貪り喰らう死龍

作者:波多野志郎

 そこは、どことも知れぬ雲の上だ。『先見の死神』プロノエーは、訪れる客を待っていた。不意に、プロノエーが振り返る。そこに現われたのは、二体のドラゴンだった。
 その内、一体――ジエストルが口を開いた。
「……待たせたな」
「いえ、お気になさらずジエストル殿。今回の贄は、そちらですね?」
 それにジエストルがうなずき、もう一体のドラゴンは唸り声を上げる。話は出来ないのだろう、それを悟ったプロノエーは杖で雲を一度突いた。
 そして、雲上に魔法陣が発生する。定命化に侵されし肉体の強制的なサルベージ――ドラゴンの苦痛の咆哮が雲の上には鳴り響き、やがて肉体が溶けると共にかき消えていった。
 そして、そこに新たな龍が生まれる。いや、生まれるという表現は、正しくないだろう。何故なら、ソレを指す名は死龍であるのだから。
「サルベージは成功、この獄混死龍ノゥテウームに定命化部分は残っておりません」
「ああ、この獄混死龍ノゥテウームはすぐに戦場に送る。くれぐれも完成体の研究は――」
「わかっております」
 プロノエーが、うなずく。繰り返されたやり取り、だからこそドラゴンの望みはわかっていた。それは、『先見の死神』でなくてもわかる、切なる望みであった……。

「夜の繁華街に、ドラゴン『獄混死龍ノゥテウーム』の襲撃が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、厳しい表情でそう切り出す。出現までの時間があまりなく、市民の避難は間に合わない――このままでは、大量の被害が出てしまう。
「皆さんは急いでヘリオンで、迎撃地点に向かってください。獄混死龍ノゥテウームの撃破をお願いします」
 獄混死龍ノゥテウームは、知性が無い。戦闘力もドラゴンとしては低いものの、こちらからすれば脅威には違いない。返り討ちにあってもおかしくない、全力で迎撃を行なってほしい。
「ドラゴンは骨の腕による薙ぎ払いと、氷のブレスで攻撃してきます。特に氷のブレスは範囲が狭いものの、威力が高いものなので気をつけてください」
 夜の繁華街、その大通りに獄混死龍ノゥテウームは現れる。人々の避難などは、警察などが行なってくれる手筈だ。ケルベロス達は、戦闘に集中してほしい。
「獄混死龍ノゥテウームは、戦闘開始後八分ほどで自壊して死亡する事がわかっています。倒すか、あるいは八分間耐えきるかの勝負になります」
 何故、自壊するのか? その理由は不明だ。ドラゴン勢力にとって、この獄混死龍ノゥテウームは実験体である可能性が高いだろう。
「ただ、八分間何もせずに待てません。向こうは周囲を破壊し、人の命を奪う方に集中するでしょうから」
 何よりも、こちらが返り討ちにあう可能性もあるのだ。ケルベロスの敗北は、人々の命が大量に奪われる事を意味している――どうか、心して挑んでほしい。
「ドラゴンの思惑がどうあれ、犠牲者を出す訳にはいきません。どうか、よろしくお願いします」


参加者
ティアン・バ(よるべ・e00040)
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
天音・迅(無銘の拳士・e11143)
エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)
陸堂・煉司(冥獄縛鎖・e44483)

