海からの魔物

作者:砂浦俊一


 伊豆半島、土肥海岸。早朝からジャージ姿の女子たちが砂浜でランニングをしていた。彼女らは地元の学校の女子テニス部の生徒たちであり、ランニングは体力作りのためだ。
「あれ……? なんだろう?」
 走りながら1人の少女が海を指した。見れば海の中から馬の頭のようなものが1本突き出ている。それはすぐさま2本3本と増え、8本になったところで猛烈な勢いで彼女たちのいる砂浜へ突き進んできた。
 異様な気配に少女たちは砂浜から逃げようとするが、それらは背後から彼女たちに襲いかかった。
 それは体の前半分が馬、後ろ半分が巨大な尾となった屍隷兵、シーホース。
 シーホースの群れは逃げる少女たちを体当たりで跳ね飛ばし、尻尾で薙ぎ払い、あるいは海に引きずり込んで前脚で打ちのめす。
「だ、だれか助けて……」
 最初にシーホースを見つけた少女は砂浜に倒れていた。頭部から出血する彼女は、赤く染まった視界の中で救いを求めるように手を前に伸ばす。
 だが近づいてきたシーホースの前脚が、無惨にも彼女の頭を一撃で潰してしまう。
 出現からわずか数十秒、白い砂浜は少女たちの鮮血で赤く染まり、波がそれを洗っていく。
 そして虐殺に満足したように、シーホースの群れは大きくいなないた。


「伊豆の土肥海岸にシーホースという種類の屍隷兵が出現する事件が予知されたっす。こいつらは馬がベースの屍隷兵で、水中での活動能力も付与されているっす。シーホースは同時に8体が現れますが、屍隷兵なので個々の戦闘力はそこまで高くないっす。高度な命令を理解する知能もないので、複雑な作戦などは起こさず無差別な襲撃を行っているようっす。ただ人間を見かければ即座に襲ってくる敵なんで、迎撃に失敗すると大きな被害が出る可能性があるっすね」
 オラトリオのヘリオライダー、黒瀬・ダンテの説明にケルベロスたちは耳を傾けていた。
 屍隷兵ならば、いずれかのデウスエクス勢力のもとで作られ、放たれたのだろう。目的はグラビティ・チェインの収奪だろうが、罪のない人々が虐殺されるのは阻止せねばならない。
「敵の出現は午前7時、襲撃されるのは地元の学校の女子テニス部の部員、10名っす。朝練で砂浜のランニング中に、シーホースどもに遭遇しちまうっす。敵の攻撃手段は、体当たり、前脚による踏み潰し、尻尾攻撃っすね。水中での活動能力があるので、敵の攻撃で海へ跳ね飛ばされたところを襲われるとこちらの不利になるっす。あと海に落とされたらバッドステータスの【ずぶ濡れ】が付くっす。逆に言えば陸地、砂浜での戦いはこちらに有利っすね」
 敵の戦闘能力はともかく、8体と数が多い。水中が敵のフィールドなら、こちらは海に落とされたり引きずりこまれたりしないよう注意しつつ、また敵を砂浜に押しとどめておけるよう作戦を練るべきだろう。女子テニス部の少女たちが無事に避難できるよう、人員も割かねばなるまい。【ずぶ濡れ】になった時のために着替えもあれば万全か。
「未来ある少女たちのためにも、この海からの魔物、屍隷兵どもを撃破してほしいっす。皆さん、どうかよろしくお願いします!」
 頭を下げるダンテに見送られ、ケルベロスたちは出発する。


参加者
古海・公子(化学の高校教師・e03253)
坂口・獅郎(烈焔獅・e09062)
ソル・ログナー(陽光煌星・e14612)
時雨・バルバトス(居場所を求める戦鬼・e33394)
ドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)
霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)
鹿目・万里子(迷いの白鹿・e36557)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)

