一人のヨル

作者:文月水無

●ヒトカラ最高演説
「ヒトカラは最高だ!」
 金曜日の深夜、都内の駅前にある喫煙所の中で、羽毛の生えた異形の姿のビルシャナが目の前の人間たちに対して強い口調で言う。ヒトカラとは一人カラオケのことである。カラオケで歌うのはほぼ一人であるが、カラオケボックスの利用は複数人を想定されている。まだまだ一人で行くことに抵抗のある人も多いが、もカラオケそのものが好きでむしろ一人のほうが心地よいと感じる人間がいることは間違いない。
 そんな背景にあり、喫煙所内にいる8人の人間はその姿を気にすることはなく、一つ一つの主張に熱狂を持って答える。
「自分の好きな曲を入れられる! ちょっと電波な曲、あまりにメジャーすぎるけど実は好き……みたいな曲を気持ちよく歌える! 中途半端に踊ったって恥ずかしい思いをすることはないし、採点の結果を悟られることもない! 好きなだけ煙草を吸うことができる! 割り勘を気にせず飲み物を頼み続けることだってできるぞ! 単純に一曲あたりのコストパフォーマンスも高くなるし、Cメロ歌えない曲の前半だけ歌って気持ちよくなることだってできる! ……ヒトカラは最高だ! デュエット曲の全パートを歌うことだってできるんだ……! さらに言えば……」
 ビルシャナの主張は尽きず、聴衆はそれに呼応し続けた。

●状況説明
「ヒトリの素晴らしさを複数の人の前で広めているというのは矛盾も感じますが……」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が予知した状況を説明する。
「リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)さんが危惧していた通り、ヒトカラ最高と叫ぶビルシャナが現れました。鎌倉奪還戦の際のビルシャナ大菩薩の光の影響で悟りを開いてビルシャナになってしまう人間が出ているのはご存知ですね」
 目の前のケルベロスたちの反応を待ち、セリカは続ける。
「ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力があります。放っておくと一般人は配下になってしまいますので、これを阻止して頂きたいのです。ビルシャナ化した人間一人一人は強くありませんが、ビルシャナが撃破されるまでの間戦闘に参加します。ビルシャナさえ倒せばもとに戻るので救出は可能ですが、配下が多くなれば皆さんでも勝てるかどうか……。攻撃したら死んでしまいますし」

●周辺について
「都内の喫煙所でビルシャナは演説をし、中にいる8人が納得している状況です。喫煙所の外にいる人たちは終電後なのもありあまりいませんが、二次会等での苦い思い出などを重ねて多少なりとも共感しているようです」
 このままでは彼らも信者となってしまうかもしれない、そうなってはさすがに厳しいだろう、とセリカは続ける。
「皆さんなら、敵一人に対してであれば難なく倒せると思います。信者や一般人の生死は問いませんが、説得じたいノーリスクなので思い思いに語りかけてみていただけるとよいかなと思います」
「続いて戦闘面についてですが、理力を用いた遠距離攻撃と回復を使うようですね。1:8であれば負ける相手ではないと思いますよ」
 セリカはケルベロスたちへ向き直る。
「教義を聞いている一般人は、ビルシャナの影響を受けています。信者でなくするためには、理屈よりもインパクトが大事となるでしょうね。これ以上被害が大きくならないよう、撃破のほうは最低限こなしてください。よろしくお願いしますね」


参加者
楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)
和郁・ゆりあ(揺すり花・e01455)
ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)
深街・睦月(超テンションキーボーディスト・e62408)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)
ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)
ステラ・フォーサイス(嵐を呼ぶ風雲ガール・e63834)