■リプレイ


「ハ、天下のドラゴン様がひでえザマじゃねえか」
 ヘリオンの中からその光景を見下ろし、デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)が吐き捨てた。
 夜の繁華街、そこに現われた獄混死龍ノゥテウームはドラゴンと呼ぶにはあまりにも醜悪すぎた。ただ暴れ、命を奪う暴力装置とも言うべき存在へ堕ちたモノ――陸堂・煉司(冥獄縛鎖・e44483)は目を細める。
「……いい趣味じゃねぇな。あれでもドラゴンなんだとよ。同族のためなら命もかなぐり捨てる連中とは言え……」
 そこに、確かに狂気を見た。
(「ドラゴン連中の結束力は底が知れねぇ。……ああなる事すら厭わねぇとはよ」)
 全体主義、の一言で片付けられないだろう。あれほどの個としての力を持ちながら、種族のために己を捨てることに躊躇いがない――あるいはドラゴンと相対した時、もっとも警戒すべきはその点なのかもしれない。
「コイツは止めないとな……。人々のためってのも勿論だが、竜も哀れだ」
 あまりにも痛々しい、そう言いたげに天音・迅(無銘の拳士・e11143)は眉根を寄せる。
「ガ、ギギギギギギギギギギ!!」
 逃げ惑う人々の元へ、ノゥテウームが迫る。十メートルという巨体は、逃げる事を許さない。一歩で走る人々へ追いつこうとして――落下してきた燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)の蹴りに阻まれた。
「らああ!!」
 ただの、普通の蹴りだ。それでも、ノゥテウームの意識を集中させるのには十分だった。
「よぉケルビーが来たぜ。後ぁ任せな」
 逃げる一般人へ亞狼の言葉が届けば、喝采と安堵が広がる。ノゥテウームが尾を振り上げる――その尾の一撃、だがサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)のパイルバンカーの一杭が、尾の動きを止めた。
「地球へようこそ、アンタの墓は手配済だ」
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 ビリビリと、ノゥテウームの咆哮が夜の空気を震わせる中、ケルベロス達は囲むように着地していく。
「アンデッドドラゴンを召喚! 腐ってやがる! 早すぎたんだ! 実際こいつァ実験的ななんやかんやの結果でござろう? いずれ完全体が来るね、拙者は詳しいんだ」
 ノゥテウームを見上げ、エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)がしたり顔で語る。そして、クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)が言い捨てた。
「これが連中の言うドラゴンとしての誇りだと言うなら随分と滑稽な話だ。こんな犠牲の果てに、救いなどあるものか。どんなに言葉を重ねたところで、同胞で実験をしているのと変わりはしないのだから」
 自身の宿敵である白龍はきっとこうやって部下を使いつぶすような真似はしないのだろう――それがまた、クーゼには腹立たしかった。
(「死龍となったこいつも納得していたのかもしれない。それでも、認めたくはない。どうしても、師匠のことを思い出してしまうから……」)
 残された自分たちを重ねてしまう、それはクーゼにとって戦う理由として十分なものだった。
「やろう」
 ティアン・バ(よるべ・e00040)の言葉と同時、ノゥテウームが地面を蹴った。


 ノゥテウームの体長十メートルが、跳躍した。通常の物理法則であれば、非常識な光景だろう。しかし、コレは腐ってもドラゴンなのだ――それは、当然の動きとも言えた。
「ガ、ギ、ガガガガガガガガガガガガガ!」
 ゴォ! と太い骨の尾が、薙ぎ払われる。アスファルトは紙のように引きちぎられ、看板が消し飛ばされた。その中を、クーゼとボクスドラゴンのシュバルツが駆け抜けた。
「事情がどうであれ、見過ごすことはできない」
 クーゼの双刀に雷を宿した刺突と、シュバルツのタックルがノゥテウームを捉える。しかし、骨の鱗は硬い。ギギン! と火花と共に、クーゼとシュバルツの一撃が弾かれた。
「あー、もう。生物としてただ強いって厄介でござるねー」
 ポチッとな、とエドワードがスイッチを押す。すると、ロケットから虹色の煙を出すパンジャンドラムが疾走、ブレイブマインが盛大に爆発した。
 その爆風に乗りながら、デレクは生身の右手でリボルバー銃でクイックドロウ。骨の関節部分に、次々と着弾させていく。
「流れ弾がいかねえようにしねぇとな」
 まだ、人々の避難は始まったばかりだ。だからこそ、デレクは立ち位置に最新の注意を払って銃弾を撃ち込んでいった。わずらわしい、そう言いたげにノゥテウームは骨の腕を薙ぎ払って銃弾を受け止める。
「――ォオッ!!」
 その盾とした腕の骨に、サイガが体重を載せた前蹴りを叩き込んだ。ズン……! とノゥテウームの巨体に重力の圧がかかり――。
「ほらよ、まずはプレゼントだ」
 煉司のドラゴニックハンマーが砲撃形態へと変形、ノゥテウームへと榴弾を撃ち込む。ドォ! と鈍い爆発音が繁華街に響き渡った。
「ギ、ガ、ガガガガガガガガガガガガガガガ!!」
 爆発の噴煙の中から、ノゥテウームが姿を現わす。あれだけの猛攻を受けて、こたえたようすは一切なかった。ガシャン、と骨を鳴らしながら前に出るノゥテウームに、ティアンは深呼吸を一つ両手を広げる。
「――”祈りの門は閉さるとも、涙の門は閉されず”」
 ティアンは天上に続くという門の一つ、「涙の門」を開き、仲間達の傷を優しく癒していく。そして、迅は九尾扇を振るい、自身に蠢く幻影をまとわせていった。
「こんな案件が連発したらキツイな……。打開策があるといいが」
 迅はノゥテウームの動きをつぶさに観察しながら、そうこぼす。しかし、ノゥテウームから、おかしな部分は見つからない。わかるのは、ただ単純に強いという事だけだ。
 技もなく、知能もない。しかし、腕や尾を振るえばそれだけで致死の一撃となり、動く屍龍に触れるだけで一般人など粉微塵になるだろう。生物としての身体能力の高さ、それは時として攻略不能の絶対的差となりえるのだ。
「――――」
 ティアンは、ノゥテウームを睨む。その視線に込められたものは、明確な殺意だ。しかし、ティアンは感情に流されない――己の役目を見失う事はなかった。
 だからこそ、この獄混死龍にケルベロス達は真っ向から戦う事ができた。
「おぅヤローども、殺っちまえ」
 亞狼がノゥテウームのみに見せた黒い日輪、Burning BlackSun 侵(バーニング ブラックサン シン)の熱波が死龍を襲う。亞狼の元へ、ノゥテウームが牙を剥いて迫った。


