象牙の塔に集う希望

作者:ほむらもやし

●開き直りましょう
「一度きりしかないチャンスというのが人生にはあります。それを逃したら次は無いのです! ダメだと認めずに藻掻いていれば次のチャンスを掴める? そんなことあるわけ無いでしょう。いいですか、いくら頑張っても次は無いの。履き違えたままがんばっても地獄は終わらない。やめましょう。婚活なんてきっぱり諦めてもっともっと楽しいことをしましょう」
 純白の羽毛の鳥のような異形、ビルシャナが熱弁を振るうと、集まっていた人々の間からすすり泣くような声、吹っ切れた様な歓声、やけくそじみた叫び声、様々な声が上がった。
「輝いていたあのころ。20年前のあなたなら簡単につかみとれた幸せも、今のあなたには絶対無理ということぐらい分かりますよね。無い希望に縋っても辛いだけです」
 ゲームの勇者ならば時間が経てば絶つほど強くなって物語も盛り上がって行くのに、どうして人生は年齢を重ねる程に弱くなるのか?
 そんなことは無い。
 ゲームだって途中の街を安住の地として、留まり続ければ物語は進まない。
 そして人生においても年を取ってから大成する者も少なくない。
 研究に創作、ものづくり、冒険に革命運動、芸を磨くなどなど、楽しいことしたいことは数え切れない。
 果たして、ビルシャナの言葉を聞き続ける信者たちは、悟りの導きに乗れば幸せな未来がやってくると信じきった風の、満足げな表情を浮かべている。

●ビルシャナ撃滅のお願い
「3年も経つけれど、皆が倒したビルシャナ大菩薩から散った光の影響で悟りを開きビルシャナと化してしまう者が後を絶たないんだ……」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、どうにかならないかと頭を下げると、新たに出現したビルシャナへの対応を依頼する。
 福岡の箱崎にある大学跡地に残されている校舎にビルシャナと共に8人の信者が集まっている。
「ビルシャナは可能性の無い婚活にエネルギーを使うのは馬鹿馬鹿しい、自分のしたいことをして生きるべきだ主張している」
 ビルシャナの言葉は都合の良いことのみが強調されていて、反論を許さない強い説得力を持っている。
 例えば結婚と同様に研究や創作も一定の年齢を超えると厳しい状況となる。
 本当に好きなことを好きだからやると言うのであれば、幸せだろう。
 しかし結婚できないから、ほかの道で成功を得ようとするならば悲劇的な展開になる可能性が高い。
「何かの代わりに好きなことをする。というのは、ただの気紛らわしで、心の空白を埋められない。そんな簡単なことにも気づけないほど信者はビルシャナを信仰している」
 説得を成功させ、正気に戻すことが出来れば信者となった者は現場を離れる。説得が不調に終われば8人全員か説得されなかった何人かがビルシャナの味方としてビルシャナのために戦いに参加する。
 もし信者として戦いに参加することがあれば何人かは確実に命を落とす。
 説得以外の方法で信者を救うことは出来ない。
 否定的な意見で説教をすれば頑なになり、正論を語れば聞き流される。
 インパクトのある主張で、やっぱり結婚には価値があるとか、人生には良いことがあるということを示せれば多少は効果はあるかも知れないが、これも説得に当たる者の熱意に依るところが大きい。
「校舎は近々取り壊される予定だから細かいことは気にせずに。戦いとなったらビルシャナも信者も全力で戦いを挑んでくるから、くれぐれも油断せずに討ち滅ぼして下さい」
 敵は炎や光、祈りを駆使したビルシャナらしい技を繰り出してくるだろう。デウスエクスとしての戦闘能力も高い。
「本当にやりたいことなら言われずとも貫けば良いのです。大きなお世話ですわ」
 そう言って、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は不機嫌な表情をする。
 退かぬ媚びぬ省みぬ。
 前だけみて省みない潔さも必要なのかも知れない。


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)
シフォル・ネーバス(アンイモータル・e25710)

■リプレイ

●全力説得
 ばばーん!
