サクセスと参考書よむ秋の午後

作者:奏音秋里

「なんの役に立つんだよ」
 夏休みが終わり、2学期が始まって約1箇月。
 高校3年のこの時季は、将来を決めてしまうかも知れない大切な時間。
 なのに。
 これから1箇月も、授業が午前中で終わってしまうなんて。
 午後は自習すらできず、体育祭だの文化祭だのの準備をしなければならないなんて。
「オレの人生は高校で終わりじゃないんだ。いまだけの付き合いのヤツらと一緒にわいわいやるより、勉強した方がよっぽど自分のためになるぜ」
 昼休みの屋上で、男子生徒はひとり教科書を開いた。
 早々と弁当を食べ終えて、午前中に習ったことの復習を始める。
 だが彼の背後に、なにかが忍び寄った。
「あなたの向上心は、とてもいいと思いますよぉ。自分勝手で、とてもいい夢ですぅ」
「誰だ?」
「あなたの向上心で、ダメな人達なんて、やっつけてやってくださいねぇ」
 彼の問いかけに答えることもなく、只管に笑顔を浮かべる少女。
 大きな鍵を男子生徒の身体に差し込み、ドリームイーターを出現させた。

「みんなにお願いがあります! ドリームイーターを倒してほしいのです!」
 今日も元気に、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が呼びかける。
 またもや高校生の持つ夢が、奪われてしまうのだと。
「狙われた『レヴィン』くんは、歪んだ強い向上心を持っています!」
 故に被害者から生み出されたドリームイーターは、強力な力を持っている。
 だが、夢の源泉である『意識高い系の向上心』を弱めるような説得ができれば。
 戦闘前に、ドリームイーターを弱体化させることも可能だ。
「みんなの考えをぶつけて、彼の主張を正面から打ち砕いてください! うまく弱体化させられれば、戦闘を有利に進められます!」
 生み出されるドリームイーターは、1体のみ。
 見下していた生徒達を襲撃するために、分厚い参考書とペンのような凶器を手にして。
 皆の集まっているグラウンドを目指して、第一教棟内を移動しているらしい。
「ドリームイーターは、ケルベロスを優先して狙ってきます! この性質も利用しながら、説得や誘導と同時に、生徒や先生方を安全な場所へ避難させてください!」
 できるだけ被害を少なく済ませるためにも、戦闘はグラウンドでおこないたい。
 だから避難は、例えば体育館とか、第一教棟からは少し離れた特別教棟とかがおすすめ。
 グラウンドから離れてもらえるなら、それに越したことはない。
「戦闘になれば、ドリームイーターは生徒達のことなんか気にしなくなります!」
 モザイクでつくったペンを乱れ撃ちにしてきたり、分厚い参考書で殴りかかってきたり。
 逃亡の危険性はないため、確実にしとめたい。
「高校生の夢を奪ってドリームイーターを生み出すなんて、許せません! ただ、向上心は自分を高める方向で持ってほしいですね!」
 ねむ曰く、被害者は第一教棟の屋上に倒れているらしい。
 ドリームイーターを倒すまでは、眼を覚まさない。
 彼に声をかけるか否かはお任せしますと、ねむは付け加えた。


参加者
ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)
ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)
笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)
霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)
モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)

