橙色は秋の香り

作者:中尾

●橙色の季節
 幼稚園児の亮太は、迎えに来た祖父と共に帰り道を歩いていた。
 いつもは母親が迎えに来るのだが、今日は用事で来られなかったのだ。
 亮太は、ちらりと祖父を見る。姿勢の良い、和服の老人だ。
 亮太は祖父が苦手だった。視線は鷹のように鋭いし、いつも仏頂面で何を考えているのだかわからないからだ。
 お互い無言で歩く。そんな中、甘い香りが鼻先に香った。
「……?」
 亮太は辺りを見回した。周囲は畑ばかりで何もない。あるとすれば、道路脇にぽつん、と木が立つのみである。どうやら、香りはあの木から出ているようだ。
 誘われるように亮太は、ふらふらと木の元へと近づく。
「これ、なぁに?」
 見上げたのは深緑の堅い葉に、橙色の細かな花。撫でてみればそれはボロボロと砂のように零れ落ちる。
「これ、触るでない。花が崩れる。これは、金木犀だ」
「きんもくせい……」
 橙色の花をまじまじと見つめる。その時、香りが変わった。
 亮太の目はとろんとなり、まるで微睡むような表情となる。
「亮太!」
 亮太に緑の触手が巻き付こうとした、その時。祖父が亮太を押し倒した。
「あ……あ……」
 正気に戻り、怯える孫に老人は叫ぶ。
「行け! 走れ!」
 亮太は走る。目にはいっぱいの涙を浮かべて。金木犀は老人に根を張りながら巨大化する。
「ッ……」
 身体中を痛みが走るも、その瞳は逃げる孫の背中を捉え、表情はどこか安堵していた。

●ヘリポートにて
「香りで人を惑わす、金木犀の攻性植物が出現しました」
 雨宮・シズ(オラトリオのヘリオライダー・en0197)の言葉に、百鬼・澪(癒しの御手・e03871)の青い瞳が揺れる。
 日々花を愛でる彼女にとって、攻性植物による事件は心が痛むものだった。
「元々は普通の金木犀だったようですが、なんらかの胞子を受け入れ攻性植物に変化したのでしょう。この攻性植物は児童と老人を襲い、老人を宿主としたようですね……」
「児童の方は、無事、だったのでしょうか?」
 澪の言葉にシズは頷く。
「児童……亮太くんの方は逃げて無事です。ただ……」
「ただ?」
「祖父の時之介さんの方を救出するには、攻性植物をただ倒すだけじゃダメなんです……」
 シズは説明を続ける。
「今回の敵は攻性植物は1体のみで配下はいません。取り込まれてしまった時之介さんはこの金木犀と一体化しており、普通に金木犀を倒すと一緒に亡くなってしまいます。……相手にヒールをかけながら戦えば、戦闘終了後に時之介さんを救出できる可能性も生まれるのですが……ただ、そうなると大変な戦いになると思います」
 ヒールグラビティを敵にかけても、ヒールで回復できない回復不能ダメージがあるため、粘り強く攻性植物を攻撃すれば、倒すことが可能となる。だが、それは相手の回復を続ける故に長期戦となるだろう。
「尚、周囲は畑なので人払いなどは不要でしょう」
 金木犀が使うグラビティは次の通りだ。
 香りで相手を放心状態にさせる『甘き香り』、香りによって相手の思い出に干渉する『遠い思い出』、触手で対象を斬る『触手斬撃』。
「攻性植物に寄生されてしまった人を救うのは難しい事ですが、亮太くんの為にも、もし可能ならば助けてあげてください……」
 シズはそう言ってケルベロス達を見送るのだった。


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
八代・社(ヴァンガード・e00037)
安曇・柊(天騎士・e00166)
蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)

