうとも。愛しのわが君のために!」
 迎撃で飛来する回転鎌の斬撃を避け、みるみる竜牙兵との距離を詰めるアレクセイ。愛を捧げる女性への鮭料理を覚えて帰るためにも、この戦いは負けられない。
 限界まで加速し、跳躍。速度と体重を込めた流星の蹴りで狙うのは、塩焼きだムニエルだと怪気炎を上げていた竜牙兵だ。
「地球の料理に詳しいようだが……チーターはムニエルにしても旨くないぞ、多分な」
 降夜の野獣の咆哮が、回避を試みる敵の心を鷲掴む。命中に優れるポジションの狙いすました攻撃と、アベルの施す身体能力強化は、竜牙兵の高回避を容易く無効化した。
 二人の連撃で足を縫い留められた竜牙兵に狙いを定めて、ケルベロスは一糸乱れぬ動きで攻撃を浴びせていく。
「ウエン、頑張って! 外しちゃ駄目だからね!」
「少しでも楽に戦えるよう援護する……!」
 盾役のクラリスと郁が、アタッカーの背を力強く押した。愛しい想いを歌い上げる旋律に乗って動き回る小型兵達の援護は、ウエンの集中力を刃のように研ぎ澄ませる。
「これで、どうです!」
 ヌンチャクに変形した如意棒を手に竜牙兵を襲うウエン。回避を封じられた竜牙兵は、嵐の如き彼の猛攻を裁ききれない。攻撃を受けた簒奪者の鎌は見る間に刃を欠いてゆく。
「どらさん、ボクスブレスじゃ」
「ヒイィィィ、ツ、ツ、冷タイィィィィ!!」
 雪の属性ブレスを浴びて凍える竜牙兵に、ラカはバトルオーラで極大の気弾を形成した。
「どうやら、料理されるのはお前さん等のようじゃの」
 小さい溜息と共に、気咬弾を発射。
 弾は弧を描いて竜牙兵へと直撃し、その体を玩具のように軽々と吹き飛ばすのだった。

●三
 回避と命中。
 キャスターポジションの長所は、突き詰めればこの2点に集約される。敵の攻撃を回避で無効化し、じわじわと高命中の攻撃で削り取る――いわば蝶のように舞い、蜂のように刺すスタイルといえよう。
 対するケルベロスは初手で火力を担う仲間の命中を底上げした。足止めの付与で敵の羽を開始早々に毟り取り、武器封じで針を折り、ジグザグの傷でそれらを押し広げた。
 竜牙兵達の装備する簒奪者の鎌は、羽を、針を、治す能力を有さない。底上げが為されたケルベロスの狙いを無効化する術もまた、ない。
 故に、今から始まるのは戦いではない。一方的で無慈悲な狩りだ。
「骨が魚料理を知っているなんて意外と地球についてお詳しいのですね。しかし……」
 ケルベロスの攻撃を浴び続た竜牙兵にアレクセイが狙いを定める。優美な笑みと共に発動するのは『罪過の黒棺』。捉えた者を包み込み、速やかに葬り去る茨の棺だ。
「貴方の骨では出汁もとれない。祭りの場からはご退場願いましょう」
 茨は黒い大蛇のように竜牙兵を締め付け、断末魔の代わりに大輪の黒薔薇を花開かせた。茨の隙間から転がるコギトエルゴスムの結晶をアルシエルは無慈悲に踏み潰すと、
「さあ、一気に片づけてしまおう」
「了解だ! 覚悟しろ、竜牙兵!」
 砲撃形態のドラゴニックハンマーを担ぐ郁と、仲間達のいる前衛へとオウガ粒子を散布。命中上昇を得て発射された竜砲弾が、次なる標的の竜牙兵に赤黒い爆炎の花を咲かせる。
「グウウ……! ヨクモヤッテクレタナ!」
 避け損なった竜牙兵は片割れと共に鎌を振り被り、命を吸収する斬撃をウエンに見舞う。クラリスは間合いに踏み込んで身代わりを果たすと、反撃の刃を敵へと向けた。
「ウエン、仕掛けるよ」
「了解です。仕留めてみせましょう、遊ぶつもりはありませんので!」
 竜牙兵の体を、ウエンの輝く立方体が包み込んだ。それは電磁波の檻となって、敵を麻痺の呪縛で縛り上げていく。
「オ……ノレ……ケルベロスメ……」
「さあレミントンさん、とどめを!」
「オッケー。眠らない子と邪魔な竜牙兵には、お仕置きしなくちゃね」