■リプレイ

●壱
 現場へ到着したケルベロス達は、二手に別れて行動を開始する。
「いまから此処は、立ち入り禁止だ」
 リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)は、生徒達に話しかけた。
 グラウンドをぐるりと囲むように、立入禁止テープを張っていく。
「こちらケルベロス! こちらケルベロス! デウスエクス襲来あり! グラウンドにて迎撃予定! 皆、避難を!」
 拡声器のスイッチを入れて、笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)も叫んだ。
 焦らず騒がずボクスドラゴンについていくよう、生徒達に促している。
「体育館か特別教練か、近い方へ避難して。絶対にグラウンドへは行かないようにね」
 シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)は一方、第一教棟のなかで敵を誘導中。
 先頭に立ち、残っている生徒にも声をかけながら先を急ぐ。
「さぁご一緒に、グラウンドへ参りまショウ」
 ずっと先を歩くミミックに『グラウンド侵入禁止』の札を持たせ、避難を周知させつつ。
 モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)は、ドリームイーターに声をかけ続ける。
「……祭りの準備が退屈って連中もいんのか。不思議なもんだなァ」
 ドリームイーターとは、つかず離れずの距離を保ちながら。
 霧島・トウマ(暴流破天の凍魔機人・e35882)は、ぼそっと呟いた。
「いざさ、わいわいできなくなると、もうちょっとしたかったなぁ、とか思うようになるんだな、これが」
 うんうんと、霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)が同意を示す。
 もちもち歩くボクスドラゴンも、主人の真似をして首を縦に振った。
 そうこうしているうちに、青空のもとへ。
「頭がいいキミなら、誰を相手にするべきか分かるよね!」
 ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)が、ファミリアに魔力を籠めて射出する。
 ウイングキャットも、青眼を鋭く細めて歯車のような輪を飛ばした。
「年上なのに妙な歪み方をするもんじゃのー? まあなんじゃ。吾が言うのもなんじゃがな。お主、将来なにを成すつもりかは知らぬが『共同作業』の練習をせぬまま、ぶっつけ本番でいけると思うておるのか?」
 ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)は、強気な表情で問いかける。
「勉強はひとりでもできるわえ。だが社会に出れば、ひとりだけでできることは限度がある。嫌でも協力せねば、ことは成せぬのよ。吾等ケルベロスですら、幾人もで組まねばならぬのに……」
 其処まで言って、いっぱい息を吸って。
「お主ひとりでなんでもできるつもりか、馬鹿者がっ!」
 ルティアーナは、ドリームイーターを叱りつけた。
「なーなー。そもそもお前、勉強楽しくてやってんの? 自分のためになるからやってるだけだろ? ほかの連中と想い出つくらないって、楽しいことなのかァ? 勉強もいまはがんばらねぇけど体育祭終わったら専念できる、って思ってる奴も、何人かきっといるぜェ? それなのに練習なんて意味がねェ、いまからも勉強しろって『楽しくないことの押し付け』にならねーかァ?」
「別に勉強するのは悪いことじゃねぇよ? でも高校のときの付き合いって、案外後々まで続くもんだぞ? 本当に自分が誰も行かないようなとこに行ったつもりでも、ふとしたときに会っちまうもんだし。というか学生時代の想い出は―って訊かれてどうする? 勉強してました、だけだとお前の行きたそーなとこだとじゃ面接とか困るだろ?」
 トウマもカイトも、ドリームイーターに『いま』の重要性を訴える。
「世間には、想い出になるから、とか、イベントだから、とか、妙に学校行事で張り切る奴がいなかったか? 勉強というのは自分のためにがんばるものだが『退屈』であることも多い。イベントを疎ましく思うのは個人の自由だが、逆に勉強ばっかじゃ、と思う奴だって普通にいるんだ。確かに勉強は学生の本分というかもしれんが『いまだから』できることもある。特に『いまこのとき一時の人間』がすべて揃うときなど、滅多にないぞ?」
 リカルドは、勉強をすることとはっちゃけることと、双方への理解を示した。
「私に言わせれば、学生時代こそよかったんだが……まあ、こればかりは過ぎて失ってしまって初めて気づくものだろうな」
 静かに、鐐はボクスドラゴンと肩を落とす。
「文化祭は馴れ合いなどでは御座いマセン。授業でもやらないことを自主的に選び、習得し、ひとつの形にして発表するという集大成の練習デス。いまは実感が無いと思いマスガ、貴方が大学へ進んだとき、教科書に載っている範囲のテスト問題を解けるだけでは自主的な研究などできないのだと知るデショウ。それは社会人とマニュアルの関係になっても、変わりマセン」
 課外学習からだって学べることがあるのだと、モヱは力説した。
「勉強も大事だけどさ、遊びから机上で学べないこと体験したり、いろんな人の考えを聞くことで広がる知識もきっとあるよ。頭でっかちなだけじゃ誰もついてこないから、勉強したことを活かす力に変える場を経験した方がいいと思うな。正直、勉強は苦手!」
「俺も勉強苦手だから尊敬しちゃうな! 勉強を一生懸命がんばれるなんて、スゴく羨ましい。でもなにが自分の役に立つかなんて、簡単には分かんないよ。俺だって分からないし! だからいまのうちにたくさんのヒトと交流して、自分の未来の選択肢を増やすんじゃないかな? 周りの笑っている同級生を見て、ホントになにも感じない? 友達といて楽しかったコトや勉強になった経験はない? ヒトリじゃきっといつか限界がくるし、寂しいよ」
 幼馴染みのシエラシセロとゼロアリエは、友人の必要性をアピールする。
 皆の説得を聴いたドリームイーターの表情は、遭遇時よりも穏やかになっていた。