■リプレイ


 早朝の土肥海岸。砂浜を見渡せる堤防からケルベロスたちは海を注視していた。
「海から上がってくる死神ねェ。俺の地元の近くに物騒な連中が来やがるもんだ」
 双眼鏡越しに海を監視する霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)が口を開く。土肥海岸の割と近くに彼の家族が住んでいるのだが、彼自身は伊豆方面にはあまり詳しくない。そのため目に映る景色も新鮮なものに見えた。
 朝の海は静かで、波も穏やか。これからシーホースが出現して惨事が起こるとはとても思えない。
「なんつーか、最近海で襲われる事件多くないか? そりゃオークよりはマシだけど、馬は馬でも凶暴なペットを持ち込んでくるなよ死神って奴らは」
 隣に立つ坂口・獅郎(烈焔獅・e09062)もぼやき、憤慨する。
「ううん、まだ死神と関係があるかはわからないの。あるかもしれないけど……どうなんだろ?」
 堤防の上にちょこんと腰掛けているのは不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)。シーホースとの戦闘経験がある彼女の言葉に、トウマと獅郎は『え、そうなの?』という表情で、お互いの顔を見合わせた。
 現状、どの勢力がシーホースを操っているのかは判明していない。何らかの手がかりが掴めれば良いのだが、シーホースに知性は無いため聞き出すことができないのが歯痒い。
「確定しているのは屍隷兵という種別だけ、か。だが死した者が生ある者を殺す、摂理に反した存在だ」
 葵と同じく堤防に腰掛けているのは、並外れて巨大な鉄槌を抱えたドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)。地獄の獄卒として死者は死の世界に送り返す、それが彼の信念である。
「水辺に棲まう人食い馬の伝承はヨーロッパのごく一部の地域にあるものですが……きっと何処かで死んだ馬たちが使われているのでしょうね。彼女たちも馬たちも、助けてあげませんと」
「同感です。高校教師たる私の前で、生徒たちに危害を加えようとは……シーホースを放った連中こそ一切の慈悲も憐憫も不要ですわ」
 文化人類学者でもある鹿目・万里子(迷いの白鹿・e36557)に、本業は化学担当の理科教師である古海・公子(化学の高校教師・e03253)、どちらも教鞭を執る身として、未来ある学生が標的にされるとあっては黙っていられない。
「ま、どんな連中だろうと水中戦じゃねぇならこっちの土俵――お?」
 手にした双眼鏡を目に当てた時雨・バルバトス(居場所を求める戦鬼・e33394)は、砂浜を走ってくるジャージ姿の女子たちを視認した。彼女らの溌剌とした掛け声も聞こえてくる。彼女らが襲撃される女子テニス部の生徒たちならば――。
「来たぞ!」
 ソル・ログナー(陽光煌星・e14612)が手を挙げ、海を示す。遠く、海中から突き出た馬の頭らしきものが見える。
「変身!」
 ソルは構えを取りガジェットと鎧を起動、黒の装束と仮面を纏った戦闘態勢へ。
 この場所からランニング中の女子生徒たちの場所までは、やや距離がある。堤防から砂浜へと飛び下りたケルベロスたちは、白い砂を巻き上げ、女子生徒たちへと駆ける。
 この砂浜を、彼女たちの血で赤く染めさせはしない。