 瀕死となった竜牙兵を牽制するウエンに、クラリスは蒼い武装ジャケットをひるがえして応じた。祭りを襲い、人々の楽しみを台無しにせんと企む不届きなデウスエクスを、少女の歌声が静かな死へと誘う。
「昏く永い夜の底から 眠らぬお前を探しに――」
 クラリスの子守唄に誘われるように現れたのは、巨狼に跨がる銀髪の魔女の幻影だ。骨の芯まで凍える寒さにもがく竜牙兵を、魔女の幻影がコギトエルゴスムもろとも粉砕した。
「残るは1体、だな。というわけで――止まってろ」
 降夜は鎌を振り上げた竜牙兵の懐に飛び込むと、拳のグラビティを針へと変え、敵の足へと突き刺した。敵の回避を封じる時、降夜の『止』はシンプルだが絶大な効果を発揮する。
 直撃を受けて、たたらを踏む竜牙兵。そこに狙いを定めるラカに、アベルは一言呟いた。
「トドメは任せるぜ、ラカ。露払いは俺がやる」
「うむ。このわしがスパッと解決してやろう!」
 自信満々で胸を張るラカに、アベルはほんのちょっぴり不安を覚えた。
 どうにもこの友人は危なくて放っておけないところがあるからだ。アベルは最後となった竜牙兵に向き直ると、自らのグラビティで1柱の龍を生成する。
「食欲に終わりはない、知ってんだろ?」
 餞別代わりの言葉を敵に投げ、己が龍をけしかけた。
「ほら、狩りと食事の時間だ」
 とぐろを巻いて、竜牙兵の喉元に食らいつくアベルの龍。懸命に抗うもがく敵の背から、ラカの死へと誘うケルベロスチェインの音が鳴り響く。
「どらさんもお主は食べたくないようじゃ。というわけで粉骨としよう、ぽきっとな」
 竜牙兵の首へと二本の鎖を巻き付かせ、締め上げながら叩きつけるラカ。力を込めた渾身の一撃がとどめとなり、最後の竜牙兵は粉々に砕け散った。

●四
 デウスエクスの去った鮭祭りは程なくして再開され、その活気を取り戻した。
 人々の賑やかな笑い声と共に、会場に並ぶ屋台や調理場からは、白い湯気に乗って秋鮭の蠱惑的な香りが漂ってくる。
 塩を振ってシンプルに焼いたもの。秋の野菜と一緒に鍋で仕立てたもの。秋鮭が醸し出す魅惑の香りに、会場を回るケルベロス達も思わず唾を飲み込んだ。
「これは目移りするな……おや、あれは」
 鉄板で鳴く秋鮭の誘惑に耳を傾けていた降夜が、屋台のひとつに目を向ける。
 鉄板の蓋を開けた中から湯気を立てて現れたのは、野菜と一緒に蒸し焼きにした鮭だった。味噌とバターの香りに降夜は頬をほころばせて、
「ちゃんちゃん焼きか……前から一度、食べてみたかったんだよね」
 早速ちゃんちゃん焼きを山盛りにしてもらった。皿の上に鎮座するのは、身の厚い焼鮭と野菜炒めを混ぜ合わせた混ぜたもの。きつね色の焦げ目がついた鮭皮は、溶けたバターの膜に覆われて艶やかに輝いている。
 いっぽうクラリスが選んだ品はというと。
「ふふふ……私は、鮭と茸のクリームシチューだよ!」
 抱える器から漂う湯気の芳香に、クラリスは至福の笑みを浮かべる。ごろりと転がる鮭の身は、まろやかなクリームの中にあってその存在感を失わず、旬の盛りの茸たちと一緒に、クラリスと仲間達を誘惑する香りを漂わせている。
「美味そうなのばっかりだな。鮭って本当に、どんな料理にも合うんだな」
 そう言って頷く郁の手には、大振りのイクラ丼があった。
 昆布の染みた醤油にさっと漬けた秋鮭の卵は、艶めかしく輝く橙色の真珠にも似て、新米の上にぎっしりと、こぼれんばかりに敷き詰められていた。添えた三つ葉が、香りと見た目に丁度良いアクセントを加えてくれる。
 そんな仲間達の傍では、アレクセイは目につく鮭料理を片っ端からメモしていた。
「あの料理は美味しそうですね。愛しの君の笑顔が見えるようです。ああ、あれも……」
「ディルクルム、大丈夫かい? 良ければ持とうか?」
「よろしいのですか、レラジェさん? ……ではお言葉に甘えて」