●弐
 それでも戦闘意欲は衰えず、モザイクでできた参考書を振り下ろしてくる。
「ぅわっててっ! 参考書とか分厚いからホント凶器だよ! いつも思ってたけど!」
 とっさに腕で受け止めたシエラシセロは、反撃に電光石火の蹴りを放った。
 遠慮のない攻撃で、ドリームイーターを惹きつける。
「意識が高いなんてスゴイコトだ。もう勉強も遊びも全力でがんばっちゃえばいいのに」
 そのあいだにゼロアリエが、前衛陣へと光輝くオウガ粒子を放出した。
 ウイングキャットも前線へ羽搏き、バッドステータスへの耐性を付与する。
「たいやき、シエラシセロを回復だ」
 ボクスドラゴンに指示を出して、爆破スイッチを押すカイト。
 属性インストールのあいだに、自列の背後へカラフルな爆発を起こす。
「鐐、受けとってくれ」
 リカルドは順次、ディフェンダーに魔導金属片を含んだ蒸気を纏わせていた。
 冷静沈着に戦況を見極めるとともに、メディックとして仲間達を護る覚悟を抱いて。
「ありがとう、リカルド殿。私も些少ではあるが、援護させてもらうとしよう」
 鐐が吼歌に乗せて贈る勇気は、前列の命中率を更に上昇させる。
 小さき盾を構える相棒のボクスドラゴンは、主人を守るべくタックルを命中させた。
 今度はドリームイーターが、後衛のメンバーにモザイクペンを突き立ててくる。
「データサポートをおこないマス」
 ミミックが財宝をばらまく後ろで、すかさずモヱが時空魔術を試みた。
 トウマの状態を『バッドステータスを受ける前』へと、巻き戻す。
「学校が面白くない、か。ケルベロスにでも目覚めて生死を賭けるようになって初めて『つまらないこと』の大事さに気づくのやもな」
 呪詛を載せた美しい軌跡が、エクスカリバールによって描かれた。
 ルティアーナは攻撃手として、手を休めることなく攻撃に専念する。
「てめぇにも足止めお見舞いするぜっ!?」
 ドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させ、竜砲弾を発射するトウマ。
 先程の列攻撃のお返しに、ドリームイーターにバッドステータスを与える。

