孤狼への憧憬

■リプレイ

●仮初めの孤狼
　──とんっ。
　屋上から飛び降りてきた女子生徒が軽やかに着地し、そのまま次の１歩踏み出そうとするが、ぴたりと足を止めた。
　一見クールな生徒のように見えるが、大きな鍵を携え、心臓部にモザイクを持つ彼女がただの少女である筈もない。梨華の想いから生まれた存在が『何をしに』行くのか判ってるからこそ、リヒト・セレーネ（玉兎・e07921）によって人避けも済まされている。
　此方を敵と認識した少女──夢喰いの纏う気配に殺気が混じった瞬間、戦場となったそこに煌めく粒子が溢れた。
　起点となったエレ・ニーレンベルギア（追憶のソール・e01027）を、夢喰いは表情をぴくりとも動かさないまま見据えている。その外見は梨華で──顔は、彼女が憧れた同級生。
（「理想を奪っても、その人になれるわけでは、ないんですけどねえ……相変わらず、人の心を掴むのがうまいですね、ドリームイーター」）
　ラズリ、とエレが笑顔で呼べば、もふもふとした翼猫がニャンッと一鳴き。肩から空へとジャンプし、力いっぱい羽ばたけば清らかな空気が広がっていった。
　そこへレーグル・ノルベルト（ダーヴィド・e00079）は紙兵の群れを寄り添わせ、夢喰いが動くと同時、ダンッと地面を蹴り跳んだ。エレを狙ったモザイクに頭を包まれながら、じわり、意識が侵されたのを感じる。だが、己の後ろから２つの気配が飛び出した瞬間、口は自然と笑んでいた。
　振り上げられた鋼鬼の拳。標的を静かに捉える青い瞳。アリス・ヒエラクス（未だ小さな羽ばたき・e00143）の一撃は夢喰いのあちこちに亀裂を走らせ、そこからモザイクの欠片が落ちる刹那を、流星となった狭間・十一（無法仁義・e31785）が紫煙くゆらせながら蹴り貫いた。
　アウレリア・ドレヴァンツ（瑞花・e26848）は手の甲に絡む『花の鎖』を抱き締める。
（「憧れを抱く気持ちは、だいじにしてあげられたら、いいな」）
　しゃらりと鎖を鳴らして微笑みかけた先は。
「リヒト。手伝うね」
「はい、ありがとうございます」
　リヒトは指輪を輝かせながらしっかりと礼を伝え、共に癒しを展開していく。
　鎖の魔法陣は、説得の間耐えられるようにと前衛を支え、レーグルの前に現れた光の盾が傷も意識も晴らしていけば、その機を巫・縁（魂の亡失者・e01047）がオルトロス・アマツと共に繋いでいった。響く竜砲弾の轟音と巻き上がる煙。そこへアマツが臆さず飛び込み、神剣で斬りかかる。
「わ、さすがの迫力」
　２人の見事な連携に桜庭・萌花（蜜色ドーリー・e22767）は楽しげに笑い、ステップを踏むように敵の懐へ。そこから一瞬で蹴りを叩き込むと、衝撃で後退した夢喰いが腹に手を添えながら顔を上げた。
『じゃましないで。ふじわらさんみたいに、なるの』
　無機質な表情と声にリヒトは息をのみ──夢喰いを見つめ返す。仕事では兎も角、普段は誰かと話すのも、仲良くなるのも苦手な方で。梨華や、仲間の皆に憧れるけれど。
（「僕は誰にもなれないから。僕の言葉で、伝えよう」）