 海中から現れたシーホースの群れは、砂浜の女子生徒たちへと突き進んでいく。
 異様な気配にテニス部の少女たちは海に背を向けて逃げようとするが、シーホースの群れは彼女たちの足よりずっと速い。
「きゃっ……!」
 逃げる少女の1人が何かに足を取られて砂浜に転んでしまう。前を走っていた他の生徒たちは振り返って彼女を助けようとするも、群れをなし迫りくるシーホースの獰猛な巨体に恐怖し、脚が竦んでしまって動けない。
「女の子を守るは男の役得ってな!」
 駆けるソルは二丁の拳銃を召喚する。掌中で朝の陽光を反射するそれを、彼は天に向けて乱射した。
 銃弾の雨がシーホースの群れに降り注ぐが、それを潜り抜けた先頭の1体が倒れた少女へと狙いを定め、大きく前脚を振り上げた。
「ほらほらシーホースっていうんだから陸に上がってきちゃダメでしょーがァ」
 トウマが転んだ少女とシーホースの間に割って入り、その攻撃を受け止める。体重の乗せられた一撃に足が砂浜にめり込むも、彼は群れなす敵へとエスケープマインを飛ばす。
 この隙にドゥマは倒れた少女をひょいと抱え上げ、ライドキャリバーのラハブに乗せた。
「行け、ラハブ!」
 相棒を堤防の上へと走らせると、彼は未だトウマに圧し掛かっているシーホースへ鉄槌を叩きつける。
「おねーさんたち! こっち、こっちだよ! ここから早く上がって!」
 氷葬の野薔薇を敵の群れへとバラ撒いた葵は、堤防へ上がる階段の前でぴょんぴょん跳ね、女子生徒たちを手招きする。
 避難誘導が進む中、シーホースの群れは女子生徒たちからケルベロスへと狙いを変え、まずは前衛組へと襲いかかった。
「つっても一般人に向かったらかなわねえ。逃げるまでの時間稼ぎしねぇとな――おらおら、当たるといてぇぞ!」
 普段は目に光も無くボーっとしているバルバトスだが、いざ戦闘となればその瞳は爛々と輝く。斧を振り上げる彼は敵1体に狙いを絞り、攻撃を集中させる。
「皆さん、こういうときは『おかしも』ですよ! おさない、かけない、しゃべらない、もどらない!」
「あのヤバそうな馬どもは俺たちケルベロスに任せろ! さあ早く逃げな!」
 前衛へとボディヒーリングを送る公子は自分の本職も活かして女子生徒たちの避難に当たり、逃げる彼女らの盾となる獅郎は群れなす敵へとモミジミサイルを飛ばす。ミサンガを媒体に発射された夥しい紅葉型のミサイルが、敵の群れの中央で爆発を起こし、砂を吹き上がらせる。
「ここまで数が多いと油断なりませんわね……!」
 ビハインドのチノアが敵の攻撃を防ぎ、直後に万里子の達人の一撃が相手の胴を抉る。
 先制の列攻撃でダメージを当てているとはいえ敵は数が多い。それに避難誘導を担当する面々が戦列に戻るまでは、残るメンバーで戦線を支えなければならない。そして異形の馬どもの姿に彼女の顔は曇る。生前はモンゴルの遊牧民であるチノアも、慣れ親しんだ馬とは異質なシーホースに不快感を見せていた。
 前衛がシーホースの群れを引き受ける間に、女子生徒たちの避難は着々と進んでいく。
「……にしても、今の生徒ってずいぶんとスタイルが良いですね~。高校生? それとも中学生かしら?」
 避難誘導を行いながらも、公子の口からは感嘆の声が漏れた。


 シーホースたちは数でケルベロスたちを圧倒しようと、突撃を繰り返してくる。敵は避難する女子生徒たちに向かおうとする素振りは見せず、砂浜ないし波打ち際が主戦場となった。できれば敵の土俵である海に引き込まれたくない。シーホースどもを砂浜から出さぬよう、また海を背にすることがないよう、ケルベロスたちは扇状に戦列を作る。
「陸に上がったらまな板の上の鯉って奴? まー、食べたかねーがなァ」
 女子生徒たちの避難の進み具合を目で追いつつ、トウマは氷戒『天砕きの雹嵐』で群れなすシーホースを包みこむ。
「数だけ群れてもなァ!」
 そこへソルが投げつけたのは氷の手榴弾。
「海だけに、よーく効くだろ?」
 至近一体に巻き起こる雹の嵐と爆発の中で、シーホースの群れが苦しげな声を上げる。およそ半数の動きに鈍さが見えて来たが残りは気炎万丈、砂を巻き上げて突進を仕掛けてくる。
 盾役を務める万里子はチノアとともに、振られた敵の尻尾を受け止める。体重の乗せられた尾の一撃は重く、彼女の体は砂浜を転がる。
「……っ! 学問の未来を担う生徒達を守るのも博士の務めですわ。これくらいの傷、まだ耐えられます!」
 すぐさま起き上がり、負けじと勇狼の風牙を放つ。放たれた矢は瞬時に蒼い毛並みの狼に姿を変え、敵とのすれ違いざまに喉元を掻き切った。
「前衛一辺倒って編成はやりやすいかと思ったが、どいつもこいつも一発が強いからあんまり油断できねぇなっ」
 斬られた喉から血を撒き散らす敵の頭を、バルバトスの斧が叩き割る。大きくいなないてシーホースは倒れ、まずは1体。
 しかしまだまだ数が多い。前脚を大きく振り上げ、直後に踏みつけてくる敵の攻撃を、ドゥマはドラゴニックハンマーの柄で防御。潰されまいと、奥歯を噛みしめて堪える。
「お前はゲヘナを信じるかい?」
 戦言葉とともに彼が敵を押し返した直後、駆け付けた獅郎の旋刃脚が太い馬の首をへし折った。
「朝のトレーニングは気持ちの良いもんだ。テメエらを片づけたらあの子らと一緒に走り込みでもやりたいぜ!」
 残心の構えを取る彼の前で、また1体のシーホースが倒れる。
 女子生徒たちの避難も終わり、避難誘導班も戦列に復帰していく。これでケルベロス側は数でシーホースたちを上回った。
「背中は私にお任せを!」
 全ての女子生徒が堤防の向こうまで避難したのを確認すると、公子は負傷の重なる前衛のメンバーへメディカルレインを飛ばした。
 癒やしの雨が降る中、葵も戦列に加わろうとする。
「危ないわ! あなたも早くこっちへ!」
 そこで1人の女子生徒が堤防から身を乗り出して、葵にこっちへ来るよう声をかけた。
「おねーさん、葵はケルベロスだから平気だよ♪」
 安心させるように彼女は微笑む。その足元からは召喚された悪戯猫たちが勢いよく飛び出し、シーホースの群れの中で毒を撒き散らした。


