死に抗う竜

作者:そらばる

●夕空にて
 黄昏に染まる遥か上空、地上からは見通せぬ雲の上。
 不可思議な杖を携えた白い肌の麗しい少女は、瞳を伏せ、何者かの到来を静かに待ち受けているようだった。
 やがて巨大な気配が間近に現れたのを感じ、少女は薔薇色の唇を微笑ませる。
「お待ちしていました、ジエストル殿。……そちらが此度の贄でしょうか」
『そうだ』
 少女の問いに答えたのは、混沌とした形状のドラゴン。
 さらにその傍らには、黒曜石のような鱗を持つ黒いドラゴンが控えている。雄々しく息を呑むような美しさだが、見る者が見ればわかる、この黒竜は死に取り付かれている。定命化という死病に。
『このような……このような屈辱、許されるものか……! この星で我が命尽きるなど認めぬぞ! ……殺してやる……この星の人間を根絶やしにするまで、我は死なぬ……ッ!』
 黒竜の吐き捨てる言葉には、膨大な怨恨と、うずたかい矜持と、少なからぬ狂気が入り混じっている。
『……見ての通りだ。お主の魔杖と死神の力により、この者の定命化を消し去ってもらいたい』
 ジエストルなるドラゴンに乞われ、少女は頷く。
「これより、定命化に侵されし肉体を強制的にサルベージします。あなたという存在は消え去り、残されるのは、ただの抜け殻にすぎません。……よろしいですね?」
『構わぬッ!!』
 黒竜は即答し、同意をもって儀式は開始された。
 雲の上に、青白い魔法陣が展開する。それは怪魚型の下級死神たちが描き出すそれに似ていた。
 魔法陣の力に取り巻かれ、黒竜の肉体が苦悶の声とともに溶けていく。
 ひときわまばゆい輝きが展開して魔法陣が収束したのち、そこには奇妙な形状のドラゴンの姿があった。
 あちこちがぐずぐずに溶け、流体と個体とが入り混じり、もはやドラゴンとも思えぬ骸骨の如き姿形。面影ひとつ残さぬそれが、しかし黒竜の成れの果てであることは疑いようもない。
 少女は杖の力を収束させる。
「サルベージは成功、この獄混死龍ノゥテウームに定命化部分は残っておりません。ですが……」
『わかっている。こやつはすぐに戦場に送ろう。その代わり、完成体の研究を急いでもらおう』
 知謀を交わす死神とドラゴンの視線の先で、禍々しい姿の死龍は、この世の全てを呪わんばかりの咆哮を上げた。

●『獄混死龍ノゥテウーム』
「ドラゴン勢力に動きがございました。『獄混死龍ノゥテウーム』の襲撃でございます」
 硬い声音で戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は危急を告げた。
 襲撃されるのは、愛媛県今治市。襲撃までの時間が少ないため、市民の避難は間に合わない。このままでは多くの死傷者が出てしまうだろう。
「皆様には急ぎヘリオンにて迎撃地点に赴き、獄混死龍ノゥテウームの撃破をお願い致します」
 獄混死龍ノゥテウームには知性と呼べるものが存在しない。戦闘力もドラゴンとしては低い水準だ。
 が、ドラゴンはドラゴン。間違いなく強敵であるため、全力で迎撃に当たるほかないだろう。

 敵は獄混死龍ノゥテウーム1体のみ。空より今治城に飛来し、まず天守閣から破壊しようとする。
「全長はおよそ10メートル。灼熱の業火と、呪詛を帯びた水、着脱可能な骨を鞭の如く連ねての薙ぎ払い、といったグラビティを使用して参ります」
 また、他のドラゴンにはない特徴が一つ、と鬼灯は付け加えた。
「獄混死龍ノゥテウームは、戦闘開始後8分ほどで自壊して死亡することが判明しております」
 すなわち、獄混死龍ノゥテウームを撃破するか、あるいは戦いを8巡耐え抜くことで、ケルベロスの勝利となるのだ。
 無論、敵が自壊するからといって、その前にケルベロスが敗北しては市民に多大な被害が出る。油断は禁物だ。
 敵はケルベロスが戦闘を仕掛ければ、ケルベロスとの戦闘を最優先に動き始めるらしい。
「ですが、ケルベロスが脅威にならないと感じた場合、市街地の襲撃へと移行してしまう危険性もございます。8分間守りに徹するだけでなく、敵に脅威を感じさせる攻撃も必要でございましょう」
 敵が自壊する理由は不明。ドラゴン勢力の実験体という側面が強いのでは、という可能性を鬼灯は吐露する。
「禍々しい骨の如き竜……まるで死神の如き姿でございますね」
 横に流された銀色の眼差しは、予知をなぞって憂いを深くした。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
ロイ・リーィング(紫狼・e00970)
リューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
キーア・フラム(憎悪の黒炎竜・e27514)
ルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)
岡崎・真幸(異端眷属・e30330)

