剣喰らいの落魄

作者:銀條彦

●蒼き千剣の余燼
 天つ空に抱かれてその乙女――『先見の死神』プロノエーは佇んでいた。
 いと高き雲上にひとり在る死神のもとを訪れた影はふたつ。
 共にドラゴンであり纏うその色は蒼。
「お待ちしていました、ジエストル殿。此度の贄となるのは、そのドラゴンでしょうか」
 畏まってのお辞儀でドラゴン達を迎え入れる乙女。
「そうだ。お主の持つ魔杖と死神の力で、この者の定命化を消し去ってもらいたい」
 ジエストルと呼ばれた蒼竜は背後に引き連れたもう片方の蒼竜を指し示す。
 見るからに苦しげに時にその巨体を震わせながらもその蒼き竜は贄と称される己の命運を既に受け入れ、動じる様子は無い。
「ジエストル……魔竜ヘルムート・レイロード麾下たる貴殿の知略に今は縋るしかあるまい。ドラゴン種族勝利の為ならば……此の身、存分に使い潰すがいい」
 今まさにデウスエクスにとっては有り得ぬ『死』に蝕まれようとする竜に向け、尚も魔杖の死神は問いを重ねる。
「これより、定命化に侵されし肉体の強制的にサルベージを行います。あなたという存在は消え去り、残されるのは、ただの抜け殻にすぎません。よろしいですね?」
「……我が身はとうに抜け殻も同然。ならば……同胞らの明日を繋ぐ最期の闘争をこそ、我は求める」
 翻意の気配は微塵も感じられぬと得心したのか、そこでようやく、プロノエーはその腕に携えた杖を掲げ『儀式』を執り行う。
 いと高き雲上に浮かび上がったのは――魔法陣。
「…………ぐぅっ!? がッはぁあああああアアッ!!!!」」
 覚悟ある強者をもってしても耐え難き苦痛を伴いながら、精密に執拗に、死神の力は『死』のみを掬い上げ――跡形も無く蒼のドラゴンを溶かし尽くしてゆく。
 すべてが終わった後その場に残されたのは、まるで死神を想わせる巨大な朽ち骨と成果てた1体の異形のみであった。
 その死龍の落ち窪んだ双眸に知性は無く矜持も無い――。
 あまたの剣と剣士とを喰らっての進化の果てに得たドラゴン種族としての姿も力も完全に喪われ、今や、骨腕の先で魔剣が如くに伸びる竜爪がかろうじてありし日の威容を偲ばせるのみである。

「サルベージは成功、この獄混死龍ノゥテウームに定命化部分は残っておりません。ですが……」
「わかっている。この獄混死龍ノゥテウームはすぐに、戦場に送ろう。その代わり、完成体の研究は急いでもらうぞ」

●堕ちたる沌獄
「さっそくですがすみません、皆さんには急ぎドラゴン討伐に向かって欲しいのです」
 ケルベロスが居揃うと見るや、開口一番、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はやや早口でそう切り出した。
 事態の切迫を察したケルベロス達に促された赤橙の瞳の少女はドラゴン『獄混死龍ノゥテウーム』襲撃の予知についてを語り始める。
「静岡県東部のとある都市がドラゴンに襲撃されようとしています。残された時間は僅かで市民の避難も間に合いません。このままでは多くの命が奪われてしまうことでしょう……」
 それを防ぐ手だてはただ一つ。最適と割り出された降下地点、市街地手前の郊外においてヘリオンから降り立ったケルベロスが迎撃するしか無いのだ。
「『獄混死龍ノゥテウーム』はドラゴンといっても全く知性を持ち合わせず戦闘力もあまり高くはありませんが……それでも殺意に満ちたデウスエクスを無防備な都市部へ向かわせるわけにはいきません」
 各種条件を併せれば間違いなく強敵。決して油断する事なく全力で迎撃して欲しいとヘリオライダーは念を押す。