 度重なる氷、爆風、それと毒によって、勢いのあった個体の動きも精彩を欠いてきた。
「来い、ラハブ。死してなお現世に囚われた哀れな被害者たちを解き放つぞ」
 復帰した相棒に跨ったドゥマは敵の群れへと吶喊。加速するラハブの勢いも乗せ、力任せに鉄槌で敵を薙ぎ払う。
「おぅら!」
「海に帰る前にスクラップにしてやるよ」
 後方からの獅郎の援護を受けたバルバトスはフレイムグリードを撃ち、弱った敵からさらに体力を奪い取る。そして戦闘の昂揚感に、彼の口元は自然と笑みを形作っていた。
「ここは回復の必要はありませんね。では、私もっ」
 公子のプラズムキャノンをくらったシーホースは、その光条の中で息絶える。全ての仲間が戦列に加わったことで、ケルベロスたちの包囲は密に、また火力も増す。
 ケルベロスたちの更なる猛攻に、シーホースの群れは耐え切ることができない。1体また1体と次々に力尽きて倒れていき、葵のシャーマンズカードから召喚された暴走ロボットと、呪具の呪詛を載せたソルの斬撃が弱った個体たちを仕留めた時、いつしか残るシーホースはついに1体のみになっていた。
 最後の1体が、残る体力を振り絞って果敢な突撃を行おうとする。しかしトウマのフェアリーブーツから蹴り出された星型のオーラに打たれ、砂浜に崩れ落ちた。まだ息があるそれは、首を持ち上げて弱々しい声を漏らす。半ば光を失ったその瞳が映すものは、果たして何か。
 万里子はチノアとともに、そのシーホースへと歩み寄る。
「苦しいでしょう、すぐに楽にして差し上げます……チノア」
 彼女の指示を受けたチノアは、シーホースの背後から手にした矢をその脳天へと突き立てた。シーホースは馬をベースにしたもの。すなわち、どこかのデウスエクスが馬をバケモノへ改造したということ。シーホースの材料となった馬たちも被害者に違いない。
 最後の1体の瞳から光が消える。トドメを刺したチノアは、死の眠りについた馬たちへ哀しげな瞳を向ける万里子に、影のように寄り添った。
 全てのシーホースが倒れ、堤防から身を乗り出してケルベロスたちの戦いを見守っていた女子生徒たちは歓声を上げた。
「みんな、怪我はねぇな? ……何、お嬢さん方に生傷あったらマズイからな?」
 変身を解除したソルは振り返り、笑顔とともに彼女らに手を振り返す。
「……次から次に出てくるね。……毎回海からだから、ダモクレスみたいに海の中に何かありそうだよね?」
「ここらは駿河湾の近所だが関係あんのかァ? 俺も伊豆方面にもうちょい詳しければなァ」
 再びシーホースと戦うことになった葵はうんざり気味な顔で海を見つめ、トウマは嘆息して頭を掻いた。
 しかし海は疑問に答えてはくれない。
 今はただ静かに波が砂浜のシーホースたちの血を洗い流し、潮騒がケルベロスたちの耳に届くのみ。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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