■リプレイ

●異形の死龍
 夕暮れ染まる今治城。
 閉館時間が間近に迫り、ギリギリまで残っていた観覧客たちが満足そうに帰途へつき始めた頃。
 上空から、嘶きらしき音が小さく響いた。
「……なんだあれ?」
 天を仰ぎ、誰かが呟いたその瞬間、まるで降ってくるような豪速で、呪わしい姿のドラゴンが今治城の直上に降り立った。
 骸骨の如き異形の竜、獄混死龍ノゥテウーム。
 悲鳴が辺りをつんざいた。人々は我先にと逃げ惑う。
 ノゥテウームは脳を掻きむしるような不快な咆哮を上げた。ギョロリとした目が城の天守を捉え、体内の骨を鞭のように連ね始める。
 ――その時、激しいプロペラ音を上げて今治城の上空に滑り込んだ機体が、複数の人影を吐き出した。
「出口はあっちだ、急げ」
 広々とした中庭に降り立つや否や、千歳緑・豊(喜懼・e09097)は間近にいた人々に声をかけつつ、目にも止まらぬ速さで引き抜いた雷電の銃口を死龍へ向けた。
「タイムアタックと洒落込もうか」
 銃声。弾丸は凄まじい速度で走り、変形する骨の鞭の連結部分に突き刺さった。
「いくぞ!」
 結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は己を鼓舞するように一声上げると、掲げたハンマーからドラゴニック・パワーを噴射して加速の勢いで空中に躍り上がり、強力な打撃を下腹部に打ち込んだ。
「君の相手は俺達だよ!」
 ロイ・リーィング(紫狼・e00970)は舞い散る桜の幻影を創り出した。桜狂乱舞。幻影は知性なき死龍をも酔わせ、切り裂き、意識をかき乱していく。
 翼を駆使して敵の間近の天守に降り立ったのは、キーア・フラム(憎悪の黒炎竜・e27514)。
「ドラゴンは全て私の標的……全て滅ぼし尽くしてあげるわ……!」
 強烈な憎悪と怒りを籠めた流星の襲撃が、死龍の肉体を重力に縛りつける。
「おぞましい……ハロウィンにはまだ早くてよ」
 後衛に陣取るルベウス・アルマンド(紅い宝石の魔術師・e27820)は、狙撃手らしく狙いすまして、魔法の光線で落ち窪んだ眼窩の辺りを撃ち抜いた。
 突然のケルベロスの横槍に、ノゥテウームは眼球を不気味に蠢かすと、大音声で一声吠え、攻撃の矛先を変えた。骨の鞭が前衛を強烈に薙ぎ払う。素早く重い一撃に押し込まれる陣営。
 骨の鞭は用を終えるやバラバラになって、死龍の肉体のあちこちに戻っていく。
 敵の懐に潜り込みながらその異様な様を目撃したリューデ・ロストワード(鷽憑き・e06168)は、黒翼のレイピア越しに伝わる液体とも個体ともつかぬ手応えと合わせて、困惑を隠せない。
「これが……竜なのか」
 あまりに異様であり、異質だった。
「命懸け……いえ、命を、捨てて、の特攻です、か」
 地面に展開した魔法陣で仲間に守護を施しながら、興味深げに死龍を見上げるウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)。
「ずいぶん、と、仲間思いの方、です、ね。それと、も……病をもたらした者たちへの、恨み、でしょう、か?」
 気弱そうなたどたどしい口調に反し、その眼差しには心の歪みを見透かさんとする良からぬ好奇心がちらついている。
「こんな竜が俺の故郷に来るとはな……竜と言って良いのか分からんな。あいつらやたらと賢いし誇りもあるのに、コレか」
 岡崎・真幸(異端眷属・e30330)がぼやきつつ召喚するのは、異世の神の一部。
「……何にしても、故郷は守る。俺のものに手出しはさせん」
 Ithaqua。その神性がもたらすものは、大いなる白き沈黙。強烈な凍結攻撃が、異形の竜を氷に閉ざした。

