●骨と化した竜
あの世ともこの世ともつかないような雲海。その雲に包まれ、その女とドラゴンはいた。
女はドラゴンに頭を垂れる。
「お待ちしていました、ジエストル殿。此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか」
そして杖を振りかざすと、今にも息絶えそうな竜が雲霞に浮かび上がってきた。
ジエストルと呼ばれたドラゴンが女に答える。
「そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去ってもらいたい」
女は瀕死のドラゴンに目をやる。
「これより、定命化に侵されし肉体の強制的なサルベージを行います。あなたという存在は消え去り、残されるのは、ただの抜け殻にすぎません。よろしいですね?」
ドラゴンの眼球だけが動き、承認の意志を示した。
女が杖をかざしたとき、魔方陣が閃光を放ち、曖昧な雲を吹き消していた。
その魔方陣に呑まれ、ドラゴンの意志も肉体も消失する。しかる後に残されたものは、骨だけとなった忌まわしき残骸――。
「サルベージは成功、この『獄混死龍ノゥテウーム』に定命化部分は残っておりません。ですが……」
「わかっている。この醜い残骸はすぐに、戦場に送ろう。その代わり、完成体の研究は急いでもらうぞ」
●予知
「市街地がデウスエクスの襲撃を受けます」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が告げた。
「敵は『獄混死龍ノゥテウーム』というドラゴン。市街地襲撃までに時間的余裕がなく、市民の避難は間に合いません。このままでは多数の犠牲者が出てしまいます。そうなる前に、皆さんに敵の撃破をお願いします」
ドラゴンが暴れるというのであれば、かなりの被害が予想される。
敵は知性がなく、戦闘力も通常個体とくらべると低いらしいが、ドラゴンであることには違いないので強敵であることに間違いない。
「ノゥテウームの体長はおよそ10メートルほど、力任せに骨の腕で薙ぎ払ったり、炎や水を吐き散らすという攻撃をしてきそうです」
敵が現れるのは午後、人通りの多いターミナル駅前の交差点。ビルが林立するエリア、こんな場所でそれほどの巨体に暴れられてはたまったものではない。
セリカは説明をつづけた。
「ノゥテウームは戦闘開始後8分ほどで自壊する事がわかっています。自壊する理由は不明ですが、ドラゴン勢力の実験体であるのかもしれません。その証拠に、ノゥテウームは破壊活動よりは皆さんと戦うことに重きを置いて動くようです。ですが脅威とならない相手と思われては市街地を襲うかもしれません」
セリカはこうケルベロス達を激励した。
「被害を出さないためには、8分を耐え抜くにしても、攻撃の手をゆるめてはなりません。みなさんなら、うまく敵を食い止めてくれると信じています」
参加者 | |
---|---|
天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355) |
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036) |
因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145) |
エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785) |
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083) |
リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609) |
八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875) |
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677) |
●侵攻の骨竜
ターミナル駅前、午後二時。
うねるように交差点を走ってくる骨のみの外観を持つ異形なる怪物。『獄混死龍ノゥテウーム』だった。ノゥテウームの雄叫びそれ自体に骨っぽい硬質さがあった。
あらかじめ警察に一般人の避難は手配済みではあるが、この巨体に暴れられてはいかなる被害があったとて不思議ではない。その事情を鑑みるに、事前にやるべきことをやらない選択肢はないよなと考えつつも、アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)は敵を見据える。
「骨だけになってまで戦って、おまけに数分後には自壊すると来たもんだ……同情するワケじゃないけど、こんなの生み出してデウスエクスってのは何がしたいんだか……」
「あの骨が竜だったなんて……」
リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)がぞっとしないというように身を震わせた。
「ドラゴンのゾンビ……でしょうか。ゾンビで合っているとすれば……製作者はドラゴン勢力? それとも別の……。なんだか嫌な予感がします、前哨戦というか……ハイ」
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)が憂鬱そうに呟くと、祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)はにやりと口の端を上向けた。
「……定命化で大人しく死ぬくらいなら、ということだろうか。……転んでもただでは起きないということか。……だが、その呪わしい執念は称賛しよう。……実に祟りたくなる」
「一つ確かなのは、あのドラゴンからは並々ならぬ覚悟を感じるということ……。これは一筋縄ではいかないでしょう……」
天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)がアラームをセットする。
ノゥテウームはケルベロスたちに気づいたらしかった。こいつらが倒すべき敵であるのかと見定めてでもいるのか、じりじりとにじり寄ってくる。その忌まわしい姿から発せられる負のオーラには、ただならぬ圧を感じる。だが、どんなに手強くとも、八分を耐え忍べば、敵は自壊する定め。
八神・鎮紅(夢幻の色彩・e22875)は、左手に持つグリムラビットの握りを確かめつつ、
「如何なる意志の許、この様な姿になる事を選んだのか――考えても詮無い事、ですか。此処にアナタが居て、此処に私たちが集う。そうなれば、やるべき事など考えるまでもない。強き者との闘いを、望むのでしょう? なればこそ、全力を以って応じましょう」
そう決意を口にすると、少し慎重にグリムラビットを構えた。
その鎮紅の言葉に同意するように、エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785)は一歩前に出て剣を構え、
「さぁ、いこうか……」
と自身を鼓舞するように呟いた。
●激闘の幕開け
キシャアアアァァァ!!