●参
 弱体化に成功したこともあり、戦闘はケルベロス優位のまま進んでいた。
「そろそろデスカネ? いきマスヨ、収納ケース!」
 ミミックのエクトプラズム武器攻撃と間髪入れず、ウイルスカプセルを投射するモヱ。
「明燦、楽にしてあげよう」
 クマの手びんたでにくきうマークの付いた腹へ、ボクスドラゴンが激突する。
「ま、どっちが幸せを感じられるのかは微妙やもしれぬなぁ?」
 ルティアーナの放つ虚無球体が、ドリームイーターの左腹部を消滅させた。
 ドリームイーターも力を振り絞って、モザイク参考書をぶつけてくる。
「リューズっ!? 意識が高いというのに、参考書が武器だなんて! そ、そのカドは痛いんだぞ! 危ないんだぞ!」
「よくもリューズをっ……翼を震わせ響け、祈りの光響歌ぁっ!」
 ウイングキャットを抱き起こすゼロアリエの前に、シエラシセロが割って入った。
 召喚した巨鳥は空高く舞い上がり、光の弾丸となってドリームイーターに激突。
 追うようにゼロアリエも、怒りの笑顔でスパイラルアームを穿った。
「この地に蒼く。縫い止めよ、凍れる楔よ……ってか?」
 トウマの詠唱は、ドリームイーターの頭上に雨を呼び、大量の氷柱を地に生やす。
「紡げ糸凪、影を縛り、禍を留めよ。縛れ、暇(いとま)を紡ぐ『凪縫』よ」
 加えてリカルドが、圧縮した風の糸でドリームイーターをその場に『縫い付け』た。
「おいチビ、道を切り開け! 戒めるは凍気、滅するは破軍の加護、斬り裂くは蒼き氷刃! 『氷獄刃:破軍』、我が下に現れよ!」
 練り上げた凍気は鋭い氷の刃と成りて、紅眼『カイト』の手に収まる。
 ボクスドラゴンのブレスのあとを駆け抜け、ドリームイーターに斬り裂いた。

●肆
 いよいよ膝を着いたドリームイーターに、とどめをさしたのはルティアーナである。
「大元帥が御名を借りて、いまここに破邪の劔を顕現せしめん! 汝、人に災いを為すものよ。疾くこの現世より去りて在るべき常世へと赴け!」
 呪力によりて顕現せしめた黄金に輝く三鈷剣で以て、一刀両断。
 その一撃は、ドリームイーターの魂を肉体から引き離し、完全に消滅させた。
「よっしゃ~おつかれ~!」
 バイザーを上げたカイトの眼が、普段の蒼色に戻っていく。
 溜めておいたバトルオーラを放出して、グラウンドをヒールした。
 立入禁止テープを回収したら、再度、第一教棟の屋上へ。
「染まれ、藍より青く、空より鮮やかに! 大丈夫かい、レヴィン?」
 青インクのついた筆をレヴィンに向けて走らせれば、即座にダメージも回復する。
 程なくして意識をとり戻したレヴィンに、ゼロアリエは事情を説明した。
「勉強できるってすごいと思う! でもここでの出会いが一生の友達をつくるかもしれないのに、役に立たないって切り捨てて欲しくないな。知ってることと体験したことは別物だと思うし!」
「あなたの向上心自体は、悪いことではありマセン。デスガ……例えば、もし医学を志すのであれば、患者に心を開いてもらうための話術は、机上の勉強より実地での人付合いからの方が学びやすいデスヨ」
 シエラシセロはいつもの笑顔で、モヱは穏やかな無表情で、レヴィンに語りかける。
 ふたりとも、レヴィンにもその大切さを伝えたかったのだ。
「ほらほら。勉強で内心いい気分してぇだけなら、練習もしながら水面下でやるもんさ……なァ?」
 にかっと笑んで、トウマもかっこいい方向へ行動を改めるようアドバイスする。
「勉強をがんばるという選択肢もいいが、根を詰めすぎんようにな?」
 リカルドも、レヴィンの眼を真っ直ぐに見て、気遣った。
「無駄なことなどなにもないぞ。理屈が欲しいかい? なら、いまのうちに『嫌な相手とも共同作業をする練習』をしておくんだ。社会に出れば、嫌でもやらないとダメだからな。まあその向上心はよし! がんばりたまえ!」
 ぽんっと優しく、鐐はレヴィンの背中を柔らかいにくきうで押してやる。
 ありがとうございますと立ち上がると、グラウンドへ駆け下りていったのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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