「出現する敵は『獄混死龍ノゥテウーム』1体。身に纏う炎や水を操り、骨爪による薙ぎ払い等も行ってくる様です」
 まずは敵の基本能力についてを説明した後、今回の戦局を左右する重要なポイントとして時間制限の存在についてが言及される。
「『獄混死龍ノゥテウーム』は全力戦闘を開始してから8分ほどで自壊し死亡する事が予知されています。つまり撃破できずとも、8分間、ドラゴンからの攻撃を引き受け耐え抜けばケルベロスの勝利なのです」
 何故そのような現象が起きるのかまでは判明していないが、おそらくは、今回の敵はドラゴン勢力の内でも不完全な実験体ともいえる存在なのかもしれない。
「勿論、たった8分といえども市街地から目と鼻の先で行われる戦闘……ひとたび突破されてしまえば市民に甚大な被害を出してしまう事は避けられません」
 いわば背水の陣での対ドラゴン純戦。
 現場到着後は市民への避難呼びかけ等の行動は一切必要なく、とにかく戦闘のみに専念して欲しいのだとイマジネイターは強調した。
「知能の無いこの敵は皆さんが戦闘を仕掛ければ多くのグラビティ・チェインを擁する市街地をさしおいてケルベロスとの戦闘を優先する筈です」
 逆に、非戦闘行為や守備寄りの戦闘行動に重きを置いてしまうと『獄混死龍ノゥテウーム』は眼前のケルベロスを脅威と見做さぬまま市街地への襲撃を続行し、市民をより危険にと晒してしまうかもしれない。

「それではいきましょう。日常を生きる人々を竜の暴虐から護る、剣となる為に」


参加者
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
小車・ひさぎ(二十一歳高校三年生・e05366)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
エトヴィン・コール(澪標・e23900)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)

■リプレイ

●先見と演算の盤の上で
 咆哮が、不気味に響き渡る。
 理性も知性も置き去りの其れは苦悶の末かそれとも眼前に映る都市へ向けての示威か。

 ……などといった『捨て駒』の軽い命が抱えるものなど何であれ己の知った事ではない。
「死に損ないが。お前なんかに唯一人の命さえくれてやるものか!」
 阻む為に翔けた影は、兎の少年とポコポコと蓋鳴らして追いかける宝箱。
 カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)とそのミミックのフォーマルハウトである。
 暴力的な前進に一石を投じる小さくも確かな『インシデント』が紡がれると同時、彼の宝箱からも宝物の代わりにキラキラと色とりどりにエクトプラズムの珠がばら撒かれる。
「よそ見してんじゃねーぞ!」
 ギシギシと垂れられた頭蓋めがけ、怒鳴り声と大跳躍ののち閃くは鮮やかなスターゲイザー。ブーツが奏でる滑車音。
 小車・ひさぎ(二十一歳高校三年生・e05366)の脚からが繰り出されたキックがまた一つ死龍の歩みを阻む。
 郊外とはいえ閑静な住宅街が広がるこの戦場も既に街の一部。
 迫る巨大デウスエクスに恐怖した住民達はケルベロスが戦端を開いた頃には既に大部分が避難を開始しているだろうが、それでも、此処からビル群立ち並ぶ中心部までなどドラゴンにとってはたった一翔けの距離だろう。
「まずはとにかく足止めからだね」
 のんびりとした口調からニケ・セン(六花ノ空・e02547)が尾骨に叩きつけた初撃もまた眼力から適当と弾き出したスターゲイザーだった。
 バッドステータス固めの最初の足懸りにとスナイパー勢が【足止め】を畳み掛けてゆく。
 ただし3名中2名がサーヴァント使いの為その命中率ほどにはエフェクト発動率は確実ではなかったが……幸いにして初手の足止めは全弾がその効力を発揮し始めた。
「もっともっと精度を上げなきゃ……」
「ひたすら攻撃あるのみだよ」
 アサルトの威力と足止めを発揮した己の攻撃成功にも満足できずいっそう集中を尖らせるカロンにあくまで泰然のままのニケが声を掛ける。
 とにかくダメージを切らさない。火力重視の超短期戦で撃破を目指すよりは、自壊までの時間をフルに使う事になろうとも決して戦線を破綻させない攻防半々の方針で臨む一行にとってもそれは死守すべき命題だった。
(「できれば撃破第一と行きたかった処やけど……皆にまで無理はさせられないぜ」)
 ケルベロスとサーヴァント合わせ総勢5名を集めた前衛全員をディフェンダーとして並べて臨むこの戦い。
 己が役割は役割としてきっちり果たしつつ……それでもひさぎは、同程度の成果が得られるのであればより火力の高い攻撃をとの未練を微量覗かせて万に一つの時間前撃破に備えるのであった。