■リプレイ

●声
 予知を受けて都内の喫煙所付近へ降りたったケルベロス8人と2体のサーヴァントは、目的の場所へ歩を進める。
「みんな邪魔だからあっち行ってて」
 リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)とステラ・フォーサイス(嵐を呼ぶ風雲ガール・e63834)は殺気を放っているが、これは襲撃対象であるビルシャナ及び信者8人以外の人間を遠ざけるためであった。
 遠巻きに演説に興味を持っていたような一般人は無意識化にこの場を避けるよう行動をはじめ、問題の場所にはビルシャナと信者のみいる状態となった。周囲を巻き込む危険性が限りなく低くなったことでリリエッタは安堵する。
「なんでこんなところでクダ巻いてるんだろう……もうちょっとこう、良い場所なかったのかな?」
 楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)が疑問を呟く。終電後の喫煙所でつまらない主張を振りかざす彼らに対するもっともな疑問であった。
「まぁ、そのほうが戦いやすいからね! 私たちにとっては都合がいいよ」
 ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)は状況を前向きに捉えて応える。狭く遮蔽物が入り混じった空間や、守るべき対象が増えてしまう時間帯よりも戦いやすい空間であるのは間違いなかった。仲間を失うこと、犠牲を出すことはしない、という決意をミスティアンは改めて抱き歩を進める。
「ヒトカラはなぁ……いいぞぉ……最近は高くつくところもあるが……でもトータルでは……誰だっ!」
 遮蔽物がないタイプの喫煙スペースだったこともあり、ケルベロスたちの存在にビルシャナが反応する。信者たちも追従する形でケルベロスたちへ視線を向ける。
「カラオケかー。あんんまり行かないけど、楽しいよね。おっきい声出せるし!」
 正体を明らかにせず、牡丹はビルシャナの主張との対決姿勢を示す。共感を示されたことでビルシャナは油断を、信者は興味を持った。
「カラオケボックスを歌うことだけに使ってるとしたらもったいないよ! ボードゲームとかをやるのもいいんじゃない? 一人では当然できないけどね! 何なら少しだけでもやってみようよ」
 ミスティアンはそう言うと持参したTRPGのグッズを広げた。現代の学園を舞台にした、カードを引いてロールプレイをするタイプのものや、城塞都市を舞台にウェブ版と同様のシステムで6面ダイスで判定できるもの、その世界観でデッキ構築型ゲームとして遊ぶものなどがあった。
「あ、じゃあ少し教えてもらおうかな」
 信者のうち2人が、この提案に乗っかる形でビルシャナと距離を取った。カラオケボックスをカラオケ以外で使うことの提案は相応にインパクトがあったらしい。あるいは、彼らが単純に新規性のある娯楽を欲していたか。なんにせよ効果はあった。ミスティアンはそのまま彼らへ丁寧にティーチングを始める。
 そんなやり取りがある中、深街・睦月(超テンションキーボーディスト・e62408)はショルダーキーボードを簡易机に置き、ステラは自身のガジェットをギターへと変形させて演奏の準備をしていた。
「一人でカラオケもいいかもしれないけど、皆でセッションするのだって楽しいよ!」
 睦月とステラの準備が終わるのを確認すると、牡丹は信者へ語りかける。これを合図に、睦月とステラはゆったりながら期待感を煽るリズムを刻みだす。
「一人で歌う楽しさ、それを否定するつもりはないけど……複数で歌う楽しさを教えてあげるわ」
 和郁・ゆりあ(揺すり花・e01455)は2本のマイクを持って前へ出ると、信者たちへ宣言する。曲名を言うと、睦月とステラは理解していたかのように演奏をはじめる。
「ぽこさん、一緒に歌おう」
 ぽこさん、と呼ばれたエディス・ポランスキー(銀鎖・e19178)に向けてゆりあはマイクを投げ渡す。流れ始めたのはポピュラーなデュエット曲だった。
「貴方すごく歌上手じゃない!」
 本業歌手であるゆりあとではつり合いがとれない、とエディスは遠慮して投げ返そうとする。
「せっかくの生演奏だもの、一緒に歌いましょう」
 エディスはゆりあが楽しそうな顔で誘ってくるのを見て観念したかのようにマイクを握る。
 ゆりあは女性側のパートで私にかまってくれという心情を高らかに歌い上げ、エディスは男性側のパートで言い訳じみた歌詞を紡ぐ。ゆりあの歌声は音が籠らない室外であることを感じさせない声量を発揮していたが、エディスもどちらかというと上手なほうであった。だが、技量の差はある程度周囲の人間でもわかるもとなっていた。
「上手いやつと一緒にやるのはやっぱな……自慢されるだけのこともあるし……」
 そんな光景を見て、3人の信者が小言で話す。
「友人と一緒ならね、こんなんでも楽しいのよ!」
 そんな反応を見て、自分のレベルに合わせてくれていることをわかっていても、なお楽しいものだ、とエディスは信者たちへ主張する。
 短い間奏を終え、大サビにというところでゆりあは歌い方を変え、楽し気に歌いだす。これまでは歌詞に則った情緒的な歌い方であったが、雰囲気は一変する。大サビを終え長めの間奏に入ると、ゆりあはさらにマイクを取り出し信者全員へ投げ渡す。
「こんな切ない曲も、歌い方次第で明るく盛り上がる曲にだってなるの」
 ゆりあはエディスへ視線を送り、エディスも応える。
「一緒にどう?」
 照れながらも、信者たちを誘う。
 歌の上手い人間への劣等感をヒトカラへの情熱へと変換させていた信者3人は、この空気感に堪えられずマイクを握りなおす。彼らは実際のところカラオケが好きだったのだ。
「あなたたちとはどんな曲になるのかしら?」
 ゆりあはウインクを飛ばし、転調を迎えた曲を引っ張っていく。
「カラオケ、楽しそうです!」
 ルーシィド・マインドギア(眠り姫・e63107)は信者3人とゆりあ・エディスの歌を興奮気味に聞いている。事情によりこれまで経験のなかった文化に触れ、純粋にルーシィドは楽しさを感じ取っていた。
(「あの子も、歌うの好きだったな……」)
 そんなルーシィドや演奏組、歌唱組を見てリリエッタは過去を思い出す。
(「ううん……、今はそれより、ビルシャナ退治だよ」)
 あくまで任務を意識する。ビルシャナも現状自分たちのことを説得を邪魔するやつ程度にしか見ていないようで、戦闘がはじまる気配はない。時々聞こえてくる反論や説得に対しても自分たちが優勢であるように見えた。
「次、歌ってみてよ」
(「実際はこれ、生オケなんだけどね。本人たちが納得してるならいいかな」)
 牡丹がルーシィドを促す。カラオケというのは録音してあるものをバックに歌うことであり、実際に演奏しているものは厳密にはカラオケとは言わない。……が、初心者であるルーシィドやリリエッタを前にそんなことを言うのは野暮かと考えた。信者たちも納得しているならなおのこと問題ない。
 ルーシィドは頷くと、マイクを持ち順番を待つ。
 残る信者は3人だった。うち2人は、選曲のこだわりを持っているようだった。
 やがてゆりあ・エディスの演奏が終わると、ルーシィドは前へ出る。
「あの! 皆さん、カラオケが好きなんですよね? わたくしも、とても楽しそうだと思いました。だから、わたくしにもやらせてください、カラオケ!」
 さらに、リリエッタへマイクを渡し、一緒に歌うことを促す。
「むーちゃん、ステラ様、お願いします。リリちゃん、一緒に歌おう」
 ルーシィドは演奏組へ一例し、リリエッタの手を引く。
 流れ始めたのは、間違いなく誰でも知っているような童謡だった。
 未経験のルーシィドなりにカラオケのことを予習し、覚えてきた好きな歌であった。
 リリエッタも一緒に歌っていく。
 その様子を信者やケルベロスたちはじっと見守った。
 ヒットソングを集団で歌う、いわば正統派の盛り上がりを呈した前曲とは異なる趣であったが、歌うことによる感動や興奮を分かち合うという状態はまさしく一人カラオケでは味わえないものと言えた。
「俺も……そうだよ……こんな風に楽しみたかったんだ……できるかな……」
 残る信者のうち1人が呟いた。
「友達と行けば自分の知らない曲だって知ることができるんだよ。私だってそういうの多いし。一人で完結するより世界を広げると思うな」
 牡丹が彼をフォローする。
「ありがとうございました! 次に歌いたい人は、いらっしゃいますか?」
 一曲歌い上げたルーシィドは深く一礼し、信者やケルベロスたちへ語りかける。ルーシィドも同様の所作で追随する。
「じゃ、じゃあ俺も! 一曲やらせてくれ! お前も確かあれいけるだろ? 一緒にやろうぜ」
 そして、2人の信者が堕ち、彼ら二人の歌が始まる。事前の打ち合わせようがないリクエストだったが、睦月とステラは問題なく対応した。
「言うてもさ……、やっぱり、俺は一人で歌いたいんだよ。一人で歌おうって思ったら、カラオケ行くしかないじゃないか」
 最後に1人となった信者はそんなことを呟く。
 もはやケルベロスたちから相手にされていないが、ビルシャナもそちらの方向で援護しているようだった。
「一人で歌うだけなら、からおけ屋じゃなくてもいいと思うよ?」
「別にカラオケルームを独り占めしなくても」
 リリエッタは信者に視線を向けて、ステラは演奏を続けながら、当然のように言い放つ。
「ほかにどこがあるっていうんだよ」
 これを受けて信者としては当然の疑問を投げ返す。
「むぅ……例えば、自然の中で回りを気にせず歌うのとかどうかな?」
「お風呂に入りながら歌えば良いんじゃない? お金もかからないしね」
 ノータイムで返ってきた返答は相応のインパクトがあるものだった。歌う場所と言えばカラオケかスタジオ程度だという固定観念が打ち砕かれた瞬間だった。実際、彼にとってそれがどれほど実現可能性のあることかどうか、彼自身に考える余裕はなかった。
「オマエらは、ヒトカラの良さがわからないというのか!」
 寝返った信者たち、そしてケルベロスたちを前にしてビルシャナは空しく叫ぶ。
 既に大勢は決まっているようなものだ。