●知性なき暴走
 ノゥテウームは吼え猛る。ケルベロスのもたらすグラビティの痛みに身をのたうたせ、あらん限りの声を発して不快を訴える。駄々っ子の如き傍若無人。ドラゴンとしての知性の欠片も感じない。
「くるしんでる……がまんしたりつよがったりする知性もないのか」
 聴覚をヤスリで削るような咆哮に顔をしかめつつ、近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)はオウガ粒子を振り撒いて仲間の超感覚を励起していった。
「何だか不気味な敵ですね……ですが、どんな敵であろうと街の人達に被害を出すわけには行きません」
 呟きつつ、居合の構えをとるレオナルド。
「止めましょう、そしてあの龍にも引導を渡して上げましょう。……ふ、震えが止まりませんが、頑張ります!」
 一閃、手の震えなど感じさせない高速の斬撃が繰り出される。獣王無刃。心臓の炎から立ち昇る陽炎に紛れて重ねられる連撃。
 より一層もだえ苦しむノゥテウーム。だがその戦闘本能にはいささかの曇りもない。くすみを帯びた白色の炎が剥き出しの腹部で一気に燃え上がり、口蓋を通すことなくそのまま溢れ出した。燃え盛る白い洪水が、洗い流すようにケルベロス達の全身を焼いていく。
「……とてもとても、強いね」
 ロイは狙われた後衛の前に立ち、炎の津波を押しとどめながら、小さく敵を称賛した。
「だからこそ、ここでこれ以上の被害をださせるわけにはいかないんだ。一歩もここから引かないよ」
 その痩身に宿るのは、強い意志。
 燃え盛る炎の中で、別の炎が燃え上がった。
「君にはここで、死ぬまで戦ってもらうよ」
 皮膚をひりつかせる火傷をものともせず、豊は楽しげに笑うと、纏う地獄で白炎を押しのけ肉薄し、破壊と炎を死龍に叩き込んだ。
「治癒は、任せます、よ」
 ウィルマは仲間の防護を固めることに専念し、ウイングキャットに当座の回復役を任せた。並外れたデブ猫のヘルキャットは我関せずといった顔つきで、ノソノソと翼を動かし癒しの風を吹かせた。
「チビ、お前も治癒を。……観覧客は大方避難できたようだな」
 仲間の傷はボクスドラゴンに任せ、一般人が巻き込まれる不安もない。真幸は敵の懐に飛び込み、思う存分斬り裂いた。黒く変色した返り血が、火傷を癒していく。
「行くわよ、キキョウ……ヤツ等は全て焼き尽くす!!」
 攻性植物に黒い炎を纏わせ、全力でグラビティを打ち付けるキーア。一切の躊躇も容赦もなく、根底に滾るドラゴンへの憎しみは火力を増すばかり。
「そう……警戒しなさい。私たちはあなたを刺す蜂よ」
 密やかに呟くルベウス。位置取りに気を払い、後方から敵の移動を阻害しつつ注意を惹く攻撃を欠かさない。
「無様だな」
 醜い肉体と見るに堪えない醜態を、冷徹に断じるリューデ。けれどその奥底には、これまでドラゴンに抱いてきた恐怖でも怒りでもない、憐憫に似た感情が拭えない。
「何故……そこまでする」
 死龍に答える言葉と知能はない。時をも凍らせる弾丸に打ち据えられ、その苦痛にひたすらに狂乱するばかり。
「妙な気分だな……こいつは故郷を壊そうとしてるというのに」
 かつてドラゴンに激しい憎しみを抱き、その殲滅を願ってやまなかった真幸すら、憐憫の情を覚えずにはいられない。それは、ここにはいない恋人の影響も少なからずあっただろう。
 戸惑い揺らぐ人の心を、眺める女が一人。
「哀れ、と、思えば、殺戮を図ろうとした敵に、さえ、同情する」
 誰を揶揄するともなく、ウィルマは呟く。
「ああ……。本当に、本当に、人間ってめんどうくさい」
 クスリと零れた安堵にも似た笑みは、誰に見咎められることもなく宙に溶けた。