「話は聞かせてもらったのじゃ!」
 派手な効果音と共に、端境・括(鎮守の二丁拳銃・e07288)は小さな手で豪快に扉を開け広げた。
「なんだお前ら!」
 不意打ちの訪問者に戦闘の構えを見せるビルシャナと信者8人。
(「拙いのう、いきなり大ピンチじゃ、説得に来たのに、殴り込みと変わらんかったのう」)
 どうやって誤魔化そうかと迷う刹那に、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)が「メロンのお届け物ですわ」と大嘘を言いながら進み出る。
 すると「何だメロンか」と緊張が緩んだ。
「ノックもせずにすまんかったのう。一度、扉バーン! って、やってみたかったのじゃ、すまんすまん」
「なんだそうだったのか、取り壊し業者が来たのかと思ったぞ、まったく紛らわしい」
 てへぺろと舌を出して子どものようにかわいらしく笑う括。実は9月の末に誕生日を迎えたばかり。
「……それでじゃ。わしも齢三十じゃ。何かに強く打ち込む熱意を持った子が色恋に苦しむは伴侶たる者の、熱意への不理解がゆえというのは分かる」
 括の小さな胸に万感が満ちる。
 ナオミの反対側には、悠々たる巨体を持つ白熊。笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)がボクスドラゴン『明燦』と共に立っている様が見えた。やっぱり熱意じゃ。何ごとにも熱意が必要に違い無い。
「おぬしらには仲間がいるじゃないか? 伝わってくるだろう。己の裡に秘めたと同等の熱量を!」
 そうだ熱量だ。莫大な熱量を孕んだ言葉なら、きっとエネルギーで押し切れる。
 括はそう信じて疑わない。
 道を異にすればぶつかり合うこともあるかも知れない。
 そんなことは高みを目指すという大義の前には些細な問題だ。互いに認め合い支え合って更なる高みを目指せば良い。手を取り合え。さすれば全ては思うがまま。
 身を張った括のネタにビルシャナと信者たちが呆れている今がチャンス。
「なるほど同年代だねえ、ふふ。皆がそこに至った、端っこは解る……かもなあ」
 ゼレフ・スティガル(雲・e00179)が語り出す。
「妻もいたけど、今は独り、難しい仕事もしてたけど、今は番犬その一(いち)でもまぁ、結構楽しいと思うよ」
 控え目に陽気、ゆっくりとした口調は穏やかで、本当に楽しそうに聞こえる。
「時間は止められないからなあ。過ぎてくものに縋っちゃうのも分かる。でも目の前の楽しいことを手繰ってみるのも悪くない。やってみた先に、意外な発見があることもある。たまらなく楽しいよ」
 説得には殆ど効果の無い世間話ではあったが、場を和ませて共感を得ると言う意味はあった。
「まあ私たちは結婚歴0回だから、別れることも追いかけることもできないのだけどね」
「それなら、なおさら結婚『なんて』って言うと、今まで頑張ってきた自分が可哀想じゃないですか?」
 若さを象徴するような瑞々しい藍の髪の中に一房の緋髪が揺れる。
 澄んだ声で、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は問いかければ、信者たちは未だ若かった学生時代を思い出して悲しげな顔をする。
「私は皆さんから見たら子供で、世間のこととか全然分かってないかもですが……好きな人が出来ることって、何歳になっても素敵なことだって思うのです。それに結婚って、何歳になってからでも遅いってことはないと思うのですよ」
 真心からの説得の言葉が、刃となって信者たちの心にグサグサと突き刺さる。
 歳を重ねたからこそわかる。
 本当に何も知らなかった若い頃のこと。
 今だから分かる。
 あの時が最大のチャンスだった。
 あの時ああしていれば正解だった。
 そう、自分には成功する力があったのに、不運にも選択を間違えてしまったのだと、思い込もうとする。
「婚活や結婚後の生活で絶対に上手く保証など無いだろう」
 過去を振り返り悲しげな顔をする信者たちを見据え、鋼・柳司(雷華戴天・e19340)は厳しく告げる。
「確信とか、希望とか、誰だって夢を見なければ先には進めないよ? 楽にできる方を選んで何が悪いんだ!」
「一寸先は闇というのは、結婚以外の全てもそうだ。時として失敗をしつつも、やり直し積み重ねていくのが人生だろう。失敗をしても投げ出さずにやり遂げる。その経験は絶対に無駄にはならない」