ノゥテウームは吠え猛ると首を大きく振って炎を吐き散らした。
「熊本城の自爆特攻といい、この手の奴で時間めいっぱいまで見逃していいことがあった試しがないんだよね。できれば撃破を狙いたい」
因幡・白兎(因幡のゲス兎・e05145)がオウガ粒子を放つと、すかさずロスティも同様にして味方の感覚を研ぎ澄ませていく。
猛烈な勢いで突っ込んでくるノゥテウームに我先にと飛び掛かっていくのは、アバン。
「ペース配分とか考える必要はねぇ! 初っ端から飛ばしていくぜ!」
雷気を纏わせた刀で斬りかかる! だが、骨だけあって硬い。鉄板を引っ搔いているような手応え。
だからといって、攻撃の手を緩めて、敵の目を市街地に向けさせるわけにはいかない。鎮紅が右手に馴染む緋鴉で一振り、月影のごとき剣閃を描き、左手のグリムラビットを敵の首筋に抉るように突き立てる。
しかし、その程度ではノゥテウームの猛攻を食い止めることはできなかった。尾による強烈な薙ぎ払いで弾き飛ばされるアバンと鎮紅。さらには毒々しい水を口から吐き散らす。
「そう簡単にやらせるわけにはいきませんッ!」
ケイがその毒水を防ぐべく、光の壁を張る。
「これ以上先に進めると思うな!」
エヴァンジェリンがドラゴニックハンマーをぶっ放す。その攻撃によって生じた爆風に乗じ、リリスが軽やかに上空から飛来、敵の眉間に蹴りを浴びせる。怒ったノゥテウームは首を大きく振って追いかけたが、すでにリリスは間合いの外。相手を翻弄するようにビルからビルへと跳ねていく。苛立たしそうに唸っている敵の顔がイミナに引き寄せられた。呪いの呪縛だった。
「……骨になろうと呪われたワタシの貌を見て貰う。……縛り付ける……」
イミナは口を裂いて笑う、どちらがより忌まわしいかと問いかけてでもいるかのように。
敵の動きが止まっているうちに、畳みかける。一気に攻め立てるケルベロスたち。その苛烈な攻撃によって、ノゥテウームは爆炎に呑まれた。
ケイが時計を確認する。
「……三分」
作戦がハマっている。上手く行き過ぎていて、かえって心配になるくらいだった。そのケイの懸念は的中した。
爆炎の最中から、ノゥテウームはゆっくりと姿を現す。より強い殺気を滲ませて。そしておそらくは覚悟だ。あと数分のうちに自分の死を見た者が放つ、ひとりでも多く道連れにせんという強靭な意志。
「ここからが本番……というわけですか」
ロスティが肩を落とす。ケイはうなずき、
「そのようですね。敵は完全にこちらに意識を集中しています」
「奴が不完全な実験体……だとすれば、僕たちは良いように扱われているのかもしれませんが……だからといって放置するわけにはいきませんね、ハイ」
ロスティはパイルバンカーを持つ手に力を込め、一歩前に出た。自身もドラゴニアン、骨だけの姿になった竜の姿を見るのは忍びないが、敵に侵攻されるわけにはいかない。体を張って食い止めるのは、自分の役目であるとも心得ている。ロスティが攻撃に打って出ようとしたそのときだった――。
すさまじい炎が辺りを包んだ。その憎悪に満ちた炎の熱は途方もなく、ガードレールや電柱をドロドロと溶かすほどだった。肌を焦がすような熱風が戦場を取り巻く――。
●焦げ付く熱風の中で
「骨になった挙句に捨て駒ってんじゃ、救いようもねえけどよ……」
アバンが鋭い目つきで敵を睨み据えた。
「放っておいたら、ものの数分でこの街を壊滅しかねないわね」
リリスの顔から微笑みが消えた。これからの数分、敵は猛攻に次ぐ猛攻を仕掛けてくるだろう。その破壊力は油断ならない。
「あなたが為そうとしている悪夢への道筋を、此処で断ち切らせてもらいます」
鎮紅が打って出た。長短二本の刃を振るい、斬りかかる。アバンも後に続いた。突き立てた刃から雷を放流、そうすることでいくらかでも敵の防御に影響が出ることを祈りつつ。