「知性の欠片すらなく破壊を尽くすのみ、か……。似たようなのを、前にも倒した気がするねえ?」
 メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)の片腕に蔓這わせる時計草が、受難に抗う番犬達のため輝ける黄金色の実を結ぶ。
 メディックとして死龍に対峙する老紳士が長き灰髪の脳裡に甦る宝玉封魂竜との戦い。とはいえ骨の如きドラゴンという外見特徴のみ取り上げれば似通ってはいるが、少なくとも、彼らには統率という形でとはいえ智龍の意思が吹き込まれていた。
(「あれと同種の定命化したドラゴン絡みの秘術、か……? それにしても――」)
 傍らの聖なる光に照らされた男の眼がすっと細められ……ほんの幽か、翳が射す。

 ――隠し切れぬ『死』の臭い。尽きかけの命。

(「……これが、このひとにとっての……明日をつなぐこと」)
 黄金の果実から状態異状への耐性を与えられた前衛列へもう1人のメディックであるフィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)が重ねたのは盾の加護。
 黒鎖舞わせながら深緋の双眸は、茫と、ただ殺すだけの抜け殻へと問いを投げかけた。
「こんなになっても、しなければ、いけないこと……?」
 そこに在るのは憐憫でも侮蔑でもなく、ただただ純粋な疑問。
 ひどく幼く、たどたどしくすらあるその言葉に、返る答えは無かった。

●『症例』
 獄混死龍ノゥテウームに対しての迎撃は、都市を背に庇う形で仕掛けたケルベロスの側が先手を取っての形で始まり、出逢い頭に幾撃かのダメージを通す事でひとまずは目論み通りその攻撃目標を都市からケルベロスへと一旦は変更させた。
「自己を失っても最期まで同胞の為に、か。手段を選ばず形振り構わずな姿勢って割と好きだよ。 ――敬意を持って、全力でその気概無駄にして差し上げるけどね!」
 明るくそう声弾ませたエトヴィン・コール(澪標・e23900)は唯一の中衛位置、ジャマーとして立ち回る有言実行。
 堅守を揺るぎ無きものとする為、幾重もの盾強化が着々と前衛列を固めてゆく様を何処か楽しげな笑顔で見守った。
「死神のようなドラゴンだなんてちょっと吃驚ですね。ですが……」
 為すべきケルベロスの勤めは変わらずといったところだとザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)は、特にこれといって動じる様子も無ければ気負う必要も感じていない。
 赤銅髪のサキュバスは後衛列へのサークリットチェインを引き受けている。
「誰も傷つけさせない為にも、この先には一歩も通させないっすよ」

 実験体の敵というのであればこの戦い自体も……被害を出させる訳には決していかないという自分達の想いもまた、実験の一環として折込済みなのだろうか――だとしても。
「俺の剣技が喰らいきれるか、試してもらおうか!」
 疾駆するこがらす丸との人機一体、林立する魔剣爪を掻い潜り、機巧刀【焔】の間合いへと到達するや北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)が喰霊斬りの一太刀を浴びせればすかさず重ねられたのは【炎】。
 獄混が宿す二色が内の一、混沌の水がにわかに波立ち、無数の水弾と化して後衛列の頭上へと降り注ぐ。
 妖剣士として昂ぶる『鋼鴉』の叫びに応じた訳ではないだろうが、無数の剣刃にも比する斬れ味を伴うその『雨』を我が身で受け止めるべく、計都とライドキャリバーを始めとした厚き5つの盾達は颯爽と駆ける。

 骨の痩身を唸らせ繰り出されるは、時に防御エンチャントを物ともせぬ一閃となり防御それ自体を砕く連斬となりあるいは己が堕ちた沌獄へとケルベロスを引き摺りこまんとする、猛攻の数々。
 しかし地獄の番犬にとって休む事なく向けられるそれらの標的全てが市民ではなく己達であり続ける事に安堵こそ覚えれど怯む者などあろう筈も無かった。
「さて、呪術医の本領発揮だ。私の持ちうる全てで戦線を支えよう」
 まあ多少ショックを伴うけど強い子良い子のケルベロス諸君なら大丈夫大丈夫と優しげにそう付け加えて『手当て』に励むメイザースの微笑にはちょっとした戦慄が走ったり走らなかったりかもしれないがフィーラやザンニともども頼もしい癒し手である点は揺るがない。