●イタイ立ち位置
「みんな、準備はいい?じゃ、いっくよー♪ライブ、スタート!」
 信者たちが退避をはじめたことを確認し、ステラが先ほどまでと同様演奏をしながら合図を送る。
 ミスティアンが先陣を切り敵へ突っ込み、牡丹と牡丹のサーヴァント、ブローラが前線を維持する。ゆりあの斬撃とエディスの突きは直撃し、睦月・ステラの息の合った攻撃も当たり、リリエッタ・ルーシィドの協力攻撃も有効打となった。
 信者8人の随伴を失ったビルシャナはもはや脅威とは呼べず、終始ケルベロスたちの優勢で戦闘は進んでいく。
「ヒトカラが楽しいというのは認めるけど、それ以外の選択肢を完全に切り捨てるのは残念すぎるんだよ!」
 睦月が精神を手中させビルシャナを爆破させる。
「ざ、ざんねんか……」
 弱ってきたビルシャナはその言葉を反芻する。
 ミスティアンが手裏剣を放ち追い打ち、牡丹のサーヴァント、テレビウムのブローラが光を放つ。
「よーし、いけブローラ! ボッチ推進派はやっつけろー!」
「誰がぼっちだ……クソぉ……」
 牡丹の言葉かあるいはテレビウムが放つ光に対してか、怒りの言葉を並べながら、ビルシャナは倒れた。