二人は相手が追い付けないほど俊敏に立ち回るが、骨だけと化した竜には敵の戦い方を見極めて戦うようなデリケートさはなかった。万事、力任せ。尾を竜巻のようにぐるりと回転させ、アバンと鎮紅を弾き飛ばす。
エヴァンジェリンはドラゴニックハンマーで、リリスはガトリングガンで応戦。ノゥテウームを再度爆発の中に沈める。しかし、立ち昇る煙の最中から吐き出されるドロドロした液体。毒というよりは、まるで怨念が液体化したかのような。
「ククク……忌まわしい。忌まわしいねえ」
イミナは呪詛による紙兵を散布、おぞましい怨念じみた攻撃から仲間を守護せんと。
その後ろから飛び出したロスティ、吐き散らされた炎をかいくぐり、敵の背にしがみつく。
「少しはクールダウンしたらどうですか? お手伝いしますよ!」
パイルバンカーを突き立てる。そこから一気に冷気を放出!
ノゥテウームは呻き、全身を激しくくねらせてロスティを振り落とす。そうした後で、さらに炎を撒き散らす。業火に染まる街は朱かった。吐く炎もまた怨念、その熱はあらゆる生者を滅する力がある。ケルベロスたちはおいそれと近づけず、じりじりと後退を余儀なくされる。
「相手の破壊力は相当なものだけど、落ち着いて対処すれば大丈夫」
劣勢においてもなお冷静に戦況を見つめていた白兎、突破口を開かんとチェーンソー片手に特攻。ノゥテウームがそっちに気を取られている隙を狙ったのはイミナ。
「骨だけになった怨念の竜なんて、祟りたくて仕方がないんだよ」
凍り付くような怨念の一撃を放つ。先のロスティの冷気も相俟って相乗効果を成したのか、竜の骸は激しくもがき苦しむ。
「さて、やつの弱点は……っと」
妄執の螺旋鏡をかけた白兎はのたうちまわる敵に取りつき、
「どうやら冷気みたいだね。もっと冷気が流れ込みやすいように傷口を開いておいてあげるよ」
チェーンソーを突き立て、傷口を押し広げる。
よほど効いているらしく、ノゥテウームは口からヘドロのような体液をボタボタと垂れ流した。
だが、そこからまた気配が変わる。天高く首を持ち上げると、ビル群が揺れるような咆哮を木霊させた。よりいっそう禍々しいオーラが全身から立ち昇っていた。
「キシャアアアアアァァァ!!」
吐き出された炎、それにつづく凄まじい爆発。炎が渦を巻いて天へと昇っていくようだった。ケルベロスたちもその爆炎に呑まれた。ケイが光の壁を張っていてくれなければ、どうなっていたことか。
「イタチの最後っ屁ってやつにしちゃ、ちょいと強烈すぎやしねえか……?」
瓦礫から身を起こしたアバンが呟いた。
ケイは時計を見る。
「六分を超えた。次の二分が正念場でしょう、敵にとっても、私たちにとっても」
●Last minute
「ったく、中村にアストライオス……とんでもない置き土産をしていったもんだ。魔竜の企み、いつまで続くもんかね?」
白兎は油断なく身構えた。ここからは互いに全力でぶつかりあうのみ。
先手を打ったのは、ノゥテウーム。全身から絞り出すような強烈な炎を吐き、あたり一面を火の海と化す。
その炎の中から飛び出したのは、ケイ。
「これ以上はやらせません!」
彗星のごとく光を放ちながら、敵に我が身をぶつける。相手が捨て身だというのなら、こちらも相応の覚悟を持って当たるのみ。
「自壊まで近い……となれば、少々捨て身で一気に行きますよ!」
ケイの後から、ロスティが翼で加速しながら突進。
「左に地獄! 右に混沌! 同時に行きますよ、地獄混沌双爪撃(ヘルカオス・ツインクロー)ッ!」
混沌の水を纏った右手の爪と、地獄の炎を纏った左手の爪。両腕をX字に固めて力を溜めた後、一気に振るう!