 それは紛う方なき正論ではあったが、厳しい現実から逃げ出したい人に正面からそれをぶつけても、反省などしない。心を閉ざさせる結果にしかならない。
「そもそも失敗を恐れて逃げ出していて、本当に他の道で大成出来ると思っているのか。研究、芸、創作……どんな道に進もうが絶対に失敗し悩む時は来る。その時も再び逃げ出すつもりか」
 信者たちは、何も言い返さず、ビルシャナの方に物欲しげな目を向けた。
「俺も色々と失敗して離婚した人間だ。後悔が無いと言えば嘘になる。だが、あの時の想いは本当だったし、苦い経験も含めての俺自身だ。そこに偽りは無い!」
 今や娘とも月に一度の面会でしか会えない。自らの辛い過去を振り返っての説得であったが、信者たちはそれを知る由も無かった。
 柳司が気持ちを込めて語りきったタイミングを見計らってビルシャナは口を開く。
「そうですね。これは孔子が楚の国を訪れた時の、狂人、接輿との出会いに似ていますね……」
 そして歌い出す。
 良い世の中を作る鳳凰が現れたのに、どうして世の中の徳は失われたまま。良くなる気配がないのでしょう。
 もはや鳳凰の徳も通じない世なってしまったのでしょうか。
 ああもういい。過ぎたことを気にしても仕方がない。
 これから先のことは間に合う。優れたあなたなら分かるでしょう。
 止めましょう、止めましょう。地を駆けずり回るのは。今の世に関わっても碌なことは無い――。
 鳳凰がビルシャナとでも言いたいのだろうか、際限なく歌い語り続けるビルシャナを遮るように、ソールロッド・エギル(々・e45970)は跳び、靴底が床面を叩く高音と共に教壇の近くに降り立った。
「私は元々、余命が1年と言われていました」
 歌が途切れ、信者たちの視線が向けられる刹那を逃さずに、ソールロッドは告白する。
 今もなお生きているならば将来の生存率がさらに低くなっているか、病気の治療が上手くいったのか。それとも他の理由か。信者たちはそう解釈する。
 そして人生の期限を意識知ると、ものの考え方が変わる。
「少なくとも、皆様はこの先10年、20年と生きられる可能性が高いのですね」
 平均的な寿命を考えれば、信者たちはあと40年程度生きられるだろう。
 既に使ってしまった時間は取り戻せないが、これから先の年月の間に、幸せに生きられる可能性やチャンスがどれだけ多く存在しうるかを気づかせるのが、ソールロッドの趣旨。
 故にネットに溢れる、良い話、成功談を語り聞かせれば、信者たちの間にも漠然とした希望を抱ける様になると言うわけだ。
 飲み水とか寝る場所とか、命に関わるものなら具体的なものが必須だが、ライフスタイルとか将来設計については、ある程度曖昧でも相手の好みに合致すれば気持ち的に伝わりやすい。
「確かにご高齢で子供を授かるのは大変ですけれど、逆に性欲や妊娠の焦りに振り回されて、お互い外見や財産に騙されず、将来のパートナーに相応しい人を見定める目もできてきたのではないかしら」
 空気の変化を察し、ソールロッドと入れ替わるように、前に進み出た、シフォル・ネーバス(アンイモータル・e25710)も話しかける。
「でも、歳を取ると結婚が難しいといいますけれど、本当ですかしら?」
「……その通りだよ」
「そう仰いますが、お年を召した方の経験や知恵に、私はまだまだ及びません。そもそも皆様ご自身を過小評価しすぎていませんかしら? 独身で培った自活の能力ですら長い人生を共に過ごす上で大事ですのよ」
 その言葉は男性にとっては福音になるが、歳を取って結婚が不利になるのは圧倒的に女性。という意味合いも孕んでいる。
「私もこの年齢でありながら未だに独り身ですし、もちろん結婚を視野に入れています」
 冷静沈着、たっぷりの余裕を感じさせる、タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)の言葉に男性信者たちは勇気づけられる。
「家に帰ったら、配偶者が『おかえり』と言ってくれる、それだけで仕事の疲れも取れますし」
 そういう未来は誰にでも訪れる当然のことのように告げて、タキオンは広い教室の中を見渡す。
 入口側が高い位置にあり、演壇のある黒板側が低くなっていて、折りたたみ式の椅子を備えた横長の机が階段状に並んでいる。大人数が入る典型的な講義室の構造はいつの時代も基本的には変わらない。