●音楽時間
「たまには私にかまいなさいよっていうアレ、わりと本気だったんだけど」
 ゆりあはエディスへ向けてしおらしく呟いた。先ほど歌唱したデュエット曲の女性パートにと自身の信条を重ねていたことの告白である。
 エディスは内容を省みて慌ててしまう。下手な言い訳をしてしまってはそれこそ歌のような印象を与えてしまいかねない。そんな様子を見て、冗談であることをウインク交じりにゆりあは伝えた。
「はー、気持ちよかった♪ もう一曲みんなで歌わない?」
 そんなやり取りを知ってか知らずか、ステラは残るメンバーへ声をかける。
「ぽこさんも、一緒に歌ってこ?」
 カラオケの良さを伝える行動は、概ね歌の良さを伝えることにもなり、結果としてメンバー自身にも欲求を生むこととなっていた。
「さすがにここだと邪魔になるから、カラオケボックス予約とるよ?」
 睦月は携帯電話を操作し近隣の店舗を探しつつ提案する。最近は24時間営業のところもある。これから探しても存分に楽しめることだろう。
「本当のカラオケもやっぱり楽しいもんね。映像とかあるし、おやつも食べられるし」
 牡丹も同意したが、その言葉にルーシィドには引っかかるものがあった。
「本当のカラオケ? さっきのは違うんですか?」
「さっきのは厳密には生オケだからね。録音した音源で歌うのが本当のカラオケだよ」
 ミスティアンが補足する。信者周りの葛藤もなくなった今、牡丹も特段伏せる必要はないと踏んでいたようだった。
「本当のカラオケ、私も行きたいです! リリちゃんも行きましょう!」
 ルーシィドはその言葉を受け、なお興味を増した面持ちで答える。
「ルーが行くなら……」
 リリエッタは無表情ながら、信頼しているルーシィドと一緒に行ける楽しさを隠さず応える。
 それを受けルーシィドは安堵したように微笑んだ。楽しさの一端を垣間見たとはいえ未知の領域、より親しい人間と一緒なら楽しくないはずがない。
「お、ここからすぐのところにパーティルームあるとこあるみたいだよ。一応人数伝えるから、参加したい人はもう一回教えてね」
 睦月の呼びかけに、改めて参加希望者が声を挙げる。
 思い思いの嘘のない笑顔がそこにはあった。

作者:文月水無 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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