●死の先の死
 ノゥテウームの狂乱は鎮まるところを知らない。一撃一撃に大仰に痛みや不快を表し、報復とばかりに、強力な火力を宿したグラビティでケルベロス達を絶え間なく蹂躙してくる。
 強い。確かにドラゴン種族の強さだ。
 だが、絶望的な強さを誇る個体に比べれば、全く対抗しきれぬ相手ではない。ケルベロス達は強力な攻撃にも怯むことなく、攻勢を緩めなかった。
「ここで確実に撃破します……!」
 レオナルドは喰霊刀で美しい軌跡を描き、持ち前の強力な火力を確実に叩き込んだ。
 死龍の自壊でこの場を凌ぐことができたとしても、それがのちのち何を招くか予想ができない。ならば積極的に撃破を狙うべき、というのがケルベロス達の出した結論だった。
「それにしても、奇妙なドラゴンね……」
 精神操作で伸ばした呪銭『混世魔王』で敵の尾部を縛りあげながら、ルベウスは微かな違和感を吐露した。
 熊本で命懸けで戦った経験が油断を削ぎ、的確な行動を生み出していく。だがこの死龍は、他のドラゴンとは何かが違う。
(「まるで知性を感じない、命無き獣……」)
 対峙する敵の気配、鎖から伝わる手応え。どことなく気味の悪さがまとわりついて仕方ない。
 雄叫びを上げ、ノゥテウームの長大な全身が夕焼け空をぐるぐるとひと際激しく泳ぎ、波打ち始めた。その周囲には霞が沸き立ち、瞬く間に呪詛の濁りを帯びた水へと凝集するや、奔流となってケルベロスを襲った。
 激しい水鉄砲に後方へと押し流されるリューデ。豊は咄嗟に尨犬を発動した。
「手伝いを呼ぼうか」
 呼び出されたのは、光る五つの目と長くしなる尾に一本の棘を持つ、地獄の炎でできた獣。
 主を慕う犬のように付きまとう獣の炎に傷を癒されながら、膝をついていたリューデは重い足でなんとか立ち上がる。
 仲間のためか、己のためか。死龍となる前の竜が何を思って死の先の破滅を選んだのかはわからない。だが、そこに込められた怨嗟だけは、間違いなく本物だと、リューデは感じた。
「そうか……ならば俺も全力を尽くそう」
 出来ることは、敵の覚悟への敬意をもって、一刻も早く終わらせること。
 ケルベロスは真正面から死龍へと挑む。治癒は最低限、強化は重々、攻勢には最大限の厚みを持たせて。
「滅びなさい!」
 憎悪と黒い炎を帯びたキーアの愛槍が、攻性植物が、絶え間なく死龍を攻め立てる。
「絶対に、この先には行かせない。ここが君の墓場になるんだ」
 ロイは空の霊力を帯びた刀で激しく斬り込み、死龍にまといつく傷や炎を増幅していく。
 気づけばいつしか、死龍は全身を炎に蝕まれていた。高熱が絶えず体のどこかで燻り、死の先に掴みとった命を食い荒らしていく。限界は加速度を増して迫ってくる。
「一方的な狩りより、楽しくはないかね?」
 命がけの戦いを好む豊は、全身に戦傷を負いながらも終始楽しげだ。回転する腕で敵の腹部を抉り、不快な絶叫を訊きながら、
「そうでもないかな?」
 と笑う。
 サーヴァントたちと支援に徹していたウィルマは治癒をなげうち、戦線に躍り出た。冷めた殺気に任せて呼び出したのは、悪魔の力を帯びた蒼い炎纏う巨大な剣。
「さようなら」
 ブレイドマスタリーⅠ。地獄から引きずり出された巨剣が、死龍を鋭く斬り捨てた。
「四国を狙ったのが運の尽きだったな。……その苦しみから解放してやろう」
 二本のナイフを手に、真幸は舞うように死龍を斬り刻む。肉が削げ、骨が落ち、ドロドロの肉体が解体されていく。
 ルベウスは胸の宝石を淡く輝かせる。
「轍のように芽出生せ……彼者誰の黄金、誰彼の紅……長じて年輪を嵩塗るもの……転じて光陰を蝕むるもの……櫟の許に刺し貫け」
 ルイン・アッサル。黄金色の巨大槍の如き魔法生物は、創造主の意に従い、凄まじい速度で死龍を追尾しその胴部を貫いた。
 愛槍を手に、キーアは死龍の頭上へと躍り上がった。
「その魂の残滓すらも残さず焼き尽くす……一片の欠片も残さず燃え尽きろ……ッ!!!」
 死龍の頸部に槍が突き立てられると同時、その先端から黒炎が溢れ死龍の巨体を包み込んだ。メギド・カタストロフ。尽きせぬ憎悪をありったけに注ぎこみ、己自身をも焼き尽くすほどに燃え上がる。
「命をなげうっての最期の戦い、お見事でした」
 心から敵への敬意を示しながら、ロイは喰霊刀を振るう。呪われた斬撃によって噴き出した黒い返り血を甘受し、死龍の魂を甘く啜る。
「心静かに――恐怖よ、今だけは静まれ!」
 軌跡を陽炎に隠して居合いからの斬撃を何度も重ねるレオナルド。凄まじい火力が死龍の命をごっそりと抉り取る手応え。
 声を限りに、耳を塞ぎたくなるような絶叫を上げるノゥテウーム。
 城の一部を破壊しながら暴れ回る巨体の周囲を、不意に、小さな花弁がはらりはらりと舞い始める。わずかな傷にも降り積もっていくそれは、地獄を宿した炎の赤。
 混沌の赤。
「乱れて、散れ」
 リューデが呟いた。
 ちりり。小さく血肉を焼く音。
 静かな熱が、獄混死龍ノゥテウームの最期の命を刈り取った。