「配偶者が手料理を用意してくれることも、憧れで終わらせずに現実にしたいですね」
 いつの間にかに、正気に戻った男性信者の6人は立ち去って、残るは女性信者のみ。
 あと2人だけだと、括は気合いを入れる。
「これは、どうしたことじゃ。男女の不平等というやつじゃな。と言うか、さっきの男どもには食指は動かなかったのかのう……」
「……男性には立ち入って欲しくない、女性だけの世界があることぐらい、あなただってご存じでしょう?」
「いや、まあ、その通りじゃが、難儀じゃのう。そうじゃ、何かに強く打ち込むことのできる子は周りに仲間や弟子も集まるものじゃ! 何ならわしの里の氏子らを紹介しようかの?」
 是非よろしくと返してくる2人の信者。どうも扱いづらい。
 とはいえ、あくまでも結婚は両者の同意に基づくものだから、ことは複雑だが、説得が上手くいくなら多少の事実との食い違いが生じても問題は無いだろう。
「報われない人生が続いてやけになっているようにお見受けしますわ。でも相手が金持ちじゃなきゃ幸せになれないとか、齢三十代を過ぎたら恋しちゃいけないとか。誰も決めてないですわね」
 忘れごとはないかと、記憶を手繰るように長い黒髪を指先に巻き付けながら、シフォルが励ませば、信者の女性だけでなく、括とナオミも相槌を打つ。
「ほれ、ビルシャナよ。希望はないなんて悲観することはないのじゃ。もちろん、おぬしも」
「なぜ私に振るのですか」
「何となくそんな気がしたからじゃ。それとも、おぬしにはもう人間らしさは残っていないのかのう」
 退官した教官がビルシャナになってしまったのかも知れないが、事実は明らかにされないまま。ビルシャナが語ることも無いだろう。ただ第二第三の同じ様なビルシャナを生み出さない為にも、括は2人の説得は成し遂げたいと思う。
「わしの里には還暦や古希を迎えてなお盛んなおじいちゃんおばあちゃんもわんさとおるし、何も悲観することないと思うのじゃけど……」
 何歳になっても人を好きになっていい。
 恋愛に於けるジェンダーレスは認めても、老人のそれ、特に肉親のそれを認めず阻むもうとする者は少なくないと言われる。結婚とは何なのか、親として子どもにどう思われるのか、思われたいのか、人の心は打算的でもあり、複雑怪奇でもある。
「若い子向け……のコンテンツって運命を煽る恋愛ばかりもてはやされている風潮ですけど、大人の落ち着いた恋愛も大切ですわよ」
 そう言って、シフォルは女性信者同士が互いに指を絡ませ、固く手を握り合っていることに気がついた。
「人生80年、やっと半分、残り半分で、大人の恋の眼鏡に適う素敵なお相手かも知れませんわ。諦めるのはもったいないですわ」
「そうですね。ビルシャナに唆された仲間、滅多にないご縁でしょう。この出会いが奇貨になること祈っています。私も応援させて頂きますから――」
 ソールロッドは言って、教室から去って行くふたりを祝福し、心ばかりの品を贈った。
 結婚は諦めない。ひとりで生きるより結婚した方が幸せになれると思うから。
 だけど打算や世間体を理由に、絶対にしなければならないものでもない。
 結婚できないから、仕事や研究に打ち込むという考えは間違っている。女性信者も思い至ったのだ。

●終わらせる為に
「あら……今日はなんの集まりでしたかしら。もう終わったのかしら。7時を回っていますね。晩ごはんには丁度よい時間かしら……そういえばお昼ご飯もまだでしたかしら……」
「良いのですよ。ボケなくても、あなた方が、私を殺しに来たことぐらい分かっていますよ?」
 シフォルの天然がかった言葉に丁寧に応じながらビルシャナは決着を付けようと、戦いの構えを見せる。
「おぬし、死ぬ気じゃろう?」
「いったいなにを? 私には教えを広める役目があります。斃されるわけには参りません」
 廃墟と化した学び舎に集う可哀想な元学生たちのように見えたのかも知れない。しかし彼ら彼女らは見ず知らずのケルベロスに救われた。ならば後は狂人と誹られようともデウスエクスとしての本分を果たすだけ。
 学ぶことは重要だ。しかし教えを鵜呑みせず、理性的客観的な視点から、教えをよく調べよ。
 ビルシャナの釈迦と須菩提の問答を口ずさむ声が、強烈な催眠音波となって襲いかかる。
 直後、括の前に躍り出た真理の頭脳が揺さぶられる。ダメージはさほどでは無かったが、目から輝きが消える。