その攻撃はノゥテウームの骨でしかない肉体を深く穿った。
苦しみにのたうち回りながらも、ノゥテウームは毒水を吐き散らす。その凄まじさたるや。周囲の建物をどろどろと溶かしていく。
「あなたが狙うのはそっちじゃなく、こちらよ!! 少々大人しくしていてもらうわ!」
リリスが飛ぶように、軽やかに、戯れるように舞い遊ぶ。優美な舞いのその足元から、可憐な蕾が花開き、咲き乱れる。現れた蔓薔薇は、想い願われるままにその蔦をくねらせ、花弁から甘い香りが溢れる。
「朽ちゆく定めなら、せめて甘い夢の中で。Bloom Shi rose. Espoir sentiments、a la hauteur de cette danse」
その幻想の中に、さらに紅の薔薇が舞い飛ぶ。
「紅はお好きですか?」
ケイの放つ真紅の薔薇。その舞い乱れる花吹雪は刃となりて襲い掛かる。
美しき薔薇の幻想に惑う醜き骨の竜。
「これで、仕舞いだッ! 我が魂を刃と為し、万物悉く薙ぎ払え!」
薔薇の夢の中に走る極光の白刃。時空の調停者たるエヴァンジェリンが大いなる力を集束し編み出した極大の光刃を縦に大きく振り抜いたのだ。薔薇の夢も、その夢の向こうにある火の海と化した戦場も、白き星光に呑まれた。
その一撃によって、ノゥテウームは重たく地に沈み、息絶えたかに思えた。だが……。
鎌首を持ち上げ、反吐を吐きながらも立ち上がる。
「文字通り腐っても竜ということね。そうやすやすとは行かないわけか……」
唇を噛んだエヴァンジェリンを炎が襲う。
「もちろんだとも。お前のような忌まわしき者が美しい夢の中で逝けると思うな。その身には、祟りこそが相応しい……」
イミナが口を裂いて笑いながら、杭を手に敵の懐に飛び込む。
「……媒体とするは其の醜き体躯。……流し込むは数多の呪詛。……痛みを伴う呪いを、ただ打ち込む。……祟る祟る祟る祟祟祟祟………」
杭を敵の背骨に突き立て、槌でガンガン打ちまくる。凄まじい連打。ガツガツと骨が削れて行くたびにそこから呪いが流れ込み、敵の意識を、命を削っていく。
「面白い! その呪いに僕も乗った!」
白兎が颯爽と飛んできて、イミナが削った傷口に先祖代々伝わる秘薬を塗りつける。
「この薬は呪いにとっても効くんだ。とってもね」
その謎めいた薬によって、呪いは倍増。ノゥテウームは苦しみもがくばかり。
仲間が攻撃している間、霊力を練っていたアバン。
「そろそろ決めねえとな。俺が援護するから、仕留めてくれよ」
「……了解」
鎮紅が二本の刃を構えて頷いたのを横目で確認し、アバンが霊力を全身から放った。
「うおおおおぉぉぉ!!」
霊力を極限まで集約した刀を、グラビティ・チェインを宿した指でなぞり励起させる。そして周囲に飛散した霊力、戦域に漂っている仲間の気、そして敵の気さえ呑み込んで刀身に再収束させていく。
「行けええええ!! スピリット・ストリィィィィム!!」
解き放たれた光の奔流。戦火さえも容易く吹き消して敵を滅さんと走った。
光が駆けたその果てから飛来した少女。
全てを断ち切らんと意志を放つ剣閃二つ――。
光がおさまったとき、ノゥテウームは力なく地に横たわっていた。
これで終わった。誰もがそう思ったとき――。
ノゥテウームがむくりと身を起こした。
だが、そこまでだった。
ノゥテウームの体はボロボロと崩れ始めた。まるで砂の塊のように脆く。
そして、幾許かの後には、そこには灰だけが残り、それも風に吹かれて少しずつ散っていった。
今度こそ終わったのだ。
安堵の吐息とともに、ケルベロスたちもまたその場に膝から崩れた。
作者:MILLA |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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