 夜の街に、瓦礫が舞う。人だって走れば砂粒が舞い上がり、土も削れる――それと同じ要領で、ノゥテウームが暴れれば街が破壊されるのだ。そこに何の違いもない、あるのは規模の差だけだ。
「はははっ! これがアリの気分でござるかな!」
 笑いながら、エドワードが瓦礫の下を突き走る。背後でドッ! と瓦礫が落下する音を聞きながら、エドワードはチェーンソー剣でノゥテウームの前足を削った。幾度となく重ねられた攻撃に、ドラゴンの骨が耐えきれなくなっているのだ。
「削り取らせてもらうぜ……ごっそりとな!」
「まだまだムダパーツが多いみてえね」
 そこへ、煉司とサイガが同時に踏み込む。煉司のオウガメタルが鋼の鬼となって、ノゥテウームを殴打。ミシリ、と亀裂が入った骨をサイガの楔穿ち断つ漆黒の爪が、穿ち削り取った。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
「お、いい位置だ」
 ノゥテウームの骨が、宙を舞う。跳躍した迅がその骨をサッカーのボレーシュートよろしく蹴り飛ばし、ガツン! とノゥテウームへと突き立てた。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 ノゥテウームががなりたて、氷の氷柱を吐き出す。氷のブレスを、亞狼がケルベロスチェインで受け止めた。
「おい、てめーの相手はこっちだ」
 無造作に、しかし力強く亞狼の惨殺ナイフが突き立てられる。技とか力とか、関係はない。徹頭徹尾、必要だけをなすのが亞狼だからこそ――。
「グ、ガ!?」
 突き立てた刃が振るわれ、氷がよりノゥテウームを蝕んでいく。そこへ、クーゼが空の霊力を帯びた双刀でノゥテウームを十字に切り裂いた。
「贄とされて、満足なのか?」
 クーゼの問いに、ノゥテウームは答えない。いや、答えられないというのが正解か。
「いや、知性はもう残っていないんだったな……敵に言うのもおかしな話ではあるが、な」
「無駄な事考えてるぞ、おっ死ぬぞ」
 クーゼの呟きに、振り返らずに亞狼が言い捨てる。その亞狼をシュバルツが属性インストールで、ティアンがマインドシールドを飛ばした。
「本当に、気に入らねぇな」
 その間、デレクが大上段にルーンアックスを振り下ろす。ギギン! と自身の斧と火花を散らすノゥテウームの尾に、デレクを苛立たせた。
(「人々からチェインを搾取する、それがお前らだろうが……!」)
 ドラゴンが見せた自己犠牲を厭わぬ高潔さや誇り高さが、デレクを苛立たせた。だからこそ、普段よりも動きは荒いという自覚がある。だが、同時に激しさも宿していた。
 ドラゴンの在り方に、何かを抱く者、何も感じない者、それぞれだ。激しく苛烈な戦いの中で、誰もが全力を尽くした――尽くしたのだ。
 だからこそ、終わりはやって来る。制限時間が、近づいていた。
「刻んでやるよ、テメェの鎮魂歌をよォ!」
 大きく息を吸ったデレクが、ルーンアックスを振るった。一回、二回、三回と振るう度に速度は増し、決して止まらない――デレクのブレスレスラッシュが、遥かに大きいノゥテウームと拮抗状態を生み出していた。
 ガン、ガン、ガッガッガガガガガガガガガガガガガガガガガ! とやがて一つの激突音となったデレクのラッシュが、ノゥテウームの尾と腕の連打と激突していく。やがてデレクの無酸素運動の連撃が、ノゥテウームを後退させた。
「カハッ!」
 限界が来て、デレクが息を吐く。肺が、体が、呼吸を欲している。息を吸い込んだ、デレクはなおも前に出た。意地っ張りだ、ここで膝を折るなどできるはずもない。