■リプレイ

●ケルベロスの到着
 ケルベロス達はヘリオンから降りると、遠方から敵の様子を窺った。
 田舎道にぽつんと佇む異形。巨大化し、周囲に触手を伸ばすその姿はもはや金木犀と言えぬ化け物だった。深緑を映した藍色の瞳が瞬く。
「金木犀か。 この花の香りがすると秋が来たって感じになる。 星の形をしてるし、わたしは好きだ」
 攻撃さえしてこなければ、だが。とルチル・アルコル(天の瞳・e33675)は付け足す。
「そうですね、私も好きです、だからこそ……」
 止めなくてはならない。百鬼・澪(癒しの御手・e03871)は祈るように胸の前で腕を組む。
「…………」
 捕らえられた老人の話に、眩暈のような既視感を覚える。安曇・柊(天騎士・e00166)は己の服をぎゅっと掴んだ。彼の異常に気づいた十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031) は柊の背をさする。
「柔らかく、優しい言葉や態度だけが愛ではないのよね 。金木犀の花ことばは『真実の愛』 。亮太さんがそれに気付いた時に、おじいさまは側にいなくては ……私達でお返ししましょう」
 その愛情に覚えがあったシア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は静かに語る。
「その想いをここで止めずに、続ける為にも…… 」
「亮太くんを悲しませはしません、必ず助け出しましょう」
 泉がぽつり、ぽつりと呟き、澪が頷く。
「澪ちゃんのために、私も頑張るからね!」
「ふふ、ありがとうございます、カイリさん。心強いです」
 蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)の宣言に、澪も戦闘前の緊張が解れた気がした。
( 「誰も傷つけず、そして無事に返す。 年長者の私が! 一番頑張らなきゃいけないんだからっ!」)
 カイリはパシンと己の頬を両手で挟み、気合いを入れる。
「大切なものを守るために脅威に立ち向かう……それは私たちと何も変わらない在り方。そして、私たちはケルベロス・ウォーをはじめとする多くの戦いで人々の助力を受けてきました。だから失えない、共に脅威に立ち向かう人は戦友だから」
 老人の生き方に、ケルベロスと同じものを感じた彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は、老人を救う決意を改める。
「花嵐さん、天花さん、ルービィさんも、今日はよろしくお願いしますね」
 泉がサーヴァントに対してしゃがみ込み、ふわりと笑った。
 そんな礼儀正しい彼の姿に、澪の表情も緩む。
「しっかり味方を庇うんだぞ」
 ルチルがそう言いつけると、ルービィが頷いた。サーヴァント達も気合い十分だ。
「準備はできたか」
 八代・社(ヴァンガード・e00037)は口にしていたタバコを踏み消し、ケルベロス達を見回した。
「では、行きましょう」
 悠乃が軍用双眼鏡を仕舞う。
 ケルベロス達は歩き出す。攻性植物を倒し、老人を、助ける為に。