●憧れを被ったきみへ
　エレはラズリの羽ばたきに再度煌めきを重ね、小さな相棒を狙って放たれたモザイクの前へと飛び出した。だが悪夢に侵されようとも笑顔は絶やさず、その目はアリスへと。
　アウレリアもまた、酔芙蓉の香り纏う縛霊手に力を込めながら微笑んだ。
　仲間達が言葉を送る間、共に戦いながら見守る──そう示す２人にアリスは頷き、脚に星の輝きを纏って跳ぶ。
（「誰とでも付き合えるというのも一つの才だと思うのだけれど、年頃の女子は気難しいものね」）
　これは森エルフにより棚上げなどではなく、悩める年頃の女子に対する所感である。アリスは蹴りと共に圧を叩き込み、冷たいまま全く変化しない表情の向こう、梨華へと語りかけた。
「己と異なる素質を持つ者に心を惹かれる。其れ自体は人として何ら間違ったものではない」
　夢喰いがそのままの体勢でアリスを見る。そこに感情は見えない。今は。
「然し、貴女が己の生き方に苦悩を見出している様に　其の憧れの世界にも苦悩は在るものだわ。それはきっと、貴女が望む様なことばかりではないのよ」
『どういう、いみ』
「一匹狼という言葉があるが、別に狼は群れ社会だ」
　縁は地面に叩き付けた『牙龍天誓』による衝撃波を、斬撃で大地翔る龍の如き攻撃へと変え、続ける。
「群れから離れる狼は相応のリスクが出てくるものだ。強い自分を持つことは大事だが、自分を曲げない事への格好良さだけを見ていないか」
『なに』
　縁の指摘に、ただ冷たかった表情がピタリ止まった。変化が出て即アマツが瘴気を放つが、それは触れる直前に飛び退かれ叶わない。
「自分を曲げないと言う事は、それだけ生きる上で苦労することもあるものだ。どんな状況にでも良い面と悪い面があり、それらを見た上で彼女のようになりたいと思っているのか」
『うるさい。わたしは、てにいれるの』
「少なくとも、今の生き方でも相手に嫌な気持ちをさせたくないという考えでいるのだから、無理に変える必要は無いと思うがな」
　そういう風に立ち回る事は大事だろう。それにより、良かった事もあった筈。
　縁に反抗を見せた夢喰いの指先がぴくっと跳ね──鍵を振り上げる。鋼の音が響くと同時に無数の火花が散った。両腕に纏ろう地獄焔を防がれたがレーグルは動じず、続いた萌花は『だよねー』と笑って魔法光線を、バキュン。
　仲間達の言葉が届いているのなら、それ以上は不要。エレやアウレリアと同様に言葉はかけず、共に戦う事で後押しする。
　それを知らない夢喰いが掌からモザイクをぽろぽろと生み──ハッと背後を見た。だが遅い。
「よぅＪＫ。嫌なもんや意思を曲げる事には出来れば付き合いたくない。だがいざこざは勘弁だよな」
　ニィ、と笑う十一の言葉に、夢喰いの表情がほんの僅かに動いた。一瞬だけ見えたのは、疑問。
「狼には牙があって。牙で諍いを起こし。互いに傷つくから距離を取る」
　かつて無法地帯で育ち、敵ばかりの環境にいた十一も、己を護り生き抜く為に身に付けたものだ。正直になるとは本音を晒す事だが、薄っぺらな愛想笑いも心を護る盾となる。だから容易く踏み込ませない。
（「まぁこんな狼でも猫みたいに懐く奴らはいるもんで」）
　切欠は、上辺に殺された本当の心を見出したから。偽り無き自分を受け入れて欲しいという渇望は、狼も猫被りも一緒か。それは空へと吐き出した紫煙の中に仕舞い、夢喰いに視線を戻す。
「……それでも自分に嘘がつけない」
『どういういみ』
　語る声に忌々しさを滲ませて。カチリ。不可視の爆弾を作動させ、尚も続ける。
「興味無い奴らに嫌われようが、楽しくねぇもんに愛想振りまく方が無理ゲーなの。要は楽な方を天秤にかけて選んでるだけ」
　笑っていれば上手く過ごせるからと、そうしていた梨華と。そして。
『ちがう。ふじわらさんは。そんな』
「……笑って無難に済むならそっちのが良いわ」
『──いい、の？』
　夢喰いの目が、十一に固定されたかのように動かなくなる。
「所で『奪い取れば良い』って盗もうとすんの卑怯じゃね？」
『え、』
「そういうのに他人から唆されて首振らねぇ所が、お前の本当の憧れじゃねぇの」
　上辺で解ったふり。他人に合わせて、自分の主張をころころ変える。それは薄っぺらいだろう。だが、と男は笑う。
「親身になったり相手を裏切らない誠実さがありゃまた別だろ。ま、忌々しい牙で無用な敵を作りたきゃどうぞ？」
『わたし。ふじわら、さん。わたし。わたし……』
　零れる声に現れたのは感情の揺れ。幼子が、親や年上の誰かに許可を求めるような危うさへ、アリスは言葉という手を差し伸べる。
「恐らく人は自分以外の誰にも成れない。でも、だからこそ貴女は貴女の想う様に在ればいい」
『わたしの、おも、う……』
「不満に思う自分も、憧れを抱く自分も。其の両方を受け入れて生きて行けばいいのではないかしら。だって、」
　今既に貴女の生き方が定まっているなんて、誰が決めた訳ではないのだから。