 命中率確保は既に充分と見たスナイパー勢は、各々の判断に従い、攻撃方針をよりダメージ重視にと切り替えてゆく。
 ひさぎに宿る御業もまた命下さずとも意を汲みより攻撃的な『凍星』へと変化した。
 零距離で放たれる氷弾。
「挑発を理解できる知性もなくして、ただただ暴れ回るだけなんて最強種の名が泣くんよ!」
 山猫耳をピンと立て、想い起こされるは『あいつ』――魔竜ヘルムート・レイロードとの熊本での戦い。
 計4度も挑発に乗ったあいつを顧みれば知能はともかく気性に難が有る魔竜も少なくないらしいが、頭の回る有能な部下でも居ればそれも問題とはならないのだろう。
(「だとしても……ろくでもない企みは、実る前に叩き潰してやるんよ。あいつを竜十字島での高みの見物から引っ張り出すためにも!」)

 一薙ぎ繰り出された『剣骸の爪』の威力を一手に引き受けて消失するミミック。
 だが味方の損失はそれだけだった。
 堅き守備を主軸に据えて臨んだケルベロス達は、手厚いBSと治癒、そして時に連ねた魔剣を思わせる爪による相殺で肝を冷やしながらも決して絶やされる事のなかったダメージ付与を廻し続け、ついぞ一瞬たりと敵の突破を許さぬままにこの難戦を戦い抜いてゆく。

 ふわり、柔らかな金髪が揺れる。
 古代語魔法の詠唱と共にカロンの掌へと集束されてゆく魔力。
「……ドラゴンにとって自身の命がそんなに軽いものだとは知らなかったよ」
 ドラゴンという生まれついての強者の感傷にも、それを利用するより上位たる強者の都合にも、こちらが付き合ってやる義理など無いのだ。
 普段はどちらかといえば控えめでおとなしいカロンだったが、ドラゴンに対して彼は一片たりと同情も共感も湧かずその傲慢に対してただ冷たき敵意を募らせるばかりである。
 そんな彼が対・死龍の為にその全力を揮うのはひとえに力無き人々をむざと喰わせぬ為、そして共に戦う仲間達の為だ。
「投げ捨てた命、なら、そのままそこで勝手に果てろ――『ペトリフィケイション』!」
 吐かれた呪詛へと包まれる死龍に、また再び、問い掛けたのはここまで自陣後方から回復支援役に徹してきたフィーラだった。
「すてていいもの、だった、から? そう、だったの? でも……」
 彼女は小柄なその姿をいつの間にか、誰に気取られる事も無く、敵の後背を取る立ち位置へと移していた。
「ここで、止めさせて、もらう。 ……殺させるわけには、いかないから」
 最小限の動作からシャドウエルフが発動した竜語魔法はドラゴニックミラージュ。
 まがいものの『竜』は天つ空から見下ろした『獄混死龍』の名を与えられた成れの果てを紅蓮の吐息で焼き払う。

 掌中から手放した杖は一羽の鳥へとその身を変えて宙を羽ばたいた。
(「おそらくは――足らないっすねー……」)
 この翼が届こうとも叶わなかったとしてもどのみち辿り着く結末に大差は無いだろう。
 ひどく冷静にのんびりと、そう見立てたザンニと以心する存在である黒鴉……ドットーレは一啼き残して主の『無駄撃ち』に付き合ってくれた。
「手遅れだよ、もう」
 黒鴉の軌道を追うは黒狼の爪。奔らせた『咬迹(キザムアト)』はエトヴィンの切っ先。
 ――鮮血の代わり、疾く疾くと、水と炎とが千々に散る。
 執拗な迄の足止め責めから始まっての、武器封じに服破り、各種ダメージBS、捕縛や催眠、そして石化とプレッシャーと……。
 キュア手段を持たぬ敵相手にこれでもかとBSにつぐBSが重ねられ、折々のジグザグで掻き廻したエトヴィンのみならずザンニまでファミリアシュートを刻んだのだから、最早、何が決め手だったのかも定かでは無い。
 この龍をさしむけた勢力がケルベロスとの一連の戦闘……『実験』の何処から何を得ようとしているかなど知るすべは無いし知った事では無い。
 だが少なくとも……眼前の龍が命賭して臨んだ戦いの最後の1分間を、いかなる攻撃行動も取れぬ無為の棒立ちのまま消費させたおかげで多くの命が守られた事だけは確かだ。