●戦闘
「お祖父さん、聞こえますか? ケルベロスです。僕達が絶対に貴方を助けます、だから、意識を強く持ってください……!」
 柊が大声で呼びかける。返事はない。だが、声は聞こえている筈だ。柊は敵を華麗に蹴りあげる。
 社が日本刀を鞘から抜く。その名は缺月。缺月は緩やかな弧を描き、敵の触手を切り裂く。
「まずは盾を前衛に」
 長期戦では守りが大事だ。泉は黒き鎖に念を込め、地に放つ。それは魔法陣となり、仲間を守る盾となる。カイリは木の葉に魔法を込めると、己に向けて放った。
 悠乃は敵をまっすぐ見据える。今回は被害者救出のためにディフェンダーとメディックが多い長期戦用編成を行った。今回、悠乃の役目はその中でもアタッカーとして相手に与えるダメージを調整する役割である。失敗すれば、被害者の命はない。悠乃は、ごくりと息を飲む。
「歩んでいた道、学んでいた技、放っていた力。それを私は否定しない」
 孤立無援の中で磨いていた殺人技術の一つ――思い出の一撃。目にも止まらぬ速さで鋭い刃を放ち、敵の触手を貫く。
 敵のダメージを見ながら、シアと澪がアイコンタクトを行い同時にウィッチオペレーションを施す。魔法による緊急手術は成功し、攻性植物の傷はみるみる回復していく。
「わたしに祖父にあたる存在はいない。だが、家族がいなくなる寂しさはよく知っている。何がなんでも救いだすから、耐えてくれ」
 ルチルが声を張る。ルチルはガジェット・No5 Stardust impacを手にし、拳銃へと変形させる。構え、狙うは金木犀。放つは魔導石化弾。触手に鈍りを与える。
 ボクスドラゴンの花嵐と天花は味方に属性インストール施し、ミミックのルービィは敵にガブガブとかぶりつく。攻性植物はケルベロス達の攻撃が重なり動けない。
「効いています……!」
 澪が攻性植物の回復に専念している間、花嵐がすぅ……と息を吸い、ブレスを放つ。
 周囲にはニーレンベルギアが咲き乱れ、攻性植物は苦しんだ。
 長い脚が宙を舞う。社のスターゲイザーに触手がひるむ。
「……目を離したら、消えてしまうかも」
 柊が小さな声で呟く。気がつけば辺りは暗闇で、彼の周囲には優しい灯りが漂っていた。闇に浮かぶ儚い星のように、美しく瞬く光は金木犀を惹き付ける。
 見逃せば最後、失ってしまうかもしれない儚い光。見失うものかと、知能を持たぬ金木犀にすら強い焦燥感を抱かせる。ゆらゆらと光に向かう金木犀に、天花が体当たりを行う。
 味方の体力が十分と判断したカイリは前列に向けて、掌をスライドさせる。まるでカイリの動きをなぞるように、光の盾は仲間の前方へとせり上がる。
「厳かに、威に満ちた音を。参ります、ヒトツメ」
 泉が囁くようにコトバを紡ぐ。それは、攻性植物の感覚器官を伝わり、その威厳さに圧倒される。泉がコトバを紡ぐ度に、その圧は高まり、最後には。
 ――ミシリ。軋む身体に、金木犀はもだえる。
 悠乃は黒曜石へと手を当てる。鋭いそれはギザギザとした刃に姿を変え、敵へと振れば歪な傷を与える。そこへ、すかさずシアがウィッチオペレーションをかけた。
「なぁ」
 金髪混じりの灰青の髪が、ふわりと風にゆれる。
 ふと、金木犀が頭をあげると、そこにはルチルが佇んでいた。痩せた身体に不釣り合いな黄金の具足をつけた少女は微笑む。
 藍色の瞳から、攻性植物は意識を離せない。思考を蕩かす程の、強烈な虚脱感と多幸感を脳髄へと焼きつけられる。
「泥沼の安寧、融け落ちて、沈む快楽に耽るがいい」
 機械少女の機能、人工的な幻視の魔眼は、攻性植物の動きを鈍らした。