●あなたというカタチ
　温もりのない表情から、息を呑む音がした。
　その視界に入った光。夢喰いが反応するが、それは攻撃の一手ではなく、自身を盾としたエレに贈られる癒しの欠片。
　贈り主であるリヒトは夢喰いを見て──きゅ、と口を閉じる。
　嗚呼、こんな時、上手に笑えたら良いのに。
　けれど、普段背伸びしている自分も、誰でもない自分自身。だから、口を開く。
「僕は梨華さんのこと凄いなって思います」
　梨華が思っていたように、彼女の振るまいには自分本位な考えがあったかもしれない。だが同時に、他者への思いやりも存在していた。
「誰とでも上手に話せる人って、その人が何を求めてるのか、ちゃんと考えて分かってあげられる人ですよね」
　嫌な気持ちにさせないように。傷付けないように。傷付かないように。
　その為に言えない事、出来ない事──自分達には分からない大変さも、そこにはきっと沢山あっただろう。
「変わりたいと思うこと。応援します。でも、優しい梨華さんを捨てる必要はない」
　誰にでも笑っていた梨華。その振る舞いの根っ子には、確かな優しさがあった。
「梨華さんは梨華さんのままで、なりたい自分になれる筈だから」
　ぱた。
　夢喰いの目から頬へと伝い落ちた雫に萌花は目を見張るが、目元に落ちてきた雫にぱちっと瞬きさせられ判らなくなる。秋の空は雲に覆われていた。さっきのがどちらなのか気になる所ではある、けれど。
「かなり効果出たっぽくない？」
「私もそんな気が……あ、やっぱり！」
　ラズリのリングを受けた夢喰いの体が大きく後退した。エレは笑顔を弾けさせ、とびきり大きな霊弾を放つ。
「ならば遠慮は無用」
「ああ。哀れだが、ご退場願おうか」
　一気に踏み込んだレーグルの拳が梨華の目覚め阻む敵を喰い、縁も『牙龍天誓』で目にも留まらぬ早業を決め、傍を駆けたアマツが果敢に神剣を揮う。
『わたし、わたしは』
　飛び降りてきた時にはあった、しん、とした空気は失せ、戸惑う様はモザイクや鍵がなければ年相応の少女に見える。アウレリアはそっと表情を和らげた。最後の最後まで細心の注意を払うのは、梨華を救いたいからこそ。
「今、この夢は砕くけれど。あなたの憧れや想いが、苦しみではない穏やかなものへとなりますように」
　応えて。
　赤く、紅く、朱く。
　眩む程に甘い花が一斉に咲き、芳香と共に絡み付く。いや、と零した夢喰いが空へと手を伸ばすが──。
「そっちはダーメ」
　艶めく唇が甘く囁いた。くすっと笑った萌花の声が夢喰いの心身を射止めれば、十一がすいっと向けた銃口から放った一発が信条通り命中する。
　機の繋ぎ、精度。一切の無駄ない流れをアリスも繋いだ。全てを死にいざなう甘い毒は、鷹の名に相応しく正確無比の一撃と化す。
（「生き方を容易に変えられるほど人は器用だとは思えない。だけれど、」）
　希望、憧れ、理想──全て捨てて生きていけるほど、利口で割り切りが良いとも思えない。それが少女の思う『人』という存在だ。
「納得が行くまで悩めばいい。目指す場所は違えど、誰しもが抱く理想へ歩んでいるのだもの。其れは決して、格好の悪いことではないわ」
『──……、』
　何か言ったのか、言おうとして声にならなかったのか。口をぱくぱくさせた夢喰いの頭上に、とてつもない大きさと輝きを誇るハンマーが現れる。
「理想は、こんな風に叶えるものじゃないよ」
　勝手な夢喰いへの憤りと共に、リヒトは一気に振り下ろした。
　呆けているように見えた夢喰いの姿が光のハンマーによって地に沈む。
　そして。

●可能性
　見て、触れて。確認を終え、エレは胸をなで下ろした。
「梨華さんに怪我がなくて良かったです」
「おうちはどこ？　自宅まで送ろうか？」
　案ずるアウレリアに、梨華がありがとうと首を振る。
　屋上で自分を取り囲む年齢・服装・種がバラバラの集団に最初は驚いていたが、特徴からケルベロスだと気付いた後は、それなりに落ち着きを見せていた。
「駅に近いし、電車使うけど、たった３駅だから大丈夫だよ」
「おぅ、そりゃ楽でいいな。ジジイも安心だ」
「え、おじさ……ケルベロスさんそんなご年配なの？　もしかしてまさか、そっちのドラゴニアンさんも？」
「いや、我は２７だが」
　周りに竜派ドラゴニアンがいないから判らなかったのだろう。梨華が謝り、レーグルが大丈夫だと軽く手を挙げ、十一はそんな光景を愉しげに見ている。
（「誰かに憧れるって感情は、なんか、よくわかんないけど、」）
　萌花はふふ、と笑む。これはたぶん、ちょっといい感じだ。
　自身は割と気ままな自由人だと実感している。誰とでも如才なく付き合えるが、どう思われているかは気にしない。だから、
「上辺だけの関係って感じるなら、気になる相手には踏みこんでみればいいんじゃん？　たまには考えすぎないことも大事かもよ？」
　なぁんてね、と梨華の背を押す。
　悪戯っぽく笑うキラキラとした青色に、梨華は瞬きした後、うろ、と視線を漂わせる。踏み込めるかな、という不安げな声に答えたのはリヒトだった。
「断られた友達、心配してるかも」
「え？　あ……そう、だよね。珍しい事、しちゃったから」
「多分、だけど」
「ん？」
「『それだけ』なんかじゃないと思うんだ」
　梨華が周りに見せてきた笑顔。その根っ子にあったもの。
　きょとんとしていた梨華が、ふはっ、と笑う。
「うん。うん。ありがと。……えと。そんな風に思ってもらえて、凄く、感謝してる。から」
（「私がなりたい、私。……まだよくわからない。でも、」）
　梨華には笑顔が灯っている。今まで梨華がどんな笑顔を浮かべてきたかはわからないが、アリスには、今の梨華が浮かべている笑顔が何よりも温かなもののように思えた。
　遠回りしたり迷ったりしても、『なりたい自分』に辿り着ける。
　いくつもの声がすくい上げた心なら、きっと。

作者：東間	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年10月14日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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