「同胞のためなら命を捧げるのも厭わない、か……見上げた根性だがそれを許しておくほど俺達は甘くない!」
 もはやサンドバッグも同然の死龍の巨体へ、より深く、喰霊刀の刃を喰いこませると同時、計都の指が刀柄の銃爪部を静かに引けば伝わる衝撃は機巧に仕込まれた炸薬全弾分。
 ひさぎやニケも続き、メイザースすらも攻撃に加わって時空凍結弾を撃ち浴びせ……。
 だが心のどこかでは一同いずれもがザンニ同様の予感や手応えを感じ取っており、はたして最後の全力攻勢を終えた後も敵ドラゴンの余命全てを削り尽くすには到らず。
「タイムオーバー、だね」
 8分経過をニケが告げ……完全なる静止の後に訪れた絶叫と崩壊。
 突如、死龍の武器の一つであった筈の地獄の如き炎と混沌を溶かした水の双方が荒ぶり、耐え切れぬとばかり、既に満身創痍の枯れ骨のあちこちが一斉に爆ぜるようにして砕け散る。死龍の眼はもはやケルベロスも都市も映さず、只々その全身を激しくのたうち回らせるばかりで……。
 ケルベロス達との攻防の末、予知されていた自壊現象が遂に始まったのだ。

●千の剣を喰らう
(「たとえ何を仕掛けてこようとも……この体張って止めてやるんよ!」)
 交戦時にも劣らぬ警戒を維持したまま観察を続けるひさぎの眼前でそれは起こった。

 たとえどれほどその存在を劣化させようと異形と化そうとも、デウスエクスである以上、ケルベロスに因らぬ殺害はドラゴンを真の『死』へと到らしめる事は無い。
 自壊進む骨の龍の身に先ず起こったのは宝石化。コギトエルゴスムの煌めきに生前の『蒼』の一片が取り戻される。
 そして。
「これも遺骸の一つではあるか……。 ――――っ!?」
 すっかりと砕き荒らされたアスファルトの路上から計都が死龍の宝石を拾い上げようとしたその時。
 伸ばした手が触れる前に、ピシリ、蒼を湛えるその珠に一筋のヒビが走り……コギトエルゴスムの崩壊が始まったのである。

「まさかこれもあいつらの!?」
「いや、違う。これは……」
 コギトエルゴスムが起こした新たな変化に、魔竜顕現時の記憶いまだ真新しいひさぎが素早く臨戦の構えを取るも制したのは虎鶫の翼を畳んだ呪術医。
 ケルベロス以外にコギトエルゴスムへ破壊を……デウスエクスに死を与え得るものがあるとすればそれは――この星そのもの。
「……これは定命化……。ローカストの時にも飛騨山脈の基地で起こったあの現象か」
 コギトエルゴスム化前に既に末期にまで進行した定命化からは逃れられず宝石の崩壊という形で死を迎える。その実例はメイザースも以前、飛騨山脈において目撃した事があった。
 もっともその時は既にいずれも崩壊した後でありこのようにコギトエルゴスムが自壊する瞬間を眼にする事はなかったのだが……。

 地球を愛さぬ龍の遺した宝石の崩壊は止まる事無く急速に進行し、遂には、地球が発する重力の蹂躙のなかで塵としての存在すら赦されず、消え果てる。
 己のものではない未来の為にと、最期の最後、欠片たりと残さず己の存在すら投げ打った獄混死龍の『死』、ひいてはドラゴンという存在の『生』。
(「嘗ての自分には果たせなかった――そして『今』それが出来るとはまだ断言できないでいる、そんな在り様……」)
 エトヴィンはある種の憧憬にも似た赫の眼差しでその末路を見届け、そして、
「君達の未来を食らって、人類の未来に繋げさせて貰うよ」
 彼なりの敬意を以ってあまさずこの全てを己が糧とすると誓うのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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