「おっと」
 だからだろう、デレクを蹴り飛ばして逃がそうとした亞狼はすぐに行動指針を変えた。カウンター気味に放とうとしたノゥテウームの氷のブレスを蹴りで相殺、破壊する!
「終わらせてやる。俺たちが、俺たちの意志で」
 そして、その間隙にクーゼが地面を蹴った。シュバルツのブレスに合わせ、雷をまとわせた双刀で、クーゼは今度こそノゥテウームを貫いた。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアア!」
 返す尾で、ノゥテウームがクーゼを薙ぎ払おうとする。だが、その尾は迅の放った訃報の拳牢(フホウノケンロウ)による衝撃波の嵐に吹き飛ばされた。
「さあ、どう捌くんだい?」
 迅の掌打は、止まらない。ガードなど意味がない衝撃が、ノゥテウームをのけぞらせた。
「諸君らが最後に見るのはこのパンジャンドラムでござる。パンジャンを讃えよ!パンジャンの偉大さを噛み締めながら死ぬがよいですぞー!!」
 のけぞったノゥテウームへ、その巨大さと同等サイズのパンジャンドラムが襲いかかる。エドワードのThe Great Panjandrum(イダイナパンジャンドラム)がノゥテウームに接触した瞬間、大爆発を巻き起こした。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 全身の骨にヒビを入れながら、ノゥテウームは前に出る。牙を剥き、本能のままに暴威を振るう――だが、それを許すつもりは、その場の誰にもなかった。
「幻刀招来。―――呪縛、解放」
 煉司が召喚したのは、妖気で形成された無数の飛翔剣だ。ヒュガガガガガガガガガガガ! と飛翔剣が宙を舞い、一本が背に突き刺さった瞬間、残りの刃が上空から一気に殺到した。
「グ、ガガ!?」
 ゴォ! とノゥテウームが地面に叩きつけられる。そこへ駆け込んだのはサイガと――ティアンだ。
「お前達が嫌いだ。お前たちにはもう、何も奪わせない。今回攻撃に主には携われないのが口惜しい位――」
 ティアンがゆびさきを、握りしめる。そこに込めるのは、殺意だ。
「――ころしてやりたかった!」
「ようこそ。ごゆっくり?」
 ティアンの殴打が、サイガの触れた指先から体内へと送り込んだ気を瞬時に凍てた炎へと転化させる迎宴(ギョウエン)が、ノゥテウームを吹き飛ばし、燃やし尽くした。断末魔はない、ただ跡形も残さず獄混死龍ノゥテウームは消滅した……。


「俺たちの勝ち、だ。皆、お疲れさま」
 双刀を振るい、鞘に納めてクーゼは笑う。心の奥底に憐憫という名の感情に流されるのを厭うかのように、笑みでそれを打ち消したのだ。
「後は、ヒールするだけ」
 ティアンの言葉に、仲間達が周囲を見回す。確かに、これを直すのは一苦労だろう。しかし、亞狼は肩をすくめて踵を返した。
「後ぁ任せたぜ。……どれ、1杯ヤってくか」
 答えを待たずに歩き出した亞狼は、アイズフォンで検索した結果に小さく口笛を吹く。
「……お、良い町じゃねーか守った甲斐があるってもんだ」
 守った町で飲む酒は、また格別だろう。そう、亞狼は笑った。
 やがて、修復を終えた繁華街に人々が戻ってくる。夜が終わって、朝になる。その当たり前の日常を、ケルベロス達は守ったのだ……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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