「拙いね。これは」
 それとほぼ同時、消えそうになる自我を必死で保ちながら、ゼレフは激昂の叫びと共に自ら癒やし催眠を消し飛ばした。
 括の放った紙兵が紙吹雪の如くに暗い教室内を舞う。
 窓の外は既に暗く、空に浮かぶ三日月が見える。
 真理が朦朧とした意識のまま放った攻撃が星明かりに浮かび上がる鐐の脇を抜けて、ライドキャリバー『プライド・ワン』を直撃した。
「薬液の雨よ、仲間を浄化する力を与えて下さい」
 一歩遅れたと唇の端を噛みしめ、タキオンは呼び寄せた雨雲から薬液の雨を降らせる。催眠に囚われた真理を解放すると共に前列に癒やしを齎した。
 信者を失ったビルシャナの強さはさほどでは無い印象だが、侮れない戦闘力は保有している。
「時の彼方、空の彼方より来たれ、死をも飲み込む苦しみの水よ!」
 いつから世界には苦痛という概念が出来たのだろう。
 世界に遍く苦痛を力に変え、シフォルは生み出した水の磔に乗せて放った。
 強烈な苦痛に苛まれるビルシャナは思った。人生最期の日とビルシャナとなった最期の日が同時に来るのかも知れないと。
 見た目はビルシャナなのに、どこか人間らしい有様に胸が締め付けられるような気がした。
「雷華戴天流、絶招が一つ……紫電一閃!!」
 それは機身に内蔵された魔導回路から生じるエネルギーを最大効率で運用する魔導発勁に真髄を置く異形の拳法。手刀より放つ紫の雷刃を以て遠距離の敵手を斬断する絶招であり、外部破壊と同時に内部から気を歪める効果を齎す恐るべき一撃である。
「ひどい攻撃ですね。ですが、まだまだ耐えられます」
「貴様の言うとおりなら、俺は無駄に時間を使った拳法家なのか? その主張が間違いであると、我が拳を以て証明する」
「攻撃力は大したものです。上手くやればチャンスはあるでしょう」
 ドレスのようにふわりと羽毛を膨らませてビルシャナは後ろに跳ぶ。
 命が尽きる瞬間まで、全力を尽くして戦うつもりだ。
「あなたは誤魔化すということを知らないのですか?!」
「象牙の塔は安住の地ですから。長く居ると外のことは良く分からなくなってしまうのですよ」
「貴方の本当の望みは? 何を悟ってビルシャナになったのですか?」
「どのような形でも悟りは悟りです。突き詰めればどのような道を通ってもブラフマンに至るものでしょう」
 かみ合わない言葉、ただ分かるのは末端のビルシャナがどんなに綺麗ごとを言っても斃さなければ、やがては菩薩となり、さらに強大な存在となって恐るべき事態を招く可能性があると言うこと。
「もちろん全力で戦って差し上げます」
 逃がした信者には、長い時間があり、お金があり、仲間もいるからもう心配は無い。ビルシャナの悟りなんかよりずっと多くの人を救っている。ソールロッドは思いと共に流星の輝きを帯びた蹴りを打ち込んだ。
 ビルシャナは急速に消耗し、戦いは一方的になって行く。
 ふるべゆらゆら。ゆらゆらと。いざや出でませ此なるは御霊鎮守の惑い杜。
 夢幻なりといえども粗相、狼藉、致すでないぞ?
 詠唱と共に括は御業を込めて要石となした銃弾を放った。回避も叶わずに貫かれ、精神を圧迫され蝕まれて行くビルシャナ。この世に別れを告げるが如くに業火を放つ。
 巨大な火柱に囚われたライドキャリバーが落ちる。真理は振り向くことなく狙い定めると搭載砲を一斉射、一拍の間を置いてビルシャナは爆炎に包まれた。
 砕け散った大きな窓から煙が勢いよく外に流れ出す中、ゼレフは着弾点を目掛けて突っ込んで行く。
「――つかまえた」
 ぼんやりと浮かぶ青炎の腕が虚空に踊る。焦がれる程に、絡げた。
 次の瞬間、ゼレフの目の前の巨体が鈍い音だけを立てて横に倒れた。
 ビルシャナが再び動き出す気配はもう無く、青白い光の粒が数え切れない程の蛍の群れの様に舞い上がった。
 果たしてビルシャナは遺体の欠片も残さずに消滅した。
 結果を見ればあなた方ケルベロスの圧勝であった。
「誰も居ない家に帰るのは確かに寂しいかもしれませんね」
 砕けた窓から吹きこんでくる秋の夜風の冷たさに、タキオンがぽつりと呟く。
 空には三日月が昇っていた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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