●死龍は眠る
 ――ギアアアアァァァァァァ――!!
 ひときわ激しい咆哮が今治城をこだました。
 のけぞり、痙攣するノゥテウームの全身は溶け崩れ、正体不明の流体と骨とに分離しながら地に堕ちる。その残骸もまた、ほどなく黄昏に溶けるように掻き消えていった。
「お疲れ様でした、無事終わってよかった」
 ロイは微睡むようにまったりと、仲間たちの微笑みかけた。
「お、おわったぁ~……」
 緊張の糸が解け、大きく安堵の溜息をつくレオナルド。
「お、お疲れ様、でした。我々の、勝利、です」
 皆を労うウィルマは、個人的悪趣味を満たせて実に満足げである。
 死龍の最期を、細胞一片の消滅まで食い入るように見届けたキーアは、大きく一呼吸し、憎悪の感情を抑え込むと、前を向いて翼を広げた。
「怪我人がいないか見てくるわ」
 素早く切り替え、次へと向かう少女の翼を見送り、仲間たちも要救助者の支援と周辺の修復に取り掛かった。
「被害は軽傷者数名ってところか。悪くない結果だな」
 無事城内に戻ってきた従業員の話を聞き、豊は心置きなく尨犬のヒールを振り撒いた。人死にも簡単に割り切ってしまう薄情者を自認しつつも、助けられるものはなるべく助けたいという気持ちもあるのだ。
(「まるで失敗作……いえ、未完成? 死神の仕業というには、ちょっとお粗末に感じたわ、ね……」)
 壊れた箇所にヒールを施しつつ、ルベウスの脳裏からは先の戦闘が離れない。
 リューデは死龍の消滅した場所に立ち、小さく問いかける。今はもう、知る術はない問いを。
「お前の名は、何だったのだろう」
 目を伏し、彼は初めて、死したドラゴンの安らかな眠りを祈った。
 少し離れた場所からそれを見守り、真幸もまた目を伏せた。
「仲間のために身を捧げた竜に、敬意を」
 死の先の破滅に苦しんだ竜が安息を得ることを、ケルベロスは祈るのだった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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