「ふうん、石狩鍋か。体が温まりそうだ」
 アルシエルは、アレクセイから受け取った料理に注目して呟いた。味噌で煮込んだ新鮮な鮭と秋野菜が織り成す鮮烈な香りに、ついお腹の虫が騒いでしまう。
 こうして、お目当ての料理を手にした一同が会場の食事スペースに辿り着くと、そこではアベルとラカ、そしてウエンが配膳を終えて待っていた。
 ホイルで包んだ茸バター焼きにムニエル、チーズ焼にサーモンマリネ……テーブルに並ぶ鮭料理の数々に、クラリスは思わず目を輝かせる。
「すごい! これ、ウエン達3人で作ったの?」
「あ、僕はもっぱらお手伝いです。ラカさんとアベルさんの手並み、本当に素晴らしく」
 そう言って感動するウエンの横で、ラカは大きく胸を張る。
「味は保証する故、遠慮せず食すと良い。アベルの料理も実に美味じゃったぞ」
「あー、あんまり気にしねぇでくれ。ラカはちょいと『味見』が好きなもんで……な」
 そんなこんなで卓を囲んだケルベロスは、いざ手を合わせて。
『いただきます!』

●五
 秋鮭料理は、どれも体が芯から温まる味だった。
 クラリスはシチューを口に運びながら、その味に幸せオーラをふわふわと飛ばしている。
「ふふふ……最近すっかり涼しくなって、あったかいものが一層美味しくなったよね」
「ああ。秋料理の醍醐味のひとつだな」
 感無量といった顔で溜息をつきながら郁が頷いた。彼のイクラ丼は既に空で、今はラカの作ったバター焼きに舌鼓を打っている。
「……美味いな、これ」
「ふふふ、そうじゃろうとも。もっと褒めるがよい」
 そんな自信満々で笑うラカは、アベルの作ったムニエルとチーズ焼きをじっくりと堪能している最中だ。お供のどらさんには、自作のサーモンマリネの一皿をそっと差し出す。
「おいしいのうおいしいのう」
「まったく。頬が落ちる味と言いますか、語彙を失う美味しさと言いますか」
(「ホント幸せそうな顔すんなぁ、おい。やっぱ味は欲張って美味しく食べてこそだ」)
 蕩けきった笑顔で料理を頬張るラカ。噛み締めるように、しみじみと味わうウエン。
 アベルはそんな二人を、ラカ作のマリネとバター焼きをつついて、微笑んで眺めている。彼らの笑顔こそ最高の味だと言わんばかりに。
「……済まない、私も一皿いただけるかな」
「おういいぜアルシエル、どんどん食ってくれ」
「うむ、遠慮はいらんぞ。育ち盛りの少年が空腹ではいかん」
 アルシエルが食べていたのは、焼鮭とイクラを混ぜた腹子の新米握り飯。だが少々物足りなかったのか、アルシエルは礼の言葉と共に、仲間達の料理に箸を伸ばした。
「素晴らしい。いやあ実に素晴らしい!」
 アレクセイは石狩鍋をすすりながら、夢見心地といった笑みを浮かべている。料理を口にするたび、その目に映る愛しの女性の笑顔がますます鮮明になるからだ。
(「この素晴らしい品々の味、しっかり覚えねば。姫に振舞って差し上げるために!」)
 テーブルを囲み、秋鮭を堪能する仲間達。彼らの幸せな顔を眺め、ウエンが一言呟く。
「……良い、時間ですね」
「うん。北の海と大地の恵みに、感謝だね」
 シチューを堪能したクラリスが、ほんのり温まった頬に杖を突いて、にっこり微笑む。
 郁もまた、鮭祭りが取り戻した活気と、それを楽しむ客の賑わいを静かに噛締める。
「美味いな」
「……うん」
「ええ、本当に」
 ぽつりと呟くような郁の言葉に頷くクラリスとウエン。
 平和を取り戻した祭りを満喫する人々の笑顔を、ケルベロス達はのんびり見つめながら、満足と共に「ごちそうさまでした」と手を合わせるのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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