●救出
 ケルベロス達は攻性植物の状況をよく観察し、仲間と声をかけ合い戦闘を続ける。ルチルは敵への攻撃過多防止に時々仲間を回復へと回り、天花は仲間への攻撃を庇う。
 戦いを始めてから何分経っただろう? 長い緊張に晒され、鼓動が早まる。長引く戦闘に、ケルベロス達も疲れの色が見え始めた頃だった。
 攻性植物がその身よじると、甘く優しい香りが香った。
「しまっ……!」
 いつもと違う香りに、澪とシアはハッとして顔を覆うも遅かった。
 香りが、記憶の扉が開く。
 そこは病院の一室。毎日窓から外を眺めていた、あの頃。
 世界は怖くて、美しくて、羨ましかった。
 ふと、いつものように窓を開けると、風が甘く優しい香りを運んできて――。
 一方、気がつけばシアは子供で、誰かと手を繋いで歩いていた。
 逆光で、顔は見えない。
 だが、その手はシアより大きくて、しわしわで、とっても温かかった。
 シアは心が温かくなった。だが、次の瞬間、場面は切り替わる。
 事切れる寸前の冷たい手。シアが必死に握り返すも、それはすり抜けて――。
「澪ちゃん! シアちゃん! 気を確かに!」
 カイリがオーラを操り、花嵐の加勢もあり残り香を消し飛ばす。
 シアの金色の瞳が瞬き、澪は正気を取り戻す。
「っ、……カイリさん、ありがとうございます」
「気にしないで! 澪ちゃんが助けたい、と願うなら……友達の私が全力でカバーする!
 それが、皆の願いを背負う、ケルベロスとしての使命なのだからっ!」
 カイリの言葉に、澪は笑む。
「あの香りは、代わり映えしない私の世界に、秋を連れてきてくれた……だから、今も私は金木犀が好きなんです……」
 だからこそ。澪は顔をあげる。
 シアは攻性植物を見据えて静かに言った。
「痛くとも愛しくとも、ぜんぶ私の思い出よ。貴方が私に触れないで」
 触手が暴れ、ひっ、と柊は短い音を出す。だが、それは足を止める理由にはならない。
 被害者を失うのが怖い、身体も、身の丈の大きな翼も、全てを盾に使い、たとえ自分がボロボロになっても。痛い事は怖いけれど誰かが傷つく方が怖い。柊はオーラを纏い、拳をきつく握る。
「大切な人に庇われて守られて、もし万が一その人を失ったりしたら、逃がされた方だって一生心に傷が残るんです、よ……辛いんです、よ。それだけは、絶対に嫌です。絶対に助けますから……!」
 柊は拳を穿ち、力強く叫んだ、その時だ。
「見えた」
 すさまじい量の触手がうごめく中、社が視界に何かを捉え缺月を振るう。
 すると人の頭が露出した。白髪の老人である。
「……!」
「お祖父さん……!」
 老人は顔を微かに上げ、苦しそうに息をしていた。
「時之介さんを放してください」
 悠乃がまるで流星如き蹴りを放ち、ルチルがマインドソードを振るう。
 長き戦いに、金木犀の体力も底が見え始めていた。
 黒を覗かせたモノクルに反射する。 泉が鎖を放ち、金木犀を雁字搦めにした。
「マスター! シアさん!」
「ああ」
 社が頷き、缺月の鞘を握った。練った魔力を鞘へと注ぎ込む。
「お辛いでしょうが、どうか、耐えて」
 その間にシアが老人へと、ヒールを施す。
「老人を、返して貰おう」
 鞘の中で魔力を爆ぜ、神速の抜刀が攻性植物を斬った。
 金木犀はわなわなと震えると、そのまま萎れ、地に伏せる。
 老人、時之介は――無事だ。
 柊が駆け寄り、老人に絡み付く攻性植物を次々と剝ぎ、背後に投げる。
 時之介は衰弱しているも、意識はある。時之介は口を動かす。だが、それは言葉にならない。衰弱から来るものだとシアはすぐに理解した。
「大丈夫ですか? さあ、癒しの香りを」
 金木犀とは違う、優しい香りが老人を包む。それは、『治療』という花言葉を持つヤロウの加護。白く可憐な花が揺れる。
「ありが……とう……ございます……」
 深々とケルベロス達に頭を下げようとする時之介に対して、悠乃が止める。
「そんな、顔をあげてください。私達はケルベロス。貴方と同じく、大切なものを守る者」
「そうですよ……お祖父さんが無事で、良かったです」
 柊がふんわりと微笑んだ。

●帰還
 ケルベロスが戦いを終えたタイミングを見計らって、救急車が現れる。
 担架で運ばれる時之介の脇に、少年と急いで帰宅したその母親が立っていた。
「さあ、お孫さんにお顔を見せてあげて下さいな」
 シアは時之介に声をかける。孫の姿を見て、微笑む祖父に、少年は嗚咽を漏らす。
 柊はその姿にもらい泣きをしそうになるも、ぐっとこらえた。
「けるべろすのおにーちゃん、おねーちゃん……ありがとう」
 救急車が出発し、少年はえぐえぐと、泣きながら礼を言い、母親は頭を下げた。
 頼る者がいない、独りぼっちの中で殺人技術を磨いていた悠乃にとって、その姿は少し眩しくて。
「家族、か……」
 ルチルの脳裏にちらつくのは、自分の言動に一喜一憂する母の顔。
「……」
 いざという時は、自分もあの老人のように――。
 大切な方をしっかりお守りできるように。泉は決意を改める。
 社は懐からいつものタバコを取り出して、火をつける。
「さて、帰るか」
 帰ったら、 バーテンダーの仕事が残っている。
「すみません、少し、お祈りを……」
「うん、いってきな」
 カイリがその背を押した。澪は金木犀の為に祈る。
(「次に花咲くその時は、誰かに優しく秋を告げる花であれますように……」)
 泉はブルースハープを取り出して、植物へのレクイエムを奏でる。
 金木犀の残り香と共にレクイエムは風に乗り田舎道へと消えていった。

作者:中尾 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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